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十三話

「へティカルってのはお前等のことか?」

小雨がパラパラ降り落ちる中、傘も差さずにずぶ濡れで立ちすくむ男に呼び止められた睦生は驚きからなのか恐怖からなのか反応出来ずにただただ固まって動けずにいた。

「どうなんだ?」

再び投げかけられた言葉も静かだが奇妙な威圧感を含んでいる。日が沈むと厚着をしなければ少々辛い季節になりはじめたにもかかわらず半袖のシャツとジーンズと言うラフ過ぎる格好。自分の太股より太い両腕と分厚い胸板。落ち着いた色合いのブラウンの髪は雨に濡れべったりとしており感情を一切感じられない瞳は髪と同じ色をしている。

「東洋人ではないのか?」

重みのある低い声は三度問う。

(へティ・・・なに?何だっけ?どっかで聞いた気がするけど・・・)

思い出した。戦慄と共に。背筋を一気に走り抜ける寒気で全身が総毛立つ。先の戦闘を思い出し彼が咄嗟に武器を出し身構えるのも無理は無かった。

「その武器。そうか。やはりお前達か。」

男はそう呟くとポケットから石を取り出し睦生へ見せる。光こそ失っているがそれはよく知っている石。

「これを渡すべき相手を探して欲しい。」

全てを察したわけではないが、それでも目の前の男から警戒を解いたのは冷たい瞳が哀しみと後悔に曇った様に見えたから。

「取り敢えずここじゃ人の目があるんで着いてきてください。」

ホテルの前で良かったと心底思う。この男の大柄と言うわけでは無いが悪目立ちしそうな体躯がそう思わせる。彼を連れて街中を歩くには少々度胸が必要だった。

将が駄々をこねて欲しがったフルーツのドーナツを誰が買いに行くか決めるじゃんけんで負けた睦生が行く羽目になったのが、たまたま外に出たにもかかわらず自分達に用がある人物と丁度出会う確率など無いにひとしい。そう考えるといつから待っていたのか気になるが取り敢えず今はこの男の言動に注意を払うべきだろう。

「随分、小洒落たホテルに泊まっているんだな。」

「女性もいますからね。」

「なる程。」

言ってしまって迂闊だったと後悔する。もし敵だったなら弱味を見せた事になる。

「安心しろ。襲うつもりは無い。」

表情に出ていたのだろう。察した男はすぐさまそう付けたす。それを信じていいものか悩むが今更どうしようもない。それにとも思う。

(椿さんとか弱味になるのかなぁ)

思わず笑みがこぼれるが咳払いでごまかすとカードキーを取り出し着いた部屋のドアノブの上に付けられた機械へかざす。ガチャリと扉が開くと部屋の明かりと共に将の笑い声が聞こえた。

