十二話 決意
「そんな・・・・」
フラウドから告げられた憶測の聞き、ヴィリスが悲しげな表情を浮かべ、両手で口を塞ぐ。言った本人は何か思うところがある様子を見せながら手元にある小瓶に目を向ける。
「今回来るのが三十メートルの猪王の魔物であったことはまだ救いようがある。この個体は動きが遅い。だから避難は容易だろう」
「もし来るのが炎の大蛇だったら間違いなくこの国は全滅するだろうな」
言い訳がましく口にする彼に同調するアダル。しかしそれでも納得していない様子の彼女は彼らに嘆願する。
「どうにか出来ないんですか? その猪王の進行を阻止して、住人達の生活を守る事は!」
鬼気迫る彼女の問いかけにフラウドはその答えを考える様に思考を始め出す。しかしそれを始める前にアダルが答えを口にする。
「この国に来る前に撃退するしか無いよな。当然」
その言葉にはさすがのヴィリスも口を閉ざし、落ち着き始める。その様子を眺めたフラウドは息を吐き、言葉を紡いだ。
「そんな事は不可能に近い。まず現在の居場所が分からない。奴はさっきの映像以降、姿を全く見せていない。そんな奴の居場所なんて分かるはずもない」
「そ、それは。そうですけど。・・・・・でも、いつ来るかは
「それが分かったら苦労はしないし、意味は無いだろうな」
彼女の言葉を遮りようにアダルが何かを考えながら発言をする。
「どっちにしても来ることには違いが出ない。そもそもの対策が猪王が来てからじゃないとしようがない。迷惑な奴だ」
「その意見に賛成だ。こいつはいわば歩く地震だ。そんな相手に対応するのは現時点では難しい」
「じゃあ、どうすれば・・・」
しばらく彼らは考えこむように静寂が訪れた。その時間、約十分。その間誰もが至高を続けて、良い結果が導き出せないで居る。そんな中、フラウドが声を上げた。
「お前らに言っておくことがもう一つある」
ヴィリスは彼が対策を思いついてくれたと想い、嬉々として聞いていたが、彼からもたらされた言葉で一瞬にしてその希望は潰えた。アダルはそれほど期待した様子ではなかった。なぜなら、彼が次に言う言葉には大体察しがついていたからだ。
「実はな、この国にあの魔物達と戦える装備は現在の段階で何一つとして存在しない」
その言葉にヴィリスは目を見開き驚愕して、思わず口を開けた。アダルはどこか納得したように頷く。
「どういうことですか?」
彼女は憤りを声に交えた。
「・・・・・・」
「なんとか言ってください」
彼女の言葉に難しい顔をして沈黙するフラウド。その様子に彼女の憤りはさらに上昇した。彼女は徐ろに腰を浮かせ、テーブルを勢いよく叩いた。その衝撃はテーブルを粉々に破壊するおほ凄まじい物だった。
「国民の生活を守るのが王族の使命でしょ? それなのにその術がないんじゃどうやって国民を守るんですか!」
彼女の正論な言い分にフラウドは静かに言葉を発した。
「今、奴に何が効くか分からない状態でそんな装備は作れない。それこそ調査しようにも奴は姿を隠している。奴を調べられるのはこの国に現れてからだ」
「その間に何人の人の生活が崩れると思っているんですか。どうにかするのが王族の仕事でしょ」
「もちろんその人達の為の政策は作った。その人達を決して不幸にはさせない」
「しかし、それでも失う事は前提なのは何故です! 失わない方法はないのですか」
少々暑くなりすぎているヴィリス。その様子を眺め、アダルは呆れていた。
「少しは落ち着け。こいつにも考えがある。それをそんなに否定しようとするな」
彼に諫められ、ようやく自身が暑くなっていた事に気付き、彼女は顔を赤らめ恥ずかしそうにした。そんな彼女に構うことなくアダルは言葉を続けた。
「結局の所、誰かがこいつと戦わなければ意味が無い。そうしないと今度もこういう被害は広がり続ける一方だからな」
