二十二話
「こここここ怖かった・・・」
震える霞と青ざめた顔で固まる椿を尻目に将へ電話を掛ける榊は苦笑いを浮かべている。程なく通話に出た将へことの顛末を伝えると彼から衝撃の事実をもたらされた。
「枝をそっちが持ってるから二手に別れる意味ないよな?」
ああ、そう言えば。
椿が持たされてうっかりそのまま彼女が持っていたせいでそのことに頭が回らなかった。皇太子に会う事には役に立ったがそれは本来の使い方ではないのだから本当に二手に分かれる意味はなかったようだ。
「君たちはあれか。あまり深く考えないのか。」
皇太子のセリフが三人を落ち込ませるが勿論、反論できる筈もなくただただ彼の少し残念な視線を浴び続けるしかなかった。
それを誤魔化す様に大きく背伸びをしわざとらしく遠くを眺める素振りを見せる。榊達が降りたのは村から少し離れた場所で、眺めた先にはぐるりと村を囲っている防壁が遠目に見ても分かる。
防壁の向こうは村で今もなお夜には霧のようなものが流れ込んでくるそうで内部へ入るのは止めたほうがいいとのことだった。
「気になるだろうから先に言っておく。あの村の住民は全員、凍結されている。君らの使う術でな。」
「私達の?ではこの国にも覚醒者がいるのですか?」
「いた、だ。多額の報酬と引き換えに進行を止める言うのでな。させてみたらこうなった。」
「いた?」
「通りすがりと言っていたが本当かどうか疑わしい限りだが。何にせよあと一週間程で術が解けるらしい。」
随分いいタイミングで来てくれた、と彼はポツリと呟く。
その顔は安堵と不安が入り混じり少々複雑な笑顔を浮かべていた。
ひょっとしたら疲労も極限まで来ているのかもしれない。そんな思いが脳裏を過る。
「うっわ!びっくりした!」
突然大声を上げた榊に反応し銃を突きつけている全身黒で統一した特殊部隊の兵士とそれを慌ててなだめる皇太子。いきなり大声を出すなと叱責され榊は憮然とする。
確かにここにいなかったはずの兵士が物音も立てずにそばに来ていれば驚くのも無理はないだろう。
「銃を下ろせ。彼等は友人、大丈夫だ。」
一礼をし、彼の耳元で何かを囁き再びその身を闇に潜ませる。
「何ですか?」
「いや、何でもない。ちょっとした政だ。気にするな。それよりも仲間はまだか?」
「あと20分位だそうです。それで、私達はどうすれば?」
「墓地の中心に枝を植えるのだろう?よろしく頼むよ。」
「いや、何かいるんですよね?それはどうすればいいのかな、と。」
「そっちで対処してくれて構わない。してくれたのならば、君らの願いは聞き入れよう。どうだ?」
「どうだって言われても・・・」
「そもそも何がいるんですか?」
「化物だ。」
「化物って。もう少し詳しくお願いします。」
「そうだな、まず常にあそこに座っているわけではない。不規則に現れてはあの忌々しい霧を出して気付いたら姿を消している。死者も夜明け前には地中に身を潜め日の沈みと共に地上に現れる。こちらは毎晩だ。あの化物がいようがいまいが現れる。」
「それだけ、ですか?」
「それだけだ。死者は墓地から出ず、化物も霧を出すだけ何もしない。もっとも、墓地へ入ると一斉に襲われ奴らの仲間にされるがな。銃火器で一掃しようとしたが効かなかった。ミサイルでもと話が上がったが首都に近すぎるせいで使えいない。」
「そんな状況で私達がどうにか出来ると思いますか?」