「あれ?早過ぎじゃね?」

睦生に気付き将が駆け寄ってくる。

「いや~実は~」

「邪魔する。」

「「「・・・だれ?」」」

後ろの男を見た途端動きを止めた将と同じように室内で待っていた榊と椿から間の抜けた問いに少しだけ面白かったのかくすりと笑う睦生。

「こちらは・・・あ、お名前は?」

「ああ、まだ名乗ってなかったか。俺はレフ。傭兵だ。」

三人から伝わる困惑。当然だが。

「え~睦生君?これはドーナツじゃあないよね?説明しろ。おい。」

少し怒っている将へ苦笑いを見せるとさっさと部屋へ入り手頃な椅子へ座るようにレフを促し補足程度の説明を終わらせレフに本題を話すように促す。

彼の話は驚くほど簡潔だった。

中東のとある村での戦闘の経緯、敵の不気味な姿形、それらをとりまとめているような存在、小隊を壊滅させた存在。

「我が部隊を庇った戦士の形見を遺族へ届けたい。君達へティカルなら何かわかると思って訪ねさせてもらった。これは私からの依頼と受け取って貰って構わない。」

そう締めくくり不動で返事を待つ。

最初に彼等を見たときはこのまま帰ろうかと思った。理由は若すぎで緊張感の様なものが感じられなかったからだ。


彼等は戦士じゃない。


そう言う思いがあったから。だが中にいたおそらく最も年長の男を見てその考えを改めた。その瞳に宿る異様な力強さとその身に纏う、死臭。

この者達は日本人と聞いた。日本人なら戦場でも幾人か見かけたがここまで染まった者は傭兵でもなかなか見かけない。

彼を見た瞬間のあの思わず身構えたくなる、周囲に神経を張り巡らせる感覚はおそらく同種の者にしかわからないだろう。

同じ匂いがする。

とどのつまりその一言に尽きた。

暫く沈黙が流れる。不穏、と言う空気ではなくどちらかと言うと当惑と表現したほうがいいかもしれない。

「私達じゃ力になれない。」

一旦区切り椿は話を続ける。

「でも力を貸してくれる場所は案内できると思う。その持ち主が亡くなられた場所と日時は分かっているのよね?ならば多分可能よ。」

「おい、安請け合いは・・・」

「大丈夫。その人がその場所に何故いたのか、ギルドは把握しているはず。」

彼女の握り締められた拳が何を意味するのかは分からないがそこには確かに怯えにも似た恐怖が感じられた。






「ブノワか?少し耳に入れときたい話がある。」

電話を受けた彼はレフの声があまり聞かない質で少々驚く。なんと言うか、楽しそうだった。

「何か分かったのか?」

「ああ、こっちは解決した。今から遺族がいる日本へ向かう。その前に彼等に借りを返そうと思ってな。」

「それが何故私に電話を?」

「彼等が調べていた大学の事件で気になることがあった。多分、お前の領分だ。彼等じゃあ、あちこちに角が立つ。」

黙り込むブノワの返答を待たずにレフは続ける。

「大学で贋作の噂が出て画家志望の学生が消えた。そして彫金を学んでいた学生が消え地下で不穏な音が聞こえる。そしてこれは俺が知り合いに聞いた情報だが大型の印刷機がこの街に運び込まれたそうだ。これが何を意味するか、お前ならわかるだろ?」

わかる。一度だけだがそれをしていた組織を知っている。それは、偽札の作成。

ただの偽札なら、機械やコンピューターで読み込んだもので作れば十分だ。だが本物と成り代わろうとする物を作るとなるとそれでは不十分だった。本物を凌駕出来るだけの画力の持ち主が不可欠だ。コピーや読込での完全な複写は不可能でどうしても僅かなズレが生じる。そしてそれを修正する事は出来ない。何度やっても同じズレが生じる。それが機械の利点であり欠点でもある。

だが人の手で複写された物は少しずつ修正させていくことが出来る。それは気が遠くなる程の作業だが何度も何度も何度も何度も、繰り返す。繰り返される。

そうして出来た原画を元に今度は原版が作成される。こちらも何度も作成され少しずつ修正されていく。

そこまでして出来上がった偽札で何をするつもりでいるのか。それは想像に難くない。そしてそれをこの街で行おうとしている組織があると言うこと。

問題はその一点のみだった。

この街を、この国の裏側を取り仕切っている一翼を担うデンホルム卿へ矛を向けようとしている輩がいると言うこと。問題はそこへ直結する。それを見過ごした場合、自分達の命は無いだろう。

「分かった。有難う、助かるよ。後はこちらもで対処するから安心してくれ。」

パッチ型の通信機を触り通話を切ると暫くその場で考え込む。視線の先には年代物のワインがずらりと並んだワインセラー。それらはコレクターとして近年買い揃えられたものではなくその都度買い足されていった品々だ。当然、持ち主の思い入れも少なからずある。その一本を見つめ考えをまとめる。

優先すべきはウェールズの宝樹。つまりあの男の挙動の監視。だからといって偽札の件を放置するほど、時間に余裕はもうあまりないだろう。恐らくそろそろ完成する頃だろうから。

へティカルが偽札の件を調べているならば彼等が解決してくれる可能性が0ではないが期待は出来ない。

何よりウェールズの宝樹が伝承のとおりならば彼等にその存在を知られるにはいかない。へティカルに知られると彼等とも敵対してしまう可能性がある。この状況でそれだけは避けなければならない。

(あの怪物の事などどうでもいいがもししくじればそれこそ全員始末されるだろう)

自分だけなら身を隠し逃げ切る自信はあるが部下達と彼等の家族や恋人まで始末されるのは何がなんでも避けなければ。前任の護衛と警備隊の惨劇が繰り返されるのはごめんだった。

