十四話
男は中心に立つと回りをじっくり見渡す。その眼差しは鋭く、瞳に映る全てをあらゆる可能性で考える。閃きは重要だが経験を彼は重視する。
(全部で十二種類、か?格子模様・・・)
「こいつは確かケルト人の文化だったな・・・ケミー、聞いているか?」
『聞いてるぜ。何か問題か?』
「ケルト人と格子模様の関係を調べてくれ。」
『ちょっとまってくれ。ああ、それよりこっちからも報告があった。そっちのシステムは乗っ取ったがどうも最上位の権限を持つキーが使われているようだ。パスも解除しちまうからこっちじゃどうしようもない。ちなみに今は図書館にいる。』
「おいおい。今頃言うなよ。」
『ああ、出たぞ。ケルト人と格子模様の関係だがドルイドの信仰が元だな。植物、特にヤドリギとオークを神聖視していたようだ。』
「ヤドリギとオーク・・・」
先日手に入れた彫刻品を取り出しかざしてみる。拳ほどの大きさの丸く造られたそれは透かしの格子模様と小さな花の様な飾りがついていた。
「そうか。こいつはヤドリギだったのか・・・ヤドリギ、ヤドリギ、ヤドリギ・・・」
もう一度室内をよく見渡す。壁際に近付くと十二種類の飾り付けを一つ一つ触り形の確認を改めて丹念に行う。それぞれ下には溝が掘られ床に沿って続き礼拝堂の中心で交わっている。
「オークはこれか・・・」
一周した後、一つの飾りにいき行く。そして足下の石碑が目に入る。それは床と同じ材質で出来ており見慣れない文字のせいで模様のようにみえる。文字が彫られた石碑の写真を撮るとそのままメールに添付した。
「ケミー、今メール送ったから文字の解読を頼む。おそらく神代文字だ。」
『りょーかい。ああ来た。しばらくまってくれ。』
「ほいほーい。さてと・・・」
珍しいな、と最初の印象はそうだった。普通の礼拝堂は円形には造られないし聖地の関係上、東側にある祭壇もここでは北側にある。
円形に造られるのは中世以前の特徴だし神代文字が彫られていた石碑があるのを見る限りこの建物自体が紀元前のものかもしれない。
「そんな古い建造物が今も残っているものなのか・・・?」
材質はおそらく石材だろうがそれでも随所に木材が使われている。二千年以上耐えられる木造の建築物を自分は知らない。そんなものが存在しているならば話題になっているはずだ。
「確か法隆寺が千三百年くらい、か?色々妙な建物だな。」
『でたぞ。メールで送る。』
【求めるは再生 献げるは生命 纏いし万物は万能なれど人の身ではかなわず 得た対価は浄化されず終わりが始まりとなる 無限は有限の繰り返しであり永遠にあらず】
「なんだこりゃ?」
『おそらくなんらかの注意書きだな。止めといたほうがよくないか?そこの美術品でも十分価値はあるだろ。』
「そーもいかないのよ。止めたら怒られちまう。」
『いい加減あの女とつるむのは止めにしないか?前回もひでー目にあったろ。』
「あれは手違いだ。」
『手違いでなんでダムの底に沈められなきゃいけねーんだよ。目を覚ませ。』
「うるせいよ。通信切るぞ。」
最後になにか言いかけていたようだが無視して通信を切断する。彼女との関係は常々他の二人に懸念されているせいでその話題になると逃げる癖がついていた。
「わかっちゃいるんだがどうにもこうにもなぁ。」
『惚れた弱みってってやつか。』
「聞いてたのか?」
『当たり前だ。オレも奴の言い分には賛成だがな。それより今は周りに気を付けろ。妙な連中が囲ってるぞ。最悪、建物の外にいてくれたら援護してやる。』
「わーてるよ。」
微かに聞こえる銃声。それも一発ではなく複数回。
「おい。聞こえたか?」
『いや、こっちには何も。何かあったのか?』
