二十六話
翌日、三人は咲の運転する軽トラックで石の持ち主の家族へ会いに行く。ナスターとリリーの二人はともかく体の大きなレフは助手席に乗るわけにはいかずトラックの荷台に乗る羽目になる。
レフ達が最初にたどり着いた村は覚醒者の村らしく引退した者達が親を亡くしたまだ幼い覚醒者の面倒を見るために何十年も前に作られたらしい。ただ最近は覚醒者が誕生しなかったせいで廃れてきているそうだ。
「破滅種の手を離れた亜人が暴走し始めているのにこっちは手が減る一方さね。」
寂しそうに咲はそうポツリと呟いていた。
放置気味の植林地は殆ど野生化しているようで鬱蒼と覆い茂り日の光りさせ容易には差し込まないようだった。緩やかなカーブをいくつか抜けて四人を乗せたトラックは森の奥へと進んでゆく。
三十分ほど走らせると白い煙が真っ直ぐ空へ立ち上っているのが目に入る。どうやらそこが目的の場所らしく徐々にトラックのスピードは落とされ砂利が敷き詰められた庭へと入っていく。
庭に面した古民家は平屋で白い煙はどうやらこの家の裏から登り立っているようだった。軋む荷台の縁とタイヤを気にもせずレフは飛び降りる。二人の幼いエルフと咲も降りてくると咲は三人にここで待つように言いつけ一人で奥へと進んで行った。
「すまんな、君達の用を後回しにして。」
「構わないです。私達だけではどうにもならなかったですから。それに私達が移動すると時間を稼ぐ事にもなりますから。」
その意味が、わからなかった。そもそもが詳しく話を聞いていないせいもあるが彼女達の目的をレフは正確には知らない。覚醒種の力を借りに来たそうだがその理由はいまだ聞いていない。
ゴブリンに追われできるだけ早く東京を離れる必要があったからではあるが彼女達の無邪気な容姿に警戒心が皆無だったのは事実だった。
森の妖精と表現されるのはあながち間違いではないかもなとレフは思う。
ここに来て彼女達に笑顔が増えた様に思う。特に何か楽しい話をしているわけではないが森を見てニコニコしているさまはどことなく幸せそうだった。何がそんなに嬉しいのか聞いてみたらここの植物達がとても元気で楽しげだ、との返答にレフは困惑するしかなかった。ただそれでも、ここの空気と雰囲気に淀みが感じられないのは彼にも理解出来ていた。
暫くすると咲が奥から姿を現し手招きをする。
思わず奥歯を噛み締める。ここには謝罪と訃報に来たのだ。落ち着かない気分と臓器を掴まれている様な不安を飲み込むと彼は拳を握り締め咲の元へ進む。
砂利が踏みつけられる音が何故かは分からないが心の負担を減らしてくれていた。玄関を横切り裏庭へ回り込む。途中、簡素な、板を敷いただけの棚が姿を現しそこには多くの仕上げ前らしい陶器が並んでいた。使いやすそうな湯呑から奇抜な形をした花瓶のようなものまで様々でそれでも全てに一つの共通点のように夜空に咲く桜のような模様が浮かんでいる。それはとても美しく故意にその模様を表現しているのではないようで自然に姿を表しているように見えた。
美しいと、素直に感じる。そこに驚きを感じる。随分と人間らしくなった、と。
母屋の裏には大量の薪と人の丈を上回る土窯があり薪の横に長椅子が、そこには眼鏡をかけた甚平姿の男性が座っていた。不恰好な湯呑を両手で持っていたその男性はレフの姿に気付くと立ち上がり深々と頭を下げる。
「わざわざ起こし頂きありがとう。」
細い体付きからは想像出来ない低い声に一瞬、戸惑うが理由はそれだけでは無かった。レフの耳に届いたのは流暢な英語。咲や榊達とは違う、妙な言い方だが実体のある言葉だった。
「ロシアの方のようだが私は英語しか話せない。すまないね。分からないなら咲さんに通訳してもらうが。」
「いや、大丈夫だ。それよりその・・・」
「謝罪、だろ?気にしなくていい、と言われても貴方は自分を許せないだろうな。」
レフの言葉を遮り、彼は三人に座るよう促し咲に目配せする。彼女はこくりと頷くとその場から離れて行った。
「息子は、勇人は、毎週連絡をよこしていたからね。それがなくなって暫くたつんだ。だから覚悟はしていたんだよ。」
