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十五話

硝煙の匂いが鼻をつく中、四人はよく持ちこたえていたと思う。弾雨、とまでは行かないまでも少しでも彼らの動きがあると間髪入れずに放たれる弾丸にいい加減、辟易していた。幸い霞の魔法で着弾の際に飛び散る破片が無いのでそれを気にしないですんでいるが。

教室から教室へ移動しながら少しずつ敵を減らし、身を潜めてやり過ごす。通路を移動している最中に鉢合わせして背筋が凍る思いもしたが咄嗟に使った睦生の魔術で事無きを得る。人を殺めてしまうかもとの重圧は意外と将に重くのしかかり彼はあまり魔術を使えないでいた。使っても精々牽制程度の威力にしかならないようにセーブしている。

「!そこを左へ。すぐに身の安全の確認後その場で待機。」

ブノワの指示に従い通路を曲がり周りの確認をすると彼に安全を伝える。今までとは少し違い彼はすぐにはそこへ来ず相手を完全に鎮まらせてから三人の元へ転がり込んでくる。

「部下から報告があった。君達は正門前に急げ。妙な事になっているそうだぞ。」

「一人で大丈夫なんですか?」

「ああ、そろそろ部下も合流出来るだろう。私もこちらが片付いたらそちらに向う。」

銃創を抜き弾数の確認をすると改めて銃を構えなおす。自然としてしまう深呼吸に気付いているのか分からないが彼の気苦労はいかほどなのだろうか。

目の前で見せられた非現実的な魔術と言う現象でも彼はあっさり受け入れた。予め知っていたとは言えそれは少々意外だった。その彼が杖について、デンホルムについて、ほぼ思考停止で現状に流されていたが、先ほどの部下からの連絡で成すべき事に気付く。

『組織』を守り『部下』を護る。この二点のみだ。

「カマディアルのガキ共に躾をしないとな。」

ポツリと出た言葉には多少の恨み言が混じっている。

三人を送り出し彼らの背中を見守る。少し靄のかかった様な風景に滲む室内灯に照らされた背中と不規則な足音は徐々に離れていく。それは学校と無縁の人生を送ってきたブノワにとって何も感じないはずの情景だがどこかしら非現実的に感じる事に胸の内で首をかしげる。

「さて、と。」

思考を戦場に戻す。敵の正確な数は分からないがそろそろ終わりだろうと思う。彼は、正直よくこの数をこの場に揃えたものだと感心すらしていた。戦闘能力は正規の訓練を受けてはいないようだが、こちらの行動の裏をかかれたことが何度かあったあたり指揮を取っている者が噂通りに優秀なのだろう。

カマディアルのリーダーはアメリカ、ロシア、中東と各国で実績があり正規の兵士として欲しがる国もある。出生も本名も不明で彼の事を詳しく知る者は誰もいない。ただ不思議な事に彼は戦術や兵法だけで無く様々な物事に非常に明るく政治や科学、社交場でのマナーなど一傭兵ではとても身に付かない事にまで精通してる。一部ではどこかの国の諜報員との話もあるがその真偽は誰も知らない。

それ程の実力のある男がなぜ国の奪取など企むのか分からないが少なからず心を奮わせているのをブノワは実感している。

「そろそろ出てきたらどうだ、ダミア。」






常に、死が側にあった。

動かなくなった友人と何日も共に過ごした事もある。腐り落ち行く友だったモノに耐えられず無謀な逃亡を計った結果がおそらく今の自分なのだろう。

生き延びる為に身に付けられる技術と知識は貪欲に求めた。出来ない事には目をつむり出来ることだけをした。出来ない事もやらなければ死があるだけだったから。


おそらく、極端に、死が怖かった。

自分以外の者が死をもたらすことに耐え難い程に恐怖を感じた。


ある日の夕方にふと気付く。死を恐れた自分が死を振りまいている事に。そうせざるを得ない、そうさせている国々に。より多い死をもたらしているのが個人ではなく国だと言うことに。


