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十七話

床を叩く音が辺りに響き渡る。静寂を破る中、彼は祈りを捧げる一人の男へ近付き軽く会釈する。

長めのコートはお世辞にも質がいいとは言えず所々の綻びと僅かに気付く染みが彼の印象を悪くしている。


「警察に礼節を求めはしないですが人としての身なりくらい正したらどうですか。」

「犯罪者が家で大人しくしてくれるなら考えるさ。」

「それで?今日は何用ですか。」

「最近、日本で猟奇的な事件が起きている。被害者は毎週の様に増え既に30人を越えている。知り合いの日本の刑事の話じゃ被害者に共通点は無く日本各地で事件を起こしているらしい。」

「それでなぜここへ?事件と言っているあたり人はお亡くなりになられてはいないようですが。」

「現場に残された手掛かりから宗教的儀式の可能性を示唆された。こいつだ、どう思う?」

「これを日本で?」

「ああ。」


「それはこっちで預かるよ。あんたたちの手には負えない。」

「折角ここまで来たのにあいつらを待たなくていいのか?」

「構わないさ。どうせ近うちに日本に来るだろうし。何なら片付いたら今度は訪ねればいい。」


「何者だ。貴様らは。」

「銃はやめてよ。僕らのことはそこの司祭様に聞いて。いいだろう?司祭様。」

「・・・その者達は信用出来きます。事件の詳細はそちらの二人に話して下さい。寧ろ彼らにしか解決出来ないかもしれません。」

「おいおい、折角訪ねてきたんだ少しは相手をしてくれても構わないだろ。それをこんな子供に相手させるなんて。」

「刑事としての貴方の相手は、残念ながら私では力不足ですよ。ですが、友人としてなら喜んで午後のお茶のお供をお願い致します。」

「詳細は別にいらないよ。大方の見当はついてるし。事件があった場所だけ教えてくれれば後はこっちで調べるよ。だから取り敢えずそのお茶会にでも行っておいでよ、司祭様。」


司祭様と呼ばれた男は刑事を宥めながらその場を後にする。不平不満を延々と並べ伝える声が次第に遠のき残された二人の青年はお互い顔を見合わせ少々困った表情をお浮かべた。


「で、何たくらんでるんだ。」

「いきなりなんだい。」

「こんな事件に首突っ込んでなんか得られるのかって話だよ。」


ピラピラと振られる写真を少し粗野な青年の手から取ると彼は立ち上がり掲げられた大きな十字架に印を結ぶと瞼を閉じ暫く沈黙する。天窓から降り注ぐ日の光が茶色がかった短めの髪は煌めかせ端整な顔立ちを引き立てる。

二人とも榊より少し年下か同年くらいだろうか。二人ともスーツ姿だが一人はカジュアル、もう一人はクラシックスで身を固めお互いの性格と同様、真逆の趣味趣向をしているようだった。


「その式、ちょっと変じゃない?」

「あん?そういやなんか妙だな・・・」

「でしょ。それね、日本の神代文字と古代魔術の組み合わせなんだよ。」

「はあ?それで術式として機能するのかよ。」

「本来なら、機能はしないね。でも特定の条件の下なら、それは今の魔術ではとても実現出来ない程の術式となる、かもしれない。」

「かもしれないって、なんだそりゃ。」

「ちょっと古い資料で見た程度だけどね。同じものではないけれど、多分同程度の効果はあるかもしれない。世界を作り変える程の。」

「あぶねぇなぁ。なんだってそんなもんが出回ってんだ。日本で何が起きてんだ?確かカンスト組が常駐してるはずだろ?」

「カンストって。ゲームじゃないんだから。表現は合ってるかもしれないけどさ。まあいいや、そのカンスト、て言うか熟練者の方だけどあっちでも問題起きてるって聞いたよ。」

「何やってんだおっさん共は。まあ覚醒者っつっても中身はただの人だからな。私利私欲に走るやつはいるがあのクラスでそれやっちゃだめだろー。」

「十年ぶりの彼といい停滞していた何かが動き出したのかもしれないね。ねぇ、少し、ううんかなりだね。わくわくしない?」

「何言ってんだお前?」


二人は背もたれにかけていた上着を羽織ると静かに歩き出す。静まり返った室内に足音が響く。五十人は十分に座れる広さがあるにも関わらずここには彼らしか居ない。この街で週末の礼拝堂に人がいないなどありえないのだが、ここは特殊なのかもしれない。現に二人はその事に一切興味を示していないのだから。

