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二十三話

「あれだけいた死者をこんな短時間で・・・」

「ま、当然だろうな。寧ろこれぐらいしてもらわねば困る。しかし、何だありゃ。」

「個体数が減る毎に残された個体が強化されるようですね。」

「このままじゃあ、ドンづまりだろうな。おい。対物ライフル持ってこい。効かないまでも多少は役に立つだろう。」

「はっ!」

「それにしても奥にいるあいつは何故何もしてこない。何か別の目的でもおるのか、何かを待っている、か?」

「目標捕捉。撃ちますか?」

「まあまだ待て。」


とは言え、彼等が力尽きる前に手を貸さなければ意味が無い。驚異的な身体能力と不可解な術で切り抜けているが残された死者が強化されていく事に気づいているのだろうか。


(気付いていないわけがないか。何か策は有るのか?)


墓地に投げ込まれていたトーチの僅かな光のお陰で双眼鏡で見えはするが細かな表情までは読み取れない。そこまではっきりと見えるわけではない。それでも焦りが出てきている様には感じられた。

榊と呼ばれていたあの男はここから見るとたまに消えた様に見える。

突如、眩ゆい光と爆発で視力が奪われる。危険を察し咄嗟に目を離したがそれでも痛みにも似た衝撃が彼の瞳を襲った。


「何事ですか!?今の光は!」

「いや、わからん。若い二人が何かしたようだが、すまん。少し視界をやられた。どうなった?」

「燃焼、でしょうか。まるで焼夷弾のようですが極狭い範囲で使用したようです。」

「くそ。まだ視界がおぼつかない。対象はどうなった。」

「一体、残りました・・・」

「最悪じゃないか。」

「とんでもないのが現れました・・・」

「貸せ。」

「どうぞ。しかしあのサイズだと奥のやつに弾が届きません。」


なるほど、と納得する。完全に視力が回復したわけでは無いがそれでもその異形さははっきりと伝わってくる。

彼らの焦りも。

それにしても、と驚きを隠せない。焦りも疲労もあるはずが果敢に彼らは戦っている。まだ若く、軍人でもない他国の者に任せる苦味が彼の心を抉る。

彼らに対する申し訳無さや後ろめたさではない。自分達の不甲斐なさにだ。

金も権力も軍事力も意味をなさない生物に自分達に対抗手段がない苛立ちと嫉妬に唇を噛み締める。


あの力が欲しい


祖父の言葉が脳裏をよぎる。

『国が持つには大き過ぎる力』

確かにそうだがあの力があれば人類の戦争は片がつくかもしれない。

だがーーー


「個人が持って初めての生きる力か。」


視力は戻り、彼等の動きがよく見え始めると改めてそう実感する。

あれを国が持つには個性的過ぎる。力以前に彼等の性能がそれを可能にしているように感じるからかもしれないが、欲しいと思う気持ちに憧れに似た感情がある。

触れてはいけない、どことなく儚さがそこにある気がした。

突然、彼等の動きが止まる。まるで静止画でも見ている様にピクリとも動かず。それは騎士の如き風貌へ変体した死者も同様に動きを止めていた。

いや、奥にいるあれだけは動いている。仰々しく身振り手振りで。彼らに何か言ったのだろうか。それとも呪いの類で動けなくなったのだろうか。


次の瞬時


「何だ!?」


驚きは悲鳴の様に叫ばれる。

止まっていた時間が急に動き出した。いや、動いたの騎士風のものだけだ。動いたと言うよりは二つに切られた、と表現したほうがいいが、それは何の前触れもなく二つにぱかりと倒れる。


「見えました!」

「撃て!」


理解するのは後回しで構わない。今はおそらくは窮地に陥っているであろうあの者達の援護が優先だ。

空気が抜け、弾ける様な振動が周囲に発散される。皮膚と鼓膜はその振動を捉え二度、三度と続き下腹に重い衝撃と不快感を残し火薬と埃が焦げる匂いに僅かに顔をしかめる。


「全弾命中!彼等が動きます!」









風を切る音が六人の鼓膜を震わせる。二キロ近く離れた場所からの射撃の発射音は彼らに聞こえる事はなく何が起きたのか理解出来ずにいる。だがそれでも悲鳴を上げて肉体を損傷させているモノを見て作られた好機を見逃さずここぞとばかりに一斉に攻撃へ移る。

おそらく榊が起こしたであろう骸の騎士の両断。そしてその直前のフードのモノの発言は彼らに少なからず戸惑いと不信を与えたはずだがそれを微塵も感じさせない行動の移行は驚きに値した。