確かあの時に決めたと思う。具体的にではないにしても。


死をもたらす国など滅べば良いと。滅ぼそうと。


手始めに、基本的な流れを知るために、人がどのような対策を取るのか知るために南アフリカの田舎町で験すことにしてみた。


人を、国を壊すのは暴力ではなく金だと知っていた。経済のシステムを根底から腐らせると国は終わる。根底とはつまりは人そのもの。


大量の紙幣を投入すれば人は自分が裕福になったと勘違いする。頃合いを見計らいあとは銀行の背中を少し押すだけで人と国は壊れる。


南アフリカでは上手くいきこの街を足掛かりにするつもりでいた。


(まさかこうなるとはな)


自嘲気味に緩む口元には煙草が咥えられている。紫煙を揺らしながら歩く先に見える灯りに彼は覚えが無い。

レミーのハッキングでこの学校のシステムとセキュリティは全て彼が掌握しているのだがこの男にはそれを知る術は無い。が、それを予測出来る程度には経験を積んでいる。

情報と結果を結び付ける事に長けていると言うべきかもしれない。それが経験によるものなのかこの男本来の能力なのはか定かではないが。

将達が地下に迷い込んだ事を知り集まった情報でデンホルム側の部隊がここに来ることを知った彼は早々に今回の計画を止めることにした。ある程度の歯車のズレは覚悟していたのだが今回は少しばかり手に余ると判断しての決断だった。


(案の定、だな。デンホルムの兵隊か。名は確かブノワと言ったな。)


まだ半分ほど残る煙草を親指でへし折り床へ投げ捨てる。踏みつける足裏には何も感じないはずなのだが妙な不快感がそこにはあった。

ブノワの名は戦場でも幾度となく耳にしていた。それがこの街の権力者の番犬などしていると知った時は思わず吹き出しそうになったがデンホルムの警護の前任者の話を聞いたとき納得してしまった。おそらく新設されたその中に顔馴染みでもいたのだろう。彼等を護るために要請を受け入れたのかもしれない。

彼の人物像を聞く限りでは義に厚いと聞く。


(あの怪物が何を企んでいるのかは知らないが随分と不憫な男だ)


地下から抜けた先には体育館があり彼は暫くそこに身を潜めるが程なく聞こえてきた微かに響く銃声に少々拍子抜けする。

(もう少し持つと思ったんだがな。中々に運の悪いのがいるようだな)

こちらから見付けに行くよりいぶり出されるのを待つ方が無難だろう。銃声をきっかけに周囲に配置されていたデンホルムの警備隊にも動きがあったようだからもう暫くはここで様子を見るのが得策と判断し彼は体育館入口に背を付け外の動向を注意深く観察する。

次第に銃声は地下から地上へ、そして本館へと移り行く。一つの銃声が加わった事に気付きブノワの参戦を推測する。

瞳を閉じ耳を澄ませる。内から響く心音を意識的に排除し周囲の音にだけ意識を向ける。銃声と正門前に止まる車の音。そこから構内へ踏み入れる三つの足音。不意に響く狙撃銃の凶音とその弾丸の今まで聞いたことの無い音。

最初に聞こえていた銃声の種類は三種類。どれも部下が使っている物と一致する。その銃声が地上へ移った直後に奇妙な空気の変化があったが例の者達が何かしたのだろう。

一つ気になる不穏な気配が何なのかは判断出来ないがあまり関わるべきでは無いかもしれない。この場を捨ててこのまま逃げても問題ないのだが折角手に入れた香炉を使ってみたくはある。

複雑な思惑とは裏腹に足は既に本館へと向かっている。身を潜めて移動しているにもかかわらず物音一つ立てないのは流石としか言い様がない。

入ってすぐに悶える部下を見つける。どうやら足を撃ち抜かれ身動き出来ないでいるようだ。足の付け根と傷口を縛っているあたりそこそこの経験はあるのだろう。こちらに気付きはしても何か言うわけでもなくただ痛みに耐えている。だからと言うわけではないのだが香炉の使い方が頭をよぎる。


