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十話

気まずい空気の中、一人優雅にお茶を楽しむ彼女に二人はただただ黙って部屋の隅で固まるしかなかった。

ベッドに寝かせた榊の横で寛ぐその姿が親密な仲に思えたのもあるが、明らかに年下なのにもかかわらず妙な貫禄が二人を尻込みさせていた。

「あの~どちら様で?」

耐えかねた将が尋ねる。情けないほどに卑屈に見えた。

「ん?聞いてないの?宗司を送り出した村の人間だよ?シェリーです。よろしくね。」

明るい笑顔に心をほぐされた二人も思わず笑顔になる。情けないほどに。

「ああ、例の。実話だったのか、あの話。聞いたこと無かった例だったからあまり真実味なかったんだよな~。」

「あれ?そうなの?皆私たちみたいなのから色々教わると思ってた。なんだか随分変わったのね。」

僅かな違和感。それに気付いたのは睦生だったがそれを口に出すことはなくただ黙ってシェリーが入れてくれた紅茶をすする。

何があったのかとの問い掛けに将が大まかに説明する。地下道の話から先程までの出来事を。

瞳を輝かせて話を聞くそに姿は年齢相応の子供っぽさがあり二人を少し安心させた。

一通り話し終え榊に対する文句大会となり始めた頃、ドアを叩く音がする。どうぞ、の声に入ってきた女性陣は案の定シェリーの存在に戸惑い彼女を入れてそのまま話し込んでいた男性陣に冷ややかな視線を向けた。

部屋の外に連れ出された将が責められるが榊がお世話になった事を必至で主張しなんとかわだかまりを捨ててもらうことにした。

あまり納得はしてもらえなかったのだが。

五人が入るには少し狭く食事もまだ済ませてないのもあって皆でテラスに行くことにする。少々、椿がごねはしたが。

「榊とは一回りくらい違うんだろ?心配するよーな事はないんじゃねーの?」

「ふんっ!」

「ふごっ!?」

「どうしたの?」

「なんでもないのよ~。さっさと行くわよ!」

「・・・何したの?」

「・・・多分・・・口が軽すぎた・・・」




テーブルに並べられた数々の料理を適当につまみながらの会話は当初はちょいちょい停滞していたのだがアルコールが入ったせいか徐々に饒舌になり始める。そしてそれはシェリーへの質問がメインになっていった。年齢から始まり趣味や嗜好、榊との関係にまで。そしてここに来た理由へと話は自然に流れる。

「彼が守ってくれた村は元々捨てるつもりだったんです。本当は、村と共に私達も消滅するつもりだったの。」

でも、と区切り席を立つと柵へ寄りかかり夜風を浴びる。少し悩んだように言葉を詰まらせるがそれは話すかどうかを悩んだと言うより言葉の選択をどうするか悩んだように感じた。

あの村と住民は一種のまやかしであり最後の覚醒種を送り出せばその存在理由は消える。それは数千年前に定められた取り決めであり呪いでもあった。

破滅種があの地にコボルトを住まわせた際に当時の覚醒種があの村を作り村に住民を縛り付けた。当初の目的はコボルトを外界へ出さないための防壁の役割だったのだが思いの外あの醜悪な生物は自分達の縄張りから出ることはなく、外界への被害が発生しない事が分かると必然的に村と住民の役目は覚醒種への教育へと移っていくことになる。ところが長い年月の間に当初の目的は忘れ去られ覚醒種の支援だけが目的となった。こうして覚醒種への支援都市としてのモデルケースが作られ以降各地に作られていくことになる。

しかし覚醒種の誕生が徐々に減少していくにつれこういった都市も消えていくことになり今はその存在自体知る者は殆どいないのが現状だった。

榊が召喚され、コボルトが活性化。村への進行がなされた事から最初にこの地にコボルトが住まわせられた理由は破滅種への対抗手段だったのだろうが、今となってそれが事実かは誰にも分からないだろう。当時の事を知る者はもういないのだから。

そんな背景を知らないシェリー達は自分達が村に縛り付けられていた理由を正確には知らされていない。あくまで伝承で最後の覚醒種を送り出せば自分達の存在は消えると伝えられていたのだから当然なのだが。

これは故意で伝えられなかったわけではなく最初期の術者がそのまま破滅種との大規模な戦に出陣しそのまま帰って来なかった事が起因となっている。その後の様々な動乱で更に事実がねじ曲げられていった結果だ。

