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六話

地下へ降りて10分程立つが、榊は少々落胆していた。最も古い教会の隠された地下なら古代遺跡の様な物を想像していたらそこは配管こそ無いが照明が行き届いたコンクリート製の近代的な地下だった。例えるな街中にある地下駐車場とよく似た造りになっている。

「さすがに避難用の照明は無いみたいだけど。」

ついつい声に出る理由は不満8割不安2割といったところか。

駐車場を例えに出しはしたが拓けているわけではなく、大人が三人並んで歩ける程度の通路があり天井には剥き出しの蛍光灯がお互いの光がギリギリ届く間隔で取り付けられている。床を蹴り反響で広さを確認してみたが妙な障害が有るのか上手く確認出来ないでいた。

通路には幾つか分かれ道があるがどれもその先は小さな部屋に机や椅子、簡単な造りの棚などが有るだけで行き止まりになっている。そして一番奥の部屋へと足を踏み入れた。

そこは10メートル四方程の部屋だった。今までの小部屋より数倍広く左右に別の通路へと繋がっている。

微かに感じる空気の流れに躊躇いつつも流れのある通路に進む。暫く進むと道が下り坂になっていることに気付いた。しかも徐々に結構な急勾配になっていく。なんとなく、息苦しさを覚え、降っていくにつれて室内の温度が下がっていくのを感じる。五分程進むと出口が、この場合は入口と言うべきか、通路の終わりが見えた。

教会から階段で降り、更にここでの下り坂でも下へ来ている。おそらく随分地下へ来ている筈だが、その理由がここで分かった。

そこは、地下室と呼ぶにはあまりにも広すぎた。

等間隔でそびえ立つ幾つもの柱は視界を遮り、同じ物が並ぶせいで距離感は狂わせられ、低い室温が感覚を鈍らせた。

明らかに異質過ぎる空間と雰囲気に足はすくみ、室温とは関係ない鳥肌が立つ。

室内は、活動する分には困らない程度の明るさがあるが光源が見当たらない。天井を見上げてもそこまで光が届いておらず、暗くて何も見えなかった。

「反響の阻害はこれのせいか。」

ひんやりとする柱に触れてポツリと呟く。白い中に灰色の不規則な模様があり所々が淡く光ったその柱は明らかにコンクリートなどではなく、結晶が残る大理石だった。

「教会の下に造られたんじゃなくてこの上に教会が建てられたのか・・・。取り敢えず、奥まで行ってみるか。」

一歩踏み出し奥へと進む。と、強烈な耳鳴りに襲われる。そして一変する雰囲気。見た目に変化が有るわけではない。見えない壁をすり抜けて違う世界に来たような感覚。肌を何かが撫でたような感覚。

空気は重さを持ち見えない物に締め付けられている様な息苦しさに吐き気を催す。

おそらく本能と呼べる反応なのだろう、剣はすでにその手にあり、まだ見ぬ脅威へ剣先が向けられる。


「中々によい反応をする・・・」


血流は一気に加速し鼓動が激しく騒ぎ出す。過熱した体温を冷やそうと汗は一気に噴き出し体の熱を奪っていく。

「やあ、どうも。お邪魔してますよ。」

まだ見ぬ姿に精一杯の虚勢で呼応する。声の震えを感じ取られずに済んだか不安だった。


「このご時世に剣とはまた何とも不憫な得物を持つな。時の狭間にでも堕ちたか。」


「いやあ、ちょっとした手違いでね。知っているんだろう?これ以外持てないんだよ。」

柱の間にぽつぽつと灯る蒼い炎。それは妖しく揺らぎ徐々に道を作る様に真っ直ぐこちらへ増えていく。それと同時に増す威圧感に言いようのない不安と恐怖がその身を固めていく。

「これのせいでここにくるハメになったんだよね。なんか知ってたりしないかな。」


「・・・さあ・・・どうだったかな。」


「・・・そろそろ、姿を見せてもいいんじゃないかな?」


「なんだ?気付いていなかったのか?私はここにいるぞ。」


突如、後から掴まれる首筋。身体ごと持ち上げられ嗚咽が漏れる。首の骨は軋みを上げ、肉が悲鳴を上げる。すぐに呼吸は遮られ顔色は見る見るうちに土色へと変色していく。意識と思考は途切れ途切れになり、体の自由は徐々に奪われていった。