穏やかな午後は過ぎ去り既に日は傾き始めている。外は冬のイベントの準備をし始める人々が慌ただしくも楽しげに活動している。浮足立ち、心弾ませ忙しいのさえ楽しむその姿は日常とあまり関係の無い者にもその幸せな気持ちを分け与える。それと同時に楽しめない自分を知り少しばかりの影をその者に落とす。


「楽しくなってきたな。」







揺れる列車のシートに身を沈め彼女は榊の言葉を考える。窓の外に流れる景色は田園が続き乗客たちもどこか穏やかに見えこちらの心情も穏やかになる。そのせいだろうか、焦りが消えている事を自覚していた。

倒すべき相手の倒し方がわかりローマに行く目的は半ば消えたのだが榊曰く手段はあるだけあったほうがいいとのことだった。実際、あの杖で変種したわけではないのだろうからおそらく別の道具があるはずだと。その場合、杖では対抗できないかもしれない、と。

なにより何年も探していた鉱石が手に入るかもしれないのだ。行かないわけにはいかなかった。

旅の目的に楽しむ事が追加された気がした。


「どうしたの?ぼーとしてるけど。」

「なんでもないよ。風景がいいなって見てただけ。」

「私は見慣れてるからかな〜?あんまりそんな事は感じないけど。」

「そうかもね。でもあなたは外に出れなかったんじゃないの?」

「私は大丈夫。出れないのはごく一部の人たちだけだよ。」

「うん?」

「流石に村人全員で引きこもってたら生活出来ないよ。村に縛り付けられていたのは最初の住民の純粋な血筋の人だけ。私みたいに自由に出歩けるのは外の血筋が入った人たちなの。」

「へ〜。何だか不思議な話ね。」

「まあその縛り付けも今は消えてみんな自由に出歩いてるみたいだけど。それでもやっぱりあそこを出る人はいないのよね〜。」

「そりゃ今更外の世界で生きるのは怖いわよ。」

「それもあるけどやっぱりみんなあそこが好きなんだよ。故郷だしね。」


何気ない会話に心に棘が刺さる。シェリーが悪いわけではない。一々気にかかる自分が悪いと言い聞かせる。

椿の故郷は彼女がまだ幼い頃に消滅していた。地図上からも、物理的にも。その全てが先日見たあの化物と同じ姿をしたあの男の仕業だった。デンホルムは自我が崩壊していたようだがあの男は自我を保ったままあの村を滅ぼした。彼の意志で。

だからなお、許せなかった。狂気に身を任せたのならまだ救いはあったが彼は只々冷静に村人たちを、自分の両親さえも、椿の家族もその手にかけた。一人残された彼女に彼はこう囁いた。


『君は殺さないよ。唯一、僕が愛したヒトだもの。』


「故郷かぁ。今度私も連れて行ってね。」

「任せて♪」

「それより榊がコボルト100体退治したって本当なの?」

「ホントだよ。みんなドン引きしてたけど。」

「そりゃそうでしょうね。普通ありえないもん。覚醒直後にそんなことするなんて。」

「やっぱりそうなの?私達は宗司が初めてだったから覚醒者って皆あんなもんなのかなって納得してた。」

「いやいやいや、有り得ないからね。覚えが早いってだけで他は普通の人と一緒だからね。まあ魔術で強化とかしたら常人離れの事もしたりするみたいだけど、私や榊は魔術は使えないし特に榊は接近戦でしょ?普通そんな事しないって。」

