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三十一話

砕かれたアスファルトを見て彼は背筋に寒気が走るのを感じる。が、そちらに気を向けてばかりもいられないようで視線は直ぐに砕いた本人に注視する。自分と戦い方が似ている、と彼は思う。そして自分以外にも接近戦を選ぶものがいた事に少なからず驚きがあった。

拳を構えた状態からの突進を避けるも間合い外からの脚技が上部から振り落とされる。恐ろしいほど柔らかい股関節がそれを可能にし最短の軌道は最速を生み出しその脚は瞳に映ることさえ拒絶する。しかし榊も負けておらず新たに修得した広角視野であらゆる状況を認識し相手の動きを予測し尽く攻撃を躱している。

筋肉や瞳の動き、移動する際の土埃の跳ね上がり方。衣類のシワによる最もよく使われている体の箇所。あえて全体を見ることでそれらを認識し予測へ繋げる。観測と予測。それが榊が新たに手に入れた力だった。ただ、やはり多様は出来ないようで出来ても目の疲労で視界がぼやけたりするらしく練習した後は大抵目の保養を行っていた。

「あんたとんでもない動きするな。」

「そいつはこっちのセリフだ。どんだけ恵まれた肉体してんだよ。」

「努力をしてないとでも思ってるのか?」

「努力を受け入れられる体ってのは有る種の恩恵だと、俺は思うね。」

「そいつは己の体を使いこなせてないだけ、だ!」

左右のワンツー。それを剣の柄で防ぎ跳ね除けようとするが膝が斜め下から襲ってくる。舌打ちついでに後方へ退くと上部からの踵落としが降り注ぐ。剣で下から切り上げるも硬い何かに阻まれ空気の振動と共に金属音が辺りに響く。

(グローブだけかと思ったんだがな)

攻撃に使う全ての箇所に何らかの保護をしているようだった。攻撃力と防御力を兼ねたまさに拳闘士にうってつけの装備と言えるかも知れない。イングランドの丘で戦ったあの男を思い出すがあそこまで化物じみた攻撃力が無いのは幸いだった。

風切り音が榊の耳に届く。横転でその場を離れ身をかがめるが降り注いだ弓矢が地面をえぐり礫を飛ばしてくる。地味な痛みだが砕かれた岩盤の一部は鋭利な断面をしているせいで幾箇所に刃物で切られた様な傷ができる。が、地面の隆起に気付き慌ててその場を移動する。案の定、地中から先の尖った支柱が数本飛び出し榊の体を貫こうとする。多段攻撃に回避のみしか出来ずいずれは捕まってしまう。わかってはいても今はそれを繰り返すしかなかった。

もう少し。

「そっちの仲間は何もしてくれないのか。見殺しにする気かい。」

距離を取ると弓矢と魔術がくるので榊は拳闘士の男に接近する。彼の攻撃を至近距離で耐えるのは中々に骨が折れるがこの状況がもうそう長くはないことを榊は確信していた。

「まあ見てろ。驚くから。」

「一対三じゃあ不公平だもんなあ。あんたも多少は格闘技を齧っちゃいるようだが俺にはかなわねえ。そのナマクラも役には立っていないようだし、なあ!」

「役に立ててないだけだ。なんせまだ心の準備が出来てないんでな。」

だがもう限界だろうと榊は思う。これ以上はこちらの体力が持ちそうになかった。拳を受けたのはほんの数回だが一撃一撃が異常に重く榊の体力を極端に奪っていく。実際、剣が重く感じ始め動作に僅かだが遅れが出始めていた。いずれ、捌けなくなる。

呼吸を整える。体内が熱くなるのを感じる。そしてそれは体中に広がる。一時的にだが体力は回復し体が軽くなる。そして、やはり刃に紅い光が灯る。

「あ?なんだそりゃ?」

「必殺技だ。ま、避けるか受けるかはお前が決めろ。」

「気をつけろ十次!それが何なのかわからない以上下手に受けるな!」

人にはまだ試していない。当然だが。だからこの現象がなんの効果を持っているのか今だに把握していなかった。単に鋭利になるだけなのか、暴走状態のあの生物にのみ特化したものなのかわからなかった。

