三十八話
「いったい何を考えているの!あの男は!」
「確かに、最近の彼は行動が奇妙だね。でも公の場だから静かにしようか、ユリウス。」
なだめるようにコーネリアは報告を受けたユリウスの髪を整える。絹のようなその髪は光の当たり具合によって赤いコントランスを変える。
大きな声によるものかその美貌によるものかは定かではないがここ、ボストンのとある空港を行き交う人々は彼女の姿に釘付けになっている。
コーネリアの言葉に我に返ったのか周囲の視線に恥ずかしさを覚えたのかはともかく彼女は少し落ち着くと改めてタブレットの情報に驚きを隠せないでいた。
「本当にレスターを退けたの?」
「そのようだね。だけど驚くべきはあの神降ろしとも言える技だね。」
「やっぱり剣によるものかしら?」
「そう思いたいが、どうだろう。もしあれが榊の力なら彼はへティカルとして当時の力を出したことになる。それは少々都合が悪いよ。」
「あら?頼もしいんじゃない。」
悪戯を企んでいる少女の様に笑うユリウスとは対照的にコーネリアは困ったようなため息を洩らす。
そしてこちらが本題だろうと言わんばかりにタブレットを取り上げ別のファイルを表示させた。
そこに書かれているのは普通であればにわかに信じ難い内容だが彼女達はそれをすんなり受け入れている節がある。その理由はおそらく彼女達が求めていた答えがそこにあったからなのかも知れない。
「私達もこれのせいなのかしら。」
「別問題、と考えたほうが良いかもしれないね。少なくともそこに書かれている情報に結び付けられる要素はないよ。君もそう思うだろ、ヒース。」
「そうだね。君らのその問題はその件とは無関係だろう。」
何かを知っている様な断言の仕方にコーネリアの眉がピクリと動く。立たせた杖を両手で押さえその上に顎を乗せている姿は何処か牧歌的な雰囲気を醸し出してはいるがこれでも己の意のままに研究と経営を両立させた少々稀有な存在である。
傍らに佇むバーナードが何かを察したのか少々鋭い眼差しをコーネリアに向けるが彼女は何事もなかったように涼しい顔でまだ暖かい蓋付きのカップを口へ運ぶ。世界中に出店しているおかげでどこでも同じ味、多少の違いがあるにはあるが、楽しめるのは有難かった。
「それで、彼らはどうだった?」
「それを私に聞くのかね。」
「ボクらはそのつもりで、君らの時間に合わせたつもりなんだけど。」
「やはりか。偶然にしては、出来過ぎた場所で会ったとは思ったが。まさか君らまであの男を狙っているとはね。悪いが、それならば力になれない。」
老獪さでも隠しきれない溢れたヒースの動揺に、バーナードの表情が曇る。出来れば争いたくないと言うのが本音のようだが主の意向に反する事は出来はしないだろう。もっとも、この二人の関係に主従はなく対等なのだが。
「狙っている、とは少し語弊があるわね。友人になりたいだけよ。私はね。」
「・・・まあいい。今は信じよう。何よりあのレスターとか言う男とは対峙しているようだしな。」
「ふふ。ありがとう。」
「私から見たあの男は、一言で言うと危険だな。あの現実感の無さは、少々不味いかもしれない。」
「それは、どうゆう意味?」
「簡単に言うと、全てを軽んじている、そんな感じだな。もっとも、正確には私には分からない感覚だね。」
「ふーん?」
「なんだか、随分素っ気ないが。」
「ちょっとね。この国の動向が気になっただけ。貴方はもう中枢に関わってないのよね。」
「そうだね。私は、逃げた身だからね。それに気になるのはこの国だけじゃないだろう。最近、あちこちと随分と賑やかになっている気がするよ。」
ひょいと渡されたタブレットを無造作に受け取り、ヒースは怪訝な顔をする。ユリウスは少し挑戦的に、だがそこには親しみが見え隠れする。何かを企むのでもなく、試すのでもない。純粋にヒースとの秘密の共有を楽しんでいるようだった。
「・・・なるほど。これは少し興味深い。」