「銃声だ。見てくる。」
『あ、おい。ちょっとま』
最後まで聞かず通信を切り入り口の壁に背を付け銃を構えると外の様子をうかがう。
「確かに妙な気配を感じるが銃声は・・・こいつは地下からか?さーてどうしたもんかね。」
まあいい。今は宝樹を手に入れなければ。ここへ入ろうとする者がいればトニーが何とかしてくれるだろう。なにせ彼はおそらくこの敷地内を全てカバー出来る場所にいるだろうから。
「さぁて、何が出るのか。」
「それ以上近付かないでくれ。」
突然の訪問に彼は驚きもせず静かに両手を上げる。
「さすが、状況をよく見ている。」
「見ていたらこんな状況にはなってないだろ。で、何の用だ。デンホルムの番犬。」
「あんたに知っててもらえるとは光栄だな、ゼノ。」
押し付けられていたであろう銃口は背中から外され彼はそのまま訪問者に向き合う。そこに立っていたのは短髪の精悍な顔立ちの男。おそらく三十代半ばくらい。何気なく着こなしてはいるがそのスーツはこの男の為にあつらえたものだろう。優美性と機能性を兼ね揃えた高級品。
「その名は嫌いじゃねーぜ。こんな場所で会うとはな。どうした、神様をデートにでも誘いに来たか。」
初めて見る噂の男。裏の世界でその名を知らない者はいない程の名が売れた男。本名は誰も知らずいつ頃からか『ゼノ』と呼ばれるようになっていた。
『ゼノー異端者ー』
「私たちがお前を張っていたのは知っていたはずだ。何故来た。」
「俺は女神様へのプレゼントを探しに来ただけさ。」
「それは是非こちらにも貰いたいものだな。お前が持っていてもしょうが無いだろう。」
「それを決めるのは俺じゃあないんでな。それに約束を守るのはいい男の条件の一つだ。お前さんこそ諦めてくんねぇかなぁ。宝は女性が身に付けてこそ輝くもんだろう?」
「悪魔が付けてこそ力を発揮する宝もあるさ。」
『儂を悪魔と呼ぶか。まあ間違いではないかもしれんな。』
聞き慣れたしゃがれた声。にも関わらず意志の強さだけはやたらとはっきり伝わる声。声質とのギャップに嫌悪感すらいだかせる。しかしその声の持ち主がここにいるわけない。彼はベッドから起き上がりことさえ困難なはずだ。
『安心しろ。そこにはおらん。』
(完全な無音のドローンだと?あぶねぇもん作りやがって)
部屋の隅の天井付近で浮かぶ黒い三角形の物体。そこから聞こえる不快な声。それは更に続けられる。
『ゼノ、と言ったか。それをこちらに渡してほしい。お前にはそれは荷が重すぎる。』
「あんたこそ諦めたらどうだ?これはあんたが思うようなものじゃあないと思うが。」
『いや。それこそ儂が求めるものだ。』
強烈な耳鳴り。脳を揺さぶり意識が途絶える程の頭痛が二人を襲う。堪らず耳を押さえるもあまり効果はなくその場に崩れ落ちる。
『思ったより使えるようだな。ふむ?このまま製品化するか。』
ドローンはゼノが崩れ落ちる際に落とした彫刻品を拾い上げるとそのまま格子模様の一つにはめ込む。すると十二種類の格子模様の飾り付けは溶け出し溝を通り中心で混ざり合うとそれはまるで鍾乳石の様に床からつらら状に伸びてくる。
『後は頼むぞ。ブノワ。』
「トニー!今出たドローンを撃ち落とせ!」
『すまん、無理だ。あれは、早過ぎる。』
「くそっ。まんまとやられた。おい、ブノワ。あいつの屋敷に案内しろ。あいつがあれを使うのはヤバすぎる。」
「・・・!お前、もう回復、出来たのか。」
「慣れだこんなもん。早く起きろよ。宝樹はあいつが使うとやばい。」
「あれは何なんだ?治療薬と聞いていたが杖に見えた。」
「よく聞け、あれはな・・・」
「くそったれ!あいつらはなんで銃弾を弾いてるんだ!」
