三十三話
「まさか破滅種までお出ましとはね。しかしドバイで見掛けたタイプとは全く違うのが気になるが、さてはて。どうなってんのかね。それにしてもあれが破滅種ならば人の身であの者達と戦うってのはどうにも無理なのでは?『今の』覚醒種では手も足も出ないだろうし参ったねこりゃ。」
目の前で繰り広げられていた戦闘に彼は少々興奮気味に口早に後ろに控えている部下へ投げかける。言葉を投げかけられた部下は大粒の冷や汗をこめかみからたらし言葉を失っていた。緊張と怯えが空気を伝ってバーミリオン伝わるが彼は気にも留めず興奮に身震いさえしそうであった。
「今ほどこの立場が歯がゆく感じたことはないよ。今すぐあの場に赴きこの身を表舞台へ置きたくなる。」
「バーミリオン様それはさすがに・・・」
「分かっているさ、それがどれほど冒涜へ値するかなんてね。それに今のこの身じゃ彼らの足手まといにしかならないよ。それも含めて歯がゆい。そうは思わないかい、ヴィヒトリ枢機卿。」
『突然連絡を断ったと思えば急に呼び出しとは。少々を自由過ぎるのではバーミリオン。それに心なしか普段の君より随分と無礼な気がするが。もっとも、普段の君も大概なのだがな。』
「ああ、これは失礼しましたヴィヒトリ枢機卿。少々浮かれていたようですヴィヒトリ枢機卿。お許しをヴィヒトリ枢機卿。」
『・・・まあよい。それで彼らは無事なのだろうな。』
「あれを無事と言っていいか甚だ疑問はありますが、今のところは。」
『・・・そうか。』
「それとやはりこの国は何か掴んでいるようです。」
『だろうな。そうでなくては困る。その国の大国としての役目はこの世界に必要不可欠だからな。その国が何をもたらすにしろ、成り行きを見守るのも、君の仕事だろう?』
「寧ろそちらが本業ですよヴィヒトリ枢機卿。何か誤解していませんかヴィヒトリ枢機卿。」
『貴様は・・・まあもうよい。それよりお前の上司が探していたぞ。私より先に連絡する必要があるのではないか?』
「あの人嫌いなんで。」
『おい!』
「冗談ですよ。ヴィヒトリ枢機卿があの者達の動向、と言うより身の安全を心配されていたようなのでね。先にご連絡しました。この後、報告しますよヴィヒトリ枢機卿。」
『ならよい。早くしてやれ、煩くてかなわん。』
「はい。それではまた。ヴィヒトリ枢機卿。」
「なんてね。あの人が嫌いなのは本当なんだけどね。」
「バーミリオン様・・・」
「分かっているさ。君は少々真面目過ぎだねぇ。」
どうやら彼らの決着は着いたようだ。支払った代償は大きいが無事にこの場を離れたらしい。バーミリオンは携帯電話を暫く弄っていると懐にしまい再び先程まで戦闘が行われていた場所へ視線を落とす。それをみた従者が申し訳なさそうに進言する。
「メールでの報告ですか・・・いい加減、きちんとした報告書を提出した方がいいように思うのですが。既に私達で対処出来る範疇を超えていますし、判断を仰いだ方がいいかと。」
「ブーン君。私達の使命はなんですか?」
「神の御業の如き現象の観測です。」
「そうですね。つまり対処する、と言うのは間違っています。違いますか?」
「申し訳ございません。軽率な発言でした。」
「わかればいいのですよ。」
とは言え流石にこのままただ黙々と彼らについていくだけではいかないだろう。不確かだった破滅種と覚醒種の実力差とそれぞれの能力の一部を垣間見ることが出来きたのはよかったが明らかに人の手には負えない事実の確認はいただけなかった。それにまさか破滅種の中にも種族のように分かれているとは思いもよらなかった。大きな収穫ではあったがちょっと手に余るかもしれない。そしてこの国は一体何を考えているのだろうか。破滅種と手を組み新たな力を手に入れているのは分かっていたがあれは余りにも脅威過ぎる上に更に得体のしれない破滅種との協力関係まで築いている様に思う。
(どの種族も一枚岩で居られないと言うことか)
ふっと漏れた溜息に少なからず笑みがこぼれる。おそらく故意で失われたピースの欠片を自らの手で集められる喜びと今後訪れる苦労を思い奇妙な昂ぶりが溜息として出てきているようだ。
