十九話
「日本から?」
「はい。何でもギルドの推薦状を持っている、と。検査しましたがそれらは持ってはおりませんでしたので拘束を。」
「ギルド、か。分かった、会おう。」
「宜しいのですか?日本人とは言え危険が無いわけではありませんが。」
「構わない。もし本当にギルドの関係者なら無下にすると後々面倒だからな。」
広いが簡素な内装と最低限の家具しかない部屋に一人残った法衣を着た男は紅茶を注ぎ終わると数人分のティーカップを用意しながら人数を聞けばよかったと少しだけ後悔する。
注いだまだ熱い紅茶を少しずつ飲みながら一度もも関わっていなかったギルドからの使者を怪訝に思う。
教会自体で関わりを断っていたわけではないので当然、個人で繋がりがある者はいるが彼自身は今まで幸いな事なのか関わりはなかった。
突然の来訪者がもたらすものはいつも災いだが今回はどうなることかと内心は落ち着かないが立場上、それを面に出すわけにはいかない。
暫くすると扉を叩く音が響き中へ通すように伝える。
現れたのは三人の男女。二人は男性で女性が一人。
一人は青年。その若さからは考えられない深い瞳をしており親しみやすい雰囲気とは別に妙な、ある種の風格のようなものを纏っている。
彼から半歩ほど後ろに付くその男はまだ幼が残り青年と呼ぶには早く、少年と呼ぶには大人すぎる。日本人にしては髪の色が薄いように思う。しっかりした印象とは裏腹に何処か不安定さを感じさせた。
最後に入ってきた女性は礼儀正しくお辞儀をすると一言、突然の来訪を詫び面会の感謝を述べる。
長い黒髪は美しくその内に星でも宿しているかのように輝く。が、礼儀正しさと万人を惹き付ける容姿にも関わらず本人から漂う戦場を駆け抜ける兵士の如き雰囲気が人々を遠ざけそうだなと内心で苦笑いする。
兄弟と呼ぶには無理のある容姿だが他人と言うには雰囲気が似通いなんとも不思議な組み合わせに思う。
「それで、遠路遥々何用かな?覚醒者よ。ギルド推薦状も持たずによく来れたと感心すらわくが。」
「すみません。お願いがあって参りました。」
「お願い、か。君達はいつもそうなのかな?突然訪ね頼み事をする。ギルドの、君達の力があれば礼儀や感謝は不要と、そう思っているのかな。」
「いえ、そう言うわけでは。すみません、誤解と不快を与えましたのなら後日、日を改めて正式に謁見の許可を取らせていただきます。」
「いや、すまない。私の方こそ申しわけ無かったな。少し大人気なかった。座ってくれたまえ。」
「いえ、ですが・・・」
「君達の、いや、覚醒者の悪い面ばかり気にしたようだ。不可解な力は我々には驚異なのでね。だが君達の誠実さを目の当たりにして自分の浅はかさを痛感したよ。お詫びと言っては何だが話の内容によっては全力で支援することを約束しよう。」
法衣の男は三人の若者にそう詫びると椅子へ座らせ紅茶を注ぐ。彼ら三人の話は緩やかに始まりここに辿り着いた理由を丁寧に、正確に、しかしそれでも彼の立場を考え神に関する内容は適度に濁し話し始める。その内容が男が聞かされていた覚醒者の物語さながらで話を聞くうちに彼は身を乗り出して聞き入り時には呆れ時には笑い、驚きと固唾を交互に繰り返し話している本人が照れるほど大げさに反応してくれた。
そして、話はここに来た理由へ移りだした頃、男の表情が見る間に曇っていくのが見て取れた。
「バチカン秘密文書館?」
「はい。」
「構わないが、あそこに有るのは文書等の書物類だけで君達が探している様な物は無かった筈だが。」
「ええ、そう伺っています。ですが目的の物が隠されたのは紀元前の話です。そこにあの施設が作られた。ならば何かしらの手掛かりはあるかと思いまして。」
「確かにそうだが、文書館は美術館の一部。長い歴史の間に改修や増設もされている、場所に間違いは無いのか?」
「場所に間違いはないのですが目的の物が紛失している可能性はあります。なので美術館建設時の資料が保管されている可能性が高い事も踏まえ文書館への入館を許可してもらいたいのです。」
「ふむ・・・確かにその資料ならあるだろうな。しかしアーカイブがないので君達では苦労すると思う。機密保持の観点からもこちらから一人同行させるがよいかな?」
