二十四話
「信じるんですか?」
「まあな。」
「しかし怪しさ満載ですよ、あの話は。」
きれいに焼き魚を食べる結城はその箸を止めると南條をちらりと見る。彼は既に食べ終わっておりこの食堂には似つかわしくない大きめのテレビをお茶を啜りながら眺めている。
老夫婦がやっているらしく店内はテレビを除くとまるで昭和で時間が止まっているような錯覚を覚える。客は南條と結城以外は定年を迎えていてもおかしくない年齢の作業着の男が一人、食事を終わらせぽけっとテレビを細い目で眺めていた。
「結城、俺はもう十年以上この仕事してる。その間に説明できない事件なんてちらほらあったんだよ。お前にはこれが最初かもしれねぇがな。」
「それはそうかもしれませんが、この話は人の歴史の在り方そのものに関わってますよ?話が大きすぎて信じられないです。」
「ヒーローになりたいんだろ?良かったじゃねぇか可能性有りそうで。」
「馬鹿にしてるんですか?」
「そう睨むな。馬鹿にしてるわけじゃねぇさ。ただ、そう言う世界に突っ込んじまったって話だ。」
「ですからそれはあの話を信じるならば、でしょ?警部には悪いですが僕は信じてませんよ。」
「今は休暇中だ。警部じゃねぇよ。」
「そうでしたね南條さん。それでこれからどうするんですか?」
懐から携帯電話を取り出し何か操作すると南條はそれをテーブルの上にそっと置く。そこに写し出されていたのは三十代の男性。何処にでもいそうな顔立ちだが随分と力強さを感じさせる。
「権田宏一三十八歳。東大卒のエリートさんだ。先端生命科学を専攻していたようで在学中にヒトの遺伝子に複数の未知の遺伝子の痕跡を発見して一時期騒がれてたやつだな。道理で聞いたことあると思ったぜ。」
「いつの間に。相変わらず手回しが早いですね。」
「あの爺さん名前だけしか教えてくれなかったからな。生活安全課の奴に調べさせた。で、数年前に政府の研究機関を辞めてから行方知れずになってるな。」
「結局手掛かりなしですか。」
「いや、そうでもない。やつの生活の痕跡を調べてみたがカードの履歴も口座動きも全くなしだ。ところがこいつの姪の口座に毎月17日に振込がある。」
ニヤリと南條は笑みを浮かべまだ若い相棒が食べ終わったのを確認すると懐から煙草を取り出し火を付ける。ライターの心地良い開閉音が食堂に響いた。
「17日に覚えはねぇか。」
「17日・・・あ、なるほど。確か文部科学省所属がその辺りが給料でしたね。じゃあ彼は教師か何かになってるんですかね。」
「流石に教師はねえだろう。そんなんだったらすぐ分かる。振込元は有限会社のなんとかって会社だがダミーだろうな。だがまあ人を追うなら金を追えってのは誰の台詞だったかな。いいこと言うぜ。」
まだ残る煙草を少し乱暴に押し消すと南條はお茶を飲み干しことりとプラスチック製の湯呑を置く。テーブルに置かれた携帯電話を手に持つと何やら指を忙しく動かし再びテーブルに戻した。あまり気にしない素振りを見せながら結城は置かれた携帯電話を凝視する。
勘定を済ませ、古びた暖簾をくぐり通りに出ると大きく伸びをし冷えた空気を全身に浴びると南條は思わず身震いさせた。まだ汗ばむ気温だった東京から和歌山へ来たのはいいがあまり厚着をしてこなかった事を少し後悔していた。
「流石にこっちは少し冷えるな。」
「そうですか?僕は雪国育ちのせいかそれほどでもないですよ。」
「なんだ、東京じゃなかったのか。」
「高校進学と同時に東京へ。それまではなんだか英才教育みたいな施設で暮らしてましたねぇ。」
「うへ。なんだそりゃ。名家ってのは随分と面倒だな。」
「まあ確かに色々と、柵はありますが。身につくものも多いですからね。」
そんなもんかと呟くと南條は再び煙草に火を付ける。揺れ立つ煙は冬の訪れを感じさせる冷たい風にかき消されて行く。夕方前の少しまったりとした時間帯のせいかあまり人通りはなく学校帰りの小学生と年寄りがちらほらと視界に入る程度だった。
