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二十七話

静かな山に沢の音がさらさらと聞こえる中、奇妙な鳴き声の生き物が二体、おそらく見張りなのだろうが暇なのか会話をしているようだった。たまに笑い顔を見せるがその度に滴る涎が不快感に拍車をかける。

スコープ越しに覗くその姿はあまり見ていて楽しいものではないが相手を知らなくてはならないのだから文句ばかりは言ってられない。

「これ、軍用だよな?しかも随分古いタイプの。なんで持ってんだ?」

「昔、友達にちょっと借りて返すの忘れてたのよ。」

「それ本当に友達か。襲った相手とかじゃ・・・いやすまん。もう言わないからそんな顔でこっちを見るな。」

「馬鹿なこと言ってないでちゃんと確認しなさいよ。」

「視認出来るのは二体だけだな。他のは奥にいそうだが。」

「そうね。確かこの奥には貯蔵用のちょっとした横穴があったはず。そこを拠点にしているのかもね。」

「貯蔵用?」

「冷蔵庫がなかった時代の代物よ。冬場に氷を作ってそこに保存しといて夏場にその氷を使っていたのよ。」

「なるほどな。」

咲は大きなクスノキに背もたれレフは落ち葉にカモフラージュされた布を羽織り地面に伏せスコープを覗き込んでいる。

目標まで200メートル程まで近付けたが身を隠せる場所がもう無いせいでここで行き詰まっていた。 少し前にリリーへ確認の連絡を入れたがまだもう少しかかりそうだった。無理をしないよう念を押したがおそらく無駄だろう。あの二人は優しすぎる。

静かな時が流れる。そしてその静寂を破る瞬間は突然訪れる。

耳にはめたイヤホンが合図の音を鳴らす。それは短いコール音。本来なら会話で知らせるのだが携帯電話の操作が、と言うより機械を通しての会話に抵抗があるのかなかなかリリーが覚えず着信だけするように言いつけていた。

「来た!援護宜しく!」

「任せろ。」

ゴブリンも異変に気付く。咲達にではない。自分達を取り巻く奇妙な力の流れにだ。目頭が熱くなり僅かな目眩が襲う。それはすぐに消えてなくなり代わりに半透明の美女が姿を現す。美意識が違うにも関わらずそれが美女と分かると二体のゴブリンは手を休めだらしのない顔でそれにすり寄ると必死で触ろうとしている。

それが幻影と気付く事はないだろう。両腕を首に回し彼女達に何やら耳元で囁かれても気付かないのだから。

呆けて涎を垂らして動きを止めたゴブリンの異変に咲もレフも気付きはしたが何が起きているのかまでは把握していない。二人には彼女達の姿は見えていない。だがそれでも迷わず突っ込んでいく。リリーからの報せと、見えている現実が状況を教えてくれる。それで十分だった。

(援護の必要は無いが、早いな。だが・・・)

それ以上に殺気の、気配の抑え方が尋常ではなかった。後から見ているにも関わらずたまに見失う。これ程の動きをする者をレフは見たことがなくだからこそ彼女の不調が惜しく思えた。

またたく間にゴブリンに接近できると彼女は彼等の背後に回り込みなんの躊躇いもなくその醜く弛んだ首を切り裂く。切り裂いた箇所から空気が漏れる音はすぐに消え代わりに血管から血が抜ける奇妙な音が空気を震わせる。力なく崩れ落ちるのを抱きかかえて止めるとそっと地面に寝かせる。それに気付いたもう一体が流石に正気に戻ったようで大声で仲間を呼ぼうとすが卵を潰した様な音と共に眉間を撃ち抜かれる。

着弾の衝撃で後へ倒れかけるのをまたも咲が支え責めるような、それでいてどこか安堵を含んだ複雑な顔で、こちらを見ているであろうレフを睨み先程と同じ様にそっと地面へ下ろす。

回りを見渡し異変が無いことが確認出来ると思わずため息が漏れる。目の前を流れる細い沢は相変わらず綺麗でサラサラと心地よい音色を聞かせてくれている。

少し離れた所に凍った水を削り取る為に作られた板場があり昔はそこで取れた氷を奥にある貯蔵庫へ運んでいた。最近は気温の上昇のせいなのか流れる量が増えたのかあまり凍る事もなくなりもっぱら飲料水として汲みに来る者が数名いる程度だった。