「してもらわねば困る。首都に近いとはいえ辺鄙な村だから人が来る心配は無いが流石にそろそろそれも限界かもしれんしな。」
どことなく、誤魔化されている印象を榊は感じていた。それが何なのかは分からないがひょっとしたら自分達には関係ない事かもしれないと言う事も。
三人は顔を見合わせ決断に迷いを見せる
。この場で今すぐ決断できるわけもなく残りの三人が来てから改めて検討しますと答えると皇太子は納得したのか設営されたテントへ入っていく。
程なくして将達が合流する。どうやらタクシーは途中で止められたらしく徒歩でやってきた。
「途中で拾えよ。」
彼等が見たヘリに榊達が乗っていた事を知ると将は呆れた様に肩を叩くと事態の説明を求めた。
「なるほどね。結局あれか。ゾンビ退治か。」
「まあそうなんだが、なんだ?随分落ち着いてるじゃないか。」
「ふっふっふっふっふ。俺の魔術がなんか知ってるだろ?正に俺様向き!独壇場よ。崇め感謝しろ凡人ども!」
「そんな将君きらいでーす。」
「だそーだ。続けるか、そのキャラ。」
「止めとく。そんで、問題はゾンビだけじゃないんだろ。なんだその化物ってのは。」
「普通に考えてネクロマンサーってやつじゃないのか。死霊使いってやつ。まああ十中八九、破滅種だろうけどこんなとこで一ヶ月以上も何やってんだって話だが。」
どこの普通なのだろうと霞は思うが口には出さず男性陣の会話を遠巻きに聞いていた。
夜になり気温は一層下がり寒さが肌を震わせる。荷物からストールを取り出し羽織るとかじかんだ両手を吐息で包み込む。温もりを感じのは僅かな時間だがそれでも幾分かはましになる。
視線の先の男達に何の不安も持ち合わせていないような素振りに、将達だけで敵と鉢合わせをする恐怖を感じていたせいか少しばかり腹が立つ。
それでもこのメンバーが揃うと安心するのも事実で、彼等への僅かな怒りはすぐにおさまっていた。
違うかな、と思う。
怒りではなくおそらく嫉妬に近いものかもしれない。
榊に対する、嫉妬。
今回のような場面で自分では将や睦生に安心感を与えられないと言う事実への嫉妬。
「男の子だから気にしちゃだめよ。」
顔に出ていたのか見透かした様に椿が声を掛ける。その横でシェリーもにこりと笑い二人とも寒いせいなのか無意識に手のひらを体に当てている。
そうだね、と呟くもやはりそう簡単には割り切れない部分はある。が、それと同時にどんどん逞しくなって行く二人を見ているのは正直、嬉しかった。見識が広がり考え方に変化が出始めている事にも。
自分では与えられなかった変化。だがそれはひょっとしたら自らがあの二人に望んでいた変化なのかもしれない。
「それで、なんでここでこうしてるのかな?」
「さあ?あ、来た。」
「さて、作戦会議だぞ、と。」
満天の星空の下、午前が近づき冷え込みが厳しくなる。目の前に広がる隔離された村を眺め六人は寒さで少しそわそわと話を詰め始めた。
「問題はそう多くはない、と思う。」
睦生は躊躇いがちに、それでもはっきりとそう結論づけている。
「村人の凍結はこの際、無視していいと思うんだ。問題は、墓場の破滅種がだす霧のようなものだけだと思う。勿論、破滅種そのものも問題なんだけど。」
「霧をなんとかしないと破滅種に近付くのは無理なのか?」
「話を聞く限りじゃね。あの霧は多分呪いの類だと思う。」
「ゾンビ化の?」
「うん。霞かシェリーの術でなんとかならないかな?」
