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九話

一進一退の攻防、とは必ずしも物理的な意味だけでは無い。その事をただただ痛感する。

神経がすり減る様なやり取りに嫌気がさし思わず前へ出そうになる。

(これが、彼等が見ていた世界・・・)

おそらく、今の自分のレベルで限界まで引き上げられたであろう感覚の鋭利化。それでも彼等には到底及ばないのかもしれない。それ程までに彼等は先へ進んでおり、背中さえ見せてもらえない。それでも、今はこの力が有難かった。お陰であの得体の知れないモノと渡り合える。ぎりぎりではあるが。

あの正体はおそらく影。実体を伴う影。影の中に溶け込んだりはせず錯覚によりその姿を見えなくしているようだ。しかしただ全身が影の様に黒いだけでは無く影の分身を作り動かしこちらの隙を付いて実体が攻撃してくる。が、作り出した分身の影自体はこちらへ攻撃等の接触は出来ないようだった。

種さえ分かればなんとも不完全な存在だが相手の意識が逸れた事を見抜くのが余程上手いのか随分いいタイミングで背後に回られ続けその度に回避と反撃を行っている。その反撃もまったく当たりはしないのだが。

「いい加減正面から来なさいよ!気味悪い奴ね!」

罵倒とも虚勢とも取れる言葉に応える者は居らず気味の悪い気配だけがぞわぞわと動いている。流れる汗は煩わしく、拭こうにもその隙を突かれそうで出来ずにいる。早くこの場を終わらせないと他のメンバーの状態が気になる。焦りは、常にそこにある。

榊はおそらく問題ないだろう。彼の戦闘能力は既に自分達を大きく上回っている。

問題は、あの三人だ。早く手伝わなければ。チームワークは流石だからそう易々と追い詰められる心配はあまりしていないのだが経験不足で思わないミスをしかねない。もっとも先程、視界の端に三人が入った時は何やら随分騒がしい様子だったが。


「そろそろ飽きた。」


初めて聞く声。それはとても暗く、生気がまるで感じられない。潰れたような声は感情もなく不快感と不気味さが滲み出ている。

その声を聞いた途端、寒気が全身を貫き強張る。身体中の神経が危険を知らせてくるが寒気で止まった感情がそれを受け入れずにいる。


「影は、一つだけじゃないんだよ。」


掬われる髪の毛。全身は羽交い締めにされているが既に正気に戻っていても身動き出来ない。

「いい匂いだ。」

相変わらず感情は感じられずそれが余計に気味悪さを増幅させ、持ち上げた髪をしつこいくらい匂いを嗅ぐ行為が嫌悪感と恐怖感を掻き立てる。

「彼等がうるさいからあまり人と関われないんだ。人はこんなにいい匂いなのにね。」

首筋に鼻を押し付け深く吸い込みながら急に言葉多く話し出す。その言葉はどれも耐え難くこの場を離れようと藻搔くもびくりともしない。

最初から、自分が相手をしていたのは影だけだったようだ。この男が本体なのだろう。完全に騙された。本体と思っていた影の攻撃もこちらが躱せる程度の攻撃しかしてこなかったのだろう。

「どうしたの?君が望んだから出てきたのに。何か言ってよ。もっと動いてよ。ほらぁ。ほらぁ!」

(こいつっ!気持ち悪いっ!ぺらぺらぺらぺらしゃべってるくせに全っ然振り解けないし!誰かに助けを・・・)

将達を見るも相変わらず騒がしいがこちらに気を掛けている余裕は無いようだった。

(榊は・・・)

彼を見て愕然とする。彼の相手が厄介なのはなんとなく分かっていたがそれでも榊なら何とかしてくれるだろうと期待していたが、甘かった。

血反吐を吐き、人形の様に持ち上げられているその姿は期待を絶望へ変える。彼がやられたらこのチームは全員殺されるだろう。

死が、そこまで来ている。

せめてもの救いは敵がこの地に縛られていること。被害は、自分達だけだと言う事。

(・・・終わりね。せめて彼等に彼を止める手段が見つかった事を伝えたかった・・・)

