切り落とした過去
「さて、はじめましょうか」
ダリアは大きな鏡が付いたドレッサーに夢亜を座らせると、クロスをかけ、霧吹きで髪を濡らし、夢亜の長い髪を切り始めた。ニーナについては、彼女にも準備があるらしく、後で待ち合わせ場所に落ち合う事にした。
「綺麗な髪ね」
「そうでしょうか?」
「ええ、とっても。 貴方のお母さんはきっと綺麗な人なのね」
「――確かにお母さんは、綺麗な人でした」
そう放った言葉の意味は嫌悪感なのか、誇らしさなのか、自分でも判断出来なかった。
鋏のリズミカルな音が耳に心地いい。床には黒い髪がとひらひら落ちていく。
それは、過去を切り落としていくようにも思えた。辛い事、苦しい事、悲しかった事。
髪と共に散っていく。夢亜はそんな不思議な思いで鏡の中の自分を見つめていた。
「はい、終わり。次はメイクね」
ダリアは嬉しそうに鼻歌を歌いながらドレッサーに置いてある様々な化粧道具を取り出した。
どこかで聞いた事があるメロディーだった。
「楽しそうですね」
「ええ。ニーナは見た目が子供でしょ? 全然化粧が似合わないの。その点夢亜は大人びているからやりがいがあるわね」
確かにニーナは私より子供の姿だから、きっと似合わないだろうな。
化粧をするニーナを想像してたら、フフっと笑みがこぼれた。
考えるのは友達の事ばかりで過去の事はほとんど忘れてしまっていた。
「それにしても本当に上手ですね。天使より、美容師の方が向いてるんじゃないですか?」
そんな軽口を言える余裕が今の夢亜にはあった。
「そうかもね。まぁ私はされる方ばっかりだったけど」
「……?」
される方……?
夢亜は疑問に思ったが、それ以上ダリアは何も言わなかった。
ダリアは魔法をかける様に、夢亜の顔を彩っていく。夢亜はその半分も化粧道具の名前が分からない。
「はい、完成」
夢亜は驚いた。
鏡の中には、とても綺麗な、ショートカットの女の子がいた。
それが本田夢亜だと気づくのに少し時間が掛かった。
「……すごい」
「――夢亜、ありがとね」
ダリアはそっと呟く。
「あはは、感謝するのは私の方ですよ」
「ううん、ニーナの事。あの子のおせっかいに付き合ってくれて……あの子はそれが生きがいだから。今日1日、仲良くしてあげてちょうだい」
ダリアの口調に違和感を感じる。夢亜は鏡越しに彼女の顔を見ると、頬には涙が伝っていた。
「ダリアさん……?」
不安になり振り返ると、ダリアは、涙を手で拭い、こう告げた。
「実はね……ニーナは貴方で最後の仕事になるの」