「でもあの人、急に強くなったりするでしょ?正直ちょっとキモい。」

「確かにね〜。」

「二人共失礼だよ〜。それで助かってるんだからそんな事言っちゃ駄目だよ。」

「霞は優しいね。でもその言い方だとキモいのは否定しきれてないよ。」

「揚げ足取らないでよ〜」


「おい、キモいとか言われてんぞ。」

「うるさいよ。再確認させんなよ。」

「まあ概ね好意の表れのようだからいいんじゃないですか?」

「あれが好意ってお前の頭はどんだけお花畑なんだ。」

「うるさいな。慰めてるんだから邪魔するんじゃないよ。」

「慰めにはなってないだろーどう考えても。」

「なんか言わなきゃ益々落ち込んじゃうかなと思ったんだよ。」

「慰めにならない慰めは傷つけるだけだからな?」

「お前らなぁ、本人目の前でもう少し気を使ってくれてもいいんじゃないか?幾ら年長者でも泣くぞ。」

「まあまあ、俺らは格好いいと思ってるから。な。それで、あの紅いのは何なんだ結局。」

「さあ、なんだろうな?対某用とかか?」

「対某ってなんだよ。」

「神様とか、破滅種、とか?でもその剣ってむちゃくちゃ初期装備だよね?」

「なんだそのゲームチックな発言。確かに初期装備だが、シェリーは何か知らないのか?」

「知らないよー。多分村長も知らないと思う。ただの剣じゃないの?あの紅い玉が原因なんでしょ?」

「前提がどっちなのか分かんねえから何とも言いようがなくないか?」

「あーなるほど。そりゃそうかもだね。」

「どう言うこと?」

「紅い玉を使ったからそうなったのかあの剣用に作られたのが玉なのかわからないってことですよ。」

「ああ、そうい言うことか。」

「榊さんってたまに鈍いですよね。」

「年取ると入力に時間かかるんだよ。お前らも覚悟しとけよ。」

「おっさん発言はうぜーぞおっさん。」


「なんかまたあっちは暴れてる。いい年してんだから少しは落ち着きなさいよね。」

「兄弟みたいで私は嬉しいですけどね。」

「あんたはほんわかしすぎよ。あれが兄弟なら貴方は姉と妹どっちになるのかしら。それとも恋人?」

「恋人は、まだわからない、かなぁ。長く一緒にいたせいかもしれなですけど。でも出来れば妹より姉の様な存在でありたいです。」

「それは二人を守りたいってこと?」

「それもあるけど、頼ってほしいかな。」


ずっと将と睦生の二人に守られてきた霞にとって彼らを守るのは当たり前になっている。なんでも自分達で決めて進むあの二人に自分が頼れる存在になったと証明したい。それが二人へのお礼だと、彼女は付け足した。

急に小声になり争いをやめた男性陣を眺めながら霞は榊へ感謝する。彼が居なかったら強くなれなかった気がするから。安全策に重点を置き、一切のリスクを排除して行動してきた三人は成長らしい成長は殆どなかった。やってきた仕事の内容は遺跡の探索だけで、それも上辺だけの初期調査のようなことばかりだった。将も睦生も術を使うことなど殆無く、彼女も自分の能力に恐怖し滅多に使うことはなかった。

力を使うことを躊躇う霞に榊は言った。


『願えば叶うなら俺らの安全を願ってくれ。』


その一言で彼女は彼らを守ると決めた。彼らの後ろから。


「お、あれがバーミンガム空港じゃね?」


立ち上がった将が窓に張り付いて声を上げる。ふと我に返り彼女達もまた外に視線を向けた。そこには多くの人々が行き交い活気に溢れている。ビジネスマンから観光目的の家族や旅人、怪しげな雰囲気を醸し出す身なりのいい人物など様々な人々。今まで田園広がる風景を楽しんできた六人の瞳には余計に賑やかに映り否が応でも心弾ませる。


「搭乗時間も迫ってるからあまり長居はできないわよ。買い物したいなら早めに済ませてね。」

「「「「「はーい先生」」」」」

「先生言うな!」







「また動いたそうです。今回は30分程。」

「それで上からの指示は変わらずか?」

「はい。早めに処分をしろ、と。」

「生で彼等を見てから言って欲しいもんだな。」

「資料だけじゃあ彼等へ感情移入なんかしませんもんね。」

「まあな。で、博士からの報告は変わらずか?」

「はい。生物としての基本は機能しているが有り得ない、だそうです。」

「私もそう思うよ。しかしどいつもこいつも、彼等は被害者だぞ。少しは敬えよ。」

「遺族の方にはまだ伝えてないんですよね?やっぱりこのまま秘匿して弔った方がいいんですか?」

「せめて安楽死くらいはしてやれ。もし意識があったら悲惨だ。この状態でも生物として機能しているのなら意識があってもおかしくない。処置を行う際はちゃんと博士も立ち会わせろよ。その辺りを怠るとあの偏屈女は後々うるさいぞ。」

「分かりました。」


広すぎる室内をまだ若い彼は比較的早い歩調でその場を後にした。残された白衣の男は眉間を抑えると顔をしかめポケットから鎮痛剤を取り出し口に運ぶ。錠剤を飲み込む飲み物が欲しいところだが生憎今は手元になく仕方なくそのまま飲み込む。