だからなぜ榊を送り出したあと消えることがなくそれどころか束縛が解けたのか理解できずにいた。それを知るためにシェリーは榊の後を追ってきたのだが、それをどう説明していいか分からないでいた。だから以下のような説明になっても仕方なかったのかも知れない。

「え~と。宗司に今の体の状態の責任を取ってもらおうかなって。」





榊が目を覚ましたのは戦闘から二日後の事だった。そして目を覚ましたにも拘わらず誰もがよそよそしい態度に少々腹を立て始めた頃にシェリーが姿を現し事の顛末を知ることになる。

再会の喜びは一瞬で消え慌てて弁明をするも誰もあまり信じてくれずシェリーにしつこいくらい何度も説明を言い換えさせてようやく誤解を解くことが出来た。

「大体なんで疑うんだよ!おかしいだろ!?」

年の差を考えろと熱弁する後ろでシェリーが不満げに頬を膨らませていたのは彼には内緒だそうだ。

ひと悶着の後、ようやく本題に入ることにした六人は取り合えずシェリーの件は見当も付かないため保留にし例の窪みがあった場所までみなで出かける事にした。

「その前に朗報でーす。」

手を上げ椿が一行を止める。

「実は先の戦闘で倒した三人はとてもとても高額の懸賞金がかけられていました。その額!なんと!200万£です!とゆーことでこちらをどうぞ。あ、シェリーのもあるからね。」

差し出されたのは六色に分けられたスマートフォン。背面には一片の羽根を模したローレリーフが施されている。

「あまりこう言う仲間意識が強く感じるのは好きじゃないんだけど、ギルドがどうしてもって持たせたのよ。その端末には懸賞金を均等に分けたウェブマネーが入ってるから失くしたら大変なことになるからね。」

「はぁ~!?」

「ツッコミがおいつかないんですが。」

「おーこれがスマホ。初めて使うかぞ。薄いのな。」

「200万£って日本円でいくらなんですか?」

「私もいいの!?やったー!!」

「みんな、もっと根本的な疑問を考えようよ・・・」

「そーだよ。なんでウェブマネーが数千万円分も入れられるんだよ。」

「それもそうだけど懸賞金がどこから掛けられていたのかとかなぜ椿さんが端末を持っているのかとか色々あると思うんですけど。」

「この端末はね、ギルド謹製らしいのよ。詳しくはわからないけど銀行口座と直結してウェブマネーが使えるらしくて独自のネット回線で繋がってるそうよ。シェリーのはついでよ。榊の恩人みたいだしね。」

「懸賞金はどっからなんだよ。」

「教会。」

「は?」

「だから教会。カトリック教会。ローマ教会って言った方がわかるかな?」

「え、なんで?」

「さあ?詳しくはギルドでも把握してなかったみたいだし。なんせ懸賞金が掛けられたのは何世紀も前みたいなのよね。」

「なんですかそれ。でもまあ出所がちゃんとしてるなら問題ないんですかね。」

「でも後で呼び出されたりしませんか?」

「そうかもしれないけど次の目的地もローマだからちょうど良かったんじゃない?」

「そういや、そうだったな。すっかり忘れてた。てゆーか将達三人も一緒に来るのか?来てくれると助かるんだけど。」

「いくぞ。面白そうだし。」

「え!?行くんですか!?」

「いや、いくだろそりゃ。折角仲間になったんだし。」

「私もみんなと一緒がいいな。睦生はいや?」

「いやと言うか、ほら僕等はねえ?」

「なになに?なにかあるの?」

「あ~すみません。ちょっと三人で話し合っていいですか?出来れば先に行っててもらいたいんですが・・・」

「ん。分かった。」

「すみません。」

「いいのよ。事情は人それぞれ、でしょ?」

榊達三人と一旦離れた将達は睦生の誘導で路地裏へと足を踏み入れる。そこは太陽が昇りきっても陽の光が差し込まないようで昨夜降った雨がまだ乾ききれずに残されている。そもそもそこかしこに青苔が繁っているあたり普段からここは湿っているのかも知れない。あまり長居したい場所ではない。

「で、何を話し合うんだ。」

腕組みしたまま将が憮然と吐き捨てる。自分が見つけた場所に遅れていくのが嫌なようだ。不機嫌になった彼を霞がなだめているがあまり効果はない。

「何って・・・」

呆れた様に少し大袈裟に溜息をつき自分達の立場を改めて説明しなければならない事に歯痒さを感じる。

「いい加減にしろよ。僕達がなぜ旅に出たのか忘れたのか!?」

思わず胸元を掴んだ手はやり場をなくし将を押し飛ばす。その行動に驚いた将は少し引きつった笑顔を浮かべるがそれもすぐに消える。かわりに困ったような表情を浮かべていた。