桜木と名乗ったその男は寂しそうに湯呑を見つめる彼にレフはそっと布に包まれた石のネックレスを渡す。すまない、と一言付け加えたがそれが彼の耳に届いたかは分からない。
受け取った石を彼は何かに祈る様に、込上がる感情を抑える様に握り締め肩を震わせていた。
自分は弱くなった、と彼は思う。
部下を持つ立場上、不幸を伝える事は幾度となく経験している。それになれる事はなく毎回、心苦しいものがあり躊躇いと部下や友人を失った現実を突き付けられる。親族の悲痛な叫びと罵倒は彼の記憶から消える事はなくそれは一生彼が抱き続けなければならない想いでもあった。
だが今回は己が対処出来ない不可解な、絶対に敵わないであろう存在が、彼の戦士としての信念と自信を打ち砕いていた。そしてそれは生存本能さえ脅かすほどに。
暫く、沈黙が流れるが桜木がぽつりぽつりと話を始める。
「僕の一族は覚醒種だが僕を含めもう何代も発現者が生まれなくてね。勇人が生まれた時は親族が集まって祝ったんです。」
温くなったお茶を啜ると彼は不格好な湯呑を愛でる様に眺める。
「この湯呑は勇人が初めて作った時の物です。不格好でしょ?でも息子は僕の跡を継ぐと言って一生懸命修行していました。この辺りの土と木を使うと過度な燃焼で焼物の一部に炭化とガラス化が混じった物が出来るんです。そしてそこには一様に一咲の桜の様な模様が焼き付けられる。勇人はそれがとても気に入っていていつか桜の木を咲かせると言ってました。そしたらその焼物は僕達と同じだから家族だね、と。何が同じなのかすぐに分からなかったですが僕達の名字と桜の木を同じに見たんでしょうね。」
一滴の涙が落ちる。まるで目の前に息子がいる様に微笑むがその表情はすぐに消えた。
「覚醒種と破滅種の争いは表向き、沈静化していました。それも長い間。ですから僕達親子は普通の人生を歩むつもりでいたんです。まあここで後方支援の様な事をするから普通、とは言い難いですがね。それが、あれはたしか息子が中学になる前だったと思いますが、急に前線に立つと言い出して。」
何がそう決意させたか未だに分からない、彼はそう言った。その顔はとても辛そうで、何かに恨んでいるようにも見えた。彼にとっては不幸な事だが勇人にとっては幸いな事に彼には才能があった。そして優秀な師も。咲の知識と技術を見る見る吸収し独自の発想と閃きで強力な術の開発をものにしていった。
彼は主にギルドの協力を得られない地域に出向き活動をしていた。理由は紛争や宗教、文化の違いから他国が介入出来ない、もしくは他国の食い物にされているせいで弱い立場の者が苦しんでいるのが耐えられないからだったようだ。
前線に立ち、実情を知っても腐らず己の信念を突き通しそれに共感した者が次第に彼の元へ集い出す。若さ故の勢いに加え優秀なベテランの加入により安全マージンは徹底され少ない被害で多くの人々を救っていた。
毎週送られてくる手紙には近況が書かれているが戦闘に関する内容は殆ど触れられず仲間と美しい風景の写真を添えられていた。心配させまいとする息子の気遣いは嬉しかったがどのような敵と戦っているのか分からない不安は常に父親に付き纏っていた。それでも写真の向こうで仲間と本当に嬉しそうに笑う笑顔は子供の頃と何ら変わらない事が父親の杞憂をわずかだが拭い去ってくれていた。
「最後に手紙が届いたのは三週間前。だからある程度の覚悟はしていたんですが、やはり駄目ですね。」
身内を亡くす辛さは如何許りだろうか、と胸を締め付けられる。仲間を喪うのとはまた別の辛さなのだろう。だからこそ思う。強いな、と。
「我々が弱かったばかりにすまない事をしたと思う。」
「いえ、あなた方が関わらなくても、結果は変わらなかったと思います。寧ろ関わったせいで余計な重荷を背負わせたかもしれません。」
「それはどう言う意味で?」
「最後の手紙。珍しく敵の事が書かれていました。今までと違う、ちょっと毛並みが違うのが相手だと。嫌な予感がして現地のギルドに援護の要請を試みたんです。ですが既に勇人達は消息を断っており連絡がつかなくなっていました。咲さんの昔馴染みの方にも手を尽くしてもらったのですが勇人達が何を追っていたのか誰も知らなくて。普段からギルドとあまり関わっていなかったのがここで裏目に出てしまいました。」