「それは構いませんが、司祭様がご同行を?」
「私はただの責任者だ。閲覧や職員の雇用の許可を与えるためだけのね。文書館には専門の神官がいる。まあ管理人との兼任だが文書館の実質的な責任者は彼が担っている。暫く待ってくれたらここに来てもらえるがどうするかね?」
「それならば、お願い致します。」
三人はそれを快諾し、暫く穏やかな午後が流れる。司祭は席を立ち電話機まで行くと内線でどこかへ連絡を入れる。そのついでに日差しが入りはじめた窓ガラスにレースのカーテンを引くとそのまま室内の証明に明かりを灯す。
お替りは、と尋ねるテーブルに戻った司祭に丁重に断りを入れると彼は自分のカップに注ぎ席につく。
「それにしてもよく私が許可証を発行しているとご存知だったな。あまり一般的ではないはずなのだが。」
「そこはギルドの力ですよ、司祭様。ですがまあ、歴史の研究家などからしたら比較的周知の事実のようでしたので結構すぐに教えて貰うことが出来ました。」
「ギルドとはなんとも妙な組織だな。私は今まで君達の世界と関わりがなくてね。少々興味が湧いてきた。」
「あまり深入りはお勧め出来ませんが軽度のお付合い程度なら問題はないと思いますよ。無理難題をお願いされることはないと思いますし。」
「今回の話は随分無茶なお願いと思うがな。」
「すみません、ご迷惑をおかけします。」
「冗談だ。が、今でこそ中に入れる者は増えたとは言えそれでも厳格なルールが存在している。今回の件なら建築関係の学者と考古学者が必要だろうが、まあなんとか理由をつけよう。」
「お役に立てるかわかりませんが。」
睦生がバッグから地下で入手した書物を取り出し司祭へ渡す。彼は懐から眼鏡を取り出し掛けると受け取った書物を興味深そうにまじまじと読み耽る。
睦生が渡したのは剣闘士の契約書。流石にレイア王の遺書らしいものは渡さなかったが。
「これは、驚いた。悪魔の契約書ではないか。現存するものの中ではもっとも古いかもしれんないぞ。それにしても、そうか・・・なんとも不憫な男だったようだな。」
「その男はおそらくローマ帝国の侵攻の際に捕らえられた兵士です。剣闘士として闘っていた彼がどういう経緯で悪魔との契約するはめになったのはわかりませんが。」
「悲しい歴史だな。一言で表すには重すぎる、な。」
「ウェールズの英雄と呼ばれていたようです。」
それを聞き司祭は怪訝な顔をする。不信と、疑惑がうかがえる。
「ウェールズの英雄だと?いや、そうではなくて、君は何故そこまで詳しくしっているのだ?」
「ああ、それは先程話した杖から得た情報ですよ。あの杖に纏わる出来事が断片的にではありますが映像として意識に流れてきたんです。」
「よくわからんがそれは何とも気味の悪い話だな。しかし何故君にだけ?」
「さあ、何故でしょうね。太古の技術、何があるのかわかりませんが一つ言えるのは、見えた事実だけです。」
「確かにそうかもしれないな。無粋な質問だったかな。ところでこの書物があれば君達は資料の提供者としてある程度は優遇する事が出来る。本来なら学位の称号等が必要だがなんとかなるだろう。」
「大変有り難いのですが話を持ちかけた立場で言うのもおかしいですがなぜそこまで私達に協力をして頂けるのですか?」
「さなあな。聖職者としての義務もあるのだろうが純粋に最初の非礼に対する贖罪なのかもしれん。なんにせよ、そろそろ案内人が来る。後は彼に聞いてくれ。」
タイミングよく、扉を叩く音。入るように促され姿を現した男はまだ若く褐色の肌に黒髪、ブルーに近いエメラルドグリーンの瞳が美しく人の良さそうな屈託のない笑みを浮かべているせいか非常に人目を惹く風貌をしている。
法衣は着用しておらず黒のキャソックを纏っている。
「ニルス、この方々を文書館へ案内してくれ。」
「はい。ですが許可証がまだのようですが。」
「ああすまない。こちらは資料の提供者だ。保管されていた状況、経緯、資料の詳しい情報を可能な限り書き起こし追加申請の書類を提出してくれ。それで大事な資料がきちんと保管されるか心配されているのでな。ついでに少し案内してやってくれ。」
「保管でしたら専門家の指導のもとに・・・ああ、なるほど。」