(隊を分けるか・・・私はどちらにつけばいい・・・)

あの男を部下達が抑えられるとは思わない。必然的に自分が彼の相手をしなければならないのはわかりきっている。

(悩むだけ無駄か)

ため息は出るものの浮かれているのは実感していた。元々人をまとめ指示するのは性に合わず現場で暴れているのが合っている。最近堪り気味の鬱憤を晴らせるかもしれない。

今度はパッチを長めに触り全員へ連絡をする。

「バーニー、キャス、コロは私の所へ。他のみんなは控え室で待機していてくれ。隊の個分けをする。」

セラーから一本のワインを取り出しラベルを見ながら笑みをこぼす。

「今から戦闘開始だ。」






ロシア人を送り出した翌日、榊、椿、シェリーの三人はギルドから教えて貰った海沿いの小屋の近くまで来ていた。例のナンバーの車がよくこの小屋の前に停まっているらしく取り敢えず訪ねてみることにした。

「車ないね。」

「ないなぁ。」

「でも運転手は別にいたんでしょ?じゃあ他の人がいるかもしれないじゃない。」

「だといいけど、いやあまりよくはないかもだけど。」

小屋とはいっても二階建てでそこそこの広さはありそうだがあまり人は入らないだろう。事実、ここには人は住んではいない。電気と水こそ引かれてはいるが彼らは生活に使って居らずあくまで集合場所、活動拠点の一つとして使っていた。

そんな彼等も朝早くここを引き上げ既にその存在を消している。

そしてそれを知らずにここを訪れたのは榊達だけでは無くブノワと彼の部下五人もここ来ていた。もっと彼等六人は遠くの小高い丘に潜んで監視しているだけだが。

ブノワがあの男達がここから姿を消している事に気付かなかったのは理由がある。理由と言うか、向こうが一枚上手だった。この小屋の床下には何故か井戸がありそれを下水道へ繋げていた。ブノワの監視を知ったあの男達はここを抜け既に市内へ移動している。

それに気付かず監視しているのだからまあ間の抜けた話ではある。そこへ榊達が現れ呑気に扉を叩くものだからブノワ達には戦慄と緊張が走ったのだが何の音沙汰も無く、何も起こらず帰る榊達を見送ると今度はブノワが小屋へもぐり込み例の床下を見つけ全てを察する。怒りと焦りが一瞬だが彼を自暴自棄にさせる。投げ飛ばされた椅子は窓を突き破ると外へと転がり落ちていく。

そして湧き上がる高笑いに部下達が不安と疑心でなだめる。

「ああ、大丈夫。少し、楽しくなってきただけだ。」

駆け寄ろうする一人を制すると彼はそう言い落ち着きを取り戻す。笑い顔を見られたくないのか右手で顔を覆っていた。

深く呼吸をするとこの場を離れる指示を出し自らも外へ足を運びながらパッチを長めに触り全員へ繋げる。

「奴は市内へ戻っているようだ。大学を見張っている者はそのままその場で監視。コロ班は大学付近の下水道から捜索してくれ。他のの者はそのまま大学へ移動、監視を頼む。」

デンホルム卿の下についてもう五年。当初から『指揮官』として雇われた彼は徐々に感覚がそれ以前に戻りつつある事を意識している。傭兵として、工作員として各国で追い追われていたあの頃の何とも言えない高揚感と危機感。糞みたいなしがらみからの解放感と足下がないような不安感。

「たまらんな。」

「は?」

「楽しめって事だ。」

怪訝な顔を見せる部下にブノワは背を叩くと少しだけ皮肉っぽく口元を歪ませる。見上げた空は朝から天気がくすぶり続けている。先日のように一日中晴天も珍しいが今日のような天気も珍しいかもしれない。

入った通話の向こうから聞こえる銃撃音にほくそ笑み窓まで黒のSUVに乗り込むとおそらく四つ巴になっているであろう市内を目指す。






組織など所詮トップ数名の為だけにあるものであり部下や下っ端の人間など使い捨てでしかない。守る意味も手を差しのばす必要などありはしない。必要なモノを必要なだけ消費するだけだ。