震える声はそこで止まる。話す事が辛いのではなくそれ以上の事が分からないようだった。現に彼は息子の最後が分かって良かったと涙を拭きにっこりと寂しそうな笑顔をレフに向けた。そして可能ならばギルドに最後の戦闘を詳細に報告してほしいと、それが次に繋がるからと頼む。
一区切りした頃に咲がお盆にお茶を乗せて戻ってくる。タイミングが良すぎるのはおそらく様子を伺っていたのだろう。
「レフにはコーヒーだ。お嬢さん達にはオレンジジュースで。」
「咲さん。」
「そうね。まさかこんな真っ昼間から来るなんてね。」
「すまない。多分、我々が連れてきたようだ。」
「レフさんは悪くないです!私達が・・・!」
「誰も責めてやしないさ。寧ろ好都合じゃないか。」
「いいのか。ここに迷惑かけるが。それに俺は丸腰だ、あまり役にはたたんかもしれん。」
「大男がなに情けない事言ってんだい。それに多少の銃器なら私のトラックにあるさね。」
咲はにっと笑うとお盆をくるくると器用に回しリリーとナスター、それと桜木の三人は母屋に隠れるよう指示するがエルフの二人は自分達も戦うと言う事を聞かない。
「私は訓練を受けてます。それに妹はこれでも優秀な精霊術師です。」
「そいつは心強いが、今来ているやつらはおそらく斥候だ。襲ってきやしない。奴らを潰して他のに警戒されるくらいならあれはこのまま帰して仲間を引き連れてきた所を叩く方がいい。」
「だからそれまでは中で休んでな。助けが必要な時はこっちから頼むさね。」
レフと咲の二人にそう言われ納得したリリーはナスターの手を引くと桜木と共に母屋へ移動するがその際に咲から桜木へ目配せがあった事に二人は気付かないでいた。
「上手い言い訳だ。」
「どんな経験してるか知らないけどまだ幼いあの子らに見せるわけにはいかないからね。」
「・・・昨夜の動きで知ってはいるが、戦えるのか。」
「“知っている”なら聞く必要はないだろ?」
雑木林の薄暗い影を移動する二つの異形の姿。それはとても慎重で積もった落ち葉を踏み鳴らす音さえ立てずに移動する。小柄なそれは武器らしいものは持っていないようで光沢を消した革製の鎧に身を包み民家の周りを遠巻きにしながら何かを探すようにゆっくりと移動していた。
二つの異形は民家を一周し終わると身をかがめ息を潜め人には理解出来な言語で話しているがそれすらも葉が擦れる音より小さくその声は聞けない。何かを確認出来たのかその二つはその場を後にしようとする。
不意に二つの異形は何者かに襲われる。
「は〜い大人しくしようかね〜。」
「生かすのはどちらか一人だ。先に白状した者を生かしてやるぞ。どうする。」
「だそうよ。この人は本当に容赦ないわよ。」
「と言うか俺の言葉は分かるのか。」
「話せなくても理解は出来るのよ。こいつらはね。」
レフと咲に拘束され暴れるが己の非力さでは振りほどけないのを知ると途端に大人しくなる。お互い自分が生き残る為の知恵と思考をフルに使う。相手よりどれだけ多くの情報を提供出来るかを示さなければならない。生き残る為に状況を打破する思案よりあっさり仲間を裏切る選択を取るあたり、やはりあまり賢い生物ではないのかもしれない。
レフの太い腕に締め付けられた者と咲に鋭く光る短剣を首に添えられた者。お互い命の危険を察し見苦しくも罵りあう。言葉が分からないレフはともかくタリスマンを持つ咲は彼らが何を言っているか理解出来るせいでその表情はみるみる疲弊していく。
「ストップ!交互に話な。行き詰まった方がさよならだ。」
二つの亜人はお互い顔を見合わせると生唾を飲み込み慎重に、相手の腹を探るようにぽつりぽつりと話し出す。自分達がここにいる理由。エルフの二人を付け狙う理由。規模と人数、そして指揮を取っている者が誰なのか。それは今ここに来ているのか。
残念な事に二人を狙う理由と規模に関する事はこの醜悪な亜人は知らされておらず分かったのは指揮者がどのような人物かだけとここにはせいぜい小隊程度の人員しか来ていないだろうとのことだった。そしてそれはレフと咲の顔を曇らせた。情報の少なさにではない。娘たちを追っている者の存在にだ。