藻掻き足掻き苦しみから逃れる様に首の戒めを懸命に外そうとするが諦めて別の手段を探す。両手を背後へ回す事は出来ない。だが片腕なら。

敵は背後にいる。ならばそれはそこにあるはずだ。

まだ見ぬその姿。顔も分からない。しかしそこに必ずある。腕を伸ばしたその先に触れたもの。親指に力を込め突き立てる。

呻き声と共に緩む首の戒めを無理やり外しその場を離れる。

「やあ、やっと、見れたよ、」

不足していた酸素を全力で吸いながら途切れ途切れに言葉を投げかける。

そこにいたのは片目を押さえ跪く男。肌の色は蒼白く、白いシャツとモッズコート。そしてカーキ色のズボン。コートとシャツは腕まくりしておりそこから覗かせている腕は肌の色には不釣り合いな太さをしている。おそらく見た目より全身が筋肉で覆われているのだろう。

「驚いたな。思いの外、動くようだ。」

それはどうも、と呟きながらじわりと距離を置く。剣を正面に構え、呼吸を整え深く息を吐き出すと全神経を目の前の男へ集中させた。

(こりゃ呼吸法は不可欠だな・・・)

彼が使う呼吸法は、言わばドーピングの様な効果を持つ。心肺機能の上昇に伴い筋肉への酸素を供給し一時的に筋肉を増強させる。血流も上昇し軽い興奮状態になるが、それが神経を研ぎ澄ませる。少々凶暴になるため試合には使えず、もっぱら一人で練習するとき位にしか使ったことがなかった。

「中々、面白い事をするな。」

そのセリフにギョッとする。見た目に変化は現れないはずだ。だから相手に気付かれることはない。ならば答えは一つだ。この男は血流を感じる事ができるのか。

「・・・あんた、吸血鬼、か?」

「近い存在ではあるがね。あれの様な欠点も、特異もないが。もっとも、別の特異がある。気を付けたまえ。一つの傷が、死を意味する。」

男は立ち上がり傷付けられた瞳を優しく撫でた。そして、撫でた指先には流れるように紅い液体が連なっている。

それは血。

それは男の掌で球体になると空を切り裂き剣となる。瞳は、完全に元に戻っていた。

「奇しくも同じ得物だな。さて、躍ろうか。」





只々広い空間に響き渡る金属が打ち合う音。一人は必至で食い下がり、もう一人は余裕の表情でその攻撃を受け流し続けている。

左右への連撃は揺さぶり。案の定、ことごとく血の剣で容易く弾かれる。それは想定内。弾かれた剣をくるりと回しそのまま下から斬り上げるもするりと躱される。瞬時に剣を消し喉元への突く動作と共に出現させるも何かに邪魔される。

「くそっ!」

後方へ仰け反りながら回転してその場を離れた男へ悪態をついた。剣を肩へ担ぎ深くため息を漏らす。

「随分、便利なペットを飼ってるじゃないか。ちょっと残酷じゃないか?」

見ると男の回りをいつの間にか数匹の蝙蝠が飛んでいた。その身を使って主を護ったのはおそらくこの蝙蝠だろう。

「私に造られた眷族だ。仮初めの魂など無に等しいさ。それに貴様も随分変わった使い方をするものだ。数百年前まではそのような使い方をする者はいなかったがな。」

「数百年とか今何歳だよ!」

突進からの突きもやはり蝙蝠が身代わりで男へ届かない。勢いはそのままで側転から剣を振り下ろすも防がれ左右から上下、反転からフェイントを混ぜた連撃も男の血の剣と彼を護る蝙蝠に遮られまったく男本体へ当たらない。

呼吸は乱れ肩で息をし始める。

「中々面白かったが限界の様だな。そろそろこちらから攻めさせてもらおう。」

紅い瞳が、深みを増し暗い光を放つ。剣は姿を変え、最初の丸い球になる。

「気を付けろよ。弾丸如き速さで飛ぶからな。」

言うが先か、紅い球体は弾け飛ぶ。無数の球となって。

彼は言った。一つの傷が死に繋がると。ならばこれは全て躱さなければならない。防がなければならない。

(くそったれ!)

