三十四話
「なあ咲よ。これも想定内だったりするのか?」
「知ってるかい?あたしは嘘がつけないんだよ。」
二人の前に立ちはだかるのは巨大な生物。いや、生物と呼ぶには余りにも無機質で非常識な大きさをしている。何よりその表面は明らかに土石の様なもので出来ていた。身の丈は三メートル程であろうか。その大きさと無表情から伝わる冷たさが二人に諦めにも似た焦りを与えていた。
閃光弾によりあぶり出されたゴブリン達は十数体、視界と聴力を失った彼らは咲とレフの手により比較的にあっさりと殲滅されてしまい異国の地で土へと還される事となってしまった。
さすがにこれだけではない事は二人も重々承知しており気を抜くこともなく、奥へ探索の歩を進める。ナスターにより使役された光の精霊が彼らの灯となり足元と行く先を照らしてくれていた。散乱している荷物の中には元々ここにあったものも見受けられたが殆どがゴブリン達の荷物のようだった。薄汚れた革製の袋や粗悪な武具が、ポツリポツリと無造作に置かれている。
二人はそれらには一切目もくれず奥へとほぼ全速で進んでいく。もし奥にまだ何者かが居るのならばこちらから攻めて来ている事は既に伝わっているはずなのだから相手に準備をする時間を敢て与える必要はない。
奇襲は、移行の速さに左右される。
だが拍子抜けするほど途中には何もなく奥まで辿り着く。ボロボロになった木の棚、散乱した獣の骨はまだ新しく血肉が付いているものもあれば加工された干し肉の様なものまである。この地で捕えたものと持ち込んだものなのだろう。おそらく食事中だったのかもしれない。
「誰もいない、か。」
「みたいだね。てっきり呪術師でもいるかと思ったんだがねぇ。」
「じゅ・・・なんだそれは?」
「まじない師さね。で、どうする兵隊さん。」
「一旦戻ろう。二人が心配だ。」
振り下ろされる拳のハンマーを二人は躱すと移動した先から更に距離を取る。上手く背中に逃げ道を作ることが出来たが無論、二人ともこの場から立ち去るつもりは毛頭ない。目の前の怪物をこの地に残したままでいられるほど、甘い考え方を身に着けていなかった。
洞窟から出ると既にその場にこの怪物はいた。
表面はおそらく岩石。だが動きに合わせて能動的にその形を作り変えているようでその硬さは動作に影響はないようだ。現にその動きは人のそれと変わらない程に滑らかだった。そして恐るべきはやはりその見た目通りの力だろう。先程降り下された拳は大地を抉り岩石の礫を弾き飛ばしていた。
「驚いたね。岩石を平気で砕くのかい。しかも拳は無傷ときたかい。」
「あまり考えたくないが無傷、と言うよりは修復しているのではないだろうな。」
「あんた嫌なこと言うね。事実だったらどうすんだい。あたし達には打つ手がなくなるじゃないかい。」
咲とレフは丁度、三角になる様に怪物を挟み言葉を交わす。怪物はその空洞の様な眼で二人を見比べどちらから攻めるか考えあぐねているようだった。もっとも、考えるだけの思考があるのか甚だ疑問だが。
距離を保ち攻撃に備える咲の後ろから突如二人へ声が掛けられる。
「私と咲さん、そしてレフさんの三人で注意を引いている間にナスターに核を貫いてもらうのはどうでしょうか。」
「びっくりした!あんたら無事だったのかい。」
「あ、驚かせてすみません。」
「核って言うのは何だ?」
「ゴーレムには核があります。私ではどこにあるか分かりませんがナスターならその場所が分かるはずなので。ナスターは、力の流れを感じる事が出来るから。」
「ちょっと待って、色々と考えが追いついていないんだ。あれがゴーレムなのかい。で、核ってのは何だい。それに力の流れっては?」
