三十五話
彼女は自分の未熟さと無力さを嘆いていた。
故郷で味わった悲しみと虚無感が再び自分の中を支配するのを実感する。それに加えて後悔も。何も言わずに力を貸してくれた二人が今まさに彼女の目の前で殺されそうになってるのにそれを防げない事に深い悲しみが込み上げ、必死で矢を引くが効果は出ず焦りから羽根を掴む指に力が入りすぎる。羽根は、紅く染まっていた。
こぼれ落ちる涙で視界は歪むがそれでも矢を外さないのは流石としか言いようがない。仕留める事が出来ずとも二人を襲う攻撃を減らす事は出来る。だがそれが出来るのももう残りわずかになっている。二人が倒れると彼らが守る幼い妹も無事では済まないだろう。彼女の中で膨れ続ける恐怖心に、彼女は初めての絶望を感じていた。
術者さえ倒せればと思い林の奥に身を潜めた術者を何度か狙うも彼の従者により阻まれる為、諦めるしかなかった。何より術者曰く、自分が倒れてもゴーレムたちの動きは止められないとの言葉が、彼女が術者を倒すことを諦めさせた。
女性が膝をつき、男性が彼女を気遣う様に声をかける。幼い妹は精霊の声を聞こうと懸命に祈るがその身は小刻みに震えている。
もうだめだ
絶望の縁に立たせられた彼女は羽根を掴む指を緩ませ遂には狙う事さえ止めていた。と、彼女の大きな耳が何かに反応する。咄嗟に大声を張り上げる。
「みんな伏せて!なにかくる!」
振り下ろされる拳を銃弾で打ち上げたレフはその場にしゃがみ、片膝をついていた咲は自分の下にナスターを潜り込ませた。
直後、三人の上空を雷光の如き青い光が通過する。大気を打ち鳴らしたような音を立てて。直線状にいたゴーレムと騎士はその光に巻き込まれ数体は半壊し一部を消し飛ばされた者は失った箇所を取り戻すかのようにその動きを止めていた。
「精霊術!?」
「たぶんちがうよ!似ているけど彼らの声は聞こえないもん!」
「何にせよ一旦この場を離れるぞ!囲まれたままじゃなにも出来ん!」
驚いたのは彼等だけではなかった。身を潜め、目の前で人が嬲られるのを心待ちにしていたその男は驚き、光の出所を探ろうと視線を林の奥へ向ける。当然、闇に包まれている林の奥を見る事など出来る筈はない。が、だがそこには確かに人の気配があった。
そしてそれが気の所為でないことを知った時には既に遅かった。彼の首を絞め上げる逞しい腕は気道を押さえ呼吸はままならず捻じ曲げられた左腕は痛みで気が遠くなりそうだ。腕の持ち主がゴーレムを止めるよう囁くがこの窮地でさえ彼は乾いた笑い声をあげるのみだった。
その理由は直ぐに明らかになる。
彼を抑える賀茂の背後から襲いかかる黒い影。彼は浜拷を抑え続けるのを諦め彼を突き飛ばすように自分もその場を離れる。見ると今まで自分いた場所には大きな斧が振り下ろされていた。斧身だけで人の背丈の半分ほどのその斧は全体的に黒く銀色の奇妙な装飾が施され片方は斧としての刃が付いているがもう片方は何かを挟むような、鉤のような形状をしている。剣を捉え折る役割でもしているのかもしれない。斧を持つ騎士は人より少し大きく全身を漆黒の西洋鎧で身を固めている。あまりにも滑らかに動くため言われなくればゴーレムと気付かないだろう。
「随分と時代錯誤な状況だな。いや、奇怪な、と言うべきか?」
「いやいやいやいや、ないでしょこれは。」
「南條は?」
「あっちで一発撃ってへばってる。」
「なんだ、まだ使い慣れていないのか。」
「無茶いいますね。あれはそうそう慣れるものじゃないことぐらい君でもわかるでしょうに。」
「あの男なら或はと思ったがな。だが短期間でこの威力は流石、か。」
「で、どうします?」
