二話
目の前に並べられた武器達。剣、弓、錫、杖、銃。
「今後、君を護る武器になる。変更は出来ないから慎重に一つ選んでみてくれ。それと注意点がある。一度触れるとそれに決定されるから気を付けるように。」
「お試し不可って酷くないですか。てゆうか錫と杖の違いがわからない。」
「決まりだから仕方ないだろう。錫は神聖魔法の触媒で杖は古代魔法の触媒だ。」
「魔法使えるの!?じゃあそれ!」
「あ、馬鹿もう少し慎重に・・・!」
勢いよく杖を掴むも手の中からコトリと落としてしまった。
「あれ?」
再度掴むがやはり持ち上げられない。重いとかではなく、力自体が入らない気がする。
「適性が、無いのかもしれないな。魔力が無いとか。」
慰める為に言ってはみたもののそんな話は聞いてない。能力により適応するはずだ。能力者ではない疑惑が芽生え少々焦りが出始める。
「銃も駄目か・・・あ・・・」
「あ!」
彼が気付いたと同時に後ろで不安そうに覗いていたシェリーが大声を上げる。
「びっくりした。なんだ。いきなり。」
「もしかしたら・・・」
「これかよ!よりによって一番目立つ剣・・・」
「やっぱり・・・」
「なんだ?」
「この人、昨夜にコボルトを剣を使ってやっつけちゃったの。」
「ああ、そう言う事か。着いて早々災難だったな。」
「そもそもなんであんな場所で放置されたんだ?呼んだって言ってたからあんた達の仕業なんだろ?」
手に取った剣を器用に振り回しながら聞いてみる。怒りでもなく責めるでもなくただ疑問を感じたから質問してみただけのようだ。左右に弧を描く様に回っていた剣は軌道を変え前方に振り下ろされる。振り下ろされた剣先は地面を叩きつけ跳ね上がりその反動に勢いを乗せたまま剣は斜めに後方へと半円を描く。身体の向きは前後入れ替わり今度は数度、刃を左右交互に振り下ろす動作を数度繰り返す。その流れはあまりにも自然で洗練されて見え、シェリーと銀髪の老人は思わず見とれ感嘆の吐息を漏れる。
「凄いですね。あれが太古の能力なんですか?」
彼女の瞳は輝き興奮と期待から声は弾む。
「いや、あり得ない。刻印もまだ済ませてないのだから。彼自身の技量としか・・・」
それがありえるのか。東洋人でしかも現代人の彼が剣を使う機会などあるはずがないし侍の国ではあっても剣と刀ではまた扱い方が違うはずだ。これほど使いこなせるわけがない。
「どこで教わった!」
とっさに大声で聞いてしまう。それは一種の恐怖心からそうさせていた。
「こんなの教わる機会なんてあるかよ。子供の頃しなかったか?傘とか木の枝とかでこんな遊び。」
「は?」
なんとも間抜けな声が出たなと自分でも思う。確かに振り回して遊んだ記憶はあるが、あまりにも勝手が違いすぎるのではなかろうか。よほど納得いかない表情をしていたのだろう。青年は吹き出し剣を鞘にもどした。
「使えると使いこなせるは別物だろ。それで?刻印ってのはなんだ?どうすればいい?」
差し出された剣の向こうから真っ直ぐこちらを見据える瞳には先程の不安定な感情は微塵も感じなかった。燻っていた決心が固まる。穏やかな風が流れる午後。銀髪の老人は年甲斐もなく胸が高鳴り心が踊っていた。それは幼少時代に冒険譚を夢心地で聞いていた時とよく似ていた。
「刻印とは早い話、君が所持、装備出来る全てを君専用にする事だ。太古のタリスマンを所持している時点で既に使用可能になっている。一種の召喚魔法に似ているかもしれいな。先程、剣が目立つ事を不満に思っていたようだがその心配はほぼない。刻印を行うことで一時的にその存在を消すことができ、君の意志で自由に呼び出せるが、そうだな、やってみた方が早いな。剣の前に立ち集中してみてくれ。」
言われるがまま、従う。他の武器はシェリーがどかしてくれていた台に剣を置きそれとなく集中してみる。が、よく分からない。何を思い何に対し集中していいのか、それが分からない。指先が青く輝くのを見てそれがどうでもいい不安だと気付くのにそう時間はかからなかった。
「青い光が見えたら自分で決めたサインを対象に写すように空中に描いてみてくれ。同時に合言葉も一緒に。こちらも君が決めた言葉だ。それとサインは文字でもマークでも構わないが、今後さまざまな場面で使うことになるから覚えやすいものにしたほうが無難だとは思うが。注意点はこの作業も変更が出来ない事だ。」
(またお試しなしかよ)
不満はあるが、変更を視野に入れた事態は想定していないのだろう。太古からの伝承なら当時の者たちはあまり余裕がある状態ではなかったようだから。
(最初はサインか。やっぱり名前かな・・・いやマークでいいや。なんか名前は面倒だし。セリフは・・・)
「刻印!」
(あれ?結構、いや!かなり恥かしいぞこれは!)