全てを察し、彼は悪戯っぽい笑みを見せる。榊、睦生、椿の順にまじまじと彼らを見ると一瞬だけ、不思議そうな顔をするがすぐに最初に見せていた笑顔に戻ると余っていたカップに紅茶を注ぐと冷めててたせいか一気に飲み干す。
「それではすぐに向かいますか?追加申請書の手続き等は文書館で行いますので終わるまであちらで待っていてもらっても構いませんよ。詳しいは、まあ向かいながら聞かせてもらいましょうか。」
司祭の居住区から徒歩で歩くこと三十分程。そこは世界最古の図書館の一つバチカン図書館から分離したバチカン秘密文書館がある。世界トップクラスのセキュリティに守られ古い時代には閲覧すら禁止されていた歴史的書物が保管されている。現代では制限こそあるものの正規の手続きさえすればある程度の閲覧は許されている。その正規の手続きが最も厳しいのだが。
前述の通り許可のない者の入館は非常に厳しく例えここの管理の全権を与えられているニルスでも入館の際は同行者の存在を認められていない。それでは三人をどうやって通すのか。
「あのー。本当にこれで大丈夫なのでしょうか。」
「ええ、大丈夫です。それによくお似合いですよ。」
「あまり宗教に詳しくないのであれなんですが、これって冒涜とかにならないんですか?」
「ええ、問題ありません。その衣装は臨時の洗礼を与えられた証ですので。」
「そんな話し初めて聞きましたよ?本当なんですか?」
「ええ、安心してください。それと入り口で記録出来きる物は全部預けることになっていますので宜しくお願いします。携帯や筆記用具などですね。」
「はあ。」
ニルスが着るキャソックとは微妙に形の違う衣装に着替えさせられた三人は何とも言い難い不安感を募らせ溜息混じりの気の抜けた返事をする。
榊が手に持つのはアクリルで作られた容器。紫色のサテンに包まれた台座に乗せられているのは地下で見つけた契約書だ。短時間でこれを用意したあたりこのニルスと呼ばれる男がどれ程、優秀なのかよくわかる。それと同時にあの司祭が彼に全幅の信頼を置いている事に納得する。
入り口についた四人は屈強な警備員に止められ事情を説明する。いつの間に用意したのか三人分の研究者としての身分証を提出しするが彼らは榊がもつアクリル箱に入った契約書をまじまじ見つめニルスは一言つけくわえる。
「これは本物の悪魔の契約書です。司祭様の聖なる祈りで加護を受けた容器に入れてはいますがそれでも完全に悪魔の力を抑えている保証はありません。あまり見つめると呪われるかも知れませんよ。」
この発言を聞いて、榊達の血の気が引いたの当然かも知れない。なんせそんな事実はないのだから。もっとも、血の気が引いて顔色が青くなったのは彼らだけでなく警備員もだったので結果オーライだったのかもしれない。
館内に入り金属探知機のゲートの手前で金属製のトレイに携帯とポケットの中の硬貨数枚を乗せ、入館受付表に名前と住所を記入しゲートを抜ける。秘密文書館と聞いていた三人は少しだけ残念だったようで苦笑いでお互いに顔を合わせる。
「もっとSFチックな物を想像してました。」
「白い壁にガラス張りの部屋、人を追跡する防犯カメラとか、ですか?」
「まあ、そんな感じのものを。」
「残念ですが一応、ここはカトリック教の聖地ですからね。表の見える所にあまり過剰な科学の技術や予算の投入は出来ないのですよ。ですがその分、空調やセキュリティには最高峰の物が導入されています。」
ニルスはそう説明すると榊からアクリル箱を受け取り、替わりに首から下げるIDカードを三人分渡す。
「私は今からこれの書類の作成に取り掛かります。暫くかかりますのでその間に見学でもされていてください。そのカードがあれば咎められる事は無いはずなので。因みに貴方が求めている物はここから四つ先の右側の部屋に有ると思います。建設時の書類ならおそらく最も古い年代の棚をお調べする事をお勧めしますよ。」
書類と報告書の山を払い除け、起動中のPCモニターを投げ飛ばす。微かな音を立てて切れた配線が力なくその場にばらける。絶望からの絶叫はフロア中に響き渡るが深夜も過ぎ午前を迎えた今、その叫びを聞くものはいない。
都内の一等地にある高層ビルのワンフロア丸々を所有する彼女は長年の想いが現在でも叶えられないと知らされる。
