表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/40

二十五話

談笑中に賀茂の眉がピクリと動く。もっとも談笑中とは言え彼の表情にはあまり変化はなかったのだが。その彼が話題とは別のものに反応したのを結城は見逃さなかった。何事かと聞く前に奥の部屋からのそりと南條が姿を現し少し怪訝な表情を浮かべた。が、その反応が南條本人にではなく彼が何かしらの成果を得たと理解すると口元を緩ませた。

額に大粒の汗を浮べ荒く気怠い呼吸で南條は出入口の縁を掴み寄りかかっている。隣の部屋へ入った時よりも顔色が悪くなっているのは気のせいではないだろう。

「あのクソジジイ・・・とんでもねぇもん教えやがった・・・」

恨みと怒りを込めた声はかすれそこには普段の力強さは微塵も無い。やっと絞り出せた様な声だがそれが文句なのだから気概だけは残っているようではある。

「随分と、老けたように見えるんですが。」

結城のからかいにやり返す気力が無いのかどこから出したかわからない唸り声で返事をしながらふらふらと二人が座るソファーへ近付き催促するように右手を差出す。何を求めているのか二人はすぐに理解した。南條へ東雲から譲り受けた武器を彼に渡すと固唾を飲んで彼を見守る。

渡された武器のグリップを握り感触を確かめる。普段使い慣れた、と表現すると語弊はあるがそれでも年間の射撃訓練の最低時間は定められている。それを大幅に上回って射撃に時間を割いてはいるが。

とにかく普段の銃とは全く違う感触に狙撃の精度に不安は残るが今は手と身体に馴染ませる事だけを意識する。

何度か握るのを繰り返したグリップは木の革を鞣して巻かれ滑りにくく固さの中にも程よい反発が存在している気がする。デザートイーグルによく似ているが黒い銃身は通常のものより幅が広く重心の位置も若干前よりになっている。デザートイーグルを基本に新たな機構を設けたような作りのせいか独特の異質な印象を与えた。

光すら反射しない黒い銃身にはよく見ると濃い赤い流線が描かれそれは左右対称に、不規則ではあるが一定の法則にしたがっているようではある。所々に流線に重ねて描かれた奇妙な紋章はグリップの木の革にも焼印で印され流線はそこへ集まっているようだった。

銃を軽く揺さぶり重心の位置を確かめ両手で構えると正面に狙いを定め深く呼吸を繰り返す。脳内はまだ靄がかかったようにすっきりしないがそれと比例するように感覚は研ぎ澄まされていく。

大きかった呼吸は次第に静かに、そしてゆっくりとなりふらつきのあった銃身がぴたりと止まる。

「認証コード3859TYPE南條」

ボソリと呟かれた刹那、その場の三人を軽い耳鳴りが襲う。それはほんの一瞬で他の騒音があれば気にはならなかったかもしれない程度の耳鳴り。が、南條は顔を歪め必死でグリップを握り締めている。

何かが弾けた気がした。

突風を受けた時と似ているが空気の層とは別種の、質量のない奇妙な熱を持つ何かとしか言いようのないものだった。

直後、銃身の赤い模様が黄金色に輝く。流線に沿って一際輝きを放つ光の点が幾つもグリップに施された紋章へ集まって行く。

重みが増している気がした。

東雲の言葉が脳裏をよぎる。彼は言った。これは周囲のエネルギーを集めそれを弾丸とすると。ただ銃本体にエネルギーを感知する機能はなくそれを行う使い手が必要だと。そしてそれは非常に稀有な才能と経験が必要だと。

なんでそんな中途半端な性能なんだ、との問に東雲は平然とこう答えた。

「武器は所詮武器。それ以上でも以下でもない。たかが武器に多くを求めるな。」

(うるせぇよクソジジイ)

襲いかかる身体への負荷に思わず記憶に毒づく。一際深く呼吸をすると照準を覗き込み何もない壁に狙い引き金にかけた指に力を入れる。

発射されるのはエネルギーの弾丸。それがどういったものか知りはしない。東雲に聞いた時も彼の応えは撃てば分かるとしか言わなかった。

何が起きるかわからない。しかし知っておかなければならない。今なら何が起きても被害は最低限ですまされるのならば試射をするには絶好の機会だろう。

だがーーー

「やめだ。」

銃口を上に向け引き金から指を外すと南條はそう吐き捨てる。

「何故です?」

驚きはしていたが撃たない事もあると想定していたのか結城はさほど表情に変化は見られない。撃つのを止めた南條から視線を落とすと手の中でくるくる回すペットボトルをじっと見て彼からの答えをじっと待っている。