奥を見据える。少し切り拓いてあるようだが燃料にでも使ったのか見晴らしの為だろうか。いずれにせよ半日程度でよくここまで出来ると感心する。リリーも言っていたが随分と頭の回転が早い者がいるようだ。

(いや、違うな)

横たわる急速に硬直していく死体に目を落とし彼女は別の理由を知る。それはこの生物が決して知能が高そうに見えないこと。他者を操る事に長けた者にとってそれはとても都合のいい存在だ。自らの手を汚さず罪に問われる心配もない存在は道具のように使い捨てることが出来る。そんな事が出来る存在を、彼女は知っている。

「胸糞悪い連中だよ。」

「リリー達を狙っている者達か?」

「人程愚かな生物はいない、たま本気でそう思う時があるよ。」

「あんたみたいな人間の方が多いんだ。そう悲観するな。」

「そう願うさね。さて、残りを始末しようかね。」

操られているだけならば、とも思ったがリリー曰くこのゴブリンと言う種族は生来の残虐性を持っているらしく出来れば倒してしまったほうがいいらしい。現役時代にこれらと遭遇したことの無い咲はリリーの言い分を鵜呑みにするわけにはいかないと分かってはいてもその話を信じるしかなかった。

使われなくなった貯蔵庫は樹木に囲まれるその姿を遠目に確認出来なかったのだが切り拓かれたおかげで今はその姿を目視出来る。咲はちょっとした横穴と言っていたが入り口の高さは人の身長を優に越えており木製の両開きの扉が設置されている。おそらく元々は藁で作られた軒先は既に藁の代わりにシダと苔に覆われなんとか元の形を保っている程度だった。扉は開かれ奥から光が漏れている。炎の光りとはまた違うその光りはどことなく冷たい印象を与えた。

「ここにいるのは間違いないだろうが、嬢ちゃんたちは?」

「多分、あれじゃないかねぇ。」

彼女が指差した先は木の上。二人はこちらの気付き小さな手のひらを振っている。

「なるほど。あれならそうそう気付かれないだろう。」

「それで?どうすんだい?」

レフは咲に耳を塞ぐよう言うと懐から閃光弾を取り出し無造作に貯蔵庫へ放り投げると彼女の手を引きその場から数メートル後退する。

「後は待つだけだ。」














「暑い。」

「コート脱げよ。暑苦しい。」

「さっき脱いだら更に暑かった。」

「一応、耐熱の魔術が施されてるからね。着ていたほうが楽かもね。」

「なんだそれ。ずるくないか。」

「レアアイテムゲットだぜ。」

「うるせーよバーカバーカ。」

「霞達は暑くないの?」

「多少は暑いけど仕方ないよ。肌見せてると怒られるんだもん。」

「郷に入っては郷に従えってね。それで、ここの博物館にあるんだよな?どうすんのこれ。盗むの?」

榊達六人はここエジプトの首都、カイロへ来ていた。鉱石の精製に使う道具を求めてだが完成間近の博物館に搬入中らしく流石に皇太子の権力でもどうにもならなかった。

「犯罪者はいやだなぁ。」

「そりゃそうだが頼んでどうにかなるのか?あの王子様でも無理だったんだろ?俺らじゃなおさらなきがするんだが。」

「どうする榊。」

「とりあえず暑いからホテル行こう。ここじゃひと目もあるしな。てゆーか少しはゆっくりしたい。」

「年寄りくさいなぁ。」

榊の弱音、ではなく提案により六人は近場のホテルを探す。車で十分程のホテルに空室が見つかりそこへ行くことにする。数年前に起きた暴動のせいで経済的に低迷が続くエジプトだがここ数年、回復の兆しが見られ各国から参加している建築会社が多く行き交っている。当然古くから国交のある日本もそれに参加しており日本人の会社員の姿もちらほらと見ることが出来た。

「君たちは日本人かい?」

ふいにタクシーの運転手が話しかけてくる。窓の外をぽけっと眺めていた榊は思わず慌て言葉に詰まる。

「ははは、慌てなくていいよ。最近では日本人の観光客は減ってるからね。つい物珍しくてね。」

人の良さそうな恰幅のいい運転手はバックミラー越しに三人に話しかける。髪もあご髭も白髪が混じり見た目よりもどことなく窶れているように見える。

「ええ、日本から。後ろのタクシーの三人も、ああいやあっちは一人はイギリス人ですが、二人は日本人です。」

「そうなのかい。こんな時期に来てくれるのは有り難い話だねぇ。最近はほら、物騒だからね。あまり日本人は来ないんだよ。観光かい?」

「そう、ですね。似たようなものです。」

「日本に帰ったら是非良いことろだけ宣伝しといてよ。君たちが今から行くホテルも大きなプールがあって三つのピラミッドとスフィンクスが同時に見れる良いところなんだよ。」

