藍の目的
アダルの勝利宣言を放った頃。其れを遠くから見ていた二人の姿があった。いや正確には一人とぬいぐるみ一体と言った方が良いのかも知れない。言わずもがな、スコダティとアダルの前で、インディコと名乗ったぬいぐるみである。
『ぬうぅぅぅ!! あそこまで完璧な勝利を掴まれてしまった。悔しいのう!!!』
布で出来ている自身の両手を彼女は引きちぎるのでは無いかという強さで噛んでいる。その態度と本気の声で彼女が相当悔しがっているという事が分かる。その横でスコダティはそんな彼女の姿を軽快に笑う。
「まあ、仕方があるまい。あいつは我の天敵だ。今回の獣程度では役不足だということだな」
愉快げに語るのはアダルの事。不思議な話ではあるが彼はアダルの話しをするときは大抵表情を愉快に話す。それは何でなのかは誰も分からず、本人も語ったりしない。アダルは彼の事を嫌悪しているが、スコダティはアダルの事を嫌いでは無い事が窺える。
『そういえば、其方に文句があったのを思い出した!』
悔しがっていた彼女は突拍子も無く、先程アダルと話し合ったときのことを思い出す。
『其方が言っていたことを真に受けて、妾は彼奴を黒の天敵と呼んだ。そしたらどうだ!彼奴はそんな呼ばれ肩をされた事が無いと言うでは無いか! 妾に恥を掻かせおって!』
早口で紡ぎながら、両腕を高速で上下させる。そんな様子がスコダティの笑いのツボををさらに刺激したらしく、彼にしては珍しいが声を上げて笑い出した。
「我の言葉をそのまま言ったディニが悪いだろう。我は天輝鳥に向かって天敵とは行った事は無い」
『それは先程聞いた。だが何故妾に恥を掻かせるような言葉を仕向けた。うっかり使ってしまうではないか』
「うっかり屋さんだな。そのことに関して言えば我が言うことは無い。ただディニが我の言葉をそのまま言った結果の失敗では無いか」
返しようのない正論に彼女は唸るしか無い。
「其れに我は彼奴に天敵と言うことを隠していたというのに。其れを口上で明かしてしまった其方に文句があるのだが。それを聞くか?」
スコダティの発言にディニは目を見開く。
『其方も天敵には知られたくない事があったのだな。以外だ』
「完璧に生れてくる生物など存在しない。彼奴に弱点があるように我にも弱点は存在する。其れを知られたくないと思うのは当然の事だろう。しかも其れが自身を倒しうる存在だとしたら尚更だ。ディニもあるだろう。天敵に絶対に知られたくない秘密を」
彼の言葉にディニは気まずそうに目を反らす。スコダティはその様子を見て、この話しを切り上げる事にした。そもそも彼女が振ってきた話ではあったが、彼としてはあまり実の無い話しだった。別にそう言う話しはしたくないというわけでは無い。今は其れよりも彼女に聞きたい事が存在したのだ。
「天輝鳥の戦いを見てどう思った?」
聞きたい事の一つ目はアダルの戦闘を解析した結果だった。スコダティは彼と過去に何度も闘っている為、詳細のことを理解しているが他の者から見た彼の解析を聞いてみたかったのだ。
『あの者の戦い方は自己犠牲で成り立って居るのだな。其れは再生能力がある故か。それともそういう性格なのか。どちらかは妾には判断しかねる。ただ、先程あの者と話し合った時に感じたことを思うと前者なのだろうな。性格だった場合、後先考えずにあのような環境を破壊しうる無慈悲な攻撃など仕掛けぬであろうしな』
彼女はそこで一度少しの間を置く。その顔つきは自然と笑っていた。
『しかし妾の手下を消滅させたあの攻撃は何だったのだ? 一体どのようにすればあのような攻撃が出来るのやら。あれを受けたら体を持っていたとしても、妾はただでは済まない代物だ』
アダルの光神兵器に興味を見せも、その威力の高さに怪訝な表情を見せる。
