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三十七話

「盾がほしい。」


思いがけない唐突な声に一同は固まる事しかできず視線は皆が一点へ向けている。そこには憔悴しきってやつれた榊が壁に寄りかかっていた。


「あと何か食い物くれ。すげー腹減った。」


シェリーが歓喜の声を上げて駆け寄り抱きつきとりあえず顔でも洗って来いと将がタオルを投げつける。安堵で気が緩んだのか霞は涙を流していた。呆れた様な苦笑いを浮かべて椿が席を立つがおそらく食事の用意をしに行ったのだろう。座る場所を譲る為に立ち上がった睦生が体の気遣いをしている。


「もう大丈夫なんですか?」

「ああ、あーいや、動くとまだ節々に痛みが走るな。少し無理をし過ぎた。」

「少し?いい加減にしないと死ぬわよ!?」

「ごめん。それ喰っていい?」

「本当に反省してるの?今度こんなことしたら私が殺すわよ?」


とても一人分には見えない量の食事を渡しながら椿は榊を叱責するが本人は空腹で食べ物を前にしているせいかどこか他人事のように上の空で返事をしているだけだった。与えられた食事を堪能することはなく適当な相槌をしながら、時には喉に詰まった食べ物を慌ててワインで流し込む。

皆が黙って見守る中、満足したのか一息つくと改めて皆を見渡し心配をかけたことを深く謝罪する。


「そんな謝り方されたらこれ以上何も言えないわ。でももう二度とあんなことしないで。そもそも何があったの?将達も詳しくは知らないみたいだし。」

「まったくだ。流石に今回は覚悟を決めてたぞ。何があったんだ。」

「・・・剣の力を使った。」

「ほう?それはどんな力だ?」

「あの剣はまあ早い話、何かの力を封印されているような状態なんだ。その封印を解くのがあの玉なのかは分からないが、どうもあの剣は俺の力を吸い取ってその力を限定的に解放してるみたいなんだ。」

「何かの力ってあの状態になることじゃないのか?神々の力に似てるってヒースのおっさんが言ってたぞ。」

「いや、多分違うだろう。あの状態は俺が無理やり引き出してるんだし。」

「は?」

「吸い取られた力を取り返すとあの状態になるんだよ。多分だが剣の力を取り込むから体と精神が耐えられないんじゃないのか。」

「なにそれヤバイ。」

「バカなんじゃないの。それで?」

「まあ見たまんまだな。体のリミッターが外れたみたいに暴れる。で、反動でこうなる。あとあの状態の間は殆ど記憶がないな。だからあまり説明することもないんだなこれが。」

「やっぱこいつバカだ。」

「でもあの状況だと他に手がないだろ。アイツら本気でヤバいんだって。大体魔法って何だよ。そもそも種としての差が半端ない。何で俺はあんな連中に狙われてんだよ。」

「心当たりは無いのか?」

「・・・ないことはないけどそもそもあれ自体が理由がわからん。」

「・・・まあいい。それよりお前が寝てる間に剣について少しばかり分かったことがある。」


ペルは分かったことを簡潔に伝える。聞きながら、榊はある程度は予想していたようで特に驚きはしていなかったが『前の世界』と言う単語の際に僅かに訝る表情を見せるがすぐに元のけだるい顔に戻る。意見を求められるがどことなくうわの空でぽつりと、そんなことろだろう、と呟きまだ残っていたパスタに手を伸ばす。


「なんだか他人事みたいな反応ねぇ。何かあるの?」


飲み物を差し出しながら、椿は呆れた様にため息交じりにそう問いかける。


「いやまあ、今後の事、とか?」

「それは、剣の秘密の事?それとも貴方が破滅種に狙われている事?」

「両方だが、主に後者、かな。」

「それは、自分のせいで私達に迷惑をかける、命を危険にさらすから、ってこと?」

「まあ、そうだな。」

「だから私達から離れて一人で行動しようと思ってるってこと?」

「・・・まあ、そうだな。」

「そうね。私達は貴方のせいで死ぬかもしれないわね。でもね。」


うつむいたまま、パスタをフォークに絡めるようにくるくる回し続ける榊の顔を強引に自分に向ける。


「それでも私達は貴方と行動を共にするって決めたの。」

「何いってんだ?今までも敵はやばいのばかりだったがあの破滅種ってのは本気で駄目だ。俺はやつらのあの性能を知ってたら身を潜めてた。呑気に旅なんかしないで隠れて過ごしてたよ。」