「胸糞悪い話だよ、まったく。」
「よく、あるのか?」
「残念だけどね。寧ろ破滅種より質が悪い。」
レフは驚きはしなかった。人の醜さはよく知っているしそれがこの世界を形造っていることも知っている。そしてそんな中で命をかけてその醜い者たちを守っていたのも事実だ。
「それで、こいつらはどうするんだ。まさかここで始末するわけにもいくまい。」
「便利なものがあるからそれに閉じ込めとくさね。現場を離れて久しいからねぇ。凄惨なものに耐えられないかもだしねぇ。」
彼女は冷たい笑みを浮かべてそう言うと宙に奇妙な印を描きぽつりと呟く。
「囲い箱」
「おお!?なんだそりゃ!?」
「あれ?覚醒種の事を知ってるんじゃなかったのかい。」
「知ってるが、そんな事が出来るなんて聞いてないぞ。」
ふっと現れた鉄製の檻にレフは腰が引け思わず絞めている腕を緩めそうになる。彼が入るには少々狭そうだが亜人二人程度なら多少の窮屈なだけで済みそうだ。
その檻は黒い鉄製で柱の一本一本に奇妙な記号の様な文字らしきものが彫ってある。床と上部は分厚い鉄板で出来ておりその中央には大きな記号が、こちらも直接彫ってあるようだった。両開きの扉から亜人二人を中へ放り込むと咲は再び印を宙に描くと現れた時と同じ様に姿を消す。
「何というか、以前踏み込んだカルトの組織にあんなのがあったが、悪魔的ななにかなのか。」
「まあ、詳しく話すと面倒だからそれでいいよもう。」
呆気にとられるレフを相手にするのが面倒のようで適当な事を言ってあしらう。時間が惜しいのもあったがあまり長い時間先程の連中を自分の中に留めておくのが気持ち悪いと言うのが正直なところだった。
戸惑っているレフのおでこを指で弾くと今しがた手に入れた情報を元にどう行動するか、それを今この場で二人で決めていいのか話し合う。お互いそれなりに戦歴もあり似たような立場にあった為か話はかなりスムーズに進む。だがやはり現役と一線を退いた二人には決定的な食い違いが出てくる。
現実的な作戦と堅実的な作戦。
咲の体を気遣ったレフは己の身体を顧みない彼女を咎め実力を出しきれない事を指摘する。その結果がどうなることかも。そしてそれは自分もそうであることを自覚していると。
「認めろ、咲。俺達は今は本来の力の半分も出せやしない。」
「あんたと一緒にしないでほしいもんだよ。私ならやれるさ。」
「ならば何故こんな場所で引きこもっている。自分でも分かっているからだろう。もう戦えないと。」
「うるさいよ!」
首筋に突き付けられる短剣の剣先は震え怒りと焦りが込められている。認めてはいるが他人に現実を見せられるのは、違う種類の虚脱感を意識させられ見えない楔が打ち込まれたような感覚になる。
やり場のない苛立ちを押し殺すように食いしばる彼女にレフは一言、謝りを伝えるとそっと短剣を押さえ下げさせる。
「咲、彼女達なら十分に戦える。何せこの俺の背後を容易く取るのだからな。それに俺達なら安全で確実な指揮が取れる。違うか?」
真っ直ぐ見つめられる瞳は力強く、咲の不安を理解した上でリリー達の力を借りる事を提案する。納得出来ない彼女は何かを言いかけるが言葉が見つからず舌打ちをすると短剣をしまいレフを睨みつける。だが直後には根負けしたのかため息を洩らすと念を押すようにレフへ詰め寄る。
「わかったよ。ただしあのコ達は命に変えても守るんだよ。これ以上若い子が死んでいくのは見たくないんだ。」
「それは俺も同じ気持ちだ。彼女達は何が何でも守る。それで、君はどう作戦を立てる?間違いなく数でこちらが不利な状況だぞ。おまけに敵の居場所も特定出来ていないしな。」
「あら?何年ここに住んでると思ってるんだい。あんな連中が人目に付かずに潜伏出来る場所なんて限られてるさね。そんな場所くらいもう目星はつけてるさ。あんたこそ何かいい案でもあるんだろうね。なんせ現役の軍人さんだもんねぇ。」
「・・・おまえさっきのことまだ怒って根に持ってるだろ。」
「別にー?あたしはお姉さんだからあんな事で怒ったりしないよー?」