死体が必要だ。


渇いた音が弾ける。銃弾と共に飛び散る肉片と鮮血があたりに黒い染みを広げていく。鉛とすえた臭い、それに少しだけ肉が焼ける臭いが鼻につくがそれもすぐに感じなくなる。

取り出した香炉を出来たばかりの死体に乗せ反応を伺う。と、思ったより早くそれは見ることが出来た。

香炉からぞわぞわと這い出る複数の蟲。四足で蜘蛛のような動きだがその身体は不気味な艶やかさで照りまるで無機質の様に見える。

それらは数十匹は這い出り無惨に撃ち抜かれた遺体を瞬く間に食べてしまう。

そう、食べてしまったのだ。人ひとりを。

何も残さずその場にただ蠢く蟲たちはまるで何かを待つように集っている。詳しく使い方を聞くべきだったと後悔するが今更である。この手の道具を使った経験はないが話くらいは聞いている。餌を与えた者の言うことを聞くはずだがその意思をどう伝えれば良いのかまではわからない。

ふと目に入る香炉。

(香炉、か?)

既に空になっているであろう香炉を拾い上げると蟲達が一斉にこちらを注視する。目さえ確認出来ないものが注視すると言う表現が適切か定かではないがとにかくそれらはピタリと動きを止める。

「命令か・・・傷付いて動けぬ者達がいる。好きにしていいぞ。」

何が擦れているのか分からないが不快な耳障りの音を立て蜘蛛の子を散らすようにそれらは思い思いに散っていく。

「さてどうなるのか、な。」

上の階から聞こえる銃声。おそらくブノワだろう。そろそろ始末しなければ面倒になる。







名を呼ばれ、彼は素直に姿を現す。お互い顔を合わせ直感したことがある。それはどちらか必ず死ぬということ。

「言い訳でもしてみるか、ダミア。」

「それに何の意味がある?知っているだろうブノワ。」

「確かに。で、どうする。抗うか受け入れるか決めてもいいぞ。」

「どちらでも、と言いたいが生憎だがそれを迫られるのはお前だと思うが。聞こえないか?」

「何を・・・」

うめき声と独特な香り。そして、後からの強力な首への拘束。赤みが消えたその腕は冷たく、硬い。金属や岩石のような硬さではなく密度の高いゴム質に近い硬さ。急に首を絞められすぐさま酸素不足に陥るが腕を掴み背負って投げ飛ばす。奇妙な香が鼻に突く。

銃を構え今しがた投げ飛ばしたものへ銃口を向けるがまたしても背後から、今度は羽交い締めにされる。人を凌ぐ腕力に骨が軋みを上げる。漏れる呻きにダミアの口元が緩んだように思う。

「思ったより考えて動いているようだな。獣以下の知能しか残らぬと思ったが。もしくは本能なのか?」

「なんだ・・・こいつらは・・・!」

「人形だよ、元は人間だが。しかし相変わらずあいつが持ってくるものは下衆いな。中国のとある墓地から見つかった物らしいが。」

「貴様・・・兵士の矜持すら捨てたか・・・!」

「何を言ってる?そんなものは元々持ち合わせていない。お前はあの戦場に情を持ち込めるのか?」

持ち込めはしない。が、主義にも似た誇りの様なものは常に自分の中に存在していた。そうしなければ生き残る気持ちが折れるからだ。

最初に投げ飛ばした男が起き上がり虚ろな瞳でブノワを見つめる。その顔には表情も生気も既になくただ不気味にゆらりと立っているだけだ。

おもむろに構えられた貫き手がまっすぐブノワを目掛け跳んで来る。普通なら耐えるがあの硬さで突かれると身体に穴が空いてしまう。躱そうにも有り得ない力で羽交い締めされると身動き一つ取れない。

