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十八話

「俺は自由の為に勝ち抜いてきたんだ。お前と一緒にするんじゃない。」

「随分強気なセリフだが今のお前が俺に勝てるとでも思ってるのか。倒れて言った者達と同様、お前もこの地の血砂となるんだよ。」

「俺はお前などに負けはしない!倒れていった戦友(とも)達に誓ってお前を倒す!」

「かかってこい!王の前で醜態を晒してやるわ!」

「やめなさいよ恥ずかしい!」


観光客でごった返すコロッセオの復元された一部で繰り広げられた榊と将の寸劇が椿の拳で幕を引く。物珍しさからか、醜態を晒す日本人をSNSで拡散するためなのかは分からないが結構な数の観光客から写真を撮られ一部からは歓声とコインが投げ込まれていた。

騒ぎに気付いた警備員から逃れるように人混みに紛れその場を逃げ出す姿は小物以外の何者でもなく少々間抜けに見える。握手やハイタッチを求める者達を掻き分けなんとか人混みから出てくると呆れて残念な人でも見るような笑顔の霞と大げさに頭痛がするような仕草の睦生に出迎えられ、喜ぶシェリーとハイタッチをする。


「こんな馬鹿な事するためにきたんじゃないのよ?」

「ちょっとしたロマンだろ。いいじゃないか。」

「いいわけないでしょ。最悪牢屋行きよ。それで睦生君、行き先はもうわかってるの?」

「地下で見つけた地図を透明のシートに書き写して現在の地図と重ねて尺図を合わせてってまあ細かい説明は省くけど、何とか特定出来た箇所はあったから後は隠された場所を探すだけ、ですね。えーとここです。」

「・・・マジで?」

「・・・マジです。」

「牢屋より最悪じゃね?」

「そうですね。見つかれば国際問題です。まあこっそり忍び込まないで適度に誤魔化して調査すれば何とかなりそうですけど。」

「いや、まず入れるのかここは。一般公開なんてしてないだろ。」

「報奨金を出してたのがここなので僕達が覚醒者と分かればある程度は協力してもらえる、かもしれません。まあ最悪、異端者として葬られるかもしれませんが。」

「・・・いつの時代の魔女狩りだよ。」

「何にせよ一度訪ねてみましょう。」

「じゃあ、行ってみるか。バチカンへ。」







日本は良くも悪くも治安が良すぎる。

得体の知れない相手から身を守りながら彼は心の中で呟く。

くそったれ、と。

入国の際の手続きと面倒を避ける為に一切の武器類を持ち込まずに来たことを彼は心底後悔していた。戦争ともテロとも無縁のこの国でまさかこの様な事態に陥るとは思いもよらなかった。

不思議なペンダントを届け、彼の最後を伝えて帰るだけのはずだった。子供だって出来る簡単なおつかいだ。入国して半日もたたずに出国も済んでるはずだ。


「それがなんだって俺はこんな街のど真ん中でサバイバルなんてしてなきゃならんのだ。」


静寂が主となったオフィス街に時折響き渡る奇妙な移動音と気配。二つはどうやら一緒に行動しているようでこの二つはおそらく人だろう。彼ら、もしくは彼女らがこの不気味な生物の持ち主ならば殴り倒さなければ気が済まない。面倒でもGRUの活動の一環として来日すれば良かったと改めて思う。

水面下ではともかく表面上は友好的な関係を築いている両国なのだから軍事活動をしない、過剰な武器を持ち込まない等の書類にサインさえすれば公安の護衛と言う名の監視が付きはするがこんな面倒に巻き込まれる事はなかっただろう。

手持ちの武器と言えばバックルに忍ばせていたセラミック製のナイフだけだが刃渡りは5センチもなく暗器としての性質しか持ち合わせていない。とてもじゃないがこれで相手の攻撃を受け流したりしようものならたちまち砕けてしまう代物だ。

星も月も姿を見せない少しだけ明るい深夜の夜空を見上げ彼は一つ大きなため息を漏らす。地上の光源だけでよくこれだけ空を明るく出来るものだと感心すらしてしまう。世界最大級の人口密度と経済発展を遂げた街、東京。傭兵仲間の一人からここは魔窟と教えられ警戒して空港に降り立った彼は拍子抜けしたが今はその時の自分に警告したくてたまらないでいる。


「それにしても何箇所か窓に明かりが見えるがあれはまさか仕事しているのか?それにある程度の物音は聞こえているはずなのに誰も出てこないとはな。この状態は日常茶飯事なのか?」