「・・・まあいい。残念だが数に頼れないなら大した策はないな。」
「ちっ。役立たずかよ。」
「ちょっとひどいぞ咲。まあ聞け。大した、だ。策ならある。と言うかこの手しか思いつかない。」
「当ててやろうか?今から乗り込む、だろ?」
「そうだな。他にあるか?」
「いんや無いね。寧ろその方が私好みさね。」
少し呼吸に乱れが見られるがそう言い放つ彼女の言葉は力強さが溢れている。先程までの荒んだ表情は消えてなくなり久々の戦闘を楽しむつもりのようだ。そしてそれと同時に今の彼女自身がどれだけ戦えるのかを確かめたがっているようにも見えた。
母屋に戻った二人は三人に事情を説明すると地図を広げそのまま作戦の説明に入る。もちろんリリーとナスターには本人に協力の意志を確認したうえでだ。二人は喜んで力を貸すと言ってくれた。
「二人には後方からの支援を任せよう。その方がこちらも守りやすい。」
「いんや、嬢ちゃん達は前衛さ。まあ前衛と言うより斜め前からの遊撃って感じだがね。」
「戦わせたくなかった割には随分と戦闘の要に持っていくんだな。」
広げられた地図に桜木が趣味で作っている木彫りの根付を自分たちに見立てて置いていく。そこは桜木家からさほど遠くない場所で山の中腹辺り、山から滲み出る湧き水で出来た小さな沢がある場所、らしい。
「生物が留まるには水は必要不可欠だからね。人里に出れない以上、現地で調達するしかないさね。ま、そんな理由であいつらがここにいるのは間違いないだろうね。ちなみにここの水は非常に美味しい。」
「味の情報は必要か?」
「大事だねぇ。さっき飲んだコーヒー、美味かったろ?」
「確かに。」
「私とレフで下方正面から接近しリリーとナスターは遠巻きに迂回し上方からタイミングをずらし挟撃する。大丈夫かい?抵抗あるならここで待っててくれていいんだよ。」
「大丈夫です。やれます。」
「そうかい。いいかい、これは一番大事なことだから必ず言う事を聞くんだ。見つかったらすぐに逃げる事。私達に構わずね。でももへったくれもないこれだけは何が何でも守んな。」
遮られた言葉を飲み込むとリリーはそれ以上言葉を口に出すのをやめた。優しく髪を撫でる手は暖かくそれは故郷に残してきた母親を思い出させた。そして母親達の最後の姿も。
唇を噛み締め耐える姿に咲は、帰ったらあなた達の話を聞かせてね、と微笑みかけるとリリー達が何が出来るのかを把握する。
リリーは隠密に長けているようで弓の腕前も幼いながら非常に優秀だそうだ。どのくらい、との問に100メートル位までならまず外す事はないと答え大人達を驚かせた。
ナスターが使う精霊術に関してはレフはともかく咲も桜木も分からず軽く講義を行うはめになる。
彼女曰くそれは自然の力。そして自然には無数の意志が宿っている。一つ一つはとても弱々しく大した力は持っていないが集まるとそれは星を動かす力となる。精霊術はその意志へ話しかけ助力を受ける事。稀有な才能と小さな声を聞き逃さない優しさが必要だった。
ナスターはこう言った。無数の意志は精霊なのだと。だから精霊術と言うと。
「この国はとても不思議なの。普通、精霊たちは人工物がある場所には集わないのにこの国は何処にでもいるの。そしてみんなとても楽しそうなの。」
「精霊は俺達軍人の中にも信じている奴がいる。幸運を運んできてくれるってな。待たせている者がいる奴にかぎってそう言ってるな。もらった小物何かによく祈ってるよ。」
「人の想いが強く込められたものには精霊さんも宿りやすいの。あの子達は幸せなものが大好きだから。そして力も比較的強くなる。だから持ち主に幸運を与える事もあるの。幸せになってもらいたいから。」
「じゃあ全く効果がないわけではないのか。」
「うん!」
「日本には道具に魂が宿るって昔から言うからねぇ。案外、その辺で精霊とやらがそこらにいる理由かもしれないねぇ。で、具体的にナスターは何が出来るんだい。」
「急に現実的になったな。」
「えっと、わたしは精霊さんにお願いして色んなことができるよ。」