とりとめのない何気ない会話の中にもこの国が抱える問題が見え隠れする。人々の悲壮感も。

程なく見えてきたホテルは高さがない代わりに横に広く砂漠の国らしくヤシの木がまるでオブジェクトの様に植えられておりそれは観光客の目線を気にした植林のようだ。ここからでもすでにピラミッドとスフィンクスの姿は遠目に見ることができドライバー曰く夜になるとライトアップされて綺麗ですよとのことだった。

中に入るとそこは程よい空調の効いたデザイン重視のエントラスホールが出迎え扉を開けてくれたベルボーイがそのまま客室へと案内してくれる。ネット予約の便利性のおかげでフロントでの面倒なやり取りは省かれていた。

男女に部屋を予約したが生憎と三人部屋はなく四人部屋をそれぞれ借りることにした。料金はあがるが二人や一人で借りるによりは料金を抑えられる。

「で、どうする?」

「疲れたからしばらく寝る。」

将の問いかけに榊は顔を枕に沈めたまま素っ気なくそう答える。どうも調子が悪いようで普段より随分と大人しい。メンバーの中で一番傷を負っているのだからいくら傷が治っているとは言え仕方のないことなのかもしれない。将と睦生は顔を見合わせ肩をすくめるとホテルの中を見て回ってくると告げると部屋を榊を置いて後にする。残された榊はまどろみの中、静けさのせいで聞こえる耳鳴りに気を取られる。防音でもされているのか外の雑音がまったく聞こえてこない。

体の節々に熱がこもっているのがわかる。いくら経験値の向上で肉体が使い慣れるとは言え負荷による摩耗は起こる。それすら霞の力で癒やすことが出来るのだが肉体が覚えた痛みは消えず一種の幻痛を引き起こしていた。

(これはもしかして石の影響もあるんじゃねーか?)

通常の数倍の経験を積むことが出来るなら痛みの蓄積もそうなのではないか。そう少し怖い想像が脳裏を過るが直ぐにその考えを振り払う。もしそうなら癒やしの効果を受け入れる事も向上しているはずなのだから。

仰向けに寝転がりシーツを体に掛けると本格的な睡魔が彼を襲う。スライドショーの様に次々と浮かんでは消えていく映像には統合性がなく自分の記憶なのか他人の記憶が流れ込んできたのか判断がつきにくく、薄れる意識がなおそれを困難にさせている。取り敢えず今はこの疲労感に身体を委ねることにする。














「宗司は寝ちゃった?」

部屋を後にした二人はロビーで暇を持て余していたシェリーに会う。開口一番そう聞かれ少々驚いたが彼女は榊の異変に気付いていたのだろう。彼の姿が見えない事でそう結論づけたのかもしれない。

「随分疲れているみたいだよ。傷、治ってないの?」

「治ってる、けどそれとは別問題かもしれないね。」

少し苦笑いを浮かべて彼女は暇だからと二人と共に行動する。

「あとの二人は?」

「ん〜ちょっとねー。」

曖昧な返事である。何かを隠している様だがそこには言及しないでおく。

「それより道具はどうするの?何かいい案浮かんだ?」

「まったく。そっちは。」

「一応あるけど、あまりオススメはしないかなー?」

「へー?どんなの?」

「作業員として潜り込む!」

「結局盗むのかよ!」

「違う違う。潜り込んでその場で精製するの。」

「そんなに早く出来るものなの?」

「わかんない。だから一応、なの。」

「あまり、行き当たりばったりってのはちょっとなー。」

「だね。でも現場に潜り込むのは悪くない。」

六人は二階に部屋をとっているがそこのロビーは一階からに吹抜けになっており螺旋状の階段で下の階へ移動できる。階段を降りた先はそのままメインロビーになっている為、彼らは勿論最初にここを上ってきている。だが構造上、上るときは見えないのだが降りるときは二階の外側は全面が強化ガラスで出来ているため中庭にあるプールが視界に入る。ふとそこへ視線を移すと見覚えのある二人が仲良く遊んでいるのが見えた。

