表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/40

七話

魔法とは、杖に内蔵、付属している魔石に魔法の魔成と呼ばれる成分を入れて使用する攻撃又は支援を目的とした技術の一つ。

魔石は天然の鉱石から錬成されるが現在、その錬成を知る者は世界で五人いないと言われ彼らが作る魔石は大変高価で貴重であり尚且つ性能自体も飛び抜けており彼らに作って貰うことがステータスとなっており一般的に使用される魔石は太古の産物であったり偶然に自然から生み出されたものだが基本性能しか備わっていない。

魔成は本人が作成し基本、本人が選択した一つの属性のみ使用可能で二つ以上の属性を付けると相互反応で暴走などの予測不可の事態を招く。また、魔石の性能と魔成の性能で使用回数や規模が変動する。

内蔵の特徴は敵に魔法属性を感知されずらいが容量が少なく、対して付属の特徴は容量が多く魔石の交換が安易な為、複数の属性を使うことが出来るが敵に属性が感知やすいため対処されやすいと言うデメリットがある。基本的な原理は化学の応用で作成された魔成を化学反応で増幅させている。


「なにそれ夢がない。魔力とかないの?」

「ねーよ。お前も知ってると思うけど、刻印するだろ?魔法の発動はあれの応用なんだよ。」

「?」


一つの杖に一つの魔石、そして一つの属性。一般的な魔石で一つの魔成を入れることが出来る。


「つまり、例えばオレの『炎の矢』は『炎の』で刻印した魔成を魔石に入力して『矢』で増幅した魔成を出力する。」

「上位の魔石になると二つ三つと入れる事が出きるそうです。複合魔法って感じかも。」

「で、呪文が中二チックな感じになるんだよな。『唸れ常闇の炎よ』みたいな。」

「お前好きそうだな。そう言うの。」

「それから一つの魔成を一度に入れる回数、と言うか、量も上位になると増えるよ。僕等が使っているのはせいぜい十回分くらいだけど。上位だと3、4倍位入れる事が出来るらしいし。」

「なんか、面倒だな。消費した分はまた補充しなきゃいけないんだろ?もっとこう色々自由に出来るのかと。あ、ヒーラーも同じなの?」

テンポよく説明されていたがここで一旦場が静まり返る。皆が皆、困惑した表情を浮かべうなり声を上げていた。おそらくどう説明していいか戸惑ったのだろうが、タイミング良く丁度、奥まで来たおかげで助かったとばかりに小走りに椿が駆け出す。

そこには黒い鉱石で出来た箱が置かれていた。ちょっと大きめのキャリーバッグ位のその箱は無造作に置かれてはいるが埃は被っておらず表面は淡い光沢を放っており、椿が開けようとするが重いのかこちらをちらりとみるので溜息混じり場所の交代を申し出た。

両手で押すも動かず、体全体で押してやっと動いた。中に入っていたのは複数の書類の様な物と、テニスボール程の赤い球。

「古代語じゃね?睦生に見せてみ。」




「これは、契約書と伝書ですね。契約書の方は最初にいた男の物みたい。彼は元々人間で守護者になる代わりに家族の命を助けたようです。伝書の方は、鉱石の錬成方法と、もう一枚は何だろう?こっちはちょっと読めない・・・いや、時間掛ければいけるかな?聞いてます?」

解読を押し付け、お菓子を食べながらトランプで遊ぶ四人に少々きつめの口調で報告しながら近付くも四人共あまり意に介してないようだった。チョコが練り込まれたクッキーを受け取り、口に運びながら更に先を続ける。

「あと、地図も見つけました。出れますよ。」



レスターの中心地から南下し手頃なホテルを見つけると男女に別れ部屋を取る。外観は複数のコテージが連なった様な見た目だが中は一つのホテルとして機能していた。観光向けからビジネスまで一通り対応出来る設備と施設を有し、一泊から長期滞在用のプランまで用意されている。ロビーやビジネスコートは落ち着いた雰囲気でクラシックな空間で演出されており客室はパステルカラーをワンポイントに家具や設備は丸みを帯びてふわりとした柔らかな印象を与える。家族や恋人同士での宿泊なら楽しませてもらえるが男性のみで宿泊するには少々明るすぎる雰囲気かもしれない。

テラスで少し遅めの昼食を軽食で済ませた五人は女性陣の部屋より広めの男性陣の部屋で報酬の分配と見付けた書類と球体をどうするか話し合う事にした。球体は最初、魔石と思い色めき立っていた将だが違うと分かると途端に興味をなくしもっぱら現地のCM集を観て時間を潰し始めた。