特に会話をするわけでもなく二人は歩き出す。後ろで元気に挨拶する小学生が横を走り抜け彼等にも挨拶をする。野太い声で返事をされ笑顔で走り去る少年少女の背中を眺めながら煙草の煙を吹き出しちらりと結城に視線を送る。
南條さんの子供時代とか想像できませんねと吹き出す彼に口の悪い叱責をするがその顔はどことなく綻んでいた。
住宅街のせいかあまりこの辺りに店はなく古い町のせいなのか年寄りが多いように思う。道路に面した軒先には所々茶色に変色した日除け用の植物がそれでもプランターに力強く根付き、錆が目立つ郵便受けに大きめ表札を外した跡が残る玄関の門。それらは一人だけになった主が安易に想像できた。
主要な道路から脇に入った住宅街だが今彼らが歩く道はそれなりに幅広い。ただ、一本脇道に入るとそこはもう入り組んだ道で私有の道路なのか国の道路なのかわからない道も随所に見られた。
高野山から出た二人は聞かされた話を自分達なりに理解するために暫くプラプラと歩いていたが昼時を過ぎ腹が減りたまたま見かけた食事処で遅めの昼食を済ませた。当然、この辺りの土地に明るいわけではなく寧ろ道をずれると迷子にすらなってしまう可能性があるにも関わらず彼らは敢えて脇道へ逸れていく。
まるで自分の家の近所でも歩くように自然と。無警戒に。コンクリートの塀に気持ち良さそうに横腹をこすりつけている猫が急に茂みに身を隠した事にも気を留めず。
幾つかの曲がり角を過ぎ二人は徐々に人気も民家もない場所へ入り込んで行く。鬱蒼と覆い茂る竹林を横目に通り過ぎ角にひっそりと、しかしそれでも手入れの行き届いた小さな道祖神を祀った祠を曲がり二人はその竹林へ滑り込むと祠を守るように造られたコンクリートのブロック塀の後ろに身を潜める。風が吹く度にカコンと竹同士がぶつかる音に混じり僅かだが人の足音が聞こえた。いや、足音と呼べる程のものでは無い。それは笹の葉が踏みつけられ切れる音。普通なら気付きもしない、小さな雑音。
だが二人はそれを待っていた。微かな音を頼りに南條は塀に片手をかけると勢いよくそれを乗り越える。
中肉中背、背後からなので正確にはわからないが年はまだ二十代後半くらいだろうか。紺色のスーツと特に特徴のない靴。彼の後ろに飛び降りると腕を掴みねじり上げる、が、するりと外され胸ぐらを掴まれそのまま背負うと頭を地面に打ちつけられるように投げ飛ばされる。
思わぬ反撃に一瞬、気圧されるが咄嗟に器用に掴まれた腕と体を捻り入れ替えスーツの男と対面するように着地する。それと同時に繰り出される押し蹴りを両腕で受け止める。まるで鉄でも仕込んでありそうな硬さと衝撃に顔を歪めるが持ち前の負けん気と言う名の意地で南條はそれに耐え掌底で相手の顎を狙う。
「そこまでです。大人しくしてくださいね。」
反って交わしたスーツの男は後から忍び寄った結城に呆気なく手錠をかけられていた。少し驚愕した表情を浮かべるが直後には諦めたようで訳を話すから外してほしいと嘆願する。
住宅街から少し離れた裏道とはいえあまり騒いでいると人が集まるかもしれない。建前は休暇中の旅行にしているがこちらの所轄と鉢合わせするのは少々面倒なので南條と結城はスーツの男を開放すると何処か手頃な広場でも探すことにした。
男はよく見ると右のこめかみ付近に薄っすらと傷があること以外とくに印象に残る顔立ちではなく、どことなく陰りがある様に見える。彼を先頭に三人が無言で歩く姿は傍から見ると少なからず異様に映ったかもしれない。
程なくすると比較的、幅の広い川にでる。河川敷は散歩用に補整され学校帰りの学生が寄り道しておりそれに気も掛けずに走り抜ける男性やペットの散歩をしている老人など。何処ででも見掛ける風景に結城は僅かな安堵を覚える。