死は受け入れられる。それだけの覚悟はしてきた。だが掴んだ希望が誰にも伝わらない事実は、受け入れられない。

「あれ~?涙~?いいよね。絶望の味がし」

頬を伝う涙を舐める男の言葉は途中で絶叫へと変わる。椿は地面へ放り出され何が起きたのか理解出来ずにいた。

悲鳴を上げて転がる男を見ると一振りの剣が肩に突き刺さっている。見覚えのある柄の装飾。慌てて榊を見るが彼は今だスーツの男に掴まれたままだ。

(他の仲間!?いえあり得ない。)

隔離した、と言っていた。ならば誰もここへの出入りは出来ないはずだ。ならば答えは一つだがそれはあり得ない。


『刻印した物は持ち主から離れれば消えてしまう』


「けど、それどころじゃ無い。」

立ち上がり、弾倉を交換する。スライドを引き痛みでのたうち回る男へ向ける。

「まって、ま」

容赦の無い銃撃は幾つも響き渡り、銃声が鳴り終わった後には青白い肌に細い銀髪の男が肉塊となった死体だけが残された。

完全な人の姿。それを殺したと言う事実は、意外と深く彼女へ動揺を与える。

覚悟と現実は違う。

「そうだ!榊!」

自分が行った現実を振り払いスーツ男へ銃口を向ける。今しか出来ない後悔になんの価値も無い。振りほどかなければその先の悲劇が微笑むだけだ。





「あぶね~」

間に合わないかと思ったが意外と早く出せた事に深く感謝する。勿論、睦生に。

拳大の鋭利なつぶてを防いだ本人は少々狼狽している。意外と丈夫に出来た事が原因らしい。

風の防壁を幾つも重ね更に圧縮した『風の障壁』。防壁に比べ強固で巨大になり三人位なら余裕で覆う事が出来る。ただ魔成の消費が倍になるのが難点だが。

榊の提案でこの一週間、術と技の向上を行った。彼曰く、今後も戦闘は避けられないだろうと。

いつの間にかチームになり皆で行動する事になったが睦生はそれは不満があった。三人での旅に意味があったのに、と。

その不満を表に出しはしない。霞が望む自分。将が求める自分。それを理解しているから。

だからといって演技をしている訳ではない。素面ともちょっと違うが、限りなく小さな自己の部分なのだろう。

白髪の男は防がれた事が意外だったようで行動に遅れが出ている。勿論、将がその隙を見逃すはずもなく、今度は自分の番とばかりに杖を振りかざす。

「炎よ!その身を焦がせ!」

男を中心に巨大な渦巻く火柱が上がる、筈だった。

何も起きない。

「あれ?」

「呪文が違うよ!『炎よ!その身で焦がせ!』だよ!」


「そう思い通りには行かせんよ。」


作られた隙は一瞬で無駄になり術の発動を阻止するため男は三人へ距離を縮めその場で拳を地面へ叩きつける。ふわりと風が起き空気の塊が弾け地面が盛り上がる。筈だった。

奇妙な旋律に邪魔をされ上手く干渉が行えない。

ノイズが、痛みを伴う耳鳴りを引き起こし鈍い頭痛が不快感を与える。それが何を意味するか咄嗟には理解出来ずにいたがこの痛みがそれを思い出させてくれた。

意味のない行為とは知りつつもつい頭痛を止める様にこめかみを押さえてしまう。距離を取り脳裏に浮かんだ過去の記憶に一瞬だが焦りを覚える。

(あの種がいるのか・・・?)

疑問はすぐに打ち消し確信へ変える。これが出来るのはまず間違いなくあの種がいる事に違いないのだから。

(厄介だな。あの者達は気付いているのか?)

