七十話 リヴァトーン、戦闘離脱
『ユリーノ。お前こっちに移れ』
アダルの手の中にいる彼女へ手を伸ばしてそう促す。手を伸ばしてはいても今の段階でアダルに首根っこを持って釣らされている状態では近くまで伸ばすことは出来ない。彼が出来るのは精々アダルの手の真下に伸ばす程度だ。距離的には結構離れているのに加えて、今は上空二千メートル。リヴァトーンの手の上に落ちることが出来なかったらそのまま石化した海に落下して即死してしまう。その様な事もあって大体の人々なら彼の要求は死んでも願い下げだろう。何せ失敗したら死んでしまうのだから。
「OK。落とさないでよ」
しかし彼女は迷う事無くその手をジャンプして降りる。その表情から恐怖は感じられない。アダルの手から離れた瞬間、彼女は重力に囚われて、落下する。リヴァトーンの手へ向けて飛んだ彼女。しかし上空の風に煽られて、僅かに軌道がズレた。其れを確認したリヴァトーンは慌てる事無く、手を動かして彼女を無事に着地させる。
「いや~、怖かった」
『説得力がねえな』
ユリーノの楽しげな声に彼も同じ様な声で答える。会話をしながらに彼は首根っこを掴んでいるアダルの手に反対の手に持っている槍の柄で叩く。
『痛てっ!』
反射的にアダルの手から力が抜け、リヴァトーンを離した。先程のユリーノ同様に重力に囚われて落下するかと思われたが、そうはならなかった。トリアイナの持ち主の思うとおりに動くという能力によって、彼らは落下すること無くその場に漂う事に成功した。いきなりアダルに断り無くやった事を気にしてか、リヴァトーンは彼の顔色をうかがう。アダルは少し痛そうな声を軽く出すだけでそれからは一切反応を見せる事は無かった。思えばアダルに攻撃をあてることが出来たのも不思議だなと思いつつも、そのことにリヴァトーンはよほど集中している証拠なのだろうと勝手に結論付けた。
「今のは少しひやっとしたよ。っていうかいつの間に飛べるようになったの!」
リヴァトーンが飛んでいることが不思議でしょうがないユリーノの問いかけが耳に届き、視線を彼女に向けた。
『これを使って飛んでいるだけだ。こいつは俺の思い通りに動いてくれるからな。飛ぶように念を送ってんだ』
「凄いや。そこまで使いこなせるなんて」
一切のおべっか無し。純粋な賛辞にリヴァトーンは思わず表情は途端に得意気になった。
『そうだろ! いや~、これはさすがに親父には思いつかない発想だろうな。こんな使い方。思いつくのは俺ぐらいだな』
自身が褒めたことによってリヴァトーンは簡単に調子に乗った。本当ならこの後にも賛辞の言葉を贈ろうと考えていたユリーノだったが其れは言わないことにした。別に彼が調子に乗った姿を見て、イラッとしたというわけでは無い。たった一言であったが彼を満足させる事が出来てしまい、ユリーノが満足してしまったのだ。
『っと。危ないな、今は調子に乗るところじゃなかったな』
さすがに海が石化していく状況の中でこの様な態度をとり続けるのは不謹慎だと思い至った彼は自ら態度を改めて、自身を戒める。リヴァトーンの言葉でユリーノも信じられなさ過ぎて見ないようにしていた現実を思い出し、空気を読まずに彼をおだてて自身も其れに満足してしまったことを恥じる様に俯いた。
「ごめんね。不謹慎すぎたね」
『謝らなくていいぞ』
其れは純粋なる優しさから来る言葉なのだが、ユリーノは素直に其れを受け取り事が出来ない。目下の光景が受け入れがたく、其れを忘れるかのようにリヴァトーンへ無意識に日常を求めてしまった。
「最近は気味に謝ってばかりだね」
彼女も意図せずにそんな弱音が零れた。ユリーノも言った後に自身が其れを口にしてしまったことに気付き目を見開いたが、言ってしまったことは取り返しはつかないと開き直った。小さくない零れた言葉は当然の如くリヴァトーンの耳に届く。
『誰だって目を背けたくなることはある。其れを悪いことだとは俺様は思わないけどな。というかなんでお前はその程度で落ち込んでいるんだよ』
