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二十話

ニルスから部屋を案内された榊達は早速調べ始める。事前に渡されたラテックス製の手袋をはめると慎重に一つ一つ丁寧に内容を確認する。

4世紀ほど前の品々にもかかわらず保存状態はよく、想像していたかび臭さなどはなく印字された文字もしっかりと残っている。ただ、やはり古い物も存在しおりいつの時代のものか不確で、紙ではない別の素材の書物も多数あり中には特殊なガラスケースに入れられた奇妙な文字で書かれた本、それらの中には何故か鎖で縛られているものもあった。

落書きのようなものから中世の建築様式の手引書まで様々あり三人で手分けしているとは言え一人はろくに字が読めないので実質二人で探しているようなものだ。そんな状況で二時間程、四苦八苦したあたりでやっと現れた彼を神の如き崇めたのは仕方ないだろう。

二時間の間にある程度の目星を付けた書物をニルスに渡し中身の精査に移ってもらう。


「ありました。皆様がお求めのかは分かりませんが、当時の建築に関わった方の日誌ですね。主に現場に近い方の。要約すると『クソッタレの労働者め面倒なもんみつけやがって』だそうです。」

「クソッタレって。それで?」

「どうやら見つかった物のせいで工期に遅れが出るのが嫌なようです。手続きとか色々あるのでしょう。それでこれは、ああ。ちょっとまずいかもしれません。」

「まずいって?」

「ちょっと待ってください。確かこの辺りに・・・いや、あちらの部屋でしたね。ああ、あれもおそらく必要になりますね。すみません、この部屋から出て左の突き当りをまっすぐ行かれますと○○室があります。そちらで暫く待っててください。どうやらここある資料だけでは足りないようなので。」


彼に急かされるままに三人は部屋を追い出されると、言われるがままに作業室へと足を運ぶ。いくつかの部屋を通り過ぎていく途中、各部屋には二、三人の学者が書物や書類の資料に目を落とし榊達の姿に気にも止めずに没頭している。

榊達が足を踏み入れた部屋はそれぞれの部屋から一時的に持ち出された資料を

見比べたり真偽の確証を得るための検証を行いやすくするために1800年代後期に公開されて暫くした頃に研究者からの提案で作られた部屋だった。

ただ広いその部屋はLEDの白い光が眩しく、中央に楕円形の大きな机が置いてあるだけで作業を行う事に特化した作りになっている。


「何もない・・・」

「椅子くらい欲しいよね。」

「ここに間違いなさそうね。どのくらいかかるのかしら?」

「すぐですよ?」

「うわっ!」

「早かったですね、凄く。」

「ええ、管理者なので。」

「そういう問題じゃ、いやいいです。それで何なんですか?」

「まあもう少しお待ちください。経緯の追跡が必要なので。」


ニルスは嬉々として持ち出してきた数種類の資料を広げ時系列を追うようにそれらを忙しくページをめくり、または資料を持ち替え読みふける。


バチカン美術館建設当時、まだ何もなかったここを掘り起こしたところ岩をくり抜いて出来た小さな祠が発見される。元々はこの場所は庭園になる予定だったのだが文書館を別に作ることになり急遽、この場の整地が行われた結果だった。

祠の中から取り出されたのはいびつな球体の鉱石だった。色は黒に近いグレーで表面は比較的滑ら、見た目の割には重く感じたらしい。色合いと封印でもするかのような保管の仕方、更にだれもその鉱石が何なのか判別出来ないので当時の教皇は判断を下せないまま儀式用の祭具として保存、及び封印の名目のもとにバチカン美術館で管理することとなる。

約500年間美術館で保管されていたのだが1900年代後期に研究員として来館したアラブ首長国連邦の一人の皇太子がその鉱石へ目をつけ2000年初頭に多額の寄付金を餌にそれを自国へ持ち帰る。

当初、大変揉めたそうだが元々何なのかわからない、祭具と表記されていてもどこの宗派かも書いてないどうみてもただの石にしか見えないので『特別研究貸出品』と言うわけのわからない理由を付けてあくまで貸し出した、と言う体をつくり皇太子へ引き渡した。


