五十四話 悪魔種を欺いた囮
説明を要求してきているインディコ。それも焦燥の交じった声でだ。その加減は少量だった物の、彼女は間違い無く焦っていた。理由は簡単だ。彼女の殺気反応検査をした際に、街から一切の生物反応がしなかったから。何がどうなってこの様な結果になったのか頭の整理が追いつかなくなった事から彼女はこの様な反応を見せた。
目的は既に成功している。別に説明をしても構わない。それをする事によって彼女の余計の面白い反応を見せるのも楽しみでもある。しかし不安な事もある。インディコが本気で怒り出す可能性だ。彼女は人形の体では攻撃できないと言っていたが、軟体獣に力を注ぎ込むことは可能だと言っていた。それによって、討伐する際。余計な手間を掛ける事になる。出来れば隠していたいアダルの手札を曝す結果になるかも知れない。どうした物かと頭を巡らせる。あまり返答を焦らすと同じ結果になりかねない。アダルは意を決したのか。諦めたのかどちらかは分からないが、その口を開き始めた。
「当たり前だろ。あそこに人なんか住んでいない。囮の避難場所なんだから」
その言葉にインディコは息を詰まらせる。しかし次第になぜだか、愉快そうに笑い出す。
「そうか! そうであったか。いや、考えたな。まさか妾を騙しきるとは! いや、妾だけではなく、黒まで騙すとは! 其方等を侮り過ぎたようじゃ」
声に笑いが交じった状態で言葉は紡がれていく。どうやら、機嫌を損ねてはいないらしい。
「強者の余裕って奴か? それとも俺たちの計画を嘲笑っているのか」
鋭くなった目元で睨み付ける。どうして自分が欺かれておきながら笑えるのか、アダルには理解できない。だからこそ彼は勝手に先程言った二つの事で笑っていると判断した。しかしこの言葉にインディコは首を振る。
「いや、ただ単に関心し、欺かれたことを嬉しくなったのじゃ」
彼女の言葉には困惑しか覚えない。この事のどこに嬉しくなるようなところがあるのか。
『妾の血を引いている赤であったなら、怒り狂い、其方を殺していたかも知れぬな。彼奴は妾に似ず、短気すぎる。あれは全魔皇帝の性格が似過ぎたからな』
今の一言をアダルは聞き捨てならなかった。赤というのはおそらく他の幹部のことだろう。しかし問題はその後発言したことだ。インディコと全魔皇帝の血を引く幹部。それだけ聞いて、アダルは内心戦慄する。そんな奴がいて良いのかと。
そんなアダルの様子などお構い無しに、インディコは愉快そうに笑う。
『だが、妾は違う。妾は想定外のアクシデントという物が大好きなのだ。だからこそ、今この状況を嬉々とした感情で胸がいっぱいなのだ』
その発言に嘘は感じられない。本心なのだろう。だが、何故か肝心な所を隠している様に思えて成らない。アダルはここで明かすべきじゃなかったと軽く後悔した。
そもそも、今回の作戦は成功している。考えついたのはフラウド。アダルも最初ここまでやるべきなのか最初は抗議したが、前回の襲撃があったため考えを改めて彼の計画に乗った。
『いつから欺いていたのだ』
「予兆があったときからだよ。俺たちの軍師様は優秀でな。こうなることを予想してここを作ったのさ」
フラウドの計画は、本当に予兆があったときから始まっていた。まず彼が取りかかったのは、アバッサ住民の避難の件だった。予兆があったと報告があったことから彼はアバッサ政府に住民の避難をさせるように促した。しかしここは海洋貿易の要。いくら言われようと簡単に手放せるわけがない。だからこそ、一時的な避難策として、この場所の港拡張整備をして、ここを避難場所にする事を条件にそれを飲ませた。その際生じる資金は全てクリト王国の持ちである。次に彼が行なったのは、内陸の街作りだ。その場所はフラウドがアバッサから別荘を作るためと称して買い取った物だ。前にもそう言うことがあったのと、決して、その土地をクリト王国所有の土地にしないことを条件にアバッサもそれを承諾した。実際に別荘も作られた。しかしその周辺には大きい街と言っても過言ではない位の集落ができあがってしまった。さすがにそれは見逃せないと抗議をしようとした矢先に、アバッサは襲撃された。避難が始まる予定よりも早くに。