「潰すだけだ。」
無駄口をたたく二人に漆黒の騎士が襲いかかる。巨大な戦斧を横に薙ぎ払い邪魔する者を排除しようとするが二人はなんなくそれを躱す。が、剛腕により繰り出された衝撃が見えぬ刃として大気を切り裂き周囲の木々を切り倒す。力の流れを感じ取った賀茂に蹴り飛ばされるような格好になった結城は辛うじて切断を免れていた。
「なんて物騒な。しかしいいですね。だんだんそれらしくなってきました。」
「お前、嬉しそうだな。」
「当たり前じゃないですか。男子たるもの誰でもこういう状況に憧れてるんだから。」
「誰でもってことはないだろう。現に俺は憧れなどない。」
「だって君は普通じゃないですし。」
確かにと呟く賀茂の口元は笑っていた。
憧れはない。が、この状況を楽しんではいる。今までは悲劇を見ても、その場に居合わせても手を差し伸ばすことは出来ないでいた。千年以上前の取り決めを律儀に守り続ける事に疑問も後悔ないがそれでもやはり思うところはある。南條たちと行動を共にし、ある意味枷が外れたような今の状態を受け入れ楽しむ自分に、賀茂はどこか戸惑いを覚えていた。
「一体、何者なんです?あなた方は。見たところ私達とは違う一般人のようですが。」
「気にするな。ただの関係者だ。で、気持ちの悪いお前はなんだ?」
「初対面で気持ち悪いとは随分ですね。これだから嫌いなんですよ、あなた方みたいなタイプの人間は。」
「奇遇ですね。僕も貴方の様なタイプの人間は嫌いです。こそこそ裏から企てているような人間はね。それにその喋り方は止めてくれませんか。僕の品性まで貶されそうです。」
まるで恨みでもあるような視線を結城に向けた浜栲はその視線とは対照的にうすら笑いを浮かべ口元を緩ませる。そして二人の前に、再び漆黒の騎士が立ちはだかる。
「そのゴーレムは特別製なんです。苦労してやっと見つけた材料で作ったもので、まああなた方なんかにどうこうできる代物じゃないですけどね。元々邪魔な連中は死んでもらうつもりだったので死体が増えようが関係ないんでね。」
「結城、お前は向こうを手伝ってやれ。こっちは一人で十分だ。」
「調子に乗るなよ一般人!」
「何だ?思いの外、素が出るのが早かったじゃないか。」
「ああ、僕の言う事聞いてくれたんですね。なんだ案外素直な方ですね。」
「煩い!」
舞い上がる落ち葉と土煙。漆黒の騎士の突進はそれらを置き去りにし二人を襲う。それは非常に速く、また陽の落ちた林の中では防ぐことは至難の業だろう。だが、賀茂はそれよりも速く動く。いつの間にか脇に携えた刀の鞘と柄に手をかけ姿勢は低くし、普通なら三歩で進む距離を利き足の左足だけで彼はその距離を詰める。いつ抜かれたか分からない刀は漆黒の騎士の足をすくい上げ勢いの付いた騎士はそのまま木の根へ突っ込んでいく。
「魂の無い者が魂を込めた技に勝てると思うなよ。」
「言いましたよね。そいつは特別製。そんな刀なんかでどうにかできる素材ではない!」
「援軍なのか?」
「あたしら以外に戦えるものはいないはずだがねぇ。まさか桜木さんのわけないしねぇ。」
「でも助かりました。おかげで何体かは破壊できたようです。」
「ありがとうね、ナスター。」
誇ったように笑うナスターをレフは後ろに隠すと林の奥から出来ていた男に銃口を向ける。その表情は険しく強い警戒心を表していた。両手を上げ、困った表情で彼は話しかけてくる。
「ああ、すみません。僕は警察です。それよりこいつらを先に片付けません?」
「なんだって警察がこんな場所まで来てんだい。」