躊躇は、捨てる。

息吹の効果が上がっている気がした。いや、事実、能力が上昇している。慣れからくるものなのかは分からないが体の動きに眼と脳の処理速度がついてきている。その為、更に複数の攻撃のパターンが増えた。正確には効果の汎用性なのかもしれない。例えば連続で動ける様に体内に留めていた気力を一気に体外へ開放すると相手を強制的に自分に気を向けさせ一瞬の隙を作り状況を変えることが出来る。

十次と呼ばれた男は忠告を聞き入れたのか本能からなのか数歩後退している。その距離は5m程。一瞬で詰めるには遠すぎる距離だ。が、榊はそれを気にも留めていないようだった。

榊が動く。

突進から遅れて地面を這わせた剣先を跳ね上げる。石でも埃でも飛ばせるのならなんでもよかった。瞼を一瞬、閉じさせるだけで構わない。榊の動きを良く見ているならなお効果はある。そしてそれは彼の期待を裏切らなかった。瞼を閉じたのは一度だけ。だがそれを榊は見逃さない。最初の突進である程度の速度を予想した十次は開いた瞳に榊が映っていないことに軽い混乱を引き起こし懐に潜り込んだ榊にある種の恐怖を覚える。そしてその恐怖はさらなる混乱を招く。

タイミングはドンピシャだった。狙いも正確だった。だが予想外の防御をされる。樹が呼び出した鉱石の壁が榊の剣を阻む。それどころか動きが止まった榊に合わせるように無数の弓矢が降り注ぐ。

防げない。

榊はそう思う。問題は弓矢の量ではなく、風にのって届くおそらくその弓矢から発せられている匂いだ。燃焼系の火薬の匂い。銃器類の鉄臭い匂いとは明らかに違う鼻をつく僅かに酸っぱい香りが危険性を教えてくれるが知ったからといってどうなるものではない。

将の声が聞こえた気がした。

次の瞬間、業火が榊の周りで渦を作り燃え上がる。炎の質量が大気を激しく叩き重みを得た破裂音が彼を中心に辺りを駆け抜ける。

「おせーぞ。だがナイスタイミングだ。」

「偉そうに言ってんな。これでも早いほうだ。けどまぁ、遅くなって悪かった。」

「で、お前は誰を相手にする?」

「弓矢の奴だな。居場所なら特定してるし。榊はまだわからないんだろ?」

「特定したのかよ、すげーな。」

「炎の魔術の応用だよ。まあ魔成は使わないから便利だけど。ちなみに熱感知だ。すげーだろ。」

「チッ。ドヤ顔がムカつく。俺はあの格闘家に手がいっぱいだし誰か向こうの魔術師の相手をしてくれないとどうにもうまくいかんな。」

「睦生が何とかしてくれんだろ。例の物もあるしな。」

「例のもの?」

「驚くぞ。あの爺さんただものじゃない。」














「どうやら襲撃されたようだね。」

「随分、落ち着いてるようですね。」

全身から吹き出した汗に気付いていない睦生がドアに押さえ付けられた腕を擦るながらヒースを気遣う。幸い彼は睦生がクッションになったようで特に体に異変は起きていないようだった。屈むようにジェスチャーをするとそっと窓から外の様子を伺う。車体は道路に対して真横になっているようで直ぐに降りていった榊が何者かと対峙しているのが見えた。同じ人間との戦闘に恐怖と躊躇を抱いている将は車体に隠れ榊を見ている。

「私は大丈夫だからあの彼を助けに行ってあげなさい。敵は一人ではないだろうからね。」

「彼なら大丈夫です。それに向こうの人数もわからないのにこっちの人数を教えるのは避けたほうがよさそうなので暫く様子を見ます。」

「そうか。ならば今のうちにこれを渡しておこうかな。」

「なんです?」

「研究の結果だよ。私達は『ロール』と呼んでいた。破滅種の協力で完成した研究だよ。彼らは魔力と呼ばれるものを使い魔法を行使する。だが人には魔力がないので彼らが使う魔法は使えないのだ。そこで私達は彼らの魔法を封じ込み魔力が無い人間にも使える手段を模索した。そうして出来たのがこのロールと呼ばれる呪符なのだよ。詳しく話すと非常に専門的で長い話になるから端折るがこの技術は覚醒種と共同で開発したものなんだ。あまりに便利すぎて政府には報告しなかったのだが、どうやらどこからか漏れたようだね。」