「そうです、あれがゴーレムです。本来は門番として使役されるのになぜこんなところにいるかは分かりませんが。核は、命令を受け取る為のものです。原理まではわかりませんがその核には術者の力が込められています。精霊使いのナスターは」
けたたましい銃声が鳴り響く。思わず身を屈める咲とリリー。
「呑気に話している場合か。俺は聞いても理解できないんだ!策があるなら指示をくれ!くそっ!7.62mm弾が全く効きやしない!」
咲とリリーに振り払われようとしていたゴーレムの腕は、レフの銃撃でその動きを一時的にではあるが鈍らせはしても破壊も破損も出来はしなかった。二人は更にレフ寄りに距離を置く。
「あれらは核を守ります。だからナスターだけでは核の破壊が出来ません。なので核を守る暇を与えないで攻撃を続ければナタリーでも破壊できるんです。」
「なるほど。そいつは簡単だ。」
「そうだね。色々考えなくて済むのは助かるよ。」
「お願いします。私は弓しか使えませんがお二人には絶対当たらないので安心してください。」
「そいつは頼もしい。」
「あんたなら1、2本位なら耐えられるんじゃない?」
「咲、怖いこと言うな。」
「来ます!」
リリーは更に後方へ、咲とレフは一旦距離を置き両側から挟みこむようにゴーレムに接近する。咲は二本の剣を構えレフは重いライフルを肩に掛けていたM79と取り換えると右手に短剣を握りしめ交戦するつもりのようだ。三人の役目はあくまで牽制に過ぎない。攻撃による相手の破壊など念頭には置いておらずゴーレムの敵意を分散させることが目的だ。幸いそれほど動きが速いわけではないようであの怪力にさえ気を付けていれば問題ないだろう。
先に動いたのはレフだが攻撃を当てたのは咲が先だった。時間差にゴーレムは対処出来ず攻撃の定めはレフに向いたままで、がら空きになった膝裏のひかがみを足掛かりにすると咲は飛び上がり上空から二本の剣の柄を首筋へ叩きこむ。無論、斬るつもりはなくレフとの身長差が少しでも無くなればと思い打ち込む。
バランスを欠いていた動きに上からの衝撃は巨体を膝つかせるには十分で、飛び込んできたレフに対し内側から外側へ薙ぎ払われた見るからに凶悪な腕は本来の力を失い、いともたやすくレフの短剣により軌道を逸らされる。大きく開いた上半身は無防備に顎を晒しそこへレフはM79の弾を打ち込みすぐさま次弾の装填を済ませる。
「随分器用なことをするじゃないか。それにそれはそんなに短くなかったはずだがね。」
「すまんな、少し弄った。」
顔の三分の一程が吹き飛ぶも見る見るうちに元に戻る。だが仰け反った態勢を戻す前に光を纏った矢が更に頭部へ追撃を行う。リリーの放った魔力を付与されたその矢はゴーレムの動きを止めるには十分な威力を持っていた。苦し紛れのように振り回される腕をするりと抜けてゴーレムの正面に躍り出た咲は振り下ろされた腕を二本の剣で受け流し地面へ固定するが彼女をもう片方の腕が狙う。が、レフの砲弾がその拳を砕き器用に次々と次弾の装填をすませて絶え間なく腕を砕き続け遂には腕は完全に無くなってしまった。
それでも固定された腕を自由にしようと動き続けるゴーレムに咲は悪態をつく。
「感情がないのか痛みを感じないのか知らないが、随分と厄介な存在だねぇ。」
「元が無機物だからな。神経などないのかもしれん。」
「ナスター!急いで!」
その一言に応えるように、稲妻の如き一筋の閃光が三人の間を抜けていく。正確に。真っ直ぐに。狙うはただ一点のゴーレムの胸部、中心より下、鳩尾よりも僅かに左上。三人には見えない核がナスターには見えている。そこを正確に打ち抜く。
彼女が使う精霊魔法は周囲に存在している精霊に力の行使を願い具現化させる。『願い』とは言っても精霊の存在を感じ、対話し、服従させている時点で願いではなく命令なのかもしれないが。ただ、精霊は非常にその意志や自我が弱いため彼ら自身は使われているという認識は皆無かもしれない。