リヴァトーンとしては何故ユリーノがここまで落ち込んでいるのか理解出来ずに、本気で首を傾げている。
『その程度じゃ無いって事だろうな』
思考していたはずのアダルから返答が帰ってくる。彼は軽く目頭を揉んで施工中に堅くなってしまった顔の筋肉をほぐす。
『考えは纏まったんだな』
問いかけられた言葉にアダルはただ頷き、今度は首を鳴らす。
『推測でしか無いが、石化を止めるには軟体獣を完全なまでに消滅させればいいはずだ』
アダルの言葉にリヴァトーンは少し疑問を抱く。
『結論じゃ無くて推測か。自信がないのか?』
一見煽っているように聞えるこの言葉だが、言っている本人からしたら至極真面目に言っている。
『何でもかんでも俺が答えを持っていると思うなよ。生物である限り完璧なんてあり得ない。俺もその例に漏れずに完璧では無いんだよ』
『・・・・・確かにそうかもな。今回の戦いであんたの弱点を幾つか分かったしな』
『そうだな。少し晒しすぎたと思うが』
アダルはフッと視線をリヴァトーンの手の上で俯いているユリーノに向ける。彼からの視線を受けていることに彼女は気付いていない。アダルも又、ユリーノから視線を直ぐに外した。
『兎に角だ。あいつを消滅させるしか方法は思い浮かばなかった。長い時間を使った割りに単純な答えで悪いな』
心底申し訳なさそうな態度を取って見せる。どこか芝居臭いそれを胡散臭く思いながらもリヴァトーンは了承する気持ちで受け取った。
『あいつを確実に消滅させる方法はあるんだろ?』
『ああ、存在する。・・・・・・・』
アダルはあえてその後に続くはずの言葉を言わなかった。ただ、真っ直ぐとリヴァトーンを見た後に軽く息をつく。
『本当ならお前にやって貰いたいが、まだトリアイナを使いこなせていないお前では荷が重いだろう。だから今回もとどめは俺が刺す』
ちょくちょくリヴァトーンに刺さる言葉が吐かれる。彼も言い返そうとはするが、自分以上に自分の所持する武器。トリアイナのことを詳しく知っている人物が言うことのため言葉が出てこない。
『大技を使うからな。ふたりとも俺から凄く離れてた方が良い。後、発動中は俺を直視するな。目をやられるぞ』
言い終わる前にさらに高く上昇する。最後までなんとか耳に捕らえたリヴァトーンは手の中にいるユリーノに顔を向ける。彼女も少し落ち着いたようであり、上昇するアダルの姿を見ていた。
「ああは言われたけど。どうするの?」
『どうするって・・・・・・。悔しいがあいつの言っている通り、俺に出来る事は無いからな。言われたとおり、離れた場所でこの結末を見納めるしかないだろ』
リヴァトーンは自身の消極的な発言にユリーノが突っかかってくる物と考えていた。しかしそのような事は無くその意見に同調してくるような意見が飛んでくる。
「言われたとおりしないと、怖い目に遭いそうだしね」
『・・・・・・・』
彼女の肯定にリヴァトーンはすっかり毒がつけてしまったような表情を出す。さすがに其れには気付くユリーノは不愉快そうにを彼に睨めつける。
「なんでそんな表情するかな。私がこんなこと言っちゃだめなの?」
『いや、駄目じゃ無いぞ。ただ、お前が俺を焚きつけるような事を言わなかった事に驚いていただけだ』
前回の戦闘の時、リヴァトーンは彼女から戦いに参加しないことを攻められた。きっと今回も最後まで参加するように促してくる。彼はそう読んでいた。しかし結果はそうはならなかった。其れが不思議だったのだ。
「別に良いでしょ。私だってたまには空気を読むよ。其れにさ出来れば言われたとおりここから離れたいんだよね。あの鳥野郎の戦いを見て、その危険さが分かったから。そんな奴の最高火力が予想されているのにこんなところで暢気に話せないでしょ」
『確かにな・・・・。よしなるべく早くはするがあまり期待するなよ。空を飛ぶのには慣れていないからな』
彼女に言われてリヴァトーンも漸く悟った。軟体獣の死体を完全に消滅させるほどの攻撃が生優しい代物ではないと言う事を。