それが彼の持論であり組織作りの基盤でもある。下の者への情など微塵もなくだからといって同じ立場の者を大切にしているかと言うとそうでも無い。

つまり全てにおいて自分が一番大切である。

後ろで頭を撃ち抜かれて転がっている青年をよそに彼は粛々と準備を続ける。予備の弾倉へ弾を込めながら装備を整えていく。

デンホルム卿の配下が動き出した事は既に彼の耳に届いていた。むしろあの男が指揮を取っているわりには遅いくらいだった。

「何かにかかりっきりだった、か?」

不穏な噂は聞いている。なにせ有名な人物のやることだから憶測と共に複数の噂が飛び交う。特にデンホルムは酔狂と奇異な事で話題に事欠かない人物だ。

最後の弾倉へ装填し既に装弾し終わった銃を手に取るとスライドを引き標準を覗き込み銃口の先へ狙いを定める。

それを遮る一人男。

ボロの様な服を着た男はすえた匂いを漂わせ彼に垢の溜まった長い爪が目立つ右手を差し出す。その手には香炉の様な物を持っている。骨の蛇の装飾が巻き付き取っ手には奇妙な蟲が型取られたものが施されている。黒く、妖しげな輝き放ち禍々しさが滲み出ている。

「使い処を間違うな。身を滅ぼすぞ。」

「本物なのか?よく見付けたな。」

下卑た、虫酸が走る笑い声を上げ男は香炉を机の上にそっと置く。

「とある人物のコレクションの一つさ。借りの一つを返して貰った。」

「使い方は?」

「殺せ。」

「なんだと?」

「誰でもいい。その場にいる者を殺してそいつにこれを乗せろ。それで発現する。」

相変わらず不快な笑い。その度にドブの様な臭いが鼻をつく。必要になるかは分からないが取り敢えず用意するに越したことはないと思い探させたが、正直この男と同じ空間にいるのは少々耐え難く必要な情報を受け取るとさっさとこの場を離れるように伝える。

覚醒者と呼ばれる特殊な人種の存在は知っておりそれがこの街に滞在中なのも知っていた。もし彼らと一戦交えるならと先程の男がこの香炉の話を持ち掛けてきたのだがひょっとするとデンホルムの部隊につかうことになるかもしれない。

「ま、どちらにせよあのお方には退場してもらうつもりだが。」

手持ち無沙汰気味に持っていた銃をホルダーへ仕舞うと彼は立ち上がり予備の弾倉もポーチへと入れる。香炉へ手を掛けようとするが効果を想像し直接触れるのを躊躇い布巾で包むと小さめのバッグへ詰め込む。


『ダミア、例の連中が地下道への通路を通り抜けた。どうする?』


飲みかけのウイスキーが入ったグラスに手を掛けるのを止める様に無線が声を上げる。その声は切羽詰まっているようには聞こえないがどこか不安を感じているようだ。呑むのを邪魔され舌打ちするも無線を無視して一気にウイスキーを飲み干すと通信のボタンを押す。

「そのまま気付かれないように尾行しろ。印刷を邪魔するなら警告なしで撃ち殺せ。」

流石に不意を突けば多少はましだろう。いくら特殊な人種とはいえ身体的には普通の人間と変わらないと聞く。ならば銃弾くらい効くだろうしそれが無駄なら香炉を使うだけだ。

多少、こちらに被害が出るだろうが代わりのモノなどいくらでも雇える。ただ頭があまり宜しくないモノが多いのが難点だが、それもまた都合がいいのが何とも言えないものがある。

「所詮は道具だしな。」

大学から少しばかり離れた場所に出来たこの地下室と別れるときだろう。もっとも、じめじめしたこの場所には嫌気が差していたせいでそろそろ我慢も限界に来ていたのだが。何度機械を運び込んだ場所で寝泊まりしようとしたことか。

部屋を出るとそこは緑色の誘導灯が数個あるだけの通路へ続き扉が閉まるのを確認し電子錠を撃ち抜き開かないようにする。

響く銃声に僅かに顔をしかめると取り出した煙草に火を付け歩き出す。履き慣らした靴は床を軽快に鳴らし通路に響かせ彼の存在を示させた。おそらく夜の9時を過ぎているだろう。集まっているのは覚醒者だけなのかそれとも既にブノワの配下が周囲で見張っているか定かではないが今夜が最後の夜になるのは間違いない。