「知るか。それより早く始末しないとおれらがやばい。」
「あいつら東洋人か?幼く見えるせいで罪悪感が半端ないんだが。」
「ガタガタ言ってねぇーで迂回して先回りしろ!近距離なら弾も当たるかもしれねぇ!」
「なんで上がらなかったんだよ!無茶苦茶ピンチになってるじゃないか!」
「うるさいな!あの時はいけると思ったんだよ!体が急に軽くなったら誰だってそう思うだろ!?」
「なんないよ!何だよ『俺は無敵だ!』って!馬鹿なのか!?」
「お前だって賛成だから付いてきたんだろ!?俺のせいだけにすんなよ!」
「秘策でもあると思ったんだよ!新しい魔法でも出来たのかって!」
「俺がそうポンポン作れるわけねーだろ!」
「こんな時に喧嘩しないでよ~。早く上がれる場所探そうよ!そろそろ榊さん達も帰ってくる頃だからきっと大丈夫だよ!」
「消火器発見!あそこじゃね?睦生、通路遮る様に障壁作れるか?」
「ああなるほど。やってみる。ってなんでもっと早く気付かなかったんだよ!」
「お前が言うなよ!」
比較的治まり始めた銃弾は将達が脇道に入ると同時に完全に止む。障壁で進めなくなった男達が迂回しその場から離れた為だが焦る三人にはそれを確認する事はなく慌てて梯子を登り切ると図書館の壁を急いで本棚で隠す。
一安心とばかりにその場にへたり込むがあまり時間が無いことはわかりきっているので携帯を取り出し榊に連絡をするも繋がらず仕方なしに立ち上がり図書館を出ることにした。
気付かれからの疲労と不安が三人を襲う。榊に連絡つけば何とかなると思っていただけに
余計に気落ちしているようだった。ただ彼に対して安心感をいつの間にか持っていた事にはあまり気付いてはいないようだった。
ふと、睦生が電気が点いている事に触れあまり一カ所に留まらないほうがいいだろいと指摘し三人は隠れる場所が多い本館へ移動することにした。電灯は全部点いているわけではないようで三割位が室内と通路に光を灯している。
本館へ足を踏み入れたときに中庭から迫る二つの人影に慌てて二階に上がり身を潜めるとそつなくやり過ごす。何か言い合っているようだが内容まで確認できない。
ふいに、将がびくりとする。奇妙な呻き声も洩らすが携帯電話のバイブレーションに反応したようで慌ててポケットから取り出している。
『そこから誰も何も出さないでくれ!』
榊の切羽詰まった声。それが何を意味するかなど三人にはわからないが彼が言うのであればとても重要なことなのは理解出来た。
不思議な事なのだがまだ出会って一月も経たない仲にも関わらず榊へ対する信頼度や安心感は無条件で受け入れられる。
皆、それを疑問に思わず当たり前の様に受け入れている事は少なからず驚くべき事かもしれない。
「試してみたい事があるの。」
将から榊の伝言を聞いた霞は言い終わらないうちに杖を出すと祈りでも献げる様に両手の指を組むと歌うように奇妙だが優しい旋律を口ずさむ。
柔らかな光の粒がいくつも舞いそれは次第に彼女を中心にゆるりと回り始めると急に花でも咲くようにはじけ辺りの空気は一変する。
その雰囲気を、空気を、二人は知っていた。
あの丘での戦闘を思い出し体が急速に熱を持つ。一筋の冷や汗が頬を伝い二人に不快感を与える。
「お前、それ・・・!」
「出来た・・・」
深く息をはき出すと彼女は小さくつぶやく。とても嬉しそうに拳を握り締めている。
「あのおじさんが使った術、とはちょっと違うけど。あれは便利だなって思ったから作ってみたの。知っている事象なら比較的簡単に作れるみたい。」
そう話す彼女を呆然と見つめると彼らはお互いの顔を見合わせる。呆れると同時に末恐ろしささえ感じる。
「えっと、違うってどの辺が?」
