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黒髪の天使ダリア

 幽霊としての一日は、もうすぐ終わろうとしていた。

 ニーナとの待ち合わせ場所に着く頃は日が暮れ始めていた。

 幽霊となったこの体は、行った事がある場所、会いたい人を思い、目を閉じてそこに行きたいと念じるだけでその場所に瞬間移動できる。屋上でニーナに教わった事だ。夢亜はまるで魔法使いになったみたいと思った。


「夢亜!」

 ニーナは夢亜を見つけると無邪気に手を振る。その仕草は子供っぽい。

 ――あんな風に笑えたら。

 あの笑顔は、心に深い傷を負った夢亜には到底真似出来ない事だった。

 ――羨ましい。

 そう思う自分が意外だった。


「やり残した事は決まった?」

「……決まらないわ。ただ、やっぱり私が死んだ事を悲しんでくれる人はいないみたいね」

 夢亜は自虐的に笑う。


 少しだけ期待はあった。

 誰か悲しんでくれればそれだけで良かった。

 でも現実は違った。

 夢亜の知り合いは誰一人悲しまなかった。


 お気の毒に……そんな声はあったが、それはただの他人事だ。

 でもしょうがないか。

 自分は捨てられた子供だ。


 誰にも深く関わらなかったし、関わろうとしなかった。

 親に捨てられ、悲しむ人が一人もいないなんて、私はよほど嫌われ者らしい。

 夢亜自身だってこんな自分が嫌いだった。


 ニーナは少し困った風に笑い、

「そっか……でもっ! あと二日もあるし大丈夫だよ」

 といつもの明るい調子で言った。

 その瞬間、夢亜は自分の心が黒く濁っていくのを感じた。時々自分の気持ちを抑えられなくなる。


「ねえ……なんでそんな前向きに言えるの? 私はあなたみたいに前向きになれないし、それにもう死んでいるのだから、何したって無駄じゃない! もう放っておいてよ!」

「無駄じゃないよ」


 叫ぶ夢亜とは反対に凜とした口調でニーナは言い放った。

「確かに能天気だってよく言われるかな。天使は死を扱う、死は凄惨で忌み嫌うものだから笑わないって天使もいる。でもね――」


 ニーナは真剣な表情でに真っすぐこちらを見つめている。

 ――いつもふわふわとした調子だったのに。

 その深い海の様な青い瞳を見つめていると、吸い込まれそうな気持ちになる。怒りすら忘れて、目を逸らす事すら、夢亜には出来なかった。


「あたしは死を悲しいものだと思いたくないんだ、死ぬって事はそれまで頑張って生き抜いたってことだと思う。たとえ今までの人生が辛く苦しい物でも、最後は笑顔でいてほしいんだ。」

「夢亜、あなたは今とても悲しい顔をしている。だから夢亜を笑顔にすることがアタシの使命なの」

 その言葉を聞いた時、夢亜は何を言えばいいか分からなかった。


「ごめん、ちょっと真面目すぎちゃったね」

 ニーナは「あはは」と少ごまかすように笑った。

「同じ天使の私でもお人よしだと思うわ」

 後ろから聞き慣れない女性の声が聞こえた。


 振り返るとボブカットの赤い服を着た日本人風な美女がいた。

 彼女にはニーナより一回り大きな白い翼が生えていた。

 ニーナは彼女を見ると、パっと目を輝かせて

「あ、ダリア! どうしたの?」


 ダリアと呼ばれた美女はあきれた様子で

「仕事が終わったから、見に来たのよ。そこのお嬢ちゃんがいるって事はまだ仕事終わってないようね……またいつものお人好しで現世に滞在させてるの?アンタも困った性格ね」


 まさか同じ天使にも言われるとは。どうやら夢亜がここにいるのは本当におせっかいだったようだ。もし担当がニーナじゃなかっ夢亜はとっくにここにいなかったかもしれない。

「あはは……だってあたし天使だし、天使は人間に優しくするのたらは当然でしょ?」

「それにしてもあんたはお人好しすぎ。そんなんじゃ仕事が遅いってまた上に怒られるよ」

「それは嫌だなぁ」

 そう言うニーナはちっとも嫌そうな顔じゃなかった。


 ダリアはこちらを向くと困った風な笑みを浮かべ、

「こんばんはお嬢ちゃん、私はダリア。見ての通りこの子と同じ天使よ。ニーナが迷惑かけてないかしら?」

「すごくおせっかいです」


 そう言った瞬間、ニーナの顔が少しだけ曇った。少し、可哀想だと思った夢亜は「……でも感謝しています」 と付け足した。ニーナはパッと笑顔になる。


 確かにニーナはおせっかいで、さっきは怒鳴ってしまったけれど、夢亜を笑顔にさせようと頑張ってくれている。そんな人物は、彼女が初めてだった。

「そう、なら良かった」

 ダリアは安心した様子で「フフフ」と笑った。

 その笑顔を見て、夢亜は内心驚いていた。

 

 綺麗すぎる。

 ダリアもニーナと同じく異端とも呼べる美しさだ。しかし同じ天使のニーナとは違い、高い身長、

 抜群なスタイル、ニーナが西洋の美少女だとするとダリアは妖艶な黒髪の美女といった所だ。

 ――同じ女という事が信じられない。


「お嬢ちゃん、名前なんて言うの?」

「……本田夢亜です」

「変わった名前ね。そうだ、お酒を持ってきたから貴方も飲みましょう!」

 

そう言うダリアは、ワインボトルを持っていた。

 夢亜は少し慌てる様に首を振る。

「私、未成年ですよ。それにニーナは仕事中じゃないんですか?」

「死んじゃってるならもう歳なんて関係ないでしょ? それに、ニーナは完全にボランティアみたいなものよ。本当、この子は人が良いというかなんというか」

「あはは……上の天使には黙っててね」


 夢亜はどうしても気になり、訪ねる。

「ところでニーナ、あなたお酒飲めるの?」

「うん、大好き! 天使になって、50年は経ってるから大丈夫だよ」

「信じられない……」

 

啞然とする。

「貴方って真面目なのねぇ。女だけで飲むのはすごく楽しいのよ。せっかくの人生、一度くらいはお酒を飲むのも悪くないわわ」

「そうだよ! もったいないよ! 夢亜」

 天使たちはどうしても夢亜を飲ませたいらしい。


「分かりましたよ、もう」

 自棄気味に言う。

 ニーナとダリアは顔を合わせにんまりと笑う。

 こうして、二人の天使と幽霊の宴が始まる事になった。































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