首の骨を折られ既に事切れている人型の生物に視線を落とし自分の国との違いに戸惑いを露わにする。例えば彼は今、ビルの柱に身を隠しているが彼の国では銃を携帯した警備員が常におりこんなことをしていようものなら問答無用で発砲してくる。祖国を懐かしみ、戦場の空気を思い出し得体の知れない相手と交戦した場合の手順を思い出す。腐乱とはまた違う鼻をつくすえた匂いに顔をしかめながら彼は横たわる生物を観察する。

人の倍程の耳に灰色の皮膚、爪は犬の様に伸び歯は等間隔に隙間がある事から不衛生や栄養不足でおきた隙間の可能性はなく元々がこの種族の特徴なのだろう。身体は全体的に小柄で平均的な中学生より小さいかも知れない。襲撃時に奇妙な発声をしていたが鳴き声と言うより叫び声のように思えたからある程度の知能はあるのだろう。

手に握りしめられた短剣を取り上げる。よく見ると刃には何かどろりとした液体が塗られており考えられるのは一つ、毒なのだろう。ただ無臭なのが気になりどのような毒性なのかは見当もつかない。

懐を探り特に持ち物がない事を確認すると首から下げられた大きめの犬歯のような物が三つ連なった首飾りに気付くがこの生物の身体にあったものを持ち去るには気が引けるためそのままにする。


「なんだこの生物は。これじゃあまるでお伽噺に出てくる魔物じゃないか。」


戦利品もなく使える武器も入手出来ない事を知ると彼はさっさとその場を後にする。夜目が利かなくても十分な明かりがあり移動には特に苦労することはないが逆に問題は人目につくことのほうかも知れないが。いや、むしろ人のほうがまだましでこの得体のしれない生物に見つかるほうが問題だろう。

軽量化と防水性に優れ耐久力も大幅に向上されたタクティカルブーツは流石とばかりに物音を立てずに移動することが出来る。彼の軍人としての力量もあるのだろうがそれでも今ほどこの靴に感謝したことはないだろう。

ビルの柱や街路樹、意味も無く設置された前衛的なオブジェクトに身をかがめながら速やかに移動し周囲に細心の注意を払う。例の二人組まで凡そ200m程まで近づけただろうか。敵にしろ同じ立場にしろその姿、目的を知らなければ対処のしようがない。そもそもなぜこの生物が彼を狙っているのか本人もわからないでいるのだが実は彼自信はそのことに関しては全く意に介しておらずただ向かってくる敵を排除していると言う認識しか持ち合わせていなかった。


(いた・・・小さいな・・・)


視力は悪くはないが流石にこの距離でいくら明かりがあるとはいえ夜中ではそうそう相手の詳細までは確認出来ない。だがあの生物より更に小さいかも知れない。どうやらあちらは今では珍しくなった公衆電話BOXに背を預け身を縮めているようだ。BOXの蛍光灯は外されうまい具合に影が出来きその姿を認識しづらくしている。もっとも近年使われなくなった公衆電話だから既に撤去するつもりで電気が来ていないだけかも知れないが。

目を凝らし感覚を戦場に戻す。だからといって視力が上がるわけでもなく気配を察知する能力が向上するわけではない。だが経験則で補足の能力は格段に跳ね上がる。見えないものを予測し補い実像の虚像を作り上げる。そして気付く。一人しかいないことに。


「私は貴方へ標準を合わせています。微かでも動けば貴方が動くより早くこの矢が貴方を射抜きます。こちらの質問に答えていただきたいです。」


震える幼い声。それでも言葉には力強さがありその台詞が真実であることを裏付ける。彼はその巨体を固まらせ替わりに口を動かす。


「オーケイ、なんでも聞いてくれ。答えを持っているなら君の質問に答えよう。」

「有難う、紳士な方。感謝します。日本人では無いようなので英語で話しかけかけさせてもらいましたが問題ないようですね。ゆっくり立ってこちらを見ていただけますか?」

「・・・驚いたな。どんな怪物かと思えば随分可愛らしいお嬢様じゃないか。」

「それは侮辱ですか?」

「いや、本心だが。で、質問ってのはなんだ。」

「あのゴブリン達は貴方の差金ですか?」


透き通る様な白い肌に尖った耳。長い髪と同じ金色の瞳は恐怖からなのか少し潤んでいる。紅潮した頬は美しく、サイズが合っていないのか植物をイメージした銀色のティアラを首から下げていた。どう見てもまだ十歳くらいでオリーブグリーンの脹脛まであるフードのついたポンチョの様な物を身に纏い膝下まであるカリガをロングにしたような皮製のボーンブーツを履いている。