しかし榊本人は、気でも失っているのかピクリとも動かずその場で佇むのみだった。

恐怖から昇華した怒りは彼の精神と肉体に剥離を生み出していた。

まるで微睡みの中で出来の悪い映画を見ているような感覚に思考は停止する。

みなが動くのを映画のワンシーンのようにぽけっと眺める。椿が何かを叫び将が榊を見て怒鳴っている。甲高い耳鳴りと共に聞こえる叫びと怒鳴り声はなぜかはっきりしているがそれに意味があるようには感じられなかった。

ただの出来の悪い映画のワンシーンがそこに流れていた。


「大丈夫。」


懐かしい匂いを感じた気がした。それがどこで匂った香りなのかは分からなかった。


「大丈夫。」


今度は暖かな声。覚えているがこれもどこで聞いたのか分からない。


「貴方は、大丈夫。」


三度目の声で、暖かさが背中から感じている事に気付き体内に湧き上がるのを意識する。それは徐々に体中に広がって行く。

意識が少しづつ彼に戻り始める。暗い室内から明るい外へ急に飛び出したような感覚。見えていなかった目の前で繰り広げられている戦いに気付くと軽い目眩に襲われその場に崩れ落ちる。頭痛にもにた目眩に思わず顔を覆った片手は震えあまり力が入らない。


「もう、大丈夫。」


背後からふわりと抱き締められ微かに香る甘酸っぱい柑橘系と太陽の匂いと温もり。それが何かを思い出し少しだけ顔を赤らめる。


「ありがとう。もう、大丈夫だ。」


ニコリと微笑むシェリーの赤味がかった髪を優しく撫でると彼はのそりと立ち上がり深く呼吸を数度、繰り返した。

まだ少し靄がかかったような思考の中で彼は現状の把握に努める。

フードのモノは既にフードを外しておりその正体を露わにしていた。古木のような手足と皮膚にぽっかり空いた瞳は紅く光っている。

白く波打つ頭髪は長く邪魔になるせいか一纏めにして無造作に後ろに垂れ流されており艶のないそれは蜘蛛の巣の様で何処か不快感を与える。

土色のフード付きのマントは脱ぎ捨てたようで今は闇夜よりも深い黒いローブを纏っている。奇妙な模様の深い朱色は何かしらの意味があるのかもしれない。


「おいおいあちこち吹き飛ばされたんじゃないのかよ。」

「上げてた悲鳴も嘘だったみたいだよ。笑いながらにょきにょきって復活したから。」


妙な手と腕の動きが可笑しくて思わず吹き出し肩の力が抜ける。ホントだもんと頬を膨らませて抗議するシェリーにもう一度感謝を伝えると改めて柄を握りしめる。


「遊んでないでさっさと手伝え!」


将の怒号が飛ぶ。


「私じゃ近付けない!早く来てよ!」


椿の悲鳴にも似た声が届く。


睦生と霞の笑顔に安堵を覚える。

あいつが言った台詞に、誰も惑わされていない。問い詰めようとさえしない。それはまるで榊自身が確認しろと言わんばかりのようだった。


「そんじゃまああいつから聞き出してみようかね。」


シェリーが呟き身体が軽くなるのを感じると息吹で身体能力の底上げを行う。

効果の発現まで劇的に早くなっている事に気付き自ずと笑みが溢れた。

跳躍にも似た突進。彼が居た場所に土埃が舞い上がり地面には窪みが出来る。


「やっと来たか。」


接近と同時に打ち込んだ剣撃は奇妙な円形の光で遮られる。灰色に光り見た事のない記号や文字が規則正しく描かれておりその者の腕にピタリとついているようだった。


「なんだそりゃ。魔法陣的な何かかよ。」

「まあ、そうだな。お前達の認識で言うならそんなところだ。」


相変わらず不快な声。


「それで?俺を待ってたって?」

「十年前のあの日。お前は奴に合ったのだろう?お前は奴に見込まれた。それはつまりお前に何かあると言う事だ。我はそれが知りたい。何より彼奴の残念がる顔を見たいのだ。」

