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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;サイ編 化身の章
70/75

;第二十六話 鬼の真髄、篤と見よ 3



断末魔の叫びが聞こえた。

私が瞬きをする間に、私ではない誰かが叫んだ。

まるで、諦めかけた私を叱るような音だった。



「(なん、だ、今のは───)」



誰が叫んだのか。

どこで叫んだのか。

どうして叫んだのか。


考えるまでもなく、今度は耳元で空を切る音がした。

どこからか飛んできた短刀が、一直線に私の真横を通り過ぎたのだ。



「(この刀は───)」



短刀が岩男の眉間に突き刺さる。

岩男はぱくぱくと口を開け閉めし、蚊の鳴くより細い悲鳴を上げると、白目を剥いて仰向けに倒れた。

支えを失った私は、岩男の上に跨がるようにして、文字通りの共倒れをした。


未だ思考が追い付かないが、一先ずは助かった。

おかげで、挟み撃ちを食らう一瞬の猶予ができた。


急ぎ上体を起こし、新手のいる方向にして、短刀が投げられた方向に振り返る。

そこにいたのは、ここにいるはずのない人物だった。



酷い顔だ(・・・・)



驚きのあまり、息が詰まる。

目を丸くする私とは対照的に、は似つかわしくない表情をしていた。



「お嬢さんには振られちまったのか?」



絞り出した声で、彼の名を呼ぶ。

彼は"勘違いするな"と一言呟いて、腰を屈めた。

伸ばされた手は私の目尻に触れ、こびり付いた血を拭ってくれた。



「助けにきたわけじゃないからな」



すんと(・・・)表情を改めた彼は、背後の隊士たちと向き合った。



「(やはり、あの刀は───)」



今一度、岩男の眉間に刺さった短刀を確認してみる。


見間違いかと思ったが、違わなかった。

これは、彼の愛刀だ。

太刀と、脇差と、護身用の懐刀。三つある内の一つ。


岩男の傍らには、共に挟み撃ちを狙ってきた新手の姿がある。

新手にも飛び道具が使われたようで、隊士用の苦無クナイうなじに刺さっていた。


つまり、断末魔の叫びは新手が発したもの。

新手も岩男も、彼が倒した。

そうでなければ、私は屍の仲間入りをしていただろう。



「やれやれ、とんだ茶番だぜ」



闇より濃い、漆黒の影。

仰ぐ私の一歩前に出て、堂々と仁王立つ後ろ姿は、とても気高く勇ましい。



「騙し討ちってのは、別に悪い戦法じゃあねえけどよ。

そりゃ俺の十八番じゅうはちばんなんだよ。勝手に真似されちゃ困る」



またもや似つかわしくない軽妙さで話す彼に、薮下が恐る恐ると尋ねる。



「なぜ、貴様が……。騒ぎの鎮圧に出ていたはずでは───」


「そうさ。町は今頃お祭り騒ぎだ。

───にも拘らず?この最中さなかに?ドブネズミの群れが、ぞろぞろと列なして、持ち場を離れて行くもんだからよ。

何事かと付いて来ちまった」


「どぶ……!

まさか、内部から手引きしていた裏切り者は───」



何かを悟ったらしい薮下の顔が青ざめる。

そんな薮下に構うことなく、彼は続けた。



「そら不細工、お喋りはここまでだ。

あいにくと俺ァ今、虫の居所が悪いんでね。

敵味方関係なく、ぶちのめしたい気分なんだよ」



肌が粟立つほどの狂気と殺気。

彼から滲み出される気迫を前に、臆した隊士が一人二人と後ずさっていく。


沈着冷静を体現した彼が、こうも怒りを漲らせることは終ぞなかった。

明らかに狼狽えだした藪下を筆頭に、調子を乗せていた連中も意気消沈してしまった。



「(ああ、懐かしい、匂いがする)」



彼となら、やれる。二人でなら勝てる。

言葉にならない力のうねり(・・・)が、私の全身を駆け巡る。



「(今までだって、そうだ。ずっと、そうだった)」



私とお前が並んだ時、そこに敗北は有り得なかった。

無意識に漏れた溜め息は、紛れも無い安堵から出たものだった。



「ここからは、この俺、

───猛犬、風見かざみ松吉しょうきちが相手だ」



雨に濡れた前髪をかき上げながら、彼が自前の太刀を抜刀する。



「惜しげのない奴から、前に出な」



彼こと松吉が冷淡に告げる。

恐れた隊士たちは、更にもう一歩後ずさろうとした。

すると藪下が金切り声を上げ、制止に刀を振り回した。



「ええい怖気づくな!今さら引けるかってんだァ!

奴らに背を向けた弱味噌は末代まで呪われると思え!!」



目配せをし合った隊士たちが、方円の陣を組み直す。

形こそ歪であるものの、薮下の一喝は効果があったようだ。


鼠で例えるなら、窮鼠猫を噛む、といったところか。

腐っても武士の端くれ、往生際の悪さだけは敵ながら天晴れ。



「囲まれたな。が、大した数じゃねえ。

転がってる仏さんのが多いんじゃねえの?」


「いや、弓持ちの伏兵がいるはずだ。丘に潜み、こちらを狙っている」


「なるほど。そりゃ鬱陶しい」



腕に刺さったままでいた矢を引き抜き、立ち上がる。

松吉と背中を合わせ、汚れた顔を袖で擦る。



「おい」



後ろ手に私の脇腹を小突いた松吉は、首だけをこちらに向けて話し掛けた。



「この程度なら俺一人で十分だ。お前は話の弓兵どもを潰しに行きな」


「……いいのか。あてにするぞ」


「上等。

ただし、かたァ付いたからって、さっさと逃げたりすんなよ。俺の用はまだ済んじゃいねんだ」


「承知した。訳は後で聞くとしよう。

───かたじけない、松吉」


「ヘッ、ばーか」



五感が冴え、視界も良好。

冷え切ったはずの手足も、熱を取り戻し始めている。

首の皮一枚で凌いでいた劣勢ぶりが、まさに夢か走馬灯のようだ。


なにゆえ、松吉が我々を追ってきたのか。私を助けてくれるのか。

彼にどんな思惑があるのか、分からないが、構わない。


とにかく今は、彼の気まぐれに称賛を。哀れみに感謝を。


有象無象を撃滅する。

ただ、それだけだ。






さくら吹雪ふぶき

;サイ編 結




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