幼いその姿で懸命に引かれた矢の先は震えで狙いを定めていられないのではと心配にすらなる。しかし彼の軍人としての経験がその美しい瞳が覚悟を決めた者が見せる眼差しと同じと判断しそれに相応しい態度で挑む。


「いや、違う。寧ろさっき俺も襲われてね。あちらで一体始末したところだ。それで、あー非常に聞きにくいのだが、そのなんだ、ゴブリンってのはなんだ?あのお伽噺に出てくる連中の事か?それに君らは一体何者なんだ?言っちゃ悪いが、君は人には見えない。とても美しいとは思うが。」

「私は、いえ、私達は所謂貴方がた人間が表現する、エルフです。褒めていただき非常に嬉しいのですが出来ればお力添えをお願いいたしたいのです。」


彼女は弓を下げると矢を背中に背負った矢筒へ納め身を隠していた仲間へ手招きする。


「力添えって言っても俺は役には立たんぞ。今は丸腰だからな。」

「あ、いえそうではないです。それもあるのですが既に彼らはこの場から身を引いているはずなので。」

「彼らってのはゴブリンって奴らのことか?」

「はい。あの者達はあまり知恵がないので単純な命令しか聞きません。なので司令塔が存在しておりあの者達は司令塔の発言だけはきっちり守ります。身体の大きな貴方が私達と行動を共にするのを見て想定外の事態による被害を考え一時撤退させたようです。」

「なる程。その司令ってのは随分頭が回るようだな。」

「はい。とても残忍で、狡猾です。」

「わかった、それで俺は何をすればいい?」

「私達をヘティカルと呼ばれる者達が集う場所まで連れて行ってほしいのです。転送の術で日本へ来たのはいいのですが人間にとって私達は異形の者達なので誰にも頼れず困っていたのです。」

「へティカルねぇ。まあ構わないが、何故俺に頼んだ?俺も一応普通の人間なんだが。」

「関係者じゃないの!?」

「お?どうしたいきなり。」

「す、すみません失礼しました。ちょっとびっくりして取り乱しました。あの、その、それで、関係者の方ではないのですね。」

「ああ、違う。縁はあるが、どこにでもいる普通の軍人だ。」

「普通の軍人でも私達のような存在に関しては一般の人間とあまり反応は変わらない気がするのですが。貴方はなんと言うか慣れていらっしゃるように感じましたのでつい。」

「言ったろ。縁があると。だが丁度いい。俺もへティカルの縁者に用が有ってな。ついでにその人に聞いてみよう。ついてくるか?」

「勿論です。よろしくお願い致します。」

「あ〜それで?後ろのちっこいのも一緒でいいんだな。」

「あ、すみません。この娘、人見知りが激しいもので。」


弓を持った少女にしがみつき彼女よりも少しばかり更に幼い少女が顔を覗かせている。その娘も同じ様に瞳と髪は金色で端整な顔立ちは怯えを見せていても美しくそれは生物的な美しさと言うよりも芸術品的な美しさかも知れない。

それにしても、と彼は思う。

驕りや自惚れではないが数多くの戦場を生き抜き戦士として、また軍人としてそれなりに名を上げてきた自分がまさか年端も行かぬ幼い娘に二度も虚を突かれるとは思いもよらなかった。エルフがどのような種族かは知らないが余程、隠密に秀でているのだろうか。

周りを見渡し彼女が言ったようにあの奇妙な生物の気配は既になく、かわりに疲れ切ったサラリーマンがトボトボと肩を落として駅へ向かっていく姿が目に入る。もう公共機関は動きを止めているのに彼は何を求め駅へ向かっているのか疑問に思うが、その姿がなぜか自分達軍人と似た雰囲気を醸し出している事に気付き妙な親近感をわかせる。どこにも共通点などありはしないはずなのに。


「もうじき夜も明けるだろう。君たちのその姿は非常に人目を引くだろうから今のうちに身を潜められる場所を探そう。」

「心当たりがあるのですか?」

「多少、あるが、まあ大丈夫だろう。」


彼は最初、ラブホテルと呼ばれるホテルへ連れて行こうと思ったが匿名性はあっても通報されない保証はないので別の場所に行くことにする。自由に出入りが可能でプライバシーが守られなおかつこの時間でも入れる場所。前回来日した際に仲間の一人に連れられ入った場所に彼は軽いカルチャーショックを覚えた。言われるがままに作った会員カードは幸い財布に入れたままだ。あの特殊な趣味と趣向の彼に感謝しなければ。

