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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;サイ編 化身の章
63/75

;雪解け



私が駆け落ちを決意してからというもの、姫様の病状は急速に悪化していった。


労咳だけじゃない。

巷で猛威を振るい始めたという、流行り病まで併発してしまったのだ。


私を含め、城の誰も、その病には罹っていないのに。

世から隔絶された姫様が、ただでさえ重病人の姫様が、お一人だけ。


城では感染症対策がより徹底され、姫様への村八分もまた徹底されるようになった。

姫様と変わらず接し続ける私は、不思議とどちらも感染の兆候がなかった。



二日後。

姫様の病状が和らぐと同時に、流行り病の出処が判明した。


定期的に姫様のもとへ往診にやって来る医師の、代理のほう。

彼こそが、菌をここまで運んでしまったようなのだ。



実は、姫様を診てくれる医師は二人いる。

一人は、最初に姫様の労咳を診断した、壮年の医師。

二人は、壮年の医師が急務に当たる場合のみ駆け付ける、青年の医師。


いずれも名うてではあるが、前者が老巧の藩医なのに対し、後者は新参の町医。

技術も心得も未熟なうえ、町人まちびとと接する機会も多い。


となれば、どこからか菌をもらい、知らず知らずと自らでもバラ撒いた可能性を否定できない。

と、町医本人から私当てに、直談判の報告と謝罪があった。

どうか上様にはご内密にと、涙ながらに一言添えて。



確かに、元凶に最も近い立場にあるのは町医だろう。

しかし、町医ばかりに責めを負わせる訳にもいかない。


どこからか(・・・・・)をもらい(・・・・)知らず知らずと(・・・・・・・)バラ撒いた(・・・・・)可能性で言うならば、町医以外にも当て嵌まる者がいるからだ。



城の人間は、乙女たちを除いた全員が城と町とを出入りする。

中でも隊士と女中は、やれ税の徴収だ夕餉の買い物だで、町医に引けを取らず町人と交流する。


出入りを完全に絶たない限り、城の中は安全じゃない。

町医も、上様も、関係者の全員が保菌しているかもしれないのだ。




"なんて顔をしてるの、サイ。"


"熱が出るのは、いつもじゃない。"


"わたしのことで謝るのは、もうしてって、前に約束したでしょう。"




じゃあ、私は。

私が一番、それに当て嵌まるんじゃないのか。


外回りに出ておらずとも、姫様と最も接するのは私だ。

町医に並んで、私も元凶に近いんじゃないのか。

下手をすれば、町医以上に、私が。



ならば、私より先に姫様が発病した原因は?

菌が病に成長したのが、姫様しかいない理由は?


労咳の時と同じだ。

我々のような健康体には影響がなくとも、元より衰弱した姫様には猛毒に等しい。

だから姫様だけが苦しみ、姫様だけが汚いかのような誤解が生じる。


姫様のせいじゃないんだよ。

あのひとは被害者なんだよ。




"できれば、一晩くらい、ゆっくり休みたいものだけど。"


"せめて、あなたに移らなかったのは、よかったわ。"


"もし移ったら、移る前に、今度こそ置いていってね。"




ここへきて、悪いことが続いている。


姫様の体調が落ち着いた頃にと、算段をつけていたのに。

これでは実行に移すどころか、算段を打ち明けただけでも、却って姫様を追い詰めてしまう気がする。


二の足を踏み、溜め息を零し、焦燥ばかりが募る日々。

せっかく決意を固めても、叶えられなきゃ意味がない。




"たまには、あなた自身も、気にかけてあげて。"


"誰より頑張っていること、わたしはよく、知っているから。"


"わたし以外にもうひとり、あなたを、褒めてあげてちょうだいな。"




以前と比べれば、少しは私を頼ってくれるようになった。

ごめんねよりも、ありがとうを多くくれるようになった。


だけど、泣いてはくれない。

やっぱり、辛いとは言ってくれない。


もう十分だと、今ならまだ間に合うと。

隙あらば私を遠ざけて、孤独に沈んでいこうとする。



いっそ、死んだ方が楽だろう。

こうも苦しみながら、生き永らえたくはないだろう。


でも死なない。死ねない。

いよいよ朽ち果てるまで、崩れかけの命は歪に動く。


自ら死を望めないのは、もはや舌を噛む力さえ残っていないから。

私に殺してくれとせがまない(・・・・・)のは、私が悲しむと分かっているから。



あんなに、ボロボロになってもまだ、あのひとは、私のために息をする。

ひび割れた唇で私の名を呼び、虚ろな目で私に笑いかける。


死んだ方が楽と知っていて、敢えて止めを刺してやらない私が、非情な人間と知っていながら。




"なかないで。"




あらゆる手段を使った。


上様を脅して御殿医を招かせた。

高価な新薬も買い占めさせた。

根拠の疑わしい民間療法やまじないの類も、試せるだけ試した。


付きっ切りで、姫様の世話をした。

本当に、なんでもしたんだ。




"ごめんね、サイ。"


"わたしを見ていると、あなたも辛いのでしょう。"


"ごめんね。わたしが病気なんてもらったせいで。"


"ごめんね、サイ。"

"ごめんなさい。"



なぜ、貴女が謝るのですか。

貴女はなにも、悪くないでしょう。



"サイ。"

"わたしが死んでも、どうか悲しまないで。"


"そして出来たら、たまにでいいから、わたしのことを思い出して。"




雪が解け、芽が萌えいずると共に、姫様は弱っていった。

早春の麗らかな陽射しが、その身を焦がしていくかのように。




"サイ。"

"好きよ。"




きっと、姫様の夏は、もう来ない。

愛した桜が花開く頃には、彼女は。






こずえゆき



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