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二十一話

「おや、久々のお帰りだねぇ。近いんだからもっと頻繁に顔をお出しよ。」


久々に見かけた村の英雄に老婆が声を掛ける。赤子の頃から見知ったその男は逞しく、村の誰よりも優しく育ったのが嬉しかった。


「やあ、カーラおばさん。久しぶり。相変わらず足が悪いようだね。」

「年寄りだからしょうがないさ。それに狭い村だ。多少悪い方が丁度いい。」


口の悪い気遣いに彼女は冗談混じりで返すと後で自分の家に来るように伝える。旦那も喜ぶからと。もちろん喜んで顔を出すつもりでいた。妻が作ったあの夫婦が好物の豆料理を手土産に。

ドバイから少し離れた場所にあるこの村はあまり若者はいなく死を待つだけとなっている。村民たちに首都への移住の話もあったが先祖が眠るこの地を離れたくない老人だけが残り彼らは今では墓守のような生活を送っていた。

それでも政府の気遣いでほぼ毎日来る食料や生活必需品の移動販売でこの村に住む老人達は無理のない生活を送ることができていた。

あまり喜ばしい事ではないが子供もいる。数人程度だが所謂、戦争孤児となった子供たち。村を出た若者が軍属となり戦地で命を散らす、または戦闘やテロに巻き込まれた者達の忘れ形見だ。

勇敢に戦った者達の子として村では大切に育てられている。

決して広くない村を散策し特に代わり映えがない事に安堵しすれ違う歳の離れた友人達から熱い歓迎と少しばかりの軽口を叩き合いながら自分の家へ急ぐ。

村の外れに建てられた一軒屋。風化が激しいこの地では一般的な石造りの家からは料理の煙が立ち上がり戦地から一時的にとはいえ帰路についた男を暖かく迎える。

少しためらいがちに、彼は扉を開けると無意識に深く息を吸う。ふと、彼を襲う懐かしさと温もりと高揚感。帰ってきたと言う実感。

忘れかけていた匂いが急激に甦り心地よい胸の締付けを自覚する。


「ただいま、エリッタ。」


堪らず、彼はこの家に一人待たせている最愛の妻の名を呼ぶ。

奥から軽快に、早足で駆けつける足音を聞くとまだ担いでいた丈夫なバッグを床に落とし衝撃に備える。

いつもの事。それをわかっているからこそのある意味、儀式のような心構えでもある。

案の定、彼女は勢いよく彼に文字通り飛び付きしがみつく。両手を彼の首に回し両足は彼から落ちないように彼の体を締め付ける。


「お帰り、セイフ。」


セイフと呼ばれた男はエリッタの腰に手を回し優しく抱き締め彼女の温もりに帰ってきた実感を強く意識する。

額をつけ、お互いの吐息を感じると抑えきれない感情に暫しの抱擁と口づけを楽しむ。

セイフは彼女を抱えたままソファに近付き優しく下ろすとそのまま二人共クッションのきいたソファに体を埋め時には唇を交わし、手の指を絡めこの数ヶ月に起きた出来事を話し続ける。

楽しい出来事から辛い出来事まで包み隠さず。


「本当に、無事に帰ってきてくれてよかった。」


頬を撫で、そこにある実体が本物で有ることを確認するように彼女はまじまじと彼の瞳を覗き込む。優しく、力強いその瞳に映る自分の顔が幸せそうでこれが現実だと安心して思える。


「君も、長い間留守にしてすまなかった。話しがあるんだ。」


一瞬、エリッタの表情が曇る。が、セイフの輝く瞳がそれを晴らす。

少し躊躇い、焦らす彼に彼女は痺れを切らし急かせ次の言葉を必死で聞き出そうとする。


「もう!早く教えてよ!待たされるのはもうこりごりなのよ!」

「ごめんごめん。よく聞いて、エリッタ。今回は一時帰還じゃないんだ。そうだよ、これからはずっと一緒にいられるんだよ!」


声にならない喜び、とはならなかった。村中に響き伝わりそうな歓喜の声を上げると彼女は神へ何度も感謝し彼を力強く抱き締め何度も唇を重ねた。


「これからは首都での内勤になる。詳しくは言えないけど情報機関での仕事だよ。だから戦地で危険な目に合うことはもうないんだ。」


涙を流して喜ぶ彼女の髪を撫で、頬を伝う涙をそっと拭き取る。

既に派遣兵として四期を終わらせ戦場に出る現役兵としては古参になり始めている。現場から指揮官への話も断り常に前線に出ていたのは一人でも少なく若者を戦地へ赴かせない為だった。