「まあ、あれだ。いくら倉庫街とはいえまだ日もある。何かあったら人目につくしな。それに何よりあのクソジジイの思惑通りになるのが腹立つ。」

そうですか、と相槌をうつも結城にはどことなく本当の理由がわかる気がしていた。おそらく怖いのだろう。得体の知れない力を持つことが。強すぎる力に頼ることが。

「結局、君達はなぜ東雲に選ばれたんだ?」

「東雲さんいわく、引っ掻き回されるくらいなら、だそうです。何より警部の捜査官としての能力を非常に高くかったようで。」

まるで自分の事のように誇らしげにそう話す結城の横に南條は腰を下ろすとテーブルに銃を置き深くため息をする。

「どうですか?使えそうですか。」

「聞くな。あ、いや、すまん。」

疲労と自分に対する不甲斐なさで思わず言葉を荒げて悪態をつくがすぐに謝る。天井を見上げ何か不快なものでも拭いさるように顔を撫でると懐から取り出した煙草に火をつける。

「こいつは暫く慣れが必要だな。」

「どんな感じなんだ?」

「二日酔いと脳震盪がいっぺんにくる感じだな。」

「そっちじゃなくてエネルギーに関してなんだが。」

「ああそっちか。」

言葉に詰まる。表現出来る言葉が見つからないからだが力を抑え込むのが精一杯であまり覚えてないのが正直な感想だった。適当に言葉を濁し結城が持ってきてくれた水を飲み干すと今後の在り方を尋ねる。

「俺は暫くはこいつの扱いに慣れる訓練だな。結城とそっちはどうすんだ。」

「僕は警部についていくと決めていますので。当面の問題は、警察としての仕事ですかね。有休、たりなさそうです。」

「そんなもん無視でいいだろ。適当な理由付けて捜査ってことにしとけ。」

「流石にそう言うわけには。」

「それはこちらでなんとかしよう。我々に協力してくれるのならば、だが。」

「そいつは助かるがそもそも俺らは何やりゃいいんだ。東雲のジジイも具体的な話は一切なしだ。言われてホイホイ動く俺らじゃ無いのはわかってるだろ。何よりお前らの目的がわからねぇ。」

相変わらず表情に乏しい賀茂がこの時初めて困った様な顔を一瞬覗かせた。もちろん二人共それに気付くがここまで来て話せない事情があるのかと思うと気が滅入りそれどころではなかった。それを察したかのように賀茂は話をし始める。

「勘違いするな。込み入った事情があるわけではない。ただ、話をまとめるのが面倒なだけだ。」

「面倒ってお前。」

「結論から言うと、最後の覚醒者の捜索と破滅種が何を計画しているのかを探る。」

「最後?」

よく分かっていないこともあるがと前置きして賀茂は説明を始めた。少し面倒なようだったが。

「十年前を最後に誕生しなかった覚醒者が最近出現した。何故今になって現れたのかはともかくこの十年一人も覚醒者が出なかった理由は分かっていない。何より現れた覚醒者が既に成人していると言う事実が混乱を招いている理由の一つだ。」

「それはどう言う事ですか。」

「覚醒者は生まれながらに覚醒者だ。成人して覚醒するなどありえない。」

「別におかしくはねぇだろ。覚醒者って言っても石の力を使えるってだけでそれ以外は普通の人間なんだろ?じゃあ石の存在を知らねぇなら覚醒はしねぇんじゃねぇのか。」

「覚醒は、生まれながらに発現する。異常なまでの適応能力を抑える為にあれは持たされる。」

「は?」

「あれは一種の封印だ。経験を石に蓄積させていく為の。覚醒者が業を次ぐときにその封印は解かれる。だから石なしで成人になるなどありえないのだ、まともな生活を送れないからな。だが彼はつい最近まで普通の人間として生活していた。今までのパターンから外れた存在、放置しとくわけにもいくまい。」

疑問、と言うより疑惑が残る。なぜ彼らは直接覚醒種へ接触しないのか。破滅種と戦う力を有する彼らに力添えを願う方が可能性が高いのではないだろうか。何より彼らを支援している団体さえあるのにそことも接触しない理由は何なのか。聞いてもおそらく答えてはくれないだろう。