金と権力でスーパーコンピューターを使い気が遠くなる程の演算とシュミレーションを繰り返しても彼女が望む結果は得られなかった。
乱れた長く細い髪をかきあげ整えるとクッションの効いた椅子に腰を埋め照明の消えた天井を見上げる。地上から射し込む都会の明かりが光の影を作りチラチラと踊りを見せている。
嘆きは諦めに変わり溜息は吐息へかわる。それはとても艶っぽく数多の男性を虜にできるだろう。
赤味がかった艷やかな絹の様な柔らかな髪。その髪と同じ色の瞳は切れ長だが母性の様な優しさを含んでいる。平均以上のバストと誰もが羨むくびれに彼女を見る者は溜息を漏らすかもしれない。
疲れ切った表情から自嘲気味の笑みが溢れる。
「まだ、無理なの?」
掠れるた声で自ずとでる言葉に応える者はいない。
何万年も続けられ、引き継がれた研究と実験は結局、彼女達の助けにはならなかった。
彼女達の種族が抱えた問題。それは彼女達の種族から消失した繁殖の能力。いや、実際には種族全体から消失したわけではない。生まれる事もある。現に今、生存している彼女の仲間は同じ種族から生まれた存在だ。だが出産の確率が0.01%と極端に低くとても種としてその繁殖力が機能しているとは言い難かった。その為に続けられた研究だったがそれも成果を上げることは出来ていない。
遥か彼方には魔術や魔法で対策を試みていたがそれも上手く行かず近年では自分達の遺伝子コードの解析を行っても問題点は見つかっていない。クローンを作ってみてもそこに魂は入らず生物としての機能が動いているだけで意識や自我の覚醒には至っていない。人間と交わっても生まれるのは人間ばかりで彼女達の種族の遺伝子を引き継ぐことはなかった。
ヴィルナラとヘティカル
最後まで残った二つの種。似て非なる存在。一方には魔力と身体能力を。もう一方には適応力と繁殖力を。
「生物としては完全に私達の負けね。」
立ち上がり、一面ガラス張りの窓際に立つ。見下ろす景色は街灯で輝きその美しさは満天の空に匹敵する。虚無の栄華だとしても、だ。
種の保存の為にへティカルに知恵と技術をかした結果がこれだ。彼らは我が物顔で闊歩し他の種を喰い漁り緩やかに破滅の道を歩んでいる。それでも増え続けるその繁殖力がある意味、羨ましく思う。
「なぜあいつ等は増える事が出来るのに私達には出来ないの?」
漏れる悲痛な声は微かに震えている。怒りも憎しみもそこにはなくあるのはただの悲しみ。
彼女が指すあいつ等とはへティカルの、人間の事ではなく彼女等の先祖が作り出した数々の生命体の事だった。
エルフ、ゴブリン、オーク、コボルト、ヴァンパイア。
おおよそ、この世の者とは思えない想像上の種族達。
どう言う経緯でそうなったのか今では知る者は誰もいない。だがヴィルナラが創り出しのは間違いなく、今でもその技術は彼女達に伝え残っている。
皮肉なことにヴィルナラは結局、繁殖は出来ずに創り出した生物は勝手に増えていくことになる。
零れ落ちる涙をそのままに、彼女は踵を返すと大きく伸びをしながらゆっくり歩き出し部屋の中央に立つと辺りを見渡し今度は呆れた様な溜め息を漏らした。
「片付けなきゃね。」
書類を集め拾い上げると空のステンレス製のゴミ箱へ突っ込み画面が割れたモニターを机に戻す。自分でしといて何だがこの作業は情けなくなる。それと同時に決心するある決断。それは今まで躊躇ってきた決断。長い歴史の中で思いついた者はいただろうがそのプロセスを明確に解明出来ないせいでその先へ行けたものはいないだろう。
冷蔵庫から取り出されたオレンジジュースはよく冷えており注がれたガラスコップに薄い水滴の膜をすぐに作る。
大声を出し、少し乾いた喉に潤いと僅かな酸味が刺激を与え彼女に落ち着きと安らぎを与える。
「誰かいる?」
『はい。』
「コーネリアに伝えて。例の計画に移行すると。」
『分かりました。』
「よろしくね。」
内線での会話が終わると彼女は瞳を閉じぶつぶつと言葉にならない旋律を紡ぐ。霞やシェリーの使う神聖魔法に似ているがあちらは歌の様な印象を与えるがこちらは単調でどこか事務的な、或いは機械的な印象を与えた。