彼が多種間戦争を知った時、亜人達以外で破滅種の存在を示す物が一切無い事に疑問を持つ。もし実在しているのならば教会がその存在を把握していないわけがなく、暗部とも言われている観測者の議会が知らないわけがなかった。だが彼は破滅者の痕跡を見付けることが出来ずいくら議会へ深く潜り込んでも手に入らないと分かるとまるで義務のようにただ惰性のみでありふれた奇跡を観測し続けていた。
そして思わぬところから破滅種への手がかりを入手する。
同じ施設で過ごし諜報機関へ行ったかつての仲間からもたらされたたった一枚の報告書。
そこには合衆国が手に入れた奇妙な技術と協力者の存在が書かれてあった。
そこで彼は視点を変え、奇跡ではなく政治を追った。もっとも本来の使命の合間を使い、尚且つ議会と各国の政府の目を欺く必要があったので予想通り捗らなかったのだが。それでも各国の一部の権力者や政治家が破滅種と手を組み何かしらのやり取りが行われている事実は確認できたが相変わらず破滅種の姿を確認する事は出来ず彼らが表立って行動せず配下の亜人を使っている事が分かっただけだった。
それがここ数日で既に2体目の破滅種を観測出来ている。それもたった一人の覚醒者の手によって。
膨らむ期待を抑え確かに動き出した世界の歯車に自分も組み込まれている事に、彼は少なからず喜びを感じていた。
弾き飛ばした榊の身体を抱きしめ彼女は彼の無事を祈る。体温を失い冷え切った身体に焦りと怯えで彼女は見る見る蒼白になっていく。絞り出すような悲鳴にも似た呼びかけが辺りに響く。
「いや!だめよ!目を開けて!」
「間に合わなんだか!?」
穂先を二本の戦斧で防ぎ押し込まれる力を抑え込みながらペルは声を荒げる。
「何の用だ。眷属の分際で創造主に楯突く気か。」
「創造主とは御大層な。貴様らが創造したわけでもあるまいに。それに既にそれだけの力を失って久しいのだろう?」
「生意気な。下等なドワーフの分際で。だが・・・」
周りを見渡す。銃口は向けられ、いつでも魔術の発動が出来るよう二人の男が身構えている。
どう見ても分が悪い。既に魔力は枯渇し再生能力も著しく低下している。全力でやれば恐らく半数は始末出来るだろうが回復のできない今の状態では自分もこの場で朽ちてしまう可能性が高い。
「ここまで、ですかね。」
ため息混じりに彼は呟きすっと槍を引き下げる。一歩二歩と後退すると踵を返し持て余すように槍を振り払い穂先についていた榊の血を払い落す。少し、体が重そうだがこの場を離れるには支障はないようだ。将と睦生は身構えたままゆっくりと道を空ける。悠々と目の前を横切るこの男は最初、急に現れたのでてっきり直ぐに姿をくらますかと思っていた二人は戸惑いと焦りで気温は5℃を切っていると言うのに大粒の汗を額からたらしている。
「安心しなさい。今日はこのまま引き下がりますよ。が、その男は危険すぎる。いずれ必ず始末しに伺います。」
位置的に、将には届かなかったが睦生にはレスターの独り言の様な呟きが確かに耳に届いた。それが意味する事に一瞬疑問を感じるが悲痛な声に釣られその疑問は頭の片隅へ仕舞われる。
レスターの言葉を信じたわけでは無いが彼に背を向けると二人は榊の元へ駆け寄る。シェリーに抱きかかえられた彼は既に生気はなく首から滴る血で彼女の衣服を赤く染め、大粒の涙が榊の頬を濡らす。傍らで両膝を地面に着け声が震え上手く神聖魔法が発動できない霞の手を握りしめ椿がそっと囁く。
「大丈夫。まだ間に合うから。」
コクリと頷くと霞は涙をふき取り深呼吸をする。
旋律が流れる。それは恐らく今までで最も美しく優しい音色。
緑色の淡い光が榊を包み込み彼の全身の傷口を塞いでいく。
「傷口は、塞ぎました。でも今のは私には失われた血まで補えない。ごめんなさい・・・」
目を覚まさない榊の額に手を添えると彼女は再び涙を流す。
望めばなんでも叶う力。言い換えればはっきりとした想像が出来ないとその力は真価を発揮出来ない。それ故に傷を塞ぐイメージは出来ても失われた血をどう補っていいのかがイメージ出来ない。理にも似た理屈が必要だった。
「流石よ霞。榊はもう大丈夫。あなたのおかげなのよ。」
力不足にうなだれる霞の頭をそっと撫でると椿は彼女を抱きしめそう囁いた。