「あのーシェリーさん?あそこに見覚えのある人が・・・」

何か言われるのを避けるためなのか既にその場に彼女の姿はなく残された二人は自分達が取るべき行動をお互いに誓い合う。














「シェリーもくれば良かったのに。」

「イヤデス。」

「なんで片言なのよ。」

「二人には分からないデス。乙女のキモチが。」

「なんなのよまったく。」














「俺、今日ほど旅に出て良かったと思ったことないよ。」

「そうだねー。」

「最近の危ない目はこの為だったんだよな!?」

「そうだねー。」

「でも榊にはちょっと悪かったーても思うんだよなー。」

「そうだねー。」

「お前さっきから・・・いや何でもない。」

「そうだねー。」














「作戦会議始めるわよ!」

「榊さん、起きてー。」

「また寝てるのかよ。もう三日目だぞ。」

「ちょくちょく起きてはいるみたいだよね。頼んだルームサービスの三人分が食べてしまってあったりするし。」

「食べすぎじゃない?」

「・・・腹減ってんだからしょうがないだろ・・・」

「あ、起きた。」

「うるさくて寝てられない。」

「寝るなよ。」

「作戦概要を説明します。榊、ちゃんと聞いててね。」

「どーせ俺は突っ込んで剣をぶんぶん回せばいいんだろ?」

「あのねぇ毎回力押しで行くわけないでしょ?今回は危険なこと無しよ。」

現在完成が急がれている大博物館は世界最大の規模を誇り各国に貸し出し、または所有されていた古代エジプトの遺物を一箇所に集める事に成功していた。その数、実に十万点を超えるほどでかつてここまで遺物が集まる事はなかった為、考古学者をはじめ各国も注目している。 だが経済低迷真っ只中のため建設の資金調達に難航しているのも事実で建設途中にも関わらず特例での内部の見学や公開で観光客を呼び込み友好国からの資金援助でなんとか前倒しでの完成を予定している。

特に日本は資金のみならず人材や技術まで提供しており今だ強い友好関係にある事を国内外へ知らしめていた。三世紀近く良好な友好関係を築いてきた両国、ボランティアで潜り込むのも容易だろうと言うのが椿の案だった。

「それは駄目だろう。」

「なんというか、人の好意を利用するようなやり方はちょっとどうかと思いますけど・・・」

「何言ってんの?ちゃんと作業するのだから問題ないでしょ。その間に責任者と仲良くなってちょっと貸してもらえるようにお願いしてみるの。」

「椿、お前少し馬鹿になってないか。もう少し賢いと思っていたぞ。」

「し、失礼なこと言ってんじゃないわよ!これでも貴方の身体を気遣ってるのよ!」

「いやいやいや、それにしたって非常識な話だから?」

「ウソ。そんなにひどい?」

散々な言われようだがここでシェリーが助け舟を出した。案自体は悪くはないのでは、と。何かしらの繋がりは必要だろうと。それを聞いて必死で自分を擁護する椿を尻目にお菓子を頬張った睦生がその甘さに驚き慌てて紅茶を飲み干す。

実は椿の案はそれ程的外れでもなかった。建設途中とは言っても残っているのは外観の工事だけで中はほぼ出来上がっている。事実、政府は地元の学生ボランティアを募集し専門家の指導の下、展示品の搬入や内装の飾り付けをさせており身元さえはっきりしているならば日本人と言うだけでそこに紛れ込むのは比較的簡単だった。それ程までにエジプトでの日本人に対する信頼度は高かった。

焼き菓子が入ったバスケットが回ってくると皆それぞれ一つずつ菓子を取り口に運ぶ。みな一様にその甘さに驚いているようで最初に食べた睦生がその反応を楽しんでいた。

「その甘さ、ちょっと凄いよね。」

「バスブーサってお菓子ですね。セモリナ粉で作られた焼き菓子をシロップ漬けにしたお菓子のようです。甘党が多いエジプトらしい食べ物ですね。」

「俺にはちょっと甘すぎるかな。」

「なんだか疲労が癒やされる気がする・・・」

「そんなわけねーだろ。」

「なくはないんじゃない?暑い国の食べ物だから疲労回復の目的もあるのかもよ。」

「腐食防止に糖を入れる事もあるから色々と理にかなった食べ物なのかもな。」

そう言ってもう一つ口に運び美味しそうに食べる榊に霞は紅茶のお替りを注ぎ足している。なかなか元の元気を取り戻さない彼に対して負い目なのか責任感からなのか随分と献身的に面倒を見ている時がある。そんな時、必ず睦生が気不味そうな顔をするのだがそれに気付くのは将だけで慰めとも励ましとも取れる彼の態度に睦生は渇いた笑いを浮かべるだけだった。