その速さは避けられない。ならば防ぐしかない。剣の召喚と自分の意志の切り替えに全神経を注ぐ。

時間にしておよそ十秒。その攻撃は続いた。

「くはぁ!よく耐えたな!」

男が見せた初めての感情。それはまるで初めて自分好みの食事にありついたような歓喜。不愉快な笑い声を上げ、男は再び血を掌に集め始めた。防いだ攻撃は剣に赤い斑点を残していたのだが、まるで羽虫が舞う様に刃から離れ男の元へ戻っていく。

「私の特異はな、血液操作。例え他人の血でもね。もっとも、一度は触れる必要があるが。さて。もう先程の動きは出来ないだろう。さらばだ。時の狭間に堕ちた子よ。」


パン!


大気を弾くその音には、覚えがあった。森の中で何度も聞いたあの音。しかしあの時より軽く、鋭いように思う。

「何考えてるの!あれを一人で相手するなんて!」

響く若い女性の声。そして再び轟く発砲音。それは何度も。何度も。

「戦えないなら引きなさい!まだやれるなら立ちなさい!」

絶え間なく鳴り響く発砲音に交じり、彼女の叱責が飛ぶ。

放たれた弾丸は例のごとく全て蝙蝠が受け男へは全く当たらない。

忌々しい、そう呟いた様に思う。

紅い球体は剣となり男は悠々と榊へ近付く。

瞼を閉じる。乱れた呼吸は整い、静寂が全身を包む。静かに瞼を開き剣を構える。弾丸は左後方から。ならば自分は右側へ回り込まなければ。

最初の一撃は腹部への突き。もちろんこれはフェイク。当たる直前に身を屈めそのまま男の横をすり抜け背後へ回り込む。目の前には男の背中。そのまま斜め下から一気に刃を振り上げる。そしてこれもフェイク。案の定、男は反応し血剣で防ごうとする。榊の刃はそれをすり抜け、思わず口元がほころぶが油断はしない。

手首を反しそのまま男の背中へ突き立てる。当然、一旦消された剣は榊の手に中にあった。

「じゃあな。」







光が届かぬ天井を見上げながら、背中から伝わる冷たい床をしばし堪能していると手助けしてくれた女性が覗き込む。

「お疲れさん。」

流れ落ちる黒髪は淡い光で輝き、少し茶色が混じった大きめの瞳はきっと多くの人を惹きつけただろう。

「ありがとう。助かったよ。」

暫く眺めていたかったがそれは少々失礼な気がしたので取り敢えず上半身だけ起こすことにした。身体の熱は幾分か抜けてはいたがそれでも床の冷たさに心残りがある。

「数百年生きた割に、傷は治らないんだな。」

もう虫の息で横たわっている男へ声を掛ける。気道に血でも流れ込んだのか奇妙な呼吸をしている。

「・・・その剣のせいだ・・・忌々しい物を持っていたな・・・」

「・・・剣のせい?」

気になり、立ち上がると男の側に寄る。見下ろした先の瞳は既に光を失い、暗く沈んだ土色へと変色していた。

男は見えているかどうかは分からなかったが、榊を見上げると、何かを察した様に不敵な笑みを浮かべた。


「そうか、知らぬか。」


ポツリと呟き、一つ二つ、咳をすると男は静かに息を引き取った。

「・・・勝ち逃げかよ。」

思わず悪態をつくも、すぐに冷静になる。元々何かを期待してここへ来たわけではない。手に入らなかったのならば最初から無いも同然だった。それに今は女性の方が気になる。

「改めて礼を言うよ。さっきは助かった、ありがとう。君もやっぱり、覚醒者なのか?」

振り返り手を差しのばす。そこにいたのは20代中半位の美しい女性だった。

丈の短いベージュのデニムのジャケットの襟には所々茶色く染まったファーが付いていて、濃いめの青いデニムのパンツと深い茶色のロングブーツと言う中々に快活そうな出で立ちだが、それでも銃を振りまわせるような女性には見えなかった。

「そうよ。それより無茶をするわね。本来ならパーティー組んで来るところなのよ?」

戦闘中とは打って変わって優しく、穏やかな声。シェリーとはまた違う安らぎを与える、そんな声だった。

「パーティー?って?」






覚醒者、または覚醒種には支援団体が存在している。各国、各街に。主な活動内容は衣食住の提供や覚醒者が使う道具の修理や手入れなど、生きていくためのサポートを行っている。しかし彼らの一部には裏の支援団体が存在している。彼らは、破滅種、またはモンスターからの護衛や討伐などの依頼を請負い覚醒者へ割り当てており、依頼主は政府要人から辺境の村の一個人まで多岐にわたる。