精霊魔法を使う者を精霊使いと呼び、彼らは精霊の力を己の魔力で増幅させ精霊の力を行使する。そして精霊との絆の深さが最も重要な要素となっている。つまり術者の力量によりその効果には差が明確に現れ術者によって全く違う効果がもたらされる場合もあった。
ナスターが使役したのは風の精霊。本来は穏やかな彼らからは先程の様な術は期待できない。強烈な風を起こしその風力で切り裂くことは出来ても視覚出来る程のエネルギー体を生み出すことは至難の技だ。それを十歳にも満たない幼い少女が行ったのだから驚くべき事なのだが生憎とこの場にいる大人にはそれが理解できていない。もっとも、魔術を目のあたりにしてその事自体には驚嘆を覚えているようだったが。
「おい!なんだ今のは!?」
「おそらく雷撃の精霊術です。風の精霊の力を借りたのでしょう。」
「びっくりなのはわかったけどしかし何だって風の精霊の力を借りて雷がでるのさね。」
「すみません、私は精霊使いではないので詳しくはわかりません・・・」
「いや、責めているわけではないし俺たちも理解など全く出来ていないのだしな。それに・・・」
三人は打ち抜かれたゴーレムに視線を向ける。その巨体の末端から徐々に崩れ落ちていくその姿は海辺に作られた砂の人形が波にさらわれていくようにゆっくりと、だが確実に本来の姿から元の土塊に戻って行った。
「終わりか?」
「いや~まだだろうねぇ。」
「だろうな。」
「どういう事ですか?」
お姉ちゃんと呼びながら駆け寄ってきたナスターの頭を撫でながらリリーは少し不安な表情で咲とレフを見上げる。その不安が伝わったのかナスターはリリーの服を握りしめやはり同じように大人の二人を見上げていた。ナスターの不安を取り除くように、だがそれでも本当に感心したからこそ二人は彼女を褒め称える。
「ナスター、よくやってくれたね。おかげで片付いたよ。」
「そうだな。俺たちだけではどうにもならなかっただろう。小さいのに大したものだ。」
「でも、まだ、あるんですよね。」
「ああ。そろそろ顔を出したらどうだ。」
レフは森の奥をにらみ咲は小さな二人を自分の後ろへ移動させる。
「へえ、気付くんだ。軍人ってのは随分と勘が鋭いようですね。」
林の影からふらりと現れたのは一人の男。年齢は三十代後半なのだが皺の多い顔のため実年齢より10は上に見られることが多い。なにより窪んだ瞳と目の下にくっきりと出来たクマ、前かがみに歩くその姿こそが老けて見える原因なのかもしれないのだが。
彼はまるで仲間にでもなる様に浜栲 益と名乗り軽く自己紹介をする。
「私はね、まあそこそこ名の売れた者でね。これでも多少不思議な特技があるんだ。先程あなた方が見たようなモノをね、まあ自在に作れる。それでね、少々大きな組織からそこのエルフを連れ帰る様に依頼されていてね。あなた方の様な一般の方々には縁の無い世界の話だからここで見聞きしたものは忘れてそのエルフを渡してくれないかな。」
「俺も多少名の売れた兵士だがお前の名前など聞いたことないが、まあいい。この世界には交り合わない世界など幾つも存在しているしな。だが幼い子をそう易々と他人に渡すと思うか?」
「あたしはどちらかと言うとそっち側の人間だけどあたしも聞いたことないね。実はあんまり実績ないんじゃないかい?」
「おや?同業者かな。だったら話は早いでしょ。エルフなんて私たちにとってただの敵。違いますか?」
「一緒にすんじゃないよ、迷惑な連中だね。そもそも『同業者』なんて呼び方、していなかったはずだけど。」
「『覚醒種』なんてださいじゃないですか。まあ時代の流れと言うものですよ先輩。さて、そろそろ引き渡して貰えませんかね。いい加減、予定より手間がかかっていて少々苛立ちが募っているんですよ。」
