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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;サイ編 化身の章
68/75

;第二十六話 鬼の真髄、篤と見よ



曇天。晴れていた空が、厚い雲に覆われていく。

霧雨。澄んでいた景色が、細い雨にけぶりだす。


目の前には、険しい顔でこちらを睨む隊士たち。

ざっと見ただけでも、三十人はいそうな雰囲気だ。


まったく。

たかだか女二人捕まえるために、これほどの大群を遣わせてくるとは。

相変わらず浅慮だが、今度ばかりは抜け目がないとも言えるな。




「───おい玉月、唯桜姫はどこだ!一緒だったんだろう!」


「さてね。その痘痕面アバタヅラに教えてやることなんざ、一つもないな」



高飛車を気取って、軽く挑発してやる。

すると群れの中衛にいた男が、前衛を掻き分けて表に出た。



「貴様、己の立場が分かっているのか?

言い訳をこねたところで、もはや無駄だ」



小柄な体躯に似つかわしくない、尊大な態度をとる男。


こいつの名前は、なんだったか。

大した関わりもないので、覚える必要がなかった。

覚える気にならなかった。


だが、この憎たらしい面構えには覚えがある。


いつも松吉の後を付いて回り、執拗に彼に媚びておきながら、裏では彼を陥れようと画策ばかりしていた。

悲しいかな、私の横槍のせいで、いずれの画策も成就はなされなかったのだけれど。



「しかしまぁ、俺達とて鬼ではない。お前と違ってな。

あの娘を引き渡すならば、死罪だけは免れるよう、口を利いてやってもいい。

もっとも、いっそ殺してくれと願わんばかりの地獄が、お待ち兼ねやもしれんがな」



実力は松吉の足元にも及ばない半人前ながら、妬み嫉みの類は人一倍ある戯け者。

今やこいつの矛先は、松吉を差し置いて私に向けられている。



「ふん。

ご自慢のご高説も、麗句が過ぎれば雑音だな」


「なに?」


「その様子だと、全く知らされていないか、気付いてすらいないのか……。

獣じみているのは風体だけで、嗅覚は人並みと見える」


「こンの、青二才が言わせておけば………!

応じないなら直ちに斬るぞ!叩っ斬るぞ!!」



わなわなと肩を震わせて抜刀した戯け者を、横二人が厭味たらしく宥めてみせる。



「そうカッカしないで、先輩」


「こんなやつの挑発に乗ってやることありませんよ」


「く……」



戯け者の興奮を治めた二人は、より口角を上げてこちらを見据えた。



「雪竹城の番人が聞いて呆れるぜ。まさか、殿様の女を拐って、とんずらしようだなんてよ。

鬼は鬼でも、ちゃんと一物イチモツは付いてたってわけか?」


「ハッハ、ちげェねえ」


「どうとでも。退しりぞくつもりは毛頭ない」


「この手勢を前に大した度胸だな。

で?俺たちは一体なにを知らされてねえって?

お前らの惚れた腫れたなんざ、そら知る由もねえだろうよ」



ひょうひょうと捲し立てる二人。

げらげらと笑い合う他の隊士たち。


知る由もない、か。

あの悪党め、我々の脱走をいち早く察したはいいが、自らの危機までは思案の外らしい。

各地で騒ぎが起こされているのは、単なる抗議活動ではないというのに。




「今夜、雪竹城は落ちる。

いつぞやの反逆隊が再集結し、日没と同時に城へ攻め入るんだそうだ」



隊士たちの笑い声がぴたりと止み、辺りがしんと静まり返る。



「上様は勿論のこと、隊士に側近に……。人によっては、厳しい処断が下されるだろう。

中でも、上様の腰巾着だった貴様らは、首が先か腹が先か……。

いずれにせよ、主君と死なば諸共だ。忠臣冥利に尽きるってもんだよなぁ。なあ?」



お前たちの命運は尽きたと、わざとらしく鼻を鳴らしてやる。

呼応するように再び息を荒げた戯け者は、先程とは別の意味で血相を変えた。



「う───、嘘だ!出鱈目を言うな!

動揺を誘おうったって、そうはいかんからな!」



慌てふためく阿呆面アホウヅラ

立派なのは態度だけで、随分と華奢な心臓らしい。



「嘘と思うか?目が泳いでいるぞ?」


「貴様おちょくりおって……!」



後衛に控えていた一人が、背後から戯け者に耳打ちする。



「ですが藪下さん、あながち嘘とも言い切れませんよ。

先程の暴動といい、腑に落ちない点がいくつか───」


「うるせえ!俺たちの仕事は、あの小娘を連れ戻すことだ!

町がどうなろうが、そんなもんは残った奴らに任しときゃいいんだよ!」



さっそく不和が生じたな。

たった一人の"しかし"によって、もう団結が揺らぎ始めている。


元より、我が身可愛さで集った連中だ。

忠誠心など、匙一杯分がせいぜい。

仲間意識どころか、足の引っ張り合いが常だろう。


あの悪党に人望が、こいつらに美徳があろうはずもない。

圧政の脆さと醜さは、崩れる間際が一番臭う。



「ほら、どうするんだ?

このまま行方をくらましたいというなら、止めはしない。

戻って手柄を立てたいというなら、それもまた良しだ。

"もっとも?いっそ殺してくれと願わんばかりの地獄が、お待ち兼ねやもしれんがな"?」



先程の発言から引用して煽ってやる。

"藪下"と呼ばれた戯け者は、奥歯を噛みながら深呼吸をした。



「俺を怒らせたな、玉月」



"悪漢相手に多勢に無勢。

窮地を極めた時にこそ、助けを乞うより焚き付けるべし"。

習った通りにやってはみたが、私に挑発の才能はないらしい。


誘えたのは動揺と混乱だけ。

戦意そのものを削ぐには、あと一押し足りなかった。



「小娘の捜索は後回しで構わん。

あの体たらくだ、どのみち逃げられん」


「では……」



こいつらにとって、旗色悪しは掌返しの合図。

せめて共倒れは避けたいと、戦線離脱に舵を切ってほしかったのに。

人としての善悪はおろか、自らの損得さえも判断がつかない始末とは。


悪漢以前に、底抜けの馬鹿であることを加味すべきだったか。

飼い犬は主人に似るとはいえ、もはや同じ血が流れていても納得だな。



「玉月ぃ。貴様をここで嬲り殺して、その骸を餌に雌犬をおびき出してくれるわ。

───者共かかれぇ!!!」



藪下が号令をかける。

雄叫びで答えた隊士たちも、抜刀間もなくこちらへ走ってくる。


いよいよか。

私も朧を抜いて構える。




「(鬼の真髄、篤と見よ───)」



待っていてください、姫様。

すぐに、迎えに行きます。



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