人が一人すっぽり収まる大きさの培養槽がずらりと並び半数以上がが稼働している。

勿論、中身は入っている。培養液に浮かぶ継ぎ接ぎだらけの人体が。

みな膝を抱え眠るように浮かび身体の至るところから電極が伸び常にモニタリングされ僅かな変化でも警告音が鳴るようになっていた。

ここはかなり広く設備も専用の医療機器や研究機器も数多く取り揃えられている。メンテナンスだけでも相当数の人員が必要のはずだかここには常駐の職員は先程の若い男性と残された白衣の男の二人だけで、他には週に数回訪れる職員が三人いるだけだ。ネットワーク通信もここには無く携帯電話の電波さえ敷地内では遮断され、水道も電力も自前で賄い完全に外界から独立している。

日本国内でもトップクラスの設備と機密性をここには与えられていた。

そりゃそうだろう、と呟き彼は淹れたてのコーヒーを口に含みながらまだ残る先程の薬の喉の違和感を拭う。無糖のコーヒーが心地よい苦味を鼻奥に与える。

目の前のモニターをぽけっと眺めながらここに来るまで人体用の培養槽があるなど思いもよらなかった事を思い出す。今でも何故自分が選ばれたのか彼には理解できなかった。

半年前、古びた研究室に政府の要人が訪れ彼に教えを乞うた。理解できなかった要人はそのまま彼をここに連れてきて以降、彼はここに軟禁状態になっている。


「あら?今日は権田先生だったんですね。」

「ああ、司君は用事があるとかで替わったんだよ。そうか、今日は君らが来る日だったか。」

「あらら、お疲れ様です。ら、と言っても一人だし他の方と会ったことはないんですけどね。」

「そうだったな。機密性とは言え、同じ職場で働くもの同士がコミュニケーションも取れないのはどうかとおもうが。」

「職場と言ってもあまりここにはいませんからね。仲間意識なんて皆無ですよ。データを出力して運ぶだけ。所要時間は三十分もないですから。あ、有難う御座います。」


彼女は差し出されたコーヒーを受け取り一口飲むとテーブルに置き未開封のUSBをジュラルミンケースから取り出しステンレス製の作業台に並べると権田と呼ばれた男に確認をするように促す。

USBは全部で三つ。監視カメラデータ用、所内のセキュリティデータ用、そして培養槽の中のデータ。

権田はそれぞれに特殊なシールを貼り用途とサインを書き込むとそれぞれのコンピューターへ差し込み女性と交代した。


「いつもながら面倒な手順だな。流石に半年もやれば手慣れたもんだが。」

「機密保持の為ですからね。仕方ないのでしょう。まあそれでも週に三回は多い気がしますけど。」


ホログラムキーボードを滑らかに操作しながら彼女は微笑む。透き通るような優しく穏やかな声。セミロングの黒髪は艷やかで光沢があり彼女が動く度に心地よい香があたりに舞う。

権田は彼女に恋心を抱かなかったわけではないが自分の立場とこの特殊な環境のせいで密かな想いは心の奥底に眠らせた。彼は四十手前で彼女はおそらく一回りくらい年の差があるせいでもあるが何より目の前に広がる光景がそういった感情をものの見事に打ち壊す。悲惨過ぎる被害者達の現状に、罪悪感が込み上げてくるのだった。彼を除く他の四人はここに来てから肉を食べられなくなったそうだ。それと同時に贅沢や楽しみも何となく控えるようになっていた。

それを聞いた権田は自分がおかしい事に気付いた。いや、自分の研究が支持されない時点で分かりきっているのだが想像以上に割り切っていることに気付いた。


「まだ被害者は増えるのでしょうか?」

「どうだろう。犯人はまだ捕まっていないのなら、あるいは。」

「最後の被害者からもう一ヶ月経ちますよね?そのせいか関係者の間ではもう被害者は増えないだろうって空気が流れてるんです。みんなここを見ていないからしょうがないのですが、何と言うか・・・」