「でしょ?どう思う?」
「おそらく可能だろうね。ネットに繋がれば、それこそ無限の情報で際限なく成長し続けるだろう。だが・・・」
「自我の問題、かしら?」
「それはお伽噺だよ。いや、正確には自我が生まれても利己的な判断はしない。」
「そうなの?」
「歴史を学んだからと言って愚かな人類が不要となぜ判断をする。善悪の判断など所詮その時その時で変わるいい加減なものだよ。公正から生まれたものは何処まで行っても公正だ。たとえ自我が生まれてもね。特に今回のそれは当初から目的が決まって作られている。ならばそれを何処までも追求するだけだよ。」
「じゃあ何が問題なんだい?」
「排熱と膨大なデータをどうするか、だな。いや、排熱は例の伝達方式が実用化されれば問題ないだろうが、使用目的を考えるとやはりデータはどう解決するかが当面の課題かもしれないね。」
問題は他にもあると彼は続ける。それを聞いた二人の女性は驚きのあまり声を忘れたようだった。
絞り出した声は震え、期待と恐怖が混じったような、なんとも言えない表情をしている。
「それは、本当に可能なの?」
「理論上はね。まあこの企業がそこまでみすえているかは定かではないが少なくとも政府はそれを視野に入れているだろう。情報を集めるのはこの国の古来からのやり方のようだしね。」
「では、だとしたら!」
「そう。君たちの問題も解決するかもしれない。」
素直に喜び期待に旨を膨らませる彼女を見ていて、ヒースは種の違いが何ら無いことを改めて実感する。
当初、研究のためとはいえ、彼女らに協力を頼むことは人類への裏切りの様に感じていた。多種間戦争の事を知るものなどほとんどいないとはいえ、それを知っている者からすれば、やはり裏切りの責から逃れるのは無理な話だ。
だが彼女達と接し、悩み、嘆き、憤る姿を見て種の垣根に違和感を覚えた。
決して多いとは言えない空港のロビーを行き交う人を見つめるヒースの瞳には多様な人種がうつる。それと何ら変わりのない二つの種族。道は違えど感じるものは同じである。
では種の隔たりとは?争う意味は?
聞くと彼女らの種族は一度表舞台から降りている。再度、表舞台に戻ったこの種族は本当に元の種族と同じなのだろうか。降りる前と後では世界の状況もヒト種の目的も変わっている。そんな状況で戻った彼女達の種族は何を目的にしているのだろうか。
以前そのことについてさりげなく聞いたことがあったが彼女はさみしく微笑むとそれ以上続けることを許してはくれなかった。そしてヒース自身も、それ以上の質問は無駄である事は判っていたし何よりすでにこの時には彼女たちを信じ、ヒト種との間に災いを求めているわけではなく別の目的のために動いている事も理解していた。
だが、とも思う。
ヒト種にはない魔力という不可解な要素と圧倒的な身体能力。そしてそれを唯一抑えられる存在。
一般のヒト種にとって、どちらも脅威にしかならないと考えるのは必然だろう。特に国と政府は。取り込むか、排除するかの違いがあるにせよ、どちらかに、あるいは両方に接触を試みる。
見付からないヴィルナラよりへティカルを選び、彼らはいいように権力者に使われている気がする。そしてそれを利用し己の欲望を満たす者も。かつての自分がそうであったように。
「さてはて。いつまで国は私たちを自由にしてくれるのな。」
「やはり接触があったのね。」
「まあ当然の話ではあるかな。少々、いや、かなり作為的な気がするけどね。」
「狙ったのは、国?」
「だろうね。そして救いの手を差し伸べたのも、国。そうだろう、ヒース。」
どことなく誇り高そうな笑顔を浮かべただけで答えないヒースに怪訝な表情で反応を待つコーネリアがおかしかったのかユリウスはコロコロと笑い声をあげている。
おそらく彼女の指摘は間違っていないだろう。そして今後の接触の仕方も見当がついている。本来なら襲撃で国への保護を求め、また国もそうなるよう誘導していた。それを榊達によって阻まれ、国はヒースへの対応の変更を余儀なくされたはずだ。強制的に従わせるか、排除するか。