三人を一瞥しすぐに杞憂だと知ると安堵する。

(男二人はおそらく風と炎だろう。ならばあの女がそうか・・・)

ならば仕方ない。

彼はそう呟き後腰に両手を回すとするりと刀身の短い剣を二本取り出す。

「やばい!なんか出した!睦生、やれ!」

「落ち着いて。やるのは君だよ。せっかく作ったから試したいだろ?」

「二人共話してる場合じゃ無いよ。あれ剣でしょ?じっとしてると危ないんじゃ無いかな?」

「そうだぞ睦生。お前が止めて俺が撃つって決めたろ?」

「なんで急に偉そうに説教してるんだよ。慌ててたのは君だろ?しかも『そうだぞ』って何処にも掛かってないし。」

「うるさいなー細かい事はいいからちゃちゃっと終わらせてあいつらを助けに行くぞ。死にかけてるかもしれんだろ?」

「僕らはともかく彼らは大丈夫じゃないかな。むしろこっちが助けられる方じゃ無いかな?」

「きゃあ!きたぁ!」

「睦!」

「どっかの格闘家みたいな呼び方しないで!風の障壁!」

「よし!任せろ!炎よそ」

「だめー!この距離で出さないでー!」

「バカなのか!?君はバカなのか!?」

「よし!じゃあ、解散!」

「解散じゃないよ!離れたら防ぎきれないよ!」

「じゃあどうしろってゆーんだよっ!」

「あ、私、止められるかも。」

「マジか!流石だな霞!よしやれ!」

「時間かかるかもだからそれまでなんとかしてね。」

「マジか。しゃーないちょっと頑張る。睦生、援護して。」

「あまり数打てないから慎重にねっていきなり突っ込むな!」


「騒がしいな。」


「そーかい。信頼は大事と思わないかい。」

「・・・過信は身を滅ぼすぞ。」

「かもな。けど皆とならな構わない。」

「仲間を道連れにしといて信頼も何もないのではないか。」

「それも含めての信頼さ。おっさんにゃわからんだろうけど、な!」


少し長めの剣を華麗に、と言うより奇妙に避けながら霞の準備が整うまでの時間を作る。軽口を叩いてはいても内心は恐怖感が増している。それでも、不安な面を見せないのは二人への配慮だ。

それは今まであまり真面目な面を見せず、適当、とまでは言わないまでもそれなりにいい加減な態度ばかり取ってきた彼が、皆へ対する責任あるいは自責に近い優しさなのかもしれない。

剣を躱せているとは言ってもそう長く続けられるものではない。と言うか、最初の攻撃を躱した後は情けない姿で逃げまどうしか出来ないでいた。

「炎よ!その姿を曝せ!」

這々の体で地面を駆けずり回りながらも魔術の発動を試みる。まだ残る青い雑草と小石に傷を作られるが今はそれを気にしている場合では無い。

刹那、それは閃光となる。一瞬の目映い光は白髪の男から視界を奪うには十分でありかつ距離を取る事も容易い。

霞の準備が整う。

彼女が使う神聖魔法は根本的に自分達が使う魔術とはまったく違う。本人もよく理解できていないが、願うと音とも曲とも声とも取れる旋律が聞こえるらしく、自分はそれを唱えているだけだそうだ。

神聖魔法は未だに謎が多く使える者も少ないうえ秘匿されている。謎が解明されない理由の一つには願えば叶うなどふざけた力がどれ程危険かわかりきっているせいでもあるのだが。

霞曰く何でも叶う訳ではないとのことだ。病や傷を治す事は出来るが蘇生は出来ない。何処が線引きなのか分からない、と。

その神秘性から神の奇跡になぞられ神聖魔法などと呼ばれているが別に神官でも無ければ敬虔な神の使徒でも無いのが何とも奇妙な話ではある。

辺りに流れる不思議な旋律。その音色は美しく初めの頃は聴き入っていた事もしばしばあった。

(驚いたな。時間にまで力が及ぶのか・・・)