パチパチと不規則に薪が弾け、時折ひと際大きな音と共に一瞬、部屋の中が明るくなる。皆思い思いの姿勢で毛布をかぶりその音をそっと聞き続けている。部屋の中の空気は重く、ここ三日ほどみなはあまり言葉を交えていない。あの戦いの直後から天候は崩れ始め、静かな夜に雪同士が擦れ合う音が聞こえてきそうだった。
榊はまだ目を覚まさないでいた。
一命は取り止め輸血による失われた血を補う事も出来た。肉体的には既に目を覚ましてもいいはずが彼は一向にその気配を見せないでいる。何が原因なのかわからないまま時間だけが過ぎていく。
ヒースの護送は一旦中止になり彼は今は自宅にて取り敢えずは日常を取り戻している。理由は伝えられていないようでペル曰く、ヒースの護衛であるバーナードが何かしらの手を回したのだろうとのことだった。元々彼が一段落できるまでの時間稼ぎの為の護送だったようだ。ヒースとバーナードは何度も詫び、今後力になれる事があるな遠慮なく連絡をするようにと助力を約束してくれた。
時折座りなおす時の椅子の軋みが気になり椿がソファから起き上がるり隣で寝ていた霞に毛布をそっと掛け直す。
「師匠ってドワーフだったんですね。」
「なんだ、知らなかったのか。」
「ドワーフみたいだなっては思ってました。」
「そうか。」
「何してるんですか?」
「ちょっと調べ物をな。」
「例の炎のことですか?」
「いや、榊の剣だ。」
「何かわかりました?」
「わかったと言うよりは思い出したと言ったところか。だが何処で見た記録か思い出せん。なんせあまり気にもせずに読んでいたようなのでなぁ。」
「やっぱりあの剣は何かあるんですね。」
「偶然か必然か、榊が本来の力を解放した様だ。鍛冶師としての経験と知識から言わせてもらうと、何てことない普通の剣なのだがなぁ。」
「でも普通じゃないですよね?」
「まあな。普通なのは見た目や剣としての用途だけだな。気になって手に取って調べてみたが材質がな、どうもよく分からんもので出来ている。基本は鉄の様だがそこに複数の合金が混ぜてある。が、その数が問題だ。分かっているだけで10の合金が混ざっているせいでよく分からん材質になっているな。割合からしてもその倍は使ってそうだがいかんせんここではこれ以上分かりはせん・・・榊はまだ寝ておるのか。」
「みたいです。」
「そうか・・・しかしあの娘は榊のなんだ?お前たちと比べると随分と入れ込みが方が違うようだが。」
「シェリーは、ギルドの出身なんです。それも私たちが知っているギルドとは全く違う在り方の。」
寂しさと困った感情が混じった表情で彼女は少し俯き加減でシェリーがいた村の役割を簡単に説明する。興味が引かれたのか書物を捲る手を止めペルはじっと彼女の話を聞いていた。
「なるほどなぁ。その存在は聞いたことはあったがまさか今だ実在しているは思いもよらんかったな。」
「知ってるんですか?私たちは一度もそんな話聞いたことなかったんですけど。」
「話だけならな。だが長い歴史の間にギルドの役割は移り変わり今じゃ権力者の道具に過ぎない有様だしな。そもそもわしらの時代で既に一部のギルドは私物化されていたくらいだしなぁ。お前がギルドをあまり信じていないのはある意味正解かもしれんな。だがギルドの情報網は馬鹿にできん。長年培った隠匿や隠蔽は伊達じゃない。それに覚醒者にも変化は出ているようだしな。」
「あたしたちの村が特殊だったのは、多分、あの村の成り立ちが原因なのかも。」
少々驚き、二人は声がした方を振り返る。そこに立つのはシェリーで、いつの間にか起き上がった他の三人も静かに二人の話を聞いていたようだった。椿と目が合った霞がばつの悪そうな苦笑いを浮かべるとそっと席を立ちキッチンへと足を運ぶ。
「起きたのね。」
「まあ、興味がわいたしな。つーかおっさんがドワーフだってのがビックリだ。」
「確かにね。イメージぴったりで妙に納得できたしね。」
いつもの口調で呆れた様に指摘する将の隣でくすりと笑う睦生。二人の何気ないいつものようなやり取りに、一同は心なしかその場が軽くなるのを感じる。おそらく最も沈んでいたシェリーが榊の傍から離れたのも原因なのだろうが。
「そもそも椿、お前も知らないってどーゆことだよ。」