南條は薄々気付いていた。一つの組織が二つに別れた時の事が原因で覚醒種から距離を置かれているのだろうと。それが何であれ今ここで明らかにするべきでは無いことも。だから彼はごく自然に振舞う。年長者らしく、老獪らしく。もっともそれ程年を取っているわけではないのだが。

「まあ何でもいいさ。要は人探しと情報収集だろ?情報収集の話はまた後にしようや。どうにも腹が減ってな、案内頼むぜ賀茂。」

「さっき食べたばかりですよね。」

「あの銃を使うと妙に体力をもっていかれるようでな。どうにも頭が働かん。」

「それ、大丈夫なんですか?寿命とか持っていかれたりしてません?」

「その心配は無いはずだ。本来は覚醒者が使うものだろうが彼らは経験で体力の浪費を抑えるんだろう。それが出来ずに使うから身体への負担が大きいのかもしれない。どうやら本当に東雲からは最低限の事しか教わっていないようだな。」

あからさまに呆れたようにため息を漏らすがそれがわざとなのか定かではない。表情が乏しいだけで感情は人並みにあると言い張ってはいるが。

三人は上着を羽織ると簡易の休憩所を出ると雑談交じりにもう既に影を映さなくなった雑踏へと歩みを向けた。住宅街から少し離れた倉庫街。飲食店がある場所まで暫くはかかりそうだが着いた頃には夕食には程よい時間になっているだろう。














他国なら通報されているな、と彼は思う。もっとも最近の日本でも親子の散歩でさえ通報されかねない状況だが。幸い連れの二人が空気を読んで必要以上に親しげに接し周囲にほっこりする風を送り続けてくれている。ただ小さい方は素で楽しんでいるようではあるが。

危なげにちょろちょろと動き回りあちらこちらに興味を惹かれ釘付けになる小さい少女を大きい少女がその都度捕まえ諌めるがあまり効果は無いようだった。

彼女達は小さい少女をナスター、大きい少女をリリーと名乗った。二人共、金髪蒼眼で端正な顔立ちは美術品のように美しく透き通るような白い肌は触れるには眩しすぎた。

彼女達が持っていた武具は全てレフが背負ったギターケースへ収納させ着ていた衣類も普通の人と同じ様な物へ着替えさせた。もっとも軍属の長い彼が選んだ物だからとてもおしゃれとは程遠い。

それでもナスターはとても喜びそれを落ち着くようになだめるリリーもその喜びを隠しきれずにいたが。

ネットカフェで昼過ぎまで過ごした三人は取り敢えず東京から離れ岐阜を目指していた。いくつか列車を乗換えビル群が見えなくなり自然が多くなるにつれてエルフの二人が元気になっていく。

元気だな、との問いかけにエルフですからと身も蓋もない返答にレフは肩をすくめる。三つ目の列車に乗り換えた辺りから人がまばらになり始め、一両編成のその車両は地元の者しか使われない様な状況のせいか人目が気になりはじめる。

チラチラとこちらを伺う老婆を無視し続けること二時間、終点の一個手前の駅で三人が降りる頃には既に日は沈み夕飯時すら大幅に過ぎていた。

待合室もない無人の駅を出ると目の前に大きな山があるだけの何もない場所が広がっている。一応、道路は補整されており歩きづらいわけではないが街灯もない道のため薄気味悪さがあった。

レフは携帯電話を取り出す。幸い電波はあるようでネットも使う事は出来る。近くのタクシー会社を検索すると一社だけヒットする。が、そこへ電話を入れるのを止めると困った様な表情を浮べた。

「あの、どうなされたのですか?」

「いや、よく考えたらこの国の言葉を話せないんだ。都会はまだ英語が通じる人がいたから助かったがこの町に英語が話せる者がいるとは思えなくてね。」

さて困った。訪問先の住所は分かっているから携帯電話のナビシステムで行くこと自体はさほど問題ではない。ナビの示す時間が正確ならば徒歩だと二時間くらい掛かりそうだ。自分はともかくまだ幼い二人をそれだけ歩かせるわけには行かない。一時間足らずの所に商店街があるようだが目的地とは真逆になる。