遥か彼方にも、そこまでの力を行使出来た者をあまり聞いた記憶が無い。その事実に枯れ果てていた恐怖が微かに蘇る。

意識はそのままで体が何かに押さえられている様に動きがままならない。己の意志と裏腹に肉体はゆっくり動き、時の流れが自分にだけ数倍に課せられている。

「でかした霞!炎よ!その身で焦がせ!」

爆炎は巨大な火柱となり白髪の男を包み込む筈だったのだがどうにも様子がおかしい。巻き上がった炎の柱はすぐさま消え入り辺りには静けさだけが残される。

その静けさも睦生の叫びで消え去る。

「危ない!みんな伏せて!」

睦生は普段あまり声を張り上げて注意を促すタイプではない。その彼の叫び声に他の二人は咄嗟には身を伏せる。

直後、轟く爆音と激しい熱風。大気は吹き飛び高温に熱された熱気と急速に入れ替えられる。それは爆発とは違い、極端で急速な大気の燃焼。肌を殴る様な熱気に顔をしかめるも睦生の張った障壁で直接身を焦がす様なことは無かった。

少し離れた位置から睦生と霞が何か言っているようだが爆音のせいで音が聞きとりづらくまるで壁越しに聞いているようだ。

土煙と草木が燃えた煙で視界は悪く白髪の男がどうなったのか確認は出来ないが普通ならまず生きてはいない。普通なら。そう普通ではないのだから多少の賭けに出る必要があった。

次第に煙は晴れていきそれが静かに姿を現す。それは表面は黒く内部は赤い揺らぎが蠢き、全体的には光をキラキラと反射している。よく見ると場所によってはガラスの様に透明になっている箇所もある。当然、まだ熱を持っているせいなのだろう。全体から蒸気が立ち上がり熱気がこちらまで伝わってくる。

ドーム状のそれは大人一人が余裕で入れる程度の大きさはあり、将の放った魔術があの物体に遮られたのは明白だった。

三人が固唾を飲んで見守る中、それは大きな亀裂を作ると砂糖菓子の様にポロポロと崩れ落ちていく。各々が、武器を構えなおし、そこから出てくるであろう白髪の男を待ち構える。

割れ目から時偶、赤く染まった岩石がどろりと滴り、ガラスが割れるような音が不規則に鳴り続けていた。

現れた白髪の男は、肌が赤く腫れ上がり所々に水ぶくれが出来ている。頭髪も一部は焼け落ち紳士然としていた姿は見る影も無くなっている。服も焦げ、あちらこちらから煙を立ち上げていた。

彼は、恐怖した。

(なんだ・・・今のは・・・爆炎とは違う・・・極度の、燃焼・・・なのか?燃焼として、何が燃えたんだ・・・?)

彼に知る術はなかったが燃えたのは圧縮された、大気。

本来は爆炎があがるだけの術だったのだが、将が過剰に魔成を注入したせいで予想外の作用が発生した。魔成による炎で急激に消費された酸素は補充される。使い切れず残されていた魔成が補充された酸素を吸収し圧縮。そしてまた補充。この繰り返しで限界まで圧縮された大気は何かの拍子で暴発する。何か、とは火種のような存在なのだが、今回は何がその引き金になっているのかは当の将本人も理解できていない。と言うかこの現象を理解できていない。