宙に書かれたマークはそのまま剣に吸い込まれるように消えていく。そして一瞬、光が弾けた。
「それで終わりだ。」
「あの・・・終わりって・・・剣が消えたんだけど・・・」
そう、消えたのだ。光の消滅と共に。呆然として焦りを顕にする青年をしたり顔で老人は一瞥する。ニヤリと口元を歪めると少々得意そうに説明する。
「何度か不安になる事はあったがどうやら君は本物だったようだ。安心しろ。言っただろう、一種の召喚魔法のようなものだと。目立つ事への心配もないと。戦いの意志をもって剣を構える仕草をしてみてくれ。それで全て分かる。」
ドヤ顔ってこれかぁなどと思いながら微妙な怒りが湧く。いくら何も分からないからと言って先程から言われるがままに行動させられている事にも腹が立ち始めていた。
(それでも従うけどさぁ)
「こうか?」
微かに、音が聞こえた気がした。風を切るような音だった気がする。そして光が弾ける。先程と同じように。眩しくもなく穏やかな光。そしてずしりとした重みと共に剣が出現した。
「うお!なんだこりゃ!」
思わず出た驚きの声に老人は更に気分を良くしたのが分かるほど、笑顔を見せる。
「それがタリスマンの二番目の力だ。便利だろ?戦闘の意志がないと再び消えるぞ。翻訳と刻印そして最後の力が、成長。」
剣を出したり消したりしている青年に老人は先程とは打って変わって真剣な眼差しを向ける。
「この光景を我ら一族は何千年も待っていた。いや、出来れば起きてほしくなかった事態ではあるがね。伝承で聞いているだけで実際にタリスマンの力を見たものは居なかったからな。なんと言うか、感慨深いものがあるな。」
あの世で自慢出来るな、そう呟き眩しそうに瞼を細める。服の袖をギュッと掴むシェリーに気付くと頭をそっとなでた。不安はある。自分達の役目はこれで終わりだが彼は今まさに始まろうとしている。この先、彼の手助けは出来ない。折れず、突き進んでくれることを祈るばかりだ。
(いずれ、この不安も感じなくなるんだろうな。だったら・・・)
だったら、と思う。
だったら希望だけを胸にしまおう。それが彼に対する最大の礼儀になる。
「しっかし、太古の技術?魔術?どっちか分かんないけど、凄いな。現在には伝わってないのか?それにこんなのを残したのもちょっと謎だよな。伝承って言ったけ?それを永遠と受け継いできたんだろ?そこまでするってことはいずれ破滅種が現れるのを予見してたってことだよな。」
そこで暫く考える。いったいどれだけ先の事を見通していたのかが気になる。ここまでなのか、この先もなのか。もしこの先まで予見していたのならばひょっとしたらとも思うが口から出たのは別の可能性だった。
「じゃあ当時の人たちは破滅種が滅んだ理由も知っていたんだな。理由を知っていてそれを伝えずタリスマンや歴史を残したのが不可解だけど。」
正直、そこに気付いた彼に少し驚いた。大体はそれであっている。当時の能力者達は敵が消えた理由を知っていたようだったがそれをなぜ後世に残さなかったのか。言えない理由でもあったのだろうか。
「言ってなかったか?ここの様な場所は世界各地に存在している。数年前から各地で君のような人を保護して送り出している。その中にはタリスマンの様な道具や魔力を帯びた武具の製作をして戦闘専門の者たちのサポートをしている者もいる。戦うばかりの能力が存在する訳ではないようだからそのうち君のも何かしら備わるかもしれないな。」
「ちょっと待て!他にもいるのかよ!」
驚きのあまり剣を落としそうになる。もっとも落とす前に消えているのだが。意志に左右されるそうだが思いのほか感度がいいようだ。
「ああ、言ってなかったか。正確な人数までは分からないが相当数いる。それぞれが技術や能力を習得しに各地を巡っている。」
暫しの沈黙が流れる。その状況を破ったのは青年の途方もない呆然とした顔に耐えられず思わす吹き出したシェリーだった。