「お前と同じで腹立たしい話だが、俺たちもだ。」
浜栲と名乗った男が使う魔術は様々な物質から自立型の人形を生成し、単純な命令で動く、所謂ゴーレムと呼ばれる存在を操る魔術。魔成により生み出された核を触媒に術者の意志でその姿形を創り出すことが出来る。一見すると多岐にわたって使用できそうな術だがその実、応用力は殆どなく魔術を選ぶものはこの系統を敬遠することが多い。
その理由の一つに与えられる命令の少なさにある。例えば守衛として使う場合なら、『ここを通り抜ける者』や『侵入する者』となるがそこには善悪や敵味方の概念がないため思いもよらない惨事へ発展する場合がある。
早い話、融通が利かないのである。
命令の組み合わせは出来るが優先順位を設けることが出来ないおかげで場面によってはあべこべに動き術者を困惑させる。また一度生成してしまうと解除をすることが出来ず、朽ちるまで延々と存在し続けるため始末が困難でもある。逆に言うと単純な命令だけならばその身が朽ちるまで厳守するうえ術者から遠く離れた場所でも活動し続けるので守衛や同じ動作を続ける作戦には最適である。
そしてもう一点、この系統の魔術を使うものが少ない最大の理由として挙げられるのが複数の属性が必要なことだった。核を作るには鉱物の錬成に必要な地の属性とエネルギーの集約に必要な光の属性が必要なのだがどちらも応用の幅が広く膨大な知識がなければまともに魔成の生成さえ出来ない。更に複数の魔石を与えられる杖が限られているので難易度はおそらく最上級クラスかも知れない。
「おおう。流石は軍人さんだ、気迫が違う。その殺意に思わず漏らしそうになりましたよ。まあでも、私は対峙しているだけでも気を失いそうなのでここいらで退場します。後は彼らがしてくれるので。」
わざとらしく、少し大げさに怯えて見せるがおそらくそれは本心なのだろう。隠そうともしないその顔色が、何より物語っている。少しずつ後退りしながら彼は出てきた時と同様に林の影にその身を潜ませようとする。が、彼の表情が明らかに怯えから恐怖へと変わっていく。
「逃がしません。折角の手がかりなのですから。」
いつの間にか彼のすぐそばまで延びてきていた蔦が彼を拘束する。それは意志を持つように身体にまとわりつき力を入れた箇所からきつく締めあげ、声を上げようとするも喉を締め付けられる。呼吸を遮られ徐々に顔色は青白くなっていくが男の表情は恐怖から薄ら笑いへと変わっていた。何か言っているようだが空気が漏れる音だけでその言葉は聞き取れない。
四人は次の瞬間、その目を疑う。
林の中から現れた別のゴーレム。その数は7体。先程のより少し小振りだがその分、動きが速いように思う。1体が男に近付くと無理やり蔦を引きちぎり彼を解放する。
「遅いよ。もう少しで死ぬところだったじゃないか。」
呼吸を整え、涙を浮かべながらも彼はその口元の笑みを消すことはなかった。
「だけどまあ、上出来じゃないかな。はやり大きいだけじゃダメなんだよね。洗練さは、大事ですよね。」
大袈裟に、両手を広げる。それが合図だったかのように更に複数のゴーレムが姿を現す。その大きさは限りなく人に近く、西洋の騎士の様に甲冑と剣を携えている。
「いつの間にこれほどの数を・・・!」
「いつの間に?違いますよ?最初からです。当然でしょう、あんな獣のような生物だけで行動するわけないじゃないですか。でも大変だったんですよ、あの生物をこの国に持ち込むのは。まあ苦労したのは私ではなくお偉いさんなんですがね。大体必要なかったんですよ、あの生物は。私には材料さえあれば現地で調達できるんですからね。」