恐らくただの偶然なのだろうが。

「なんて術使ってんだよ!」

駆け寄った睦生が責め立てるのを霞がなだめる。四つん這いの将の襟食いを掴み無理矢理立たせ巻き込まれたらどうするのかと散々説教じみた文句を投げつけ続ける。

「結果みんな無事だしその辺にしとこ?それにまだ終わってないみたいだよ?」

片膝を着き、何とか立ち上がろうとするも諦めた白髪の男は代わりにあの奇妙な旋律を紡ぎ出す。途端、大地は裂け、幾つもの不格好な槍へと姿を変えると三人へ襲いかかる。

「将!今度はちゃんと加減して使ってよ!立て続けに障壁は作れないんだから!」

「あ、もう無理。」

「は!?」

「だからもう無理。俺のはさっきので使い切っちまった。」

「君は、本当に・・・馬鹿なのか!?」

「失礼な。あれは偶然だ。奇跡の産物だ。棚から牡丹餅だ。俺は悪くない。それよりお前はどの位持つの?」

「奇跡って・・・まあいいか。僕は、あ~丁度今切れたよ・・・」

「おま、マジかよ。」

さすがに、焦りが出始める。霞の術は発動までに時間がかかる。出来れば睦生と交互で時間のロスをカバーせてもらいたかったのだが今はそれすらも出来ない。助けを求めるように咄嗟に榊と椿を確認したがどちらも状況は最悪に陥っているようだ。何より正確に確認できたわけでは無いが、榊の状態に背筋が凍る思いがした。


(あれはヤバい)


脳裏に、死がよぎる。あの状態を今この二人に見せるわけにはいかない。あれは、絶望を、生む。

絶望は、生き残る意志を、殺す。

幸い、今この二人は目の前の男から目が離せないでいる。あの二人には悪いがこのままこの場を全力で立ち去り二度とこの地に来ない事も視野に入れなければならない。何よりも優先すべきは睦生と霞の無事だ。

自分も睦生も魔成が切れた今ここで踏みとどまってみても何も出来なし自殺行為だ。ならば全力で三人の生存に力を注ぐしかない。

立ち上がり二人の手首を掴むと力の限りひっぱり走り始める。意図を察した睦生は自らも走り出したが霞がそれを拒んだ。

自分はまだやれる、と。

あの二人を残せない、と。

説得をしようとする睦生を遮ると将は一言、謝罪を入れると霞を担ぎ走り出す。当然、暴れるが構っていられない。

白髪の男は痛みで上手く術を発動出来ないでいる。逃げるなら今しかない。ここで時間を割くわけにはいかなかった。


後方から聞こえる乾いた数発の銃声が、僅かに聞こえた男の絶叫が、希望を含んだ霞の呼び声が、足を止める。


あの状態から?


何が起きた?


彼女はもう動けない程拘束されていたはずだ。榊に至っては力なくまるで人形の様に持ち上げられていた程だ。

自分で確認するまで希望は持たない。だから逃げようとした自分を裏切らない様にゆっくりと振り返る。







こんな時代に剣などとふざけた得物で挑んだ青年に大した経験を持たないであろう銃を使う女。特に特徴があるとは思えない若い魔術師に何処にでもいるような若い女性。

五人の最初の印象はその程度だった。悠久の移ろぐ世界を過ごしてきた中で幾度となく見てきたありふれた若者たち。もう随分長い年月の間、ヘティカルがここを訪れる事はなかったがそれでも戦闘の勘が鈍ったとは微塵も思わない。

自分達の時間はあの時に固定されたのだから。培った能力も経験も失う事は無い。

だからこの敗北に特に異論はない。

見誤った結果だ。

当初、注意すべきはあの若い女だけと思った。遥彼方にも特異な存在だったあの種族だ。それ以上の脅威など有るはずが無く、また事実でもあった。まだ若く、声を聞き取るまでに時間が掛かっている様だがそれすら足枷にならない強大な力を持っている種族。あの女さえ先に始末すれば後は草を刈るより容易い作業で終わると思っていた。ところが一緒にいた青年は器だけのへティカルではなく我々の同胞を散々始末してきた本物のへティカルだった。歯牙にも掛けなかった魔術師は今まで誰もしなかった術の発動を試み、結果この有様だ。