「誰も出入り出来ないのは一緒だけど、あれは原理がわかんなかったから、私の勝手な解釈で作ったの。」
『素晴らしい!これが の枝か!』
『これさえあれば我らの教えは完全なものすることが出来る!』
『あれは使うべきではないと申している!本来の信仰と相容れないものだ!』
『神々の遺物、我らこそが譲り受け引き継ぐ義務があると言うもの!そなたらの行為は神々への冒涜だ!』
『我らは判断を見誤った・・・すまない・・・時の子たちよ・・・』
『所詮は人よ・・・神の模造品でしかない存在・・・』
『何としても護れ!ウェールズの宝樹は持ち出すには危険すぎる!』
『頼む、これの封印を・・・』
世の中にはご都合主義と言う便利な事象がある。今回の榊はまさにそれなのだが一応、それなりに気付きに繋がる噂を集めてはいた。
皆がヴェルノから聞かされた事件を調べているなか一人見当違いの噂ばかり聞かされていた榊はその事実確認をギルドへ頼んでいた。
その結果を今まさに知らされた事がご都合主義のそれだった。
一度目の電話で彼は反政府勢力と裏の組織の存在を知り、街に入った直後にかかってきた二度目の電話でレスターに伝わる秘宝の存在とそれを欲する者の存在を知った。そして秘宝の名を聞いた時に流れ込んできたフラッシュバックでその危険性を知る。
光を直接脳に叩き込まれたような痛みのない激痛に目眩で洩れるうめき声。2、3分の出来事なのだろうが身体が回り続けるような感覚に若干の吐き気を催す。
「なんだ今の・・・!」
「いきなりどうしたの?大丈夫?」
「ああ、大丈夫。それより将に連絡しないと、あいつらひょっとしたら危ないかもしれない。」
それに、と言葉を濁す。最後に見えたあの男は地下で戦った男と同一人物かもしれない。地下で見たときより人間らしさがあったが身なりはお世辞にも良いとは言えずそれどころか随分傷だらけだった様に見えた。
ドルイドの司祭達が怯えたウェールズの宝樹と呼ばれる杖。悲劇が起きたであろう悲痛な叫びと嘆き、そして封印を切に願う男。それは杖がもたらす至高の力は人では扱えない事が真実と判断出来る。
大学での調査をしている事を知っていたギルドから最初の連絡の際に今日は近付かないほうがいいだろうと忠告を受けていた。何やら不穏な動きが組織でみられるからと。人の集まりが目に付く、と。
ウェールズの宝樹の話を聞いたからかもしれないがその組織がもし宝樹を探しているとしたら、反政府勢力が今回の大学で起きている不審な事件と関係があったならば、安易かもしれないがその考えが正しいなら将達はその渦中にいることになる。いくら魔術が使えるとはいえ生身の人間相手に使えるとはとても思えない。それが出来るだけの覚悟と経験を、彼等は積んではいない。
上手くいけば反政府勢力と組織が対立してくれるかもしれないがあまりそれに期待するわけには行かないだろう。それにこれは直感だが杖を持ち出されたら良いことは起きない様に思う。
大学の門へ着いた榊は二人に簡単な説明をするとシェリーから一つ提案がだされた。
「最近ね、霞が術を一つ作ったの。彼女と私は同じ力があるから相談されたけど、彼女の力は私の力より数段強いの。」
一旦区切りもったいぶったような、ちょっとした悪戯を企む子供のような笑顔で彼女は人差し指を立てびっくりしろと言わんばかりに少し大袈裟に続きを話す。
「なんと!結界?を作れるようになりました!しかもしかもその中で彼女がオブジェクトと判断した物は移動も破壊も出来なくなるの!びっくりでしょ?」
「は?」
「結界ってあの男が使ってたみたいなやつ?」
「あ~うん、なんかそんなこといってたかな?凄かったんでしょ?」