「いろいろ事情がありまして。あとで説明しますので取り合えず銃口をこちらに向ける止めてもらえるように説得してもらえませんかね。」
「だってさ。」
「バッジは?」
「あいにく今は休暇中でして。」
「それを信じろと?この状況で?」
「ですよね。では、勝手にやらせてもらいます。」
言うが先、破壊を免れ元の姿に戻りつつあるゴーレムに標準を合わせ少し重めの引き金を引く。普段使い慣れているものとは明らかに異質の銃声と反動。痺れた手首と衝撃を受けた肩に嫌な違和感を覚えつつ結城は顔をしかめいつもの倍の大きさの銃をレフへ投げ渡す。成果は、それなりに有りはしたのだが一発撃つだけで手に痺れを残すようなものを使い続けるには彼には少々荷が重いものだったのかもしれない。
レフは慌てて次々と投げ渡されるスピードローダーを受け取るがその顔は少し嬉しそうだった。銃の扱いを諦めた結城はバッグから両端に錘の付いたワイヤーの様なものを取り出しほくそ笑む。
「S&Mとはな。日本の警察には必要ないだろうこんな銃。」
「差し入れです。他にも色々ありますよ。僕では取り扱えないものでも貴方なら問題ないでしょう。」
「男ってのはホント、おもちゃが好きだねぇ。無駄口叩いている暇があるならこの人形たちも片付けな。あたしはもう限界なんで少し休むから。」
「お任せを。というわけで、そこの小さな二人のお嬢様も戦力に入れていいのでしょうか。」
「構わん。むしろこの子達の方がメインの戦力だ。」
「なるほど。何となく理解しました。宜しく頼みますよ。」
「さっきのは!さっきのは、もうないのですか・・・?」
リリーは自分の声の大きさに驚き、後半は消え入る様に声を出す。目の前でもう安全とばかりに呑気に繰り広げられている会話に憤りと戸惑いを覚え思わず大声を出してしまったが先程の光が何なのか好奇心から聞かずにはいられなかった。怯えと期待が入り混じった複雑な金色の瞳が結城を見つめる。
「多分、もう無理ですね。あちらで力尽きてましたから。申し訳ないですがお二人の力を当てにさせていただきますよ。」
「誰が力尽きてるって?」
「おや?もう大丈夫なのですか?」
「当たり前だ、と言いたいところだがどうにも無理だな。頭がガンガンする。まあ奴らの邪魔くらいならしてやるさ。」
「あんたも警察なのかい。さっきのは何なのさ。」
「今は休暇中だ。さっきのは、まあなんだ、後で説明してやるよ。ちなみに俺はこいつと違って日本語以外は喋れないからな。」
「りょーかい。で、どするさね?」
「ああん?そんなもん決まってるだろ。」
「だね。じゃああたしらは精々邪魔にならないよう思う存分邪魔してやろうかね。」
「彼は何と?」
「好きに暴れなってさ。」
意外な事実に賀茂は少々戸惑いを見せていた。だが確かに思い浮かべても生身の人間、もしくは生物以外と戦った経験などなく相手が無機質の場合、このような反応になるとは思いもよらなかったが、よくよく考えるとなるほどと理解はしてしまい妙に納得出来る。
賀茂の剣術家としての実力はおそらく国内でも対抗できるものはいないほど練成されておりまたその技は人を殺める事へ特化し磨き上げてきたものでもある。故に、と言っていいのかは分からないが人や生物を如何に素早く、正確に屠る事が前提にある以上、その技は生物の欠点を突く為、その欠点が生物のそれと違う場合は磨き上げた技術が意味をなさない。賀茂はそこに戸惑いを覚えていた。
「なるほど。こうなるのか。」
独り言として呟いた言葉を浜拷は聞き逃さず声を出さずに奇妙な笑い声を口元から洩らしながら自分が造った最高傑作の性能に彼は酔いしれている。