「軽薄、でしょ?貴方が感じたのは。それは私にも向けられるかもしれない。」

「そんな、権田先生はここで彼らをちゃんと人としてみてくれているじゃないですか。あの人達とは根本的に違いますよ。」

「そう言ってもらえるのは有り難いです。」


人の内側を見るには若すぎる。こういった所で年の差を彼は感じている。

被害者を人としてみてるのは間違いではないがそれはあくまで観察の対象としてであり生きた人に対する感情とはまったく別物だ。

少し、恥じてしまう。

飲み干したコーヒーカップをテーブルに置き彼女は少し赤らめた顔を誤魔化す様に話題を変えた。


「そう言えば先日、苑園博士と会いましたよ。綺麗ですよねあの方。」

「春日さんも引けを取らないですよ。司君なんかあの方に会うより君に会うのを楽しみにしているし。」

「いえいえいえいえわたしなんかとてもあの方にかなわなくてでもそうですかそういってもらえるとすごくうれしいですそれでそのせんせいは・・・」

「いやいや、春日さんもかなりのもの、自信持って。それで苑園博士は何か言ってた?」

「ああ、えーとですね。コホン、失礼します。『私は政府に豪邸を要求する!』って叫んでました。」

「何それモノマネ?似てるね。しかし、そうか豪邸ね。相変わらず何を考えてるんだあの女は。」

「先生と博士は同期って聞きましたけど、仲良かったんですか?」

「いやーどうだろう。少なくとも傍からは犬猿の仲って言われていたな。まあお互いの研究を否定しあってたからしょうがないが。まさか十年以上連絡を取り合って無かったのにお互い同じ対象を研究するとは思わなかったな。」


いつも丁寧に揃えられた顎髭を触りながら彼は話す。それを見て春日は笑みを浮かべそれが思い出す時の癖と知っている事に少しばかりの優越感に浸る。

権田の正確な年齢を彼女は知らない。知らされていないしお互い教えることもない。それが国からの最初の契約と制限だった。


ここの研究所に直接出入りする人物とプライベートの情報は共有しない。


最初の頃こそ挨拶を交わす程度だったが作業をする権田がたまに見せる髭を触る癖に気付いた辺りから彼女は急速に彼に親近感を覚え始める。

挨拶だけから天気の話、同じ所内で働くもう一人の若い男性の話題だったり事件の進展など、ここの施設に関わる話題を徐々に交わすようになっていった。そして上層部や国と自分達の間にある温度差に憤りを感じるようになる。最初にそれを吐露した時、権田は優しく彼女を咎めた。


『人は見たものにしか興味を示さない。見もしない者と君とじゃ価値観も考え方も違うのは当然だろう?見ようともしない者達にいくら言っても無意味だ。』


そして彼は少し小声で、それでもはっきとした意志で付け加える。


『吐き捨てたいものはここで出していけばいい。安心しろ。君一人の悪感情くらいいくらでも引き受ける。』


「やっぱり研究なんですね。」

「少なくとも彼女はそう思っているだろうな。私は出来れば目覚めさせてあげたかったが、それはそれで彼らには地獄だろうと思うがね。聞いたか?」

「・・・はい。処分されるそうですね。」

「・・・辛いだろう。君は確か何度か彼らが目覚めるの見ていたからね。」

「・・・はい。」

「数日以内に彼らは全員処分される。一応、国とお偉いさんには内緒で人として一般的な弔いはするつもりだから、あまり自分を咎めるな。それに国から腹いせに葬式代と墓代くらい分取ってやるから安心しろ。」

「・・・はい」


女性の涙には何歳になってもなれない。気の利いたセリフでも言えるなら、少しは違うのかもしれない。

処分は決まったばかりだが明日頃には正式な通達があるだろう。おそらくその書類には処分する日時が書かれている。そしてタイムスケジュールも。

春日にはああ言ったがタイムスケジュールの隙きをついて約三十体の遺体を弔うのは無理があるかもしれない。

公に出来ないここにいる彼らは平和な日本でも年間八万人はいると言われている行方不明者に組み込まれ人知れず文字通り処分される。まるで生ゴミの様に地中深くに。

それではあまりにも無慈悲すぎる。せめて死後の安らぎ位は与えてあげたい。なんとか手を打たなければ。







「警部、内務大臣からです。打ち切りだそうです。」

「なんだと!?貸せ!」

『君が現場指揮官の南條か。捜査は終わりだ。今後一切本件に関わるな。これは全捜査機関への正式な通達だ。』

「被害者がどこの誰かも分かっていないんですよ!それで打ち切りとはどう言うことですか!」

『君は声が大きいな。それはとても良い事だが今回は静かにしたほうが身のためだぞ。もう一度だけ言う。本件に関わるな。』

「くそったれ!切りやがった!」


投げ飛ばされた電話機は大きな音を立ててロッカーをへこませる。その場に居合わせt者全員が各々の作業を中断し警部と呼ばれた男へ視線を向けるも彼の鋭い血走った眼光で元の作業へ戻る。

