1-9
医務室から帰ってきて数日が経った。
寮の部屋から一歩も出ず、ときどき監視役として寮監督の先生がやってくる以外は、PCにプログラムを打ち込むだけで一日が終わる。
たった数日で頭はいつも通りに重くなり、顔色も悪くなる。
快眠とは程遠い眠りが、私から睡眠欲を削りとる。
それでも、久しぶりにゆるやかな時の流れを感じる。
ギリギリのところで追い立てられるように生きていた私は、ゆるやかな時間の中で改めて自分を振り返った。
良くなることはない。
自覚していたことだが、ここまで悪化しているとも思っていなかった。
いつかはこうなるだろうとは分かっていたが、思っていたよりも早かった。
(このまま、終わるのかもしれない)
恐れも、悲しみもなくそう思う。
包帯が巻かれた左手で、普段は全く使わない机の一番下の引き出しを開いた。
そこに入っているのは、一枚のROMである。
あの子が、もしも全てを知りたいと願うなら。
そう思って書き上げた、自己満足の塊。
正直に言うなら、これを知ってほしいとは思わない。けれど、
(会いたい)
できることなら。
どれだけ成長しただろうか。
日々、何をして過ごしているのだろうか。
好きなものは何か、嫌いなものは何か。
たぶん、幸せに暮らしているだろう。
笑っていればいい。
あの子の幸せを、私はきっと、さいごまで祈る。
それが、私の本心で、義務だから。
ROMを見つめながら、そう思っていると部屋の扉をノックする音が聞こえた。
監視役の寮監督の先生だろうと引き出しを閉じて相手を確認することなく扉の鍵を開けると、そこにいたのはグレアムだった。
「ついてきて」
状況と、言葉の意味がよく分からず、私には珍しく本気で呆けてしまう。
「ほら。先生方の許可はもらってる」
包帯を巻いてない私の右手を彼の手が掴むと、そのまま歩き出す。
「相変わらず、酷い顔色だね。停学中で大人しくしているくせに」
「部屋でも、プログラムを作るくらいできるから。グレアムの出した条件は、まだクリアしてないみたいだし」
3年前、グレアムと出会った当初に、あの子に会わせて欲しいとしつこいくらいつきまとっていた私に、グレアムは条件を出した。
『この学校で僕に負けずに、君の得意分野では常に結果を出し続けて、僕に君を認めさせてみろ。それが、僕の弟に君を会わせる条件だ』
その言葉を、私は忠実に守り続けた。
グレアムには、はじめから私を認める気がないと分かっていても。
「取り消す」
「なにを?」
「僕の言った言葉を、取り消す」
会うための、条件すら奪うのか。
予想しながらも、八方ふさがりとなった希望をそれでも諦めきれずに足掻く言葉を口にしようとしたとき、
「大学に行け。それが、これから会わせる条件だ」
早口に、告げられた言葉の意味を即座に理解した。
私が何も返さないままでも、グレアムの足は止まらない。
そいうして辿り着いたのは、学校への来客用の応接室だった。