表の団体はあまり横の繋がりはないのだが、裏の団体は密に繋がっていた。その為、情報や報奨金が欲しい場合は裏の支援団体へ赴く事が、覚醒者の中では一般的になっていた。そしてその支援団体は便宜上、『ギルド』と呼ばれていた。


「だから危険な場所へ行く時はギルドに連絡とって情報を手に入れたり一緒に行ってくれる仲間を探したりするのだけど・・・」

そこで一旦区切るとこちらを眺め彼女は少しわざとらしく溜息を洩らした。

「私はここに探し物があったからギルドへ相談しにいったの。そしたらあなたの噂を聞いて・・・」






「こんにちは。ちょっと、探してる情報があるの。」

古い街並みの裏通りにひっそりと営業している古本屋の地下に、そのパブはあった。看板や宣伝の類は一切なく、一つの目的の為だけに存在していた。

赤黒い光沢を放つランプに照らされた年代物の椅子やテーブルはこの店が長い年月を過ごしてきた証かもしれない。

店内には気付いただけでは3人の客がいた。同じテーブルを囲ったその三人はあまり関わって欲しくないのか微妙に光が届かない席に着いているせいで性別までは確認出来なかった。カウンターには年齢の割にはやたらと体格ががっちりした白髪混じりの初老の男。

「初顔、かな、お嬢さん。それで、お望みの情報は何かな?」

「聖トラビス教会。」

「ふむ。実はさっきは入ったばかりの情報なんで裏付けはないんだが、どうやら一人入ったらしい。こちらへ顔を出してないから余程の熟練者か、もしくは何も知らない初心者か。前者ならまだいいが後者なら、もう手遅れかもしれん。」

ことり、と置かれたグラスに注がれたジンがランプの灯りでカウンターに幻想的な光の影を作る。店内が静かなおかげで聞こえる気泡が弾ける音も心地良かった。

「それは・・・どういう意味なのかしら?」

「それを含めて、必要な情報は金か、知識か、宝か、てね。」

出されたジンを一気に飲み干すと彼女は紙幣を数枚カウンターに置くとにこりと笑う。

「全部よ。」

「ふむ。危険だぞ。最低でも3人は、欲しいかもな。」

再び注がれるジン。男は話を続ける。

「実は討伐依頼も来ている。半年、くらい前、か。そこに何者か棲みついて、悪さをしている。分かっている被害だけで19人。みな、古木並みに枯れていたそうだ。討伐対象の情報は、ほぼ皆無だが、どうする?続きを聞くか?」

こくりと頷き、コクリとジンを口にする。少し酔いが回って来たのか、身体に熱がもつ。

「伝書が欲しいの。噂で、この地方にあるって聞いてもしかしたらと思って。」

「伝書、か。あの教会の地下に巨大な空間があってな。その一番奥に献納してあるそうだ。討伐対象もおそらくそこにいるのだろう。まあ早い話、行けば全て手に入る。」

「でも相手が何者か分からないのよねぇ?先に行ってる人の実力次第ってなんかギャンブルっぽい・・・」

「私の感だが、相手はおそらく一人でヴァンパイアタイプだろう。遺体の状態をみる限りな。」

光の影を楽しむようにくるくる回していたグラスに二口ほど口にするとグラスをことりと置く。

「危険なら、逃げるわ。先に行った人の実力が使えるなら、そのまま戦ってみる。討伐報酬の話は無事に帰ったらね。」





「そんな訳で来てみたらもう戦闘中だし。びっくりしちゃった。」

「そんな組織があるんだ・・・」

「知らないって事は、初心者なのね・・・」

呆れたような溜息に僅かに、いや結構本気で癇に障る。

「しょうがないだろまだ二日目なんだから。」

大きく見開いた瞳に、ここまではっきり分かる人の驚く顔を初めて見たような気がした。

「はあ!?二日目!?」

反響する彼女の声。少々耳が痛いがなんとなく仕返しが出来た気がして気分がよくなる。そして初めて出会えた同じ立場の存在に色々聞いてみたい欲求が沸き起こるのを感じた。だがそれよりもまだ気になる事が残っている。