おそらく排除だろうな。
ヒースとバーナードはそう考える。
理由はいくつかあるが決定打になったのはロールの制作方法だろう。幾つかの流出が確認されているがそれを元に製作の目途がついたのかもしれない。問題は魔法を発動させる陣だがそれすら当てがあるのかもしれない。だとしたら想像以上に時間は残されていないだろう。
事実、彼らの予想はそう外れていない。ヴィルナラとへティカルは見た目にそう違いがあるわけではない。そのためヴィルナラが日常的に表で生活をしていても気付くものは皆無だろう。ただ、生物として、ヘティカルに比べかなり基礎能力が高いため何かしら目立つ傾向はあるようだった。それでも進んで何かしら、例えばヘティカルを屠るや支配するといった活動はしてきていない。
少なくとも表立っては。
ところが最近になってヴィルナラが僅かではあるが、その立場を明確に示し各国の権力者や機関へコンタクトを取り始めている。理由はぼかし、相手が望む情報を提供し確実に世界の中枢へと入り込んできていた。
その活動自体はそう珍しい事ではない。ただ、あくまでヒト種として生活し活動を続け、疑われないように時期を見て死という終わりを作り表舞台からその存在を消していた。
ある者は権力者として世に混沌をもたらし、ある者は乱れた世を制定する。
今までとの大きな違いはその存在を明らかにし始めたことだ。
千年単位で沈黙を守り続けた彼らにある変化が現れている。
それは強力な指導者の出現がそうさせている。
レイニー達を囲む椎葉亮賀でもユリウスでもない別の三人の指導者。
いや、シンボルと表現したほうがいいのかもしれない。
その三人には共通していることがある。それはへティカルでもヴィルナラでも無いこと。そして本来の世界を知っている事。
その存在は限りなく椎葉に近いが今ではおそらく別物になるのだろう。あの場所から動けずただその時を待ち続ける椎葉とは対照的に三人はそれぞれの意志で、立場と地位を利用し気の赴くままに自由に活動していた。
一人は滅びた力を求め、一人は虚構の壁を取り除こうとし、そしてもう一人は、消えた現実を取り戻そうとしている。
実はどれが欠けても誰も己の望みをかなえられないのだが、三人はそれに気づいていない。自身の力のみで叶うと信じ突き進んでいる。
全ての起源である2030年を目指して。全ての元凶である2033年に起こる分岐を阻止するために。
それは誰のためでもなくただ自分のためだけに。
椎葉が2033年に創ったこの世界を本来の姿に戻すために。
自身がまだヒトとしてこの世に生を実感していたあの感覚を取り戻すために。
「クソッ!まんまと逃げられた!」
手に持っていた弓を怒り共に地面へ叩き付け、足り無いとばかりに踏み砕く。
周囲には彼以上の怒りと、深い悲しみに包まれた者達がそれぞれが武器を取り、いつでも術を発動出来るよう控えている。威嚇も怒号もなくただ強い憎しみの眼差しを一人の男へ向けるだけだった。
「やっぱり持ち去ったようです。」
「だろうな。しかし瞬間移動とはな。」
「そうですね。エルフが使えるとの記録は無かったはずですが。」
「ま、しゃーない。次に行くか。どうせ何処に移動したかなんて分からねーしな。」
「ここの住民を締め上げればあるいは。」
「そんな趣味はねーよ。」
足元に倒れているエルフを一瞥し、少し悲しげな眼差しを一瞬だけ見せると彼は周囲の者達へ大声で訴える。
「こいつを見ろ!こいつが何故命を落としてまで俺の前に立ち塞がったのか!よく考えろ!その意味と理由を!それでも俺の邪魔をするなら!」
「相手してやる。」
恨みは全て自分が引き受ける。彼の怒号はまるでそう言っているかのようだった。そしてそれと同時に、彼らの立ち上がる気力をも奪っている。圧倒的な力と全てを受け止める気迫がそうさせていた。