そのせいで彼女に負担を強いらせている事はわかっていたがどうしても他の者へ道を譲る事が出来ずにいた。

それももう終わりだ。

こうして感情を露わにする彼女をみて彼はもっと早く内地への異動の話を受入れとけば良かったと後悔する。


「後悔しないで。貴方のおかげで救われた人は大勢いるはずよ。」


溢れかけた涙をすくうと彼女は照れ隠しのように彼の厚く逞しい胸に顔を埋めそう呟く。頬を当て、少し早い心音に心地よさを覚えながら彼女は瞳を閉じてその時間を堪能する。


「ありがとうエリッタ。」


これからも続くであろう至福の一時を惜しむように彼女は彼から離れると料理の途中だった事を思い出し慌てその場を離れる。と、彼もその後をとことことついて行く。

幸い香辛料たっぷりに煮込んだ豆料理は焦げ付いてはおらず食欲をそそる香りが鼻奥を刺激する。

丁寧に灰汁を取り味見をするエリッタを後ろから抱き締めると、首筋を覆う黒髪に鼻を埋め彼女の名を囁く。


「だーめ。もう出来たからあの夫婦の所へ行くわよ。」

「はあ。まあしょうがない。今夜の楽しみにしとくよ。」

「もう、セイフったら。」


彼の抱擁をするりと抜けると数種類のホブズをバスケットへ入れ陶器の深目の大皿に豆料理を移し大皿をテーブルへ、バスケットをセイフへ持たせる。


「おいおい、友人宅に行くんだ。着替えくらいさせてくれよ。」

「あら?そのままでも素敵よ。でもそれもそうね、早く着替えてきてね。」


頬への軽い口付けとバスケットを交換するとエリッタはそれもテーブルへ移し彼の背中を軽く叩き自分も身支度を始める。セイフは少しだけ照れた笑顔を浮べると持ち帰ったバッグを拾い上げ寝室のカーテンをくぐりベッドの脇へそれを置く。

軍服を脱ぎ、汗ばむ肌をタオルで拭き取るとカンドゥーラに袖を通しため息混じりにベッドへ体を預け懐かしい天井を見つめる。

ソープの香りに混じる柑橘系の香りが彼を包みそれが妻の香りとすぐに気付き笑みが溢れる。

半年前に出て行った時と何も変わらない室内の飾り付けや小物類は全て彼女の趣味だ。二人で飾り付けの相談をした時に彼の美的感覚が致命的に悪い事が露呈してからは家具や飾り、都市部へ出掛ける服装まで彼には選択権はなくなりまた本人もそれで満足していた。