術式は終わり彼女は両手を宙にかざすとそれを左右に開く。と、それは空中に展開される。オレンジ色の長方形のそれは半透明の板のようで計四枚出現しておりそれぞれに何かの数式や図式、文章と思われる文字のような記号の羅列と写真らしきもの、そして何かの演算が常に稼働しており記号の入れ替わりが激しく行われている。
彼女はそれを見つめ優しい笑みを浮かべると演算が行われているシートに手のひらをかざし引き寄せる様に手を戻す。事実それは彼女の手の動きに合わせて目の前に来ている。
「演算は、もうじきおわりかしら?だとしたら急がなきゃね。」
あまり使いたくなかった手段。それは彼女達の種族を創造した者の復活。彼女達には神々は存在しておらずあるのは創造主だけだ。その存在が人間の神々を創造した更に古き者と同様、もしくは同種かは定かではないがヴィルナラは間違いなくへティカルの後に誕生しておりその時には既に神々はこの世から姿を消していた。
つまりヴィルナラは遥か彼方に姿をけした神々と全く同じ軌跡を辿ろうとしている。
「創造主を復活させたとしてその先に自由はあるのかしらね・・・」
でも、と思う。
このままではいずれ滅びてしまう。ならば足掻ける間はせいぜい足掻いてみようと。
大きな賭けになるだろう。創造主の思想や思考が分からないのだからもし復活したら自分達をどのように扱うのか不安はある。願いを聞き入れなお且つ今までと同様の生活を送らせてもらえるのか、もしくは、隷属させられ全ての自由を奪われるのか。
「まさに天国と地獄、ね。」
演算が進むシートを消し別のを手元へ寄せる。そこには複数の写真と遺跡発掘の記事が掲載されている。携帯を取り出しそれを撮影すると数人へメールで送付する。
「よろしくね、と。通信の魔法か魔術を開発したほうがいいのかしら。まあ当面は文明の利器で我慢しときましょうか。」
一つのシートを残し、他のを消すと残されたシートは水平に向きを変え彼女はその上で何かを掴むと上空に放り投げる仕草をする。と、そこには立体の映像が映し出される。
それは複数の同じサイズの文字盤のようで全て正方形で唯一の違いは中央に一つだけ記載された文字でそれだけは同じ型をしているものはない。暫く彼女は人差し指でそれらを入れ替えていたが諦めたのか溜め息を漏らす。
「やっぱりダメね。正確な文章だけでなく動かす順番もあるのかしら。だとしたらお手上げなんだけどね。」
「演算が終われば何かわかるさ。」
「キャッ!」
「随分かわいい声を出すじゃないか。流石はお姫様だね。」
「コーネリア!もう!からかわないでよ。」
「すまないすまない、だがお姫様なのは事実だろ?」
「昔のことよ。今では立派な殺人鬼・・・」
「先人の研究を引き継いだだけだ。そうだろ?」
「それでも、引き継いだ当初は私も同じ事をしていたわ。」
「何とか治療もしようとしていたろ。あまり自分を追い込むな。それにあいつらと君は違う。あいつ等は毎日何度も吐いたりしなかったからな。」
「知ってたの?」
「当たり前だ。日々やつれていく君を他の職員は皆、心配していたんだぞ。勿論、ボクもその一人だけどね。」
「恥ずかしいなぁ。」
「姫の恥ずかしがる姿を見るためにあえて教えたんだけどな。」
「もう!そんなことばっかり!」
「少しは、気が紛れたみたいで良かったよ。お姫様。」
コーネリアと呼ばれた女性はそう言うと彼女にコンビニで買ってきたサンドイッチを机に置く。
黒に近い青髪で、光の反射によっては艶やかなブルーに写る時がある。髪の長さはセミショートでお世辞にも手入れが行き届いてるとは言い難いがそれでも癖のある髪質なのか程よいまとまりをみせてはいた。タイトな黒のスカート丈は膝まであるが浅めのスリットが入っており白いブラウスとあいまってどことなく妖艶さが滲み出ている。
「ありがとう。気を使わせてばかりだね。」
「そうでもないさ。ボクは現場ばかりであまり構ってあげられないからね。会えた時くらいは、素の君でいてほしいだけだよ。」
彼女はコーネリアの顔をじっと見つめると両手でその端整な顔を挟む。
「な、なんだい?」
「なんで貴女は女性に生まれたのかな?ちょっと男前過ぎじゃないかな?」
「い、いきなりだなぁ。」