「各地を巡っているってまさか世界中回るわけじゃないよな!?」
「人によっては世界中回るんじゃないか?各地に点在する太古の知識と技術を習得するにはどうしても現地に赴かなきゃいけないし。」
固まったままの青年を哀れに思ったのか老人は慰め程度の説明を始めた。
「君達にして貰う事は、まず敵に対抗出来るだけの力を身に着けてもら事だ。その上でどう行動するか決めてもらいたい。世界中回っている者はあくまで個人的理由だよ。君が望まないならある程度の力を手に入れたら身を潜めてもらっても構わない。そうしている者もいるし誰もそれを責める事はないし、しない。あくまで生き抜くための手段でしかないからな。」
そう言われても、とは思う。他の者たちが戦っているのに身を隠すことには抵抗がある。なにより狙われているならじっとしているのは、不安だった。それに・・・。
「まぁ、なんとかするさ。それに帰る場所はなくなっているんだろ?」
寂しさと悲しさが混ざったような表情に胸が締め付けられる。しかし気になるのは理解の早さだ。精一杯の強がりなのか、本来の性分なのか、太古の遺伝子のせいなのか定かではないがこちらが少々不安になる早さだ。他の者もこうなのだろうか?
(彼らに目を付けられている理由が関係しているのか・・・?)
10年前に、なぜ破滅種が彼に目を付けたかはわからない。見逃した理由も。過去に何人か能力者を見たことがあったが彼らとこの青年に違いがあるようには見えない。
(まあ、能力者と直接関係を築くのは今回が初めてだから細かな差異に気付かなだけかもしれないが・・・)
そしておそらくこれが最後になる。だからなお、彼を呼び寄せれた事に意味を持たせたがるのかもしれない。
「ああ。破滅種による襲撃でアパートは火事になった。幸い犠牲者はいないが、君だけが行方不明者として処理されている。」
「じゃああんた達は命の恩人だな。」
曇った表情はすでに無く、にこりと見せる笑顔に少なからず許された気がした。
「さてと。家に戻り君の旅の準備でも始めるか。シェリー。君はもう今日は帰っていいぞ。」
不服そうに抵抗するも虚しくいいくるめられている。いいくるめられると言うよりはほぼ強制的従わされているように見えなくもないが何度もくるりと振り返りながらその場をあとにする彼女をなんとなく愛しく思う。妹がいたらこんな感じなのだろうか。ふと、老人を見ると愛情と不安といたわりが混じったようななんとも複雑な視線を彼女に向けていた。不思議に思い思わず見入ってしまいその眼差しと表情はどこか懐かしいものを感じた。瞳を閉じ、暫しの懐古へ身を浸す。
家に入ると老人はすぐに奥へ入っていく。暫くするとA4サイズ位の木箱を持ってきた。テーブルに置きそっと蓋を取り中身を取り出すとひょいひょいと手招きをする。中から取り出されたものは日本国と書かれたパスポートとIDが付いたクレジットカード、それといくばかりかの紙幣。見慣れないカードのようなものも入っていた。
「実は襲撃があるから君を保護したわけではないのだ。我々は十年前から君の行方を捜していてやっと見付け準備が終わりこれからと言うときに襲撃があった。君が救出された様な状況になったのは本当に偶然だった。」
間一髪の召喚魔法で座標がずれたらしい。それについては再度改めて謝罪されたが結果的に命を救われたのだからとやかく言うつもりは全くなかった。まさに奇跡だなと喜ぶ老人に気のない返事で済ませる。それはおそらく奇跡などではなく、こちらの情報が漏れていたのだろうから。確率的にそんな都合のいいタイミングなど起こるはずもなく、つまりは人間側にあちら側へと情報を流している者がいる事になる。現状の状況確認と新しい生き方に手がいっぱいの現段階で犯人探しなどに意欲も気力も割く余裕はなく、この目の前の人の好い老人を不快にさせるつもりも毛頭なかった。
