十一話 被害
「明鳥くんは何に転生したんですか?」
「おい、こっちではアダルって呼べよ。俺もお前のことはヴィリスって呼ぶから」
「止めとけ、アダル。この女は自分が決めたことは絶対に曲げない頑固者だ。それはお前も分かっているだろ? この女が前世での名前で呼ぶと決めたら絶対に変わることはない」
あきらめた様に語るフラウド。それには前世の彼女をよく知っているアダルも頷くしかない。しかしそれに対してヴィリスは不満を口にした。
「どうして前世で面識があるのにこの世界の名前で呼ぶのですか」
首を傾げて不思議そうにそれをいう。それにはフラウドは溜息を吐き、カップに口をつける。どうやら諦めた様子だ。
「俺の種族だっけ?」
アダルは先程聞かれた用件を確認するように話す。彼女は「はい」と微笑を浮かべながら頷く。
「俺はどうやら神獣種らしい」
その言葉にヴィリスは絵に描いたように驚き、口に手をあてる。
「人の姿をしているので、人に転生したとばかり思っていました」
「今は名を貰って人化しているだけだ。俺の本当の姿は虹の翼を持った大森林に住む巨鳥だ。聞いたことはあるだろ?」
彼の言葉に彼女は何かを思い出したように手を叩いた。
「ええ、まあ。あの財宝を持て余す趣味の悪い鳥が居るとは聞いた事があります」
その発言で落ち込む様に肩を落とすアダル。彼は弁明しようと口を開いた。
「あれは俺が求めた物じゃない。勝手に俺をあがめた奴らが勝手に持ってきた者だ。折を見て返そうと思ってたが、その前に誰も来なくなって処理に困っていた物だ。だから来る人間にはそれを与えていただけに過ぎない」
彼の呆れながらの説明を彼らは耳を傾けていた。そこでフラウドが抱いた疑問をそのまま口にした。
「その財宝っていうのは持ってきたのか?」
「少しなら。金の足しになると思ってな」
そういうとアダルは腰にぶら下げてあった袋をテーブルにのせた。
「馬鹿だろ、お前。なんでこれしか持ってきてないんだ」
呆れた様子で額に手を置く。その様子を眺め、何がおかしいのか分からないアダルは不思議そうな顔をする。
「お前。他の財宝の処理はどうした?」
「他の物なんてないさ」
その言葉に引っかかりを感じつつ、彼はある事が気になった。
「お前が住んでいた洞窟に結界か何かは張ったか?」
「? 張ったらせっかく来た奴が入れないじゃないか」
その発言に最早溜息しか出ない彼は呆れた様子で口を開く。
「ヴィリスも大概だが、お前もそこは変わってないのか」
「なんだ? もしかして財宝が全部盗まれると思っているのか?」
「ああ、そうだよ。俺は興味が無いが他の奴らは違う。欲深い奴はお前が居ない事なんてすぐに分かるだろうさ。何せ眠れる財宝を守る番人がいない。それはすなわちそういう奴らの欲望があふれ出る時だ」
どこか疲れた様子のフラウド。しかしそんな姿を見てもアダルの表情は変わらない。
「大丈夫だ。結界を張ってはいないがそれでも奴らが洞窟にたどり付ける事なんてないから」
「どうしてそんな事が言える?」
「あの森は一般人には危険すぎる。何せ危険な猛獣がうようよしているからな。それにたどり付けたとして、もうあの洞窟には一切の価値は無いからな」
「どうしてそんな事が言える?」
思わずそんな事を聞くと、
「おい、フラウド。この袋を見てみろよ」
と促され、彼はその袋に目を向ける。その瞬間答えが判明した。
「お前。全部持ってきたのかよ」
「正解だ」
彼は袋のを開け始める。そこには一見少量の財宝しか確認出来ない。
「無限収納の付与付きか。お前が旅をした五十年で手に入れたのか?」
「そうだ。実はな、この財宝を全部この王国で管理して貰いたい」
その発言にヴィリスは耳を疑う。
「本当に良いのですか? この財宝を手放しても」
その確認の為に彼に問いただした。しかしアダルはつまらなそうな顔つきで頷く。
「別に俺が欲しかった物じゃないし、正直管理が困る。寝床も埋もれてオチオチ眠れもしない。だから全部やるつもりで持ってきた。国が管理するなら安心だしな」
彼も考えてやった行動なのだ。そのことも考えて、フラウド頷くことにした。