「だそうです。いやあ、中々に面白い話でした。」

「じゃあ今はその皇太子が持ってるのね?」

「ええ、少なくとも書類上はそうなってますね。」

「書類上は、ねぇ。相手が王族なら簡単には聞けないよな?」

「そうね。流石にギルドもそこまで影響力ないだろうし。」

「ヴィヒトリ枢機卿が話を通してくれると思いますよ。」

「誰それ?」

「え、いえ、司祭様ですよ。司教様。さっきまで一緒にお会いしてたじゃないですか。」

「あの人そんなに偉い人なの!?枢機卿って言ったら最高位じゃない!」

「おお、よくご存知ですね。まだお若いので外部の方からあまりそのように見られることは無いですが。まあ何にせよ謁見の許可くらいはもらえるとおもいますが、ある程度の対価はご覚悟された方がよろしいかと。」

「なんだろう、凄く悪い予感しかしない。」

「大丈夫ですよ。あの方はああ見えてお優しい方なのであまり無茶な事は言われないと思います。」


彼の爽やかな笑顔が余計に不安を煽るが今はあまり気にしないでおこう。

ここで調べられる事はもう無いだろうと、ニルスの片付けを手伝う。閉館時間が迫っているせいか他の研究員も少し慌てて、それでも慎重に閲覧していた資料を元に戻しはじめる。

彼らにとってだけではなく人類の宝と言っても過言ではない秘蔵品の数々。数百年、中には千年単位で残され、残していく義務がある。解読出来ていない物も多数あり、それがいつの日か人々の目にさらされる日が来ることだろう。

三人は出入り口へ向い退館の手続きを行う。入ってきた時以上に身体を調べられ持出しが無いことを確認されるとやっとゲートを通してもらえる。

ニルスはまだ用があるらしく自分はここまでです、枢機卿へよろしくと伝え榊達の姿が見えなくなるまで見送ってくれた。

美術館が閉館を迎え観光客も疎らになり始めた少し慌ただしい夕方、来た道を戻る三人を聖職者の石像が見下ろしている。一つ一つが精巧に作られ心なしか見る時の心情で違った表情を見せてくれる気がする。

見守り続ける数々の聖職者達は朱い夕日に照らされ、時には笑顔で時には難しい顔で帰路につく人々を優しく送り出し、また会える日を待ち続ける。


「霞?ひょっとしたらすぐ出かけるかもだから準備しといて。シェリーと将にも伝えてね。」

『随分急ですね。どこに行くんですか?』

「ドバイ!」

『は?』

「じゃあよろしくね。」


慌てる霞を無視して通話を切る椿を尻目に睦夫が苦笑いを浮かべ、榊は困った表情でそれはないだろうと先頭を歩く彼女の背中に投げ掛ける。


「でもわくわくするでしょ?イギリス、バチカン、そして今度はドバイ。何だか冒険している感じがするの。」

「まあ、な。」


くるりと振り返り、満面の笑みでそう話す彼女は朱い夕日を浴びて黄金色に包まれているように見える。

出会って一ヶ月足らずだが確かに冒険をしている気がするのは間違いない。そしてそれを楽しんでいるのも。

だがおそらく彼女が心底楽しめるようになったのは彼女を締付けていた鎖に似た責務と義務から僅かではあるが解放されたからかもしれない。

あの戦闘を堺に、彼女の中で変化してきているのを榊は感じている。


(ま、変わったのは椿だけじゃないけどな)

「枢機卿が何を持ち掛けるかが問題だけど。」


しかしそれすらも楽しめそうな気がする。いや、もう既に楽しんでいるかもしれない。

まだ幼かったあの頃、出会ったばかりの友達と知らない場所へ案内された時の事を、ふと思い出す。

早る気持ちを抑え、転ばないように地面をしっかり踏みしめ歩き出す。

繋がれた手は今はもう見る事は出来ないが新しい絆はしっかり感じている。そしてそれが導いている事も。

帰路を急ぐ人々は談笑し、覚めぬ興奮を抑え聖地への畏敬に包まれている。その中を逆の方向へ進む自分達がどことなく特別な存在に感じる。

それが勘違いであろうとなかろうと、普通の人の人生から大きくずれている事に間違いはなく、辿り着いた扉を前にしてまた新たなずれが待ち構えている事に胸をときめかせる。







二度目の訪問のせいかヴィヒトリは少しばかりの笑顔で三人を迎え入れると経過を聞いてくる。寄付金のくだりで眉間に皺を寄せた以外は概ね気持ちよく話を聞いていた。どうやらこの司祭様は謎や不思議が大変お好きなようだ。