討伐の報奨金は均等に振り分けられた。一人8千£の報酬。

カウンターにいた男はこちらの話を聞いてこれでは不足かもしれないと言っていた。もう少ししっかりとした調査が出来ていれば報酬は増えていただろうとも。

それを聞いた将は、そんなの願い下げだと言った。

睦生との会話をふと思い出す。楽しそうだからと旅に出た彼にとって金銭より楽しいかどうかが、大切なのだろう。そこに人の犠牲は、必要ない。


「どうやら書類も球も僕等には不要なようです。お二人で分けてもらって構いませんよ。」

一通り解読し終わって、話が長くなるのでしっかり聞いて下さいと念を押す。

「まず書類ですが、先ほど言った様に契約書と製錬の方法が書かれたものが1枚ずつ。製錬に必要な道具が隠されている場所の書類が文章と地図が1枚ずつ。それから、最後の1枚は遺書の様です。」


製錬に必要な道具。それはとても危険なものだと彼は言った。鉱石から特定の物質を取り出すには専門の知識と設備が必要でありそれを安易に、また低コストで行う事が数多くの研究機関が目指す一つの目的となっている。それをいとも簡単に行えた場合、世界への影響ははかりしれない、と。更にその物質の存在そのものが危険かもしれない、と。

結論から言うと、今回見つけた製錬の技術は椿が求めていたそれだった。

世界最高の硬度を誇るタングステン。それを上回る硬度の物質。彼女が求めていた物は何物をも撃ち抜ける弾丸の材料。それに硬度を求めた。そしてその手掛かりがここにある。

睦生は続ける。

全ての物質には固有の周波数が存在している。本来ならさほど干渉しあうことは無いのだが、この道具は特定の鉱石に干渉し純度の高い物質を製錬する事が可能らしい。そしてその物質が、何物をも上回る硬度を持った金属となるそうだ。

椿の様子がおかしい事に気付き一旦話を終わらせた睦生が椿を気遣う。が、それを無視して彼女は睦生にその伝書を自分にくれる様に詰め寄った。もちろんそのつもりだし誰もその伝書の所有を主張する事はない。少々異常とも取れる気迫に全員でその旨を伝えると彼女は安心したのか大人しくなり話の続きをせがんだ。

道具の保管場所はローマにあるようだ。おそらく鉱石もそこに保管されている可能性は高い。詳しい場所は地図を頼りに訪ねるしかないが、如何せんいつの時代かも分からない地図だ。現代と随分違うし何よりどれだけ正確かも分からない。今この場で場所を特定するのはほぼ不可能かもしれない。

そして最後に遺書の話になった。赤い球と遺書はセットかもしれないとのことだ。遺書は、暗号の様になっているとのこと。要約すると次のような事が書かれていた。



『ここから見渡す大地は私が夢見た大地。子達よ、孫達よ、私が愛し私を愛してくれた者達よ。私の身も魂も朽ちるが皆が永遠に平穏に暮らせ紡ぎ、栄える事を唯々願う。苦しい時もあろう。貧しい時もあろう。だがこの地で共に暮らす者同士、手を取り合い絆を深め合い越えて欲しい。それが私が夢見た大地。皆が求め愛した大地。それでも、理不尽な脅威に怯える事もあるだろう。その時はどうか私を思い出して欲しい。紅い陽が沈むとき、再び相見える事が出来ることを願う。』



「重要なのはこの一節ですね。キーワードは『ここから見渡す大地』と『紅い陽が沈むとき』の二つ。この遺書が誰の物か分からない以上ここから見渡す大地の部分は謎ですが、紅い陽がの部分はおそらくこの赤い球の事かもしれません。」

チョコ菓子を口に放り込みながらそう言うと彼は書類をベッドにそっと置く。

なんにせよ少し調べなきゃいけないですね、との言葉に意外にも将が食いついた。どうも彼は冒険やら探索やらがとても好きなようで椿とは別の意味でそわそわと瞳を輝かせている。

「でもギルドもあの場所がいつからあるか把握してませんでしたよね?それってもう調べるのは無理なんじゃ・・・」

水を差す形になるのが申し訳なく感じるのか、最後のクッキーを食べてしまった事が寂しいのか判断つかないが、伏せ見がちにクッションを抱きかかえたまま呟く霞。

三杯目の紅茶を椿に差し出した辺りで、一つの提案を思いつく。

「造り的に、最後の空間、教会、通路の順で造られたと思うんだ。通路には電気も通っていたしね。だから通路を造った業者はまだ存在している思う。結構な距離あったしそれなりに大きな工事があったはずだから、それが出来る規模の業者なら特にね。」