新鮮な風が頬を嬲り煙草の火が少しだけ明るく煌めくと煙と灰を巻き上げ飛んでいく。それは地上がすぐそこにある事を示していた。






「なあ。」

「なに?」

「暇じゃね?」

「しょうがないだろ。」

「まさか休みとはな~。」

「誰もいなくてびっくりしたもんね。」

「そもそも大学全体が休みになることなんてあるのか?研究施設とかもあっただろここ。」

「日本じゃあまり聞かないかもね。」

「それよりさっきの電話は榊か?なんて?」

「いなかったって。それより気を付けろって。」

「は?何に?」

「なんかギルドから連絡来たそうだよ。複数の組織が動いててなんか不安定だって。」

「組織ってなんだよ。こえーよ。」

「合流するから待ってろって。」

「あ~だからここにいるのね~。何で帰らないのかなって不思議だったんだ。」

「今更かよ霞よ。それにしても暇だ・・・」

のどかな午後、とは言い難い空模様だが三人は中庭でいつ雨が降るか分からない空を寝そべって見上げている。

榊と出会うまでこの三人はあまり金銭的に余裕のある生活はしていなかった。野宿が多くその為の道具も刻印したバッグに入れて一通り持っている。今使っているシートも野宿用のものだが、元々自然が好きな三人は今でもたまにこうして外で寝っ転がって過ごすことがある。

唐突に将立ち上がり高らかに宣言する。

「決めたぞ!探検しよう。」

「馬鹿なこと言ってないで寝とけよ。」

「面倒くさいよ~」

「お前らちょっとだらけすぎないか?いいからいこうぜ。せっかくカードキー貰ったんだからさ。」

「それはどこに入ってもいいって言う免罪符じゃないからね?でもまあ・・・」

仕方なく、と言うにはあまりにもにこやかな表情で睦生は立ち上がると霞へ手を差し伸ばす。

「興味はある。」

差し出された手を掴むと引き上げられるがままに立ち上がりその力強さに思わず少しばかり頬を赤らめる。ばれていないだろうか、可笑しな顔をしていないだろうかと心配するが睦生は気付いていないようだった。

内心ほっと胸をなで下ろす。

最近、どんどん逞しくなっていく二人にどぎまぎする事が多くなってきた。眩しく感じる事もあるが同時に羨ましさを感じる事もある。自分だけが取り残されている様な感覚が彼女そうさせた。

照れを隠すようにシートをいそいそと畳むと野営用のバッグを呼び出し仕舞うと彼女は大きく伸びをする。

「よし!じゃあ取り敢えず教会にいってみよー!」

「なんか不謹慎じゃない?そのノリは。」

「そうかな?じゃあ、しっとりと。」

咳払いをすると畏まり言い直す。

「お伺いましょうか。皆さん。」

「何じゃそりゃ。どこの御一行様だよ。」

時刻は夕方前。日はそろそろ落ち始めているはずだがあいにくの曇り空で今日は夕日は見られないだろう。誰もいない構内に響き渡る彼らの笑い声は空と対照的に爽やかな風を送り出していた。

普段は解放されている本館への扉も今日ばかりは閉じている。いくら休みとは言え警備の者さえいない理由に三人は気付くべきだったのだが慣れていない、知らない事へは完全に無防備になる辺りまだ若いからかもしれない。せめてシェリーでもいれば違和感に気付けたかもしれないのだが。

「いちいち閉まるの面倒だな。今日は。」

カードリーダーにカードキーを通しながら将がぼやく。いつもはセンサーが切ってあるおかげで開きっぱなしの扉が実はその都度閉まる事を知ってげんなりする。

扉が開くと気圧が変わるせいか内部から空気の壁が全身をすり抜け鼓膜を震わせる。

様々な人が行き交う本館通路は独特な匂いが籠もりやすいので通気に気を遣われている。が、この時は微かに火薬と焦げ臭さが漂っていたのだが三人は実はそれに気付いていない。それどころか既にブノワの配下があちらこちらに潜伏しており三人の動向を探っていた。

経験の浅さが露呈している。

もっともそれが三人へ手を出すきっかけが掴めない理由にもなっている。気付かれれば接触しないわけにはいかない。ブノワがまだこちらに来ていない現状で彼ら三人がどちらの陣営についているのか、ついていないのならば自分達とどういった関係になるのかをこの場で判断する事は出来ない。彼らと極力接触しない事が今は最善であった。ただそれとは別に三人の気の抜けた雰囲気にてられ戦意を削がれている者も多分にいたのも事実なのだが。