静まり返る群衆に背を向け、脱ぎ捨てていたコートを手に取り羽織ると少し気怠そうに歩みだす。
「次は何処にしますか?」
「黒と赤は既に誰かの手に渡ってるんだろ?緑が行方知れず。となると残りは白と黄か。今わかってるのはこの五色だけだったな。さて、どこを探したもんか・・・」
「ここからなら白が近いかもしれません。有るかどうかは不確かですが。」
「じゃあ、そこへ向かうか。しかしなぁ・・・」
作為的なものを感じる、と彼は考える。
何万年も得られなかった手掛かりが急に現れたのだから仕方のないことだが。
それでも噂から確証になり実物の手掛かりを得るまでに十年近くの年月月を掛けている。常人なら急に現れた手掛かりとはあまり感じないのだろうが彼からすれば十年など僅かな誤差でしかない。
時間に関する感覚は、既に麻痺しているようだった。
だがそんなことより彼が何よりも気に入らないのが、都合よく並べられた材料を集めて回ることしかできない現状だった。まるでゲームのように現実の世界を駆けずり回ることに、いい加減うんざりしてきている。
「ま、もうしばらくの我慢だな。来るその日まで準備を怠るな、ってな。」
「なんですか、それ?」
「万策尽きても策は練る。早い話、諦めるなってこった。」
「はぁ?」
「で、次はどこだって?」
「ああ、地中海ですね。」
「ほほう。久々に立ち寄るな。少しばかり余暇でも楽しむか?」
完全に夜は明け、日差しが強くなっていくのを肌で感じながら、それでも冷たい風が体を抜けていくのを楽しみつつ彼は青くなっていく空を見上げる。一人の男を思い出し、笑みをこぼすと心の底から彼が選んだ職業に同情する。
一昔前まではそれこそ英雄のような扱いだったが、今では同じ空の下、移動すらままならない状況だろう。
「さて、あいつ今どこで何してるのやら。」
「また午前の会議に参加されなかったそうですね。苦情は全て私に来るのですからいい加減にしていただけますか。」
「柚か。それでも君なら上手く躱しまとめてくれているのだろう。」
柚と呼ばれた女性は軽くため息を漏らすと自分の雇い主である目の前の男にフラッシュメモリを渡す。毎度の事ながらこの男のこういった行動には彼女を悩ませていた。
その事で一度強く非難したが彼曰く自分の言葉は会議の場の他の連中には理解してもらえない、とのことだ。それ以降、柚は彼の提案をまとめ、会議で提出し議事録をまとめたものをこの男に渡しプログラムの改善を促してきた。
この面倒なやり取りのおかげで、本来ならそう時間のかからないITの進歩に足枷をしていた。
だが、柚と呼ばれた彼女は知っている。この期間が必要である事と全て予定通りにITの進化は進んでいることを。
遅れは突然の好転で躍進し、進み過ぎた計画は様々な妨害で本来の進捗へ戻る。それはいくら彼女が手を加えても変わることはないし、また彼女自身もそのことをよく理解している。
時の流れはそれほど強大であり絶対的な不変性を持っている。
ならばなぜ彼女は彼に付き従うのか。この業界に関与し続けるのか。
理由はただ一つ。
いつか現れるかもしれないこの不変性を壊すものを退けるため。
おそらくそう遠くない未来にそれは確実に訪れる。改変されたこの世界を元に戻すにはこの男の力が何が何でも必要だ。それはいくら修正力が働いたとしても替えはきかない。信じ難い長い年月を見てきて判ったのは歴史には修正力がありその力が及ばない分岐点が確かに存在していることだった。その時その場にその者がいなければ何も起きない、何も始まらない。それが全ての事象に当てはまるわけではなく特定の事象にだけ適用されているようだった。現に彼女達は歴史に介入した結果、本来起こるはずだった事象を引き起こせず大陸を一つ歴史から消し去っている。
だからこそ、元の世界へのキーパーソンであるこの男を守り抜かなければならなかった。
彼女達が唯一恐れるあの存在。
