ダリアの過去
外に出ると、夏の暑さを肌で感じることが出来た。
自分が一日だけ生き返った事が実感出来る。前までこの暑さは嫌でしょうがなかったが、今となっては愛おしく思った。服装はダリアから借りた。白いシャツにベージュ色のスカート。天使にも給料が出るらしく、ダリアはよく人間の世界で翼を隠し、世界中に買い付けに行っているらしい。
ニーナとの待ち合わせ場所に着くと、彼女はいつものシンプルな白いワンピースでは無く、フリルの着いた、黄色いドレス姿に少し小ぶりな麦わら帽子をかぶっていた。
なんだか絵画を眺めているようだと夢亜は思った。彼女は夢亜を見つけると、目を輝かせた。
「わぁ夢亜! すごく綺麗!」
「ありがとう。ニーナこそ、どこかのお姫様みたい」
ニーナの明るさに夢亜は微笑む。さっきの話は嘘なんじゃないかとさえ思った。
「これずっとお気に入りだった服なの。天使は仕事の報酬で、昔持っていた物も貰えるんだよ」
その言葉を聞き、夢亜の笑顔は一瞬消えそうになった。
――天使になる条件は不幸。どうしてもその事を思い出してみる。
ここに来る前、ダリアとそのことを話した。「実はこの事はあの子に口止めされてるの。多分怖いのね。貴方に過去を知られるのが」
「そうですか……あの、ダリアさんは?」
恐る恐る聞くとダリアは少し微笑んだ。
「私なんて大した事じゃないわ、よくある話。……天使になる前は女優だったの。これでも有名だったのよ。仕事が好きで、ずっと役作りの事しか考えていなかった。だけどある日、仕事のしすぎで体を壊してしまってね、もう二度と女優が出来なくなってしまったの。当時の私は馬鹿でそれなら死ぬしかないと思って手首を切って自殺したの」
「そんな……」
夢亜は絶句する。そんな壮絶なことですら、ダリアは大した事が無いと言う。
それならニーナは、どれくらい悲惨なのだろう。
「今思えば他に生き方なんて沢山あったのに、ほんと馬鹿。今でも時々後悔するわ……さあ、もういきなさいな。 あの子が待ってるわよ」
そう言って見送ってくれた女性を見て、夢亜はハッとした。
昔、母と一緒にとある古い映画を見たことがある。母の最もお気に入りの恋愛映画で、母が少女だった時に見た映画らしい。その主演女優は映画を撮ったあとに若くして自殺したと聞いた。
ダリアはその女優と似ていた。夢亜はその映画に出ていた事を聞けなかった。理由は自分でも分からなかった。
夢亜とニーナを乗せたバスは遊園地に向かう。
天使の力を使えばすぐにでも行けたのだが、二人で話し合い、それはつまらないという事で却下した。
「それにしても、まさかニーナも遊園地に行きたいなんて思わなかったな」
「うん、本当びっくり! でも夢亜はどうして?」
「――昔ね、お母さんが連れてきてくれた場所だから……最後に行ってみたいなと思って」
暗い雰囲気になるのが嫌だったので、わざと明るい口調言う。「ニーナは?」
ニーナは昔を懐かしむ様に話す。
「昔住んでいた町に遊園地があったんだ。すっごく大きな観覧車があったんだよ。でも、結局一度も行く事が出来なかったんだ。だからかな」
「そうなんだ、今回行く所の観覧車はすごく大きいよ。楽しみだね」
夢亜は笑う。ダリアから話を聞いた時に決心に決めた事がある。
それは、今日一日、出来るだけ笑顔でいようという事。夢亜が彼女に出来る唯一の事だった。
――私なんかが比じゃないくらい、酷いのよ……
ダリアの悲痛な声が脳裏をよぎる。
ニーナの過去を知っても、私は変わらず彼女に笑えるのだろうか?
そんな不安が、波の様に押し寄せる。
その時、「ねえ」
ニーナの方を見ると悲しみ穏やかな表情だった。
「もしかしてあたし達は、すごく似た者同士なんじゃないかな?」
その一言で夢亜は安心する。同時に嬉しくなる。
――二人なら、きっと大丈夫だ。
「うん、きっとそうだよ」
夢亜は笑った。
今日はきっと、楽しい一日なる。