「それで。貴方は何者ですか?公安?」
最初に口を開いたのは結城だった。等間隔に設置された長椅子に座らせた男に視線を向けず髪を弄る風に少し苛立っているようだった。
「公安じゃねぇさ。あいつらは必ず二人以上で動く。なあ。」
「・・・まあ、そうだろうな。こちらの話をする前にそちらが何処まで関わっているのかを知りたい。」
「それは少し都合が良すぎませんか?そちらに選択肢は無いと思うのですが。」
「そうだな。俺らと同じヤマに関わってるのかもわかんねぇしな。どうだ兄さん、何かキーワードでもだしちゃみねぇか。」
「・・・多種間戦争、でどうだ。」
ピクリと眉を動かすまだ若い刑事をみて男は口元を歪める。小さな舌打ちをしてまだ火が残る煙草をポケットから取り出した灰皿に押し付けると南條はため息混じりに結城へ視線を送ると罰の悪そうな顔をする彼に手を振って気にするなと呟く。
「どうも同じ案件のようだな。で?何モンだあんた。」
「特任だ。」
「トクニン?忍者かそりゃ。からかってんのか?あ?」
「いえ、警部。聞いたことありますよ。たしか・・・特殊任務遂行省、でしたっけ。実在しているとは思わなかったですが。」
「何だそりゃ。」
「さあ?詳しくは。都市伝説並に眉唾な噂話としか。」
「はーん?なんだお仲間か?にしても省なんてつけてるしな。なんなんだお前らは。」
「我々は皇室直属だ。あまり詳しくは言えないがそちらがどの程度の関わりがあるのかを探る必要があった。その様子だとどっぷり浸かったようだが。」
「皇室ねぇ。八咫烏か。」
男は南條の問に僅かに一瞬だけだが表情に陰りを作る。それを見逃すほど彼は甘くはなく、また自分の問い掛けが事実と判断するには十分だった。だからこそ彼はこれ以上の追及はせずに、そうか、と呟くと場所を変えるように提案した。
「あんたならいい場所知ってるだろ。」
男は賀茂直忠と名乗った。
詳しい任務は言えないが最近活発化してきた破滅種と呼ばれる種族の調査をしている、と。当然、南條と結城が調べている大量行方不明者の件も知っていた。そして犯人も。
「関わっているのは一部の政府だ。」
「一部の政府、とは妙な表現ですね。」
「この国は色々と複雑なんだよ。お互い不干渉の行政が成り立っている。90年代の汚職事件以降更に混沌としているがな。」
「そちらが探している不明者は、既に全員処分されている。」
処分、との言葉に結城が激昂する。不明者の無念と親族の立場を考えろ、と。
それに対する賀茂の反応は随分と素っ気ないものだった。そしてそれは更に結城の怒りに火を注ぐ。南條が止めなければ血反吐を吐くまで殴っていたかもしれない。
「そう怒るな。延々と繰り返さる血肉が引き裂かれる苦痛を終わらせただけだ。もっとも既に彼らには人の頃の記憶や感情、感覚などなかったろうがな。いいかよく聞け。被害者は、どうあっても助からない。」
「破滅種の仕業か?」
「いや、違うだろうな。元凶はそうだろうが今のあれ等は関わっていないだろう。」
「どう言う事だ?」
「破滅種は何らかの実験を数千年も繰り返している。その結果、亜人が生まれている。日本で言うあやかしの類だな。それらが、暴走している。」
グラスが割れる音が室内に響いた。
長期契約で貸し出された倉庫は何が目的なのか防音加工が施され電気、ガス、水道と生活するには十分な設備も設置されている。倉庫とは言え20帖はありそうな広さがありビリヤード、ダーツを始め各種家庭ゲーム機と大型の薄型テレビなど非常に快適な居住空間のようになっている。
結城が投げつけたグラスによって壁に染みを広げるワインに賀茂は一瞥をくれるとあまり汚すなと注意を促す。若いな、と思うと同時に変わらない同期だった男が眩しくもあり羨ましくもあった。
彼の憤りが、賀茂の凍り付いた感情を揺さぶる。