オフィス街を抜け、住宅街へ入るとなるべく人目を避けるため裏通りを歩く。本来なら歓楽街へ入ったほうが近道なのだがあちらの裏通りをこんな幼子を連れて歩くわけにも行かず少し遠回りになるがこちらの道を進むことにした。平日の深夜とは言えジョギングをしている者や何が目的かは判断しかねるが手ぶらでただ歩いている者もいる。その都度、彼女達はこの大きな男の影に隠れなるべく他の者の視界に入らないように気をつける。

途中で見つけたコンビニで軽く食料と飲み物を買うと彼らは歩きながらそれを口に運ぶ。


「美味いな・・・前回来たときも思ったがこの国は食べ物が安定して美味い。適当に選んできたが君らは食べれるのか?」

「はい、大丈夫です。それにしても、これは本当に・・・」

「んーーーー!凄い!何これ!」

「おお!?どうしたいきなり?」

「!?」

「もう。隠れなくてもいいでしょ?この方は大丈夫だから。でも、そうね。美味しかったのね。」

「ああ、そう言うことか。初めて声を聞いたが、そちらのお嬢さんは英語は話せないのか。」

「話せなくはないのですが、どうやらびっくりして私達の言葉がでたようです。」

「なるほど、な。そうか美味かったか。明日、いやもう今日か。自由に動けるようになったらまた美味いものを食べに連れて行こう。この国は様々な国の食べ物が手に入るからな。」


隠れる彼女を無理やり引きずり出すと彼はしゃがみこれでもかと彼女の頭を撫でる。その表情は怯えの中にも安心と照れが垣間見え少しは心を開いてくれたのかと、そっと胸をなでおろした。それがきっかけかどうかは分からないが小さいエルフは次第に活発に動き始めなんとか抑えているであろう好奇心にたまに負けながらも三人は目的の場所まで辿り着く。

そこは24時間営業のネットカフェ。ファミリータイプの個室もありシャワーや仮眠をとれるちょっとしたソファーベッドもそこにはあった。飲み放題のドリンクとソフトクリームを手に彼らはファミリータイプの個室を借りるとそこでひとしきりの安息を楽しむ。

彼は大きなエルフに誰が来ても中に入れないように言いつけ一時的に店を出る許可を店員から貰うとその足で歓楽街へ向う。目的は大型ディスカウントショップ。彼女達の服と耳を隠せる大きめの帽子を探すために。


「妙なことになったもんだ。ブノワに言ったら流石のあいつも笑いそうだな。いや、からかわれるだけか?」


半日もかからなかったはずのレフの来日は先行き不安で帰る目処がたたなくなってきていた。休日の延長の連絡をしなければと思いながら彼の姿は光り輝き喧騒激しい東京の街へ消えていく。







汽車に揺られること一時間と少し。そこからケーブルカーとタクシーを乗り継いだ二人の姿は観光客が行き交う山の前にあった。

一人は大きめのボストンバッグを背負いもう一人は手荷物さえ持たずに涼しい顔で自分より年上の彼に付き添っている。


「なあ、おかしくねぇか?」

「いえ?」

「いえ?じゃねぇと思うがよ。俺はお前の上司だよな。それがなんだってこんな大荷物を俺一人で持ち運ばなきゃならんのだ?」

「お互い休暇中ですので先輩後輩上司部下は関係ないですよ。」

「そりゃそうだがそう言うことじゃねぇだろ。おら、今度はお前が持て。」


どすりと地面に置かれたバッグは中身は金属製のものが入っているのかやたらとガチャガチャと音を立てている。

そんな扱いをしたら危ないですよ、と彼は言いながらもため息混じりにバッグを背負うと重さのせいかゴツゴツした中身のせいなのかわからないが端整な顔立ちには似つかわしくないシワを眉間に作る。

休暇をもらい和歌山にある高野山へ来た南條と結城の二人はまだ夏の日差しを感じさせる日の下で行き交う観光客と自分達に随分な温度差があることを痛感していた。

普段は背筋がいい結城が荷物のせいで少し無様に見えたのか、煙草を吸う南條はどことなく機嫌が良さそうに見える。


「南條様と結城様ですね。お待ちしておりました。」


袈裟を身に纏った僧侶らしい男は近付くなりそう声を掛ける。頭を丸めているためだろうか実年齢が判断しにくい顔立ちで、二十代と言えばそう見えるし四十手前と聞けばそう見えるかもしれない。