漆黒の騎士は相変わらずその動きが鋭く賀茂は躱すことで精一杯に見える。生物の動きとプロセスが違うのか奇妙な違和感に賀茂は微妙な調整を余儀なくされる。躱した筈の斧は遅れて彼の体を掠め予測で通過する軌道は通らず思いがけない線を通過する。たぐいまれな戦闘センスと長年培った経験でその全てを躱して見せる。足場の悪いこの地でとてもそんな場所で闘っているとは思えない動きで彼は退き、または懐に潜り込むように避け、紙一重で横切る斧の刃を注視する。刀身は抜かず、右手は常に刀の柄を握りしめ確実な一瞬を待ち続ける。
「さて。抜刀の最大の利点、お前の目にはどう写る?」
こちらの動きに反応している以上、見えていると判断するのは当然だがそれが事実かは定かではない。あくまで仮説の話であり何の確証もない。なにより生物ではないあれ等に見るという感覚があるのか疑問ではあるが。
抜刀術の最大の利点は抜刀のタイミングを悟られない事。もともと視覚で反応しているのか分からない相手にどこまでそれが通用するのか、賀茂はそれに興味を惹かれている。試したいと思う感情、それは初めての経験であり馴染みのない感情に、彼の口元は緩む。
最短かつ最高の速度の為に彼は軸足に力を込め呼吸を整える。視線は落とすが相手のつま先が確認できればそれでいい。つま先の僅かな動きで全体の動きを把握するのは造作の無い事だ。人であろうとなかろうと、足があるのならばまず最初の動くのはそこなのだから。
賀茂の中で静寂が広がる中、漆黒の騎士のつま先がピクリと動く。
刹那、賀茂も動く。経験と鍛錬が支配する彼の肉体は後手を先手へ変え大気と金属が割れる音が振動となって周囲へ飛散する。
宙を舞う斧を持つ漆黒の騎士の腕を何が起きたのか理解できないまま浜拷はただ見送る。それが地面へ音を立てて落ちても彼は気付かず動きを止めた騎士が情けなく倒れる事によって初めて事態の理解に取り掛かっていた。
体の芯をぶれさせず一足飛で縮められた距離。対面している者、或はそれを近くから見た者にはその距離は無かったことになっているような錯覚へ陥る。ゼロからトップギアへの急速な速度での移動は人の脳の処理速度程度では補整できず人の目には消えたように写る。無論、速さだけの問題ではないのだが。
「どうやらその人形にも人の理は通じるようだな。たまには敵の言葉を信じるのもいいもんだ。特別製と言ったか、つまりそいつだけは他の人形と違う原理で動いていると、そう言う事か。」
「ふ、ふざけるなぁーーー!なんだ、それは!その動きは!お、お前は何者だ!関係ないなら俺たちに関わるな!」
「関係なくはないな。一応、当事者のつもりだ。もっとも、俺は覚醒種でも破滅種でもないがな。まあお前みたいに能力にかまけて鍛錬を積まなかった連中になど遅れを取るつもりもない。」
くそくそくそと罵声を出し続ける浜拷は騎士をも罵倒し切り落とされた腕を投げつける。さっさと立つように急かされまだ復元できない腕で上手く立ち上がれないがそれでも従順に従う騎士はどこか哀れみさえ感じる。漆黒のその身はこの暗さでははっきりと見えはしないが差し込む光で元の姿を取り戻す過程は見て取れる。流砂の様に滑らかに、かつ正確に本来の姿へと変わるそれは見るものによっては心を奪われるかもしれない。
抜き身になった刀を握り直しながら賀茂は騎士の立ち上がりを待つ。その姿は仕合でもしているかのようだ。武士道と騎士道、どちらが上かを決めるように彼は佇みそっとまぶたを閉じその時を待つ。相手は無機質なゴーレム、騎士道などとは無縁の存在だが賀茂にとって刀で闘うと言う事はどんな相手であれ礼節と敬意を払う事を心がけている。それは相手の為ではなく己の魂のためだ。