「凄いつーか不思議っつーか。まああれが出来るならお構いなしに魔術が使える、のかな?銃とかも。」
「失礼ね。私はそこまで無法者じゃないわよ。」
「まあ、なんにせよ、構内に入ったらそれを使って貰おう。杖がここにあるなら、多分危ない。」
気を抜いていた訳ではないが少し、油断はしていたかもしれない。しかしそれでもまさかいきなり狙撃されるとは思いもよらなかった。
それなのに、だ。驚愕の声を上げたのは彼女達だけで無く狙撃した人物も自分の目を疑った。経験が否定しなければ信じなかったかもしれない。
足を踏み入れる直前、彼は背筋が抜かれるような冷たさを感じる。それが何を意味するかなど分かるはずも無くただただ身体は無意識に反応する。
少し腰を落とし左下から右上に振り上げる手の中に込められた闘志で剣は具現化し半月を描くように何かを弾く。一瞬で消え入る空気が弾ける音。それは、金属があげる悲鳴。
「嘘だろおい。何モンだあのにーちゃんは。」
狙撃銃を担ぎ火を点けたばかりの咥えていた煙草を握り潰すとその場を慌てて離れる。場所が特定されると色々厄介なのだから仕方ない。
「おいゼノ!とんでもねーのがいるぞ!なんだありゃ!?」
彼の名は知らない。本人もこの名を気に入りそう名乗っているから仲間内でもそう呼ぶようになっている。誰が名付けたのか知らないが随分、皮肉な名だなとは思う。
インカムを通し報告とも苦情とも取れる内容に相手はあまり驚いてはいないようだが返ってきた内容は予想外に切羽詰まったものだった。
『トニー!今出たドローンを撃ち落とせ!」
「すまん、無理だ。あれは、早過ぎる。」
屋上、といっても本来人が立ち入る場所ではないので足場は不安定だがそれでも彼は器用に走りながら礼拝堂から立ち去るドローンを狙うも即答する。黒く、動きも早いあの物体を撃ち落とすには時間も場所も恵まれていない。
そして異変は直後に起きた。
「将!霞に伝えてくれ!そこから誰も何も出さないでくれ!」
多分、これで伝わるはずだとシェリーは言う。不安はあるが時間ないのは確かだ。弾丸が飛んできた以上、既に臨戦状態になっているのは間違いないだろう。それは例の杖を探している者がここへ来ている可能性が高い事を意味する。
シェリーの言ったことが事実なら霞の魔法でこの場から杖が持ち出される事は無くなるが最悪、二つの組織と戦う羽目になる。人と戦う訓練をしていない自分達がどれだけ彼等のような戦闘のプロと渡り合えるか疑問はあるがなるようにしかならないだろう。
突如、空気が一変する。
あの時の感覚が蘇る。
「中々面白いことするなぁ嬢ちゃんは。そんでそっちの二人は何ができんの?」
「炎が出せる。」
「風を起こせます。」
「そいつは凄いが、今はつかわんのか?」
「俺はここからじゃ無理かな~。」
「僕はちょっと勇気がないかな~。」
「つまり今は役立たずってことか。しゃーねーか。それよりは奴らは何者なんだ。とても授業で使う代物にはみえねぇんだけど。」
「カマディアルと言う犯罪組織だ。」
「なんだ、あんたらとご同業かい。」
「私達をあんな連中と同じに見るな。あれはただの反政府組織だ。」
「テロリスト?」
「いや、経済を乗っ取り国を掌握する。テロリストとは根本的にやり口が違うな。南アフリカの小さな町を乗っ取ったと聞いたがどうやらあちらはこの為に試験的にしたみたいだな。迷惑な連中だ。」
「知ってたのか?よくまあデンホルムが黙っていたもんだ。」
「彼は知らない。私もついさっき知ったばかりだ。連中の存在は知っていたが目立った動きがなくてな、気付くのが遅すぎた。」
「遅すぎだばかやろー。おかげで身動きとれねぇじゃねえか。」