二人は顔を見合わせ四人にちょっと待つ様に伝えるとその場から少し離れ思い思いに瞑想する。
「それで霧がどうにかなったとしてあの特殊部隊みたいな連中は手伝ってくれるのか?」
将から当然の疑問に榊は首を横に振るとそれは期待出来ない旨を伝える。
「そもそも銃火器が通用しないそうだ。朽ちてもすぐに原形に戻るってさ。」
「そっちも対処しなちゃいけないのかよ。銃火器がだめなら椿は約立たずだな。」
将がケタケタ笑うが椿の顔を見て脱兎の如くその場から逃げ出す。呆れて苦笑いを浮かべる睦生が彼女を宥めるがあまり怒っているようには見えない。
「さて、そっちはどうしようか。」
「それは私がするよー。」
瞑想を終わらせ霞とシェリーが戻ってくる。私はだめだったとシェリーがぺろりと舌を出しごめんねと謝る。
「霧は私の方で何とかなりそうですけど、あまり時間は持たないかもしれないです。」
「じゃあ頼むよ。シェリーは本当に出来るのか?」
「死者を弔えばいいんだよね。それは私が出来るよ。まあ実際はみんながするんだけど。」
「うん?」
「聖なる力をあなた方の武器に授けましょう。て、ことだよ。」
「ううん?」
「鈍いなー。付与魔法!わかる?」
「ああ、なるほど。え、付与?」
「うん、まあ聖なる力じゃないけどね。どうやらあの死者さん達は特殊なエネルギーを与えられて活動しているみたいなの。で、それを遮断する力を武器に与えるの。」
曰く、彼等は死者として復活しているわけではない。身体を動かすエネルギーが空になった状態に別のエネルギーを注入し単純な命令のみを実行し続ける。
破壊された肉体は極々狭い範囲でならそのエネルギーが引き戻し修復に似た効果をもたらしまるで不死の様に見える。
アンデット、ゾンビと呼ばれるものの殆どがこのタイプなのだが稀に死者として復活している者もいる。明確な意志と目的を持って誕生するせいで度々手に負えない存在となる場合があるのがこのタイプである。
「じゃあ墓場のやつと村人は全く別種のものってこと?」
「だね。村人はそれこそ別種の存在に作り変えられている途中と思うよ。生体の作り変えなんて高次元の旋律は私では聞き取れないからあの霧は私には手に負えないの。正直な話、それを聞き取れる霞がちょっと特殊なの。」
霞は困惑と照れによる微妙な苦笑いでシェリーからの視線を受け止める。寒さのせいか少し頬が赤いようだ。
はっとしたように彼女は遠くを指差す。
「出たか。」
「準備はいい?」
生唾を飲み込む喉の音が、誰からか聞こえた気がした。ひょっとしたら自分かもしれないが。
隔離された村の向こうにあるはずの墓地は暗闇でその姿を見ることは出来ない。が、墓地がそこにあるとはっきりわかるのは闇に漂う白い霧がそこに現れたからだ。視界のぼやけのようだった霧は次第にその大きさを誇示し、数分後にははっきりと見て取れた。
「さて、行くか。」
「状況は?」
「予定通りです。ですが・・・」
「どうした?」
言葉を詰まらせる兵士を怪訝に思いつい声を荒げる。こめかみから頬へと流れ落ちて行く汗に気付き今度は声を落ち着かせ再度問う。
「失礼しました。少々、いえ、かなり衝撃でしたので。あれは、何者なんですか?とても人の戦い方ではないです。」
「かせ。」
埒が明かない。そう判断し兵士からを双眼鏡を奪うと墓場で繰り広げられる戦闘に視点を合わせる。
「なるほど、な。あれが覚醒者、と言う奴か。」
「覚・・・、なんですかそれは?」