「いや、面白かったよ。あそこは機会があれば私も入り浸りたいのだが如何せんこう見えても忙しい身でね。中々に時間が作れずに困っている。」


それで、と彼は背をただし両手を下腹の辺りで組むと威厳を誇示するように取り繕うがその表情は悪戯を企む子供のように口元を緩めているせいで折角の威厳も芝居がかってみえる。

椿はその芝居に乗り、仰々しくも笑顔で受け応える。


「話は理解した。まあ途中からおおよその見当は出来ていたがな。しかしドバイの王子が相手となると、少々難しいかもしれんな。」

「お手を煩わせるのは重々承知しています。ですのでこちらもそれなりの礼はさせて頂くおつもりです。」

「それは有り難い。が、手間暇の話ではないのだが、まあいいだろう。だが覚悟はしとけよ。私がアポイントを取っても会えるとは限らないからな。」

「有難う御座います。ある程度の覚悟は・・・え?あの、今なんと・・・?」

「会えるとは限らない、と言ったのだ。なんせ忙しい方だからな。知らないのか?」

「あまり他国の政治には疎くて。」

「旅をするのならばある程度は知っておかないと取り返しのつかない事態に陥るぞ。たとえ覚醒種だとしても、な。」

「ご進言、有難う御座います。」

「まあよい。追々、知っていけばいいだろう。あの国は一部の特権階級が国を、連邦国を治めている。誤解が無いように言っておくが治めている者達はアラブの各民族の首長達で国民の為に心血注いで国造りをしている。過去に起きた飢えと他国からの支配を再び繰り返さない為にな。だからなのだ。急な予定の変更など日常茶飯事でたとえアポイントを取っていても会えない事が多い。なんせ国中を移動しているからな。」


一息つくように彼は冷めた紅茶飲み干すとドレッサーまで歩み寄る。そこに置かれた1m程の長方形の箱をひと撫ですると少しだけ厳しい顔で三人を見据える。


「さて、では君達の心の負担を減らす為に一つ頼まれごとを引き受けてもらおうか。勿論、皇太子へのアポイントは取付けといてあげよう。どうだね。」

「是非、お受けさせていただきます。」

「よろしい。ではこれをドバイの外れにある村へ届けて欲しい。」


先程の箱を赤子でも抱き上げるように優しく持ち上げると椿へ差し出す。

15cm程の幅と1m程の長さのその箱は木材で出来ており奇妙な模様、と言うか紋様の銀細工が施されている。


「封印、されてるんですか?」

「そうだ。よく気付いたな。聖櫃と呼ばれるものだ。もっとも、聖人を入れてあるわけではないがな。」


ヒンヤリとした冷気が箱全体を覆っている。枢機卿は取り出したサテンをテーブルに広げると椿にそこへ置くよう促し丁寧に箱を包み始める。


「中身は、まあ特殊な枝だ。浄化の力がある。さっき言った村の墓地であまりよろしくない事件が起きていてな。その枝を墓地の中心に植えるよう伝えてくれ。出来れば村人の手で植えてもらいたいがそれが無理なら君達の手でお願いする。」

「事件?」

「墓地での事件だ、ある程度は予測できるだろ。まあそう言う事だ。どうだ、頼めるか?」

「ええ、大丈夫です。」

「出来れば今夜にでも向こう着いてほしいのだが、行けるか?」

「それは、こちらもそのつもりでしたが保障しかねます、努力は致しますが。」

「それで構わんよ。よろしく頼む。」


綺麗に包まれた箱を受け取り椿は軽く会釈する。箱を包んだ紫色のサテンの上面には宗教的な紋章が金色の糸で刺繍されており、おそらくはカトリック教縁の意味があるのだろうがこの時点では椿達には意味のわかるものではなく、そしてそれを察したヴィヒトリが入出国に困ったらその紋章を見せればいいと助言する。


