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現し世は桜花の化身  作者: 和達譲
;雨と桜と、隠れた月
22/75

;第六話 綺麗な月だな



「───やっぱり此処にいたか」


「………なんの用だ、非常識」



先客に遠慮なく障子を引けば、怪訝な双眸がこちらに振り向いた。

刀の手入れ中だったようで、周囲には打ち粉やら拭き紙やらが並べられている。


"人の部屋に立ち入る際は、立ち入っていかを予め断るべし"。

奉公人なら誰でも身に付く作法とはいえ、上様以外にそんなことを気にする俺ではない。

引いたばかりの障子を閉め、畳の上にどっかりと胡座をかく。


玉月は更に眼光を鋭くしつつも、出ていけとは追い返さなかった。

身分的には俺が上だし、言う通りにならない相手だと、理解しているのだろう。

教育の賜物だな。



「まったく職務怠慢だな。

腐っても用心棒のくせに、こんな離れの座敷で油売りとは」


「上様は先方と晩酌中だ。

その傍らに三人、外の見張りには五人の隊士が控えている。

刺客でも差し向けられん限り、私の出る幕はない」


「堅物だねぇ。

ここいらにゃ脅威がねぇってことくらい、俺だって分かってらぁ」


「ならばなんだというのだ。

いとまの許しはもう得ている。怠慢などと貶される筋はない。

手前は私をからかうために、こんな離れの座敷(・・・・・・・・)まで、わざわざ足を運んだのか?ご苦労なことだ」



さも迷惑そうに、玉月は早口で捲し立てた。


そうだ、図星だ。

確かに俺は、コイツをからかいに来た。

どうせ一人でいるのだろうと、感傷に浸っているに違いないと、分かっていたから。



「くっくっく。今夜はいつにも増して気が強いな。

まだ山賊どもの肉の感触を忘れられないか?」



玉月が作業の手を止める。

俺はしてやったりとほくそ(・・・)笑み、数刻前の出来事を反芻した。


道中、俺たち一行に無謀にも仕掛けてきた、頭の悪そうな山賊どものことだ。

あんまり歯応えがなかったんで、俺と玉月だけで始末してしまったが、殺しは殺し。

山賊だろうと殿様だろうと、むごくやろうと楽にやろうと、命を奪ったことには違いない。


コイツが一人になりたがる理由なんざ、それしか思い付かなかった。



「そんなこったろうと思ったよ」



返事を促す前に、駄目押ししてやる。

玉月は俺に一瞥くれると、無言のまま作業に戻った。


なんだよ、無視かよ。

空振りに舌を打つも、めげずに突っ掛かる。



「ケッ、鬱陶しいやつだ。

たかが山賊だろ。縁がなければ仇討ちの心配もない。

上様の行く手を阻む者は、誰あろうと斬り伏せる。それが俺たちの仕事だ。違うか?」


「用がないなら出ていってくれるか。気が散る」


「───ッ、てめえ……!」



なぜ、なにも言い返さない。どうして怒らない。

昔のお前だったら、負けずに吠えて、噛み付いてきたはずだろうが。

いつからそんな、人間くさい顔をするようになった。



「あーあ、気色の悪ィったらねぇや。これまで何人()ったと思ってる?