ヒースがアタッシュケースから取り出したそれは幅20センチ程の透明な巻物だった。透明なせいで中に描かれている模様が透けて見えている。見た目はクリアファイルなどに使われるポリエステルに似ているが特殊な繊維で出来ており描かれた模様が正しく機能、もしくは発動するためにこの特殊な素材が選ばれた。丁度、集積回路の基盤の様な役割を果たしている。広げるとB5サイズくらいになり使用すると光の粒子を放ち消えてしまう。

嵩張るのが難点だが君たちならばそれも問題ないだろうとヒースは数本、ロールを将と睦生に渡しそれぞれの効果を説明する。

「このマークを覚えておくといい。系統は全部で8つ。東方で言う処の5元素、だったかな?と補助の3種類だ。5元素は分かるね?補助は向上、阻害、改変でそれぞれ目的別で使ってくれ。」

ヒースはマークを指差しそれぞれが何のマークなのか説明する。五大元素、地、水、火、風、空はそれぞれの性質を模した象徴を。補助の向上は円の様に湾曲した内側を向いた両矢印で阻害はそれの逆の形をしている。改変は三本の両矢印が縦に並んでいた。丸められたロールの直径は2センチ程しかなく重さも繊維で出来ているので非常に軽い。彼は続けて説明する。

「マークの横にアルファベットがあるだろ?Aは攻撃、Dは防御、そしてSは補助だ。破滅種は透けて見えている記号で何の効果があるのか理解していたようだが我々には少々判断が付きにくくてね。使ってみるまで効果がわからないのは中々にスリリングな代物だったよ。だが君らな慣れるまでにそう時間はかからないのだろうな。」

「こんな技術は聞いたことないです。それに破滅種が人間に協力していることも。」

「協力自体は昔からしているよ。善悪はあるがね。ただそれは非常に局地的な、言わば個人的な理由からだ。組織として彼らと協力関係になったのはおそらく私達が最初だろうな。彼らもそのようなニュアンスで話していたから。」

「でも・・・」

「今はここでいろいろ説明している場合じゃないと思うけどね。ほら、榊君が危ないよ。」

見れば確かにかなり危険な状況だった。流石に三人相手では分が悪すぎる。車体から榊を覗きながら睦生達の会話を聞いていた将が意を決したように小声で気合を入れる。

「俺が行く。お前はそいつを使って援護してくれ。それにお前の魔術も必要なんだし。」

「任せて。多分、将が出るとこっちに狙いがくるからなるべく派手に出てくれると助かるかな。」

「要はタイミングか。それまで榊が持つといいけど。」

「あの人なら大丈夫でしょ。あんな人、見たこと無いもん。」

笑顔が少し硬い。将はそう感じるがあえてそれには何も言わずそうだな、と一言だけ返事をする。睦生の笑顔の裏にある不安を、彼も感じているからよくわかるのだ。その不安を胸の奥底に納めるとじっと榊を凝視する。彼の動き、敵の動き。考え方を、敵に合わせる。タイミングを狙うならやはり弓使いに合わせるべきだと直感する。だか視界にその存在は認められない。敵三人の注意が榊に向けられていることを確認すると車体から身を乗り出し周囲を注意深く観察する。勿論、熱感知の術を施した目で、だ。

新しい魔術が出来ないかと色々試みてた時に偶然出来た副産物。燃焼のない暴発を引き起こした時に爆発の中心地に奇妙な結晶が出来ていた。それは不思議と結晶のわりには滑らかな形をしており深紅のせいか丁度、蝋燭の炎の様に見えた。将はそれを炎の雫と呼ぶ。杖にはめ込むと、正確には吸収するように杖に埋まっていったのだが、杖を持っている間に体の一点に集中すると熱を持つことがわかった。そこから色々な箇所で試した結果、目に集中すると熱感知の効果を確認出来た。サーモグラフィの様に熱源が赤く見えそれは普通のビル程度の外壁なら問題なく透過して見ることが可能だった。もっとも、熱源の確認が出来るだけで所謂透視能力が発現したわけではない。