「なぁ、ちょっと気になってるんだが、この雰囲気って」

遮られるセリフ。轟く激しい地鳴り。入ってきた入口は天井か何かが崩落でもしたのか大量の岩と瓦礫で塞がれている。思わず身をかがめ、身を守るがこの場所に落ちたわけでは無いことに安堵するがそれもすぐに消え去る。閉じ込められた不安と恐怖に拍車をかけるように室内の壁際には紅い炎が灯され次第に一番奥へと向かう。

「くっそぉ。やっぱりまだなんかあんのかよ。雰囲気が落ち着かないからなんか変だとはおもったぜ。」

「え?雰囲気ってなに?なんか変な感じしてた?」

既に臨戦態勢に入っているのは流石だが場の空気の変化には気づけないようだった。それでもお互い嫌な重圧を感じ取り気持ちの悪い汗が頬を伝う。


「あぁどうやらさっきまでここにいたのはただの番人だったみたいです。」

「本命がまだいるのかよ。なんだよそれ。あれにも手足がだせなかったのに。」

「で、でもこれで5人ですよ。なんとかなるんじゃないですか?」


突然の会話に、二人は心底驚いた。後方には誰もいなかったはずだし最初からいたのなら先程の男がほおっておくはずがない。室内の奥を凝視していた二人は声のした方を振り返り武器を構える。

「待って!マジで待って!オレら仲間だから!あのパブで会ってるから!」

必死で見せる敵意がない事を示す笑顔は引きつり、残りの二人は先頭の男に背中に隠れ顔だけ覗かせていた。もちろんこちらの二人の笑顔も引きつっている。

じっと見つめた彼女が銃のスライドを引く。

「いや、知らないけど。」

「まあいいじゃない。そっちより後ろが大変な事になってるからそいつらにも手伝わせよう。」

ちらりと見た榊の頬に大粒の汗が流れ落ちるのを見て冗談ではない事を察した。

「それで。あなたたちは何が出来るの?」

「ほ、本当はパブで話しかけようと思ったけどさっさと出て行っちゃったからタイミングが掴めなかったの。ごめんなさい。私はヒーラーで、冬崎霞。」

「オレとこいつは魔術師でオレが枦ノ木将でこいつが柊睦生」

「魔術師!?いいな~俺もそっちがよかった・・・魔法でシュパパパパ~ン!みたいな?」

「あ~・・・多分想像しているのと違うわよ?」

「?」

「それより本格的に敵が来たみたいだよ。」

紅い炎の灯は、いつの間にかこの部屋全体を囲んでいた。そして一番奥には黒く大きな奇妙な物体。それが生物と理解するには少々不可解な形をしていた。

おそらく一同が同じ様に同じタイミングで生唾を飲み込んだに違いなかった。

「俺はパスな。」

「はあ!?」

「普通に考えて遠距離型が3人もいるのに超接近型の俺が参加する意味はないだろ!?」

「お、お前マジふざけんなよ!?剣士だろ!?ナイト様だろ!?守れよオレ達を!!」

「初対面のお前らなんかなんで守らなきゃいけないんだ。それに俺はさっきの戦闘で疲れてんの。」

「残念、そうも言ってられないかもよ。」



それは、大きな音を立てて広げられた。それは、幅十メートル程の翼。中央にはまるで棺の中で眠る様なその姿に一同は背筋が凍てつく。完全に広げられた翼を数度羽ばたかせると瞼が見開き、発せられた獣の如き雄叫びは大気は震えさせ心臓が鷲掴みされたような錯覚を覚える。

「取り敢えず散らばって!一カ所にいると危ないわ!それから霞ちゃんは彼の回復をお願い!」

将と睦生はそれぞれ左右へ、霞はその場で榊にそっと手を添えて音色のような、不可解な旋律を口ずさむ。

(あれ?この感じどっかで・・・)

それは、シェリーが使っていたものと同種の力だったのだが榊は気付かなかった。

体の奥から湧き上がる高揚感と、気力の充実を感じ榊は癒しの効果を実感する。

「これは、気持ちいいな。しょーがない、もう一回頑張りますか。」

「お願いね。さっきみたいに援護するからよろしく!」

ポンと背中を叩くと軽く押し出し左右の男達へ再度指示を出す。

「将と睦生君は私と一緒に彼の援護を!でも彼に攻撃が行きそうな瞬間だけお願いね。じゃないとこちらにヘイトがくるから。」

「なんでオレだけ呼び捨てなんだよ。」

「顔!」

「顔ってなんだよ!?」

(くそ、可愛い顔してさらっとディスってんじゃねーよ)