それが何なのか彼女達は知らない。気が遠くなるほどの時間をかけて探しているがその片鱗すら見付かっていない。
普通なら『いない』と諦めるだろう。だが彼女達はそれが『いる』と確信している。
それはおそらく理屈ではなく感覚的なものだろう。二つの世界を知る彼女達ならではの感覚なのかもしれない。
メールの受信に気付き、添付された写真を見て彼女は僅かに微笑む。見慣れたそこに写る人物は久しく忘れていたただけに自然と心が踊るのを感じていた。
彼女の瞳には、数万年続いた時の流れにようやく終わりが見え始めていた。
大きな剣を携え、彼は秘境と呼ばれるとある国の山奥へ来ていた。太い樹々や古樹を見ると太古の時代がそのまま残されているかのような錯覚を覚える。
彼は更に奥地の小さな山の麓にぽっかりと空いた洞窟の中を突き進む。カビや苔はなく、岩肌の匂いだけが鼻を突く。
洞窟は入口は人ひとり通れる程の広さしかなかったが奥に進むにつれ広くなり二人がいる場所は既に縦も横も十メートルは超えていそうだった。
途中まで荷物持ち兼案内をしてくれていた現地の住民がいたのだがこの地は禁忌の地だからと逃げてしまい、今は旅の途中で仲間になったヴィルナラと彼の二人だけだ。
「蓮!」
蓮と呼ばれた男はヴィルナラが指差す先を凝視する。大剣を正面に据えヴィルナラより半身を出し彼を守るように身構える。
蓮の耳にも生物の気配が伝わる。
何かを岩肌に打ち付け岩盤を砕く音。それ自体は脅威ではない。問題なのは地面すら揺るがしかねない足音だ。実際、もろくなっている一部の岩肌がパラパラと剥がれ落ち、重い何かがこちらへ歩いて来ている事を告げていた。
ヴィルナラが光の魔法で辺りを更に明るくする。
暗闇になれている生物と対峙するのにわざわざあちらが慣れた環境で相手をする必要はない。
「ナイス、ライル。戦士の俺じゃあ、魔法も魔術も使えないから助かるよ。」
「こっちの命もかかってるからね。」
幾つか乗り越えた死線のためか、二人の間には奇妙な信頼関係が築かれている。お互いが望むものを望むタイミングで繰り出すことができる程度には。
実は死線を超えたからだけではなくそれなりに長い時間を共にしているのも関係しているのだが、時間の感覚が常人と多少のずれがあるせいで二人はあまりそのことに気付いていない。おそらくおおよそ人が自己を肯定できるようになる時間くらいは、二人は時間の共有をしている。
振動が、止まる。
それは光に気付き、闇との境界で息をひそめている。
「どうやら、多少の知恵はあるようだな。」
「だね。問題は単体かどうか・・・」
「お前、いまそれフラグ立てたぞ・・・」
「え、うそ。」
「・・・気合い入れろよ。来るぞ。」
しびれを切らしたからでもなければ二人を見下したからでもない。仲間が追いつくのを待っていただけだ。それはすぐ後ろまで仲間が来ているのを確認し、のそりと二人の前に姿を現した。
背丈は洞窟の天井につくほどあるが、実際は少し前のめりになっている分、この洞窟より大きいのだろう。銀色の鱗に覆われたその姿は蜥蜴のような見た目だが大きさのせいか恐竜にすらみえる。
おそらく初めて見るであろう種類の生物に興味と警戒を示すが、その眼は捕食者としての立場であからさまに見下している。
「伝承通り、あれはミスリルみたいだね。」
「まったく、お前たちのご先祖様は妙なモノばかり造りやがって。節操なさすぎだろ。」
「今更?それより知ってるだろうけどミスリルは魔力を吸収するから私は役に立たない。下手すると強化してしまうからね。」
「・・・ああ。経験済みだ。以前、柚のせいでえらい目にあったしな。」
にっと笑みを見せ、蓮は大きな剣を担ぐとまるで散歩でもしているような軽い足取りで巨大な生物へと歩み寄る。削られ少しばかり丸みを帯びた牙を剥き出しにして威嚇するそれに剣先を向け、彼は歩みを止めると深く息を吸う。