彼は丁寧におじきをすると二人を真っ直ぐ見据えるとにこりと笑い何かに納得したように頷くと自分に付いてくるように促し歩き出す。


「入口はこちらでは?」

「そちらは表ですので。」

「表?」

「ええ。世間様向き、と申しますか。」

「?」

「まあ来ていただければおわかりになられますので。」


表現に困る、と言うより語るのをはばかれる、と言ったほうが正しいかも知れない。彼は戸惑う二人を気にもかけずにさっさと先を急ぐ様に歩き出す。高野山を正面に見据え左へ少々進むと背の高い植え込みとその先に広がる雑木林へ出る。僧侶は植え込みをするりと横切ると雑木林の一本を撫でる。正方形の光る紋様は浮き上がり回転しながら弾けるように消えると彼はこちらです、と二人に伝え奥へと姿を消した。生まれて初めて見た現象にある種の恐怖と、頭の片隅で考えていた現実にはあってほしくない事実を突きつけられる覚悟が彼らへ迫る。意を決した二人は僧侶に続く。

そこは明らかに今までいた場所と全く違う事に気付く。観光客の喧騒は消え林の中にもかかわらず張り詰めた空気がそこを支配している。淀みがないとでも言えばいいのだろうか、完全に外界と遮断された世界がそこにある気がした。小鳥の囀りも林を駆け回る小動物の足音も聞こえるので別世界とは違うのだろうがそれでも二人にとってそこはあまりに異質に思い妙な高揚感と恐怖感が体内で交差するのを感じていた。


「こいつは、凄いな。」

「ええ、初めての経験ですかね。」

「驚かれましたか。国内でも有数の聖域ですので初めての方は皆、似たような反応をなされますよ。」

「さっき表って言ってたな。ではこちらが裏となるのか。」

「はい。元々はこちらが表だったのですが訪ねる方が増え俗世の穢れが持ち込まれるようになったので今の表を作ったそうです。」

「穢れ、ねぇ。それで自分達だけ安全な場所で安穏と生活してるってわけか。ああ別に責はしねぇさ。自分で身を守るのは立派なことだからな。」

「警部、それは少し失礼ですよ。」

「構いません。おっしゃった事は理解します。ただ、訂正を。私達が守っているのは自分達では御座いません。」

「ああん?」

「その辺りの説明も、もしかしたらあるかも知れません。」


それ以降、彼らは会話は一度もなかった。別に気不味いわけではなく会話の必要が無かっただけだ。ただ黙々と補正されてはいないが地表が剥き出しの長年踏み固められたなだらかな上り道をひたすら歩く。空気は澄み渡り真っ直ぐに伸びた杉の枝葉から零れ落ちてくる僅かな陽の光が地面を照らす。所々にあるシダ植物や苔があるところが陽が良く落ちてくる場所なのだろう。十月とは思えない気温の中でもここは涼しく、寧ろ歩みを進める毎に標高のせいか気温が落ちていくのを感じる。

そもそも南條と結城の二人がここに来たのはあの日、有給を取った直後に南條の携帯電話へ直接連絡が来たからだ。

名は名乗らず、事件の事について話をしたいと言われた。勿論、それをそのまま信じる南條ではないのだが警察からの捜査支援を受けられないうえろくな手がかりを得られていなかった彼らはこの電話の主に飛びつくしかなった。


(半信半疑できてみりゃこりゃいったいどう言うことだ。高野山っていやぁ日本最大宗派の真言宗総本山がある場所だ。恰好を見る限りそこの関係者なのは間違いないだろうがなんだって坊さんが事件について俺らに話があるんだ?)