浜拷が何かを言っているが既に賀茂には彼の言葉は届かない。瞼を閉じたままにじり寄り既にお互いの間合いに入っている。神経は研ぎ澄まされ騎士の一挙手一投足に集中する。感じない気配を大気の震えで感じ僅かな動きをその体から発する微かな音でなぞる。
先に動いたのは騎士だった。いや、動くのを待ったと言った方がいいだろう。賀茂の流派は後手を得意としているのだから。胴を狙い薙ぎ払われる戦斧を受け流し上方へ軌道をそらすがそれが悪手であり自分が闘っている相手が人ではない事を痛感させられる。
通常ならこの巨大な斧ならば軌道さえずらせば修正は出来ず大きく開いた上体への一太刀で全てが終わる。だが人ではない目の前の騎士はいともたやすく跳ね上がった斧を再度賀茂の頭上から振り下ろす。人の体の力と耐性では絶対に無理な芸当だ。紙一重で躱した斧は落雷の様な轟きと共に地を抉り礫と土埃を巻き上げる。後方に跳びながら礫を刀で弾き追撃に備えるが既に騎士は土埃を搔き分け突進してくる。
斧と刀、二つの鍛え抜かれた武器が火花を散らす。広範囲に及ぶ斧の斬撃と反応すらままならない刀の斬撃、一方は強力な威力を持ち一方は尋常ならざる鋭利さとしなやかさを併せ持つ。斧の斬撃を躱してもその威力で巻き込まれ骨身を粉砕される。その威力を刀一本で打ち消し自分の間合いから神速とも呼べる速さで反撃するも異常な動きで斧に弾かれる。
その速さと威力で二人の戦士を中心に大気の振動と地鳴りが鼓膜を震わせる。流れる太刀筋はまるで流星の如き光を纏い暴れる斧刃は雷光を彷彿させ、固唾を飲んで見つめる浜拷は自分が握りこぶしを作っている事にすら気付かないでいた。
巨大な斧は十字に空を斬らされる。対象は既にその場を離れ騎士の左側に回り込み格子状に斬りこむが傷一つ付けられない事に多少なりとも焦りを感じている。初太刀の時のように距離と速さを作れない接近戦では賀茂の技術をもってしてもこの漆黒の騎士の鎧を切り裂くことは叶わないようだった。
(硬いな)
今まで感じたことのない手応えに最初は戸惑いもあったが如何にして切るかを考え始めている。
(この硬さなら押して斬るのは無理だな。折れてしまうだろう。かといって引いて斬っても効果なし、か。しかしなんだこれは)
妙な気配を感じる、と賀茂は怪訝に思う。
鳩尾より若干下に賀茂は奇妙な気配を感じていた。それがこの騎士のゴーレムとしての核になるのだが当然、賀茂にはそれは分かりはしない。更に言うならばあくまで鳩尾より下と感じるだけで小指の爪ほどの大きさしかない核の正確な場所まで特定したわけではなかった。
(・・・試してみるか)
身を屈め、突進と同時にすくい上げるように下方から騎士を跳ね上げる。勿論、この巨体を本当に跳ね上げる事などできはしないがそれでも態勢を崩す事くらいできる。僅かばかりの時間を、稼ぐ必要があった。
刀を胸元で水平に、瞼をそっと閉じ彼は二本の指をそっと刃に添わせると鍔から刃先へ真言を唱えながら移動させる。五行と四神の力を借り刀に一時的に効果を付与する。代々伝わる陰陽師としての力、ではなくあくまで賀茂自身が学び習得した技術だ。その性質は精霊術と似ており自然界にある力を取り込み具現化させる。ただ、精霊術と違う点は力を強制的に固定化、隷属化させ己の支配下に置くため術者によっては自然界の力に災いを向けられるほどひどく嫌われている者もいる。
幸か不幸か、賀茂は精霊と似た存在の妖に好かれているようでその力を賀茂本人に向けられたことは無い。陰陽師の血筋として生まれて唯一受け継いだのはその特性くらいなものでそれすら特段、珍しい能力ではなく賀茂が習得した技術は本人の努力のたまものだった。