「お前とかゆーな。あんたはもう少し目上に気を遣ったらどうなの?そろそろ本気で撃つわよ?」
「椿よ、お前はもう少しお淑やかに思っておったがなぁ。」
「うっ。こいつらと一緒だとこうなるのよ。」
最初からと指摘しようとした将に鋭い眼差しを向け彼を制する。タイミングよく、かは定かでは無いが少なくとも将の身の安全は保障されたようで霞が人数分のコーヒーをそれぞれに差し出し皆一息つくとシェリーが村長とのやり取りをポツリポツリと話し出す。
「皆との旅の話をね、村長に話してたの。あ、報告とかそんなんじゃなくて、なんて言うかあの村の一部の人はあの村から出ることが出来なかったのね。だから外の世界がどうなっているかなんて詳しく知らないの。だから、知らない世界の事を伝えたくて。」
彼女には少し大きめのコーヒーカップから伝わる温もりを楽しむかのように、両手でそっとさすっている。まるでそこに大切な物でも詰まっているような眼差しで。
彼女は続ける。今まであまり話さなかった村での生活を。それは椿や将達にとっては少し不思議でペルにはどこか懐かしい話だった。
その村は、出来た当初から世間から隔離されていた。故にその村で生まれ育った者にとってそれは当たり前のことで自分達の立場を悲観に思うものも嘆く者もいない。隔離された理由はただ一つ。この地に住まう魔物を外へ出さないためだ。
そのことすら、村の住民は知らなかった。
村を出て、外の世界の話を聞いた村長は村に残る様々な書物を読みふけ一つの手がかりをみつけた。古い書物の間に隠すように挟まれていた覚書のような手紙のそれは村の成り立ちと在り方を断片的にではあるが書き残してあり、後世に語り継がれないのを見越したように見付けた相手へ語り掛けるように書かれていた。
「なんて言うか、それはもう呪いじゃねえの?」
「あははは、今思うとね。でもあたしたちは別に不幸だなんて思っていないしあの村は平和で良いところだったしね。確かに外の世界への接触を制限されてはいたけどそれはそれで憧れのようなものを持ててたのは良かったと思うの。」
「制限て具体的にどんなの?」
「よくわからない。」
「は?」
「制限されていた事もあまり気にしていなかったから。あたしたちの役目は覚醒者を送り出すことだったからそれ以外の事は結構どうでもよかったの。」
「さよか。」
「さよですっ。」
「で、あの男はどうなっておる。」
「血色は良好、起きてはいないけどね。でもいままで死んだように寝ていたけどさっきちょっと動いたの。だからもう大丈夫かなって。」
「そうか。で、あの剣について何かわかったのか?」
「あの村においてあった覚醒者の武器たちはずっと昔から保管されていたもので詳しくは分からないって。ただ、最初からあったわけじゃないみたい。」
「武器たちはって、他にもあるのか!?」
「剣、弓、錫、杖、銃。この5つがあったよ。」
「銃!?」
「うん。なんか古い銃。握るところは木製で銀細工が施してあるけど弾は2発くらいしか入らないし。椿が使ってるようなのとは全然違うんだけどね。」
「何それ見たい。」
「機会があれば村においでよ。」
「ええ、是非行かせてもらうわ。」
「ってだからそうじゃねえだろ。結局あの剣については何もわからないままなのかよ。」
「ひょっとしたら、だけど。宗司が起きれば何かわかるかもしれないよ。」
「どう言う事?」
「ほら、デンホルムの時に記憶が流れ込んできたって言ってたでしょ?ひょっとしたらあの剣から流れ込んできたのかもって思ったの。もしあの剣が原因で意識がなくなっているのなら、何か手がかりを掴んでるかもだし。」
「確かにその可能性はあるな。剣、剣かぁ。なるほどな、少しその方向から調べてみるか。」
「じゃあ、折角みんな起きてるみたいだし食事の準備でもしようかしら。」
「あ、私も手伝います。」
「ん、よろしくー」
「お前はいかねぇの?」
「あたし料理出来ないもん。」
「さよか。」
「さよですっ。」
椿と霞の二人が席を立ち、キッチンへと姿を消すのを眺めながら将はぽつりとシェリーへ問いかけるが答えはやはり分かりきった返答だった。くすりと笑った睦生は先程からうなっているペルに気付くと不思議な視線を向ける。