「取り敢えず、事業部にアポイントだな。」














作戦会議とは名ばかりの雑談から二日後、六人はめでたく館内へ入り込むことに成功していた。だが予定とは違い彼らは別々の場所で作業をさせられ肝心の道具へ近付けられずやきもきしている。何より会話が必要な為、タリスマンを持っているせいで作業効率はどんどん向上し一日目が終わる頃にはあちらこちらの現場から誘われる羽目になっていた。

少々以外だったのが様々な国の学者とその生徒が参加している事だった。大博物館のプロジェクト自体はいくつかの国が関わっているのは知られていたが展示にはそれ以上の国が参加しているようだった。それが更に言語に不自由しない六人が重宝される理由かもしれない。

慣れない作業で体のあちこちが痛く、などと言う事はなくあっという間に作業に慣れる身体に今更ながらタリスマンの威力を思い知らされていた。

そして四日目、榊の姿は例の道具の前にあった。

それは古代エジプトの神殿の柱を模した台座に乗せられた、正方形の強化ガラスに守られ小規模の会場の隅にポツリと展示されている。名前も用途も不明と書かれ製造された年代だけが大まかな時代で書かれている。

それはバチカンで見た資料そのままの姿をしていた。全体の高さは五〇センチほど。円錐台を二つ、面積が狭い方同士をくっつけた様な形をしており上部の台の中心は窪みが、下部の台の繋ぎ目の下辺りから五本のアームが伸び先端は上台の窪みを指している。全体的に土色をしているが質感は鉄の様に見えなんとも奇妙な見栄えをしていた。

円錐台には上下とも記号が彫り込んでありそれは一周し三つづつの、まるでリングの様に均等に施され種類は違うが似た系統の記号が五つのアームにも彫り込まれている。素材が分からなかったせいなのかあまり手入れはされていなくせいぜい表面の埃を払われただけの様に見えた。

休憩中、見学ついでに館内を歩き回っていた榊はここを偶然発見し急なことにしばらく自失していた。我に返った際、思わずポケットを弄るが保持契約のおかげで携帯電話の持ち込みはしていない。他のメンバーと連絡を取ろうにも各自が配属されたグループがどこで作業をしているのか把握していない。仕方なく今すぐにでもみなに知らせたい衝動を抑え今日の作業が終わるのを待つしかなかった。

「随分とそれにご執心のようですね。」

不意に、背後から掠れた声がかけられる。それはとても優しく今では懐かしくなった言葉。それもそのはずだった。それは生の日本語なのだから。榊達は常にタリスマンを身に着けているせいで純粋な言葉を耳にする事はない。感覚的な話になるがタリスマンを通して会話する言葉には微妙な違和感がある。それは普段はまったく気にならないのだが知っている言語で言葉をかけられるとはっきり気づく。レフもそれに気が付いていたようにその感覚はタリスマンを所持していない者が所持している者から声をかけられたも場合も気付く事がある。まあ殆の者がそんな些細な事など気にも止めず使っているのだが。

「ええ、とても、変わった形をしていると思いまして。思わず足を止めてしまいました。」

「そうでしょう。考古学者だった父もこれが何なのか結局わからないままでした。ここへ届ければ何かわかるかと期待したのですが、駄目ですねぇ。」

望郷の念と動揺を振り払い榊はゆっくりと振り返る。そこにいたのは白髪がうっすらと混じった黒髪の女性が立っていた。上品に纏められたその髪は杏の様な簪で止められ背筋をピンッと伸ばしたその姿は薄い水色の生地に小川の様な模様が染められた着物に包まれていた。振り向いた榊を穏やかな笑顔で向かえるとまだお若いのね、と手毬が転がる様な静かな笑い声を上げる。

「これは貴方が?」

「ええ。主人がこの機会にどうだって言うものだから。うちに置いといてもしょうがないでしょ?だからそうねって。それにこの方が父も喜ぶと思うの。貴方は学生さん?」

「あ、いえ、観光のついでに。就労ビザは無いので奉仕活動の一環として参加ししています。」

「あら。そうなの。偉いのね。」

榊をじっと見つめると彼女は不思議そうに首を傾げると貴方は不思議な喋り方をするのね、と呟く。そして過去にもそんな感じの喋り方をする人にあったことがあると。それがいつだったのかを思い出すように彼女は黙り込むと思い出したのか少し驚いた顔をした。