「あ、やっぱり図書館行ってみない?」

「そうだな。少しは時間潰せるだろうし。あいつらいつ帰ってくるんだろ?」

「多分、あと2時間はかかるんじゃないかな。」

暗くなり始めた館内は常夜灯が灯り始めたおかげで比較的明るくなってはいるがそれでも特殊な状況のせいか、奇妙な表現だが幻想的な雰囲気をその場にいる者に与えた。

またもや将がぼやきながら図書館の前に立ち再びカードを通すとここも先程と同じ様に重みのある風が抜けてゆく。

それぞれ本棚を物色してまわり気になった本を見つけると机の電灯を点けおもむろに読み始める。ただ、将はあまり字が読めないせいか館内の装飾に気を引かれたようであちらこちらへ移動しては細かい作りの造形物を眺めうなり声を上げていた。

「七種類、か?」

携帯で明かりを掲げながら見ていたそれは気味の悪い石像だが将はそれをいたく気に入り写真まで撮っている。

「カッケーなおい。でももーすこし近くで撮れないかな。」

それはどれも天井付近に取り付けられ暗いせいもあり上手く撮影出来ない。近くまで行けないものかとうろうろするが登れそうな場所があるはずも無くただあちらこちらで飛び跳ねているだけだった。

「あまりうるさくするなよ。警報なっても知らないよ。」

薄目の小説をめくりながら睦生は注意する。警報など本当はどうでもいいのだがあまり床を鳴らされると振動で気が散って内容に集中出来ない。苛つき気味の口調だがいつもならすぐに屁理屈の一つでも返ってくるのだが今日は、今回は何の返事もない。

それは有り得ない。

「将?」

不審に思い席を立つと最後に床を鳴らす音が聞こえた場所を探す。異変に気付き霞も走り寄ってくる。

「どうしたの?」

「分からない。あ、いや将が返事しないんだ。」

冗談なのかと思い笑いかけるが睦生の真剣な眼差しに事態の異常性に気付き大声で将の名前を呼んでもその声は光の届かない暗闇へと吸い込まれる。携帯のライトを頼りに室内灯のスイッチを探し明かりを点けて館内をくまなく探すが彼の姿は見当たらず、電話はかけるも圏外にでもいるのか繋がらない。

「くそっ!あいつどこいったんだ!」

「外に出たとかじゃないの?ほら、将ってば落ち着きないし。」

「それはない。直前までこの辺りにいたんだ。ここは館内の一番端だからあいつが大人しく音も声も出さずにここから離れるなんて有り得ない。榊さんが言ってた気を付けろってこの事なのか?」

だとしたらもう少し具体的に警告してくれれば警戒するからこんな事にはならなかったはず、そんな怒りが沸くがそれは完全に八つ当たりな事も分かっている。分かってはいるがそれでも怒りの矛先が必要だった。しかしその怒りも長くは続かず次第に焦りへと変わり名を呼ぶかわりに自責の言葉が出始める。

「むっくんしっかりして!」

それは強引に、けれども優しく頬を両手で押さえられる。温かく、ふわりと。

「落ち着いて、むっくん。まだ何も決まったわけじゃないよ。しょーちゃんはいつだって無事だったし私たちなら必ずいつでも見つけられる。見つけてもらえる。そうでしょ?」


むっくん、しょーちゃん。


それは彼女が本当に本来の自分に戻った時に出る呼び方。

変わらない、癖。

真っ直ぐ見つめる澱みのない力強いその瞳に諭され睦生は成すべき事を考え始める。

冷静に、とは違う。寧ろ先程までより多くのものが頭の中で渦を巻く。もっとも状況が状況だけにそれ程多いわけでもないのだが。

榊の言葉はおそらく今は関係ない。彼の警告のニュアンスからして自分達へ危害を加える人物がいる事が想像出来るが電子錠の性質と入館した時の状況からこの図書館に自分達以外がいる可能性はほぼないだろうから。

