十六話
銃声と金属がぶつかり合う音は鳴り止むことはなくいたずらに時間だけが過ぎていく。疲弊した三人をシェリーが癒やすがそれも徐々に追いつかなくなってきていた。
常識外れの速さで振り回される大鎌を交わしなんとか懐に潜り込み斬りかかるもこちらも常識外れの硬い肉体に阻まれかすり傷一つつけることが出来ない。挙げ句、大型の身体から繰り出される力で無造作に抉られ跳ね上げられた岩石が礫のように三人へ襲いかかり近づいても引き離される。
幸い魔術や魔法といったものを使用してこないだけましまもしれない。
「くそ!あの左右交互に上から振り回されるやつが厄介だ!近づけない。」
「まぐれ並の確率だが俺が止めた時に一気に飛び込んで目を狙ってみちゃどうだ?流石に目玉はそこまで硬くねぇだろうし。」
「まぐれ並の確率に合わせる方の身にもなってくれ。椿!あの弾使えないのか!?」
「無駄よ。前に試したけど効かなかったの。それより男の子なんだからもっと突っ込みなさい。隙きさえ作ってくれたら、私でも目は狙えるわ。」
「お前の相棒こわすぎじゃないか?」
「もうなれた。それより次が来るぞ。」
驚異的な瞬発力で一気に間を詰める際に大鎌を地面へ叩きつけ更に加速して接近する。ゼノはその身軽さでその場を離れ榊は剣を構えその場で剣での防御に徹する。シェリーがかけた魔法のおかげで根負けすることは無いが僅かでも反応と剣の向きを間違うとそのまま切り裂かれそうになる。
剣と大鎌がぶつかった衝撃からなのか大鎌が振られる威力で発生した風圧でなのか榊の頬に一筋の切り傷が出来る。そんな彼を押し切ろうとしているのか不気味な雄叫びをあげ力が込められ体が沈む。しかしそれが間違いと気付くのにそう間を開くことはなかった。
雄叫びの次の瞬間には既にデンホルムに変異が出始める。背中、両肩甲骨のあたりが急速に盛り上がり彼の身長の倍はありそうな触手の様なものが生える。それは鱗に覆われており触手と言うより甲虫類の触覚に近いかもしれない。動き自体もあまり速さはなく、それでも目で追うのがやっとではあるが、触手の様な柔軟性は無いように見える。ただ、それは驚異的な硬度と力を持っているようで地面を抉ると弾くように岩石を飛ばしてくる。
その一つ一つが岩で殴られるような衝撃と痛みのため、榊は堪らずその場を離れ息吹を使ってしまう。痛みと傷は消えるが替わりに軽い眠気と気怠さが彼を襲う。
その時だった。椿から声が飛んできたのは。
「榊!剣を見て!」
なにを、と彼は思う。この状況で敵から目を逸らす事がどれだけ恐怖か、と。それでも彼はわりかし素直に剣をちらりと見る。が、特に変わった様子がない事に少なからず怒りが込み上がる。文句の一つでもと思った矢先に再び椿から声が飛ぶ。
違う、そこじゃないと。刀身を見ろ、と。
淡く光る紅い筋
銃声が響く。彼が目を離している隙きを突かれない様に椿が援護の射撃をしている。敵の目を狙いなるべくダメージを与えられそうな足の指を狙う。ダメージに関してはあまり期待は出来なかったが気を逸らすことには効果があったようだ。
「小煩いな。」
デンホルムはそう呟き手のひらを椿にかざす。手のひらから形成される30センチ程の円錐形の物質。それは彼の手から離れ、まるで砲弾の様な勢いで椿を襲う。みなが驚く声を上げる中、彼女は冷静に後方へ回転して飛びそれを躱す。
光は徐々に消えていく
「おい!何だ今のは!」
「私達じゃない!多分、貴方の力よ!」
そう言われても、と思う。再度見るも何時も通りただの紅い筋に戻っている。どうゆう理由で光ったのか見当もつかない。何をしたか必死で思い出す。つい先程のことだ、一体何をした?