「私なのか我なのか統一しろ、よ!」


剣で力任せに押し飛ばし上段から垂直に剣を振り降ろすがそれはふわりと後方へ飛んで躱しのけられる。


「なんだ、それは。全然足りないではないか。」

「そうかい。で、あんたは何者なんだ?」

「・・・そうだな。ラリペスターとでも呼べ。」

「へぇ。てっきりリッチとかノーライフキングとか名乗ると思ったよ。」

「まあ似たような存在だ。意味は違うが。それで質問だったな。いいさ聞かせてやろう。お前の体を弄りながらな。」


彼は両腕と両手を広げると掌に拳大の火球を作り出す。それを両手を合わせるように手を叩くと再び両腕を広げると拳大の火球は人程の大きさへ膨れ上がっていた。


「アンデットの癖に炎使うとか狡くないか。」

「不死だがアンデットではない。失礼な奴だな。」


皮膚を焦がす程の熱量に一気に体中から汗が噴き出し炎で辺りは昼間の様に明るくなる。急速に温められた空気は気流を生み出しそれは強風となり砂を舞い上げ舞い上げられた砂はまるで天を目指す蛇の様にくねくねと数本の柱を作り出していた。


「さあ!どう防ぐ!覚醒者よ!」


はためく服を気にも止めずただ熱気から守る様に顔を腕で覆う。振り下ろされた両手に連動し巨大な火球が榊達へ飛ばされる。

直前、睦生の障壁が生成され火球はそれに防がれると破裂し掻き消える。

まだ熱気が残る中、榊は睦生に感謝を述べラリペスターへ駆け寄りながら息吹を使う。薄々気付いていたがどうやら息吹を使うと体力が剣へ吸い取られていくようだ。

剣は紅い筋を光らせ淡い軌道を作る。剣は軽く感じ気は落着き全てが冷静に判断出来る気がしていた。

だがそれは、榊の勘違いだった。

落ち着いているのではなく冷淡になり感情の起伏が乏しくなっていた。一つの目的を最短で行う為に。

決して速いわけではないが意識外から最短で繰り出される剣技にラリペスターの障壁は徐々に崩れ始める。文字と記号は欠け形状を維持するのすら難しくなっていき常に薄ら笑いを浮かべていたラリペスターの表情に陰りが見え始めていた。


「椿さん、枝の準備をそろそろしたほうが。」


当初の目的はそれだ。中央にあの者がいたせで忘れていたが本来はこの戦闘は想定外だ。殆ど榊の力に頼りっぱなしで呆けていたが徐々に後退しているラリペスターに気付き霞が椿にこそりと耳打ちしてきて彼女は我に返る。


「シェリーは何かあったときのために待機しといて。将と睦生君は彼女を守りつつ私達の援護をお願いね。霞はついてきてくれる?」

「もちろんですよ。」

「わたしもオッケーだよ。」

「俺も任せろ。」

「ごめん、僕はさっきのですっからかんです。」

「は!?」

「しー!それは気付かれてないんでしょ。だったら隠し通しなさい。また防がれると思うとさっきのは使って来ないだろうし。」


疑問が、椿の脳裏を過る。榊のあの剣の秘密に。弾丸さえ遮る程の防御を誇ったあの紋章の盾を榊の剣で削りだしている。いや、正確にはあの不思議な紅い筋なのだろう。彼も最初はあの盾には手こずってたがあの光る筋が出てから押しているのだから。

少し離れ、回り込みながら横目で彼の剣をちらりと見ると以前より光の強さが増しているように感じる。

彼を呼び出した村からたまたま譲り受けた剣。それを選択せざるを得ない経緯は聞いている。普通なら剣など選択しない。大抵は銃や魔術を選ぶ。たまに弓を使う者はいるがそれはそれを扱える環境に身を置いていた、例えばアーチャーの選手だったり弓道の家系出身だったりすが、剣だけはよほど特殊な人間でなければ選ばない。日本においてそれを扱う事など皆無だ。剣を選ぶなら刀を選ぶだろう。

それをたまたま手にした榊があの剣の性能を引き出している。本来の使い方として正解は分からないが。

つくづく奇妙な男だ。

突如現れ止まっていた歯車を動かし始めた様に思う。


「妙な剣を持っているな。破魔の力か、それは。」

「さあ、な。少しは焦ってるようで安心したよ。」

「最初だけだ。調子に乗るなよ。」


ラリペスターはそう呟くと左腕を大きく払い砂塵を巻き起こし一足飛びで後方へ移動する。それを追うように榊も突進し同時に剣を振り下ろすがそこには既に敵の姿は無く、剣が虚しく地面を抉るだけだった。

