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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;ウキ編 めざめの章
26/75

;第七話 雨希へ 2



**

雨希へ

これに目を通しているということは、染介さんとお会いになったのでしょう。

自分に飛脚が務まれば、と言ってくれたので、図々しくもお頼みした次第です。

団欒を共にできなかったのは残念ですが、今しばらく先の楽しみに取っておきます。


聞けばあなたは、身内とのやり取りを固く禁じられているとのこと。

風に便りを出すならまだしも、実物の文は送るも受けるも御法度だそうですね。


父も母も、重々承知の上で、筆を執りました。

たとえ法度に触れてでも、伝えねばならないことがあったから。

恐らくはこれが、最初で最後の文になるかと思います。

読み終えたら、すぐに燃やしなさい。



実は先日、千茅家に一通の書簡が届きました。

差出人の名前は、玉月才蔵さん。

上様に仕える身ながら、あなたの世話役も担っておられる方だとか。


城のこと、町のこと、日々の暮らしぶりのこと。

美しい筆跡で綴られていたのは、あなたに纏わる話でした。

私達の知りたくて知り得なかった全てを、玉月さん自ら教えてくださったのです。


私達はとても驚き、そして安堵しました。

あなたに会えない悲しみに、あなたを守れなかった苦しみに、玉月さんは理解を示してくれた。

里のため皆のためと、愛する我が子を差し出した罪に、それでも寄り添おうとしてくれた。


なにより、あなたへの真心が感じられた。

書面上にも、玉月さんのお人柄が表れていたのです。


心配で堪らなかったけれど、こんなに頼もしい従者が支えてくれるなら、あの子はきっと大丈夫。

まるで憑き物が落ちたようで、母は涙しました。

お父さんも声を殺して泣いていたことは、私とあなたと、玉月さんだけの秘密にしてください。



中には、写真とやらも同封されていました。

玉月さんと町へ出掛けた折に、二人で撮ったそうですね。


よもや玉月さんが、麗しの女性だったとは。

お名前や筆跡の印象から、老いらくの男性を想像していたので、こちらの驚きも一入でした。


もちろん、あなたも負けじと綺麗でしたよ。

ご近所に自慢して回ったら、子煩悩が過ぎると笑われてしまいました。


写真も、書簡も。

千茅家の家宝として、大切に保管させていただきます。

両親がよろしく云っていたと、玉月さんにお伝えください。




**

長くなりましたが、最後に。


雨希。

元気にしている?ご飯はちゃんと食べている?

お城の人にこっそり意地悪されたり、隠れて酷い目に遭っていない?

私達を、恨んでいる?


私達は、恨めしい。

あなた一人に背負わせてしまったこと、引き留めてあげられなかったこと。

今でも毎夜、送り出した時を夢に見る。


本当に、ごめんね。

謝って赦されることではないけれど、どうか言わせて。

これからは、人のためじゃなく、自分のためを考えて。

もっと怒って、我儘をして、自分の人生を選んで生きて。


あなたには、そうする権利があるのだから。

誰にどう思われようと、堂々と胸を張りなさい。



そちらの負担を減らせるよう、あなたの苦労に報いるよう。

父と母、里のもの一同、尽力して参ります。

いつかまた、会える日がくると信じて。


大好きよ、雨希。

ずっとずっと、愛しているわ。






篤彦あつひこ

美鯉みこい

**






らずのあめ



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