そしてもっとも注意を払うべき相手は、やはりへティカルだった。

忌まわしき目醒めし種族。

自身を神と呼ばせ有象無象を束ねていた者達。

そして、我らをここに縛り付けた者達。


(まあ、よい。長い月日もようやく終わる。・・・恐らくあの二人は先に逝っているだろう。)


自分たちの種族は帰属意識が薄い。皆無と言ってもいい。だから同胞が幾人死のうが滅せられようがあまり気にはならない。だが同胞の動向にはいささか気にかかるものはある。最近のヴィルナラが何やら騒がしくなってきた事には気が付いていた。

事実、幾人か使いの者が現れたがどれもこの呪縛を解き放てる者はおらず皆諦めてこの地を立ち去って行った。そこで気付いた。

ヴィルナラ達の変化に。

帰属意識が皆無なはずの種族に一つの巨大な組織が存在しているようだ。それが何なのか、確認だけでも出来ればよかったのだが。

変化を、見てみたかったのかもしれない。


(まあ、仕方ない)


銃口をこちらに定めゆっくりと歩いてくる女性を視界に捉える。口元が動くのを確認すると自らの口元が緩むのを意識する。


(まったく、これだからヘティカルは・・・)


『TEAR UP!』

椿の声が響く。続いて響く銃声。それは普段の銃声と比べるとあまりに異質で不気味に、まるで命を持たぬものの悲鳴の様にも聞こえる。

それは凶悪の弾丸。

硬度を求めるに至った弾丸。

人相手に使うべきではないと固く誓った、弾丸。

自分で作ったわけでは無い。今はもう現役を引退し現場で戦う後輩たちを支援している老練の先駆者と相談して作ってもらった。

最初は渋られた。人道に反すると。

だが事情を説明し、現状を諭して説き伏せた。

二つの固い約束の下に。

彼以外には使わないと。他の者にはその弾丸の存在を知らせないと。

譲り受けた五つの弾丸。

一発目は掴まれ、二発目は喰われた。

だから諦めた。その場を全力で逃げ出し別の手を模索した。

残った三つの弾丸を持って。

それを今使った。

名前は『TEAR UP』切り裂きの弾丸。

発射された弾は風圧で開き音速で相手を切り裂く。そう、文字通り切り裂くのだ、対象を。その惨状が、人に使わない理由。知られてはならない理由。

約定の破棄に何の後悔も懺悔もない。今ここで使わなければ生きて戻れない。救ってくれた彼を何としてもここから無事に連れ出さなければ。

一発目。作り出された壁に遮られるも穴を空け道を造り二発目を寸分たがわず『まったく同じ場所に』打ち込む。

この状況でそれが出来る者がどれほどいるというのだろうか。極限状態での感覚の鋭利化。榊から引き上げらた能力。自分がまだ高みを目指せるという、確信。

日常へ戻るための、弾丸。

花びらの様に舞う鮮血に目をそらしそうになるがしっかりと瞼に焼き付ける。自ら願って引いたトリガーが何をもたらしたのかを忘れぬために。


「霞!彼を!」

悲痛な叫びに霞が慌てて駆けつける。遅れて将と睦生が揃って走り寄る。血だらけで横たわる榊に三人は言葉を失い血の気が引いていくのが目に見えて分かった。

「・・・傷は、もう無いようです・・・多分ですけど出血のせいで気を失っているのかもしれません。」

ほうっと溜息をもらすと安心したのか顔色は元に戻っている。

シャツを捲り血をふき取るとそこにはうっするらとした痣のようなものがみえるだけで特に外傷は見当たらない。骨への異常も見受けられない。体の状態を見る限り、なぜここまで椿が取り乱しているのか分からなかった。