二人の出会いはそう古くはない。お互いまだ高校生だった頃に出会っているが賀茂の一方的な認識だった。当時から他の学生より頭一つ抜けていた結城に強い関心と自分とよく似た境遇に勝手に親近感を抱いていた。
お互い家系に縛られたもの同士。結城は財界。賀茂は、隠密を。
やり場のない感情をグラスにぶつけてもなお顔の紅潮は消えず不貞腐れたようにクッションのきいたレザーのソファに身を沈めた。結城のその態度に苦笑いしながらも火のついた煙草を咥えたまま、南條はビリヤードのキューを器用に片手で振り回すと散りばめられた一つのボールをツンと押しやっていた。
「化物に政府と隠密か。なんともまあ現実味のない話だ。」
「・・・よく、隠密と、八咫烏と分かったな。あんたも表の人間ではないのか?」
「馬鹿言え。警察が表じゃなきゃなんなんだ。まあ、あれだ。とある事件で、しってただけだ。」
「八咫烏ってあれですよね。確か、陰陽師の。ああ、だから組織名に省がはいってるんですね。」
「まあそれだな。八咫烏から陰陽省へ。そして今は特殊任務遂行省、だっけか。おたくらも随分と生き残るのに必死なようだな。」
「時代が変われば名も変わるさ。それにやっている事は大して変らん。」
「で、なんでつけていた。」
一頻りの沈黙の後、賀茂は表情一つ変えずに南條と結城に経緯を語りだした。
最初から二人をつけていたわけではなかったようで、元々は高野山に張り付いていたようだった。そこへ要注意人物として名を挙げられていた二人が来たのでつけてきた、とのことだった。そしてその二人が東雲定庵に呼ばれた事を知らされ接触のタイミングを計っていた事も。
それは南條にとって大方の予想通りで特に驚く事はなかったが東雲定庵の名を聞きそれがなぜ接触を決める理由になるのか疑問が浮かぶが、それが恐らく本題なのだろうと南條は理解していた。
「東雲定庵は、謂わば我々とは道を違えた一族の長だ。我々は陰にその身を潜めたがあの一族は陽の下にその身を晒しこの国に深く関わってきた。お互い干渉することを禁じられていた事から察するに、道を違えた時に当時の長同士で何かしらの密約を交わしたのかもしれないが。」
二つの一族はそれぞれが守護する対象を分けた。一方は国を、もう一方は人を。道を違えた当時にどのような密約が結ばれたのかは分かってはいない。だがそうしなければならない事態が発生したのは事実だった。
賀茂は立ち上がると大きめの冷蔵庫へ足を向ける。両面開きだが右側の扉だけを開くと中を覗き込みよく冷えたペットボトルのミネラルウォーターを一本取り出し南條へ向ける。首を横に振るのを確認すると水を一口、含みこくりと飲み込む。
彼は任務に着く際は空腹で行う。その為、今は胃に何も入っていないせいで飲み込んだ水の冷たさが胃袋で実感できた。蓋を締めると彼は話を続ける。
「今、一部の破滅種が活発になっている。その背景を調べていたら一人の男に辿り着いたが六週間ほど前に消息が途絶えていた。その後、破滅種だけではなく覚醒種にも変化が表れ始めた・・・。百年以上両種族とも変化がなかったのがここ数週間でいくつもの異例が確認されている。お前達が追っている事件もその一つだ。」
淡々と消え入るような、まるで独り言のように話すがそれでもはっきりと聞き取れる不思議な声質をしている。日本人にしては背も高く整った顔立ちと落ち着きからくる安心感でよくも悪くも目立ちそうな出で立ちだがなぜか印象に残り辛い、いや、残させないと言ったほうが正確かもしれない。
まるで忍だな、と南條は思う。
事実そうであるがこの時の南條にはそこまでの確信はなかった。ただ八咫烏と陰陽師、そしてその流れを忍が継いだのを知っていただけでそれが今でも続き事実であるかまで知りようがなかった。
秘匿される真実は往々にし晒されるがそれが事実として周知されることがないのが世の常だ。
賀茂の話は次第に核心に近付く。