最初、誰かに相談しようと思っていたが驚かそうと密かに試していたせいでみなに報告するタイミングを失い今まで黙っていた。お披露目には格好のタイミングかもしれない。

まず榊の方を視る。熱源は二つ。榊と十次と呼ばれた男の二つ。更にその向こう側、橋の手前に一つ。これは樹と呼ばれた男。弓矢は真上から降り注ぎ方向の特定が無理だった。だが周囲に居ることは間違いない。

将は辺りを見渡し人影を探る。

いた。

少し小柄でどうやら身を伏せているようだった。場所は樹のすぐそば、橋の始まりの土手になっている場所。将の位置からはよく見えないが橋が掛けられた場所は崖になっているが橋のすぐ横は人一人降りられるくらいの土手になっている。橋げたのメンテナンス用に作られているのかもしれない。そこに、熱源が確認出来た。

そして複数の小さな熱源も。

それが何なのか将に判断出来るほど経験はないが危険なものくらいすぐにわかる。咄嗟にだが車体の陰から飛び出し杖を構え呪文を唱える。タイミングなどみていられない、今しなければ間に合わない。そう判断する。攻撃のための炎ではなく仲間を守るために作った呪文。きっかけは丘での戦闘で暴発した魔術。過剰な燃焼は空気の層を作ることが可能なのではないのか、そしてそれを制御出来れば攻撃だけではなく防御にも使えるのではないか。

将は結果を見ろとばかりに声高らかに呪文を唱える。


『爆ぜろ!紅蓮の障壁!』














「チッ!妙な技使いやがって。だが一人増えてもたかが知れてる、樹!夜一!全力で迎え撃て!」

十次が叫ぶ。熱気で苛立ちが募り戦闘を急がせようとしている。気合いを入れるためか両拳を合わせ雄叫びを上げる。後方で樹が杖を振りかざすのを見ると将はロールを一本広げ、印でもするかのように指で撫でる。

「そいつが?」

「ああ、属性の無い者でも魔術が使えるらしい。例え覚醒者じゃなくてもな。」

「なんつー物騒なもんを作ってんだ、あの爺さんは。で、それはなんの効果があんの?」

「沈黙。」

効果は凡そ30秒。対象の周りの振動を止め音の伝達を阻止する。魔術を使う者には絶大な効果があり接近戦を得意とする榊が使用するとそれは相手の敗北が決定的になってしまう。それを見越しての使用で榊にロールを一本渡すと広げて使うように指示する。勿論、効果と、発現してからの対処方法も忘れずに。

そして将は自分の分のロールを使用する。

ロールは詠唱の必要はない。ただそっと指でなぞるだけで発現する。効果は殆が一時的なもので永続的に効果を持続させることは出来ない。榊が使った物も当然、そうだった。ロールを広げ指でなぞる。淡い光を放ち粒子となって消えていく。効果は直ぐに現れる。それこそなぞった直後に。彼の姿はその場からふっと消え去り樹の真後ろに現れる。

いくら人を殺める覚悟が出来ているとは言え流石に後ろから切るような事が出来るはずもなく榊は剣の柄で樹の後頭部を殴打し気絶させる。おそらくうめき声を上げたとは思うが沈黙の効果がまだ続いているせいで彼はその場に崩れ落ちるだけだった。

「おい、なんだそりゃ!ありえねえだろ!」

「よそ見してると後悔するぞ。お前の相手は俺だからな。」

「この距離で!魔術師のお前が俺に勝てるわけねえだろうが!」

「とっておきがあるんだ。」

将がニヤリと笑う。既にロールの効果は発現している。彼が使用したのは補助。効果は身体能力の向上。十次の攻撃をするりと躱し爆風を利用し後退する。両腕をクロスして防御した十次に火球の連続攻撃を与えるが特殊な装備でもしているのかあまりダメージは与えられず髪ち衣類の一部が少し燻り頬にわずかな火傷を負わす程度だった。