「じゃあそこから辿れば、ひょっとしたら・・・」

「何か分かるかもしれない。」



橋から見渡す街並みは明かりを灯し華やかさを際立たせている。穏やかに流れる水面は街の明かりを映しきらめき、反射した街明かりが川辺に沿って植えられた木々を下から包み淡く柔らかな風景を作り上げていた。少々幻想的なその景色に虚ろへと導かれそうになるがたまに通る人々が現へと繋ぎ止めていてくれていた。

ふらりと歩いていてここへ来て足が止まった。

最初、吐く息は僅かに白かったが既にその存在は消え白かった事さえ記憶から消えている。日本の夏に比べ随分肌寒く、否が応でも異国にいることを認識させられた。

ふと、首から下げた石をポケットに放り込む。途端に回りの会話が聞き取れなくなりやはり現実であることを強く思う。

状況を、改めて意識する。この数日、常に何かに迫られていた為にあまり意識できていなかったがやはり異常としか思えない。不安と恐怖が静かに全身に染みわたる。じわり、じわりと。

改めて湧き上がった訳ではない。当初からその二つは奥底で燻っていた。それを意識しなかった、している余裕がなかっただけだ。

平穏とは言えない、多少なりとも危険な橋を渡ったりもしたが、それでもよくある話で済ませられる程度にはまともな生活をしてきた。

『まともな』の基準がおかしいかもしれないがそれでも今よりずっとまともだった。少なくとも法も秩序も常識もそこにはあった。

枠に守られていた。

その枠が無くなっている事への恐怖が、不安が、重くのしかかる。身動き出来ないほどに。

まるで布に染込む液体の様に、ゆっくりと思考に現実味を足してきている。現実に追いついてきている。小刻みに震える身体を抱きしめる。不安に抗うように。恐怖を祓えるように。

ふと、彼らを思い出す。同じような境遇を楽しむ彼らを。追い求める彼らを。

早い段階で彼らに巡り合えたのは幸いだった。彼らの前では冷静でいられた。自分でいられた。迷うことなく進められた。次第に不安と恐怖は姿を隠していく。同じような人々の存在がこれほど心理に影響を与えるとは思いもよらなかった。深く息を吸い込みゆっくりと吐き出す。溜まったものを捨てるように。そして改めて意志を固める。


この道を進むことに


生き物を殺めることに


そして、死を纏うことに


ポケットの中で握りしめられた石を首にかけると再び周りの声が耳に入ってくる。話している内容は他愛もない会話。普通の人が普通に感じる日常の会話。今はそれが心地よい。


「な~に黄昏てるの?」


欄干にそっとカップを置きながら椿が話しかけてきた。ふわりと漂うコーヒーの香りは先程とはまた違う心地よさを与える。

ちょっと大げさに、どうぞ、と差し出されて遠慮なく口に運ぶ。少し熱めのコーヒーが喉を通り胃に落ちる。冷えていた身体が体内から急速に温められていくのを実感できた。

「綺麗な場所ね。」

両手で持ったカップを愛しそうに持て余しながらそう呟く。

「あなたは不思議ね。あれだけ戦えるのに凄く不安そう。」

細められた瞳は懐かしむ様でどことなく嬉しそうだった。私も同じだった、そう付け加える。


誰でもそう

みんな通る道

あなたの苦しみは理解出来る

大丈夫すぐ慣れる

きっとやっていける


「そんな言葉は聞きたくないよね。」

にこりと微笑むと彼女はくるりと振り返り歩き出す。数歩離れまたこちらへ振り向くとひと言だけ残していった。


「待ってる。」


揺らぐ黒髪は街の光を受け煌めく。星の様に。






朝から国立図書館に籠もりきりで辟易していた午後。既に陽は傾き夕焼けが主張仕始め、閉館時間も気になり始めた頃、1本の電話が霞に入る。

比較的、この国の文字が読める睦生と霞がこの街の歴史資料を漁り、気になった単語を自分がネットで詳しく調べる、と言う流れになっているが文字が読めないからわざわざ日本の検索エンジンを通して、だ。

同じく字があまり読めない椿と将は不動産と建築業者を訪ね回っているがそちらも成果は上がっていないように思う。当然だろう。いきなり異国の人間が訪ねても応えてくれる訳がない。