暫く考えるとレフは二人に相談する。

「ここから一時間程歩くと店があるようなんだ。上手く行けば移動手段を確保出来るかもしれない。それに食事もな。目的地とは反対側になるがどうする、行ってみるか?」

こくりと頷く二人の頭を優しく撫でるとまずはナスターからだな、と言うと彼女を肩車するとリリーの小さな手を引き歩き出す。














これは失敗したかなと、彼に不安がよぎる。いくら田舎町といえまだ夜の九時前にもかかわらずこの一時間誰ともすれ違わず商店街まで来てしまっていた。それにしても、と思う。

「なんだって交通の要からこんなに離れて町の中心地があるんだ。」

町と言うより村と表現したほうが正確なのだが、とにかく彼が想像していた商店街がそこにはなく代わりに数件の店と民家があるだけでそのどれもが固く戸を閉じている。ただ、民家の方は光が漏れているので住民がいるのは間違いないだろう。

「すまんな。どうにも見当が外れたようだ。」

「しょうがないです。知らない土地なのですから。」

大きな通りが一本、村の中心を通っているだけ他に道らしい道はなくその通りの両脇に店と住宅が建っている。十五分もあれば村を抜けられそうな広さしかないが村の外れ、つまりレフ達が入ってきた方向と反対側に一際目立つ明かりが見える。

「もう少し歩くぞ。大丈夫か?」

「はい。」

元気だな、と思う。疲れている様子も見せない。最初、我慢しているのかと思ったがどうやら本当に疲れているわけではないようで見た目よりも体力があるのかもしれない。

こう見えても一日中森の中を走り回るんですよ、とリリーが話す。

おそらく顔に出ていた思いを察したのだろう。くすりと笑うと彼女はレフより先に歩きだし彼の前を軽快に進んで行く。

街灯は無いが影さえ落とせるほどの月明かりのおかげで道ははっきりと見える。複数の虫の鳴き声が飛び交う中、程なく明かりが漏れる建物につくと扉の前で立ちすくみ中の様子を伺う。と、突然扉は開き中から女性が現れた。

「なんだいあんたら。そんな所でぼーと突っ立って。」

少し派手目のバンダナで結った一房の髪を後ろで束ね厚手のパーカーとジーンズ。手には吸いかけの煙草を持ち三白眼の瞳は少々人を威嚇しているように見えるかもしれない。化粧っ気はなく精々うすいルージュを引いている程度だがそれでも人目を惹き付ける魅力を持っている。田舎町のこんな時間に訪れた異邦人にも驚きを見せないあたりそれなりに肝も据わっているのだろう。気圧されながらも無駄かとも思いつつレフは言葉が分かるか聞いてみると思いがけない返事が帰ってきた。

「何語でも、大丈夫さね。好きにお話しよ。」

「それは助かる。こんな所で語学に堪能な方に出会えるとは思いもよらなかった。」

「堪能ってわけじゃないが、まあ言葉はわかるさ。それでどうしたんだい。」

「食事ができる場所とタクシーを呼んでもらいたい。行き先は分かっているから運転手に住所を伝えれば大丈夫だろう。」

彼女は苦笑いを浮べ煙草を持つ手で頭を掻くとそいつは無理だねぇと呟き中に入るよう促す。中は鉄板が設置されたテーブルが四卓、それぞれに木製の長椅子が対に二脚づつありどれも年季が入っており至るところに落書きのようなものが書かれている。ペンの種類も筆跡も様々でここを訪れた人の数の多さを表していた。そしてそれはここがどれだけの人に愛されているかも。

煙草を灰皿に押し付け火を消し壁にかけてあったエプロンを身に着け袖を巻き上げる。向かった先には業務用冷蔵庫にしては小型だがそれでも一般的な冷蔵庫の倍は入りそうな大きさの冷蔵庫があり、扉を開くと二つのボウルを取り出す。中身は千切りにされたキャベツのようでもう一方は小麦粉を練ったもののようだった。金属製のトレイも取り出しそこに乗る複数の食材を適当に皿に取りよそうと三人に適当な場所に座るよう伝える。