「では、お引き受けしました。さっそく行きます。ああ、そう言えばお聞きしたいことがあったのですが。」

「なんだ?」

「前回、お話した、あの丘での戦闘で倒した相手ですが、あの者達に懸賞金がかけられてまして。ローマ教会から。」

「なんだ、その請求か?ならば、」

「いえ、支払いは済ませて頂いてます。ただ、経緯と言いますか、理由を知りたいと思いまして。」

「そんな事か。悪いがそれはわからない。言っただろう、ギルドや覚醒種とは関わりがなかった、と。それにその辺りの管轄は、まあ私の口からは言えんのだ。すまんな。」


どの組織にも言えない事があるだろう、彼は最後にそう付け加えると少し寂しそうな顔で三人を送り出した。








目下に姿を現したのはパームアイランド。ドバイ沿岸に造られた観光資源が主な目的となっている世界最大の人工島。

三つの島と世界を模した人工諸島から成り立っており、石油の枯渇を危惧したアラブ首長国連邦の新たな財源として発足された。

人工諸島は世界トップクラスの資産家や財団、企業へ売り出されており各々がこの地のコンセプトにそった美術館やリゾート地を展開しており最先端技術の導入もいち早く行われ、新技術の実用性をはかる面も持ち合わせている。それに伴い世界各企業の入札も熾烈を極めておりアラブ首長国連邦を治める各王族の皇太子は彼ら営業マンのプレゼンの対応に追われ忙しい日々を送っている。


「意外と涼しい。」

「まあ夜だしね。日中ならこの時期でも余裕で30度を超えるけど。」

「マジでか・・・」

「まあ今日って言うよりこれからこの国は徐々に過ごしやすい季節になるけどね。それでも君のその格好は流石にないんじゃないかな。」

「君はもー。世界最大のリゾート都市へ来といて最初に出た言葉がそれなの?他に言うことないの?」

「暑いの嫌い。」

「もう!」

「でも確かに涼しですね。それより早くゆっくり出来るところへ行きたいですけど。」

「そだなー。ホテルの予約とかしてないんだろ?どうすんの。」

「そもそも直接王子様のとこいって大丈夫なのでしょうか?」

「王子様?あんたら王子様に会いに来たの?いくら国民に近い政策してるとはいえ流石に会えないよ。」

「一応、ツテと言うかアポはあるので大丈夫かなと。」

「そうなの?凄いね君たち。それにしても随分身軽だけど大丈夫?」


身軽と言うよりほぼ手ぶらで来ている六人組を運転手が心配するがそれよりも支払いをちゃんとしてもらえるのかが不安になる。流石に六人もいて文無しとはありあえないだろうが。


「それで、どの王子様に会いに行くの。全員で行くならもう一台用意するけど。」

「全員で行くの?ちょっと迷惑じゃない?」

「だよな!じゃあ俺はここに残って・・・」

「君は来るの!」

「私は、パスでいいかな?」

「あ、じゃあ私行ってみたいです。王子様も憧れるし。」

「なんだと!?じゃあ俺も行く!」

「将がいくなら僕も行くよ。」

「シェリーを一人残して行けるわけ無いでしょ。あなた達二人は彼女のボディガードよ。」

「ごめんねー二人共。お詫びに何か奢るから。」

「それにしてもまさか一日で二ヶ国移動するとは思わなかったよ。出来れば少し観光したいけど・・・あ。」

「そうよ。枢機卿から頼まれてたでしょ。そっちをお願いしたいの。」

「そう言えばそうだったっけ。すっかり忘れてた。」

「ああ、例のお使いか。」

「お使いゲー。」

「そんな言い方しないで。そう言う事なのでもう一台でお願いできますか?」

「よくわからんが、分かった。と言うか、そこらに暇してる奴がいるだろうから声をかけてみてくれ。君らは目立つからすぐに向こうも気付くだろう。」


空港前で二手に別れそれぞれ目的地へ急ぐ。一方は謁見の機会を逃さない為に、もう一組は困っているであろう村人を早く安心させるために。

タクシーを走らせた始めた直後に椿の携帯電話にヴィヒトリから一本の連絡が入る。

皇太子が空港のすぐ近くにある別邸に来ている、と。

本宅へ向かうつもりでいたため慌てて行き先を変更し別邸へ向かわせる。

車で僅か五分程の所にそれはあった。

白く角張った外壁は無骨に思え、とても王族がいるようには見えずいささか拍子抜けしてしまう。が、入り口には大きな銃器を携えた兵士が見張りをしておりその建物がとても重要な事は安易に想像できた。