榊から4、5メートル前方に空気が、と言うより空間が集束するような現象の次の瞬間にはそれとは逆の現象が起きそれと同時に男が出現すると両手には手の平程の大きさの火球が作られておりそれを交互に榊へ飛ばす。

人の目で追えはするが反応するには無理のある速さなのだが彼はそれを勘だけで切り捨て飛びかかると同時に突きを放つがまた姿を消し今度は左後方から彼に狙いを定める。

次の瞬間一同が、驚嘆する。

火球を振り下ろす前に榊が反応し間合いを詰めていたからだ。

出現する場が分かっているかのように正確に詰め寄り剣を薙ぎ払いその反動で上段から振り降ろす。が、既にその場は何も無い。

空間を瞬時に移動し別の場所から次の攻撃を仕掛けるがまるで連続で斬りかかるように榊がそこに迫るせいでラリペスターの術は毎々防がれその都度移動せざるを得ない。

瞬間移動で姿を留めないラリペスターに対し榊は時には反転し時には体重移動で追跡する。フェイントやフェイクを織り交ぜられても意に介さずに連撃を止めずに対応し最初は見当外れの場所にも攻撃していた誤差は徐々になくなっていく。

経験による計算と勘が、それを可能にしていた。

出現後に追いついていた彼は出現前に既にその場を捕らえるようになるのにそう時間はかからなかった。

何もない空間へ全力の突きを放つ。歪みが始まりラリペスターが現れ完璧なタイミングで彼を捕らえる。しかし剣先は何かを弾く様にラリペスターを吹き飛ばすだけで彼にその刃が突き立てられる事はなかった。


「迂闊か自惚れか。下手を打ったな。」

「いんや。そうでもないさ。」


紅い光の筋は消え破魔の効果は無くなっている。ラリペスターの不思議な盾に阻まれた剣を握り締め榊はニヤリと笑う。

目的はあくまで枝を中心に立てること。それにはこの正体不明の人物が邪魔になる。退かせ、回り込んだ椿と霞に気付かせないように絶え間なく攻め続けた。


「目的は最初からこれだ。」

「何かと思えば。それを刺したからと言って我輩には影響ないぞ。」

「だから一人称を統一しろってーの!」


斬り上げ、躱されるのを承知でそのまま剣を軌道に流されるまま半周させると威力はそのままに突きへと転換し大きく一歩踏込む。最初の一撃を仰け反って、ニ撃目の突きをしゃがんで躱される。


「へぇ、そう躱すんだ。」


声の質ほど、冷静ではなかった。てっきり瞬間移動か盾で防ぐと思っていたから。躱さなければならない理由がそこにあるのだろうか。

驚きを表に出さず、あくまで承知だった様に不敵な笑みをわざと見せ相手の出方を見る。


「・・・覚醒してまだそう長くないはずだが、なるほど。大した男だ。」


視線をチラリと榊の後方へ流す。なるほど彼の思惑通り枝の設置を女二人で行っているようだ。あの枝が何なのか大体の見当はついていた。


(世界樹の枝、か。確か再生だか浄化の力があったな。バチカンめ、まだあんな物持っていたのか)


心の中で悪態をつくが彼もまた表には出さない。榊達があの枝について詳しい話を聞いていないのを察し枝で自分を倒せると勘違いしているがおかしかったからだ。


(さて、どうしたものか)


あの枝で村の住民は元に戻るだろう。足止めと足枷が無くなった榊達がいつまでも自分の相手をするとは思えない。魔力も底を付き始めている以上こちらも長引かせるわけには行かない。だからといってこのまま彼を逃すと他の者に取られる可能性がある。

仕方ない。

彼は呟き地面に向けて指を指すと円を描きその中に不可解な記号を書き始め聞き取れない旋律を紡ぎ出す。


「楽しかったが少しばかり疲れたからな。今日はこの辺りで引かせてもらうぞ。またな。」


引き止める間もなく、ラリペスターはフッとその場から姿を消す。再び姿を現す気配はなく一応の決着をつけれたと判断した榊は最後にラリペスターが指していた地面に視線を落とした。特に変わった様子はなく、妙なしこりの様な疑惑だけが残され拍子抜けと疲労でその場に座り込んでしまった。

地面の冷たさに少なからず癒やしを覚え熱を持った全身になるべくその冷たさが行き渡るよう意識する。 無茶な動きのせいで節々が悲鳴を上げ、痛みで顔をしかめ体のあちこちをさする。疲労で息吹もまともに使えない、と言うか今使うと更に身体に負担がかかりそうで止めといた。