軍人としての人生が長いからだ、とは彼の弁だが同期の中でもダントツにセンスがないせいでその弁も虚しく聞こえる。

エリッタが呼ぶ声が聞こえる。それをこれから毎日、耳にする事が出来る喜びを彼はふと、実感していた。








「いや、あの時は僕の方が長く潜っていたよ。」

「いやいや、この私がお前などに負けるわけがないだろう。老いぼれだからと思って誤魔化すんじゃない。」

「老いぼれと言うよりは頑固な負けず嫌いだね。そう思うだろカーラおばさん。」

「どっちもどっちじゃないの、全く男はこれだからいつまでたっても子供って言われるのよ。」

「子供で何が悪い。何時までも夢と希望を持ち続けられると言う事だぞ。」

「流石にそれは支持できないわよ、ハリルおじさん。」

「お前ならわかるだろ?セイフ。」

「同じ男として賛同したいのはやまやまだけど今後の妻との関係に影響ありそうだから答えは控えるよ、おじさん。」


エリッタの手料理とカーラの料理が並ぶテーブルを囲い昔話が溢れる。

セイフの悪戯でハリルが幼馴染と一ヶ月も口をきかなかった事や当時はまだ若者が多かったことなど。


「いつ頃からだろうなぁ。皆が帰ってこなくなりだしたのは。」

「時代の流れさ。皆、故郷を忘れたわけじゃない。ただ、昔より自由に行き来できるようになったから故郷が近くにあると勘違いしているだけだよ。」

「その故郷も、わしらの世代でなくなりそうだがな。」

「政府の申し出を受け入れたらどうだい?」

「例の政策か。悪くはない、むしろこれからの若者には必要かもしれん。が、この年になると新しい物を受け入れるのは抵抗あるんだ。特にご先祖様達の想いが詰まったこの村を余所者に好き勝手いじられるのは、やっぱりどうしてもな。」

「そうだね・・・」


暫く続いた沈黙。お互いに思う事があるのはわかりきっているから話を続ける事が億劫になる。それでも代わり映えのしない毎日に僅かな刺激が舞い戻り少なからずこの老夫婦は浮かれており、せっかくの友の訪問を台無しにしないよう夜半を迎えた今も話のネタを懸命に思い出そうとしているようだった。

これからは毎日ここから出て戻ってくる事を何度も伝え、まだ荷解きも終わっていない事を理由にようやく開放されたセイフはハリルが文句を言いながらも寝室へ行くのを見届けると二人は老夫婦の家を後にする。


「嬉しそうだったわね。」

「ああ。もっと早くこうしてればとつくづく思ったよ。」


見上げた空に輝く星達は都心に近付くにつれその姿が幻であるように存在を薄くさせている。今夜は少し風が強いせいか潮の香りが僅かに鼻をつく。

ふと、その風に覚えのない匂いが混じっている事に気付く。


「どうしたの?」

「いや、なんだか妙な匂いが・・・気付かないかい?」

「そういえば・・・何かしら?」


不快だった。生理的に受付けない匂い。硫黄の匂いに似ているがもっと生々しさがあった。例えるならそれは体臭と同じような性質のものに感じられる。

心地よい気分の夜には似つかわしくないその匂いはまるで淀んでいるかのように風が強い今夜でも消える気配がなく留まり続けている。

セイフの背筋に嫌な悪寒が走る。十年以上も戦場で過ごしたその体が全力で警告している。だが理解出来ない不快感を彼は無視してしまった。

常に直感で生き抜いてきた彼は最もそれに従わなければならない時にそれに理由を求めてしまった。

いつもならば有り得ない判断だが久々に帰郷し気心の知れた友人との楽しい一時の余韻に水をさされたくなかった。或は美しい妻との愛の育みを邪魔されたくなかったからかもしれない。

殺伐とした戦場で身も心も擦り減らした彼が己の欲望と心情に従ったのは仕方のないことだった。

不審に思いながらも我が家への帰路を急ぎ就寝の準備をする間もなくソファに埋もれると、彼は疲労のせいか安堵のせいかまたたく間に寝息を立て始める。

エリッタは少しだけ困った表情を浮べるとタオルケットを彼に掛けその寝顔にそっと手を添えると頬へ優しく口付けをしその場を静かに離れる。







最初の異変はセイフが帰郷した翌日の未明に起きた。

村全体に流れ込んできた不快な匂いはそこに留まり続け色濃くなってゆく。霧とも靄ともつかないものが発生し次第に村を覆い尽くし、それはまるで意思が有る様に戸を締めた民家にさえ僅かな隙間を見つけ入り込み、じわりじわりと生ある者の元へ這い寄り彼等の体内へと侵食してゆく。