「あれ?これ俺一人でつっこむの?マジで?」

「さっきも一人でしてたんだから同じでしょ。」

「いや、でもサイズ的な問題が・・・」

「全力で支援するから頑張りなさい。」

完全に目覚めたそれは暗く深い眼差しで各々を品定めでもするように一人ずつじっくり観察している。刺されたような冷たい視線に総毛立ち、身震いしているのだがそれさえ意識出来ていない程の重圧に、誰も言葉を発する事が出来なくなっていた。

そんな中、意を決した榊は深く息を吸い込むと、一気に駆けつける。

立ちすくんでいても標的になるだけだ。なら、その的になるのは自分だけでいい。そう判断したから先陣を切った。

歓喜の如き雄叫びをあげ、それはその身を震わせ、広げていた翼を優しく畳むとふわりと降りる。

そしてもう一度、響き渡る雄叫び。それと同時に勢い良く翼も再び開かれ、小刻みに震える広げきった翼は力が込められていくのが分かった。

それはおそらく突進だった。

おそらく、とは、そう表現するしか無かった。四人とも、見えなかったのだ。それが姿を消し榊と衝突するまでの間を。

「おいおい。その体でなんて速さだ、よ!」

辛うじて、剣で防ぎ押さえ込まれるのを耐えると蹴り押し間合いを取る。瞬間、なぎ払うも刃は空を切る。躱された事に思わず舌打ちしそうになるが、相手が驚く顔が小気味がよかった。


「すまん、あの速さを捕らえるの無理っぽいんだど。」

「そもそもあれに反応出来てるあの人がおかしいくないですか・・・?」

「それ以前にあの攻撃に耐えられるって・・・」

「・・・じゃあ彼が防いでる間に攻撃を・・・彼に当たらないようにね。」


(体格差は・・・およそ倍・・・か?力の差はそれ以上だろうーなー)

溜息しか出ないが今回は援護してくれる人がいるのがせめてもの救いだ。期待していいものか疑問だが、少なくとも自分より経験はあるだろうからそれなりに上手くしてくれるだろう。

(しまっ・・・!)

それは、本当に一瞬だった。まばたきをしただけで目の前まで間合いを詰められた。

気付くが先か、彼の体は支柱に叩きつけられる。地鳴りのような衝突音に将が思わず駆けつけた。

「おい、大丈夫か?」

意外と冷静なのは仲間の行動パターンが分かっているからだが、それでもどれだけの威力と衝撃を防げたのかまでは分からない。近付き確認して安堵する。

「あんにゃろー無茶苦茶だな。てゆーか意外と平気なのは、あいつのおかげか?」

損傷はない、が、それでも衝撃の影響はある。咳き込み、込み上げる胃液を無理やり飲み込み口元を拭くとちらりと睦生を見ると感心したように呟いた。


「効果はもう消えてるから気をつけて!それから、一瞬でいいから足止めお願い!」

あの異常なまでの速さはおそらく翼の力なのだろうが、あれをどうにかしないと手の打ちようがない。風属性が使える自分の魔法なら、何とかなるかもしれない。そう思いこの場で唯一、あの魔物の攻撃に対応が出来そうなあの男へ声を飛ばす。


「一瞬、ね。」

辟易、とはこの事だろうか、とぼんやり思いながら立ち上がる。前回のより大きい気がするが正直な話、このサイズになると多少の差はあまり意味が無いように思うが、ついつい比べてしまう。

離れて、と伝え将を押し出すと呼吸を整え巨大な生物と対峙する。姿が認識出来ない程のスピードはさっきはたまたま防げたが次回も、と言う訳にはいかないだろう。反射神経の向上までは出来ない。しかし予測なら、と一縷の望みがある。

一度きりだが翼の緊縮を、見逃さなかった。あの速さには溜めが必要なのだろう。ならば接近さえすれば対処出来る。そして最も難しいその接近さえ、最初の突進を躱すことが出来れば可能だ。もっとも、その躱すこと自体が難しいのだが。そんな思惑を見透かしているのか、先程からこちらを見て不気味な音を出しているそれが笑い声の様に感じ腹立たしい事この上ない。