「さあな。老人共の戯言と思っていたが、あの力は確かに魅力的だな。」
目下で繰り広げられる人外の如き戦闘に彼は魅入りその昔に聞かされた御伽話を思い出す。そして必ず最後に聞かされた言葉も。
「関わるな、か。」
その力は強大にして唯一。国が持つには大き過ぎ、個が持って初めて意味を成す。
意味の分からない戯言の様に感じ、またそれを語る祖父の顔が言葉とはかけ離れた表情をしていたせいであまり信じてはいなかった。
村を凍結した際も何か特殊な薬品でも使ったのかと思い半信半疑だった。
「信じざる得ないな。」
幾ら死者とはいえ気が引けるがそうも言ってられず次々に迫ってくるゾンビを薙ぎ倒す。
シェリーの術で確かに復活する事は無い。が、どうやらエネルギーを受信する核のような物でもあるのかそれを破壊しないと再度立ち上がってくる。
「ごめんね〜。どうやら核を壊す付与魔法みたいなの。」
悪びれる事も無く無邪気に謝るその姿に全員が溜め息をもらす。
問題の核は同じ場所にあるようである程度の目星をつけて攻撃する榊は問題ないのだが銃で攻撃する椿は苦労していた。
人とは違う緩急デタラメなその動きは気味の悪さに拍車をかけ、そのせいで狙いが定まり辛いようで何発も打ち込む羽目になっている。
それでも睦生の風の魔術で体を軽くし、霞の術で強化した身体能力で敵中を駆け回る彼女のその姿は圧巻だった。
いや、術のおかげだけではなかった。
背後からの強襲をするりと交わし相手の姿を見もしないで肘で顎を打ち上げるとそこへ銃弾を打ち込む。
噛みつきに来る者を屈んで躱し脚で円を描くように薙ぎ払うと立ち上がりながら止めをさす。
よろけて倒れかかってくるとグリップの底を脊髄に打ち込みそのまま地面へ倒す。
「将!」
「任せろ!炎よ!その身を我が思いしものへ宿れ!」
椿の銃弾が発射されると同時に将からの支援魔術が飛ぶ。蒼いその炎は弾丸を包み蒼い軌跡を作り直線上の複数の敵を打ち砕いていく。
「うっしゃー!これは『バーストブレット』と名付けよう。」
「私の銃弾に変な名前つけないでよ!」
自分を狙う敵の足を撃ち抜き動きを止め、榊が気付いていない彼を狙う敵を射撃する。感謝を述べる彼の言葉を笑顔で受け止め這い寄る者を完全に沈黙させる。
榊が危惧していたかつて人だった者達を滅する罪悪感はそこにはなかった。
人と判別出来ない程の腐敗のおかげかもしれないが彼自身が以前感じたあの奇妙な感覚が彼女にも起きていた。
生物と認識出来るが意識はしていない。人形の類を攻撃しているような感覚。
現実と虚構を切り離し現実のみをその身に宿すような感覚。
『揺れる大地よ 蠢く地脈よ 私が望むは彼らの捕縛 御身の下僕に微かな助力を』
シェリーの旋律が大地を震わせる。地脈が唸り榊と椿を避けて幾筋もの亀裂が大地を走り出来た裂け目に死者がその身を落とす。
「こえーよ。何だよその術は。」
「うふふ。怒らせると女の子は何するかわかんないわよ。ショウも気をつけてね。」
最初の異変に気付いたのは榊だった。
羽交い締めからの噛み付いてくる攻撃が基本で動きもそれ程速いわけではない。確かに緩急の不確かな動きをするおかげでその動きについていけない事もあるが速さが上がったわけではない。
湧き出た死者を半数程に減らした辺りから妙な違和感が榊に付きまとっていた。
凶暴性が増し、受け止めた攻撃が重く簡単には弾けなくなり始める。
そして彼は気付く。振り下ろされる青白い剣に。