十次が何か叫ぶ。おそらく弓使いに。だが返事はなく初めて遭遇する未知の事態に自分の戦闘スタイルを忘れただ闇雲に拳を振り回すだけだった。付かず離れずギリギリの距離を維持し将は炎の矢と火球で攻撃を続ける。本来なら燃焼系の魔術で短期決戦で終わらせるのだがまだ生身の人間を殺める勇気と決心がつかないせいで相手が根を上げるのを狙った戦術を取っていた。火の矢による打撃と火球の熱による体力の消耗。それが将の今出来る精一杯の戦い方だ。

だがタイムリミットはある。ロールの効果は1分。それが過ぎると身体能力は通常に戻りとてもじゃないが接近戦を得意とする十次に対抗できるわけではない。だからそれまでに睦生と榊の戦闘が終わることを願っていた。幸いにもすでに敵の魔術師は榊が倒している。安堵が、将を包む。














頭の中で何度も同じ疑問が繰り返されている。自分たちは優秀なはずだった。普通なら克服しづらい精神的負荷も乗り越えてきた自負もある。多少のトラブルなど問題なく対処してきた経験もあるしこの業界での知名度もそれなりに上がってきて最近では政府からの指名さえ入ってくるようになった。

最初の頃に持っていた矜持や使命感など手に入れた富と欲に掻き消され今ではそれを手に入れたときの快楽に身を委ねそのためならば多少辛くても訓練を怠ったことなどなかった。

それがこのざまだ。

場所を特定されたらこれほど脆弱とは思いもよらなかった。いや、指摘はされていた。だがそれを聞き入れなかった。どんな相手でも私の場所を見つけ出すものなどいなかったのだから当然だ。

自惚れていた事を、今更ながらに自覚する。

先手と強襲を成功させるために潜伏の技術を学び磨いた。他の覚醒者が使う術や技では察知されず軍が使う軍事機器さえ欺けるほどまで成長してきた。

それなのにあいつは一体何なんだ?

あっさりこちらの位置を特定するとあっという間に追い詰められている。林に身を潜ませ死角から射抜いてもまるで羽虫でも叩き落とすように矢を防いでいる。

今回の仕事は簡単な暗殺のはずだった。相手はただの老いた人間。政府の護衛も全く役に立たずに始末することが出来た。後は手が出しにくい政府の管轄で匿われる前に始末しその技術と現物を手に入れるだけだ。

それなのにそれなのに。














さてどうしたものかと榊は心の中で首を傾げていた。相手は覚醒者、ならば弓矢が尽きるのを待つのは得策ではないだろうと思う。何より長引くと将が危険だ。林に入る前にちらりと見たがあの動きならばそうそう負ける事はないだろうがあれがロールの力ならばそう長くは持たない事も理解している。

彼には離れた相手に短期で勝負を決める手段が無かった。彼の武器はあくまで剣であり彼の戦闘スタイルに一役買っている武道の技術は補助的な物に過ぎない。確かに飛躍的に身体能力を上げることが出来るがそれが遠距離攻撃に繋がるかと言えばそうではない。あくまで補助でありそれなりの対価も必要だ。そしてなにより彼は最近まで一般人として生活していた事が遠距離攻撃をしてくる相手に苦手意識を持っている原因になっていた。それは当然だ。一般的な生活を送るものにとって遠距離から狙撃されることなどないのだから。

「えーと、夜一さん、だっけか。降参してくれないかな。こっちは人を殺めることに慣れてないしこのままじゃあ埒が明かないでしょ、お互いに。」

提案、と言うよりは脅しに近いかもしれないと榊は思う。こんな事を生業にしているくらいだから自分の力量の差を痛感しているはず、と少々短絡的な思考が彼にそう言わせた。相手の境遇や環境を全く視野に入れなかったから。

返事はすぐに帰ってきた。無言を伴った矢と一緒に。反射的の後退してそれを避けるが矢はまるで榊と見えない糸で繋がっているように彼を追尾し追い続ける。

「チッ。」

思わず出た舌打ちは自分の優位性を認識しているが為に出たものだがそれが間違っていることに彼はこの後痛感することになる。

追いかけ続ける矢を剣で打ち落とし追撃に備えるが背後からの人の気配に転がりながら身を翻す。が、強烈な蹴り上げに胃の中のものが逆流しそうになる。代わりに嗚咽が抑えきれなかった胃液と共に出る。軽いショックと呼吸困難が榊を襲い目眩にも似た視界の歪みの向こうに弓矢を構えた人物が佇んでいるのがわかった。