気を抜いたその時、背後から将達の驚く声と柔らかな光が駆け抜ける。それは広がり続け墓地を抜けついに村を包み込む。

霧のような光、と表現したほうがいいかもしれない。不思議な質量を持ったそれは淡いグリーンで体を優しく撫で傷付き、疲れきった身体を癒やしていく。

大気に広がっていたフェアリーグリーンの霧は次第に足元に積もり始め座り込んでいた榊はなんとなく、安全と分かっていても、不安を感じ立ち上がると椿達がいる方を振り返る。

そこには、巨大な一本の樹木が立っていた。光り輝くその樹は黄金色の光子を降り注がせる葉で覆い茂り満天の空を隠し自らの光で照らしている。驚嘆は声に出ずただ立ちすくみ息をする事さえ忘れかねないでいた。














「世界樹の枝を譲ったそうですね。ヴィヒトリ枢機卿。」

「ここにあっても仕方ないしな。使える時には使わねば。何より効果のほどがいかなるものか知る必要もあるしな。」


書物から顔を上げると無断で入室してきたまだ若い男に視線を向ける。不遜とも取れる自信に満ちどことなく心を許すことを躊躇わせる雰囲気を醸し出している。事実、彼と行動を共にしている者を見たことはなく常に一人で活動しているようだった。もっともそれは彼に与えられた任務のせいも多分にあるのだろうが。


「あれは貴重なものなのです、ヴィヒトリ枢機卿。知っておられますかヴィヒトリ枢機卿。」

「・・・名前を呼びすぎだバーミリオン。それはともかくあれが何かくらい知っている。」


それは全ての世界を支えると言われる世界樹から落枝してきた人振りの枝。浄化と破滅と言う相反する二種類の性質を持ち合わせる人の力の及ばない聖なる枝。この世界に現存しているのは榊達が持たせられたものを含め五振りしか確認されていない。大地と大気、またそう広くはないがその地域にいるもの全てに浄化と癒やしと破滅をもたらすと言われている。が、有史以来一度も使用された記述や記録はなくその効果がいかほどのものなのか伝聞と口伝のみで伝わっているだけだった。

しかし近年、科学の力でその効果が真実味を帯びてきている。見えなかった波長とエネルギーの観測が可能になりそれに基づき導かれた結果が、その力を示していた。


「数値的なもので立証されてもぶつけ本番で使う程、私は愚かではないのでな。彼等には申し訳無いが丁度いい機会だった。」

「余程お気に召したようですねヴィヒトリ枢機卿。その言い訳、もとい言い分はあまり上手くはないですよヴィヒトリ枢機卿。それより枝の使用が確認されましたよヴィヒトリ枢機卿。」

「だから名前を、まあいい。それで、どうだった。」

「とても、壮厳でした。まさかあれ程とは思いませんでしたよ。」

「・・・そうか。」

「あとで映像があるのでお見せしますね。」

「あるのかよ。」


冒涜では、と疑問が脳裏を過るが科学研究で弄り倒しといて今更ではあると妙な納得をしてしまう。飄々とした目の前の男を見ていると聖職につく自分の立場が時々馬鹿らしく感じることがある。

溜息きと共に本を閉じると立ち上がり精一杯胸をはる。少し長い間、椅子に座り続けていたせいか若干の違和感で腰に痛みがあるからだ。

年ですか、とからかうバーミリオンに鋭い視線で牽制すると報告の続きを催促する。


「まあ、概ね予想通りですね。枢機卿が仰ったようにどのような形で成されるか疑問を持っていたのですが見てしまえばなる程となります。土地と人の浄化は問題なく成されました。ただ、もう一つの疑問が。」

「破壊、か。」

「はい。」

「あったのか?」

「あった、と判断するには少々違うように感じます。破壊と言うよりむしろ回帰、と言ったほうが正しいかもしれません。」

「回帰だと?」


バーミリオンと呼ばれた男はそれまで浮かべていた締りのない薄ら笑いを消すと背筋を伸ばし自分が見て検証した感想を淡々と話し始める。

彼の仕事は教会の暗部に関わる。立場的には『観測者』と呼ばれていた。


『観測者』


それは世界各地で起きる不可思議な現象を観測し判断する者。干渉は一切行わずただ粛々と事実のみを突き詰め、数百年前に起きた教団の惨劇を繰り返さない為に設立された議会として密かに存在している。設立当初から誰が関わって作られたのか不明で教会内でもこの議会を知る者は少なくまた本人達も極力他の者と関わらない様にしている。主な役割は起きた現象が人の手で引き起こされたものか神の御業によるものかを判断する。