終る、そう思った矢先だった。ふわりと湧き上がる風を感じたのは。


「風の刃!」


声と共に何かが目に前をかすめる。ぼとりと音をたてて何かが落ちる。見るとそれは先程まで彼を狙っていた腕だった。


「うりゃ!」


聞き覚えのある元気のいい声と鈍い殴打する音。羽交い締めしているものに殴りかかったようだが勢い余りブノワまで一緒に倒されるが思わぬ事態に拘束は緩まりそのままするりと抜け出すと手を貸してくれた若者を見上げる。

「何故戻った?」

「それよりこっちです!ここじゃあ彼らが戦えないの。」

まだ幼さが残る華奢な手に引き上げられ言われるがままに走り出す。後方は将と睦生が受持ち魔術と暴走気味の将が振り回す杖で上手く敵を引き離して四人は上を目指す。

上、つまり、屋上へ。

「あっちこっちにあいつらがいるんだよ。だからおっさんが心配で戻ってきたんだ。まあ半分はここから出るのを手伝ってもらおうと思ったんだけどな。」

「あれは痛覚がないのかもう死んでいるからなのか普通に攻撃してもお構いなしに襲ってくるんです。」

少し息切れ気味にそう説明し、人間を相手にしていた時よりは随分はっきり相手を敵と認識しているように感じる。

意識の切替が常人より遥かに早いな、と思う。先程までは人を傷付ける術はあまり使っていなかったようだが人のそれとの相違を感じると途端に躊躇なく腕を切り落としている。この切替の早さは戦場にいる時のそれに似ている。もっとも、この若さでそれができる者など殆どいないだろうが。

「それが君たちの力か。」

「なんだって?」

「何でもない。先を急ごう。」

大人として、プロとしていつまでも彼女の後ろを走るわけには行かない。霞の手をそれとなく離すと先頭を走る。そしてふと感じる矛盾。

後ろを気にせず走るのはいつ以来だろうか。






「くそ・・・最悪だ・・・」


巻き上がった砂埃と芝生が体中を叩くのを無視して彼はぽつりと呟く。微かに見えた幻覚がもし本当に現実にあったことならばもうあそこにいるのは人ではない。事実、粉塵に隠れているとはいえ揺らぐその影は既に人の体積を超えているのだから。


「あ〜らら。ちょおっとばかし遅かったみたいだな。」


榊と同じ目に遭いながらもどこか飄々としている。ベルベットのジャケットについた芝生を払い落とし彼は煙草に火をつけると少し大げさに紫煙を吐き出す。


「坊主、何か知ってるんだろ?」

「あんたこそ。それより俺は坊主って歳じゃないぞ。」

「守らなきゃなんねぇ男はみんな坊主さ。それよりどうだ?手はあるんだろ?」

「ならなおさら坊主じゃねぇよ。あんたこそ足引っ張んなよ。ちなみに俺には打つ手はない。はっきりいってぶっ倒すしか思いつかない。」

「おいおい、ゴリ押しかよ。」

「しょうがないだろ、さっき知ったばかりなんだから。そう言うあんたはどうなんだ?」

「こっちも似たようなもんさ。だが倒すにしろ他に手があるにしろ、あの杖を奪わなきゃ話になんないだろうな。そういやさっきまで妙な術を使う嬢ちゃん達と一緒だったんだがあんたのお仲間か?」