「おいおい。なんだそりゃ。」
受け止めた剣を弾き相手を凝視する。干乾び、骨と皮だけの古木のような腕と足は生前の様に膨れ無気力で生気のないぽっかり空いた眼窩には憎悪と悪意が満ちている。
焦りからの冷汗が頬を伝い落ちて行く。
「椿!気を付けろ!」
それで伝わるかはわからない。だが気付いてくれることを願い彼は咆哮する。
内に影響を与える呼吸法の応用で体内に溜まった気力を外へと吐き出す『咆哮』。
敵の意識を自分へ向けさせ隙を作る。あまり多くの敵意を引き付けることはないはずだったが、どうやら今回は相手との相性が悪いのか半数以上が彼に牙を向く。
「おい、様子がおかしくないか?」
「おかしいどころじゃないよ!ゾンビが武装しはじめてる!」
榊と椿が一体、また一体と倒す毎に残されたゾンビの武装が強化されていく。
武装と言っても実体があるわけではなく青白い膜の様な物を纏いそれが少しずつではあるが確実に厚みと凶悪さ増していく。
「待て!待て待て待て!榊!椿!それ以上倒しちゃ駄目だ!そいつらは倒すと強くなっていくぞ!」
「そんな、こと言って、も!」
なぎ払い、両断する。
「倒さなきゃ、手に負えない!」
銃身で受け止め、腹部を蹴り押す。
徐々に後退させられている二人に睦生が盾の術を使うがそれもあまり持ちそうにない。それでも確実に減らしていくあたり流石と言うべきだろう。
今回は殆どお互いの援護を必要としないで戦い抜いてきていたがここに来てお互いを注視しながら戦い始める。パートナーの身を守るために次第に二人は距離を縮め始めていた。
敵の手数は増え、こちらの決定打は減っていく。一体に関わる時間が増える毎に榊達には隙が出来き、それをカバーする為にこちらの攻撃は防御へ切り替えざるを得なかった。
霧を抑える為に詠唱を続けている霞の代わりにシェリーが強化の術を施す。
あまり効果がないと分かっていても将が炎の壁を作り僅かでも態勢を整えられる時間を作ろうとする。
敵の数は残り四体になっているが既に人の大きさを上回っており装備も青白く半透明だったものから実物の様な、金属製の甲冑と剣、盾へと代わっている。
一撃一撃が重くなり、何とか剣で防げる榊はともかくそれが出来ない椿は身のこなしで躱すことしか出来ず、一定の距離を取ることへ努めせめて榊へ敵が行かないように足止めをする。
何度か銃弾を撃ち込むが盾や鎧に阻まれ核まで弾が届かない。将との合わせ技も剣で切り落とされてしまう。
不快な笑い声が、耳に届く。
墓地の奥、中央からこちらを座ったまま伺うボロを纏った不気味な存在。思わず頭に血が上り椿がそれに数発発砲する。
「笑ってるんじゃないわよ!」
弾は、届かない。
それは左手をかざし不思議な目に見えない膜の様な物で銃弾を止めると弾丸はその場にぽとぽと落ちて行く。
それはおそらく一際大きな歓喜の叫び。
その声量に思わず眉間にシワを寄せ顔をしかめる。
それはゆらりと立ち上がり空回りする歯車の様な音の笑い声を発すると両腕を広げ天を仰ぐ。
「霧の、霧の出現が止まりました・・・」
意外そうに、それでも払拭出来ない不安からか霞の声は震えていた。だが今なら、自分とシェリーで全力で榊と椿を支援すれば司祭から預かった枝を使えると判断する。
(でも・・・)
そう。でも、だ。あの枝を使って何が起こるのか聞かされてはいない。
もし村人の症状が治るだけなら?
溢れ出ていたゾンビを弔うだけなら?