それでも椿の美貌と愛嬌で幾つかの業者から話を聞く事が出来たようだ。

“ふくよかな”中年男性から肩に手を回されしつこく今夜の約束を取ろうとされている時の椿の顔が堪らなく面白かったとは将の話だ。

もっともその後は銃を構えた椿から散々追いかけ回されるのだが。どうもこの二人、姉弟の様に見える。電話はそんな外回りの二人からだった。

将の儚い犠牲のおかげかは置いといて、一つの手掛かりを掴めたらしい。

教会を建てたのはイングランド国教会。当然と言えば当然であるが。その後、とある一族が地下道を通すとほのめかした事があるそうだ。しかしここで記録が途切れていた。いや、正確には幾つもの業者を介し追跡が不可能になっていた。担当者の独断での決済やずさんな管理による書類に紛失、業績不振による倒産やペーパーカンパニー等々。わざと可能な限り痕跡を消したそのやり方に悪意さえ感じ取れた。

そんな中、それは偶然に出会えた。


「なんでここまでして隠すのよ。」

オープンカフェでぽけっと頬杖をつく彼女にさすがの将も嫌味を言う余裕は無いようで大人しく賛同するしかなかった。朝から方々を訪ね回り悪態をつく余裕も無くなっている。昼を過ぎると徐々に人通りと仕事後の一時を楽しむ人々も増え始め、空席が目立っていたテーブルは既に半数以上埋まり始めている。

「大体、遺跡と教会を地下道で繋ぐ事に何の意味があるのよ。」

情けない声で愚痴りながらテーブルに突っ伏すと独り言の様に延々と文句を垂れ流し始めていた。

「随分とご機嫌斜めのようですな。お嬢さん。」

突然の投げかけに二人の動きはぴたりと止まる。椿は面倒くさそうに、将は不思議そうに声を掛けてきた人物に視線を向けた。

そこには少し頭皮が目立つ白髪の恰幅のいい男性が、広げた新聞の向こうから細められた目で覗き込んでいた。口には手彫りらしいパイプを咥え緩い紫煙を漂わせている。

「すまんすまん。ちょっと懐かしい、似たような話を聞いた事があったもんでな。」

途端、二人の目の色が変わる。今まで尽く途中で途切れる情報に振り回されたせいか偶然とは微塵も思わない、思いたくない、信じたい気持が老人に恐怖を与える。おののき、声を掛けた事を心底後悔する表情がありありと伺えこのままだと逃げられてしまうとの思いが更に二人を鬼気迫るものへと追い詰める。案の定、小さな悲鳴を漏らしながら逃げようとする彼に椿は懇願する様にしがみつく。

「まぁって、ほんとにこまってるの!」


「落ち着いたかね?」

差し出された紅茶を飲みながら二人はこくりとうなずく。まだ回りの視線が気になるが今は仕方ない。そのうち無くなるだろう。

「すみません、お騒がせしました。」

飲み干したカップをことりと置くと二人は改めて謝罪する。そして今度は丁寧に、慎重に言葉を選びながら説明をした。当然、自分達の状況は適度に濁し大学の論文のテーマとして遺跡や古い建造物を調べていると言うことにした。

若い者が歴史を知るのは非常にいいことだ、と快く話を聞かせてくれた。

この老人は昔、教鞭を取っていたそうだ。十年ほど前、教え子だった一人の男とたまたまバーで出会い昔話を酒の肴に呑んでいたら酔いが回りすぎたのかポツリとポツリと仕事の不満を口に仕始めた。

遺跡と教会を地下道で繋ぐ意味が分からない事や誰も通る事がないであろうその地下道に電気を通す必要性とか工期もぎりぎりに設定しすぎだとか口外無用だとか。

ひとしきり文句を言うとその教え子は口止めをすると慌てて帰って行ったそうだ。

「今もそのバーによくいるから運が良ければ会えるかもな。」


うるさいうるさいうるさい。

この店はいつもうるさい。下品で下劣で醜悪な者達が集いやすいせいで悪臭さえする。出される料理はどれも似た味付けで不味く、酒を多く頼むようにやたらしょっぱい。その酒も水で薄めてあるかのいくら飲んでも酔いが中々まわらない。