(思い出した)
息吹。それを使った直後だ。椿が気付いたのは。彼はもう一度試みる。今度は傷を癒やすのではなく、痛みを和らげる程度の力で。
再び光る刀身の紅い筋
それが何を意味するのかはわからないが状況の変化には違いない。彼は決断する。
呼吸法から学んだもう一つの技。それは全身を活性化させていたものを極一部に絞り身体の一部を強化させるもの。何度か試したが制御が難しく肉体が保たない程の力が出たりするためあまり使いたくはなかったようだがそうもいってられないのだろう。上手く出来ることを願い下半身を活性化させ強化を試みる。前回行った時は筋肉が裂けたが。
(上手くいった!)
喜びも程々に彼は脚に力を溜めると一気に開放する。圧倒的なエネルギーを分散出来ずに沈没し抉られる大地。突進と言うにはぬるく紅い一筋の残像だけが彼の軌道を示す。
欠点はある。
その速度で彼が、人が出来ることなどそう多くはない。それはただ剣を相手に突き立てる、もしくは相手を突き破る為だけしか手段はない。
だがそれで十分すぎる。彼がもう少し成長すればその後の手段を行えるだろうが今はこの突きが精一杯だった。
それでも効果はあった。少なくとも希望が持てた。
無傷を誇った堅牢な肉体へ突き立てられた剣によって。
「貴様、なんだその剣は・・・」
顔をしかめ力任せに振り下ろされる大鎌を前方左側へ回転して避けると刀身にまだ紅い筋が光っているのを確認し更に追撃を試みる。避けた体制をそのままにしゃがんだ状態での大払い。片膝は立て足の指先から発生した力を逃げないようにする。剣先はデンホルムの脹脛を切り裂き勢いに任せその場で立ち上がりながら回転し更に2撃目を左下から右上へ斬り上げる。
呻き声は悲鳴に変わり苦痛は激痛に変わる。切り口から吹き上がる鮮血を少しだけ浴びた榊はその場からバックステップで離脱。それを確認できたゼノはデンホルムの背後から彼の首にワイヤーを巻きつけるとそれを手繰り寄せる勢いに乗り空高く舞い上がりデンホルムの頭上を飛び越える。着地間際の僅か数秒の間に複数の銃弾を榊が作った傷口へ撃ち込み傷口を広げそれを見逃さなかった椿もまた同じ様に銃弾を撃ち込む。
「ナ〜イス!お嬢さん♪」
地面を転がりなが身を守るゼノからの軽い称賛に少し照れた笑みを浮かべた椿をシェリーが面白そうに眺めている。
「シェリー!飛べ!大丈夫だ、俺達が全力で守る!」
いきなり飛べと言われて飛べるわけないだろう、とゼノはツッコミを入れずにいられなかったが当のシェリーは満面の笑みで頷くとその場で両手の指を組み神への祈りのように沈黙する。と、途端に彼女から流れる不可解な旋律。だがそれは決して不快ではなくむしろ心地よささえ感じる。
『私は願う あなたの加護を 捧げるは祈り 尽くすは御霊 永遠なれど受け入れる過渡は慈悲にあらず もたらされる変化 それは即ち受苦 されど私は願う あなたの慈悲なる加護を 願うは天使の羽の如き身軽さ 願うは天高く翔ける想い この身に受苦の慈悲を』
不可解な旋律が終わると彼女は奇妙な喜びの声を上げる。その身は光の粒に包まれそれはふわりふわりと舞い踊り彼女自身も薄っすらと輝いている。その輝きは次第に彼女の背中へと集まり一つの形を作り出す。
白く輝くそれはうっすらとその姿を現し大きく羽ばたくと彼女自身を舞い上げる。
それは純白にして半透明の天使の翼
ふわりふわりと羽ばたく度に漏れる光の粒がまるで羽毛のように舞っている。シェリーは歓喜に驚き、どれ程の旋回能力があるのか試すようにその場を飛び回っている。