それらは日が昇り始めた頃には既に気配を消し去り奇妙な臭いだけを残し何事もなかったように村はその日を迎えていた。

日が昇りいつもなら僅かではあるが、村のメインの通に行き交う者をこの日は見掛けずほぼ全ての住民が体調不良を訴え村にはかつてない静けさがもたらされる。

深刻な状態は二日目から現れ始める。

始めは急激な発熱。だがそれは直ぐに治まり今度は体温の低下が徐々に始まる。

次に頭髪の脱毛や網膜の白色化、身体の末端や皮膚の壊死。意識の混濁や混乱を発症する者も現れ始めた頃にやっとの思いでセイフが軍への要請を行ったのは彼が帰郷して四日目の事だった。

発熱から体温の低下で意識が朦朧とする中、彼は村中が同じ症状に悩まされているとは思いもよらず妻も同じ様な状態だった為に食中毒の類かと思っていた。

だから同じ食事をした老夫婦を案じまだ思い通り動かない体を動かし彼等を訪ねそこで初めてこの症状が村全体に及んでいることを知る。軍への要請はこの時点で行われた。

疫病、あるいはバイオテロの可能性も考慮するように、と。


AM11:32分 疾病対策部隊到着


防護服を纏った部隊が投入され沈黙に支配されていた村は慌ただしさに土埃を舞い上げる。

民家を訪れた部隊から周辺を検査していた部隊へ急遽、村全体を封鎖するよう指示が行き渡り慌ただしさに拍車をかけていた。


「瞳孔の固定と脈の触知不能、ですが筋肉の硬直はみられません。」

「原因は?いや、それよりこの症状に見覚えは?」

「有りません。原因も、不明です。」


低い呻き声を洩らしベッド横たわる老婆を検診した二人の医師は防護服の下で困惑の表情浮かべていた。

死の直前に見受けられる症状が現れそれが続いているのだから当然なのだがそれよりも各民家でも同じ報告が上がっている事が主な原因だったのかもしれない。

村人全員が同じ症状だが抵抗力の弱い者から進行が早いのは一般的な疾病と同じだが一定の状態になると進行は止まりその状態が持続している。

人の体はそれほど頑丈に出来ているわけではないので負荷が続けば崩壊は始まるのだが、この病症にはそれが見られない。それが原因の特定を困難にしていた。


「要請をしてきた大佐に話を聞きたい。彼はまだ意識はあるのか?」

「はい。ですがもうあまり時間はないかもしれません。」

「急いで彼のもとへ向かおう。」


現状、手の施しようがないと言うのが正直な感想だった。だからせめて何があったのか、いつからなのかを把握する必要があった。

老婆の家をでると、総責任者の彼は助手と共にセイフの下を訪ね、彼の診察を行っている担当と診断と病症、情報の交換を行うもお互い新たな情報を入手することはなくセイフの証言だけを頼りにするしかなかった。