「それでも貴方は旅を続けるつもりでいる、でしょ?貴方は忘れているわ。私達にも目的があることを。よく聞いて。」


彼女は話を続ける。想いではなく現実を。


「そもそも私達は覚醒種だからってわけで旅に出ているわけじゃないの。私は私の村を消した者にけじめをつけなきゃいけない。その手段とああなった原因を知る方法が貴方の剣に繋がっている気がするの。それは何年もかけて探しても見つからなかった事なのよ。せっかく手に入れた希望を手放すわけにはいかないの。同じように霞たちにも理由がある。私達はみな、止まっていた時間が動き出している。その原因が貴方にある以上、私達が貴方から離れる事はないの。」

「なんだかすげぇ利己的な理由だなぁ。」

「そうね、でもそれはきっかけに過ぎないわ。」


少し躊躇うように、顔を赤らめ視線をそらして続ける。


「私は、私達はこの関係がとても心地よくて気に入っているの。楽しいのよ、とてもね。」

「おいっ!楽しいのは認めるが心地よいとは言ってないぞ!」

「確かに心地よいはないかなー」

「椿さん、それちょっと恥ずかしいです・・・」

「椿ってば宗司といるとそうなの?」

「ちょ、ちょっとあなた達誤解するような受け取り方してんじゃないわよ!」

「椿よ、その反応は寧ろあまりよくないのではないか?」

「し、師匠まで何言ってるんですか!」


榊はしばらく続く椿へのいじりを眺めていたが我慢できずについ大笑いし、少し、涙を浮かべる。


「・・・なによ。」

「いや、嬉しかっただけだ。有難う。」


まだどことなく靄がかかったような思考の中、まとまらない考えを無理やり、それこそ折り合いでもつけるように結論にたどり着かせる。今まで、自ら相手の領域に踏み込まなければ特に危険な事はないのではないかと漠然とした、何の保障もない自信のようなものがあったが今回の襲撃でそれが見事に否定された形になった。

十年前に奇妙な存在と遭遇し、つい最近アパートを破壊され居場所を失ったにもかかわらず随分と楽観的な、または短絡的な行動をしてきたなと、榊は自分の事ながらこの期に及んでも他人事のように自身に呆れていた。


(覚悟を決めろ、か・・・)


あの時の言葉が脳裏をよぎる。


(一体なんの覚悟やら)


そう自問するが薄々気付いていた。


(いや、全てに、だな)


先ほどの大笑いとは打って変わって彼は微かな笑みを浮かべる。


「覚悟を決めていなかったのは俺だけってことだな。」

「ん?」

「いや、何でもない。それじゃあ、好意とお言葉に甘えさせてもらおうかな。」

「ちょっと!何だか今別のニュアンスを感じたんだけど?厚意だからね!」

「好意だろ?わかってるって。」

「それ絶対わかってないときの答え方じゃない!」

「大丈夫大丈夫、俺はちゃんとわかってるほうだから。それより俺は今一わかってないんだよね、破滅種の事。もう少し詳しく教えてもらえると助かるんだけど。」

「何話をはぐらかそうとしてるのよ。大体今更じゃない。」

「俺が知ってるのは遥か昔に対立していた事と一度消えて急に出てきたってことだよ。それ以外のことはほとんど何も知らない。」


榊とペルを除く皆が顔を見合わせそれぞれ困った表情を浮かべる。どう伝えていいか躊躇っているようだった。実は、と前置きをして椿が話す。


「私達も殆ど知らないの。いえ、私達だけでは無く現役の覚醒者で知っている者はいないかもしれない。」

「は?」

「器用に隠れておる、と言う事だ。破滅種の連中はな。」

「師匠は、何かご存知ですか?昔、覚醒者と旅をしていたと聞きましたけど。」

「確かに旅はしていたが、さて。何を話せばいいのやら。そうだな、まあ結論から言うと、わしらも破滅種を直接見たことはない。旅の理由もわしを連れ出した連中が欲しがる武器の製作に必要な材料を探すためだったしな。覚醒者が使う武器は特殊な製法があるし材料も特殊でな。わしらドワーフはその特殊な鉱石を見分けることができる、こればっかりは他の種族では変わりがきかんからなぁ。」

