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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;松吉編 上弦の章
49/75

;第十六話 掃きだめに鶴 2



空が朱く色づき始め、迎えた勝負の時。


舞台となるのは、二ノ丸東に位置した中庭。

大の男数人が駆け回れるだけの広さがあり、身を隠せそうな障害物は置かれていない。

純粋な力比べをするには、打って付けの場所だ。




「───お前のそれは?」


「矢立」


「また古めかしい造りだなぁ。竹か?」


「真鍮のが売れ筋って聞いたことあっけど」


「そういうお前は?」


「いち止め。

昔イイ仲だった女がよ、これを自分の代わりにお側につってな───」


「思い出話いらん」


「銭持ってきたやつ手挙げろ〜」



周辺の縁側には、隊士を始めとした野次馬が多数集まっている。

なにやら金品のやり取りが散見されるのは、俺かギンかで勝敗を賭けているためだろう。




「───皆さん喜び勇んでらっしゃいますね。

お二方の勝負は、それほど見物みものということですか」


「勝負そのものよりかは、勝負に伴うあれそれ(・・・・)が気散じなのだろうよ」


「あれそれ?」


「なに、今日くらいは目を瞑ってやるさ。戯れの過ぎない内はな」



野次馬の中心には、扇持ちの小姓を従えた上様が座している。

賭け事など卑俗だと釘を刺さないのは、自分も一枚噛んでいるからかもしれない。




「───こうして見ると、まるで兄弟だよなぁ」


「そうか?顔はあんまりだろ」


「兄弟ってんなら、松吉が兄で、餓鬼んちょが弟か」


「ふてぶてしい弟もらったなぁ、松吉」


「可愛げがねえって意味なら、そっくりなんじゃねえか?」



正面には、俺と写し鏡のようなギンがいる。

隊士用の黒装束を身に纏い、手合わせ用の木刀を握り締め、脇目を振らずにこちらを見据えている。

間もなく一戦交えようという俺に対して、不安も恐怖も覚えがなさそうなていで。



「(相ッ変わらず、眉ひとつも動かねえでやんの。肝据わってやがるぜ)」



直に確かめてみたいと思っていた。

たかだか齢十四の小娘が、始末屋として勇名を馳せるに至った訳を。

一体どうして、こんな子供に、人を殺せてしまうのかを。


確かめて、納得して、勝ちたい。

こいつが頭抜けた強者であると、肌で感じて認めた上で、それでも俺が勝ることを証明したい。


いや、少し違うな。

勝ちたいというより、負けたくない。

身分も面子も関係なく、負けたところでさしたる痛手がなかろうとも、負けるわけにはいかない。


こいつも所詮は人間で、子供なんだってこと。

こいつの中に、僅かばかり残った人間性ってやつを、どうにか引きずり出したい。

それを証明することで、たぶん俺は、安心したいんだ。




「───双方、準備はよろしいか?」



仕合の判定役を引き受けてくれた山下さんが、俺とギンの間に立つ。


いよいよか。

野次馬の喧騒がぴたりと止み、緊迫した空気が流れ始める。

俺とギンは呼吸を整え、木刀を胸の高さに掲げた。



「はじめッッ!!」



俺たちの顔を交互に見遣った山下さんが、仕合開始の合図を告げる。


俺は山下さんの合図を聞いて直ぐ、一歩ニ歩と引き下がり、ギンの出方を窺った。

しかし、敢えて無防備を晒す俺に、ギンはなかなか噛み付いて来なかった。


挑発には乗らないか。

俺が右に向かって蟹行すると、ギンもまた右に向かって蟹行した。

俺が左に向かって跳躍すると、ギンもまた左に向かって跳躍した。


始末屋というからには、さっさと決着ケリをつけたいがために、初手で急所を狙ってくるかと思いきや。

一応は俺のことを、一筋縄ではいかない使い手と認識してくれているようだ。



「(じれったいな)」



このままいくと、睨み合ったまま夜になっちまう。

そちらが来ないなら、こちらから仕掛けてやるか。


ギンに向かって半歩踏み出し、木刀の持ち手を僅かにずらして、切っ先を下げる。

すると、動作につられたギンの視線が、俺の目から木刀に移った。


かかった。

とっさに生まれた虚を突き、すかさず間合いを詰める。

ギンの横っ腹目掛けて、下から上へ掬いあげるように木刀を薙ぐ。