「気付いちゃいたがやっぱりまだ心配してたのか。」

襟を正し首筋を撫でながら困った顔は苦笑いに変わっていた。睦生の不安は理解できるし自分もそれを忘れているわけではない。勿論、旅の本来の目的も。

だが今更な部分もあるのは事実だし思い詰めていると霞が気に病むと思って極力その部分を匂わすような事をしてこなかった。それが逆に睦生を気疲れさせていたのかもしれない。

「旅に出てもう二年だろ?追跡されてる感じはないしそれに目立った活動してるわけじゃないんだから大丈夫だって。」

「偶然で追跡を躱してるわけじゃないだろ?細心の注意を払ってきた結果かもしれない。それに一緒に行動する人数が増えればそれだけで見つかる危険は跳ね上がる。」

それに、と言いそうになるが口には出さない。最も不安に感じる要素は榊だ。それを言うとおそらく霞が悲しむと思ったから。彼女だけは何があっても全てから守らなければならない。その一点に関してだけは将と睦生の想いは一致していた。

榊への不安。

それは余りにも彼がイレギュラーな存在であること、トラブルを招き入れやすい性質を持っていること。短期間でその辺の覚醒者より戦闘の経験をしているのだからそれが何よりの証明になるだろう。何より彼につれられ自分達まで成長しているのが更なる不安をもたらしている。

「とにかくこれ以上彼らとの行動は危険だよ。」

少し落ち着いたのか睦生の声はいつもと同じトーンになっていた。成り行きを見守っていた霞がそっと口を開く。少し、悲しそうに。

「ごめんね。私のせいで。」

俯き加減にそう言った声はどこか優しく言葉の意味とにズレがあった。

「でも私はみんなと行きたい。」

何かに納得したようにこくりと頷くと彼女は続ける。

「多分、二人には凄く迷惑かけると思う。でも私はもう隠れていたくない。もっと二人と、みんなといろんな物を見て生きていきたい。」

その表情は既に悲しみを消していた。

「この二週間、すごく楽しかったの。確かに危ない目にもあったけど、それ以上に楽しかった。それに・・・」

それに。言葉を詰まらせる。それは今まで一緒に生きてきたからこそ言葉にするには勇気が必要な言葉だった。

感謝と、親愛。

彼女にとって最も大切な理由。幼少の頃からこの二人に守られ全ての時間を自分の為だけに使ってくれた彼らがこの二週間は本当に自由に、何ものにも縛られず楽しんでいた。それを見ている自分が心の底から幸せを実感でき浮き足立っていた。

だから、気付いた。

ずっともやもやしていた感情が何なのか。

「・・・それに、私は二人を幸せにしたい!」

その言葉に深い意味が付く場合があることに気付いた彼女は今まで見たことに程に顔を赤らめる。

「・・・こんな場所でまた随分大胆な発言をするのな・・・」

「それは少々、問題発言かもね。」

顔を隠し唸る彼女を一頻り堪能すると二人は声を出して大笑いする。

「わかったよ。降参だ、みんなと一緒に行くとしよう。ただし、探知されたと感じたら速攻でまた行方をくらますからね。」

「そこら辺の領分は睦生だからな。安心して任せたぜ!」

「そんな訳だから泣いてないでさっさと皆のところに戻ろう。いい加減、ここの匂いにはうんざりしてきたし。」







「それで、どうやったの?」

「何が?」

「剣よ。なぜ私の相手に刺せたの?」

「?」

「いや、ほら、フードの男にさ。」

「ああ、あれか。弓や銃もそうだろ?一緒だよ。」

「ごめん、言ってる意味が分からない。」

「弾丸だって遠くの的に当てるだろ。それと一緒だよ。」

「んんん?」

「何の話なの~?」

「榊がね、離れた敵に剣を刺したの。変でしょ?」

「いやいやいや、そんな馬鹿な。」

「ところが事実なの。で、詳しく話して。」

「だから・・・もしかして皆気にしてんのか?だったらあいつらが来てから話すよ。」

クイッと顔を傾けた先には将達三人が手を振りながらこちらへ向かっていた。緩やかに流れる風は丈の短い草木を揺らし乾いた冷たい空気が頬を優しく撫でていく。殺し合いをした場所にも関わらずあまり不安や恐怖を感じないのは時たま聞こえる人の声と車が通る音のせいかもしれない。