「なんだい一緒だったのか。仲間だよ。大切な。」

「ふ〜ん・・・じゃあお前さんも術を使うのか?」

「それが俺は剣士で術師じゃあないんだなぁこれが。だからなんにせよ俺は突っ込むしかないんだよ。」

「じゃあ後ろの二人は?」

「一人は銃を使うけどもう一人は多分、霞と同じだ。力は弱いかもだけど。」

「な〜る。じゃあちぃとばかし期待しとくか。お前さんが突っ込むなら俺は動きやすい様に撹乱しようかね。」

「あんたは何か出来るのか?」

「任せときな。おちょくる事に関しては俺は天才的なんでね。」

「かんだよそりゃ。さて、と。そんじゃあそろそろ行きますか。」


既に粉塵は消えている。そして現した老人は人のその姿とは全く別種のものへと変貌している。原型を留めてていない車椅子はへしゃげ、老人の玩具の様に持ち上げられていた。


醜い


一言で言うとそうなる。人を捨てるだけの価値があるようには、とても思えない。元の体を大幅に上回る身長はゆうに2メートルは超えている。モデルの腰より太い腕と男性の胴と同じくらいの脚。皮膚は凹凸が目立ち脈打っているがとても硬そうに見える。灰色がかった色合いあのせいかもしれない。

元々薄かった頭髪は全て抜け落ち剥き出しの頭皮は血管が浮き出ており欲にまみれていた眼光は更に禍々しさを増し不気味に光って見える。耳殻は両方共溶け落ち耳のすぐ下まで口が広がっている。


「ああ、いい・・・」


光悦としたその表情は非常に気味が悪い。妙な色の涎を垂らし彼はその身を震わせる。


「これだ・・・これが欲しかったのだ・・・!渇く事のない生命力と欲求・・・ああ!たまらない・・・!全てが私の思い通りに実現できる力だ。誰の手も借りず私だけが一人で全てを手に入れられる・・・!」


喋る度に揺れる肉体で一体なにがしたいのか理解に苦しむが、その力がどの程度なのかわからない今はあまり下手に手を出すわけにはいかないかもしれない。が、そうも言ってられないだろう。

いつの間にか反対側に回り込んだゼノは指を鳴らすと老人の気を引かせる。


「悪いな、話がまとまるのを待ってもらって。」

「まさか。己の肉体を堪能していただけだ。それより言葉を選べよ、人間。」

「もう神気取りか、案外気が早いんだな。じーさん。」

「神?神だと?気安くその言葉を使うなよ、小僧。貴様が思う神と私が知る神は別物だ。それに私は神になったつもりはない。」

「何故あなたがここにいるの!」


それは急だった。唐突に彼女は叫ぶ。誰もが予想外過ぎて反応出来ないでいる。

彼女にはその姿形に見覚えがあった。むしろ見覚えと言う生半可な言葉では言い表せないほど因縁があった。彼女が旅に出た理由そのものでもある。

七年前のあの日、最後に見たあの男は今、目の前にいる者と同じ姿型をしていた。確かに声も喋り方も全く違うがその姿を見間違うはずがなかった。


(違う、の?彼では、ないの?)


混乱が頭の中をかき回す。

違う事は理解しているが気持ちが、感情がそれを理解していない、そんな感じだった。



「そうか、この姿を知っているのか。それは不幸なことだな、娘よ。」


彼はまるで自慢でもする様に雄弁に語る。話しを続ける。


「この杖は神の力を宿すためのもの、ではない。神の力に耐えうる器を創るためのものだ。」


確かめるように、味わうように彼は何度も拳を作っては開きうっとりとした瞳でその仕草を見つめる。


「私はね、人の身体が嫌いだったのだよ。脆く、病みやすく、醜く老いていく。それが堪らなく我慢できなかった。別に永遠に生きたいわけでも強大な力で混沌を撒き散らす存在になりたいわけでもない。ただ、人生に耐える肉体が欲しかっただけだ。たとえそれが量産用の肉体でもな。」


満足したのか彼は頷くと小刻みに震える椿を見つめる。その震えが怒りなのか怯えなのかは判断できない。


「娘。この姿は、ただの器だ。コピーの様に量産される。魂が受け入れられるかはともかくな。お前が見た者もおそらく私と同じ様に古い力をつかったものだろう。あえて、その後は聞かないがな。」