「東雲が、何かしようとしているとの報告があった。しかし接触を禁じられている現状、その確認が取れない。そこにそちらが現れた。東雲から何かを授かってな。」
「よく、気付いたな。」
「妙な気配が漏れている。最初、餌にでもされたのかと思ったがどうやら違うようだな。」
「餌?」
「食いつくだろうな。破滅種に造られた亜人が。」
「あのクソジジイ、なんてモン渡しやがったんだ。」
「で、貴方はそれを奪うのですか?」
「まさか。それは授かった者しか使えないだろう。あの者に何を託されたのかは知らないが、我々の力になってほしい。」
「力、ねぇ。それはこちらも助かるが、あんたも随分と口が軽すぎないか?」
「それだけ差し迫っている、と言う事だ。おそらくだがあまり時間は残されていないように思う。」
「いまいち話の核が見えてこねぇが、まあいいだろう。」
「本筋は、我々も理解していないからな。当面はそちらの調査に協力させてもらうよ、その方がこちらにも都合が良さそうだ。」
あやふやな、表面上だけの協力関係を築く話合いがひとまず一段落すると怒りがおさまった結城が賀茂の前に立ちじっと彼を見つめる。暫く沈黙が続き彼の口からでた言葉は被害者の話だった。
処分とはなんなのか、と。
犯人は法で裁けないのか、と。
自分を真っ直ぐ見据える結城の瞳には表情の無い自分が写っている。
学生の時に見た、自分が惹かれた瞳。それはあの頃と変わらず、いや、更に力強さが増しているようにも思う。
南條達が捜査していた事件の正確な情報は賀茂も把握していない。人道と人権を無視し、経過と治療を優先した政府は秘匿に最大限の権力を投入し情報の漏洩を防いだ。政府から切り離された賀茂では深く探る事は出来ず意図して流された情報の精査をするぐらいしか出来なかった。それを伝えた上で彼は結城に自分が知り得た結果をゆっくりとではあるが正確に話す。
それは耳を覆いたくなる悲惨な現実だった。亜人に襲われた被害者は全ての体液を抜かれ切り裂かれた状態にもかかわらず生命反応がある事。それを繋ぎ合わせ政府は経過を観測していた事。蘇生が出来ないと知ると処分を決定しそれを実行した事。被害者の家族にはそれぞれの被害者に合ったもっともらしい嘘の報告で遺体の回収は不可能であると通達済である事。これらの全てが製薬会社と癒着の繋がりがある一部の政治家による独断で行われた事。
結城は眉一つ動かさずに黙って聞いていた。ある程度の予測はしていたのだろうが、最後の報告で彼の頬を一筋の涙が零れ落ちていく。
「これはあまり確かな情報では無いがあの男の性格を考えると信憑性は高いと思う。」
賀茂はそう前置きすると被害者の処分について付け加えた。
それは研究員の権田が秘密裏に被害者に敬意を払い供養したと言う事。
あの隔離された環境の中でどうやってそれを行えたのかは不明だが本来、遺棄される予定の地に埋葬された形跡はあるものの遺体自体の確認は取れなかった。それが供養された何よりの証拠だろうと賀茂は締めくくる。
安堵と腑に落ちない微妙な表情を浮かべた結城はそれでも自分の中で一つの区切りを見出したのかそれ以上、賀茂を問い詰めることはなく南條の隣へその身を落ち着かせた。
「それにしてもその権田って男は気になるな。一度訪ねてみるか。」
「元々その予定でしたしね。僕は構いませんよ。それに供養されているのなら墓前に線香でもあげたいですし。どうせどこにいるのか知っているのでしょう?」
「ああ。俺も行こう。案内だけじゃなく俺もあそこには用があるしな。」
「じゃ、そういう事で今日はもうお開きだな。それにしてもここはなんなんだ?妙に充実しているが。」
「奥には寝室もある。ここは馬鹿な金持ちの息子に与えられた子供部屋みたいなもんだ。その親と子は今頃塀の中だろうが。」
「ああなるほど。」
「なんです?」