もしそうならこの状況は打開出来ない。
「TEAR UP!」
残り、三体
「シェリー!もう一度さっきので足止めしてくれ!将!睦生!例のやつをやってくれ!」
「分かった!」
「任せろ!」
シェリーの旋律に被せるように将と睦生も詠唱の準備を始める。それを確認すると榊と椿はその場を全力で離脱する。
先に術が発動したのはシェリーだった。地響きと共に亀裂が三体をめがけ伸びていきそれは大地を裂き彼らを飲み込む。
一時的な足止めにしかならないがそれで十分だった。
将と睦生の合わせ技。
丘での戦闘で偶然出来た将の術を二人は解析しそれを意図的に起こせる様に術の開発をした。
力が外へ働く風の魔術。その力を内へ働かせる。そして空気は圧縮される。加速度的に。
やがて弾けるとき、それは将の魔術で驚異的な燃焼を促す。
「炎よ!その身を持って更なる炸裂を!」
「風よ!その身を焦がし静寂に灼熱を!」
実験ではうまくいっていた。ただ、将が使う魔成の量と睦生の術の発動時間で燃焼の規模が変わる。
変わる、と一言で言うがその幅は広くボヤ程度の効果からこの墓地位の規模なら吹き飛ばせるほどまで強力な燃焼が可能だった。
また、タイミングによっては将の術が打ち消される事もあり比較的、シビアな調整が必要だった。
何かが消え入る奇妙な音と共に僅かな時間の静寂が辺りを包み込む。
それは術の完成を意味し将がみなへ伏せるよう叫ぶ。
刹那、辺りは熱風と大気が弾け赤い光が空間を作りだす。
身を伏せてなお肌を焦がす熱風にみなが苦悶を浮かべる中、榊は一人その熱風の中を駆け抜け、コートのお陰で皮膚へ火傷は無いが髪が焦げる音が少し気になる。
燃えがる三体の武装したゾンビ。それに近づくにつれ肉の焦げる不快な匂いと硫黄の匂いが鼻を刺激する。
理屈は分からないが一体を残すのは危険と判断し三体が復活する前に撃破しようとする。
炎の中、再生する核を切捨て二体目へ向かう。既に核は再生し終わり人型を成形し始めている。
「くそっ!」
二体目を切り倒し三体目を見て彼は自分の愚かさに自責する。
間に合わなかった結果がそこにはあった。
巨大、と言う程ではないがそれでも身の丈はゆうに2メートルを超えている。装備された武具は重厚さと禍々しさを増し重圧は今までの比ではない。
「私が使う術はゴーレムのそれに似ている。もっともあれ等の様に動きに制約はないが、原理は殆ど同じだよ。エネルギーの質に違いはあるがね。」
突然と雄弁に、それでもたどたどしくしゃがれた声でそれは話しかけてくる。
「流し込むエネルギーの量は限られている。多くのものへ流せばそれだけ力は拡散され少なければ集約される。つまりお前達が相手をするのは一つになった百の力だ。抗えるか、へティカル。」
人より大きな太刀を受け流すが衝撃を完全には殺せず腕に鈍い痺れが蓄積されていく。振り下ろされた両刃の大剣を躱すが地をえぐり岩石を砕くその威力で礫となって彼を襲う。
榊の打ち込む斬撃は騎士となったゾンビの半身程の盾に遮られ全くダメージを与えられないでいた。
将と睦生の魔術もそろそろ魔成が枯渇しそうで思い切って発動出来ないでいる。
シェリーと霞に至っては驚異的な再生を繰り返す敵に効果的な術がなくまさになす術を失っていた。
榊の目配せで椿が動く。
銃弾で盾を使わせ連射で気を引き付ける。見えているかわかりはしないがそれでも視界の外から急接近した榊はゼロ距離からの突きを放つ。が、剣で叩き伏せられ更に榊の剣を踏みつけると盾で榊本人を弾き飛ばす。
「くそ!サテライトでもついてんのかあいつは!」
「いやーだとしたら奥のやつだろうね。なんで何もしてこないのか疑問だけど。」
「幸いだよ。この状況であれまで参戦したら手に負えないよ。宗司もツバキもよくやってるけどもう限界だろうし。」
幾ら動いても成果に繋がらない徒労が更に疲労を加速させているのかもしれない。霞とシェリーで体力の回復をしてはいても精神的な疲労の回復に追いついていないようで顔に浮ぶ表情は険しさを増す一方だった。
あまり力になれない椿は己の非力さに歯ぎしりする。援護射撃で騎士の攻撃を遅らせる程度しか出来ない自分に怒りにも似た苛立ちと焦りを覚えていた。
銃が、ここまで役に立たないとは思いもよらなかった。魔術には発展がある。本人の工夫次第で強力な戦力になる。だが銃は、今回のような相手だと技量の問題でどうにかなる話でない。
弾丸に特殊な処置が必要なのかもしれない。そもそも剣も似たような問題を抱えるはずなのだが榊の特殊な格闘センスで魔術を越える戦果を上げている。
それでも今回はどうしようもないようだが。
盾での防御を一方に集中させるように銃弾を放ち何とか態勢が崩れるのを期待して榊が連撃を加えている。
縦横の剣技は強大な太刀で弾かれ人では有り得ない力で反転された太刀で反撃される。
背面へ回転して躱し足を狙い薙ぎ払う。剣の勢いはそのまま維持し、立ち上がりと同時に突きへと転じる。甲は弾かれ、顔の一部が削ぎ落とされる。が、アンデットのせいなのか生物としての機能が損なわれているせいなのかは判別出来ないが痛みを感じている様子はなく全く意に介さないようだった。
「期待していたが残念だ。お前なら或いは一人でも、と思ったが、仲間に支えられてさえそれとはなんとも無様だな。」
フードの人物が再び口を開く。聞き取り辛いその声の持ち主は墓地の中央からこちらを見ている。フードの奥から見えるその瞳は心なしか紅く光っているように感じる。
(誰の事を言ってる?)