そこにいたのは青い髪を後ろで束ねたまだ若い人物だった。声質と同様、見た目も中性的で性別がはっきりわからない顔立ちをしている。灰色のパーカーとレザーのパンツ。手には保護のためなのか革製のグローブのようなものを着けている。長いまつげと端整な顔立ちは紅潮し少し大げさとも思える荒れた呼吸をしており少々間抜けな話だが榊はこの時、妙に色っぽいと思ってしまった。

だが見惚れる暇はもらえないようで構えられた矢に妙な冷気を感じ吐き気と内臓の痛みを堪え起き上がると同時に後方へ跳び上がり回転する。降り注がれる

矢を避けるためにもう一度そのまま後方へ回転する。着地の際、触れた地面は異常に冷たく、見れば矢が刺さった場所は凍りついていた。

榊に焦りが見られた。

燃焼系の攻撃は既に見ている。だから他の属性の攻撃があるとは夢にも思わなかった。もっとも、弓矢にそんな属性自体あるとは思っていなかったようで、覚醒者が使う他の種類の武器にどのような効果が有るのか考えるだけで辟易していた。

「そんなん有りかよ!?てゆーかはえーよ!」

「あまり舐めるなよ!こっちは実戦積んでるんだ!」

攻撃が躱されたことを気にも留めず相手はあっという間に間合いを詰め榊にいつの間にか取り出した短剣で斬りかかる。

「武器変換!?一人一種類のはずだろ!?」

辛うじて避け、剣で防ぐと驚きのあまり受け身になってしまう。威力はあまり無いが驚いた事に交えた刃が凍りつく。刃を弾き後退し追撃を警戒するが相手も退き上空に数本の矢を射ると早口で何か呟いている。

放たれた矢は榊を囲うように周りに突き刺さると夜一の呟きに呼応する様に地中から矢の本数と同数の鎖が吹き出し榊に絡み付く。半透明のそれは青白く微かに光を放ち強い力で榊を束縛する。

わかりきっていたはずだった。弓矢が普通のわけないことなど。何かしらの特殊な効果が有る事など物語の中では常識だ。油断と失念が榊を責める。

身動きの取れない榊に夜一は勝ち誇った笑顔と光を放つ矢を向ける。

覚悟を決める。死ぬという現実と、人を超えた領域へ踏み込む覚悟。だがそれを試す前に夜一の表情に変化が表れる。勝ち誇った笑みから奇妙な生物でも見るかのような表情は疑問から興味へ、そして知りたいという欲求へ移っていく。明らかな殺意の消失は榊に戸惑いを与えていた。

「お前はなんなのだ?」

「なん、は?」

「答えて。お前程の力を持った者を、ボクが知らないのはおかしいんだ。いや、力と言うよりはその戦闘スタイルか。剣を使う者など聞いたことが無い。何故今まで無名でいた。」

「あんただって短剣使ってたじゃねーか。しかも弓と魔術まで使ってる。」

「あれはただのナイフだ。いやちょっとまて、もしかして知らないのか?」

「何がだよ。」

「呆れた。どれほど関わりを持たなければそうなるんだよ。ボク達、覚醒者が使う武器は全て古代の技術で作られた物。それ以外の武器なら普通に使えるんだぞ。」

「え〜?」

「ただ、まあ、妙な癖が付くから殆どのものはあまりサブの武器を使うことはないけど。それで?お前は何者なの?」

「なんなのって言われてもなぁ・・・あんたらと同じ覚醒者、らしいぜ?剣をつかってるのはただの成り行きだ。深い意味はない。正直俺だって変えられるもんなら変えたいくらいだ。」

「・・・不便、なのか?」

「当たり前だろ?わけわかんねー化物の正面に立たなきゃなんねーんだぞ?怖えつーの。」

「・・・化物?ボク達のことか?」

「ちげーよ。破滅種が作ったのかしらねーけどデカい狼みたいなやつとかコウモリの化物みたいな連中のことだよ。死神みたいなやつもいたが。」

「お前、亜人と戦ったことあるの!?」

「何だ、興味津々だなおい。そいつを下げてくれたら教えてやってもいいぜ?」

夜一はそれを聞くと榊を睨みつけたまま微動だにしない。が、暫くすると大きな溜息をもらし上空へ一矢放つ。まるで花火ような音色を上げて空高く放たれた矢は大きな炸裂音を鳴らし弾けて消えてしまった。