「分かった。これは俺が責任を持って財宝庫に入れておく。その際、この袋も一緒になるが・・・」
「別に良いさ。俺にはもう必要の無い品だ。ところでな、その他にも話したいことがある」
突然彼の雰囲気が変わった。そのことを分かっていたようにフラウドが口を開く。
「ああ、大体察しは付いている。そのことでヴィリスも呼んであるんだ」
そうかと頷き、彼はヴィリスに目を向ける。彼女も事情は知っている様子であった為、言葉を続けた。
「森林で十メートルほどの猪王と戦った」
先程の和やかな物とは全く変わって厳かな言葉使いとなる。
「あのサイズの猪王は俺でも見たことがない。一体どうなっているんだ?」
困惑したように言葉にしていくアダル。自然と顔も言葉に引っ張られている。
「それが今、起きている異常事態だ。それについて俺の知っていることを話す」
彼がそれを言うと、テーブルの中心から水晶で出来た五十センチ四方のパネルが出てくる。フラウドは徐ろに懐から小瓶を散りだし、その中身を水晶に垂らした。
「これは俺が前世の記憶を元にして作った映像記憶魔法だ。これは人の記憶から取り出された映像が記録として残されている」
そんな説明を始めると水晶のパネルが輝き出し、映像を映し出す。
「これは約半年前。巨大化した魔物に襲われた町の住人から写し取った映像だ」
そのパネルに写されていたのは三十メートルを超える巨大な猪の影だった。
「でかい」
その一言で収まる巨体を持つ猪が段々と町に近づいてくる。町の住人達は慌てた様子で逃げ惑いながらもその姿を目にしていた。
「何らかも要因で巨大化した猪王だと思われる」
映像で映されている猪王は町に侵入した。町の外壁は糸も簡単に破られ、その破片が家を壊していく。
「この町に騎士団も居たがその者達はすぐに適わないと悟り、住人の避難を優先させた。この辺りで自分たちだけ逃げないのは評価するべき所だな」
彼の言葉の間も猪王は町をただの瓦礫にしていく。その姿はまるで前世で見た特撮番組に出てくる怪獣そっくりだ。しかしこの世界の住人からすれば巨大な猪王は災害が明確な体を持って現れた様に見えるだろう。
「この巨大化した猪王に襲われた町は全部で二十一。その全てが壊滅状態。幸い、この個体は足が遅いため避難は容易だったために犠牲者はゼロ。この個体はその後姿を忽然と消し、行方不明。巷じゃどこかで死んだと言われているが、圧倒的な力を持っているこの個体が自然死するとは考えられない。必ずどこかにいるだろう」
言葉を言い終えると、パネルが違う映像を映した。そこには王都と同じくらい発展した都市がほのうに包まれている映像だった。フラウドは淡々と言葉を続ける。
「これは二ヶ月前、北東の国の王都が襲われた時の映像だ」
映像の中では、まるで炎自身が意思を持って動いているように見える。
「この炎は三十メートルを超える大蛇による被害だ。その個体は口から炎を吐き、それを意思を持ってると思わせるほど精密に動かせることが出来る」
説明が始まると映像が突然切れた。最後に見えた光景は突然目の前に炎の蛇が現れ、撮影者に火を浴びせる物だった。
「この個体によってこの国の王都は壊滅。住人も王族を含めて全滅した。そして、未だにこの炎は完全に消火出来ていない」
どうやらこの二つの映像で終わりらしく、パネルにはこの後何の映像も写さなかった。
「このような案件が確認されているだけで五件報告されている」
「少し気分が悪くなりそうです」
ヴィリスは悲しそうに目尻を下げ、口元に手を当てていた。
「俺が森林で見た十メートル程の猪王も突然変異して巨大化したものか」
納得したように呟くとフラウドはひれを首を振って否定した。
「おそらくその猪王は斥候か何かだろう。おそらく三十メートルの個体が長を務める群れの斥候」
その言葉を聞き、二人はある事に気がつく。アダルは慌てた様子で口を開いた。
「おい、それって」
「そうだろうな」
衝撃の事実が彼の口から告げられる。
「おそらく三十メートルの個体が次に現れるのはこの国だろう」
告げられた言葉に息を飲むしかない二人だった。