「どうしたんですか?」
「お前らは呑気だなぁ。榊が持つ剣と同じ場所に他にも四つもあるんだぞ。少しは疑問を持たんか。」
「同じ性能、もしくは同じ目的の為に作られていると?」
「普通そう思うだろ。お前らはあれか?少し抜けているのか?」
「いや気付いちゃいるがそれならそれで面白いからいいかな、と。」
「ああ分かった、お前らはあれだ、抜けているじゃなく馬鹿だ。」
「失礼な。それは榊だけだ。俺たちは真面目にロマンを感じているだけだ。」
「僕は感じてないよ。もっと言うならそれは君だけだよ将。それに榊もそこまで馬鹿じゃないよ。」
「いや、あいつは馬鹿だろ。普通あんなになるまで力を使うか?毎回だぞ毎回!少しは俺らの身にもなれってんだよ。」
「そう言えばあたしが最初にみんなに会った時もなんかボロボロになってたような?」
「だろ?あんときは本気でダメかと思ったぞ。」
今回はそれ以上にヤバかったと将はポツリと呟く。
榊のどこか現実感のない行動にはみなが薄々気付いていた。そしてその原因も。だが敢て彼を責める様なことはしなかったし注意も促さなかった事を今はみなが心のどこかで後悔していた。なまじ生還能力が高いおかけで余計に彼は無理をしやすい状態だったのかもしれない。実力にしろ運にしろ、ある意味それは彼にとって不幸だったかもしれない。
なんせ現実を受け入れる前に現実を生きる羽目になったのだから。
再び訪れた沈黙を破る様に将が口を開く。
「それより師匠はドワーフだったんだな。やっぱりあれか、エルフは嫌いなのか?てかいるの?」
「なんだいきなり。」
「いや、やっぱり気になるし。妖精なんだろ?」
どことなく小馬鹿にしたような視線と口振りにペルは憮然とした顔で将を睨み付ける。
「何が言いたい。いや、言わんとしている事は分かるがなぁ。だが残念ながらわし等もエルフの連中も妖精とはほど遠い存在だぞ。」
一般的に知られている妖魔や妖精は基本的に破滅種による創造である。数で覚醒種との間に差が出始めた為なのか自分達が自由に活動する為なのか定かではないが、破滅種は生物の創造に成功する。何故、数多の種族を創り出したのか分からないがそれが妖精や妖魔といった亜人と呼ばれる存在だった。その種類は多岐にわたりおおよそ想像上の生物はかつて実在し人種への脅威になっていたことさえある。
その中でもエルフ族は特に古く、最も破滅種に近い生態を引き継いでいた為なのかプライドが高く他種族を下に見ている節がありその事が同じ時期に創られたドワーフ族との仲の悪さに繋がっていると言われている。一説によるとそれぞれの種族を創った破滅種の仲が悪かったからとの説もあるが真実は遥か悠久の時に埋もれ特定することはもう出来はしないだろう。
「ストーップ!ちょっと待て師匠!それぞれの種族を創った破滅種って事は複数の破滅種が生物の創造を可能にしてたってことかよ!?」
「当たり前だろ。生物の創造なんて一人でそう易々と出来るわけがなかろう。」
「今更ながらだけど、破滅種ってヤバくねぇか?生物の創造なんてそれもう神様じゃねえか。」
「何を言ってる。お前たち人種も生物の創造をしているじゃないか。その者たちをお前は神と呼ぶか?」
「そんな生物を無から生み出してるなんて聞いたことねーよ。いや、一部ではもしかしてしてるかも知れねーけど一緒にすんなよ。」
「そうか?あまり変わらんと思うがの。まあ何にせよそう焦らんでもいいぞ。今の破滅種には当時程の魔力も能力もないからな。」
彼曰く、再び姿を現した破滅種は以前ほどの力はないらしい。もっとも、彼が話した内容は伝え聞いただけなので正確ではないのだが。
話は続く。
「ま、あとはお前らも知っている通りだ。歴史の影に隠れ、あ奴らは人種に紛れ込んで何やら画策しているようだがな。それを防ごうと動く者もいれば加担するものもいる。お前たちがどちらにつこうとわしは責めはせんから好きにすればいい。」
「2択だけってことはないだろ。」
「他に選択肢があるとでも?」
「関わらない、両方の味方をする、もしくは両方の敵になる。」
「どれも物騒だなぁ。僕は霞を危険な状況に置きたくないんだけど。」