確認したい事がある。


夜一はそう言うと敵意が無いことを示すように武器を消し榊に近付いてくる。

「安心して、今のは中止の合図。お前たちの仲間は無事だよ。まだ生きてれば、だけど。」

「じゃあ大丈夫だな。あいつらはあれでも優秀だからな。で、確認したいことってなんだ。」

「その前に、ホントに亜種と遭遇したんだよね?」

「あれを亜種と呼ぶなら、そだろうな。俺が最初に会ったのはコボルトって呼ばれてたみたいだが・・・それ以降の連中は、まあ、なんと言うか・・・あれはなんなんだろうな?」

「知るかよ。」

「まあ、化物だ。数百年は生きていたみたいだが。」

「そうか・・・わかった。いや、よくわからなかったけど、お前たちがボクたちより遥かに破滅種に近い場所にいることがわかったよ。だから、聞きたい。中東で行方しれずになった覚醒者のグループの話を知らないか?」

どこかで聞き覚えのある話に榊は沈黙するが直ぐに思い出す。が、あの話のグループと夜一が言っているグループが同一かわからないうえあのグループの身元を知っているわけではない。それに彼らの末路を知っているだけに軽率な返答は出来ない。

真っ直ぐ見据える瞳は何となく色素が薄い様に見え、不思議とそれが美しく感じる。輝くその瞳は力強さと揺るぎのない自信のようなものに怯えと悲しみが入り混じっている。

夜一は動かない。

仕方なく榊は当たり障りのない答えを用意するしかなかった。

「噂なら、いくつか聞いた。けど、どれも確かな証拠は聞いたことが無い。」

慎重に言葉を選ぶ。

「でも、一つだけ、確実な話がある。」

やめろと、もう一人の自分が警告する。それに意味はないと。

だが、一度開いた口は止まることなく話を続ける。馬鹿だなとは思いながらも。

「イギリスで、一人のロシア人に会った。」

榊は話した。レフが中東で経験した話を。細かく、覚えている限り。興味深そうに聞いていた夜一は自分が望む答えを聞けなかったのか次第に表情に陰りが見えてきた。案の定、詰め寄るように問い詰める。

「他には!魔術師がどうなったのかはわかったから他にどんなメンバーがいたのか聞いていないのか!?」

「悪い、聞いていない。だがギルド、だったか?あそこにレフを紹介した。覚醒者の情報ならあそこがもっているかもだからってな。もっとも、中東で活動していた覚醒者の特定なんて無理だって最初は言われたらしいけど、魔術師が有名だったらしく幸いその人だけは身元が判明したみたいだな。レフ、は、ロシア人の名前だけど、彼が魔術師の故郷に遺品を届けに行ってるはずだが、確か・・・岐阜と言っていたような・・・?」

「もしかして、その魔術師は桜木って名前じゃなかったか?」

「なんだ?知り合いか?」

「直接は、知らない。ただ、ボクの友人が彼と一緒に行動しているのは知っている。そうか、ギルドか・・・」

夜一は、ぼそぼそとしばらく呟き何かに納得したのか意を決したように榊に背を向けその場を立ち去ろうとする。

止めるかどうか、榊は悩む。

このまま立ち去るのならば引き止める理由はない。だが、とも思う。護衛の任を受けた立場としてこのまま立ち去らせてよいのかと。この者たちを雇った背後関係を知る機会ではないかと。

遠のいて行く小さな背中を見送りながら彼は小さなため息を漏らす。それは安堵からなのか疲労からなのかは定かではないが一区切りついた事が明らかななので思わず出たのであろう。

「ずっと聞きたいことが会ったんだが。」

「なんだよ。」

夜一は振り返りもせずに、それでも感謝の気持ちがあるのか歩みを止めると少々不機嫌な口調で返事をする。

「お前、男か?」

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