「彼女が飛べるって知ってたの?」
「いんや、もしかしたならいけるかもってな。望めば叶うが境界が本人達もわからないから何を望めばいいかもわからないみたいだからな。ちょいとヒントを与えたらどうなるかなって。」
「呆れた・・・貴方って本当にその場しのぎが得意なのね。」
「言い方悪いなぁ。せめて機転がいいとかなんとか言ってほしい。おい、シェリー、あんまり飛ぶとパン・ゲフッ!」
「見てんじゃないわよ!」
「驚いたな。飛ぶことまでできるとはねぇ。」
「なんだそれは・・・そのふざけた能力は・・・知らない、私は知らないぞ!」
「おっさんが知ってることが全てじゃないぜ。そしてあんたは多分その杖の本当の使い方を知らない。」
「貴様!いつの間にッ!」
抜き身の刀身は多少周りが暗くてもその刃は白く映える。そこに一筋の紅い輝きが美しい軌道を見せる。その先にある惨状とは対象的に。
一瞬の隙きをついて急接近した榊は腰を落としたまま剣を横へ薙ぎ払う。勢いのついた剣は上半身を酷使し引き留めるとそのまま突きへと転化する。
だがデンホルムの負った傷は浅くただ態勢を僅かにずらしただけだ。そこをゼノが狙う。重心が右足へ移動したの見計らいそこへワイヤーを巻き付け力の限り引き上げる。デンホルムは完全に態勢を崩し片膝をつき反応が遅れ彼女が自分を狙っていることに気付くのが遅れた。
聞こえた銃声は2発。おしくも1発目はデンホルムのこめかみを掠めるだけ。だがそれもただの布石。彼の視線をこちらに向けさせるための。それはおそらく経験則の向上で可能にした技術。
2発目の弾丸がデンホルムから世界の半分を奪う。
奪われ、かつてない屈辱と苦痛を与えられた彼は我を忘れ怒りと力任せに暴れ始める。作り出された大鎌は目的もなく振り回され強靭な力と硬さをもった背中の二本の触角は闇雲に地面をえぐり大量の礫を発生させている。
暴れる大鎌を剣でいなし、弾き上げ、上げられた大鎌を椿が銃弾で更に弾き動きに制限を与える。ゼノが器用にワイヤーと銃弾で礫を叩き落としてくれなければ出来なかったかもしれない。
大きく開いた上半身に榊が容赦のない連撃を加える。剣先は左から右へ、切り返して戻ってきた剣を持つ右手を左手で受け止め掴み、力の流れに逆らわず軌道の変更を行う。下げられた刃は下から左右交互に縦の円を作るように斬り上げそのまま流れに任せ突きへと繋げる。
ゲームを真似しての剣技だがそれを現実に体現させるのは一苦労だった。動きのトレースだけならさほど問題はないのだがそれに威力をつける技術がわからず何度も修正と反復を行った。
突き立てた剣を抜き取り後方へ飛び下がり様子を伺うが思いの外、剣が刺さらず少し焦りを覚える。目的が意識をこちらに向けさせる為とは言えあまり攻撃に効果がないと流石に動揺を隠せないようだ。
絶叫と共に響き渡る雄叫びは既に人のそれとは異質なものに変わっている。人格の崩壊でも始まっているのか発する言葉さえ言語とは言えないものになっている。
やっぱりな、と榊は思う。
神々と呼ばれる者達が杖を使わなかった最大の理由がそこにある。精神と魂を凌駕する肉体の暴走。いや、暴走と言うよりは肉体による魂の汚染と言った方が正しいかもしれない。本来の目的を考えるならば肉体に魂は不要だ。しかしこの杖はまるで呪いの様に魂の有無にかからわず肉体も暴走させる。
それはおそらく神々を量産させる事を防ぐためのセーフティーになっているのかもしれない。神代より更に古き者達が自分達の身を守るために。
世界の主たる自分達を脅かす存在に力をつけさせないために。