「そっちこそ頼りの仲間はどうした。姿を見せないようだが。」
「あっちはあっちで忙しいんじゃねーの。」
「あんたら、余裕だな。」
「そっちは若いくせに体力なさ過ぎじゃねーの?おっさん二人に負けてんぜ?」
「いやいやいや、そっちがちょっとおかしい気がする。」
「おい、」
合図とも言えない呼び掛けにゼノと呼ばれる男は瞬時に察し振り向きざまにジャケットの内側から銃を引き抜き後ろから迫ってきている男達を撃ち抜く。
「あまり若者に悲惨な現場を見せるな。」
そう言いつつ彼も前方に現れた男達へ発砲している。もっとも器用に手を撃ち抜き動けないようにしてるようだが。
「安心しな。銃を壊しただけさ。」
息を切らし肩で呼吸する霞を心配して見守る二人の若者を満足したように口元を緩め廊下に置かれた棚に身を隠すように三人を促すとブノワと呼ばれた男とどうするか話し合う事にした。
「とは言え、ちょいとばかり人が多すぎやしないか?あまりここに留まってる場合でもないしな。どうする、番犬。」
皮肉っぽい口調に少しばかり苛立ちが込められている。それを理解してかはわからないがブノワの返答は案外素っ気ないものだった。
「私はデンホルムの番犬ではない。あいつの組織を守っているだけだ。」
「部下の為、か?案外センチメンタルなんだな。」
「うるさい。お前こそどうする気だ。」
「悪かったよ。そうおこんな。俺はあの宝樹を追う。が、誰かが奴らを引き止めてくれなきゃさすがに無理だな。」
沈黙は将と霞に破られる。
「おれらが止めるよ。考えもあるし、決心もついた。」
「私もやれるよ!」
呼吸が落ち着いたのか霞も両手で握りこぶしを作り大丈夫と付け足す。
子供と思ったがよく見るとそれなりに修羅場を経験している、と気付く。深い溜息が、あまり乗り気ではない事を表している。
「東洋人っては若く見えていけねぇな。そいつの本質を見逃しちまう。ケミー、聞こえるか。こいつらをそっちから支援してくれ。」
『りょーかい、といっても大した支援は出来ないが。まあなんとかするよ。』
「頼んだ。それとこいつを耳につけときな。ケミーから色々アドバイスをもらえるかもしんねぇからなぁ。」
『出来れば女の子で』
「うるさいぞ。よしっ、じゃあちゃちゃっとおっぱじめようか。」
「今更だが、さっきの話は本当なのか?いまいち信用出来ないのだが。」
「おそらく、な。確信も確証も無いがケルト人のドルイド達が信仰し崇め捧げたものを考えると、な。それを封印しなきゃなんねぇ理由はよっぽどの事と思わねぇか?」
「・・・まあいい。もしお前が持ち去るつもりでいるのなら、後で回収するだけだ。」
「おっかねぇ男だなぁお前さんも。じゃ、ちょっくら行ってくるぜ。」
「間に合った?」
「多分。」
ベンチに隠れ様子をうかがう。少し色褪せたように見える風景に霞の魔法が展開されたのを確信するも狙撃を警戒し動き出すのを躊躇ってしまう。
「さっきのは上から狙われたよな?」
「うん、多分この方角だと思うけど。」
指を指した場所を見るが暗くなっているせいかよく見えない。それでも誰かがいるような気配は感じられない。
「大丈夫っぽいな。本館の銃声が気になるがさっき飛び立ったドローンを追うぞ。あいつなんか持ってたし。」
それは、非常に奇妙な風景だった。
本館前の広場は比較的広く見通しもありよく学生が規模の小さい活動をしている。簡易のスポーツやサークルの催しなどがメインだがそれなりに賑わう事も多い。
だが今日は休校で閑散としておりそこに人の気配は無かったはずだった。長椅子が数カ所にあるだけなのだから人がいれば気付くはずだ。
ではあれはなんなのだろう?
