六十八話 限界
リヴァトーンの訴えの声に反応してアダルは自身を覆っていた光球の回転を止める。必然と光球はその形が保てなくなって消え去ると彼はその中から飛び出した。その際にガラスが割れるような音が響き、その破片はアダルの翼へと収束された。
『俺様を巻き込む気か!』
彼からの抗議の声でアダルは眼下の光景に目をやる。海底に隙間が無い程に突き刺さった大量の光矢。それは恐怖を抱くが、同時に美しい光景でもあった。隙間無く海底から伸びる光の柱が昇り始め、海中すら照らす太陽の光を反射して昼間同様の。いや最早海中であることすら忘れるほどの明かりが海中を支配している。水深は当然ながらに深い。其れなのに浅瀬を思わせるほどの光のため、海中の全貌をより鮮明に写している。
『確かにやり過ぎたな。これは止めるわけだ』
そのような感動すら覚えるような景色を見てもアダルは其れに興味を抱くことは無い。むしろ反省の色を示した。彼はこの様な景色に似たのは自分だと言うことを理解している。これを見て彼が行なった事は結果を見て自身の報復は過剰だったという結論をつけただけだ。自身のやったことを美化して感動することは彼には出来ない。其れをしたら彼が対立し、同時に嫌悪の対称であるスコダティと同じになる。そのような事を誰がするかとアダルは内心で自身を戒める。眼下の光景を観察した後に、声を上げていたリヴァトーンに漸く目を向けた。
『なんだお前。俺の攻撃を受けたのか』
半笑いが発せられた言葉に乗る。リヴァトーンの片足にはリヴァトーンが放った光矢が刺さった後が見受けられた。もう既に其れは抜けれていたが、出血は無く傷もほぼ塞がり掛けていた。
『あんたが無差別方向に攻撃するから当ったんだろうが!』
仕返しの如くリヴァトーンがアダルに叫んだ抗議の声には超音波を乗せた。其れを受けたアダルは一瞬よろめいた。確実にダメージは負った。しかし彼からしたら直ぐに回復してしまう程度の物だ。その証拠に表情は変わって無い。其れに加えて今はアダルの翼は全快している。意味が無いことに近い。しかしリヴァトーンは感情のままに彼に抱いた感情を咄嗟に声に乗せた。
『何で其れをあいつにやらないんだよ』
呆れながら放ったアダルの言葉にリヴァトーンは目を見開く。
『そうだな。盲点だった。別に直接皮膚を切り裂くだけが攻撃じゃ無かったな』
何故そのことを気付かなかったのだと思わず頭を押えた。
『今ので新たな攻め手が出来て良かったな。偶然とはいえな』
『嘘つけ。分かって俺を挑発しただろ』
問いかけにアダルは何も応えず、ただその場で咳をする。
『軟体獣に超音波が効くか試さなくて良いのか?』
本題から逸れそうだったのでアダルは話を戻しつつ、軟体獣に目を向ける。軟体獣はその巨体から体に十本以上の光の矢が突き刺さっている。そのうち見える範囲で五本は軟体獣の体を貫き、海底の岩まで深く刺さっているためその場から固定されてしまい容易に移動出来ない様子だった。
『あの様子だったらしなくても倒せるだろう其れよりも聞きたい事があるんだが』
『・・・・・大体何を言いたいのか想像つくが言ってみろ』
想像付くのかよと内心で呟きながら、彼は想った事を口に出す
『なあ、さっきやった攻撃だが、あれは加熱されていないのか?』
リヴァトーン疑問を抱いてしまったのだ。何故自分は簡単に治癒出来たのか。アダルの攻撃にはもれなく高熱が加わる。其れによって刺さった箇所から本来はその箇所を焼いていくはずなのだ。しかし今回の攻撃は其れでは無かった。理由としてはリヴァトーンが光の矢に刺さった際にやけどする感覚を感じなかったのと、簡単に治癒されていった事にアル。同様に軟体獣の受けた傷を見ても確かに出血しているが、刺さった箇所には皮膚が焼かれるような形跡は見られない。
『正確には違う。加熱されていない訳じゃ無い。ただ海水で冷えただけだ』
アダルの回答は彼の疑問を解くのには尤も最適な物だった。道理で簡単に回復できた訳だ。そこで他にも疑問が残るが其れを問うのは野暮と言う事にして切り上げた。軟体獣の様子からしてもう時間がないのだろうと悟ったからだ。