体勢を崩していた漆黒の騎士は既に攻撃の準備は整い終えており、斧を振り回しその遠心力で速さと威力を底上げしている。斧が空を斬る音は冷たく、規則正しく鼓膜と腸を震わせる。
賀茂の瞳には己の刀に外法の力が宿ったのを確かに視覚的に認識できている。だがそれは術者である彼以外には認識できない。それが幸か不幸かはわかりはしないが。そんなことを思いながら賀茂はまるでビリヤードのキューでも構えるかのように柄を持つ右手を引き、差し出した左手の指先に刀身を乗せる。体の力は極限まで抜き、筋を極限まで張る。例えばそれは自身の体を刀の発射台として使うかのように、弓矢の弓の如きしなやかさと強さを持つように。
威力と速さを最大まで上げた斧に己の体重と突進力を上乗せして漆黒の騎士が襲いかかる。点で狙いを定める騎士に対し賀茂は線でそれを向かい撃つように奇妙な力の流れを感じる騎士の体の一部に刃先を定める。大まかな箇所しかわかりはしないがその中心さえ狙えればそれでよい。
それは一瞬の出来事。
ほぼ垂直に賀茂を目指し跳躍した騎士は斧を振り下ろすが彼はそれを躱し、刀を騎士の腹部に深く突き刺す。
ゴトリ、と大きな音を立てて制御を失った斧が地を抉りながら転げ跳んでいく。核を貫かれた漆黒の騎士は活動を停止するとその場でまるで砂の様に崩れ落ちていく。
「馬鹿な!有り得ないです!それはタングステンを遥かに上回る物質なんですよ!?そんな細い日本刀なんかで貫かれるはずがない!」
溜まったものを吐き出すように呼吸をすると賀茂は刀を鞘に納める。
「タングステンを上回る、か。出所を詳しく聞かせてもらおうか。」
「終わりかね。」
「みてぇだな。若い奴はこき使うに限るな。」
「あんたいい性格してるねぇ。その考え方は嫌いじゃないが警察としてどうなんだい。」
「動ければ、多少は働くさ。だが今は虚勢を張るので精一杯だ。若いのに格好の悪いところなんか見せてやるわけにはいかないんでな。」
「あたしも似たもんだからとやかくは言わないさね。」
「・・・病か。」
「呪いさ。ただのね。」
「格好つけた代償か。」
「・・・まあね。それよりさっきは助かったさね。もっとも随分、タイミングよく現れた事に裏を読んじまうがね。」
「だろうな。俺だってそう思うよ。ま、ただの偶然だ、次は無いだろう。で、こちつらは何なんだ。俺はあまりこの手の連中が出てくる話には疎いんだが。」
「呆れたね。相手が何者か分からずに手を出したのかい。」
「警察だからな。取り合えず動いてみるのが信条だ。」
「なんだいそりゃ。何かの冗談かい。」
「ただの皮肉だ。で、こいつらは?」
「ゴーレム、ですね。まあ僕が認識しているモノとは随分違うようですが。」
錘をくるくる回しながら南條と咲の会話に結城が割り込む。思いの外、使い勝手が良かったようでゴーレムの足に器用にこの錘の付いたワイヤーを絡ませ転倒させ戦果を上げていた。もっとも止めを刺していたのはもっぱらレフだったのだが。
錘を回す手を止め、砂のようになったゴーレムに近付きしゃがみ込むとそっとその砂の山に手を添えてみる。熱くもなく冷たくもないが人肌にもにた温もりに気味の悪さを感じる。
「人を使っているわけでは無いので安心してください。」
結城のしかめっ面に察したのかリリーが彼に近付くとにかしこまったように佇みそう言葉を投げるがその表情と雰囲気は言葉と対象にどことなく警戒心を感じさせる。
そうなのかい、と微笑みながら返事をする結城に彼女はどう会話を続けるか戸惑っているようで咲が代わりに会話を続ける。