隠れ場所から身を躍り出した三人はそれを把握出来ずに硬直する。
微かなモーター音とゴムタイヤが地面のを挽き潰す音。
円を描くように敷き詰められた石畳の中央には更に小さい円が作られて二つの円の間には丁度十字になるような石畳が作られている。
そしてそれは小さな円の中央にいた。
『いた』とは、電動の車いすに乗った老人を本来はそのような言い方はしない。が、彼の奇妙な雰囲気がそう言わせる。
「その杖を奪え!」
どこから聞こえたその言葉が指す杖は確かにそこにある。老人の上に、それはゆっくりと降ろされていく。
間に合わない。ゼノはそう判断し銃を構えトニーにあの老人を狙うように頼む。
「デンホルム、よく聞け。そいつはあんたが思っているものじゃあない。そいつは人が使えるものじゃない。」
向けた銃口はそのままに彼はじりじりと少しずつ躙り寄る。三人をちらりと見ると青年に援護するよう目配せする。それがどの程度伝わるか確信は持てなかったが、以外と伝わったようで内心、胸をなで下ろす。
老人まで5,6メートル程まで近付いただろうか。彼は、ぽつりと口を開く。
「コソ泥の小僧か。随分、名を上げているようだな。警醒いたみいるが、これこそ儂が長年求めるもの。よくぞ見つけ出してくれた。ブノワには、少々落胆しはしたがあやつは良い判断をしてくれたな。」
「あいつは優秀な男さ。今もあんたの敵を
必死で止めようとしてる。若い連中を守りながらな。」
デンホルムへ、と言うより青年への気遣いだった。仲間は無事だと伝えるために。
「それで。そちらの若いのは何者だ?随分と修羅場を生き抜いた出で立ちだが。」
「さぁな。たまたま居合わせたか何かの導きか。」
「神、か?」
不快な笑い声。含んだような、くぐもったような、何かを詰めたようなそんな笑い声。だがそれに嘲笑めいたものが含まれていることに気付く。
「神はお嫌いか、デンホルム。」
「神はなぜ人を自分達と同じ姿形にしたと思う?」
「さぁな。俺はあまり信心深くはないんでね。その手の話は得意じゃないんだ。」
「自分達の身が滅んだ時の器として使うためだよ。ところが幾ら作っても使えなかった。人の身では神の魂を受け入れるには脆すぎた。あまりに当たり前すぎて神々は気付かなかったせいだ。自分達が唯一無二の存在と言うことにな。」
老人はそこで一旦区切ると深く、重い溜息をつく。おそらく喋るだけで相当な負担を強いられているはずなのだが、彼の言葉と声は次第に強くなっていく。
「欠陥品なんだよ、人は。」
杖は、既に老人の手の中にあるが特に何かが起きている訳ではないようだ。シェリーは錫を椿は銃をその手に後方で身構えている。その表情は険しく変わらぬ変化に戸惑いと困惑が見て取れた。次の行動に移るきっかけが掴めないでいる。
「そうか、お前達がへティカル、だったか。神の完全なる未完品・・・」
「じいさん、そいつを渡してもらえるか。
あんたじゃ、飲まれるぞ。」
「ふはっ!ふははははっ!なんだ貴様は!このご時世に剣だと?随分と酔狂な男だ。」
「うるさいよ、それは聞き飽きてるんだよ。しょーがねーんだよ。」
「いや、済まない。だが、そうか、飲まれる、か。お前はこれが何か知っているのだな。ならば儂がこの杖を欲する理由もわかるだろう。この姿を見れば、な。」
随分と饒舌だな、と思う。噂では齢百を越えていると聞く。延命器具を付けていなければまともに口を開く事すら出来ない状態ではなかったろうか。
(なのになんだ、この生気は?強まっている?)
「そうか、あんた、『人が』嫌いなのか。その身を棄てる程に。」
老人は口元を緩め身体を奮わせ椿たちは榊を凝視し緊張が走る。
「そうだな。こんな肉体などいらぬ。脆弱な種など虫酸が走る。」
これまでに無い一際力強い言葉には恨みと嫌悪が入り混じり憎悪さえ滲み出る。
最初に動いたのは榊だった。そしてゼノは引き金を引くと同時にトニーへ叫ぶ。
「撃て!」
反射的に椿も引き金を引いてしまう。
全てが、スローに見えた。
榊が跳ね上げた小石さえゆっくりに感じる。
次の瞬間、老人を中心に爆風が広がる。いや、爆『風』ではない。質量を持った光のなにかだ。
四人は吹き飛ばされなおも続く光の圧力に懸命に耐える。
「くそっ!さっさとやっとけばよかった!」
光影に混じり急速に膨れ上がる気配に後悔が押し寄せる。はらわたを掴まれたような不快感と心臓を射貫かれたような恐怖感が徐々に四人を支配する。