「タクシーは諦めな。あそこは数年前に潰れちまった。お好み焼きでいいなら絶品のを食べさせてやるよ。」

コテを器用に手先で回すと彼女は勝ち誇ったような笑顔を見せると三人が座ったテーブルに来ると鉄板に火を入れる。

「異国の方みたいだがなんだってこんな田舎町にきたんだい。観光ならもっとマシな場所がいくらでもあるだろ。」

「観光ではないのだが、人を訪ねにきた。移動手段がなく途方に暮れているがね。」

鉄板が熱くなったのを確認すると彼女は油を引き混ぜた具材とタネをそこへ垂らし器用に丸く型取り火が通るのを待つ。

「こんな場所にかい。ご苦労なこったな。」

「恩人とのこちらからの一方的な約束だ。どこえでもいくさ。」

そうかい、と彼女は答えると優しい笑みを浮かべる。レフはふと、懐しい、と言うには日が立っていないがよく感じる独特な感傷に包まれている事を実感する。

それは戦場で仲間と他愛もない話で過ごす一時によく似ていた。

「失礼だが、もしかしてあなたも戦場へ?」

たまらず口に出してしまう。本来はあまり人に関心を持つタイプではないのだがどうにもここ最近の出来事のせいか妙に心にざわつきが出始めている。そしてそのざわつきに抗えない事が多くなってきている気がしていた。

「戦場ねぇ。そうとも言えるし違うとも言えるかもねぇ。どちらにせよ、昔の話さ。今はしがないお好み焼き屋のお姉さんさ。」

半分焼けたのか三枚を次々にくるりと裏返す。綺麗な焦げ目と漂う香りに否が応でも食欲をそそられる。軽く押さえソースをハケで塗ると更に香りが際立ち思わず目の前で出来上がった食べ物に三人は釘付けになってしまう。

三枚のお好み焼きはそれぞれ九分割に食べやすい大きさに切り分けられる。フォークとスプーン、それと一応割り箸も与えられるがやはり皆、フォークを選ぶ。

「さあお食べ。咲姉さんの至極の一品だよ。熱いから気をつけな。」














食事も終わりたいそう満足して食べたお好み焼きを褒め称えるとナスターはすぐに眠気に襲われ今は静かな寝息を立てて眠っている。どうやらリリーも同様に眠気に襲われているようで既に瞼は半分閉じレフの問い掛けにものあまり反応しなくなっている。

「嬢ちゃんも取り敢えず寝ときな。大丈夫、何かあったらちゃんと起こすさ。」

その言葉に安心したのかリリーも長椅子に横になるとすぐさま寝息を立て始めた。

「随分と子供の扱いが上手いんだな。」

「それなりにね。で、あんたら何もんだい。この子達はエルフだろ。」

二人に毛布をかけながらまるで明日の天気の話をするようにさらりと彼女は事実を突きつける。あまりに自然に聞かれ完全に虚をつかれたレフは言い訳の一つも思いつかず言葉をつまらせる。

「こんなに完全な美しさの生物なんてあの種族以外ありえないからね。すぐに気付いたよ。それであんたはこの子達を誰に引き渡すつもりだい。」

「・・・俺は、いや私は、そうではないんだ。」

冗談さ、と咲と名乗った女性はバンダナとエプロンをするりと取ると冷蔵のショーケースから瓶ビールを二本取り出し栓を抜いて一本をレフへ渡す。

「この子達のあんたへの態度を見ていれば分かるよ。随分と信頼されているようだね。」

「驚かさないでくれ。それにしても君は何者なんだ。もしかしてへティカルなのか?」

言って、後悔する。喉元に押し当てられた冷たい刃に。物音一つ立てずに接近され覗き込まれる光を灯さない瞳に背筋を凍らせる。

あの一件以来、自分の軍人としてのプライドが音を立てて崩れ去ったのを自覚していた。そして今回も。

「・・・何か、気に触ったか?」

「へティカルってのは破滅種がよく使う言葉さね。あんたはあっち側の人間なのかい。」

「誤解が、あるようだ。その物騒なものを一旦しまってもらえないか。」

「いんや。このままでいいさ。」

レフは説得を諦め持っていた瓶ビールをそっとテーブルに置くとここに来た経緯を詳しく話す。中東での出来事、イギリスで知った他種族の存在と人類の成り立ち。東京でエルフの彼女達と行動を共にし始めた理由とここへ来た目的。それらを咲は黙って聞いていた。ピクリとも動かずに。