「まじか。師匠が知らないなら誰も・・・あれ?でもあのレイニーって言ったか、あいつに話しかけてなかったか?知ってるのかと思ったぞ。」

「直接は知らん、と言ったぞ。もっとも噂話、と言うか人伝に聞いた話程度だがな。」


空になった酒瓶を床に置くと、のそりと椅子から立ち上がり棚に乱雑に置かれた酒瓶を無造作に手に取り栓を抜きそのまま口にする。光で輝く酒を楽しむようにゆるりと酒瓶を回している。


「知っての通りわしら亜人は元々は破滅種に作られた存在でな。ああ、勘違いするなよ。あやつが作ったわけではない。」


ペルは話を続ける。それは亜人の誕生にかかわる話。


「伝承、と言うやつだな。破滅種は様々な種族を作っては何かしらの実験をしていたそうだ。これは奴らが史上から姿を消す前が最も盛んだったそうだ。そして奴らは数多の種族を生み出し地球の歴史から姿を消した。」

「それは現在のヒトに対抗するためだったんですか?」

「さあのぉ。そもそもが奴らが何故多種族を作ることに躍起になっていたのかも謎だしの。実は実験をしていた、と言ったがその痕跡は見つかっておらん。あくまそう伝え及んでいるに過ぎない。」

「じゃあ他に目的があったってことか。それにしても生物を丸ごと創るとかなんて奴らだよ。」

「一説によるとお主らの神と同等の力を持っていたそうだぞ。もっとも、それも過去の話で今は当時の能力の半分も持ち合わせておらんようだな。」

「あれで半分もないとか冗談きついぜ。本来の力を持っていたら対抗できないぞ。」

「・・・する必要はないのかもな。」

「ああ?何いってんだ?奴らは敵だぞ。倒さなきゃいけねーんだよ。」

「本当に敵か?」

「お前現に襲わてたじゃねーかよ!」


榊は頭をかきむしり何かを伝えようとするが上手く言葉に出来ないようだった。将の苛立ちを軽くあしらいながらも考えをまとめようと思考をフル回転させる。


「なんつーか、俺が襲われたのはあくまで俺個人の問題で覚醒種と破滅種の間の問題じゃないと思うんだ。」

「何いってんだお前。」

「どう言うこと?」

「破滅種ってのは実はあまり活動して無いんじゃないかと俺はにらんでる。」

「ほう。」

「問題起こしているのは亜人だろ?亜人が勝手にやっている、もしくは亜人を利用している者がいる、と。なあシェリー、コボルトはあの時まであんな近くまで来なかったんだろ?」

「そう、だね。少なくとも私達は聞いたことないかな?」

「だろ?」


食べ物を胃に入れたおかげかは定かではないが徐々に榊の考えははっきりとしたものになっていく。それはあくまで仮説であり証拠らしいものはなく状況証拠程度の情報からしか導き出したにすぎない。だがそれでも最初は何を馬鹿げたことをと茶々を入れながら聞いていた皆も次第に榊の説明に耳を傾け彼の仮説に真実味を感じ始める。今の彼らにはそれを断定する事は不可能だがおおよそ、榊の仮説は真実を捉えていた。


「それが事実なら、いや、確かに思い当たる節があるのも事実だが、それなら今の覚醒者の存在自体が相当歪なモノになるぞ。」

「全部が、とは言わないさ。現に覚醒者以外じゃタリスマンは反応しないんだろ?」


降り注がれた災いを拭い去るように天を仰いで顔を撫でるとペルはまだ並々と残っていた酒を一気に呑み干すと深いため息を漏らした。停滞していた覚醒者の間に新たな風が流れ込み始めている事を実感し、年甲斐もなく沸々と沸き起こる熱に身震いする。

目の前で語り合う若者達の声を遠くに聞きながらペルはまるで熱を冷ますように酒瓶を手に取り口へ運ぶ。覚醒者や破滅者に特別な思い入れがあるわけではないが、それでもヒトの歴史が動き出した瞬間に立ち会えているであろう状況に心が揺さぶられないと言えば嘘になる。

そして密かに決めた事がある。未来ある若者達への僅かばかりだが自分にできる最大の贈り物。ギルドへの不信感から何年も手掛けてこなかったが彼らの身を守る為にならその技術を奮うのも悪くないだろうとぼんやり考える。酒瓶に伸びる手を止めると椅子を軋ませその大きな体をのそりと動かし、酔ってはいてもしっかりとした足取りで部屋から出ようとする。それに気づいた椿が声をかけた。