「父を訪ねてきた方がそうだったわ。」

その人はとても気の良い人だったそうだ。彼女の父親はこの道具を探して訪れた一周り以上年下の彼を気に入り直ぐに親友のようになり暫くは彼と老後の余暇を楽しでいたそうだった。

道具を譲り受けたいとの申し出ににべもない断りに彼はあっさり引き下がるとそれはそうだと言い放ち大笑いし父を何処かへ連れ出し帰ってきた頃には既にそうなっており、何があったのか聞いても答えてもらえずいつも笑って誤魔化されたそうだ。ただ、結局そこまで仲良くなったにも関わらず彼女の父親は道具を譲る事はなくまた彼も純粋に友達に会いに来ているだけのようで二度と譲ってくれるよう頼む事もなかったそうだ。

そんな奇妙な関係が数年ほどたつと病床に伏せた父親を一度だけ見舞いに来るとそれ以降彼の家族の前に姿を現すことはなかった。

「その時に見かけたのが最後ね。一日中、父の病室に入り浸って楽しそうにお話してたの。それが本当に楽しそうで病に苦しんでいた父が見せる久しぶりの笑顔が嬉しくて嬉しくて私と母は待合室で涙を流したのを覚えてるわ。」

一度思い出された記憶は堰を切った様に溢れ出し懐かしさからかそれとも別の感情からなのかとても幸せそうな笑顔を浮かべる。次々に思い出された記憶は彼女の表情をコロコロと変え榊とは会ったばかりと言う事を思い出し僅かに頬を赤らめると少し恥ずかしそうに歳を取るとおしゃべりになってイヤね、と微笑む。

「きっと貴方が何処かあの人に似ているせいね。喋り方も、雰囲気も、その遺物に興味を持つところもね。でも顔はあの人の方が精悍だったわね。」

悪戯っぽく笑う声は相変わらず静かで彼女なりに周囲に配慮してのことかもしれない。榊は思い切って聞いてみる。この遺物について何か聞いていないか、と。

「貴方は知っているの?」

途端に場が凍り付くのを榊は感じた。同時に彼女がこれが何なのか知っていることも。先程までの柔らかな雰囲気はなく代わりに怯えにも似た冷たい感情が剥き出しになっている。張り詰めた空気に居心地の悪さを感じながら迂闊過ぎた自分の発言を呪うか褒めるか考え倦ねている。どちらにせよ早く誤解と弁明をしなければならないだろうが。

「知っています。寧ろそれが目的でここまで来たんです。」

彼は淡々と説明する。ゆっくりと丁寧に。嘘はつけない、綻びが生じるから。だから真実を隠し事実を語る。覚醒種や破滅種に関わる事は隠し仲間の一人が遺物に関する資料で興味を持ち探していると伝える。そしてこの道具が作られた目的と、危険性も。彼女はじっと榊の顔を見つめ彼が話し終わるのを待つ。話し終わっても暫く彼を見つめていた。その表情は先程までの冷たさはなく、それでも何処か警戒しているようだった。

「わかったわ。言えない事もある様だけど、取り敢えず貴方の言い分は聞き入れます。それにこの道具がどれ程の危険をはらんでいるかも理解しているようですしね。」

「やっぱりご存知だったんですね。」

「当然よ。と言いたいけど詳しくは知らないのよ。父は知っていたようだけど詳しくは教えてくれなかったの。ただ、知られると危険、と。そうなのね。これはそれ程までに人に影響するものだったのね。」

「幸いな事にこれで作られる量は少量ですからね。世界の仕組みを変えようと思うならとんでもない根気が必要でしょうけど。」

「何言ってるの。答えがわかれば後はどうにでもなるのよ。それこそ大量生産も可能になるわ。」

彼女は顔をしかめ暫く一人でブツブツと呟き何かを決意したようで、榊に泊まっているホテルの名前と彼等の名前を聞き出すと暫くこの街に滞在するよう伝えいそいそとその場を後にする。

タイミングよく、持たされていた無線機が呼出音を上げる。

『榊、いつまでサボってるんだ。内装に変更が出たんだ、急いで戻ってくれ。』

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