確かに彼の言う通り、ゴーレムを現地で生成出来る彼ならばゴブリンは必要は無かった。だが今回の件に関してはゴブリンは必須だった。
それは何故か。
理由は、監視と抑制。
今回、彼に依頼した者はゴブリンの族長、正確にはその族長との繋がりのある大臣からの依頼なのだが、捕えたエルフを奪われないため、また何故エルフが必要なのかを知られない為にゴブリンを浜栲に付けさせていた。もっとも浜栲は報酬さえもらえればその他の事などお構いなしなのだが。
「そもそもエルフなんかに興味などないのだから別に監視など付けなくてもねぇ。さて、数は力です。軍人さんは理解しているとは思いますが。まあ数だけじゃないんですけどね。大人しく渡しませんか、それ。」
M79の残弾はもう少ない。だが最初のゴーレムより小振りなため通常の弾丸でも効果はあるかもしれない。それにナスターの魔法があるのならまだまだ十分に戦う事は出来る。懸念はあるが望みはまだある。何より幼い二人がやる気になっているのだ。大人の二人が諦めるなど有り得なかった。
「数が力なのは認めるがこの程度ではその言葉は当てはまらない。そんな人形に手を焼くような訓練はしていないしな。」
「流石は軍人さん。心強い。でもね、数だけじゃないんですよ?」
騎士が動く。その動きは岩石で出来ているとは思えない程滑らかに。そして抜かれた剣に四人は怯む。
「気付きました?その剣は本物ですよ。まあ本物なのは剣だけで盾も甲冑も偽物なんですが。まあでもそれなりに脅威にはなるでしょ?」
統率の取れた攻撃にレフと咲はリリーとナスターを守るの精一杯だった。振り下ろされる剣と打付けられる盾から二人を庇い、反撃の機会を伺うが考える暇を与えないかのようにゴーレムがその怪力でこちらの陣を崩しにかかる。リリーの弓も接近戦では思うように狙いを定められずナスターの魔法も精霊が耳を貸さずに発動出来ないでいる。
二本の剣で騎士の攻撃を受け流し、突撃される盾を器用に力の流れを変えてあらぬ方向へ突っ込ませる咲を横目にレフは焦りを覚えていた。この数に咲が耐えられるとはとても思えないからだ。おそらくもう限界を迎えているかもしれない。それでも顔色一つ変えずにいる彼女に彼は感服すらしていた。
軍と実践で培った格闘術で騎士の動きを抑え剣をM79で破壊する。徐々に騎士の手数は減ってくるがそのかわり後方にいた為かあまり積極的に攻撃をしてきていなかったゴーレムが前衛に踊りだしその剛腕を存分に振るう。
一瞬の隙をついてリリーが動く。
騎士とゴーレムの隙間を縫う様に駆け抜けあっと言う間に大き目の木へ駆け登ると魔力を込めた矢で敵を狙い撃つ。淡い輝きを放つ魔法陣を介して放たれた矢は強力な破壊力を持ちゴーレムの体を砕くがやはり暫くすれば元に戻っているようだ。
「このままじゃあジリ貧だねぇ。何かいい策はないのかいレフ。」
「無いな。」
「随分はっきり言うじゃないかい。」
「事実だから仕方ない。まあ少なくとも剣は全て破壊したからそれで殺される心配はないぞ。」
「励みにも慰めにもならないねぇ。」
咲の動きに陰りが出始めている。いつの間にか大粒の汗は滝の様に流れる汗と変わり明らかに顔色が悪くなっている。流石にレフはまだ余裕があるが咲が動けなくなるとその余裕もなくなるだろう。
四人は、各々、覚悟を決めていた。
大きな荷物を背負った二人は対照的だった。
二人とも体格にはあまり差がないが服の下の肉体には歴然たる差があったのだろう。
一人は優男で恐らく誰もが彼を色男と認めるだろう。実際、今にも窒息しそうなほど苦悶を浮かべよろけながらも荷物を落とさないように歩くその姿は情けないはずなのだがその風貌のおかげで映画のワンシーンでも見ているようだった。