「色々話はあるがまだ終わりじゃないさね。こいつらを使役している奴がまだ逃げたままだ。あいつを捕まえない事には彼女らの安全が保障できないんでね。」
「ああ、それなら・・・」
丁度、賀茂が林の中からのそりと出てくる。何かを引きずっているようだがその正体はボロボロになった浜栲だ。まだ意識はあったようだが自分が造ったゴーレムを全て破壊されている事に気付き気が抜けたのか痛みによるものかはわからないが奇妙なうめき声を上げるとそのまま気を失ってしまった。
「こいつが片付けるから大丈夫ですよ。」
「おや?また懐かしい顔だね。しかし、そうかい。あんたが来てたのかい。」
それにしてもと、浜栲をみて彼女は苦笑いを浮かべる。少しやりすぎなんじゃないか、と。
浜栲の身を案じて、と言うわけではもちろん無くなくこの男の背後関係を知る必要があったからだ。聞き出す前に死なれては元も子もなかった。察したように賀茂は色々聞き出した旨を伝えひとまず落ち着く場所の提供を提案する。
本来の目的を忘れていなくて良かったよと皮肉交じりに呟く南條は木に背を預け既に煙草に火をつけ紫煙と戯れている。余裕がある様に見えはするが実は立っているのもやっとで明るい所でならその顔色の悪さに皆が心配したかもしれない。たった一度使っただけでこの有様に少なからず己への嫌悪感と東雲への怒りを募らせていた。それと同時にあの銃を使い続けても大丈夫なのか不安を僅かではあるが感じ始めている。
もっとも、既に人生の半分を過ぎ、生への執着は徐々に薄れてきている彼が感じる不安とは自分に起こる事象より周りへの影響なのだが。
結城は咲に街灯も碌にない山道の道端に他に三人待たせている事を伝えると彼らは一旦そこまで足を運び桜木家を訪ねる事にした。三人の元へ行く間に軽く彼らの置かれた状況と人となりを説明しておく。三人とも学者であるため身を守るすべがない事、そしておそらく彼らを狙うのは法が通用しないであろう連中であること。
「相変わらず、碌でも無い連中がコソコソ動いてるみたいだねぇ。」
「皮肉な事にそいつらが世界を作ってるからな。世界を創り直そうなんてなんてバカな奴がいない限り変わらないだろうな。」
咲の舌打ちに南條は自嘲めいた笑いを浮かべ幼い二人の少女を見る。二人とも大分、疲労しているようだがナスターと紹介された少女は何処か楽し気でたまに何もない空間に手を指し伸ばしては疲れを忘れたようにクスクスと笑っている。姉のリリーはまだ不安が拭いきれていない様だがそれでも手助けしてくれた人が増えたことには素直に喜びと安堵を覚えている。ただ、やはり困惑をその表情の中に混じらせておりそれを気にしてかレフが頭を撫で彼女の不安を取り除こうとしていた。
暫く林の中を歩くと山道で心細そうに待つ三人と合流する。当然、人数が増えて戻ってきた事に驚きを隠せず街灯も何もない場所に女性二人を置いていく非常識に抗議の声を上げる者もいた。意外だったのはエルフであるリリーとナスターをみてもその愛らしい容姿を褒めただけでエルフである事自体には特に驚きも興味も示さなかった事だった。
さて、気を失いレフに担がれている浜拷も含めると11人とかなりの大所帯となりこのまま移動を続けるのも些か野暮ったいので咲が桜木に連絡を付け車を2台ほど手配してもらう。30分程かかるとの事で誰ともなしに自己紹介を始める。とは言え自分達が置かれている状況を補完する為にお互いの情報の確認のようなものだったが。
そしてこの場で初めて、レフも咲も知らされていなかったリリーとナスターの状況と、彼女達の村が置かれた状況を知ることになる。




