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欲しかったのは、愛。

 真夜中の屋上で笑い声が響く。こんなに騒いでいると、警備員がやってきそうだが、ニーナに聞くと、天使は人間には見えないらしい。もちろん幽霊の夢亜も。

 ニーナとダリアは古くからの付き合いらしく、とても仲が良さそうだった。夢亜はそんな二人が羨ましく思った。


「どう? お嬢ちゃん、初めてお酒を飲んだ感想は?」

 ワイングラスをを片手に上機嫌のダリアが言った。

「悪くない気分れす」

  呂律が回らない。視界がぐるぐるする。

  でもいい気分だ。自分がまっさらになる様な。

  同時にズルいなとも思った。


 大人は嫌な事があってもお酒で忘れられる、でも子供はそれが出来ない。

 子供はどうすれば嫌な事を忘れられるのだろう。

 ふわふわした頭の中でそんな事を考えていた。


「良かった。しかしもったいないわね、お嬢ちゃんは顔もかわいいしまだ15歳だったんでしょ?私が貴方なら世の男を虜にするのに」

「お世辞は辞めてください。私、可愛いなんて一度も言われたことない」

 ダリアはニヤリと笑う。


「じゃあさ、やり残した事を男と寝る事にすればいいんじゃない?」

「なっ!?」

 顔が沸騰した様に熱くなる。何かの雑誌で見たような大人の言葉をさらりと言えるダリアに、夢亜は驚きを隠せなかった。

「もー、夢亜をからかっちゃ駄目だよ」

 隣でカクテル缶を手に持ったニーナがケラケラと笑った。


 そんな会話がしばらく続き、ダリアが言う。

「さて、そろそろ帰ろうかしら」

「えー!もう帰っちゃうの?

 顔を赤くしたニーナが不満げに言った。


「明日も仕事なのよ。先に帰ってるわ。後でお嬢ちゃんを私の部屋に連れて行きなさいな」

 そう言った後、ダリアは夢亜の方を向き

「お嬢ちゃん。今日は楽しかったわ。また機会があれば付き合ってちょうだい」

「はい、私も楽しかったです」


 彼女はニコッとはにかむと、強い光を放ち、目を開けると彼女の姿は消えていた。

「ダリアさんって大人っぽくてカッコいいね。ニーナは素敵な友達がいて羨ましいな」

 夢亜は自分自身の言葉に驚いた。お酒が回っているからだろうか?

「うん、ダリアはいい友達。でもそんなダリア、そしてあたしも夢亜の友達だよ」

「……えっ」

  息が詰まった。ニーナは優しい顔で続ける。


「夢亜もあたしの友達になって欲しいんだ、だめかな?」

 そんな事、生まれて初めて言われた。

「……私なんかでいいの?」

「うん!あたしは夢亜の友達になりたい」


 その一言ではっとした。どうしてこんな簡単な事に今まで気がつかなかったんだろう。

 夢亜は今までずっと誰かに愛されたかったのだ。

 母に捨てられてから、一人で生きてきた。

 捨てられた事を知った時、こうつぶやいた。


  ――私は一人でも大丈夫、きっと生きていける。

 だけどそれはただの強がりだ。本当はずっと苦しくて寂しかった。だけど人と関わるのはもっと怖かった。また捨てられるかもしれない。その思いが夢亜をさらに孤独にする。

 だけどニーナはずっと動けずにいた夢亜をすごく簡単な事の様に救ってくれた。


 気が付くと涙がポロポロとあふれていた。

 いろんな感情がごちゃまぜだ。

 今までずっと泣かなかったせいか、涙はすぐには止まらない。

 本当は心にしまっておくはずだった。だけど今は、ニーナに打ち明けたいと思った。


「あのねニーナ。今日、私の葬式に行ったんだ……だけど知り合いは、誰もいなかった」

 途切れ途切れ、泣きじゃくりながら言葉にする。

 児童施設の職員、学校の教員などは葬儀に参加していた。しかし、夢亜の事を思ってというよりは立場上しょうがなく来たといった感じだった。


 誰にも心を開けない夢亜は、誰からも愛されなかった。

「そっか……」 ニーナは静かに頷く。

「それでもお母さんが来てくれればそれでいいと思ったの。少しは私が死んだ事、悲しんでくれるかなと思ったんだ。でもあの人は――」

 その先を言う事はためらった。この事実は、認めたくない。


「あの人は葬儀に来なかった。やっぱり私は、この世界にはいらない人間なんだ」

  そう言葉にしようとした時、突然ニーナにぎゅっと抱きしめられた。

「辛かったね、夢亜」

 ――暖かい。


「私は夢亜が大好き。このまま貴方がいなくなるのは、とても悲しいよ」

 その言葉を聞き、夢亜はまた泣いてしまう。それはまるで夢亜の苦しみが涙となり洗い流されていく様だった。

 ――突然、強い眠気がやってきた。重くなる目蓋まぶたでニーナを見ると頭の上には光の輪が浮かんでいた。


 これもきっと天使の力なのだろう。

「辛い事は眠って忘れちゃおう。そして明日は良い日になるよ」

「ありがとう……ニーナ」

「おやすみ、夢亜」


 暗くなる視界で見た彼女の表情は、本当に優しかった。夢亜がまだ幼い頃の、母の様に。 

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