六十話 弱点強襲
上から迫り来る二つの鉤爪。背後からも彼を殺そうという意思が見え透けて居る奇襲になっていない奇襲名のだろう一本の触手が勢いよく。それでいて静かに忍び寄ってきている。勿論その攻撃も分かっているアダルは翼を羽ばたかせて、急下降。海底スレスレまで沈む。一瞬で。軟体獣が瞬きをした瞬間に起った事だった。だから軟体獣はアダルの姿を見失い、攻撃全てが空を切る、失敗に終った。軟体獣は一つしか無い目を縦横無尽に回し、アダルの姿を見付けようとする。しかしあの目立つ翼を持っているアダルの姿を見付けることが出来なかった。翼の光を調節して見えなくする事が出来るアダルだが、それを行なっていた訳ではない。光自体は弱くしているが、ただ単に軟体獣の目が届かない場所にいるだけなのだ。
「きっつぃ!」
彼が今いる場所。そこは軟体獣の真下。触手と触手の間を縫って、触手の中に入り込んでいるのだ。彼はここで一度翼を閉じ、体も完全に人間に戻した。肩で息をしているように動かしている。それだけ疲労をしているという証拠だろう。アダルは深呼吸を何回か行い、息を整える。海中であるため肺の中に水が入り込むが、体内にある光の熱量によって、水は上蒸気になり、空気だけ取り込んで後ははき出せるため海中でもそれを行える。それを数回する事でどうにか息切れは収まった。
「攻めすぎだぞ」
憎らしげな目を丈夫に向けル。触手の中と言うことがあり、周りは吸盤だらけ。その光景はアダルからしても軽く衝撃的な物だった。それでも外からも軟体獣のアダルに「どこにいる!」と言いたげな甲高い鳴き声を響いてくる。それを聞えたことで自分が真下という事を軟体獣にはバレていないと言うこと。今のこの状況。短時間ではあるが、ここほど安全に休憩出来る場所はない。そして奇襲を仕掛けるのにもうってつけの場所も。
「やるならどこかな・・・・・」
内部を見渡し、どこなら大きなダメージを与えられるか見定める。内部からの攻撃。正確には触手の中は外部であるが、ここからの不意打ちなら軟体獣に大きなダメージを与えられる。見たところどこを攻撃しても軟体獣の動きを封じることが出来るであろう。もしくは弱点を作れる可能性もある。そんな事を考えていると不意にアダルは何がおかしいのか含み笑いをし出す。
「外からなら鉄壁のこいつも中はこんなに弱点だらけか。もしかしてと思って入ってみたが、まさかここまでとは」
先程まで戦闘を繰り広げていたアダルは同時に軟体獣の弱点を探していた。しかいsそれらしいところは見付けられずただただ体力を消耗するだけだった。しかし休憩の目的の為に一時的に入ったここを見ると弱点になるような柔らかい肉が拡がっていた。偶然とは言え、これは良いところを見付けたと思ってしまったため笑い出してしまったのだ。
「おおっと、しまったな。笑いすぎるとこいつに気付かれる」
自分の迂闊さに気付き、直ぐに笑うのを止める。そして再び大きなダメージを負わせられる所を探し出す。
「・・・・。やっぱりあそこか?」
一分ほどしてからが見付けたのは触手の付け根。そこなら他の所より柔らかく、根元から切り落とし、そこを高熱で焼いたら二度と再生しないだろう考えつく。さっそく彼は再び腕だけを元に戻す。それを胸の前でクロスさせ、両手を的となる付け根に向け挙げる。交差された腕にはどこから発せられたのか分からないが、腕の近くに成って突然発光し出した粒子が収束していく。そして二つの腕が限界まで発光すると、収束は収まる。
「戦闘再開と行きますか。初手はおれから貰うぞ!」
言い終えると、アダルは交差されていた腕を広げて胸下まで下げる。その時に軌跡を画くかのような半月の光刃が触手の付け根に向け発射される。熱を持ったそれは泡を纏いながらその場所を寸分の狂いなく襲撃する。
『キュラアアアアア!!!!』