「師匠?」

「ん?」

「急にどうしたんですか?」

「なに、ちょっと思い立ったことがあってな。暫く工房に籠る。」





















「郷がどうなっているかは、正直分かりません。」


彼女はそう話し始めると荷袋からこぶし大の鉱石のようなものを取り出し皆に見せる。それは榊達が持つ物と形も大きさもよく似ており違うのはこちらの珠は淡い緑色をしていることだった。


「彼らが探しているのがこの鉱石です。『キー』と呼んでました。」

「綺麗な色ね。何なの?」

「わかりません。古くから郷に伝わるものとしか。」

「触っても?」

「・・・ええ、かまいません。」


しげしげと覗きこむ苑園を尻目に結城はこの不思議な鉱石を手に取り、思わず微かな驚きの声を上げる。


「何?」

「いえ、思ったより重かったので。ですがそれ以外は特に変わった所はないようですが。何でしょうね?」

「鉱石の専門家にでも見せれば・・・わかるわけ無いか。」

「ですね。」


有難うございますと、優しい笑顔で丁寧に鉱石をリリーへ返すと結城は助けを求めるように地面に座り込む南条へ視線を移すが、ヘビースモーカーの彼が煙草も吸わず黙っているのを確認すると助言を得られない事が確信する。

少し悲しそうな表情を浮かべ、リリーは寝息を立て始めたナスターの髪を撫でながら当時の事をポツリポツリと話し始める。

いつもと変わらない一日が始まると信じて疑わなかったあの日を。






その日の早朝、集落に一人の男がふらりと現れた。見た目は普通の人間だが身にまとう異様な雰囲気がエルフたちへ極端な警戒心を与えた。ただでさえ人族が訪れることなど殆どないこの地にそのような人物が姿を現せば騒ぎになるのは無理ないだろう。

集落の中心まで来ると男は周囲を見渡し下卑た笑みを浮かべる。両手を大袈裟に広げコートをはためかせ威嚇の様な仕草で自分を遠巻きに見る者をからかう。ビクリとした者が視界に入ったのか声を出さずに笑っていた。

騒ぎを聞きつけ集落の長が姿を現す。見た目はまだ20代の若者の様に見えるがこれでも既に二百年以上生きている。エルフ族は二十歳位までは通常の人間と同じ様に肉体的にも歳を重ねるがそれ以降は成長を止め死を迎える二十年位前から徐々に老化が始まりその身が朽ちてゆく。ある意味、自分の死期がわかっている為か非常に効率的に知識や技術の継承が行われていた。


「どうやらアンタがここで一番偉いみたいだな。ちーとばかし、」


それはあまりにもいきなり過ぎた。おそらく状況を理解できた者は一人もいなかったであろう。だが当の本人はあくまで冷静に、そして冷徹に、それが当然の行動と信じて疑わず、男の言葉を遮り渾身の一撃をその顔面へ打ち込む。殴り飛ばされ、民家の塀を砕き瓦礫に半身埋もれた男から視線をそらさず、長は傍らに控えている仲間から自分の身長ほどの弓矢を受け取ると何の躊躇いもなく瓦礫に埋もれる男へ魔力がこもった無数の矢を打ち込む。が、光り輝く数多の矢は魔法陣の様な障壁で遮られ男へ届かずにいる。


「ヴィルナラか。」

「いんや、なんならへティカルでもないぜ。」


瓦礫をどかしのそりと起き上がると男は服に付いた土埃を払い落としながら口角を上げて笑みを浮かべる。それはどこかわざとらしく威嚇しているようにさえ見えた。


「・・・何者だ。」

「人の言葉を遮ってそれはないだろう。それにそんな事はどうでもいい事だ。ここに『キー』があるだろ?それを貰いに来た。予め言っておくがお前らに拒否権はないからな。あれは本来人の手に渡るべきものではないのだからな。」

「我々は人ではないが。」

「そういう意味じゃねえよ。ま、渡す気がないのならそれはそれで構わねえけどな。」


長は小声で何かを呟く。それは真横にいても聞き取れないほどの小さい声。その事に男は当然の様に気付き、またそれが何を意味するかも理解したようだった。締まりのない笑顔を浮かべ続けていたその顔はため息と共に沈んだ表情へ変わっていた。

