プロローグ
何だか夜更かしをした朝の様に、頭がぼうっとする。
「あれ? 私……どうして駅に?」
徐々に意識がはっきりとしてくると、本田夢亜は駅前に立ち尽くしていた。
この大きな駅はよく知っている。いつも中学校に向かう為によく通る、見慣れた場所だった。
自分の姿を見てみると、学校の制服を着ていた。少し前に夏服に変わったばかりの白シャツとスカート。クラスメート達はようやく半袖になれると喜んでいた気がする。
学校の制服は着ていると安心する。この世の中に沢山いる、女子高生という存在に溶け込めるから。
……今日は何曜日で、何時なのだろう?
携帯電話で時間を確認しようとした所、自分が鞄を持っていない事に気が付いた。
――何かおかしい。学校に行く時は必ずいつも持ち歩いてるはずだ。
最初は単純に鞄を忘れたのかと思った。しかし記憶までもが曖昧な事を考えるともう一つの予想があった。
もしかして誘拐、乱暴されたのでは……?
急いで体をあちこち触ってみたが、 どこにもおかしな所は無かった。そのことにはひとまずホッとしたが、やはり何も持たずに駅まで来るのは変だ。
急に不安がどっと押し寄せてきた。
よく知っている町のはずなのに、迷子になった気分だった。
「……一人は慣れていたはずなのにな」
つい自虐的に一人言を言ってしまう。
おぼつかない足取りで施設に帰ろうと歩き出すと、目の前の横断歩道が目に入った。
どうやら少し前に人身事故が起きたらしく、あたりには車のガラスの破片が散り、道の真ん中にあるポールが酷く歪んでいた。地面には血痕が色濃く残っており、その赤はますます現実味を失くしていく。
道の端に花束がぽつんと置いてあることに気付いた。
その時、後ろから声が聞こえてきた。二人の中年のサラリーマンが血痕と花束を見ながら苦い顔で口を開いた。
「ここの事故、トラックが信号を無視して突っ込んできたらしい。 敷かれた女の子はまだ高校生だったそうだ」
「運転手が違法ドラッグでラリってたのが原因らしいな。可哀想になぁ、人生これからだってのに」
その花束を見たとき、夜が明けるように闇の中の記憶が照らし出された。
あの日、全てが嫌になり、門限ギリギリまで帰りたく無かった。
歩道の信号は、確かに青色だったはずだ。
だけど次の瞬間、夢亜の瞳にはトラックのライトが映り込んでいた。
「そっか……私、死んじゃったんだ」
夢亜は呆然としては立ち尽くした。後ろから中年のサラリーマン進んできた。 ぶつかりそうになった時、そのまま何事も無かったように夢亜の体をすり抜けていく。
やっぱり私は死んだんだ。今の私はきっと幽霊なのだろう。
「あぁ、私、本当に最低な人生だったな……」
そうぽつりと呟いた。
でもこれで、私の”最低”な人生が終わる。
これで良かったじゃないか。 そう思える事が、夢亜には出来た。
「確かにあなたは本当に不幸。神様がいるなら、きっと酷い人だよね」
夢亜の言葉に応えるように、後ろから声が聞こえた。
「あたしとおんなじだ」
どこか楽観的に聞こえる声だった。
驚いて振り返ると金髪の少女が微笑んでいた。
白いワンピースを着た彼女には小さな白い翼が生えていた。
夢亜には彼女の存在がすぐに予想出来た。
もし自分が本当に死んでしまい、幽霊となったのなら、その次に現れる存在は死神か天使だろう。
彼女はきっと、後者の方だ。
「はじめまして! あたしはニーナ。 貴方の担当の天使になったの。よろしくね!」
そう話したニーナと名乗る少女はニコニコと微笑むのだった。