昔のお前は、もっと割り切れていただろう。なあ?」


「………。」


「……ああ、そうか。あの(・・)お嬢さんか」



沈黙が居た堪れなくて、俺はふと鎌を掛けた。

すると玉月は、途端に感情を発露させた。



「───ッ姫様は関係ない!!」



突然の怒号が鼓膜を貫き、余韻が座敷中に響き渡る。


"あのお嬢さん"が誰を指すかは、俺は明言していない。

にも拘わらず、玉月は激しく反応した。


とどのつまり、例の新妻が、玉月の脳裏に陣取っていたということだ。

恐らくは、俺がからかいに来るより、ずっと前から。


なるほど、読めたぞ。

山賊ごときに躊躇しやがったのも、いつぞやの孤高主義をぶり返したのも。

あのが、お前の新しい弱点だ。




「いいから、もう出て行け。

私も後で、控えの連中と交代を────!」



仕上げた刀を鞘に納めながら、玉月は浅く溜め息を吐いた。

俺は玉月の肩を後ろから掴み、力いっぱいに引き寄せて押し倒した。

畳に背中を打ち付けた玉月は、反射的に目を瞑って呻いた。


俺はすかさず玉月に覆い被さり、玉月の腹に跨がった。

少し遅れて状況を把握した玉月は、珍しく狼狽えた表情に変わった。


そうだよ、これだよ。

俺はお前の、こういう顔を見たかったんだよ。




「どけ、松吉。手前の悪ふざけに付き合っているひまはない」


「なんだ、いとまをもらったと言わなかったか?」


「それとこれとは別だ。

手前こそ、上様に酌の一つでもして来てやったらどうだ。親衛隊長だろう?」



圧倒的不利の状況に於いても、玉月は毅然とした態度を崩さなかった。

上様にお酌をしてやれなどと、また面白い冗談を言ってくれる。



「ハッ、手前味噌で茶々くりあってる最中さなかにか?やなこった」



俺の物言いに驚いたのか、先程とは違う意味で玉月の目が見開かれる。



「随分な言いようだな。

上様の耳に入れば、仕置きは免れんぞ」



コイツの慧眼なら、とっくに看破していると思ったが。

どうやら俺には、自負以上の才があったようだ。



「この俺が、あの青二才めに、本心から忠誠を誓っているとでも?

なまったか、野暮天め」



"上様"と聞けば、締まりのないニヤケ面が真っ先に浮かぶ。

今頃は、この町の領主とやらと酌み交わし、互いの自慢話で花を咲かせていることだろう。


ああ、くだらない。

金持ちってやつは、本当にくだらない生き物だ。

あんな馬鹿どもに侍ってやるくらいなら、コイツで遊ぶ方がよほど有意義だ。



「俺が奴に従うのは、お誂え向き(・・・・・)だからさ。

城主の側近ってのは待遇がいいからな?適当にへこへこ頭下げて、そつが無いフリをしておけば、望むものは大体手に入る。

おまけに、人を斬っても罪に問われねぇときた。

とんだシミッタレの、割に合った御役目だよ」


「……明日あすにでも私が告発してやろうか」


「やりたきゃやれよ。

もっとも、その時は俺と共倒れ───、いや。

心中の可能性もあるってことを忘れんなよ」



嗜虐心が抑えきれず、つい意地悪な言い方をしてしまう。

生真面目なコイツに、人の寝首を掻くような卑劣が出来ないことは、百も承知している。


俺同様に、あるいは俺以上に、上様を軽んじた底意もお見通しだ。

いくら目の敵といえど、仮にも身内を売ってまで、自分を立てるやり方は好まないはず。



「(上様と俺、どっちも同じだけ嫌いなら、せめて俺を選んでくれるだろう?)」



そのうえ今のコイツには、身一つで動けない事情がある。

俺達ほどの手練ともなれば、お尋ね者にされたところで、屁の河童だというのに。


かわいそうに。

守りたいだとか、失いたくないだとか。

えらく煩わしい重荷を背負ったな、玉月よ。




「なんでも構わんが、いい加減そこを退け。邪魔だ」



逃がれようと藻掻く手首を、いっそう強い力で畳に縫い付けてやる。

第三者が引き剥がしにでも来ない限り、俺の囲いから自力で脱することは不可能だろう。



「くそったれ……」



どうにもならないと観念したのか、玉月は弱々しく外方そっぽを向いた。


露になった首筋が、行灯に照らされる。

婀娜に誘われた獣が、俺の中で目を覚ます。



「いい格好だな、玉月。

こうしていると、本当に女みたい(・・・)だ」


「チッ」


「いかに剣の腕がすぐっていようと、剣を持たねば赤子同然。

捩じ伏せられてしまえば、お前は男の力に抗えない」


「五月蝿いな。くどいぞしょう────」


「鬼の名が泣くぜ?雪竹城の介錯さんよ」



"鬼"という言葉に、玉月の肩がびくりと揺れる。

表しがたい不快感が、明らかな嫌悪感へと塗り替わっていく。


ああ、可笑しい。

獅子をも負かす威勢はどこへやら、小さく怯える様子はまるで、捨てられた子猫のようじゃないか。



「あの頃と比べると、ひと臭くなったものだな?

いつも能面のような顔をして、てっきり心を失くしたかと思ったが」




雪竹城には鬼が出る。

いつからか、そんな噂が広まっていた。


部隊鎮圧の夜。

血の海に佇むコイツを目撃した某が、町中に触れ回ったんだそうだ。

あれはツノ持たぬ鬼、化生の類に違いないと、怖れと蔑みの念を込めて。


当時の俺は巡回に出ており、現場に到着した頃には事後だったわけだが、それはそれは驚いたもんさ。

たかだか齢十四の小娘が、全身を返り血に染め、死屍累々を御覧ごろうじていやがったんだから。


美しいと、怖ろしいと、勝てないと。

コイツになら、剣豪の座を譲ってやっても惜しくはないと、思った。


憧れすら懐いてしまったのだ。

不遜で狡猾な、この俺がだ。



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