「お待たせ~。」

軽い挨拶。それだけで話がまとまったのが分かる。どちらにしろ三人の決断に横やりを入れるつもりは榊達にはない。短い付き合いだが彼等がその場の雰囲気で物事を決めるほど愚かではない事は分かりきっていたし何より自分の目的を優先してほしかった。

「さ~てそれでは例の場所へご案内しま~す。」

「その前の榊から発表がありま~す。」

「なんだよもう。水刺すなよ。」

「例の剣の話、聞きたくない?」

「おお!聞きたい聞きたい!」

「大した事じゃないよ。この武器ってさ、闘争本能?とかに反応しるんだろ?つまり投げたり遠くへ飛ばしたりしたけりゃ意識を広げればいいんだろ。椿や弓を使うやつはしてるじゃん。視線で。なんて言うの?殺気?殺意?」

「してないよ?」

「うそ!?」

「ホント。弾丸や矢の事言ってるならあれはそう言う仕組みとしか言い様がないよ?武器として刻印してるわけじゃないわよ。」

「どう言うこと?」


『武器』として刻印しているのは銃本体と弾倉と薬莢だけで弾丸はしていない。これは弓も同じだ。矢は矢筒を刻印している。ではなぜ弾丸などが武器などと同じ様にその存在を消しているのか。それは刻印の性質にある。ある程度の大きさなら武器と認識させた物に内包させる性質がある。これはおそらく魔術を使用する際に考慮された最初期の設定なのだろう。後世の事を考え汎用性を持たせたのかもしれないが。

つまり弾丸や矢は本人から離れても消えることはい。

椿が使うグロックのような自動拳銃を使う者は彼女もそうだがあまり薬莢まで刻印している者はいないがコルトなどリボルバーを使う者はその性質上薬莢まで刻印している者が多い。

つまり榊が思っているような原理ではない。が、榊が剣を投げられた理由は闘志が及ぶ範囲の拡大であってはいた。ただ、それを試した者はおらずまたその必要性もなかった。その為あまりこの事実を知る者は少なく当然この場にいる者は誰もその事に関して知るよしはなかった。


「なんてこった・・得意気に話そうとした自分が馬鹿みたいじゃないか・・・」

「つまり、どう言うことなんだ?」

「早い話、武器を出すときのあの闘志を増幅させればいいってこと、なのかな?」

「まあそんな感じだ。だってさー銃弾って本人から離れるのに消えないんだもん。標的狙ってるからそこまで意志が続いてるって思うじゃん?」

「いい歳してなに取り繕うと猫被ってんだよ。しかし、すげーけど使い処なくね?」

「くっ!追い打ち掛けやがって・・・」

「でもほら!そのお陰でも皆の無事だったんですし、少しはねぎらいましょうよ。ね!」

「まあね。確かに助かりはしたけど・・・!!!」

椿の突然の大声。通行人も怪訝な顔でこちらを見ている。ただでさえこの人数の東洋人が集まっていると不審に思われているのかも知れない。

「なんなんだよいきなり。」

「そう言えば忘れてた!あんた死にかけてたでしょ!?なんで無事だったのよ!?」

ああ、と惚けたような返事のあと榊は呼吸法について軽く説明する。今回はっきり分かった副作用も。

副作用。それは極度の体力の消費。どうやら気力も使うらしく回復の規模によっては今回のように使用後は動けなくなるようだ。今まで軽い打ち身や裂傷程度にしか使用したことがなかったせいでそのことまでに考えが及ばなかった。

「便利じゃんと思ったけどなんだその副作用。それだと使えなくね?」

「おま、人が必死で習得した技に対してなんてことを・・・鬼かおめーは。」

「でもさーなんかいちいち使えなさそうなのばっかなんだよな。榊に特化したもんばっかじゃねーか。」

「俺が使うんだから当たり前だろ。なんで他人が使用すること前提で技を覚えなきゃなんねーんだよ。俺はそこまで善人じゃねーよ。」

「いやいやいや、無償で人助けは立派な善人だと思いますよ、ヒーローさん。」

見せられたのは地方紙のとある一面。街のゴシップ等が書かれたコーナーの一か所にわざわざご丁寧に赤く囲みがしてあり写真こそないが比較的大きな記事が書いてある。見出しは