「大佐、聞こえるか?」

「・・・ああ。」

「何があった?」

「・・・匂い。それから、霧・・・。」

「霧?それが原因なのか?」

「多分、ですが。おそらく、最初の発端は、四日前・・・」

「四日前・・・それ以外で気付いた事は?」

「匂いが、あの日は風が強かった・・・なのに匂いが消えなかった・・・」

「分かった。もう休んでくれ。後は我々で調べるから。」

「妻は、彼女は進行は、ひどいのか?」

「残念だが大佐。君以外は皆、同じ状態だよ。酷な事を言うがいずれ君も同じ状態になる。」

「私は、構わない・・・だが皆は、助けてくれ・・・」

「大佐、よく聞け。必ず助ける。君も、君の妻や友人も。だから今は安心して休むんだ。」


気休めだと彼は気付いている。それでもそれにしがみつくしかない事も薄れる意識の中で理解しているようだった。

無理やり作った苦しそうな笑顔を浮かべ彼は医師に全てを託すと投与された薬のせいか深い眠りへ落ちて行く。


「霧と言ったな。空気感染の可能性もあるから彼等はこの村でこのまま経過を見守る。大統領へ連絡してくれ。この村は隔離施設にすると。必要な設備の手配も頼む。」

「はい。」


助手への指示を済ませると村の中を散策する。各民家で他の医師たちが村人への処置を施しているがおそらく何の成果も出ないだろう。

大佐への鎮静剤は効果があったが進行が進んでいる他の者への効果はなかった。それはつまりある程度の状態に陥ると肉体が人のそれとは別種の状態になると言う事だろう。


この症状に、彼は見覚えがあった。


学生時代の、まだ野心と欲求にあふれていたあの頃、ある教授に随行しインドの奥地へ植物の採集をしに行ったときに現地で遭遇したあの生物。

教授が持つ知識と人脈が欲しくて行きたくもない採集に参加したが今でもこのときの事を後悔している。

生臭い腐敗臭と硫黄の匂いを纏ったあの生物は元は人だと原住民は言った。

頑丈な牢の中にいたそれは人が近付くと激しく反応し何かを異常なまでに欲する。非常に狂暴だった記憶があるがここの村人はまだ初期段階なのかあまり動きがないが、このまま時間が立つとあの様な生物になるのは火を見るより明らかだ。

あの集落の原住民になぜ放置しているのか聞いた。その応えはこうだった。


「何をしても死なないから。」


何が原因かは彼らも知らなかった。ただ、過去に幾度となく同じ症状を患った者がいて結局このように牢へ壊死するまで閉じ込める事にしたと話していた。

何も恐れずただひたすら何かを求めて人を襲い、喰らい、喰らわれた者も同じ症状になると言う。一度、火を放ってみたら思いの外に暴れまわり集落が炎で滅びかけたそうだ。


「なんてことだ。まさかホラー映画の様な状態に陥るとは。彼らの話では五日後から人を欲すると言っていた。仮にあの集落での病症と同じならば大佐の話が正確なら既に兆候が表れ始める頃だろうな。」


どうする、と自問する。隔離用のゲートが出来る前に部隊の退去を出すべきだろうか。もしも襲い始めたものがいたら対処出来なくなるかもしれない。

いや、それよりもまずゲート自体通常のものとは違う、村全体を囲える物を要請しなくてはならないだろう。もしくは村人に拘束衣を着せるのもいいかもしれない。

政府への要請もどうするべきか。疫病としてこのまま対処するかあの集落の出来事を交え今後の展開を説明するか。後者は信じてもらえるか甚だ疑問だが。

考えが纏まらない中、保護衣を着た者達が慌ただしく移動する村を見渡し吹き込む風が砂埃を上げるのに気を取られる。


『風が強くても匂いが消えなかった』


大佐の言葉が脳裏によぎる。


「強風か・・・」


風向きが気になる。確かに村は風が舞い込んでいる。が、疫病の感染をおそれ村から少し離れた場所に設営した対策本部に風は吹き込んでは来ていなかった。

彼は通りかかった医師に一旦本部へ戻る事を伝えると早々に村を出る。

徒歩で五分もかからない対処本部。洗浄室を抜け保護衣を脱ぎ更に滅菌処理をされる。

本部が設営されたキャンプは入り口に立つ二人の兵士にIDカードを確認されてようやく中へ入ることができる。

中は外気温のせいだけでなく様々な電子機器と通信設備のおかげで蒸し暑く、そこで作業をしている者達は怒号こそ飛び交っていないがどこか苛つきを抱えているようだ。誰が設置したのか機材の冷却用の機械は上手くその役割を果たしていない。

彼は自分用のパソコンで気象センターへアクセスし四日前から現在の風向きを調べ驚愕する。

データは北からの風を表示しかなり弱い風となっている。しかしあの村では風は南からで少なくとも20ノットは出ていた。

それはつまりあの風が自然のものではないことを示している。

軍用の衛星を使い村の南側に何がるのかを確認する。

拡大し、映し出された映像には墓地がある。


(あの集落では一度に何人も症状が表れた事はなかったはずだ。)


記憶を辿りあの集落とここの村との共通点を探るが何も見つからない。もしかしたら症状が同じなだけで原因は別なのかもしれない。だがこの気象データと大佐の証言があれば墓地が原因と進言できるかもしれない。