ギンは即座に自分の木刀を構えると、難なくそれを受け流してみせた。


防がれたか。

だが、この程度は想定の範囲内だ。


受け流された木刀を素早く片手に持ち直し、その場で一回りすることで勢いをつけ、今度はギンの右肩目掛けて振り下ろす。

ギンはそれも頭を低くして避けると、左足を引いて腰を落とし、俺の首に斬りかかってきた。


速い。

俺は木刀を縦にして防いだが、ギンほど即座には反撃の態勢をとれなかった。



そこから、ギンの猛攻が始まった。



何度となく木刀を振り下ろし、振り上げ。

突いたかと思えば薙ぎ、薙ぐと見せて斬りかかる。

目まぐるしい斬撃の嵐に、俺は後手後手に回らざるを得なかった。


腕っぷしは俺が優っているとはいえ、速さと手数てかずはこいつの方が格上だ。

合間を縫おうにも、すべて空振りに終わるか、防がれた挙げ句に却って速攻の隙を与えてしまう。


息をつく暇もない。

互いにここぞ(・・・)が決まらなければ、いつまで経ってもキリがねえぞ。




**


押しつ押されつの接戦が続き、仕合開始から四半刻が過ぎた頃だった。

ここまで有利に立ち回ってきたギンに、ようやく変化が表れた。


猛攻は絶えず繰り出されているものの、斬撃に厚みがなくなってきている。

鍔迫り合いになれば、押し負ける恐れがあるためだろう。


やはり、所詮は子供にして女。

大の男と互角に長くやり合えば、先にへばる(・・・)のは女の方に決まっている。


こうなりゃ根競べだ。

大人げない気もするが、ギンの足腰が脆くなったところを畳み掛けてやる。



「(ほらそら。

あんよが覚束ないぜ、お嬢ちゃん)」



涼しいツラをしやがって、本当は疲れているくせに。

再び挑発のつもりで、渇いた上唇を一舐めしてみせる。


かっと目を見開いたギンは、反動をつけて思いきり木刀を振りかぶってきた。

今までにない、雑な構えだ。


防がれたら押し負けると承知で、一撃必殺に打って出たか。

はたまた、限界を悟って破れかぶれになったのか。


なんにせよ、一度目はあしらった挑発を、二度目は無視できなかった。

焦るやつほど、付け入り易い相手はない。

こんな好機を、みすみす逃す手はない。

俺は向かって右から、ギンのガラ空きな腋目掛けて木刀を薙いだ。


防御は間に合わない。間に合わせない。

間一髪の差で、ギンより俺が先に届く。

心中でそう確信した刹那、ギンの木刀の切っ先が角度を変えた。

叩かれたのは俺の脳天ではなく、俺の木刀の峰だった。



一撃必殺、じゃない。

こいつ、端からそのつもりで。


俺は木刀を手放さなかったが、叩かれた衝撃で重心を崩してしまった。

同時に、ギンの姿が忽然と消えた。


どこへ行った。

俺が周囲を見渡す前に、どこからともなく歓声が沸いた。



「は………」



手が止まり、足が止まる。

固く冷たい感触がうなじに触れ、重く鋭い気配が背中に刺さる。


息がまり、瞬きをめた。





「───一本!!」



山下さんの太い声が響く。


仕合決着の合図。

恐る恐る、首だけで振り向いてみる。


そこには、いつの間に背後をとったのか、木刀の切っ先を俺の項に突き付けたギンの姿があった。

涼しいツラはそのままに、呼吸は少し乱れている。


どうやら、勝負はこれにて決したらしい。

額から汗が噴き出し、長い溜め息が零れる。



「(ああ、負けたのか、俺は)」



雪竹城随一の剣豪、初めての敗北。

不思議と、悪くない気分だった。

心の底から、ギンの強さに感服する。



「参ったよ」



俺が振り返ると、ギンは木刀を下げた。

拍子抜けなほど、先程までの鬼神ぶりは、既に鳴りを潜めている。


良くも悪くも、見慣れた顔。

ふてぶてしく、荒々しく、聡明そうで精悍で。

良くも悪くも、見慣れた顔だ。



「おまえ強いな」



いつぞやの握手を改めてと、俺は手を差し伸べた。

ギンは俺の指先だけを軽く握って、一言こう返した。



「あんたもね」



珍しく誉めてやってんだから、素直に喜べばいいものを。


この俺に勝つってことが、どれほど大したことなのか。

明日になれば、嫌でも実感させられるぜ、くそ餓鬼め。







『月の剣』




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