それは、突然、すぐに起きた。


翼の先の緊縮。


それを見逃すはずもなく、そこに来るはずの攻撃に対して身を屈め、一歩先に飛び込む様に躱す。前のめりに回転し、反転すると同時に剣を真横になぎ払う。

直後に聞こえる呻き声。短い悲鳴の様にも聞こえる。おそらく想像だにしなかった思わぬ攻撃は不意を突いたはずだが、それでもすぐに反撃に出るあたり、やはりあまり甘い覚悟や思惑は捨てるべきかもしれない。

振り向きざまに降り下された拳を剣で防ぎ思わず口元が緩む。この攻撃は想定外だったが、先程の薙ぎ払いが思いのほか、効果があったようでその拳には最初の重さを感じる程の威力はなかった。


「風の刃!」


睦生の魔法が発動したのか突如巻き起こる旋風。いや、旋風と呼ぶには激しすぎた。空を切り裂く風の音は鋭く、風による壁が視認出来る程の密度がそこには存在していた。空を切り裂く音は魔物の絶叫に掻き消され、翼を生やしたここの主は初めて地面に足を着けざるを得なかった。


「剣士!伏せてろ!」


「炎の矢!」


将の掛け声を聞きとっさに身を屈めそのまま横へと転げその場を離れる。幾筋かの赤い炎が真っ直ぐ旋風へ届くと一気に炎は燃え広がりそれは巨大な火柱となる。熱風が全身をすり抜け炎の灯りが周囲に膨らみ膨張した空気は弾け地鳴りにもにた爆発音を紡ぎだす。炎を纏った翼を無残に焼き落とされた魔物の悲鳴が耳に不快な余韻を残し、その惨状はさながら地獄の業火に焼かれている様に見えた。

その身を捩り捻らせ炎から逃れようと藻掻き苦しむもそれは叶わず容赦なく炎はその身まで包み込もうとしている。

皆、ただその姿を遠くから眺めているだけだった。当然、このまま終わると思っていたから。しかし彼ら魔物の生命力を甘く見ていた。

悲鳴よりひと際大きな、それは悲鳴とは真逆の雄叫び。それは怒りと己を鼓舞する為の、雄叫び。

同時に周囲に飛散した異様な風は風ではなくまるでその場の空気を一気に引き離したような感覚。それは纏わりつき燃え盛っていた炎おも消し去り、鼓膜に打付けらてた雄叫びに、その場の全員が一瞬で戦闘態勢に引き戻された。

将と睦生による魔法での支援攻撃に加え椿の銃撃。問題ないように思えたが魔法は高確率で弾き落とされ、黒い影の様な槍状の物質が椿に狙いを定め彼女は攻めあぐねていた。それでも徐々に傷を増やすことは出来ていたがやはり足止め程度の効果しか無い。堪らず遠巻きに霞と見守っていた榊に将が叱責し重い腰をあげさせる。

椿の元へ駆けつけると彼女を狙う黒い槍を剣で弾きつつ怪物の足の指を狙うよう指示を出す。榊の背後に回り足の指を撃ち抜く。怪物は怒りの込められた悲痛な叫びと共に膝を着くと今まで多方向から出していた複数の槍を一点に集中させ彼女へ飛ばす。が、榊が盾となりそれを尽く切り落としながらその巨大な生物へと突き進む。

タイミングは、どんぴしゃりだった。将と睦生の魔法で両腕が塞がっている中、突き出される黒い槍も意に介さず接近する榊。彼は地面に着かれた膝を足場に太股から背後へと登る。それと同時に止まった魔法での攻撃は、遅ければ榊を巻き込み早ければ反撃の機会を与えるだろう。居合わせただけの、即席のチームとは思えない驚くべき意思の疎通である。

登り切った榊は今度こそ全て終わらせる為にこの巨大な生物の首筋に力任せに剣を突き立てた。

「手こずらせるんじゃねぇよ。」







「俺らじゃないって!入った瞬間落ちてきたんだって!きっとそんな罠なんだって!だから銃口こっち向けんなよ!」

元気に走り回る将を横目に瓦礫で閉ざされた入口を呆然と眺めながら今後の事を考えていた。ここに来るように言われて来たが、結局ただの化け物退治だった。当初の目的だった生き抜く術を身に付ける事だったがそれもよく分からない。そもそもこの化け物達がなぜ現在も存在しているのか理解出来ない。普通このようなものは他の覚醒者が退治しているものじゃないのか?