『ついにこの街にもヒーローが出現か!?』

とある。相変わらず、榊は読めないが残念なことに他のメンバーは比較的読める。

「夜な夜な現れ悪人を倒し人助け。当局は危険人物として捜査をしているが助けられた人々はヒーローを捕まえるなと反発しており・・・なにこれ?」

「なんでもこの街に十日ぐらい前から暴漢やらを倒してまわってる奴がいるらしくてよ。助けられた人がヒーローって讃えてんのよ。顔は布で覆ってるらしく人相はわかってないんだけどな。」

にやにやしながら得意気に新聞を晒す将から背を向け素知らぬふりをするもメンバーからの視線に耐えられず先を急ぐよう促すが誰もそれを聞き入れてくれない。更に将は続ける。

「榊さ~ん。なんだか随分夜遅くどころか朝方に帰ってきてたようですが何をなさってるんですか~しかもほぼま・い・ば・ん♪」

「お、お前もう黙れ!」

「宗司ってばそんなことしてんの?英雄志願?」

「榊さん・・・もういい大人なんだからそう言う遊びはちょっと・・・」

「いやあでも分かりますよ。やっぱり男はヒーローになりたいですよね。憧れますよね!」

「なんで誘わないのよ。私もしたいのに。」

「え?」

椿の発言に一瞬だが場が凍り付き暫しの沈黙が流れる。

「ま、まあ椿様の発言はともかく実際どうなの?もしかしてその呼吸法?の練習でもしてたのか。」

「様ってなによ。撃つわよ。」

「そーだよ練習だよ。別にヒーローになりたかったわけじゃないよ。」

観念したのか開き直ったのか榊の言い訳紛いの弁明する姿はどことなくおかしかった。焦っているのか普段より少し早口だ。

「今まで何度か戦闘して思ったんだけど俺ってば超接近職じゃん?しかも真っ先に突っ込まされるじゃん?だから身体能力の強化しないとホントに死にそうなんだよ。てゆーか怖ーんだよ。」

確かに、と同意され彼はようやく落ち着き始め普段の口調へと戻り始める。それでも耳まで赤くしている様は見る人が見ると可愛いと思うかも知れない。

「夜遅く路地裏とか歩いてると絡まれたり絡まれてる奴がいたりするんだよ。だからそいつらから適当な攻撃を受けてそれで回復の練習してたんだよ。因みにこの技の名は『息吹』と言うらしい。」

「ねえ、様ってなによ。おい。」

「正直性能あげるどうこうよりとっさに使えるようにするのが目的だったからまさか回復する規模で動けなくなるとは思いもよらなかった。どうりで師匠があまりいい顔しないと思ったよ。言ってくれればいいのに。それよりもういいだろこの話は。恥ずかしいんだよ。」

「まあこれくらいにしといてやるよ。まああれだ・・・」

それは多分、睦生や霞さえ初めてみる将の表情だった。

「ありがとよ。」

「ばーか。お互い様だよ。」

「ねえってば。様ってなんだよ。」

「いい感じでまとまってんのにしつけーんだよおめーは!ってだから銃口こっち向けんなーーー!」







「なあ、この辺か?」

消え入るようなかすれた声が聞こえた気がしたがおそらくそれは返事だったに違いない。散々逃げ回った将は力尽きて草木の中で横たわっている。まだ少し、草木は濡れているだろうに。

皆で付近を探すとそれはふいに現れた。あの紅い玉がすっぽり収まりそうなその窪みは少々異質な雰囲気を醸し出している。違和感といってもいいかもしれない。剥き出しのそこはこの草木が生い茂る土地には似つかわしくなく雨が降っていたにも関わらずそこは乾ききっている。何よりその存在感が余りにも希薄に感じた。探していなければ見つからない、そんな感じだった。

榊が紅い玉を取り出し慎重に窪みへとはめ込む。それはピタリと収まりみなが固唾をのみながら見守る中、時間だけが過ぎてゆく。痺れを切らした将が不満を言いかけた瞬間、それは起きた。