「話を聞く限り、その男は優人だね。そうかい、逝ったかい。」

首に当てられていた短剣がスッと消えると彼女は寂しそうに微笑む。

「すまなかったね、連れてきてくれた人にこんなことをしちまって。」

「いや、事情は大体察している。気にしないでくれ。それより彼を知っているのか?」

「優人は、あたしの弟子の一人さ。最も優秀で正義感の強い子ね。そしてその分、自分を犠牲にしがちだったけどね。あれ程言って聞かせていたのに結局なおらなかったねぇ。」

微笑みは消えたその表情は誇らしくもあり呆れているようにも見えた。一滴の涙が頬を伝うのを気にもとめず、いや気付いていないのかもしれないが彼女はそれを流れるままにしていた。

「彼のおかげで私は生きている。だが、後悔が、悔いが残るのだ。私は石を届けに来たのではなく、懺悔をしにきた。あの時、我々があの地へ行かなければ彼らは死ぬ事はなかったかもっしれない。手をついて謝らなければならない。」

「あんたらのせいじゃない、と言っても多分あんたは自分を許せないだろう。でもね、あんたが軍人であるようにあの子達も戦いの場に意味を見出した者達なんだよ。あんたらと同じようにね。だから最善の手段を取った。それが傍から見て最悪だとしてもね。だから許しを乞わないでほしい。彼等の決断を誇りに思ってほしいの。最後を見届けたあなたにね。」

ずっと後ろめたさを感じていた。自分より小柄で若い者達が犠牲になって生かされたこの命に。何より得体の知れない存在に恐怖した事に。彼女が言うようにここには叱責と許しを求めて来たが彼女の言葉にそれでは足りないことに気付く。

いや、気付いていたが気付かないふりをしていた。何故ならそれを認めると自分の内にある恐怖と対峙しなければならず、その勇気が無い事を認めなければならないのだから。

決心が固まる。

逃げる為に、忘れる口実を作る為におそらく彼はここへ来た。だがそれでは。

(戻れない)

砕け散った自信の欠片を見つけた気がした。消えていた勇気に火が灯るのも感じた気がした。あとは踏み出すための情報が欲しかった。

「咲、教えてほしい。敵の存在と戦い方を。」

「図体に見合った大きさになったねぇ。だがそれはとても危険な判断だよ。いいのかい。」

「俺は軍人だ。国と人を守るのが仕事だ。それを脅かす存在があるならば戦場に立たなければならない。」

「まったくロシア軍人ってのは堅いねぇ。いいさ、教えてやるよ。ただしあたしは前線から引いて長いからね。あまり期待はしないでくれよ。」

「戦えるなら何でも構わない。」

「戦い方を変える必要はないさね。必要なのは、情報だよ。ま、何にせよ今日はもう休みな。軍人だから慣れない土地での疲労なんてないかもしれないがね。」

「しかし泊まるところが・・・」

「何言ってんだい。今夜はここに泊まるんだよ。折角寝付いた嬢ちゃん達を起こすきかい。」

呆れたような笑顔を見せる咲に礼を言うと彼女に言われるがまま幼い二人の娘を奥に運ぶ。奥は住居になっているようで咲は広い畳間に布団を敷くとそこに寝かせるようレフへ言う。

「それで、この子達は何が望みなんだい。」

「それは聞いていない。ただへティカルの力を借りたいとだけ言ってたが。」

「何か大きな事情があるんだね。こんな小さい子にそれをさせるってことは。」

「エルフだろ?見た目より年は取ってるんじゃないのか?」

「馬鹿だね。それはお伽噺の話さ。この種族は成人するまで年の取り方は人間と一緒だよ。」

「では・・・」

「そう。見た目通りの年齢さ。一体何が起きてるか。あたしが現役だった頃より遥かに活発になってきているみたいだねぇ。」

妖精族のエルフが人里に出てくることなど一度もなかった。少なくとも自分たちが現役だった頃は。ましてや彼女達を狙うコブリンまでいると言う。そしてそれを操っている者も。

破滅種の沈静化に加え人を襲うほど危険な亜人達はあらかた先人達の手で倒され自分達の頃には既に残党狩りのようなことばかりさせられていた。

だが十年前の奇妙な事件を皮切りに亜人と覚醒者の争いは年々増加している。何より亜人を使った人による犯罪が増え始めている。噂によると政府の要人もそれに加担してる話まである。

「大きな事件の前触れじゃなければいいんだがねぇ・・・」

そうポツリと呟く彼女が何処を見据えているのか気になったがレフは黙っていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