五十六話 合流離脱
アダルの声に呼応するようにリヴァトーンも笑い声を上げる。だが、その時間は長くは持たない。それを邪魔するように軟体獣の触手が六本同時。上下左右から襲いかかる。襲撃により、二人の談笑は強制終了になった。二人は各々回避行動を取りながら軟体獣を睨む。
「ったく。空気読めや」
憎らしげに悪態を吐きながら、アダルはその攻撃をなんとか回避することに成功する。しかしそれだけでは軟体獣のターンは終らなかった。なんと六本中三本がアダル目がけて飛来し続けたの。これに対してアダルは舌打ちをした後、襲いかかってくる三本をどうにかよける事だけで手一杯になった。そんな中微かに出来た余裕の際に、先程血を流した所に瞬間的に目をやる。既に回復済みなのを確認し、再び軟体獣の攻撃を見切ろうと目を鋭くする。すると、目を覆うようにオレンジ色の隈取りができ、目は黄金に輝く猛禽類特徴の物。つまり巨鳥になったときの物に戻った。
「これでもうお前の攻撃は当らないぞ」
目を戻したと言う事は、人間形態だったときよりも視力が格段に上がったことを意味する。人の状態であっても視力や良いのだが、それでは回避することが出来ないと踏んでの行動だった。言ってしまえばこの行為は成功だったと言える。何故なら視力を元に戻した結果、アダルは軟体獣の攻撃を全て避けきることに成功。だが、アダルはこれだけのために目を戻したわけではない。彼が目も戻したのは軟体獣の弱点を探るため。実は前回戦闘をした時、アダルは軟体獣の弱点を見付ける事が出来なかった。しかしそこを攻めようとしたが、前回は怪光線によって道に化できた。怪光線が発射される。それを回避し、逆に利用したことで前回は退散させた。しかし今回は前回と同じ方法では勝てない。だからこそ明確な弱点を見つけ出し、そこを攻めなければならない。
「あるはずだが」
目を縦横無尽に動かして、軟体獣を舐めるように観察する。生物なのだ。弱点という物は必ず存在する。それは悪魔種の作り出した生物であっても。
「いや、違うな」
自分の考えを直ぐに否定して、新たな考えに切り替えた。
「あいつの作りだした生物なら必ずあるはずだ」
彼が脳裏に浮べていたのは、先程遭遇したインディコだった。彼女の性格だったら、完璧を求めず、態と弱点を作り出すのではないかと思えた。勿論それはアダルが勝手につけた彼女への印象に直ぐないし、必ずそうであるとは言えない。だが、それでも彼女ならそうするのではないかという事を不思議と信じられた。
そんなこと考えている最中でも軟体獣の触手は襲ってきている。その速度はどれも速く、普通だったらよける事など出来ないほど。しかし今のアダルは普通ではない、目を戻したことによってアダルの瞳には軟体獣の攻撃が遅送りしているように見えている。だからこそ余裕を持って触手を躱しているし、観察する時間も出来ると言うわけだ。
「随分と余裕だな!」
どうにか触手を避け潜って、合流したリヴァトーンは息を絶え絶えにしながら変らず軽口を叩く。
「お前は随分と苦労しているようだが」
返事が帰ってくる前にリヴァトーンに付いていた触手も彼がここにいることを察知して、彼もろとも潰そうと降りかかってくる。アダルは難なく避けるが、リヴァトーンは少し苦労しながらよける事に成功する。
「仕方ないな」
そんな彼の様子に溜息を吐きながら、アダルはある行動に出る。なんとリヴァトーンに付いていた触手に攻撃を仕掛けたのである。当然、目的を邪魔された軟体獣は怒り、全ての触手をアダルに差し向ける。
「少し時間を作ってやるから今のうちに少しでも体力を回復させておけよ」
渋々といった様子のアダルは触手をかい潜り、一撃も当らないように立ち回る。そんな余裕そうな態度にリヴァトーンは不服そうに噛みつく。