そう考えるとデンホルムが神々の不良品と呼ぶただの人間に使うとこの彼の変貌は当然の結果だろう。
彼の残された左目に彼女に抱かれる杖が写る
唐突な圧力。見えない圧力で押し飛ばされる様な感覚。最初にデンホルムと対峙した際に経験した圧力。だが今回はそれよりも遥かに強力で、黒い。
まるで新月の夜空の様に
強い光で作り出された影のように
彼から感じる、増悪のように
まだ空に浮いていたシェリーがとんでもないところまで飛ばされそうになるが間一髪のところで椿に捕まえられほっと胸をなでおろす。榊もゼノもその場に留まろうとするがあえなく弾き飛ばされ闇の様なドーム状の広がりがおさまるのを待つしか無かった。
「シェリー!杖に意識を集中させろ!そうすれば刻印と封印の言葉が聞けるはずだ!」
榊が叫ぶ。それを聞きシェリーは抱いていた杖を両手で握りしめると意識を集中させる。既に背の翼は消えていたが別の光が彼女と杖を包み込む。まるで水面に作られる波紋のようにふわり、ふわりとそれは淡い碧色を発している。
『その姿 求めるなかれ その存在 認めることなかれ 我らを創りし滅びの祖 彼らを望みし生みの祖 ふたつの祖が叶えし想いはたゆまぬ歩みと緩やかな滅び 我が願いし想いは悠久の常闇への誘い 相いれぬ存在の永遠の安らぎ 滅びと不滅を願うあの者へ永久の眠りを 休まることのない静寂の闇を』
それはおそらくは悲鳴だったのだろう。
耳を覆いたくなるデンホルムの長い咆哮。もはや獣よりも意志の存在を感じさせないそれに意味を見出すの無駄だろう。
杖から発せられる淡い光はデンホルムが作り出した闇のドームを押しのけ、侵食し瞬く間に闇を喰らい彼を覆い尽くすと直前の一瞬の輝きが瞳に光の影を残す。黒から白へと変わったドームは徐々に縮小し次第にデンホルム本人を包むだけとなる。小刻みに震える彼の天を仰いだ絶叫に声は無く、大きく開いた口が虚しく空を見上げているだけだった。
流れる旋律は相変わらず不可解だが榊には今回の事でひとつはっきりしたことがある。それは霞とシェリーの様な神官と呼ばれる覚醒者が使う旋律は更に古き者達の言葉だと言うこと。そして彼女たちが覚醒者の中でも特に希少と認識されている理由がそこにあると言うこと。
それは普通の覚醒者が所謂神々に作られた存在に対し彼女達は更に古き者達に作られた人種、つまり神々と同等の存在であるという事実だった。
とんでもない話だ、と彼は思う。流石に当時に作られたわけではないのだろうがよく今まで血が途絶えず生き残ってきたもんだと感心してしまう。
「おっと、感心してる場合じゃない。奴はどうなった?」
「何に感心してたのかは聞きやしねぇが上手く行ってるようだぜ。お前さん知ってたのか、あの杖の秘密を。」
「さっきな。多分、見せられたんだろう。誰かさんに。」
「誰かさんねぇ?まあいい、あの杖は俺様がいただくぜ。かまわねぇだろう?」
「そんなわけあるか。それにあれはもう誰にも奪えねーよ。」
「それがへティカルの能力、てわけか。」
「へティカル・・・ああ、俺達は覚醒者って呼んでるらしいぜ?それに能力と言うよりありゃ制約の類だな。」
「制約、ねぇ・・・」
見る見る元の姿になるデンホルムを目の前にして二人はため息混じりに話す。嗅いだ事の無い異臭に顔をしかめ、生前の見る影すらなくなったその姿に顔を背ける。