男はつまらない事をと呟くと両手を斜め上空へかざすとこちらも不可解な旋律を唱え始める。












「私は、結果を知りません・・・。長の伝言でこの石を持って森を抜けたら気付いたらこの国の朽ちた家がある山の中にいました。」

「朽ちた家?」

「はい。赤い、とは言ってもかなり色落ちしてましたが二本の柱と梁で出来た大きな門のような物がある不思議な場所です。精霊もいないのにとても生命が溢れている場所でした。」

「鳥居と神社でしょうか?」

「それっぽいね。まあ確かにあたしら日本人からしたら神秘な場所だが、なんだってそんな場所に転移されてるのかねぇ?それで、伝言ってのはなんだい。」

「ある人物を訪ねるように、と。その者はこの世界のシステムの外側にいる。だからこれはその者が持つのが一番安全だから、と。」


大人達が顔を見合わせているのを気にも止めずにリリーは妹の髪を撫でる手を止め、視線は落としたままポツリと名前を呟いた。


「その者の名前は、葵総一あおい そういちと言うそうです。へティカルの一人で今は東京に住んでいると。ご存知ないですか?」

「・・・いや、聞かない名だね。」

「そもそもシステムの外側と言うのはどうゆうことなのでしょうか。」

「わかりません・・・。」

「この世界は誰かがプログラムした理の中で動いている、と我々は考えている。摂理や道理はその結果に過ぎないと。」

「仮想世界、とでもいいたいのか。とても忍者の末裔とは思えない考え方だな。」

「だからこそ、だ。我々が使う技や技術は読み解いた理を元に実行しているに過ぎない。不確かではあっても、この世界にシステムがあることは理解している。」

「ちょっとまて。じゃあこの世界は本当に何かのシミュレートとでも?」

「不確かといっただろう。」

「おい。葵総一と言ったか。」


それまで死んだように煙草すら吸う事が出来なかった南條が怪訝な表情で顔を上げる。右ひざの手を乗せ、のそりと立ち上がると、まだふらつくようでガードレールに寄りかかるように腰を預け懐から煙草を取り出すと火をつけ深く吸い込む。吐き出された紫煙はゆっくりと立ち昇り暗闇の中に消えていく。


「その名前に聞き覚えがある。」

「本当ですか!?」

「ああ。だが嬢ちゃんの訪ね人かはわからんがな。今は確か28くらいになってるか。」

「その方は今どこに!」

「ちょっと待ってろ。」


少し気怠そうに、南条は煙草を揉消すと懐から携帯電話を取り出し何処かへ問い合わせているようだった。口調から後輩にでも電話しているのかとみなは思ったようだが結城が言うには所轄の自分たちではあまり相手にされない警視庁本部らしかった。少し不穏な発言はあったもののどうやらこちらの要望は聞き入れてもらえたようで、折り返しを待つことを皆に伝える。

咲が、残念そうに、少々落ち着かないそぶりをみせるリリーの髪を撫で今日はもう休むことを勧めると、皆に移動の準備をするよう促す。タイミングよく、と言うよりはおそらく森の奥にヘッドライトの光が見えていたのだろう、一行の目の前にマイクロバスが停車する。


「さて、一旦帰ろうかね。」


車を出してくれた桜木にお礼を述べ、一行は次々に乗り込む。余程疲れていたのか一番奥の長椅子に座り込むとリリーは早々に寝息を立て、そのまま横になってしまった。彼女と対になるように、背負っていたナタリーを寝かせるとレフはその大きな体では少し窮屈そうにしながらも座席へ体を預け溜息をもらす。


「で、その葵総一ってのは何者だい。」


エルフの娘が寝静まったのを確認すると、咲が通路を挟んで隣に座る南條に尋ねる。


「俺もあまり詳しくは知らん。ただ、妙な事件の容疑者、いや、被害者というべきか。まあどちらにしろ重要人物だったらしい。」

「なんだいその歯切れの悪さは。」

「仕方ないだろう。当時は訳も分からず聞き込みをさせられていたからな。」

「あんたらしくないんじゃないかい、そうゆうのは。」

「まあな。だが、あれは、あの時は普通の捜査方法じゃあなかったのは確かだ。俗っぽく言やぁ、超法規的、とかな。まあ何にせよ、現場の人間は誰一人事件の内容を把握しちゃいなかったろよ。俺らを指揮している連中でさえな。」