その二人の兵士に当然だが入るのを遮られ椿が持つサテンに包まれた箱を見せ要件を伝える。正確にはサテンに刺繍された紋章を見せて、だが。

不遜、とまでは言わないがそれでもあまり鼻持ちならない反応なのは確かだ。榊を先頭に三人は銃器を見せ付けるような素振りをする兵士の間を通ると室内へ入る。

中は至ってシンプルな間取りで大広間を中心に数室の小部屋で囲まれた作りをしている。しかし装飾は見事と言うしかなく、素人目にもはっきりわかる調度品の数々の美術品と植物はシンメトリーに飾り付けられ、皇太子までの道程には両脇に世話係なのか二十人程が不動の姿勢で並び、彼の後には二人の体格のよい眼光鋭い男が二人、両脇には老年と初老の男がついている。室内は外に比べ幾分か涼しく緩やかな空調で風が舞っている。

三人は毛の短い赤い絨毯を歩きながら初めて対峙する王族のその威厳に思わず萎縮する。

玉座があるわけではなく床に艶やかな敷物にゆるりと座り微動だにせず榊達を見据える。

深い緑色の瞳と褐色の肌。疲労からなのか少し痩けた頬と整えられたような無精髭。その顔は精悍で見る者を惹き付け、人を従わせる不思議な魅力を有している。おそらく三十代半ばで人生でもっとも精神と肉体が



「本日はお時間を割いていただきまことに有難う御座います。」

「よい。で、何やら探し物がある、と。」

「はい。バチカン美術館から借り出されている鉱石の在処を探しております。」

「そうだったな。しかし話に聞いていた人数より少ないようだが?」

「残りの三人は別用でこの街の外れにある村へ出かけております。」


一瞬、周りがざわつくのを感じる。それは皇太子が上げた手ですぐに治まったが動揺までは消えていなかった。

怪訝に思い、それが顔に出る。険しい顔つきの皇太子がそれに気付くが事情の説明をするか思いとどまっているようだ。


「街の外れとは南のほうか?」

「はい。あの、何かあるのでしょうか?」

「そうか。それで何用でそこへ出向いたのだ?進入の規制をしていたはずだが。」

「規制は、知りませんでした。タクシーで向かった筈なのでひょっとしたら途中で降ろされているかもしれません。あの、何が?」


両脇の男達と口元を隠しての密談に微かな苛立ちと下腹を掴まれるような息苦しさを覚え妙な不安を感じる。

皇太子は右手を上げ何かを払うような仕草をすると控えていた20人程の世話係は一斉に部屋から退室する。


「さて、単刀直入に聞く。バチカンは君達に何を頼んだ?」


まるで背筋に鋭い刃物を突きつけられているような、これまでに経験のない威圧感に三人は返答をどうするか悩ませる。

ヴィヒトリから特に秘密にするように言われているわけではないが両国の価値観や墓地で行う宗教的な、儀式にも似た行為を話しても問題がないのか非常に不安だったからだ。

常にテロや他国からの攻撃を想定しなければならない国にとって宗教や政治は触れれば破裂するほどデリケートな問題だ。誤解を招く返答は避けなければならない。


「土地の浄化、そう聞いてます。墓地の中心に枝を、植えるように、と。」


言葉を選び、榊は説明する。


「そうか。バチカンが先に動いてくれたか。すまんな、妙な威嚇をした。ゆるせ。彼の地について何か聞いているか?」

「いえ。詳しくは。察せよ、とは言われた気がしますが。」

「察したか?」

「おおまかには。」

「答え合わせをしてみよう。話してみよ。」

「おろらくは、死者の生還、でしょう。生還と言っていいか疑問ですが。」

「まさにそれだ。生還かどうかはこの際どうでもよい。問題は村が一つ滅んだことだ。そんな顔するな、私達が手を下したわけではない。死者に襲われ奴らの仲間になったんだよ。さながらゾンビ映画だ。」


忌々しそうに彼は持っていたグラスを荒々しく置く。僅かに残っていた中身が紫色の雫となって飛び散る。


「更に問題もある。むしろその問題が事態を悪化させている。ただの死者なら我々も一ヶ月以上も放置などしない。大切な同胞達だ、安らかに眠らせてやりたい。だがあいつのせいで我々は近付くことすらままならぬ。」