ガラス玉の様なその玉はまるで液体の様にストンと窪みに吸い込まれ消える。底には一筋の溝が出来ており後には何も残されていなかった。

シェリーが何かに気付き榊の剣をそこに差し込むよう促す。みなが見守る中、剣はスルリと収まると柄を握り締めている榊に異変が現れる。

顔をしかめ、震える身体を必死で押さえ込もうとしている。不安になり椿が軽く触れると驚くほど体温が上昇しているのが分かった。

額から吹き出した汗を拭い去り、柄を握り締められたままの手にそっと自分の手を添える。その姿をシェリーが少し寂しそうに見つめていたがそれに気付いた者はいない。

震えは止まり、深い溜息をすると榊は深く息を吸い込む。椿に大丈夫と伝えゆっくりと剣を引き抜いた。

引き抜かれた刃には変化があった。柄から真っ直ぐ刃に添うように伸びる紅い筋の模様。血より深く炎より鮮やかなの一筋の紅。それが何を意味するか誰にも分からない。

「なんだ、これ?」

「さあ?」

「これで終わりなんでしょうか・・・?」

「意味わかんねー。苦労してこれかよ。シェリーはなんかしらねーの?剣を差し込むのは知ってたんだろ?」

「わかんない。剣を使う宗司ならこの街って聞いたからもしかしてって思っただけだし・・・」

「この街を作ったのレスターって王様だっけ?神様だっけ?」

「存在自体があやふやな伝説の人物ですよ。それこそ神話クラスの。ひょっとしたら、僕らのような覚醒者だったのかも。」

暫く沈黙が続く中、榊が呻き声を上げ頭を掻き乱す。どうやら考えるのをやめたようだ。

「腹も減ってきたし一旦ホテルへ戻ろう。ここで色々考えてもきりがないしな。」






昼食を済ませそれぞれが思い思いくつろぐ中、カウンターから呼び出しがある。誰に、とは言わず部屋の番号での呼び出しでラウンジに客が来ているそうだ。

将が電話を受け、対応したせいで彼が皆を誘って行く羽目になったのだが誰も付いてこようとせず結局ラウンジへ向かう途中で見つけた榊を無理矢理引っ張って連れて行く。それに気付いたシェリーも興味本位で付き添う事にしたらしく二人の後をトコトコとついていく。

ラウンジには恰幅のいい白髪混じりの男性と貧相を絵に描いたような男性の二人が待っていた。

「あれー?教授?」

将達に気付き立ち上がり手を差し出しながら挨拶をする。

「教授ではないんだがね。そう言えばまだ名乗ってなかったかな。ヴェルノだ、よろしくな。それより・・・ふむ?」

彼は榊とシェリーを見て首を傾げる。

「何だか雰囲気が変わった、と言うよりそんな顔していたかな?」

「ヴェルノさん、この二人はまた別の仲間ですよ。」

「ああそうなのか。どうりで若すぎると思った。」

椿のことだろうが本人がいたら怒りそうだ。貧相な男は以前地下道の情報をくれた者だが随分と小綺麗な姿に変わっている。吃音も、少しなくなっているように思う。

「おっさんも久しぶりだなー。ちょっと垢抜けたんじゃね?」

少し照れた笑顔を見せると挨拶もそこそこにラウンジの隅へ移動すると余り人に聞かれたくない話なので内密にと前置きして彼は話し始めた。それは彼が務めている大学で半年ほど前から起きているちょっとした事件だそうだ。

生徒間のトラブルと言えばそれまでなのだがそれにしては少々奇妙な出来事らしい。事例として次のような内容だった。




今まで陽気な学生がある日突然一人で昼食をとったりなど一人での行動が増え誰とも関わりを持たなくなった。


夜な夜な校内の地下から何かを砕く音が聞こえる。


無断休講、辞職をする教授や助教授が増えた。


誰も知らない生徒がたまにいる。


備品の紛失が相次いでいる。


絵画の作者不明の贋作が出回っている。




目立った内容はその程度なのだがそれだけでも十分すぎる程に不審だ。が、何故その様な話を榊達へ持ってきたのだろう。

「彼から聞いたがどうやら揉め事を処理する仕事をしているのだろう?ならば是非頼んでみようと思ってな。どうだろう引き受けてもらえないだろうか。」

手製のパイプに火をつけ紫煙を楽しみながら老人はそう説明する。前のめりになり報酬も支払う用意はあると小声で付け加える。そして榊達に頼んだ本当の理由も。

「君等は日本人だろう。日本人はとても誠実と聞く。実際に私の知人もそうであったしな。」

腰を深くソファに埋まらせ懐かしそうにパイプを撫でるその姿はどこか寂しそうにも見える。

「いくら辞めたとは言え三十年以上世話になった大学だ。それなりに、恩義もある。だから世間から奇異の目で見られる様な結果は望んでいないのだよ。」

一応は納得のいく理由だがそこには微かな別の思惑がちらついて見えるのは気のせいだろうか。何より今この場で決める訳にはいかず他のメンバーと話し合う必要がある。その旨を伝えるといい返事を待っていると告げ二はその場を後にする。

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