後ろでは杖を手に入れたシェリーがはしゃぎながら椿に見せびらかしているが椿はあまり興味はなさそうだ。それよりもデンホルムの変身に興味があるようでチラチラと二人に視線を送り会話に入り込むタイミングを探っている。榊達の会話が終わったのを確認出来ると駆け寄り二人に色々質問し始めるが榊の目配せで察したゼノはそれとなく誤魔化し榊は榊で今はまだ全てが片付いたわけじゃないからと後で話すとなだめる。それよりも他の三人が気がかりじゃないのかとゼノに問われ初めて将達が置かれた状況を理解して慌てて本館へ飛び込んでいく。
それを見送りながらゼノはトニーに通信を入れた。
「そっちに彼らの仲間が向かったぜ。きりのいいところでお前も撤退しろ。」
『いいのか?結局なにも手に入れられなかったんだろ?』
「そーでもないさ。」
ゼノの指先でくるくると回される金属製の板。日も落ち、灯火もあまりないこの場ではそれはただの黒い板に見え何なのか確認出来なが彼の口元はこれ以上無いくらいに緩んでいる。とりあえず今はこの結界が消えるまでは身を隠す事を彼は長年の相棒に強く勧めた。
本館に入って早々、幾つもの黒い砂利の様な塊を見つけ三人は戸惑いを露わにする。それが何なのか見当もつかないがあまり、と言うか全くいい予感はしない。不穏な雰囲気を醸し出すそれらは出来るだけ無視して急いで階段を駆け上がるが榊は無理して酷使した下半身の疲労と悲鳴で思うように脚を運べず椿の苛立ちを隠せない囃し立てる言葉に焦りと彼女への完全な八つ当たりの怒りがこみ上げる。
手摺に掴まり先に行くよう促し二人を見送りながら深く呼吸をし身体の状態を整え改めて実感する。短めのワンピースは旅をするのには駄目だな、と。
少し赤面する榊を置いてさっさと屋上に出た二人は異様な雰囲気に固唾を飲まずにはいられなかった。
屋上の角でへたり込んでいる三人と尻をつき、空を仰ぎ肩で息をしているブノワ。ここまで来る間にあちらこちらで見かけた幾つもの黒い砂利の塊がここでは彼らを囲むように点在している。
駆け寄る二人に気付いた霞が今にも泣き出しそうな顔で将と睦生の服の袖を引っ張っていた。杖にしがみつき強がりるように立ち上がる将を見上げ睦生が苦笑いを浮かべてもう安全だとばかりに深くため息を吐き出す。
黒い塊を丁寧に避け駆けつけてくれた椿に霞は抱きつくと我慢できなかったのか声を上げて泣き始め、頭を優しく撫でる彼女に押し殺したような声でただただ怖かったと何度も告げた。
遅れてやってきた榊が問う。
「この黒い砂利みたいな塊は何なんだ?」
「・・・人です。」
「・・・は?」
「人だよ。元は、な。おそらく操蟲香とか言う代物だろう。中国の古い秘術のひとつだったか。命じられた蟲達が人を喰らい主の意のままに操る様はまさに字の如しだな。」
「なんでそんな物がここにあるんだ?これもデンホルムの仕業なのか?」
「いや、これは奴とは無関係だ。まあ説明するのも面倒だから省くがちょっとした犯罪者が逃げる手段に使った奥の手だな。」
「ちょっと、とか逃げる手段に使ったとか言う割には随分えげつないきがするんだが。まあ無事で何よりで。」
「それで?そちらはどうなった。ここに無事に現れたと言うことはデンホルムはもう始末したのだろうな。」
「こっちも面倒だから詳細は省くけどまあ簡単に言うと化物化したデンホルムをみんなで封印した。」
「そうか。」
そう呟いたブノワはどことなく寂しげに見えた。あの男の性格を考えるとあまりいい処遇は受けていなかっただろうにと榊は他人事ながらその姿を不思議に思ったようだが、忠誠と反逆を併せ持つ彼にとって胸の内を完全隠すのは無理かもしれない。