「そういうことになるな。問題は誰をその役割に付けるべきか・・・・」
言葉にすると深刻そうに思考を始める。その様子からいって、その役割を与える者に見当が付けられない様子だ。
「ならば、私がやります」
彼女は突如そんな事を口にする。その言葉にはフラウドも驚愕した様子だ。
「本気なのか? 相手は力の災害と同じだぞ。そんな奴を相手取るのか」
少し焦った様に彼女を問い詰めるフラウド。その返答に彼女は決意を口にした。
「そもそもそのために呼んだんじゃないんですか? 私だって戦えます。それに貴方は知っていますよね? 私の本当の姿を」
「・・・・」
「それに・・」
彼女の言葉に口出し出来なかったフラウド。それことを気にせず、彼女は言葉を続けた。
「先程あれだけ言っておいて、私が何もしないんじゃこの国の民に示しがつきませんので」
彼女は噛みしめる様にそれを口にした。
「何か、不満でもあるんですか?」
意外そうな顔をするフラウドにヴィリスは鋭い視線を向ける。それには彼も何も言い返せなかった。
「こいつが言いたいのは、お前がやることじゃないって事だ」
そこで先程まで、二人を静観していたアダルが口を出した。
「その役割はお前が態々やることじゃない。代わりにそれをやる奴が居るからな」
彼のその発言にヴィリスは首を傾げる。
「その役割は俺がやる」
「な!」
彼女は驚愕して思わず口を開ける。
「元々、この魔物退治の協力でここに来ているしな。俺に出来る協力はこいつらの退治だけだ」
彼の言い分に何の否定も出来ないヴィリス。フラウドは意志を確認するように彼に問いかける。
「本当に良いんだな?」
「俺が出来るのは前世からこういう力仕事だけだからな」
彼の言葉にアダルは前世を思い出し、微笑をしながら返した。
「結局はこういうことでしか貢献できない」
自虐的にそんな事を口にする。それをヴィリスは否定の言葉を発した。
「そんな事は無いですよ」
その言葉が帰ってくることが全く予想してなかったアダルは、不思議そうな顔をする。
「貴方に助けられた人は沢山居ます。だからそんな悲しいことを言わないでください」
どこか悲しそうに語るヴィリス。そんな様子を眺め、フラウドは空気など読まずに話を続ける。そんな
余裕を持てる段階ではもう無いからだ。
「で、戦うのはどっちだ?」
アダルは徐ろに手を上げる。
「俺が受けた依頼だからな。俺がやるのが筋だろ」
彼女からの反論はなく、半ばそのことが決定した。
「ヴィリスもそれで、良いんだな?」
「はい。明鳥君は強いですし、魔物にも負けるとは思えません。ですが・・」
彼女は言葉を句切り、鋭い、目つきになった。
「もし、明鳥君が負けた時は私が戦います」
「負ける事なんて無いと思うぞ」
彼女の言葉に皮肉な笑みを向ける。
「もしもの話ですよ。それに私もこっちに来て、ある程度の戦場を乗り越えてきたんです」
「それは楽しみだ」
「最後にこれだけは言っておく。奴が姿を現すまでとにかく時間がないこと。奴が現れ次第これを迎撃するということ。このことだけは頭に入れて置いてくれ」
彼の言葉に二人は頷く。
「わかった。話はこれで終わりか?」
フラウドに問いかけると、彼は頷き、口を開く。
「ああ、そうだな。後は二人で話しでもしていろ。俺はやることが出来たからここを離れる」
「そうか。分かった」
少々を得ると、彼は立ち上がり出口の方に足を進めた。
「ああ、そうだ」
途中で何か言い忘れていた事に気付き、彼はその場で足を止め、こちらに振り返った。
「そのうち現国王の使いが来るだろう。その時は素直に従っておけ」
彼の言葉に頷く。彼はそれを確認すると後ろながらに手をフリながら出口を出た。
「多分、俺が戦うと言うことを最初から分かって、あれを言ったな」
「そうですね。彼、性格悪いですから」
「違いない」
その場に二人の声が響いた。