彼の話を鵜呑みにしていいかわからないが別種のもと完全に認識した彼女は改めて銃を構え直す。

震えは、止まっていた。


「へティカルの存在を知り、太古の力を知った時、私はあらゆる伝手と財を使い神と呼ばれていた存在知った。その者達の遺物の存在も。驚いたよ、それまで私達が神と思っていた者達が人種の一つと知ってな。この杖はな、その者達より遥かに古い存在が作り出した遺物なのだよ。考えても見ろ、自らの魂を入れる器は不完全で受け入れられないはずが耐えうる器を創るこの杖は存在している。矛盾していると思わないか?答えは簡単だ。杖を作り出した者以外が使用しても神の肉体を創ることは出来ないのだよ。つまりこの姿に成ることが堪えられない神たちはこの杖を使うことが出来ずに自分達に似せた人を作った。それも失敗し自分達が滅ぶのだから何とも陳腐な話だがな。さて・・・」


榊達の準備は整っている。それでも手を出せなかったのは彼の話に興味が湧いたからであるがそれと同時に人としての意識も持ち合わせているように見受けられたからだ。彼が言うように肉体が欲しいだけならば、今後、その体を使って欲望のままに行動されてもこちらが受ける被害はないと打算的な思いがあったからだ。正直、この得体のしれない生物の相手をするには勇気と決意をする時間が足りないでいた。だからこのままこの場をやり過ごせるならばと、思っていた。

榊以外は。

彼は過去に杖を使ったものがどうなったかのか、断片的にではあるが見ている。そこに希望はなく、破滅的な現実しか待っていない事を知っている。だから楽観的な希望は最初から持ち合わせていなく最悪の想定ばかりしている。

それでも、その想定が外れることを僅かでも捨てられずいた。だから目の前の生物が一通り説明し終えた後に発した言葉には落胆した。


「そろそろいいだろう。興味など無かったのだがな、なんと言うか、衝動が抑えられん・・・」

「やっぱそうなんのかよ。」


真っ先に行動に移すのは榊だが椿の弾丸がデンホルムの眉間を捉える。が、何事もない様に受け止め弾き落とす。

人の限界を超えた榊の突進よりも速いデンホルムの右手による突き。殆ど目に写らないそれを勢いのついた今の榊には躱すのは不可能だ。彼は出来るだけ耐えられる様に身体を硬化させるがどれ程期待出来ると言うのだろうか。

一瞬、その腕が止まる。何が起きたか確認する程、愚かではない。榊の勢いは緩まずそのままデンホルムへ刃を突き立てる。


「くう〜なんて力だ。手首が飛んでくかと思ったぜ。さ〜て俺の弾は効くかね。」


彼の軽口は虚勢ではなく自制の一つだ。冷静に判断出来なければ裏の稼業で名を上げることなど出来なかった。

デンホルムの腕に絡まった極細のワイヤーは真っ直ぐとゼノの手首にはめられた腕輪へと繋がっている。引き寄せようとするも力の強さで負けており逆にそのまま引き上げられる。いや、投げ飛ばされる、だ。

身動き出来ない上空で器用にワイヤーを手に絡め飛ばされる方向を変えデンホルムの襟首へふわりと舞い降りると銃口を彼の頭頂部へ突きつけにやりと笑う。


「この距離ならどうだい、じいさん。」


銃声は立て続けに2発。が、ゼノに浮かんでいた笑みは消え失せ更に3発を撃ち込むも弾は潰れそのままパラパラと地上へ落ちてゆく。舌打ちと共に腕輪からワイヤーを切り離しデンホルムから飛び降りると弾を補充する。

一方、突き立てた剣を握りしめられ動けずにいた榊は剣を手放しその場を退避していた。弾丸さえ通さないその肉体に剣の刃が役に立つと思えない。せめて魔術が使えるあの三人が来てくれたら状況を変えることは出来るかもしれないが今はただこの目の前の怪物をこの場から動かさない様に手を出し続けるしかない。幸いこの場にはシェリーがいるからある程度の補助は受けられる。事前に聞いていた話では霞ほどの力はないが軽度の治癒くらいなら可能らしい。