「そんなはずない!彼は死にかけていたのよ!」

「落ち着けって。なんともないって言ってるんだから大丈夫だ。俺もこいつのあの姿はみたから焦る気持ちは分かるがかすり傷一つないってのはやっぱ変だよ。」

「?何があったのですか?」

「俺が見たときは少なくとも重傷だった。口から血を垂れ流してたくらいだったしな。・・・あんたはもっと酷い状態を見てんだろ?」

「私が見たときは、もう死にかけていた・・・なのに私を助けてくれた・・・どうやったのはわからないけど・・・」

「取り合えずこのままここにいてもしょうがないのでホテルに戻りましょう。将、彼を担いで運ぶよ。霞、タクシー捕まえて。」

苛立ちを何とか隠している椿をなだめつつ将と睦生は榊を担ぐ。小走りに先に行った霞の後を追いながら。その後を椿は不服そうについて行くしか無かった。


(大丈夫だ。ちょっと疲れただけだから)


薄れる意識の中、そっと彼は呟く。勿論、口に出ることはなかったし、誰かがそれに気づくとこもない。しかしそれを察したかのように椿は少し落ち着きを取り戻す。

既に結界の効果は消え、辺りはちらほらと人影が見え始め何事も無かったように人々は談笑して街を行きかう。時折、怪訝で不審な表情で見つめる者もいたはしたがすぐに自分の用事に気を戻す。

日は落ち、街灯が足下を照らし濡れた路面がキラキラと光を反射している。どうやらあの結界の中では雨も通さないようだ。

水溜まりを跳ね上げるのを気にもしないで四人はタクシーが捕まりそうな通りへでると既に車を止めて待っていた霞と合流した。

先に男性三人を乗せて見送ると残された二人は歩いて帰ることにした。

まだ、熱が醒めないから。

暫く沈黙が続いたが霞が気を遣って話し始める。

「何とか、無事に終わりましたね。」

「・・・彼のお陰よ。でなきゃ皆死んでた。」

「あら?あの二人も頑張ってましたよ。それに・・・」

「・・・それに椿さんも・・・」

「・・・そうね。皆のお陰だね。ごめん。」

「綺麗な街ですよね。ここって。古い建物も当時のまま残っているのも多くてちょっと神秘的です。」

「イギリスって結構こんな街多いみたいね。料理も噂ほど不味いわけでもなかったし。」

にこりと笑顔を見せてもう落ち着いた事を知らせる。強がりではなく、確かに落ち着きを取り戻している。冷静になれば身体の損傷は見受けられなかったのだから命の危険はない事は安易に判断できる。過去の経験のせいか極端に人が傷つくことに恐怖を募らせやすくなっているのかもしれない。

「榊さんが意識を取り戻したら今度こそ窪みに設置しなきゃですね。」

意識して明るく話題を提供してくれる霞を愛しく思い椿も心が晴れていくのを実感する。旅に出て五年経つがあまり人と関わらずここまで過ごしてきた彼女にとってそれは少し照れ臭く、また心地よいものでもあった。霞たち自身も逃げるように国から飛び出し、隠れるように過ごしてきていたのだがたまたま出会ったとはいえ偏見なく接してくれる年上の経験の豊富そうな椿に心許していた。

お互い口に出すことはなかったが運命的なものを感じているのは確かだった。その繋ぎ目が榊なのも実感していた。

「あの三人、ちゃんとホテルに入れたかな?」

椿の不安は的中していた。いくらちゃんと料金を支払ってくれるからといって血だらけのしかも意識のない人物を快くホテルに入れてくれる者などいるはずもなく三人はホテルの入口で立往生していた。たまたまなのか、騒ぎを聞きつけてきてくれたのかは定かではないが、ギルドのバーテンダーが話をつけてくれなかったら未だに外に待たされていたかもしれない。ひょっとした留置所に入れられていた可能性もあるのだが。

更に三人は、正確にはこの場合は榊が意識をなくしているのだから二人になるのだが、部屋に入ったら見知らぬ女性がいて固まることになる。

「あれ?宗司死んじゃった?」

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