「必要無いっつの」
そう言ってトリアイナを構える彼にアダルは溜息ながらに言葉を吐く。
「良いから休んでおけよ。お前、俺との決め事を守らずに勝手に戦闘を始めていただろ」
その言葉にリヴァトーン言葉を詰まらせ、ぐうの音も出なかった。完全なる図星であるために。
「お前はあいつに対しての切る札だ。だから少しでも体力を回復させろ。それまでの時間は稼いでやるさ」
アダルはリヴァトーンから目を離して背中を見せる。彼の目には今、押し掛かる六本の触手が見えている。未だにそれは遅送りしているように見えるため、避けるのは落。しかし少しでも気を抜けば、当る可能性が出てくる。先程直撃した時の傷はなんとか回復する事が出来たが、今度は出来るかどうか分からない。何せ今はアダルに取って不利の条件が揃った場所での戦闘なのだ。なるべく傷を負うわけにはいかない。
「おい! 元の姿に戻らねぇのかよ」
不意に背後にいるリヴァトーンの疑問が飛んでくる。
「まだしない。する前にしておかなければならないことがまだ残っているからな」
なんだよそれと呆れながらに呟く彼の声はアダルには聞えなかった。それから先、アダルは必要のない情報を意識してシャットアウトしていた為だ。アダルは再び意識を集中して軟体獣の弱点を見付けようと観察を始める。だが、それだけでは芸がない。それに触手が全力で振るえる距離からの全体を含めての観察しても限界がある事をなんとなく分かってしまった。だから観察の方針を全体を捕らえる方法から近場でくまなく確認する方針に変えた。彼は翼を羽ばたかせ、それを推進力にして、軟体獣の目では捕らえられない速度で急激に懐に近付いた。それが功を奏したのか軟体獣は完全にアダルの姿を完全に見失い、混乱したのか的外れの場所に触手を振るった。当然それは空を切る結果になる。そのことが余計に軟体獣に不安と混乱。それに恐怖を引き起こさせ、当てずっぽうに触手を振るい続ける。
「あっぶねぇな!」
混乱で滅茶苦茶に振るわれる触手からどうにか届かない距離まで後退したリヴァトーンは肩で息をしながら軟体獣に向けて悪態を吐く。そして高見の見物とは行かないが、対岸の火事の如くそんな調子の軟体獣を目にしてどうにも笑いそうになった。その動きがどうにも奇妙で、今まで自分を殺そうとしてきた触手がでたらめに振るわれている様子が滑稽に見えてしまう。しかし何時までもこの場所が安全とは限らない。彼はアダルに任せてもう少し遠い場所に避難することを躊躇ったが、彼に言われたとおりにするためもう少し離れた場所へ。戦闘に巻き込まれない距離まで遠のいた。その距離は軟体獣の発する怪光線の射程範囲内からも離れていたため、その場を動かない限り絶対に安全と言える場所と言える。アダルがその役目を行なっていてくれるため、リヴァトーンはそこで少しだが、気を抜いた。
「くそ。まだ戦いも始まっていないのに、相当疲れた」
彼は肩を落としながらに、自分の軽はずみの行動を後悔した。
「こんなことなら言われたとおり、さっさと海面に出て応援を頼めば良かったぞ」
自分の愚かしさを後悔しても体力は回復されない。それどころか余計にすり減っている感覚が起きたため、彼はこれ以上自己批判する事を止めて違うことに意識を塗り替えようとする。
「そもそもなんでもっと早く来なかったんだよ」
リヴァトーンはその矛先をアダルへと変える発言をすると何か異変に気付いた。
「というか、なんで遅く来たんだ? あいつなら、下手したら俺より早く気付きそうなもんだろ」
何かがおかしいと思うリヴァトーンだが、それは臆測の域をでない。だが、彼は僅かな柄にアダルに不信感を抱いてしまった。