もう一人は顔色一つ変えずまるで舗装された平坦な散歩道を歩いている様にこの長い山道を歩いている。あまり特徴のある顔立ちではないがこちらも優男に負けず劣らず整った顔をしており色男と言うよりはそのいでたちは精悍な兵士の様でさえあった。
彼らのほかに二人の男性と二人の女性が、計六人での集団だがそれぞれの見た目のまとまりの無さに少々異様な集団に見えるかもしれない。女性二人はショルダーバッグのみだが残りの男性もそれなりに大きな荷物を抱えている。おそらくこの集団の中で一番年配の無精ひげを生やした男が最後尾をやっと付いてきている優男へ嫌味の様な叱咤が飛ぶ。
苑園の力を借りて権田の居場所を突き止めた南條たちはその場にたまたま居合わせた春日も連れて研究施設を離れ彼らをかくまえる場所を訪ね山奥まで来ていた。
苑園や権田を集め、多額の資金と助成金を投じて作られた研究施設はいつの間にか運用を停止されておりその事を知らせられないまま研究者達は研究を続けていた。独立し、また公に出来ない施設のため外部との接触を一切断たれていたからなのだがそれが職員や研究者の命を救っていたのは皮肉かもしれない。
研究内容は破滅種の遺伝子の解析とクローンの生成。だがそれは複数の部署に分けられ全容を知る者は限られている。皆が皆、自分の研究が何の役に立つのか分からずに続けていた。横の共有を一切立たれ、ほぼ軟禁のような状態で続けられる研究に、当初は不満も出ていたが多額の報酬と何より自分の研究を誰に咎められることもなく進められる環境に研究者たちの不満は徐々に無くなり数カ月経つ頃には一部の者を除き研究者の中から倫理と道徳は消え去っていた。
苑園と権田がいた施設の創立者でもあり彼らを集めた議員はつい最近、遺体で見つかった。彼が研究から得られた貴重な情報と技術を引き換えに某国から多額の資金を受け取っていたことが判明したのはこの議員が死亡した直後だった。ご丁寧に何者かがその資料と証拠を遺体と同じ部屋に置いていた。彼の死後、施設の閉鎖は総理の判断で直ぐに決まりはしたが施設の詳細が不明なのをいいことに様々な組織と人物が施設と研究の奪取を我先にと競って探し始める。
それは当然、施設で働く者達の命の保障が無い事を示していた。
南條が苑園の元を訪れたのは正にギリギリのタイミングだった。賀茂が所属する組織が職員達を匿いほとぼりが冷めた頃にそれぞれ元の生活に戻る手筈になっていた。幸い高度な秘匿性のおかげで殆どの職員がその身元を知られていなかったのだが不幸なことに苑園と権田は有名すぎたせいで他の職員と同じように匿うには危険すぎた。結果、賀茂の個人的な繋がりのある人物の元へ二人を届ける事になったのだが、何故か春日もついでにとこの一行に加わっていた。
彼らが施設を離れた二日後に、ある組織が施設を襲撃したが全ての情報は苑園の手によって削除され襲撃者は徒労に終わったことを嘆いていた。
「まだなのその村は。」
「もうすぐだ。」
「もう一時間は歩いているのよ?ねえ杏ちゃん。」
「そう、ですね。流石にちょっと、疲れたかもしれません。」
「あのねぇ杏ちゃん。男にははっきり言わなきゃ分からないわよ?基本バカなんだから。」
苦笑いを浮かべる春日に苑園は水を差し出すと飲むように促す。補整はされているがそれでも山道、夏を過ぎたとは言え長時間の徒歩は体力も水分も奪われる。更に職場も失いその身が危険に晒されているおまけつきだ。その心中は穏やかではないだろう。精神的にも、疲労は限界に来ているかもしれない。
「お前たちの身の安全の為だ。我慢しろ。」
「わかってるわよ。分かったうえで文句を言ってるの。車位用意しときなさいよ。」
「まあ確かに手回し位しといてほしかったな。ただでさえ私たちは軟禁生活で体力はそうないのだから。」