組織への忠誠とデンホルムへの反逆。それは組織を守り部下を護ると言う事とイコールだった。この組織の強大さと影響力故に、なくすわけにもいかずデンホルムを生かしていたがこうなった今、早く後継者を立てなければ内紛が起きてしまう。そうなればこの国は他国から食い荒らされるのは目に見えている。
デンホルムの、この組織の影響力はそれ程の強大なものとなっていた。そしてその力は誰もが手に入れたがっている。
面倒だな、と思う。
他の組織への報告と弁明、後継者の教育と指揮系統の管理。暫くは目が回るほど忙しいだろう。世襲制ならあまりそのあたりで面倒に感じる事は無いだろうがそれはそれで色々問題が出るだろう。特にデンホルムの子は少なくとも8人はおり彼らが争うと国が傾く。
憂鬱で頭痛がし始めたゼノを尻目に手摺に近づき消えた結界から見える暗い夜空を見上げながら榊はゼノとの会話を思い出す。
どこでどう付けられた制約なのか分からないが経緯は見当はつく。強大な力を個人に付けさせないためだろうが、みなはそれをどう思っているのだろうか。
全ての種族の能力を持つ者、適応能力の高さで様々な技術や知識を習得することが安易な者、それが覚醒者ならばタリスマンや武器の選択など必要ないはずだ。にも関わらずそれをしなければならない理由は、やはり個人の力の強さに対しての制限なのだろう。
もしくは覚醒者さえ量産された存在であるか、だ。
更に古き者が作り出したのが神々。その神々が作りしものが人間、その中から出現した覚醒者が偶然の存在とは思えいない。それに対立していた破滅種は誰がつくりだしたのだろうか。
ひょっとしたら、と思う。だがそれが事実だろうと今はあまり関係ない。自分を狙う者がいる、その目的がなんであれそれが最も重大であり真っ先に対処しなければならない現実だ。
中庭を見下ろし、いつの間にか消えたゼノの事を頭の隅に追いやり今は仲間たちが無事であった事に胸をなでおろす。咥え煙草で近付いてきたブノワが煙草を差し出し吸うかと尋ねる。
「じゃあ、一本だけ。」
火を付けてもらい深く肺に入れ紫煙を楽しむ。日本のと比べると随分違い少々荒っぽい味と香りに思わずむせてしまい涙目になりながら礼と謝辞を言う。目を丸くしたブノワは榊に背を向けると肩を震わせ何かを我慢しているようだが肩越しに微かに聞こえた声も若干震えているようだった。
「まったく日本人と言うのは。」
「ちょいちょい聞くな、そのセリフ。そんなに変か?日本人は。」
「変と言うより、あまり一般的ではないな。」
「あやまり過ぎなよ、日本人は。」
「お、あっちはもういいのか。」
「ええ、こっちのであった事も話したしシェリーの飛行や杖の事で四人で盛り上がってるみたいよ。それよりも!話して!あれは!どう言う事なの!私はあれを知っていいる。でも今日ここで見たあれは別物とあいつは言った。どう言う事なの?貴方は何を知ってるの?」
「俺も全部知ってるわけじゃないしそれが事実かもわからない。誤解を抱いたまま進むかもしれないがいいのか?」
「構わない。私は知らなければならないの。」
「わかった。あれは、神の器だ。俺の考えも入る話しになるけど。」
榊は語る。自分が車内で見た映像とそこから知った杖の秘密を。
「俺たち人間を作ったのは神だ。そしてその神を作った存在がいる。その存在を古代の人々は更に古き者って呼んでたみたいだけど。どう言う経緯で神を作ったのかは分からないが作る際にあの杖を使って作ったらしい。椿も他の個体を見たんならひょっとしたらあの杖みたいな奴が幾つも存在しているのかもしれないな。で、更に古き者はいつの間にかいなくなり神と神を作り出す道具だけが残った。」