「なんですかそれ。そんな話聞いたことないですよ。」

「だから言ったろ。超法規的、てな。かなり徹底的に情報の規制がされていたはずだ。実際、捜査に『関わった』人物はおそらく30もいないだろうしな。おまけに誰が関わっているかも知らされていないしな。命令は一つ。葵総一のクラスメイトの一人から何か聞き出せ、てな。笑えるだろ?たった一人から何でもいいから聞き出せって命令だぜ。」

「警部、よく黙って受けましたね。」

「・・・普段偉そうにふんぞり返ってる署長から震える声で電話の紹介されたら受けるしかねぇだろ。」

「・・・ああそう言う・・・」

「何のことだ?」

「つまりわけわかんないくらい上からのお達しってことだよ。警部も意外と権力に弱いところあるんですね。」

「馬鹿野郎。それだけ署長のあの反応は異常だったんだよ。」

「それで?その事件はどうなったんだい?」

「お蔵入りだ。ま、今ならわかるがな。あれもあんたらが関わってたんだろ。」

「さあどうだろうねぇ。いつの話だい。」

「十年前だ。後で知ったが高校生が乗った修学旅行のバスが何者かに襲われたらしい。唯一無事だったのが、葵総一だ。で、俺の役目は・・・」

「ちょっと待ちな、十年前だって?」

「・・・何か知っているのか。」

「いや、たいしたことじゃ、なくはないか。当時、少なからずあたしらの業界で話題になった事件があってね。それが一人の高校生に破滅種が接触したんじゃないかってやつさね。今もそうなんだけど、実は直接破滅種と接触したやつなんていなかったからねぇ。」

「・・・今更だが、いろいろと歪んじゃいねぇか。そちらの世界は。自分らの敵をまともに拝めねぇってのはどうゆこった。」

「何言ってんだい。歪んでいるのはどっとも一緒さね。それに、敵は破滅種でも表立って、まあ裏なんだが、とにかく活動してるのは亜人だからね。正直な話、あたしらの中で破滅種イコール亜人になってるのさ。」

「まあいい。で、葵総一につてはそちらが詳しそうだが。」

「あんたも知ってるだろうけどあのバスに乗っていた乗客は葵を覗いて全員が幼児化みたいに記憶を失っていた。で、肝心の葵は覚醒種でもないただの一般人って話だった。嘘か本当かはともかく、少なくとも葵家の者が覚醒種であった記録は一度もなかったらしいさね。」

「その一族がって話は間違いないのか?」

「これに関しては間違いないさね。なんせ覚醒種ってのは一種の血統さ。遺伝する可能性が高いから過去一度でも覚醒種の力が発現した者がいる家系なら記録に残される。」

「じゃあ葵総一って男はその覚醒種じゃないってことか。」

「その筈、なんだが、破滅種にしろ亜人にしろその男にだけ何もせずに去ったってのが気になるのは事実だからね。だから当時はざわついたんだが。結局詳しく調べる前にその男の行方は判らなくなったって話だったね。」

「それは意図的に調べなかったってことではないですか?」

「こっちも似たようなもんだったな。クラスメイトに話を聞いて終わり。もっとも何も覚えてない子供みてぇな状態で何も聞き出せちゃいなかったが。報告以降何の音沙汰もなしだ。事件性はあるが奇妙なうえに人死にもでちゃいねぇからな。暫くたったらすっかり忘れてたぜ。」

「あたしもすっかり忘れてたねぇ。だがそうかい、そこにつながってるのかい。」

「なんだ?」

「十年前の年の初めに生まれたの最後に、覚醒種の誕生はないんだ。元々生まれにくくはなっていたがあの年を境にぴたりと止まっちまった。動き出したのかもしれないねぇ。」

「何がだ?」

「そんなの決まってるだろ。歴史がさね。」


面白くなさそうに鼻で笑う南條とは対照的に結城は心の底から今の状況を楽しんでいるような笑顔を浮かべていた。その横に座る賀茂は相変わらず表情が読み取れないが何かを吹っ切れたのかどことなく表情が明るくなっている気がした。

見知らぬ土地で繰り広げられる異常な現実にレフは徐々にではあるがかつての自信を取り戻しつつあることを自覚していた。おそらくブノワに話しても信じてはもらえないだろうと思いつつも必ず伝えなければと決心していた。自分たちが見ていた闇は真実ではなかったぞと。


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