「それはそうだろうな。あれはこの星の放つ光そのものだ。それが天輝鳥の体を媒介にして放たれている。星の光の前では悪魔も致命的だろさ」
詳しく説明を入れるスコダティ。何故ここまでアダルの光神兵器の事を理解しているのか。そしておそらく本人でさえ理解していない事まで語る始末。なぜそこまで詳しいのか普通だったら問い詰める所だろう。しかしディニはあろう事か、彼の放った発言に食い付いた。
『待て。いま星の光を放つと言ったな? あの者の体を媒介にして』
スコダティの発言をそのまま引用する彼女の様子は明らかに焦燥している。
『と言うわけは。あの者がそうなのか?』
「そうだ。天輝鳥こそこの星が生み出した存在。この星をこれ以上其方等に汚されぬ為に創られたのだろうな」
彼の発言にディニは忌々しげに顔を歪める。
『其方が言うのだったら本当なのだろうな。しかし彼奴の存在は我らの悲願の妨げになる。この様な大事。金は知っておるのか?』
問いかけに対するスコダティの反応は首を横に振る。ただそれだけだ。ただ、それはディニの逆鱗に触れるのには十分であった。
『なぜ言わぬのだ! 妾ら幹部ならともかく金には話すのが筋という物では無いか!』
「我に教える義理は無い。我は其方等の企ての手伝いってはいても、下についたわけではないのだからな」
ディニの怒りを受けてもスコダティは飄々とした態度を崩さズ、さらには自分の意見をはっきりと口に出した。
『・・・・・・・・。そうであったな。だがそう言う情報は共有しておきたい。其方の天敵が我らの天敵でもあるというのはさすがに笑い事では済まされぬからな』
「以後気をつけるよう心がけるとしよう」
本当にそう思って居るのか彼女には分からなかった。何せスコダティと関わるようになったのはたった10年前。彼が突如として全魔皇帝の元に訪れ、その際に幹部になったのだ。新人をいびる趣味を持ち合わせていない彼女は純粋な興味を持ち、彼とふれあっていた。スコダティも持ち前の性格からか直ぐに仲間と認める関係を築くことが出来た。だがそれでも彼は謎が多すぎる。何者なのか。何故地上から地下までの移動手段を持つことが可能なのか。彼女は未だに。いや、これは幹部全員がいえる事だが、彼について知っている事が全く無いと言うほど情報を引き出せないでいるのだ。
「もう一つの目的の方はどうだった?」
『なんだ。気がついておったのか』
彼女の目的に気付いており、其れを黙認していたスコダティだったが、その成果が出たのかどうか。結果を耳に入れたかった。ディニも彼の発言に軽く驚きはするが、地上に連れてきてくれた謝礼としてその件を話す事にした。
『見つかったぞ。妾に適合しそうな地上での器は』
それを効いたスコダティは「おお!」と関心した声を上げる。
「その見つけた器はディニの力に耐えられそうか?」
彼の言葉に彼女は難しそうな表情をする。
『今のままでは確実に壊れるだろうな。しかし順調に育てば壊れる事はない器になるであろうな』
「其れはいい物を見つけたな」
同意するように頷く。
『正直何回か地上に来なければ見つからぬと思って居たが、一度で見つけることが出来た事に妾自身も驚いている。しかしこの数少ないチャンスで其れを掴むことが出来たと事を僥倖と呼ぶべきなのだろうな』
不意に彼女は視線を移した。何故そこを見出したのか分からないが、スコダティも同じ場所に視線を送る。二人の瞳に映っているのはアダルと海人種の二人。
『妾も早く全力で彼奴と戦いたいの』
「そのためにはまず器を仕上げる事だ」
『言われるずとも理解しておるよ』
次の瞬間。彼ら二人の姿は突如としてその場から消えた。その場所にいた痕跡を一切残さずに。