あまり時間はない。

かもしれないばかりでは何も解決できない。今はまだ村の中だけで済んでいるがそれがいつ拡がるかわかりはしないのだから打てる手は打つべきだろう。

意を決し、気象データをフラッシュメモリへコピー、メール添付を行い首都で対応している大臣へ通信会議の要請を行う。

アラブ首長国連邦が執り行っている政治は非常にシンプルかつ高度な次元で行われている。

一部の、ある意味、特権階級が政治を行いそれをほぼ世襲制で引き継ぎ彼らが前面的に矢面に立つ。これにより他国との摩擦で生じた政治的責任や自国民への批判等は全て特権階級である大臣達が引き受ける形となっている。

この国の過去の悲惨な歴史がこのシステムを生み出したのかもしれない。

また、国民の声をダイジェストに聞き入れる体制もあるため今回のような急な要件でも直ぐに取次がれ会議室から現場まで一直線に指示が出される。

数分後に返ってきた大臣の指示は意外なほどこちらの意図と現状を把握しているものだった。

墓地への調査隊と住民の隔離、拘束と医師団の撤退。

疾病対策部隊が到着した一時間後にはほぼ全ての準備は整い調査隊の報告を待つばかりとなっていた。


そして最大の悲劇が報告される。


それはそこに居た。

中央に座し、只々そこに居た。

奇妙な、と言うよりは不気味な杖を地面に突き立てそれを握りしめて座っている。

それの中心に地面に描かれた二重の円と見慣れない文字とも記号ともとれないもの。

その円は淡く光り中心に座すそれは聞き取れない音を出している。

薄汚れた裾の長い黒いフードをすっぽりとかぶり性別すら分からないが袖から露わになっておる腕は酷く干乾びて見える。

生気をまるで感じる事ができず調査隊はそれが生きている、生物と認識が出来なかった。

彼等はそのせいでルールを破ってしまった。


『何かいたら即刻帰投すること。決して近付かないこと。』


気付いたときは既に手遅れだった。中央にいたそれは音を発するのを止めるとゆらりと立ち上がり杖を高らかに掲げる。

詠唱が、始まる。

霞やシェリーが使うもとはまた違う別の語源。破滅種が本来使っていた語源。

破滅種本来の、能力。

彼等はイメージを具現化する。その為に呪文と言う手段を用い明確に虚構を創り上げそれが出来ると己に信じ込ませる。

イメージは人それぞれで創り出せる種類に偏りが生じる。その人の内面、根本的な本質で創り出される。

それが最もイメージが安易で効果的だから。

中央に座したそれの本質は、死。

ここは死者の眠る地。

死を司るそれは一時的に死者へ本能を植え付け自らの眷属として使役する。

踏み入れた調査隊は地中から這い出る死者に足元を掴まれ動きを止められ当然おこる混乱は収拾つかなくなる。

地表の盛り上がりに恐怖を覚え我を忘れて地面へ掃射される銃器は意味もなく土煙と肉片を撒き散らす。

完全に這い出たそれらは蛆と死臭を纏い銃弾で飛び散る自らの肉体はお構いなしに生ある者へ何かを求める様に近付いて行く。

恐怖による混乱は錯乱を引き起こし標的を見失い同士討ちが始まる。血を吹き出し負傷した者は荒れた地面へ倒れるがそれを待っていたように死者が彼等へ覆い被さる。

生きたまま喰われる恐怖と痛みで耳を覆いたくなる悲鳴と絶叫、そして断末魔が既に銃声が鳴り止んだ墓地に響き渡る。

両手を広げ天を仰いでケタケタと笑い声を上げる黒いフードのそれはうす暗い青い瞳で辺りを見渡し何かに満足すると再びその場に座り込む。

銃声も悲鳴も止み残されたのは肉を喰らう不快な音と抑揚のない呻きとも唸りともつかない声。

体の一部をたべられた調査隊は全滅し残された死者は目的を失いゆらゆらと墓地を歩き回る。

一部始終を映していた偵察機から送られてきた映像を見ていた大臣と対策本部は徹底的な隔離を決定、通達し以降はこの気味の悪い生物が表に出ないよう墓地には巨大な防護壁を築く事へ集中する。

勿論、あの村も。

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