ある幼馴染達の話
初めての小説。いわゆる処女作。
生涯初の小説執筆となります。
じりりりり、と目覚ましが鳴った。
するりと布団から手がはみ出て、赤くて丸っこい、ベルのついた頭を叩く。そいつは黙り込んだ。
また静寂が戻る。一瞬散らされかけた眠気達が舞い戻ってきて瞼にぶら下がる。
俺はその重みに抵抗することもなく、再び布団にもぐり込み――
「おっきろー!!」
布団がぶわぁと空中に舞った。さっきまで無かった筈の日光が差し込んでくる。今の一瞬でベッドの後ろのカーテンまで開け放ちやがったらしく、目を閉じているのに光の白さが目に焼きついてくる。こりゃたまらない。
「もー、なにぼさっとしてんの!! もう8時だよ8時!
次遅刻したら課題出すって前山言ってたじゃん!」
たまらず目を開ける。まず目に飛び込んできたのは見慣れた自分の部屋だ。正面に少し傷の入った木製のドア、左手には参考書を脇に山積みにした勉強机と漫画で詰まった本棚があって、右手にはクローゼットが戸を閉じている。
そして。
「お、目ぇ開けたねー!おはよっ!幼馴染様が起こしに来てやったよーっ♪」
今俺が寝ているベッドの前には、幼馴染様こと茜が腕組みをして立っていた。何が楽しいのか笑っている。
自称している通り、こいつとは幼稚園から高校二年生の今までに渡る長い付き合いの、いわゆる幼馴染というやつだ。ちなみに様をつけているが別にえらいわけでも金持ちでも無い。庶民の幼馴染様が単に楽しく出任せを言っているだけである。
少し高めですっきりと通った鼻梁、釣り目がちなアーモンド形の茶色い瞳、腰ほどまで伸ばした黒く輝く髪を白いリボンで括ってポニーテールにし、背中に流している。
丸餅を並べたようなそこそこの胸部に、やや細めにくびれた腰。全体的に見ればそこそこ気が強そうに見える美貌を持つ少女が、薄いベージュのブラウスと紺色の膝下丈のスカートが鮮やかなブレザーに身を包んでいる。
見慣れたいつもの光景だ。
「……」
とぼんやり眺めていると、こちらを見下ろす目が少しずつ細くなってきている。そろそろまた何か騒ぎ出す頃だ。
「うい、おはよ。つーか、なんでお前が起こしに来るんだよ。ここ一応他人の家だろ」
欠伸をしながら答える。茜は「ふふん」となぜか得意げに口元に笑みを浮かべた。なんで得意げなんだよお前。
「あたしも最初は挨拶だけするつもりだったよ。でもあんた、いつもお母さんに起こされてもなかなか起き
てこないんだって?
あたしの方が伸治の扱い上手いからって、起こすの頼まれちゃったわけ」
「なんだそれ」
「お母さんがあたしのこと信頼してくれてる証でしょ。ほら、あんたももう目さめたでしょ?」
そう言うと、上半身を曲げてこちらを覗き込みつつ白い歯を見せてにかっと笑う。
下に垂れたブレザーの隙間から、白い光沢を持つ肌と桃色の下着が視界に飛び込んできた。
「……おう」
思わず視線を外した。頬から耳元が暑い。たぶん真っ赤になっている。覗き込んでいた茜が不思議そうに口を尖らせる。
「……あ、分かった。あんた今見たな?」
目がすぅ、と細められ、こちらを射抜いてくる。素知らぬ顔をして「見てねーし」と返す。
だが泳ぐ視線と熱を持った顔はどうしようにもどうにもならなかった。当然、茜の視線は鋭いままだ。
やがて、茜はいつの間にか腰に当てていた手をまた組みなおして背筋を伸ばした。
「……はぁ。まあうかつに屈んだあたしも悪かったし、今回はノーカンってことにしといてあげる」
「お、マジか。やった」
「やっぱ今の無し。行きに駅でなんか奢って」
思わずガッツポーズしそうになったのが悪かったのか、今度は腕を組んだままジト目でこちらを見てきた。
「分かったよ……あー、正二んとこのクレープでいいか?」
正二というのは俺と茜のクラスメートだ。こいつは高校からの付き合いだが親しくしていて、親が駅前でクレープの屋台を出店している。
白いワゴン車に調理器具を積み込んで脇にカウンター口を作っただけの簡素なものだが、これが美味いのだ。
その証拠に、俺の言葉を聴いた瞬間に茜の仏頂面が解けてにへらとだらしない笑みに崩れ始めている。
「あ、それでお願い!あそこのクレープほんと絶品だよねぇ……うへへ」
「おい見るに堪えない顔してるぞ」
「あっ、ごほんごほん、んっんー」
急に喉元にこぶしを当て、マイクを持った司会がやるような咳払いをしはじめた。取り繕ってるつもりなんだろうが、別に取り繕えてない気がする。
「ぜんぜん誤魔化せてないぞ」
「うっさい。まあそれでチャラにしてあげる。こんな美少女のを拝めたんだから感謝するよーに!
あ、あたしイチゴホイップね」
にひひ、と茜は笑った。相変わらずノリも調子も良いやつだ。まあ、だから一緒にいて楽しいわけだが。
「はいはい了解、あと美少女とか自分で言ってりゃ世話ねーよ」
「ふふん、外見っていうのは自信を持つのが大事なんだよ。胸張って堂々としてればみんなそこそこに見え
るわけ。だからあんたもシャンとしなさい」
茜が背中をばしばし叩いてくる。実際容姿には恵まれてるだけあって妙に説得力がある。
だが言い負けるのも面白くない。ここはひとつからかってやろう。
「分かった分かった。しっかし、容姿に自信あるわりにはお前浮いた話無いよな~?」
そう言いながら口元に含み笑いを浮かべる。茜のことだ、すぐ「余計なお世話っ!」とでも言いながらはたいてくるだろう。
だが、その予想は裏切られた。
「……ッ!べ、別にいいでしょそんなの!」
茜、赤面。そのまま顔を逸らす。耳元真っ赤、こっち見ない。……あれ?
期待してたのと違う。
「……おいなんだよその反応」
「さ、さあ!そろそろ朝ごはんできてるはずだしさっさと食べよもうおなかぺこぺこ!!」
早口に捲くし立てて、そのまま廊下と先の階段をドタドタ駆けていってしまった。
え、何今の反応。
急に顔真っ赤にして顔逸らして……そこまで思い浮かべて、ひとつの可能性に思い当たる。
というか、ほぼそうだと思う。
だって、俺も立場が逆なら茜を相手に平気な顔はしていられなかったはずだから。
「……茜!おい、待て!ちょっと話聞かせろって!なぁ!」
そして俺も、茜に続くように走り抜けていく。今思い浮かべた仮説が頭の中にいつまでも残って、俺の顔まで赤くなってくる。
でも今度の熱は不思議な高揚感を伴っていて、ぜんぜん嫌じゃなかった。茜の口からどんな答えが出てくるか楽しみにしつつ、階段を駆け下りていく。
それは、俺たちがそれまで長く続けてきた関係から、もう少しだけ踏み出した日のことだった。
お粗末さまでした。
こういう幼馴染の関係に憧れます。