六十三話 無策の特攻
触手が接触した腹部と海底に衝突した背中が同時に痛み、リヴァトーンは声を上げそうになる。だがそれを我慢して、彼はゆっくりと状態を起こす。その状態で彼が先ず最初に行なったのは自身の怪我の確認だった。痛みは彼が悲鳴を上げたくなるほどだ。その分大きな怪我をしている事だろうと思い、どの程度なのかと触手があたった腹部に目をやる。
『っ!! どういうことだこれは』
怪我をしたであろう腹部に目をやったリヴァトーンは己が目にした光景が信じられずにいた。当然だろう。何せ彼の体は大怪我が所か一切の傷など付いてはなく、血も流れていなかった。当った箇所の鎧も多少へこんでいたが、見ている内にあれよあれよと元の形に戻っていく。そして当初感じていた痛みも今は全く感じとれないでいた。まるで一瞬痛みが消える類いの軽い攻撃を受けたみたいに。自身の身に起っている事へ帯しての情報が多すぎて、リヴァトーンは軽い混乱状態に陥った。
『これが大精霊化か』
手を額に宛てて、混乱した頭を冷やしつつ大精霊と化した自身の体の構造に驚きつつ無理やりであるがそう言う物に成ったのだと納得させる。
しばらく為ると痛みは完全になくなり、鎧も修復された。そこになって混乱も解けて、心情故か少し重くなってしまった腰を挙げた。正直自身の体の変化に驚きたい余韻に浸かっていたい気持ちであったが、それを心の奥底に押し込めてどうするかと考えながら、海面の方に顔を上げる。その時に目の端に眩い光を捕らえた。アダルが近付いてきたことを感じ取り、振り返るとやはりそこには翼を畳んだアダルが海底を歩いて近付いてきていた。
『随分と飛ばされたな』
半笑いしながら言った彼の言葉にリヴァトーンは明らかに馬鹿にされていると感じ取りイラっとしたが、それを隠そうと装う。しかしそれは不完全だったが為、表情にはもろに出していた。それを見ても表情を変えることはしなかった。
『顔に出てるぞ』
揶揄うその一言に対して、リヴァトーンはふてくされた。
『何しに来たんだよ。揶揄いに来たのか』
喧嘩腰の口調で答えるリヴァトーンにアダルはあまり大きくないが愉快げな笑い声で返す。
『そんなわけ無いだろ。これからどうするのか聞きに来ただけだ』
二人の視線の先は軟体獣に向いている。観察すると、先程から一つしかない目の瞬きが多く成ってきていた。
『あれはもうすぐ完全に視力が戻るな』
アダルが放った言葉に苛立ちまみれの舌打ちを鳴らす。
『さっさと決めていれば良かったわ!』
怒りを乗せたであろう拳でもう一方の手を叩く。
『もう目つぶしも通じないだろうな』
『じゃあ、どうすんだよ』
リヴァトーンの問いかけにアダルは考え込む。ぶつぶつとあれもないこれもないと呟いている。その間問いかけた本人は足を貧乏揺すりしながら、鋭い視線を軟体獣に向けている。徐々に視力が回復して言っているのが見ていて分かる。それをただ眺めているだけなんて彼にはどうしても出来なかった。
『ああっ!! 焦れったい。お前の考えを待っていたらただ時間を経過するだけだ。俺は先に行くぞ!』
叫んだ末に彼はトリアイナを持って軟体獣に向け飛び出した。
『・・・・・・。はあ。せっかちな奴だ』
リヴァトーンの後ろ姿を眺めながら、溜息を吐く。そして一度考えるのを止め、畳んでいた翼を広げた。
『まあ、一々考えていても分からない物は分からないな。まずは行動してみるか』
どう倒すのか対策を考えたところで、それ通りに言った試しは少ない。むしろアドリブで闘う方が自分は得意な方だなと思いつつ、軟体獣に目をむける。
『考えるにしろしないにしろ。軟体獣を倒す事は変わりないしな』