「あの時はさすがに肝が冷えた。お前等のせいでな」
『妾達は全種族の絶滅を命じられているのだ。なら人が盛んの時に襲うのが一番てっとり早いだろう。あの時は避難前一港が盛り上がったのだ。そこを狙わずにどこを狙うというのだ』
「俺が言っているのはそこじゃない。この場所がバレたことだ」
アダルの言葉にそっちのことかと納得して見せた。
『しかし騙しおうせたであろう。現に妾はこの場所にのこのこ現れたのだから』
「ああ、そうだな。俺たちの軍師様が機転を聞かせて他の場所にも移転地を作ってくれたお陰だ。まあ、俺たちも知らなかったんだがな」
アダルの言葉通り、フラウドはアダルとヴィリスに他の移転地を作っている事を伝えていない。彼らがそれを知ったのは、住民と一緒に港を出る手前。彼からの通信でそれを知った。どこに作ったのか。それは口頭では伝えられず、フラウドが用意した誘導員が避難民をその地に連れて行った。彼の考えを理解したかのように、アダルはこの地に来るという決断をして、ヴィリスはアダルに付き従うように付いてきた。何も知らない海人種三人は避難民に付いて行こうとしたが、アダルが自分たちに付いてくるようにと促して、彼らは来た。つまり彼らは何も知らずに誰もいないこの町に来たのだ。ユリーノは最初はごねた。しかし事情の断片を彼らにだけ聞えるように伝え無理やり納得させ、ここが移転地ではないとバレないように演技をして貰った。勿論港の住民が全員ここに避難をして、生活している素振りを見せないと直ぐにバレてしまう。だからフラウドもあまり明かしたくない自身の手札の内の一つを曝した。
フラウドがこの世界に来て、やっていたこと。それはラノベでよく見るような技術革新が主だった。生活に役立つような物ばかりだが、中には前世の日本でさえオーバーテクノロジーだった物さえ作り上げた。彼が今回切った切り札はそのうちの一つ。性格投影擬似人形。名をフェイクボディ。これの特徴は見た目が人間そのままなのもあるが、他のところにいる住民とまったく同じ動きをしてくれる所である。数は避難民と同じ数この街に配備されている。その結果、悪魔種達をここにおびき寄せる事に成功した。元々は戦場に兵士達を送り込まないように作り上げた兵器だったが、こういう使いかたで人を助けることも可能なのである。
『はははっ! 愉快だ。ここまで欺かれたのは二千年ぶりか。いや、よくやった。其方等のその意思。賞賛に値する』
彼女の余裕の態度はいつまで経っても崩れることがない。それが、何か対策をしているのではないかという疑念を呼び起こす。
「俺たちのやった事は、想定内か?」
『ん? 先程言ったであろう。想定外じゃ。だからこそ楽しいのじゃ。この状況が』
その態度はどこまで行っても不気味だ。彼女は楽しそうに何をどうしようと、考える仕草を見せている。そして、何か悪巧みを思いついた時のような表情を見せる。
『ここまでえ愉しませてくれた礼じゃ。快く受け取ってたも』
そう言うと彼女は右腕に禍々しい紫色のオーラを纏いだし、それを変色している海に向ける。そのオーラは勢いよく飛び出していき、瞬く間に海の中に飲まれていった。それを見た瞬間、アダルは彼女が何をしたのか分かってしまった。
「お礼じゃなくて嫌がらせだろ、それ」
「そうとも言うな」
なんとも天真爛漫な声だと呆れながらも、海の中から聞えてくる軟体獣の強烈な鳴き声にただ、溜息を吐いた。
 