「いきなりじゃないの。前から思っていたの。知ってる?貴女が来ると女性職員がざわつくのよ。声を掛けようものなら失神するコもいるんじゃないかしら。」
「それは少しは大袈裟だよ、ユリウス。」
口を尖らせほっぺを膨らませるユリウスの頭を撫でながらコーネリアは彼女をなだめる。
そういう所がだよ、とつぶやきながらサンドイッチを頬張る姿に苦笑いを浮かべ彼女は冷蔵庫からオレンジジュースを取り出しまだ水滴が残るコップに静かに注ぐ。
「ありがとう。」
「それで、決心はついたんだな。」
「・・・うん。」
「安心しろ。立場を危ぶめる奴ならボクがやっつけるさ。」
「・・・皆を、不幸にしちゃうかも。」
「どの道、破滅しかないんだ。他の選択肢は、もう潰されてきただろ?命にかえても君はボクが守る。」
「それだと他の皆が悲しんじゃうね。」
「そうならないよう、頑張るさ。ユリウス、怒らないで聞いてほしい。」
「改まってどうしたの?」
「彼らに、へティカルに助けを求めては駄目なのかい?」
「それは・・・!」
それは、考えなかったわけではない。現に何度か彼等と接触し助力を求めたが返答はあまりにも無慈悲なものだった。
三度目の失敗を迎えた時、ユリウスはへティカルへの助力を諦めた。
「・・・結果は聞いているよ。その後、君が辛い立場に置かれた事もね。でも中には気のいいへティカルがいるかもしれな。現にボクが聞いた・・・」
ユリウスはコーネリアの口を両手で塞ぐと今に泣きそうな顔で親友の言葉を遮る。
「もう・・・!もう無理なの!もうこれ以上仲間の犠牲を増やしたくない!」
悲痛な叫びが、フロアに広がる。
それだけじゃないだろうと察するがコーネリアはそれを言葉にはしなかった。
これ以上、仲間に犠牲が出た場合、彼女はおそらくへティカルへの恨みが勝ってしまう。そうなる自分が、もっとも許せないのだろう。
「ごめんよ、ユリウス。お詫びに今夜は一緒に寝てあげるよ。眠れてないんだろ?」
「ホントに?」
上目遣いで子供のようだがどことなく悪戯な感情が見え隠れしている。とても先程まで取り乱しすほど感情をあらわにしていた人物と同じには見えない。
「あ、ああ。久々の日本だしな。柔らかいベッドでゆっくり寝たいしない。」
「ありがとう。そう言う優しいコーちゃん好きよ。ぎゅってして寝ていい?」
「あーうん、いいんじゃないかな。」
「ケータイで写真撮っていい?」
「それはどうかな、ちょっと困る・・・ああ!いいよ!撮ろうと撮ろうと。」
「皆に見せびらかしていい?」
「それはだめだー!」
「えーいいじゃーん。」
「いいわけないだろー!ただでさえ怪しまれてるのにそんなの見せたら大騒ぎになるだろ!」
「ほ〜♪やっぱり自分がモテることを自覚していたのね〜♪それで他の職員へのあの素っ気ない態度は、ちょ〜っといただけませんよ〜♪」
「くっ、お前、実はもう立ち直ってるだろ。そんな事言ってるともう一緒に寝てやらないぞ。」
「ごめんごめん。もうからかわないから今夜はゆっくりしていって。そしてさっきの話の続きを聞かせて。」
「・・・いいのか?」
「・・・うん。可能性があるなら、一つでも多くかけておきたいの。それに私も気になる情報があってコーちゃんに聞こうと思っていたの。」
「珍しいな、君から聞きたい情報があるって。ならばそっちから聞こうかな。」
「いいの?じゃあ、えっとね。」
奇跡の様な確率で同じ日、同じ場所で生まれた二人には誰にも入れない、邪魔されない特別な絆があった。
0.01%の出産確率。
それが二人の絆を結び付け、二人の立場が強い絆となった。
互いが互いを命を賭して助け合い守り育む。二人には当たり前でも周りから見れば少なからず誤解を与える関係にみえるかもしれない。
帰り支度をしながらユリウスはポツリポツリと話し出す。
最近、少しだけ噂になっているへティカルの話。その人物は十年振りの新人で新人のわりには少しだけ歳をとっていると言う話。
なんだそりゃと返すコーネリアは思い出したようにそう言えばと相づちのようにポツリと言葉に出る。イギリスで似たような奴が現れたと聞いたな、と。
ユリウスとコーネリアはお互いの近況報告に混ぜながらその人物の噂を聞かせ合う。勿論、時にはお互いをからかいながら。