軟体獣の目が見た事ある卑しい光に発光している。あれは怪光線を放つときの予兆だ。今回の戦闘で何度も見たからいい加減分かる。其れはアダルも気付いている様子。
『左右に分かれて攪乱するか。それで来た方が囮になるってのはどうだ?』
『賛成。まあ俺様としてはあれには二度と当りたくないねぇよな』
『俺もだ』
言い終わる前に二人は高速で分かれる。アダルが言った言葉はリヴァトーンに届くことは無かった。軟体獣はそのふたりの姿をなんとか捕らえることが出来たが、どちらに怪光線を放つか躊躇した。しかそこで軟体獣の思考処理が限界に達し、ぶつんと突然意識が途切れたのだ。それでもふしぎと体は勝手に動き、自身の体が海底に縫ったアダルに向けて怪光線を発射する。
『狙いやすいんだからしっかり追ってこいよ! あまり遅いと振り切るぞ』
怪光線はアダルを狙って放たれた。しかしその場には素手か彼の姿は無い。常に高速で移動しているため其れは当然なのだが。兎に角怪光線は不発に終った。嫌、終るはずだった。
『ギュマアアアア!!!』
なんと軟体獣は怪光線の照射を止めなかった。それどころかなんとか動ける首を横に振った。すると怪光線も鞭のように動く。速度はそこまででは無いがそのように行動した軟体獣にアダルは苦い息を吐く。
『余計な知恵をつけやがって』
はき出される言葉には苛立ちが交じっていた。軟体獣の目標は未だに彼にある。何せ彼は目立つ。常に翼から光を放射し続ける。だから見付けやすいし、的になる。だから鞭のように振われている怪光線は絶賛アダルを追っているのだ。
『ったく、いつまでも追われる趣味は無いぞ』
愚痴を吐きながらもアダルは今逃げることしかしない。抵抗しても良いが、其れでは囮の意味が無くなる。
『それにこの程度だったらまったくもって苦ではないしな』
言葉の最後にある言葉を口にしようとしてアダルは口を閉じた。
『危ないな俺。こういう所があるんだったわ。気をつけよう』
ただ逃げているアダル。それでもそのような軽口をたたけるほど余裕を見せている。軟体獣の行動には確かに意表を突かれたが、やっている事は怪光線を鞭のように扱っているだけ。其れも分かりやすく単調にアダルに当てるような動きしかしていない。軟体獣がやってい行動によって怪光線が振われた所はもれなく石となっており、徐々に行動範囲は狭まっている。逃げ場も無くなっていく物と思うかも知れない。しかしアダルは其れを苦ではないのだ。
『そんな自棄を起こしたような攻撃でやれると思うなよ。軟体生物』
アダルの発言は響き、当然ながら軟体獣の耳に入る。しかし最早意識の無い軟体獣の意識に届く事は無かった。自身の発言が度とか無い事を確認するとアダルの表情は軟体獣への憐れみに染まった。
『そうか。もう壊れたのか。まあここまで壊れなかっただけお前はやった方か』
今まで挑発や貶していた軟体獣に彼は賛辞を送った。どのような心情の変化か。など言うほうが野暮かも知れないが、アダルは軟体獣に強情したのだ。軟体獣のしでかしたことは決して許され事では無い。それでも悪魔種の幹部二人から無理やり不相応な力を注がれて今の今まで壊れずに耐えたのだ。賛辞の一つくらい送っても罰には当らない。それでも意識を失って尚敵対する自分たちを攻撃する今年か出来なくなった軟体獣には哀れとしか感情では表せない。
『死ぬまで闘争はお前も望んでいないだろ。だから俺たちがお前を止めてやるよ』
アダルはそこで停止し、背後より接近している怪光線に自身の発光させた右拳をぶつける。アダルの右拳と怪光線。勝負はその二つが接触して直ぐについた。勝ったのはアダルの拳。怪光線は甲高い音を響かせながら砕け散った。
『隙は作ったぞ』
『言われずとも分かっているっての』
『ギュマアアアアアアアアアアアアアアア!!!!!!!!!』
リヴァトーンの言葉がアダルの耳に響く前に軟体獣の悲鳴が先に届いた。そのため最後までその発言を聞き取れなかったが、リヴァトーンが自分が態々付くってやった隙を活かせたのだと言うことだけは悲鳴を聞いて分かった。