「他の者に知られるわけにはいかないからな。知人に迎えを頼むつもりだったが連絡が取れなかった。」
「それ、いきなりこの大所帯で押しかけても大丈夫なんですか?」
「彼女なら問題ないだろう。」
「あんたがそこまで信を置くとはな。」
「あんたとは気が合うかもしれない。何と言うか、似たタイプだからな。」
「多分、それは逆に、フラグが立っているきがするんだけ、ど。と言いますか、警部、そろそろ荷物交代しません?」
「あーまだ本調子じゃないなぁ。もう少し頑張れ。」
「すみません、本気でもう限界なんです。先程の事は別の形でお詫びしますから。」
「チッ。オラ、さっさとよこせ。」
「気になってたんですがその荷物何が入っているんですか?随分重そうですが。」
「ちょっとしたおもちゃだ。」
「ちょっとした・・・?」
「なんだ?」
「いえ、別に。」
背負っていた荷物を路面に丁寧に置くと大きく背筋を反らせ救われたような笑みと申し訳の無い何とも微妙な表情をしていた結城に南條は溜息をつくと最後尾にいた彼に近付き荷物を持ち上げる。相変わらずガチャガチャと落ち着きのない音を出しているが中身を知っている賀茂は当初、職質でもされたらどう言い逃れするつもりでいるのか不思議でならなかった。
暫く他愛のない会話をしながら、たまに不満を言いながらも歩き続けるが賀茂がみなに静止するよう促す。森の中に奇妙な気配を感じると言うだ。一行は動きを止め森の中に注意を向ける。既に日も沈み当然、闇に包まれ始めた森の中に何かを見出すことなどできるはずもない。が、それでも仕事柄、南條と結城、そして賀茂の三人は森を横切るその姿を捉える。
「おい!」
「分かってます!」
咄嗟に南條は結城へ怒鳴り声を上げる。彼は懐から銃を取り出すと身構えまだ気付いていない三人を庇うよう移動するといつでも撃てるよう警戒する。やはり南條も使い慣れた銃を取り出しており賀茂と二人で路側帯へ移動し銃口は森の中へと向けられる。
「銃は使わないのか。」
「ああ。あまり性に合わないのでな。」
「そうかい。で、ありゃなんだ。」
「分からない。人ではないのは確かだ。それに、血の匂いがする。」
「分かった。」
一発の銃声。
驚き身を縮める三人。反射的に結城は銃口を南條が構える方向へ向ける。奇妙な叫び声が森の中から聞こえ、それは南條の銃弾が目標を捕えた証明でもある。感心と呆れた言葉をぶつける賀茂にどこか可笑しく感じた結城が苦笑いと共に少しだけ警戒を緩めていた。
南條と賀茂が森の中へ足を踏み入れる。後ろから気を付けるようにとの声に、おう、と短い返事だけをすると二人は慎重に今だに呻き声をあげる奇妙な生物の元へ近付いていく。落ち葉を踏みしめ、時折行く手を遮るように根を張る木々を避け、一瞬もそれから目を離さないよう意識を集中させる。
それは、姿を見せる。
肩を撃たれた衝撃と痛みでうずくまり近付く二人に気付くと慌てて木へ寄りかかる。威嚇と恐怖、そんな視線を自分の下へ現れたヒトへ向けていた。
暗い林の中、あまり容姿ははっきり分からないがその異様さに南條は固唾を飲む。
「これは、なんだ?」
「おそらく、亜人と呼ばれる種族だろう。このタイプは始めてみるが。」
「知っているのか?」
「多少はな。だが日本にいるはずがない種族だ。一体だれが持ち込んだ・・・?」
「いやそう言う事では、いや、まあ今はいい。聞いても面倒なだけだ。問題はそこじゃないな。」
「そうだな。ここにいる『理由』だ。一体ここで何が起きている・・・」
賀茂は険しい視線を森の奥へ向ける。何かが見えるはずもなく、暗い林だけが広がっている。だが奇しくもその視線の先ではいままさにレフたちがゴブリンの討伐を始めようとしていた。静かすぎる林に潜む緊張感を、賀茂は本能で感じ取っていたのかもしれない。