軽く膝を折り、そして勢いよく伸ばす。その弾みを利用して海底を力強く蹴る。同タイミングで翼を強く羽ばたかせる。それによってアダルは勢いに乗ることに成功し、猛スピードで軟体獣に向かった。
軟体獣の触手が当る範囲には五秒もかからないで入った。当然ながら入ると同時に一本触手の襲ってくる。しかし明らかに動きがにぶい。何故なのかアダルは直ぐに見当が付いた。というかその場面を見ていた為分かっている。襲ってきた触手は先程リヴァトーンによって切られた側の触手の一本。当然振うとき相当な痛みを伴う。それによって動きは鈍くなり、威力は前ほどの破壊力を持っていない。だからアダルは襲ってくるそれを躱さなかった。当然直撃する。しかし威力を持たないそれは片手で制する事が出来た。触手は簡単に弾かれる。
『相変わらず無茶苦茶な力だな』
嘗てトリアイナの力を初めて見た時の事を思い出しながら、アダルは苦い笑い声を出す。海中で一撃入れただけで軟体獣をここまで弱らせる事に成功してしまったのだ。あまりの出鱈目さに呆れるしかないだろう。
『そんな事よりもだ・・・・』
彼の目はいつもより険しくなる。そして軟体獣の瞳に目を向けた。
『やっぱりな。完全に視力が回復したか』
軟体獣の目には確実にアダルの姿が捕らえている。そうでなければ今の攻撃はおかしいのだ。何せ、一本だけを的確に当るように振ってきたのだから。
『あまり支障は無いか』
そう結論付けたアダルはリヴァトーンがどこにいるのか探った。痺れを切らして先に来た彼が今どこにいるのか気になったのだ。
『・・・・・・・いた。何やってんだ?』
彼の姿は直ぐに発見できた。彼は軟体獣の触手を四本同時に相手していた。
『正面から突っ込むか。さすがに無謀すぎるだろ』
三本の触手は傷を負っていない側の物。そして一本は傷を負った側の物。その一本は他の者と比べて格段に遅く、威力も無い。しかし高速で繰り出されている三本を対応出来ても、それになれてしまった場合。その一本に対応出来ない場合がある。見ている限り、彼はそれが出来ていなかった。まあ、今のリヴァトーンなら当っても問題無いだろうと判断して、あえてそれを受けている可能性がある。大精霊化した際のそれになった海人種は一切の傷を負うことはない。その痛みを感じることはあっても、傷は付かないのだ。その驚異的な頑丈さを超える生物をアダルは未だ見たことがない。それに気付いたからこそ、今のリヴァトーンはあのような戦いをしていた。
『まあ、軟体獣相手だったらあの方法はあるかもな。ただ警戒すべきは』
今まで視力を失っていた瞳が怪しく光り始めていることに気付いたアダル。脳裏に浮かんでいた警戒すべき事が今まさに起きようとしていた。
『怪光線が来るぞ!』
触手の相手をしているリヴァトーンは気付いていなかったが、軟体獣は彼を狙っていた。アダルの声で漸く異変に気付き、直ぐに回避行動に移った。しかしそうはさせまいと触手が襲いかかる。舌打ちをしながら彼は効果は無いのを知っていたが、その場を乗り切るため、向かってくる触手を全て腕に着いている鰭の刃で切り落とす。
『ギュガアアア!!!!!』
その間に軟体獣は発射準備を終えていたようで、今にも放とうとしていた。鳴き声で軟体獣に目が行った彼は今度こそ回避行動を取った。しかしその前にそれは放たれる。
『これは・・・・・』
明らかに避けきれない。光線の即後はリヴァトーンの回避速度を超えていた。彼でも分かる。いくら自身の体が異常な作りであってもあれを受けたら石化する。だからこそ回避するべき攻撃なのだ。しかし如何せん回避行動に移るのに手間取ってしまったのは事実。最早回避は不可能。諦めたわけではないが、自然と瞳は閉じていた。奇跡が起きなければ次に目を覚ます機会など無いだろうと思い浮べながら。




