表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
それだけを望む   作者: 二尾 二穂
7/18

1-7

 目の前の、血まみれになってこと切れているどこか見知った男の顔を、壁際の棚にもたれかかって座り込んだまま、ぼんやりと見つめる。


 遠いような、近いような不快な音が絶え間なく私の頭に響く。

 現実味のない光景と、ただよってくる異臭に気分が悪くなる。


 私は、何をしているのだろう。


 自分の手を見つめると、乾き始めた血がべっとりとついていた。


 私専用といってもいい学校にある研究室の中は、PCが床に落ちて画面にひびが入っていたり、研究データや論文が無秩序に散乱したりしている。


 何が、あったのだろう。

 うまく働かない頭で思い返す。


 そう、殺されると思ったのだ。


 ナイフを持った男が、急に目の前に現れて。

 反射的に手近にあったPCや紙の束を投げつけた。


 怯んで男が取り落としたナイフを掴み、逆に男を無茶苦茶に刺したのだ。


 そういえば、そのナイフはどこだろう。

 こと切れた男の体に、ナイフが刺さっている様子はない。

 血まみれの、私の手の中にもない。


 再び、物言わぬ男のほうを見て、その男の正体にようやく気づいた。

 死体は、数日前に会った研究者の顔をしていた。


 季節外れの虫が、床の上を這い回っている。


 これが、現実のはずがない。


 右手の爪で左手の甲をえぐる強さで何度も何度も引っ掻いた。

 皮膚がめくれ、右手の爪の間に血肉が詰まり、鈍い痛みを感じても目の前の光景は消えてくれない。


 何かを叫ぼうとして、叫べなかった。

 先ほどからずっと頭に響いていた不快な音の正体が、すでに私のわめく声だった。


 コントロールを失い、私の体は何ひとつ私の思い通りに動かない。

 この声を抑えたいのに、この右手を止めたいのに、この瞼を閉じたいのに。


 唐突に、部屋の扉が勢いよく開かれた。


 良く見知った、男子生徒の姿がそこにある。

 その秀麗な顔は驚愕に染まって、私を見ていた。


 終わった。


 まだ、さいごではないのに。

 この思考だけが、私の体をまともに動かせるものなのに。 


 今は、思考が命ずるままに取り繕う行動を起こせない。


 視界が滲み歪んでゆく。


 彼が、グレアムが私に近づいてくことを感じたのを最後に、私の体は唯一正しい選択として、私の意識を手放した。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
このランキングタグは表示できません。
ランキングタグに使用できない文字列が含まれるため、非表示にしています。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