「それはオレも同じだ。と言うよりその為に旅に出たんだしな。」
「その割には何だか核心に近付いて行ってる気がするんだけど。」
「そもそもお前たち三人は何で旅に出たんだ?」
「・・・霞の身の安全の為だよ。」
その一言で彼は察するとそうかと呟きばつが悪そうに酒を飲む。彼らが旅に出た理由に少なからず自分達の責任もあったからだ。いや、直接の原因があるわけでは無い。ただ現状を知り改革が出来ないかと色々と策を弄してきたが結局何も変わらないまま今を迎えている事にやはり罪悪感にも似た後ろめたさは感じていた。
神聖魔法の使い手は、相変わらずの待遇を受けているようだった。
「好奇心だけでここまで来たが、これからどうしようかね。」
「それは榊と行動を共にするかどうかってこと?」
「まあ、それも踏まえてなんだが、恐らくそれは今後も変わらない気がする。なんつーかあいつとは奇妙な縁で繋がってる気がするんだよな。霞も気に入ってるしな。」
少し、睦生がムッとする。それに気付いた将は苦笑いを浮かべながら今の生活がだよと付け加えていた。
将と睦生の中で、霞は自分の命よりも大切で、万が一の時の為に出来るだけ彼女の意志を尊重するよう心がけていた。万が一の時とはつまり捉えられて自由を奪わられた時の為に、だ。少なからず今回の旅が支えになると信じていた。
「そんなことはわかってるよ。どうちらにせよ一ヶ所に留まるのは得策じゃないんだし。」
「それだ。」
「は?」
「いくら何でもおかしくねえか?」
「何が?」
「この2年捕まらなかった事がだよ。」
「それは僕らは静かに移動していたからで・・・」
「その程度で誤魔化せる相手じゃない事も分かってんだろ。」
「・・・将のくせにやけに鋭いとこ突くじゃないか。」
「なんと言うか、お前らのパーティーは問題ばかりだなぁ。」
「羨ましいだろ?」
「実はな。」
がははと豪快に笑うペルに少からず安堵感を覚えると二人も釣られて思わず笑いが込み上げる。ここ最近、塞ぎ気味だったせいで笑う事すら出来ずにいた将達にとっては救いの時間だった。
「まああれだ。お前たちが捕まらなかった大体の見当はつく。」
「ほう?」
飲みかけたコーヒーの手を止め、将はちらりとペルへ視線を向ける。笑みを浮かべたままの彼は既に視線は書物へ落とし先程までの続きを読み始めていた。
「お前たち三人が逃げているのはニゲル護衛師団だろ?あそこは昔から情報収集には疎いからな。おまけに囲う事ばかりに縛られ碌に外へ目を向けようとしない。」
将と睦生の視線が鋭くなった気がする。
「知ってるのか?」
「当たり前だろ。こう見えてもお前らの先輩だぞ。ま、わしは覚醒者ではないがなぁ。旅の途中で何度か神聖魔法の使い手とは会った事あるしな。」
ペルの声には張りがなくトーンが落ちている。過去を思い出し、後ろめたさがあるからなのだが三人はそれには気付かないでいた。
「あたしも捕まる?」
「かもな。あの妙な杖と契約しちまってるし。」
「お前らは本当に問題ばかり・・・お?」
「どうしたの?」
「見つけた。」
書物から視線を上げペルはにっと笑い満足気に顔を右手で撫でると深い溜息を洩らし残っていた酒を飲み干す。彼が見ていた書物は、何の獣の皮から作られた物なのか不明でその全ての文字は金属製の粉末と植物から精製された色素等で彫りこまれている。製本されたそれらは表紙と裏表紙は金属で作られているが特殊な加工でもしてあるのか錆一つ付けていない。植物のツタの様なものでそれらは綴られこちらも何故今まで切れずにいたのか不思議に思える程、その書物からはかなりの年月が経っている事を感じさせている。表紙に書かれている模様は円を基本にしたものでその円の中に複数の幾何学模様が書き込まれている。
「あーなんだっけ。何を探してたんだっけ。」
「剣だ!」
「剣?」
「榊の剣に関する記述だ!お前たちはもう少し人の話をちゃんと聞いとけ。」
「悪い悪い。その辺の話は聞いてなかったからつい。で、何が見つかったんだ?」
「まったくなんなんだお前たちは。まあいい。勿体ぶるわけじゃないが飯を作っているあの二人が戻ってからにしよう。この書物の出所がはっきりしていなければとてもじゃないが信じられん話だぞ。」