気に入らない。

全てが気に入らない。

惨めな気持ちのさせるこの店もイライラさせるだけの店員も不味い飯を更に不味く感じさせる体臭を放つ客たちも。


なによりこんな場所でしか飲み食い出来ない自分を。


大学を卒業したらいい会社に就職していい服着て上手い飯を食べていけると信じていた。幸せな家庭を持てると信じていた。だが実際はこんな日々だ。

当然だ。

大学当時、皆には合わせ毎日遊びまわる日々だった。何かを専攻する分けでもなく只々無駄に毎日を過ごしていた。

知らなかった。

いや、本当は薄々気付いていたかもしれない。気付かないふりをしていただけかもしれない。一緒に遊びまわっていた友人達が将来をちゃんと考え目標に向かって色々進めていたことを。彼らと自分では能力的に大きな差異があった事を。

焦りを覚えた時には全てが手遅れだった。

いつの間にか習得した技術や知識で友人たちは一人また一人と自分たちが進む道へと歩みだし気付けば誰も周りにいなかった。

一人、取り残された。

以来、その日暮らしの生活だ。日雇いや短期の期間工でなんとか食いつないでいる。ぎりぎりの生活に心も希望も擦り切れてしまっている。そんな状態の時に目の前に現れた黒髪の美女に誘われたら何も考えられずふらふらとついていくのは当たり前だ。男なのだから。

そして今、後悔に打ちのめされている。


妖しい眼差しで誘われ、仄めかす様な言動をされて路地裏に連れていかれたら誰でも期待してしまうだろう?男なのだから当然だろう?

冷静に考えればそんな幸運があるわけないのは分かりきっている。だがしょうがないだろ?男なのだから!

そんな言い訳が頭の中でぐるぐる回る。目の前いるのは五人の東洋人。戦時中、彼らは人さえ喰ったと聞いた。腹を裂いて血を浴びながら喜んで喰ったと。勿論そんな戯言を信じている分けでは無い。分けではないが、恐怖で彼らの言葉が理解できない。

ああそうだ。彼らは東洋人だ。言葉が分からないのは当然だ。彼らはあまり外国語が得意ではないと聞く。きっと我らとは違う言語を話しているに違いない。




通から奥に入り込み人目が着かないとはいえそこそこに人の話し声は聞こえてくる。会話の内容は全く聞き取れないがそれでも言葉の感情は伝わってくる。その中にはあまり治安のいい場所ではないせいか怒りや哀しみの感情が多く混じっていた。

薄暗い通路の片隅にはいつからあるのか考えたくもない空き瓶が詰め込まれた木箱があり、木箱の腐った匂いなのか空き瓶の匂いなのかやたら酸っぱい臭いが立ちこめている。

そんな路地裏に座り込んだ彼は思考が混乱しているようだ。それは自明であり、こちらの意図するところではない。彼が混乱するようにこちらも予想外の怯え様に混乱していた。だから椿が彼の頬をひっぱたくのも無理なかった。

そこでようやく会話が出来る程度には目を覚ましてくれたようだ。

「驚かせてすみません。物盗りや人攫いの類ではないので安心して下さい。ちょっと助力、と言いますか、教えていただきたい事が御座いまして。」

睦生の屈託のない笑顔のお陰か、男は落ち着きを取り戻しはしたがそれでも言葉は吃音が目立ち話し始めに時間がかかった。恐怖からの吃音かと思ったらどうやら本来の癖のようだ。ちょいちょい会話は途絶え中々に骨が折れたが要約すると、工事に関しては何も話せない、らしい。

「こ、こ殺されちまう。あっ彼奴等は本当に殺すんだぞ!」

「そう言わずに頼むよー。この姉さん好きにしていいか、げほっ!」

「ただとは言わないわ。5千£でどう?中々のチャンスだと思うわよ。何なら仕事の紹介も出来るかもよ?」

「おい、それは・・・」

目配せでパチリとウインクされ、出そうになった言葉を飲み込む。一つ溜息をつくと、代わりに男の背中を押す言葉と約束を持ちかける。あまり気は乗らないし守れるとも思えないが今は一つでも可能性を上げるべきだ。

「安心してくれていいし信用してくれてもいい。あんたのことは絶対護るし誰にも言わない。それに俺達が調べてるから矛先は全部こっちにくる。聞かせてくれ、あんたが見聞きしたことを。」

男は俯き、唇を噛み締める。よれたコートの裾を握り締め、暫く悩んでいた。

暫く沈黙が続く。

突然のガラスが割れるが響き渡る。おそらく先程まで言い争っていた男女が原因だろう。

その音を聞き、ビクリとする男にそっと手を差しのばす。

「頼む。」

差し出された手を両手で力強く掴むと男はこくりと頷く。




男はポツリポツリと話し始めた。

工事を始めたのは20年以上前らしく完成したのは7年程前になるそうだ。彼は言った。当時から胡散臭い話だったと。工期の理不尽さはともかく、他言厳禁だったのが気味悪かったと。