疑問はいずれすぐに分かるとは言え刑事としての性か彼の性格か様々な可能性と謀略を考える。疑問は疑惑となり嫌疑へ繋がる。

そして、真実を見る目が曇る。

それをよく知る彼だからこそ可能性を考えあらゆる事態を想定する。現実を突きつけられても上手く対処する為に。間違った判断をしない為に。

とは言え、これから知らされる現実は彼等が思い描く最悪の想定すら真実の扉の入口でしかないのだが。

緩やかな上り坂を歩くこと三十分くらいだろうか。開けた平坦な場所に出る。そこは石畳が敷き詰められ古びた門と門番であろう墨の裳付を纏った、おそらくは僧兵と呼ばれる僧侶が二人出迎える。

南條達を迎えに来た僧が門番二人へ手を合わせ礼をすると彼らも同じ様に挨拶をする。門番二人は同時に引き戸を開けると通るよう促す。

門をくぐり抜けたそこには随分古い、いつからそこに建っているのか想像するのも気が遠くなるほど古い寺院が姿を現す。しかしそれでも隅々まで掃除が行き届き瓦の一枚一枚まで輝いているように見え、太い柱とゆったりとした広さの作りは威厳さえ感じさせる。

玄関をくぐり、大広間へ案内された南條と結城は二人だけでその場で待たされる。


「何も無くつまらんじゃろう?」


唐突に声を掛けられ飛び上がるほど驚くがそれでも平静を装い何事もないかのように振る舞う二人を尻目にその老人は彼らの目の前に座り込む。


「なんじゃ。あ奴等は茶も出しておらんのか。すまんの、お若いの。」


若草色の甚平を着たその老人は小さく、どう見繕っても身長は150センチに届いていないように思う。それでも強烈な存在感と奇妙な重圧を発しこの男に抗うことは難しいかもしれない。

鋭い眼光が二人を見据える。


「まあ、楽にしてくだされ。お呼び立てて何もおもてなしが無くてもうしわけないがの。」

「それで御老人、事件について知っていると言うのは貴方で?」

「知っていると、とはちと違うが、まあ似たようなもんだのう。わざわざ来てもらったのは情報提供ではなく、警告じゃ。」

「警告、だと?」


南條の目の色が変わる。


「そうだの。警告じゃ。御仁が関わっていたあの事件は他の者が引き継ぐ。と言うか一般の者では役にはたたん。」

「あーじーさん。話が以上なら帰るぞ。あんたが何者でどこの誰に頼まれたのか知らんが縁も所縁もない老いぼれに警告される言われはないんでな。じゃあな。」

「まあ待て、若いの。話は終わっておらんでな。」

「終わりだっつってんだクソジジイ。」

「口の悪い男じゃのぉ。ええ年して少し短気すぎじゃないか?横の若いのからも何かいってくれんかの?」

「口が悪いのは同意しますが私は概ね警部の言葉に賛成なので。失礼させていただきますよ。これ以上ここにいると流石の私も悪態をつきそうなので。」

「最近の若者はせっかちじゃのぉ。いや、若者はいつでもせっかちじゃったな。まあ待てと言うておる。」


立ち上がりその場を去ろうとする二人を制止するが聞いてもらえる気配が無いことに憤りとも諦めとも取れる溜息をもらすと両手を打ち鳴らす。手を打ち鳴らした音は不思議なほど響き渡り二人の身体を突き抜ける。


「おい・・・なにしやがったクソジジイ・・・!」

「ちょっとしたまじないじゃ。年寄りの話は最後まで聞くもんじゃぞ。」

「分かりましたので、これを何とかしてもらっていいですか。自由を奪われるのは非常に不愉快なので。」

「ふぁははははは!人とはそう言うものじゃ。さて、何から話したもんかの。お主らは多種間戦争を知っておるか?」

「何ですかそれは。」


妙な術で拘束され不貞腐れた南條の替わりに結城が話しを聞くことにする。

いつかも忘れられた遥か彼方に繰り広げられた人が生き残るために起きた戦争。そしてそれが再び動き出した事。今の人類の成り立ち。活発化し始めた破滅種の存在。それと戦う覚醒種の存在。彼らを支援する組織の存在。

そして自分達の存在意義と南條を呼んだ理由。


「君らの力を借りたい。どうせ首を突っ込んで来るのなら中心にいたほうが面白いじゃおろ。」

「乗った。」

「警部?意味分かってますか?」

「いいか、結城。こう言う時は取り敢えず乗っかって後で考えるんだよ。話の真偽はともかくな。」

「それ後で後悔するパターンですよね?私も同行していること忘れてませんか?」

「お前も楽しめばいいだろ。どうせ厄介事から目をそらせねぇ性分だろ。」

「警部のそう言う所は嫌いではないですが今回はもう少し慎重に決断したほうがよくないですか?信憑性皆無ですよね。」

「そうでもないさ。」


にっと笑う南條を見て決心する。この男のこう言う時は必ず何かしらの確証があって決断している時だ。何より自分が物語の中心に入るのは心地よい。


「それで、御老人。我々は何をすればいいのですか?」

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