風に頼めば音が伝わる事を止めさせ水を使えば水流を飛ばす事が出来る。火種は大きな火柱となり静かな大地は荒ぶる波となる。ただ、精霊はとても気まぐれで彼らがしたくない事は出来ない。ここの精霊達はとても穏やかだからあまり攻撃的な事は出来ないかもしれい。ナスターはそう言うと力になれないかもとしょげてしまった。
「気にするな。何かが出来るならそれを生かすのが俺達の役目だ。」
「うん!」
「ま、大まかな役割はこんな感じだね。私とレフで先制攻撃をするから私達が囲まれる前に二人は戦場に混乱をばら撒いておくれ。」
幼い二人を戦いの場に出す罪悪感と自分の不甲斐なさに憤りを覚える。それは戦う術を知らない若者を守り育ててきた咲にとってありない選択であり決断だった。そしてそれは同時に自分が今どれだけ動けるかを思い知らされる事でもある。
それにしても、と疑問が浮ぶ。彼女達の親や仲間はどうなっているのだろうか、と。
(無事だといいが)
準備の為に取り出した装備品を手入れしているのを瞳を輝かせながら見ている二人の為に心の中でそう願う。彼女達の道具はレフが持っているがそれは車の中に置きっぱなしにしているので車内に隠してある彼が使えそうな銃火器もついでに持ってくるよう頼む。
「俺が使う武器はついでか。」
「当たり前だろ。素手で戦えそうなくせに何言ってんだい。」
「戦えなくはないが、あれに直接触るはちょっと気が引けるのだが。」
「そんなに酷いのかい?」
「見たことないのか。あれはなんと言うか・・・」
「醜悪!」
「それはちょっと言い過ぎかもだが・・・」
「しゅーあく!」
「・・・ああ、そうだな。そうかもしれないな。」
「なに言い負かされてるの?」
「うるさい。それで、武器はどこだ。」
「助手席の下と荷台の下。荷台は隠し蓋で見えなくなってるからちゃんとみつけな。」
「わかった。」
まだ昼を過ぎたばかりとはいえ移動や配置を考えると日中に終わらせるにはあまり時間がないかもしれない。少し気が焦るがじっくりと手入れをし武器の感触を思い出す。こんな時、石の有り難さが身に沁みた。
彼女が使う武器は二本の短剣。短剣とはいえ刃渡りは40センチほどあり日本刀の様な性質を持っているから脇差に近いかもしれない。それなりに重さはあるが彼女は身軽さを重視しているので身を守る装備も軽量な物を好んで使用している。しなやかさで相手を斬り速さに乗せた剣の重さで骨ごと斬り落とす。棘のある金属や投げナイフで撹乱し速さで相手を背後から一瞬のうちに絶命させるせいで忍者とよく言われるがこの戦闘スタイルは接近戦を余儀なくされる短剣を選んでしまったが故の苦肉の策だった。同じ接近戦を強いられている榊とは違うタイプの戦闘スタイルだが二人に共通するのは武器による苦労だろう。
程なく戻ったレフが血相を変えて咲に詰め寄る。怒っているのか興奮しているのか、焦っているのか咎めているのか分からない言い草だが、疑問を咲にぶつけているのは間違いないだろう。なんせ背中には大きな銃とRPGを背負い二つのアサルトライフルを抱いているのだから。
「咲、咲?個人でこの銃器はおかしいだろ。」
「旅していると色々あるのよ。いやぁあの頃は若かったなぁ。」
「おい。まさかその一言で済ませる気じゃないだろうな。」
「うるさいわよ。好きなの使っていいから黙りなさい。それよりそっちはあまり手入れしてないんだからチャチャッと終わらせてよね。もうあまり時間がないのよ。」
野良犬でも追い払う様に手をひらひらと動かしレフを急かす。時間が無いのは事実だがあまり深く詮索されたくないのは誰の目にも明らかだった。一通り準備が済んだ頃には桜木が何か食べとかないときついだろうと数種類の握り飯とちょっとしたおかずを 持ってくる。
「ありがとう、桜木さん。」
「この位しか出来ないからねぇ。それよりあっちは手伝わなくていいのかい?何だか苦労しているようだが。」
「いいのよ。ああ云うのは本職さんに任せとけば。どうせもうじき終わるだろうし。」
高菜漬けを巻かれたおにぎりを頬張りながら彼女はちらりとレフを見る。大小様々な銃器を手早く手入れしながらぶつぶつ文句と不満を言い続けている彼をみて彼女はニコリと笑顔をこぼした。