「とっ当時は、というかいっ今もなんだが、くっ食うのに困ってたからしっ仕方なかったんだ。」

結局、工期は守られず予定の倍の年数を要することになる。そしてそれがこの男をここまで怯えさせる原因となった。頭を抱え、男は消え入る様に震える声で呟いた。


「みんな死んだ。」


この地方では珍しくもない突然の雷雨のせいなのか男の発言のせいなのかは分からないが室内の気温が一気に下がったような錯覚を覚える。雷が大気を打ち鳴らす度に室内の照明はチカチカと点滅を繰り返し、窓を叩く音が雨の激しさを伝えていた。照明のせいだけではなく皆、表情に影を落としている。

男は話を続けた。

工事も後半に入った頃、彼はその現場を辞めていた。元々慎重な性格だったうえに極度の人間不信に陥っていたため、最初からこの工事の話を疑っていたそうだ。それが幸いした。本名を始めほぼ全ての自分に関する情報は嘘で塗り固めていた。当然、現場での人付き合いも極力控え親しい者も作らなかった。

辞めた理由は至極単純だった。不信感だらけの職場より賄いがでる食べ物屋での仕事を取っただけだった。程々に名の売れたレストランでの雑務。給料は下がるが食事代とストレスを考えると職を変えるのは彼にとって当然だったのかもしれない。

工事は終わり作業員達はそのまま別の場所での採掘に回され、そこで事故が起きた。

坑道内で爆発事故。

溜まったガスに坑道内で使用していた照明が引火し爆発を引き起こしたと言う取って付けたような在り来りな理由だった。全作業員42名が犠牲になるも元々身寄りの無い者や素行の宜しくない連中ばかりを集めていたらしく、あからさまな隠蔽にもかかわらず特に問題になる事もなく話題は消沈していく。一部のメディアでよくある陰謀論の記事として取り上げられていたがそれもすぐに消えてしまっていた。

彼は自分の身に危険が及ぶのを感じ、レストランでの仕事を辞めこの掃き溜めのような場所に身を隠した。ここでは誰も経歴も素性も聞かないし言わない。追われる者が身を隠すには打って付けだった。

身の上話が粗方終わりを迎えた頃、霞が持ってきたサンドイッチと紅茶を彼は頬張ると本題に話を移した。

「おっ俺も詳しくはしらないんだ。」

工事の依頼は教会経由で行われたらしい。そして常に一人の男性が現場にいた。その男は人種がはっきり判断付かない顔立ちでいつも品の良いスーツを着ていた為、現場ではかなり目立っていたそうだ。一度、些細ないざこざで十人程の作業員同士の乱闘騒ぎがあったがそれをこのスーツの男が一人でねじ伏せた事があり、それ以降小さな小競り合いさえ無くなった。

殆どの者が工事は教会が依頼したと思っていたがちょっとした噂が飛び交っていた。

依頼者は富豪らしい事。

依頼者はとある伝説と関係があるらしい事。

依頼者はある一族らしい事。


「伝説?一族って?」

「こっここの街を作ったと言われている人物とその一族だ。」

「は?」

深く呼吸をして男は暫く黙り込む。話す内容を整理しているようだ。将の待ちきれない眼差しが男に飛び掛らないか少々不安になる。

「この街は遥か昔に『レイア王』が造ったって言われている。そしてこの工事の依頼はその王の一族がしたって。神話に出てくる人物だぞ。バカげた話だ。だから誰も信じてなかったしただの娯楽程度に話してた。」

神話の話を持ち出され皆が唖然とする。いや、レイアの名を聞き一人だけさっさと行動を移した者がいる。睦生は備え付けのパソコンで検索エンジンを開くとその名を調べている。

「ありました。確かに神話から派生した人物の様ですね。確かにこの街を造ったとされています。ですが・・・」

そんな人物が仮に居たとして、また一族が残っていたとして殺人を犯してまでこんな事を隠すだろうかと言うのが彼の言い分だった。遺書を読む限り、少なくとも書いた本人は残された者に何かを伝えようとしている。それを隠すのはあまりに整合性がない。

「遺書の人物と依頼人は別物かもしれません。そしておそらく対立、もしくは敵対していた人物かもしれない。」


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