だとしたら将自ら姿を消した事になるがそれが自分の意識なのか事故なのか。

浮き彫りになった可能性を一つずつ潰していく。

自分の意志では無い。では事故だ。彼は直前までこの辺りにいた。ここで飛び跳ねていた。その時に何か起きたのかもしれない。床が抜けたのかと思い見渡すがそれらしい痕跡はない。

「床じゃないなら・・・壁・・・?」

思慮深いいつもの睦生に戻っているのが分かると霞の顔が明るく輝く。

「霞。壁を探ってくれ。どこか動くかもしれない。」

それはすぐに見つかった。棚と棚の間の30センチもないであろう隙間。床には長い間なにかが置いてあったように丸い痕がついている。壁の板を開けるには少しコツが必要で下の方を押した状態上を押すと比較的簡単に開くようだった。

「二人による初めての共同作業です。」

「初めてじゃないでしょ。」

板は向こう側へ下から上に開き二人はそのまま壁の向こう側へ滑り込むと板は勝手に締まり二人の足下には古めの消火器が転がっていた。

「なんだここ・・・」

「間違いなくここに来たね、将は。」

いつもの呼び方。少し寂しいがこれはこれで安心感ある。

「あいつじっしとけばいいものを。」

「将だしね~。さっさと探そうか。」

2メートル四方ほどの広さがあるが先にはどうやら簡単な作りの梯子がある。常夜灯なのか誘導灯なのか判断つきかねる電灯が足下と梯子を照らしているがそれでも暗闇の中を梯子で降りるのは恐怖でしかな。二人は恐る恐る降りていく。掴んが梯子は鉄製でひんやりとしておりざらりとした手触りで埃っぽさが残っているあたり長年使われていないのがわかる。

梯子の長さは3メートル程度だろうか。丁度、1階分くらいの高さになりそうである。

降りた先は二人くらいな並んで歩ける程度の幅がある通路があり4、5メートルほど先には別の空間があるようでそこから明かりが差し込んでいる。

二人は顔を合わせると先へ進む。

突然聞こえる銃声と悲鳴。いや、叫び声。それは間違いなく将の声だが移動している上に反響のせいで方角がはっきり分からない。闇雲に飛び出すのは危険だと分かっていても体は無自覚に動く。

通路を出るとそこは三差路になっている。

(手分けして探すか?いや・・・)

そう思ったのもつかの間で霞の手を引き左側へ。

「なんでこっちなの?」

「何かでみた。人は左側へ行くって。」

奥から聞こえる悲鳴と銃声に焦る気持ちと将に対する怒り。それらは上手くかみ合い的確な思考を紡ぎ出す。榊と出会う前はこんな事は無かった。おそらく彼が全てを変えた。

三差路から先は造りがあの地下道によく似ている。榊達と出会ったあの地下道に。等間隔に並ぶ蛍光灯と打放しのコンクリート、そして通路の幅と高さ。ただ違うのは誘導灯が点在していることだけだ。

睦生達が通ってきた図書館の隠し扉は長年使われた形跡はなかったがこちらはあまり埃が目立たないところを見ると頻繁に使われているようだ。

銃声は聞こえるが悲鳴は聞こえない。代わりに人が走り寄ってくる足音が聞こえる。直線の通路のおかけで二人は身構える必要もなく遠目にもそれが将であるのは確認出来た。あちらもこちらに気付いたのか手を振りながら少し情けない、かすれた声で二人の名を呼んでいる。

「やばいやばいやばい!二人とも逃げるぞ!あれはやばいって!」

「いったいなにやらかしたんだよ!」

「しらねーよ!いきなり撃ってきたんだよ!てゆーかあいつら雰囲気からしてやべーんだよ!俺の危険センサーが振り切ってるんだよ!」

「まったく!そこを曲がったら一旦止まれ。呪文かけるから。」

「頼む!」

杖を出し梯子がある通路に入ると睦生はすぐさま魔術の発動に入る。当然、霞から。


「風の盾!」


「正直どれくらいの弾丸を防げるか分からないからあまり期待しないで。ただ壊されるまでは長時間継続してるし自由に動けるからそこは安心して。」

「防壁と違うの?」

「あれは対象に直接かけてるわけじゃないからその場から動くと外れちゃう。因みにこっちは消滅するとき弾ける音がするから。さ、登ろうか。」

「いや、俺にもかけろよ。」

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