その立場上、奇蹟の立会人と呼ばれることもある。


「ええ、あれは回帰です。最初は癒やしの一種かと思いましたが破壊の性質も持ち合わせてましたので。」


彼がみたのは黄金に輝く巨木。その輝き覆い茂る葉から降り注ぐ光子は墓地と村を包み込みラリペスターがもたらした凶事を癒やし浄化した。榊達に倒された骸は本来の姿に戻ると地中へ沈み込み深い眠りにつく。時間を止められていた村はそれを解除されラリペスターの呪いに侵されていた村人は静かにその体に生気の色を、心に人としての知性と尊厳を取り戻した。


「それは、浄化であっているのではないのか?」

「私も最初はそう思っていたのですがどうやら村人の記憶も異変が起きる前の状態に戻っているようですね。それとあの地に回帰と判断出来る現象が。」


降り注いだ光子は気味の悪い色に変色していた大地に染み込むと柔らかな輝きを広げてゆく。まるで湧いた水が広がるように大樹を中心にじわりじわりと広がってゆく。墓地を抜け、村へ到達すると広がりはおさまり一際強烈な光を一度だけ放つと広がった輝きは何事もなかった様に消え去っていった。だがそこには確かに痕跡があった。大地に残された地表を埋め尽くす程の芽吹き。まだ小さいそれらは何の植物なのかわかりはしないが砂と小石まみれだったこの地は湿った赤土が混ざり合い固かった地表は柔らかくなっている。


「それが破壊ではなく回帰だと?」

「ええ。あの一帯だけ、まだあの地が砂漠になる前の状態に戻っています。ただ、何を基準に癒やし回帰を区別しているのか不明ですが。」

「それは癒せないものを回帰にしているだけだろう。枝に、そんな意志があるとは思わないが。」

「まあ何にせよ前例がなかったものに確証が得られたので結果オーライでしょう。それでは私はこの辺で。」


立ち去ろうとするバーミリオンを咳払いで引き止めるヴィヒトリは少し困惑したような表情をすると出かけている言葉を口籠る。


「冗談ですよヴィヒトリ枢機卿。ちゃんと彼らの動向はチェックしていますヴィヒトリ枢機卿。」

「それで、どうなっている。」

「疲労困憊でしたが例の光子で回復後皇太子に誘われて労われています。まあ無事です。心身共に。ただですね、あの榊という男について追加報告があります。ヴィヒトリ枢機卿にはあまり耳に入れてほしくは無いのですが。」

「何だ?」

「聞きます?」

「気になるだろう。いいから話せ。」

「では内密にお願いします。これは上の方で決まった事なので極々少数の者しか知りませんので。」


話を聞かされたヴィヒトリの顔は見る見る青ざめ思わず胸の前で十字を切り彼等の行く先に幸がある事を切に願う。それを少し冷めた顔で見つめるバーミリオンと対象的だった。

緩やかにふける深夜、これは榊達が墓地での戦闘から二日後の話。報告を遅らせたバーミリオンの思惑はわからないが干渉しない事を絶対の不文律としている彼等の何らかの琴線に触れたのは間違いないのだろう。事実、この後にバーミリオンとの連絡は一切出来なくなる。それは榊達を観察の対象にし行方をくらました事に間違いはなく、またそれが事実であった。

当の彼らは目当ての物が鉱石しかなかったことに落胆し道具の探索を続けることにした。幸い、皇太子がその行方に心当たりがあるらしく詳しい場所を聞くと二日目の朝にはドバイを発っていた。次の目的地は、エジプト。

日本がバブル期に買い漁った海外の調度品達はバブル崩壊と共に各国の資産家達に買い叩かれていく。そんな中、榊達が求める道具は熱心な日本人の歴史研究家の手元で丁寧に保管され続けていた。目的のわからない出土品など欲しがるものがいなかったのが幸いだったのかもしれないがそれでも困窮と貧困の時でさえ手放さなかったのはいつか元の場所に戻さなければとの想いからだった。

本来なら鉱石があったバチカンへ返還されるのだろうが元々古代エジプト文明で作られた道具のためこの優秀な研究家は作られた時代と国を特定し尚かつ使用目的まで辿り着いた。ただ流石にそれを公表するのは危険と察し使用目的不明のままエジプトの博物館へ返還されていた。

それを求めて六人は再び空へ旅立つ。

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