「ドラッグパーティーでもしてんだろ。金持ちの息子と取り巻きが。そしていざって時の隠れ家なんだろうさ。普通は逮捕されりゃ資産なんかは調べ尽くされるが全く関係ない場所と人のつてでこんな場所を作りゃあ捜査対象にならねぇしな。」
「ああそうゆう・・・」
「お前の親父さんも持ってんじゃないのか。」
「どうでしょうか。聞いたことはないですが、あの人も清廉潔白と言うわけではないでしょうからね。とゆうかあなたは知っててここを使っているのですか?報告しなくていいのですか?」
「言ったろ俺は宮仕えなんだ。緊急時に使うことはあっても捜査機関への報告の義務はない。それと君の親父クラスになると我々でも踏み込めない領域がある。」
「父を知っているのですか?」
「父を、と言うより君を知っている。忘れているかもしれないが君と俺は同級生なんだよ。いや、忘れていると言う表現は間違っているな。目立たないよう学生生活を送っていたのは俺だしな。」
「は!?」
思わず出た驚きの声は思いの外大きくそれに自身が意外そうに更に驚く。よくよく話を聞くと確かに同じ学生時代を過ごしている。驚くべきは彼の存在を一切覚えていない事だ。どの場面を思い出しても彼がいた事を認識出来ない。
それを指摘するとこの無表情な同級生は僅かに頬を緩めると少しだけ得意気な顔をしそれも鍛錬の一つとのたまうこの男を見ていると南條は本気で彼が忍者なのかと思ってしまうようだった。
噂を真実と認識出来ないもどかしさに我慢できず本当に忍者なのかとの問に今更何を言っていると返答され流石に言葉を詰まらせる以外なにも出来ないでいた。
「ちっ。本気か誤魔化しか分かんねぇ返事しやがって。まあいい。奥は寝室だったな。俺は暫く横になる。」
「その前に東雲から何を託されたのか知りたいのだが。」
「ああ?あああれか。あ〜ん〜?」
「警部。僕から説明しましょうか?」
「ああ、そうだな。じゃあ頼む。」
頭を掻きながら答えに困っていた南條に結城が助け舟を出すと彼は迷いもなくそれに乗っかる事にする。
高野山での出来事で先程から睡魔に襲われているようで思考の鈍さがちらほらと見え隠れしているのを心配しての事だった。どちらかと言うと体を使った捜査が得意な南條には高野山での体験は少し酷だったのかもしれないと結城は心の中でそっと舌を出す。
ひょいと投げ渡された道具を受取り賀茂の正面にテーブルを挟んで座ると渡された道具を静かに目の前に置いた。ぽっかり開いた壁の向こうに消えていく南條の背中を見届けると目の前の同級生の瞳をじっと見据える。
深くため息をすると彼はゆっくり話しだした。
「最初は信じていなかったんですがね。君が現れ話を聞くうちに事実なのだろうと思い始めました。」
「何がだ?」
「多種間戦争と覚醒種と破滅種。僕達が知る歴史とは随分と違う歴史についてです。」
「結局人伝えの話が事実かどうかなんてその人を信じているかどうかだ。」
「ですが今まで生きてきてそんな形跡見たことないです。むしろ僕が知る歴史が事実と言う痕跡しか見ていない。」
「当たり前だ。多種間戦争なんて万年単位の昔の話だ。破滅種は姿を消し残った種族が歴史を作ってきた。そこに破滅種の痕跡なんて残りはしないさ。」
「歴史は勝者が作る、ですか。」
「それもある。が、再び現れた破滅種が表に出るのを避けているせいもある。それに・・・」
賀茂は言葉を詰まらせる。人の汚れた部分は許せるが己の正義から乖離した所業を許せない結城に話すのを躊躇ったからだ。それは一部の権力者による覚醒種の囲い込みだ。むしろ飼い慣らしと表現したほうが近いだろうが。
それを結城に話しても彼の機嫌を損ねるだけなのは明白なので話題を元に戻す。
「いや、何でもない。それで?こいつはなんだ?」
「まあ、武器、ですね。みたまんまの。ただ制動が非常に扱い辛いようです。僕ではまともに発砲すらままならなかったので。」