後方から更に三体現れ計四体となった生物。名はなんと言ったかなとぼんやり思いながら彼は自分が知るモノと別種で有ることに気付く。
「ライル!急いで下がれ!」
おそらく未知の生物との遭遇。そこに彼は喜びと興奮を覚え、こぼれる笑みは若干の狂気をはらみ僅かな邪気を纏う。。柄を握る両手に改めて力を込めると攻撃主体から防御主体へ切り替える。何年も、何万体も相手してきた人ならざる者たちとの戦いで敵の次の一手、もしくは微かな動作が何を意味するのかを本能的に、あるいは計算的に理解する。
銀鱗の四足獣である彼らは基本的にはその鋭利な爪と俊敏な尾による近距離での攻撃を行い捕食する。つまり相手の接近を待つ習性はなく、ましてや駆け引きをする知性も知能も持ち合わせていない。それこそ力押ししかしないような生物である。だが、それこそが自身の能力を最大に発揮できる手段であることを本能でかれらは理解している。
彼らの鱗は魔法を吸収し己の力の源にする。しかし自身で魔法を使うことはなく、また魔力をその身に宿すことはない。
だから蓮蓮は違和感に気付いた。
いくら洞窟内とはいえそこまで気温が低いわけではない。にも関わらず、銀鱗の生物は口元から僅かながらの白い吐息をもらしていた。
その違和感が何であるか理解したからこそ彼はライルへ距離を取るよう伝えた。
違和感の正体、それは高密度のガス。
一部の、所謂、古竜と呼ばれる存在には魔力にて火球や火炎、もしくはそれに類する吐息を吐く生物がいる。だがそれは一種の魔術でありあくまで魔力を保持する場合に限る。
だが魔力を持たない生物でも同じ様な現象を生み出す生物がいる。彼らは魔力の代わりに体内でガスを生成し吐き出すことができる。吐き出されたガスは静電気や火花により引火。結果、燃焼と爆発を生み出す。
実は遥か昔ならそう珍しい種類の生物ではなかったがここ数千年の間にほぼその姿を消していた。
何より蓮自身が何度か戦っている。
「とはいえ、流石にミスリルの鱗持ちを相手にしたことはない、ようなあるような。」
一度目の火炎を躱し記憶を辿るがあまり正確には思い出せず中途半端な愚痴が出る。
完全に避けたつもりが皮膚が燻り、思ったより燃焼温度が高いことに僅かに驚くが相変わらず狂気じみた笑みを浮かべたまま舌なめずりをする。
後から来た個体も大きく口を開け同じ様に火炎による攻撃の動作を見せ、ライルがそれに気付き大声で何かを叫んだが肝心の蓮の耳には届いていない。
次の瞬間にはそれが無駄であった事をライルは痛感する。
おそらく突進に次ぎ、剣を払ったであろうことは事後の惨状で判断はできた。だが、理解はできないでいる。いや、理解することを諦めたと言ったほうが正しいだろう。この者と出会ってからこんなことばかりなのだ。諦めもするだろう。
それでも動揺はするし少し間の抜けたセリフの一つもではする。
「切れるもんなんだな。」
「こんなものただの経験と技術だ。正直、俺はお前達やあいつらみたいな特殊な能力がほしかったよ。それにしても、なん何だこいつらは?俺が知ってる銀鱗の四足獣はガスなんか吐かないし火なんか使わないぞ。」
「確かに亜種としては随分とスペックが高すぎるね。別種、にも見えないけど。ただの突然変異か僕らの先祖の悪ノリか。」
「後者ならお前が責任取れ。」
「残念ながら、僕達には既にそんな力は失われているに等しいからね。ご要望には添えないよ。」
首を切り落とされた獣を観察し終えたライルは納得のいかない顔を隠そうともせず自分では判別がつかないと匙を投げる。
「まあいいさ。目的はこいつ等じゃないしな。それより気になるのは俺達の対象のほうだな。」
「そうだね。伝承通りならいいんだけど。」
「お前なぁ。またフラグ立てたな?」
そう、伝承通りならここには彼が求めているものがある。だがこの不可解な生物を見る限り一筋縄ではいかないのだろう。そんな思いを胸にしまい込み、蓮は少々不便な大きさの大剣を背中に背負い洞窟の奥を目指す。