白髪が混じっているせいか少し灰色に見える髪は無造作で無精髭とよれたシャツが彼が何日も家へ帰っていな事を表していた。昔気質、職人気質と言えば聞こえはいいが今の時代ではそれは粗野で身勝手なものであり彼についてこれる若いものはいな。一人を除いては。

蹴り飛ばされた椅子を元に戻し投げ飛ばされた電話機を拾い上げ机に置くとその青年はポットへ足を運び静かにお茶を湯呑に注ぎだす。


「どうぞ。」

「ああすまんな。」

「いいえ。それでどうしますか?続けるならお供しますが。」

「お前はエリートだろ。俺に関わると道を踏み外すぞ。」

「元々エリート街道なんて興味ありませんからご心配無く。」

「妙なやつだな。家柄も頭もエリート向きだろう。なんだって俺みたいなやつに懐いてんだ?」

「警部は僕の夢をご存知でしたっけ?」

「知るかそんなもん。」

「僕はね、まあ男の子ならみな一度は憧れると思いますがヒーローになりたかったんですよ。某特撮ヒーローのようにね。」

「まあそうだな。俺もガキの頃は憧れたが。」

「でしょ!?でもみんなは諦める!凡人ならば、普通の神経ならば!でも!僕は!なれる素質と才能があるんです!諦めるわけないではないですか!」

「うるせいよ!」

「痛い!」

「それでなんで俺んとこに来たんだ?聞いたぜ志願したって。上の連中慌ててたぞ。」

「むかーしむかーしヒーローになりたい美少年がいました。でも彼は知っていました。この世にヒーローなんていない、と。」

「その話そのまま続ける気か?もっかいぶつぞ?」

「あ、すみません。それはご勘弁を。まああれです。街の極悪人に絡まれ拉致されかけていた僕は貴方に救われた。その時!僕は!決めたのです!貴方のように、痛い!」

「うるさいって言ってんだろ!」

「まあそんなわけで貴方は僕の憧れなんです。トラウマを植付た張本人なんです。」

「トラウマって。そりゃ使い方あってんのか?」

「心情に深く痕を残した、と言う意味では。それで如何なさいますか。」

「そうだな。取り敢えず、旧友でも訪ねるか。来るか?」

「勿論です。」

「とゆーわけで課長!有給貰うぜ。」


課長と呼ばれた男は深いため息と共に畳み終わった新聞を机に叩きつけると丸眼鏡を外しレンズを磨き始める。二人を呼びつけ眼鏡をかけ黙って見つめる。その眼光は鋭く南條と同じ輝きを放っていた。


「関わるな、そう言われたんだろ?」

「しかしですね!」

「しかしもカカシもあるか。内務大臣自ら勧告してきたんだろ?関わるな。関わるなら有給などやらん。ただし結城と遊びに行くならやらんでもないぞ。」

「課長、あんた・・・」

「行くならバッジと銃は置いて行け。ついでにマンジさんによろしくと伝えといてくれ。」


そっと差し出された鍵を受け取ると南條は笑みを浮かべそれを握りしめる。それが何なのか問う結城を皮肉めいた笑い声であしらい鍵を彼に突き付ける。


「マンジさんちの鍵だ。俺がナビする、お前が運転しろ。」

「マンジさん?何方ですか?妙な名前の方ですが。」

「行けば分かる。」


不敵な笑み、と表現するならおそらく最適だろう。先程までの苛つきは微塵も感じられず今はやる気だけが漲って見える。もっともまるで果たし合いにでもいく学生のような殺気はやる気と呼ぶには可愛い過ぎるかもしれない。日本人にしては背も高く体格もいい彼が殺気混じりに闊歩すると少々周りは不安にかられるのだがそのすぐ後ろを付いていく優男の風貌の結城だけは心底楽しげに、そして彼自信もまた南條によく似た雰囲気を醸し出しているおかげで人受けの良さそうな外見とは裏腹にあまり人に懐かれることはない。

僅かなざわつきと慣れた奇異な視線を浴びながら二人は署からでるとまだ残暑の残る日差しを浴びながら熱を持った車へ乗り込んだ。


「まったく10月ってのになんて暑さだ。」

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