「ではみたままの銃と言う部類でいいのか。扱い辛いとなるとそれなりに何かしらの力があるのだろうが。」
「お察しの通りです。何でも周囲のエネルギーを吸収して発砲するとか。なのでその場のエネルギーによって威力や属性が変化する、らしいです。」
「エネルギー・・・魔成、か。」
「なんですかそれ。」
「覚醒種の間ではそう言うらしい。魔術を行使する際の力を増幅するエネルギーだそうだ。あれを魔術と言うには微妙な代物だがな。」
「そうなんですか?」
「あれは、どちらかと言うと化学だ。数百年前ならともかく現代では殆ど解明されている現象を増幅させてるだけだ。」
「その数百年前の人が見たら魔術に見えたから魔術って言ってるんでしょうね。」
「それにしてもあの男の方がこの手に向いているとは思わなかった。どちらかと言うと君の方がそれっぽいが。」
「経験の差、らしいです。今の僕では辿り着けない領域なのでしょう。」
南條が入って行った先を見つめる結城の瞳は何処か嬉しそうで、それはまるで特撮ヒーローのエンディングを見る子供の様だった。
ヒーローへの憧れと自分の可能性への期待。誰もが持ちいつか捨てる想い。
そんな想いにふける結城に賀茂が更に質問を続けるがその内容は次第に学生時代の話題へと移っていく。たまに湧く短い笑い声が耳に届くのを感じながら南條は頭の中で渦巻く知識に壁癖していた。
だらしないのー
うるさいぞクソジジイ
お前さんならそう難しくないはずじゃ
黙れ、大体そのわざとらしい年寄り喋りがいかがわしいんだよ
普段感じている、それを感じるのじゃ
それが分かれば苦労しねぇよ
その感覚は、経験からしか習得出来ぬ
だからそれが何か教えろクソジジイ
あの若いのでは無理だ、無論わしらでもな
わからねぇ
お前さんが現場で感じるあの感覚じゃ
わからねぇ
それは普通の者は感じぬ
わからねぇ
思い出すのじゃ、捜査で何を感じているのかを
俺は、普通に現場を見ているだけだ
それは皆には気付けぬ、見えぬ
わからねぇ
お前さんは、何に気付く
俺は
少し寝ていたかもしれない。耳に届く二人の会話はまだ続いているから寝ていてもそう長い時間ではないだろう。
室内は薄暗く隣の部屋から差し込む光も出入り口辺りまでしか照らしていない。寝室とは言っても出入り口に扉はなく安っぽいパイプベッドに質の悪いマットを敷いただけのものが二つあるだけで他には家具らしい物は一切ない。
薄暗い中、周りを見渡し倉庫だから当然かと妙に納得する。結城と賀茂の二人の談笑交じりの会話を聞いているとあの少年を思い出す。
確か当時で17。なら彼らと同じ年くらいだろうか。酷く不快で、不可解な事件。直接担当したわけではないが本庁からの要請であちらこちらに事実確認のため走り回された記憶がある。
ベッドから起き上がり足を下ろして腰掛けたまま白髪混じりの髪を掻き上げると
両手で頬を持ち上げ感覚がなくなっていた顔に生気を取り戻させる。
熱がこもっていた気がしていた脳内はいつも通りの働きをし始め東雲から入れられた知識も徐々にではあるが整理と理解が追いつくのを実感していた。
つまりはあの感覚だ。その場の、違和感。
いつ頃から感じ始めたかは覚えてないが最初の頃はあまり気にかけてはいなかったように思う。精度もそれ程ではなくまぐれ当たり近いものだった気がする。それが次第に確信に変わりその勘の様な違和感への気付きを重視するようになった。
その場に似つかわしくない、あるべきではないものを察知する。
深く呼吸をすると感覚に自由を与える。意識せず、ただその場に馴染ませる。
何をか?
体を
意識を
思考を
ほら、見ろ。出来上がりだ。
いつも通りそれはあっと言う間に出来上がる。そして違いを教えてくれる。
だが今回は感じるものはいつもと違うもの。形のないもの。しかし必ずそこにあるもの。
「クソジジイ。こいつがそれか?」