自分達を作った存在がいなくなり彼ら神々はこの世を謳歌しはじめる。考え方や思想が似通った者同士で繋がり与えられた創造の力で身の回りの世話をする者達を作り出す。次第にそれぞのれの共同体は反発しあい他者を滅し始める。ただ唯一の存在と成るために。
そんな時代が続き神々は自分達の肉体に限界が来ている事を知る。神々は焦り魂の乗せ換えを試みる。当初は自ら作り出した眷属に自分達が乗り換える事を試みたがうまく行かず眷属の肉体は幾時も保たず滅びてしまう。そこで神々は自らの肉体を分析し理解し全く同じ様に人間を作り出した。しかしこれも失敗に終わる。眷属よりは保つがそれでもとても乗り換えに適した時間は得られなかった。そこで目をつけたのが更に古き者が残していった道具だった。
自分達を生み出したこの道具ならば新たに肉体を創造出来るのではないか。
「そう思い早速試してみた結果、ご覧の通り。更に古き者以外が使うと単一の個体が出来上がりとてもじゃないが使い物にならない。結局乗り換えは出来ずに神々の肉体は消滅したんだろうな。あのじーさんの口振りだと。まあ単純に能力が足りないから同じ見た目になるんだろうけど。」
「え、ちょっとまって。じゃあこの世界には神様を作れる道具が存在してるってこと?」
「少なくともふたつはな〜。更にびっくりな俺の仮説聞く?」
「まだなんかあるの?」
「ふふ〜ん。霞やシェリーみたいな神聖魔法使える存在は実は更に古き者の末裔かもしれないって仮説。どお?びっくりした?」
「そんなわけ無いでしょ。バカじゃないの?もしかして所有出来たからって理由ならあの男だって仕えたんだからそれが理由にはならないでしょ?」
「俺もそう思ったんだけど、過去に封印した奴は死んでるんだよね。その場で。」
「あんた本当にバッカじゃないの!?なんでそんな危ないこと彼女にさせたのよ!?」
「まってまってまって。マジでまって。ちゃんと無事で済む理由があるからマジでまって。」
「理由ってなによ!?くだらなかったら覚悟しなさいよね?」
「過去に封印した奴は杖からの言葉を聞けなかったんだ。流石にシェリーが聞き取れなかったら別の手段を考えるさ。」
「それでも!まだ幼いシェリーを使わないの!なにかあったらどすうるつもりだったのよ。いい?今度からちゃんと相談して。他の人の危険だけじゃなく貴方自身に危険が及ぶときも。」
「う。ごめんなさい。」
「それでよし。それで、神々を作った者の末裔って話は本気なの?そもそも神様自体実在してたの?」
「私もそれは気になるな。敬虔なる信徒と言うわけではないがな。しかし神々と表現すると一部の信者が怒り狂いそうだが。」
「実在したさ。それこそ気が遠くなるほど遥か昔の話だが。まあその話は置いといて、神聖魔法の使い手が更に古き者の末裔と仮説した理由は三つある。一つは更に古き者が作った杖を正しく使えた事。二つ目は彼女達の能力が何なのか本人達さえも理解出来てないこと。そして三つ目、これが決定的な理由なんだけど、それは彼女達が使う旋律だ。杖を使えなかった神々があの旋律を使えなかったって事は彼女達みたいな神聖魔法の使い手は俺たちとは別ルートの種族だ。言ってる意味わかるか?神々の言葉と更に古き者達の言葉が別ならその末裔である俺達と彼女達は当然違う言葉を話す。考えてもみろ、翻訳できるタリスマンを付けていて聞き取れない言葉があるのはおかしいだろ。逆に人間の言葉は国に関係なく翻訳してくれる。それはつまり本来の言葉で会話してるからかもしれないだろ?」