疲労で頭の回転が鈍くなっているがあれが何を言っているかは理解していた。
「不思議な顔をするな。お前に行っているのだ。剣士よ。」
仲間に緊張走り、榊の背筋に落雷でもあったかのような薄気味悪い寒気が走る。
「まさか趣味でここにいるとでも思っていたのか。お前を待っていたのだ。あいつはこう言っていたぞ。『騒ぎを起こせば必ず現れる』と。まさか一ヶ月以上も待たされるとは思わなかったが。一体何をしていたのだ?」
(何を言っている?)
思考が、停止する。いや、むしろ過去の記憶が脳裏で幾度も繰り返す。
騎士となったゾンビもそれと対峙している仲間達も微動だにせずかすれた不快な声だけが墓地から静寂を奪う。
「お前は我々の物だ。十年前からな。」
その場にいた榊の仲間全員の鼓膜に痛みが走る。鋭く、極々短い時間。時間と言うには短くそれはまさに刹那だった。
空気が弾けるような音にも似た衝撃。それは、斬撃。
榊は意識が薄れていた。自分の遥か後方から見渡し他人事の出来事を眺めているだけのような虚無感が彼を掴む。
彼の視線の先には椿の銃弾も、幾度も打ち込んだ榊の斬撃も尽く弾き、躱し防いできたゾンビの騎士が左右二つに切られている姿。
やったのは榊。
人の領域を越えた不可視の斬撃。
十年前と聞いて彼は全員の血液が沸騰するような錯覚に襲われ極度の怒りと恐怖からの脱力感に瞬時に支配された。
無駄と感じる諦めと、生への執着からの抵抗。反する感情に肉体はそれらを拒絶し本能のみに体を委ねた。人の数倍の量の経験を蓄積し記憶された肉体は一切の無駄を省き合理的にかつ最短の動作を実行する。
機械的に、それでも生物として最適に。
それが不可視の斬撃となった。
速さは力となり物質の抵抗を無視する。およそ極限まで防御力を与えられた鎧は紙切れの様に両断されそれらが護っていた中のものも容易く切り捨てられる。
歓喜の声が聞こえた気がした。誰もそれを気に留めていなかったが。
榊の仲間は鼓膜への痛みで顔をしかめ、背け何が起きたか理解していない。榊本人も薄れた意識のせいで理解していない。この場で唯一何が起きたか理解しているあの者が、歓喜の声が上げていた。
「そう!そうれだ!その力だ!人なざるその力はまさに私が欲するもの!」
銃弾が響く。
もっとも、今この墓地に居る者の耳には届いていないが。それでも大気が切り裂かれる音は聞こえた。それと同時にフードの男の悲鳴も。
思考が追いつかない状況で五人が目にしたのはフードの男の腕が吹き飛ばされるところだった。不思議な事に血が吹き出す事はなく半分程になった腕が無様に地面を転がりその後方の地面が土煙を上げ吹き飛ぶ。
ヒュン
そう聞こえた気がした。再度上がる悲鳴。今度は左肩から上が飛ばされる。
そして三度目。
次は、頭部が。