望みの薄い思惑を張り巡らせながら彼は記憶を辿る。手元に戻した剣の柄を握りしめ車内で見た映像を詳細に思い出す。


(あれは多分、杖にまつわる人たちの記憶だ)


それがなぜ自分に視せられたかは分からないがあの中にヒントがあるはずだった。少なくとも一度は今回の様に杖が使われ変貌した人物がいるはずでありそれを治めた事もあったはずだ。

杖を天高く掲げ喜び叫ぶ一人の男。その次の風景は多数の人が傷つき横たわり悲観に打ちのめされている男性。

その直後が思い出せない。


(いや、思い出せないんじゃない。視えなかったんだ。暗い情景の中、一言だけあった。そう、確かこう言っていた。杖を所有しろ、と。奪えばいいのか?それで所有したことになるのか?もしかしたら俺たちが使っている武器と同じ様に刻印が必要なのかもしれない。)


ふと、デンホルムと丘で戦った男の言葉を思い出す。デンホルムの言った『神の完全なる未完品』と男の言った『本物』と言う言葉。おそらくこの2つの言葉は同じ意味では無いのだろう。

神に似せて作られた人をデンホルムは『不良品』と言った。ならばそれが本物と呼ばれることはないはずだ。

神の魂を卸す為の肉体を創る杖。

その杖を創ったのは更に古い存在。

神の未完品が人ならばもしかして『本物』を創ったのは更に古い存在なのだろうか。だとしたらこの場であの杖を所有出来る者は自分と・・・


「シェリー!援護するからお前があの杖を手に入れろ!」


勘だが、霞とシェリーの力はおそらく神とは別種の存在から与えられたものかもしれない。そしてその存在とは更に古い者達。もし刻印が必要ならば剣を使う自分では所有できない。霞が確実かもしれないが今この場にいない者に希望を持つよりかは可能性があるだろう。

唐突な指示にシェリーは呆けているが椿の呼びかけで榊の指示の意味を理解してはいないがなんとか近付こうとしている。


「何を企んでいるか知らんが杖を奪ったからといって効果が消えるわけではないぞ。だが・・・」


デンホルムはそう言うと手のひらを地面に向ける。彼の手のひらと地面の間に奇妙な、放電にも似た幾数の光の筋が交差するとそれはゆっくりと地面から浮き上がってくる。姿を現したの彼の身長より更に大きなひと振りの大鎌。それは全身が黒く紫色の怪しげな光を纏っている。


「黙って渡すほど、甘くはないよな。素晴らしいだろう?記憶にあるものは錬成できるようだ。もっともこれは私の記憶から錬成したわけではないのだがな。さあ始めるぞ。そろそろ衝動が抑えられん。」

「その衝動は誰のものなんだ。」

「おかしな事を言うな。私のものに決まっているだろう?いや、私の・・・?」


「そのまま混乱してくれると助かるんだがなぁ。」

「じゃあやっぱり人格に破綻がでるのか?」

「ありゃ量産型なんだろ?神とやらの魂を入れるための。さて、じゃあ元の人格と入れる魂の選別はどうやってするんかねって話さ。一つの器に複数の魂は入らんだろう。」


いつの間にか榊の傍らにいるゼノがそう説明する。目の前でデンホルムが微妙に行動の時間差が出始めほぼ確信したようだ。


「そんじゃ、まあ善処しましょうかね。」

「せきる限りは、サポートするぜぇ。トニー、という訳でそっちからも援護よろしく。」

『りょーかい。あんま無理すんなよ。ありゃとんでもねぇぞ。』

「わかぁてるよ。お前も安全圏にいるからって安心すんなよ。はっきり言って何が起こるかわかんねぇぞ。」

『ああ。あ〜そっちもだが屋上の連中も援護したほうがいいんだろ?なんかわらわら湧いてる奴らに囲まれてるぞ。』

「なんだと?いや、こっちよりそっちを頼む。」

『了解。』

「なんだって?」

「いんやぁこっちの話さ。気にしなさんな。さて、行こうか。」

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