そんな事を思いながら木箱から取り出された品物を受け取りパスポートをめくってみるとそこには自分の写真と知らない名前が記載されていた。
「これは?」
「新しい身分だよ。君の存在がどこで知られるか分からないからな。名前はこちらでそれっぽいものをつけさせてもらったよ。今までの名前を捨てるのには抵抗があると思うが、どうだ?」
そこには『榊 宗司』と記載されている。
「さかき、そうじ・・・?これが俺の新しい名前・・・なんか複雑だなぁ。」
複雑?違う。寂しい、だ。悲しい、だ。名を捨てると言う事がまったく想像出来ない。自分が自分でなくなる感覚。他人の人生をなぞる感覚。これではまるで・・・
「ゲームだ。」
呆れて思わず呟く。我ながら陳腐な言葉だが妙に納得出来た。これまでのやり取りがそう思わせる。答えを貰い、問題を解き、次へと進む一連の流れはそれは現実とは逆でゲームの中では基本の法則。この世界が本当に現実なのか疑問すら浮かぶ。
「これは?」
一枚、見慣れないカードがあった。書かれている内容はパスポートと同じ様に見えるが必要性が分からなかった。
「IDだよ。身分証として使う。日本にはないのか?」
「ない、かな。いや、でも外国人が持ってるって聞いた気がする。」
「ああ、単一民族の国だから自国民は特に持つ必要はないんだな。」
「俺名義のクレジットカードがあるんだが、使っていいのか?」
「ああ、現金もな。ただクレジットカードは暫くすると使えなくなるから気をつけろよ。少々違法なものだからな。」
(偽造カードかよ!)
「我々から差し出せるものはこれくらいか。後は少量の衣類くらいだな。はっきり言っておくが、金銭面での援助はこれっきりだと思ってくれ。なに、心配しなくてもそのうち君の実力で稼げるようになるさ。君が思っている以上に破滅種に悩まされている者は多いからな。彼らの手助けをすれば報酬くらい貰えるだろう。」
こちらからは以上だが質問は、との問いにしばし悩む。情報量の多さと常識のなさに思考がいまいちついて行ってない部分がある。情報の整理と理解が必要だった。そこでふと、気付く。
「なあ。コボルト?はなんなんだ?妖魔って言うんだろ。あれ。こっちとあっちの間に出来た種族なのか?」
「あれは、破滅種が創ったそうだ。ゴブリンやオーガもいるぞ。トロールもな。一般的といっていいかどうか分からないが君が知っている一般的な妖魔は存在している。実在するんだよ。彼等は。一応言っておくが現存種と破滅種の間に出来た子供は基本的に人間と同じ姿形をしている。妖魔の様にその姿や文化が醜悪な存在は破滅種が何かの確認や実験の為に作り上げたらしい。」
「なんだそれ。なんか胸糞悪い話だな・・・そうか。一般的なものは存在しているのか・・・あ!じゃあ!エルフも!?」
「それの存在は確認されていない。妖精はいるようだが。」
あからさまに落ち込む彼にせめてもの慰めと言わんばかりに慌てて言葉を継ぎ足す。
「確認されていないだけで何処かで集落を作っているかもしれないぞ。いい機会だ、探してみてはどうだ。」
いい大人が何を言ってるんだろうと思うがここで挫かれても困る。精一杯の慰めだったが伝わってくれただろうか。
「そうだな。居るといいな。それより暫く一人に、出来れば少し寝たいんだけど。」
いい加減、睡魔が酷い。疲労と心労なのだろうが、一段落ついたせいか急激に眠気が襲ってくる。
もちろんだと言われ奥の部屋へと通される。扉を開け中に入ると家具はベッドと簡単なチェスト、それから年代物のイスが一組有るだけだった。しかし不思議と寂しさは感じられずそれどころか手入れの行き届いた室内は温もりさえ感じられた。倒れ込む様にベッドへ横になりそのまま深い眠りへと落ちていく。
「おやすみ。」
途切れる意識の中で誰かがそう言った。おそらくあの老人だろう。礼を言わなければ。