軟体獣の体で内部を除くところで唯一外部に曝している柔らかい箇所。そこに光刃を当たると面白いほど血が噴き出してきた。光刃は触手の付け根を相当深くまで抉った。その上でその箇所を再生できないように傷口を焼いた。軟体獣はその痛みに悲鳴を上げながら、なぜこの箇所から痛みが上がったのか理解出来ず、混乱していた。痛みに悶えるように触手達は海底を叩きまくり、海底の砂やヘドロなんかを巻き上げる。アダルがいた触手内部は当然一気に安全地帯から危険地帯に早変わりする。しかしそれでもアダルはその場に残った。理由としては軟体獣の機動力を削ぐことを考えたから。彼は先程と同じ要領で違う箇所に光刃を放ち続けた。行なった回数は残り触手の数と同じ12回。全てが終り軟体獣の機動押さえ込むことに成功したアダルはうねる触手と触手の間の隙間から表にでる。その拍子に軟体獣の顔に目を向ける。あまりの痛さに目は今まで動かした事が無いような動きをしていた。それを見てほくそ笑んでいると、不意にそれと目が合った。
『キュウガララララアアア!!!!』
痛みを与えていたのがアダルだと言うことに今更気付き、怒りに飲まれたような声を上げながら、六本の触手を差し向けてくる。その時の様子からして怒りにより、痛みを忘れさせるほどの衝撃を軟体獣に与えてしまった。
「これはしくったな!」
困った様に言っているが、顔は獰猛に笑っていた。もう寸前まで来ている触手を前にあまりにも余裕のある態度だった。なにか対策があるのかと言ったら、そんなものアダルには存在しなかった。このままだと最悪死ぬ可能性まであるというのにアダルはこうなった状況を笑っていた。
「もう回復したのか。随分と遅かったな」
全ての鉤爪がアダルに当ると思われたその時、アダルは誰かに向けた出あろう言葉を吐き出す。瞬間、鉤爪全てが海に溶け出すように消滅した。
『ギュガン!?』
突然鉤爪の感覚が消滅し戸惑いを隠せない軟体獣。何が起ったのか一度触手を撤収させ、何か起こしたであろうアダルを注視する。しかしアダルは無防備なままの状態で反撃を仕掛けた様子はない。それを目した事によって軟体獣は疑問視か頭に浮べなかった。
「助けてやったというのに、そんな態度を取るか」
すると彼の隣に一人の男が現れた。その男は先程軟体獣が邪魔だと感じていた者。リヴァトーンであった。彼のしてやったりと言いたげな表情を軟体獣に向ける。アダルと同じように。その余裕げな顔が軟体獣を余計に苛立たせた。
「キュガン!? ギュウウウウウウガアーームルゥウウ!!!!」
そしてそれは軟体獣の怒りのキャパを超えさせてしまい、今まで以上に怒り狂った様な狂気を孕んだ声が響く。その声によってリヴァトーンは勿論アダルでさえ、軟体獣に恐怖感を与えた。
「おい、体の動きが鈍いぞ!」
リヴァトーンの言葉を他沿いかめるように傍目ではゆっくりと腕を顔の前まで上げた。そして動きを確かめるように何回も手を開閉する。
「どうやら今の声で俺たちの体が畏縮したらしいな」
「畏縮って。大丈夫か? 今から闘うのにそんな調子で」
不安がっていると言うより、自分とアダルが畏縮したことに関して呆れたと言いたげな様子だった。
「問題無いだろ。元に戻れば硬直は解けるだろうからな」
そんな物かと呟くリヴァトーン。彼もアダルに倣い、腕や首などをウガししてみる。拘束されたかのように極限まで力を込めなければ成らなかったが、なんとか動かすことには成功し、手首の関節を一回転させた。それを目にしたアダルは徐ろに頷き、リヴァトーンを見る。
「その様子だとお前も大精霊化したら硬直は解けるだろうな」
「まじか。それならあいつと戦えるな」
にやりと口角を上げるリヴァトーンの顔つきはとても楽しげだった。
「準備は良いようだな」
「当たり前だろ。じゃなきゃ来てねえよ!」
軽口を多対多の血、二人は軟体獣を睨みながら自身の体内を回る力を高めたていった。