「あの、有難う御座いました。」

少々おどおどした感じの喋り方だがやはりと言うべきかその瞳は強い意思が宿っている。

「んあ?ああ、お疲れ様でした。こちらこそ有難う。まあなんだ、災難だな。」

「元々、僕達はここの攻略が目的でしたから。あんなのが居るとは思っていなかったので助かりました。」

睦生が横にちょこんと座るとそう付け加える。間近で見ると中々に整った顔立ちだが他の二人より幼く見える。将と霞もそうだが意外と若い世代が多いのだろうか。

「三人は付き合い長いの?なんか関係性に安定感あるようだけど。」

「幼馴染みなんです。旅自体はまだ2年くらいなんですけど。」

「ほ~。じゃあ俺より先輩さんだなぁ。こっちはまだ二日目だし。」

「へっ!?」

「そうなのよ。この人まだ二日らしいの。おかしいわよね?あ、私は椿、瀬川椿。」

走り疲れて床に大の字でバテている将を無視して椿も会話に入り込む。そこで一旦、ちゃんと自己紹介をしようという話になった。

将、睦生、霞の三人は親の代からの幼馴染みで高校卒業と同時に旅に出たそうだ。皆、まだ二十歳で睦生だけ幼く感じる事を指摘すると少々気まずい空気が流れた辺り、本人も気にしているのかもしれない。

椿も高校卒業と同時に旅に出て5年目で今23歳。殆どの者が高校卒業を目安に旅立つそうだ。つまり既に28歳を迎えた自分が二日前に旅立ったのが意外だったらしい。そもそも覚醒者や破滅種の話自体が初耳だったことを告げると更に驚かれた。

無理に旅に出る必要は無いんだろうとの問にはそれぞれの事情があるらしかった。

「もちろん何事もないまま一生を終える人もいるわ。私は欲しい物が在るからだけど。」

「僕達はあれだね。」

ちょっと困った様な表情で睦生と霞は相変わらず床でぜえぜえ言っている将をちらりと見る。

「将が言い出したんです。楽しそうだからオレは行くって。だから、着いてきたんです。危険なのは分かってたし、彼を死なせたくないし。それに・・・」

彼といたかったと言った霞の表情は、とても嬉しそうだった。そこに恋愛感情が有るようには見えなかったが、それを分かっているかどうかは判らないが若干、睦生が複雑そうな表情を見せる。

貴方は、との問に正直どう答えるか困った。どうやら自分が他の覚醒者とは少々経緯が違うような気がする。十年前の話は無論するきはないがあの村での話をして信じてもらえるのだろうか?そもそもあの村の名前すら聞いていない。

「俺は・・・」



「何ででしょうね?」

「ん~?考えられるのはどこかで伝承が途絶えた、とか?」

「有り得なくは、ないけど・・・」

「まあ私達も全てを知っているわけじゃないからか確かな事は言えないけどね。」

「そう、ですね。」

「なんにせよ!十年振りの仲間よ。歓迎するわ。強い人なら特にね。」

一通り、自分の事を話した。もちろん、あの修学旅行の事件の話はしていない。なんとなくだが、あの事件を彼らが知るとあまり良くない事が起きる気がしたからだ。


「いーかげん奥を調べよーぜ!」


仰向けで息を切らしていた将が回復したのか大声でそう提案する。こちらの話に興味がないのか聞き耳を立てている感じでもなかった。

一見すると他人に興味が無い様に見えるが睦生と霞は知っていた。彼が目の前の関係を大切にしていることに。過去や人柄には大して意味を見出していない事に。妙な言い方だが利己的で純心だった。

疲労と安堵からくつろいでいたが、将の一言で苦笑いを浮かべつつも本来の目的へ行動を移す。そう言えば彼ら三人の目的は聞いていなかった。

「僕達は報奨金と・・・」

「力試し!」

「違うよ。連携と新しく作った魔法の確認だよ。」

「似たようなもんだろ。」

「ホントに君は何で魔法を選んだんだろうね。」

「魔法での無双は男のロマンだろ!」

「俺も魔法が良かったよ。でもなーあの時は仕方なかったしな~。使わなきゃ死んでたしな~。」

「さっきも言ったけど魔法を多分勘違いしてるわよ。」

「?」

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