「あいつ、とは?お伺いしても?」


皇太子は暫く沈黙を続ける。その間、じっと榊を見続ける。それはまるでモスグリーンの瞳が、彼の内側を探るようだ。

少し笑ったように口元を緩めると皇太子は立ち上がり付いてくるように言う。


「君達の仲間が心配だ。ヘリなら十分もかからんからな、急ぐぞ。話は行きながらでいいだろう。」


突然の行動に慌てて両脇に控えていた男達が止めるが彼は一喝してそれを制しヘリ準備を急ぐよう指示する。

わけもわからず、皇太子の勢いにされるがままに彼の後をついていく、と言うより引きずられていく、と表現したほうが正確かもしれない。


「あの、殿下?もしかして笑ってます?」


自分の腕を掴み、力強く引っ張っていく彼の顔をちらりと見た榊がボソリと聞いてみる。


「あの頭の固い宰相には内緒だがな、私はこう言うアクシデントは大好きなのだ。それに君達が来た。これは導きだ。」


内緒とはいえそれは知られているのではと思うが口にしない。本人もそれは知っているだろうから。後ろをチラリとみるとちゃんと二人共ついてきているがその表情は戸惑いが隠せないでいる。

大広間を抜け小部屋を通り裏手に回ると人一人がやっと通れる幅の階段が現れる。流石にここで手を引くわけにはいかず皇太子はついてこいと告げると自分はさっさと上へと登ってゆく。


「あの、ちょっと事態が飲み込めないんですけど・・・」

「まさかこのままシェリー達の所にいくつもりなの?」

「聞いてたろ、そのまさか、だ。どうやら俺達はとんでもない王子様にでくわしたみたいだな。それに思ったよりも深刻みたいだ。気を引き締めろ。この調子だとまた戦闘があるぞ。」


霞の顔が青ざめた気がした。最初に出会った頃に比べ随分とあの二人を心配するようになった気がするが、悪い事とは言わないがあまりいい兆候ではない気がする。依存とは違う、あえて言うなら罪悪感に近いかもしれない。

レスターで三人が何について話したのかは知らないが、おそらくそれが起因になっているのだろう。相談してくれれば一緒に解決の術を探れるが何かためらいがあるのか彼らは自分たちが抱えているであろう問題を一切表に出すことはない。

強い絆のせいなのかもしれない、とそう思う。

話してくれるまで、頼ってくれるまで全力で彼らを守ると誓った。それが、おそらくは自分が引きずり込んだ結果への責任だろうから。

既に皇太子の姿は見えず上りきった先にあった扉を開くと強風で瞼を閉じてしまう。巨大なブレードが空を切る音とうねりをあげるモーターの音が三人の鼓膜を打ちつける。

外からの振動と音にもかかわらずまるで自分の内側から響いているような錯覚さえ覚える。

ヘリの傍らの皇太子が大きく腕を振り上げながら呼んでいが、一応、大声も出してるようだがあまりはっきりとは聞き取れない。風圧で上手く進めないがそれでもなんとか近付いた榊達をヘリへ乗せるとヘッドセットを差し出す。


「今から向かう村にはヘリから直接降下する。」

「は!?」

「そんな顔するな。大丈夫だ、ちゃんと訓練された兵が君達を抱いて降りるから安心したまえ。」

「いやいやいや、いきなり過ぎてみんな心の準備が出来てませんよ?」

「君らは覚醒種なのだろう?なんとかしたまえ。」

「知ってらしたのですか。」

「君らが思っている以上に覚醒種と破滅種の話は広がりだしている。ネットワーク社会の弊害だな。そのせいで今までに有り得なかった事態も、な。」

「それはどう言うことですか?」

「破滅の道を歩むのは破滅種だけではないと言うことだ。取り敢えず今は君達の仲間の心配だな。」

「陛下、状況がよく分かりません。将たちは、仲間は危険な状態なのですか?」

「六週間ほど前、墓場から一人の遺体が這い出ると次々と村人を襲いだし奇妙な伝染病が村全体へ広がった。お察しの通りゾンビだ。最初は目を疑ったよ。当然だろ、あんなものお伽話だ。現実にあるわけがない。だが、実在した。」


忌々しい、と聞こえた気がした。


「たまたま休暇で村に帰っていた兵士が異変を察知して我が部隊へ助けを求めた。気でも狂ったのかとみな思ったがあまりに切羽詰まった懇願に恐怖を感じた隊長が独断で村を隔離閉鎖してしまった。数十人程度の村だからな、思いの外、バリケードを作るのは簡単だったそうだ。」


操縦士と後方に控える兵士に何やら指示を出すと彼は話を続ける。


「一週間後に調査の結果、魔術的な何か、と報告があった。流石にその頃にはゾンビも見慣れていたからな、その報告には驚きもしなかったさ。さて、ここからが本題だ。」

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