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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;松吉編 上弦の章
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;第十六話 掃きだめに鶴



ギンがやって来てからというもの、雪竹城の空気はギン一色となった。


"巷に轟く人斬りが、よもや、これほどの美男子だったとは"。

誰も彼もが口を揃え、花や蝶やとギンを誉めそやす。


本来であれば美男・・ではなく、美女・・と称するべきなのだろうが、そこは訂正するべくもない。

案の定、ギンの性別が女である事実は、一部を除いて口外無用となったからだ。


元より性別不明な出で立ちであったし、通称も俺の名付けた"ギン"で定着している。

なにより本人が、自らに課せられた処遇を平然と受け入れている。

裸に引ん剥きでもしない限りは、事実が露呈する恐れなしと見ていい。



とはいえ、ギンが周囲に馴染めるかは別問題。

今のところ、まともに接したことがあるのは俺くらいだ。


主に熱を上げている女中たちは、はしゃぐ割に遠巻きにするだけ。

上様の側近たちは、祭り立てる傍ら、何かと切り目をつけたがる。

どちらも、ギンに対する怖気を拭いきれないせいだろう。


とりわけ隊士たちは、直接の同僚に当たるにも拘わらず、さっそく村八分を始めてしまった。

男にせよ女にせよ、ギンはまだまだ餓鬼で、隊士の多くは餓鬼の扱いに不慣れな者ばかり。

そしてギンは、干渉を疎み介立を好む、浮世離れをしたきらい(・・・)がある。

そもそもの相性が、水と油なのだ。


必要の受け答えは交わしても、互いに歩み寄る姿勢を持たなければ、溝は埋まらない。

当座はこうして、腹を探り探られの膠着状態が続くと思われる。



かくいう俺は、先の通り。

ギンとは付かず離れずの距離感を保っている。


教育は過不足なく施し、それ以外は自由にさせている。

こと剣の技術に於いては、一切口出ししていない。

俺に教わらずとも武勇に優れ、誰に強いられずとも鍛錬を怠らないのが、ギンだからだ。



今後どのようにして、ギンの立場が変わっていくかは分からない。

いつまでも孤立するかもしれないし、いつかは友人と呼べる相手が見付かるかもしれない。


間違いないと予見できるのは、そうだな。

ギンの存在は、ここ雪竹城で、延いては蝦夷全体で、恒久的に語り種となる。

そこだけは、今のうちにも断言できる。




**



「───今度の仕合、どっちが勝つと思うよ」


「そりゃあ松吉だろ。

あいつを超える剣士は、少なくとも蝦夷にはいやしねえよ」


「俺も松吉だな。

始末屋だかなんだか知らんが、所詮は餓鬼の空威張りさ」


「なんだ、松吉派多数だな。

餓鬼の番狂わせに期待してるのはオレだけか?」



ギン担ぎ冷めやらぬ五日目。

昼飯を食い終わった正午に、渦中のギンと俺とで一騎打ちをすることが決まった。


これは専ら、ギンの地力を試す仕合。

相手役に俺が選ばれたのも、ここでは俺が最強だからという単純な理由だ。


しかし、悠長に構えてもいられない。

いくらギンのための仕合といえど、その様子は上様もご覧になる。

万が一にもギンのような餓鬼に後れを取ったならば、俺は上様を含めた衆目で大恥を晒すことになる。



雪竹城随一の剣豪と謳われる俺か、名うての始末屋と恐れられたギンか。

実際のところ、どちらが上なのか。

ギンのついでに、俺の真価もまた問われている。


そうとくれば、みすみす勝ちは譲ってやれない。

女だから年下だからと容赦せず、本気で潰しにいかせてもらう。

始末屋が用心棒が、何するものぞ、だ。




**



「───あっ、ねえねえ松吉さん!ちょっと!」



昼飯前の一仕事を片付けた時だった。

私室に寄るべく廊下を渡っていた俺に、通りすがりの女中三人組が声をかけてきた。



「なんだよ、雁首揃えて俺を口説こうって?」


「あはは、やだ松吉さんたら。相変わらずの減らず口!」



俺の洒落に対し、向かって右にいる女が二の腕を叩いて返した。

彼女に続くようにして、今度は左にいる女がぐいぐいと迫ってくる。



「ね、松吉さんって、あの子のお目付け役なんでしょ?」


「あの子?

───ああ、新入りのことか」



またギンの話かよ。

辟易しつつも納得すると、目を輝かせた三人は一斉に捲し立ててきた。


"どこから来たのか"。

"これから何になるのか"。

"俺とはどういう間柄なのか"……。

ほとんど主語が抜けているが、内容は全てギンに関する問いだった。


俺は思わず後退りしながら、一人ずつ順番に話すよう制止した。

すると中央にいる女が、わざとらしい咳払いと共に挙手をした。



「あの子、名前なんていうの?」


「ああ?ンなこと知ってどうすんだよ」


「もーっ、野暮なこと聞かないでくださいよ!

掃きだめに鶴だって、女の子達みんな噂してるんですから!」


「そうですよ!

あんな美男子、そんじょそこらじゃお目にかかれないですって!」



"ねー"、と声を揃えた三人が顔を見合わせる。


確かにうちの隊士どもは厳ついのばかりだが、ここまで露骨に差別することもないだろうに。

今時の女は、男を見て呉れで選びやがる。



「(呑気なもんだな)」



側室の乙女たちと違い、彼女ら女中たちは、上様の支配の対象から外れている。

故にこそ、こんな風に言いたいことを言えるし、油を売る余裕もある。


女中たちと、側室たちと、ギンと。

同じ女に生まれても、人の一生とは、命運ひとつで様変わりするものか。


彼女らの軽薄さが微笑ましい反面、時に厭わしく感じる。

お前らが安逸を貪るのは好きにすりゃいいが、俺はお前らごときにかかずらっていられないんだ。



「ギン」


「えっ、ギン?あの子ギンくんっていうの?」


「そうだよ。

つっても、その内に上様が新しい名前を───」


「ギンくんだってー!かわいい名前ね!」


「あの凛とした雰囲気にぴったり!」



聞いちゃいねえ。

こりゃ明日には、女中全員の耳に入ってるな。



「ふー、いいこと聞いたわ」


「次話しかける時は名前で呼んじゃいましょうよ!」


「いいわね!

───じゃ松吉さん、また今度」


「貴重なお話をどうもねー!」



お目当てが手に入った彼女らは、用済みとばかりに踵を返すと、適当な感謝を告げて去っていった。

例に漏れずはしゃぎ倒しで、まるで嵐のようだった。


にしても、少し前までは俺が一番人気だったはずなんだがな。

彼女らの変わり身の早さは、いっそ清々しい。



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